第二十二話 『遭遇』
「……ふぅ、どうにか見つけたか」
「さすがに疲れてくるね」
建物の中に隠れながら俺たちは一息つく。
現在は上層の五日目、東と北側の探索を終えて次は西側の探索を行い、ようやく中層への入り口を発見することが出来た。
出来たのだが……そこで俺たちはため息をつくことになる。
「なんであんなにいるんだよ……」
入り口の周りには魔獣魔獣魔獣、何事かと思うほどの魔獣の群れが存在していた。
三十を越えるだろうか……それも種族も統一性がなく、しかしそうであるのに統率がとれている。
となれば原因は……
「あれか」
「うん、気配が強い、間違いないよ」
俺とルノが揃って視線を向けた先、そこには集まった魔獣たちの中でも一回り以上大きい魔獣の姿。
四足のその魔獣は集まった中でも一際強い存在感を放っているように感じられた。
「ありゃ少なくとも中層……いや下層レベルだぞ」
「わう、油断すると駄目」
キリアさんの時に遭ったリオネルや以前危うく死に掛けたことのあるファフニールの山の奴らぐらいはありそうだな。
それも一年以上昔の話だし、別に何体もいるわけではないから問題はないだろうが、周りにいる雑魚まで統率の取れた動きで来られると面倒だ。
なら、全体まとめていくしかないな。
「ルノ、周りに他の探索者は?」
「いないよ、大丈夫」
「わかった」
ならば使うのにも問題はない、すぐさま小さな赤い結晶を作り出して俺は詠う。
――孤高の焔ここに呼ぶ
吹けよ全てそれで終わる――
詠いながら、建物の外に出る。
手に持つ結晶はサナちゃんの魔法を相殺した時のものよりは小さなもの。
必然、その規模はあの時よりは小さい……が、それでも十分な威力を持っている。
「来たよ、ヒサメ!」
俺の詠唱、そしてそれによる精霊の力の集まりを感じて魔獣たちが一斉に襲い掛かってきている。
だが間違えたな、それは明らかな失策だ。
――炎獣の息吹――
魔獣たちに突きつけるように出した赤い結晶、それが砕けて俺の前の空間が唐突に燃え上がった。
燃え盛る火炎は容赦なく魔獣たちを焼き、断末魔が響き渡る。
それを見ながら俺は念のためにポーチから剣を取り出し、炎の中を見据えていた。
やがて炎の中から群れを統率していた魔獣が前足を振り上げながら現れ、俺に襲い掛かってきた。
それを確認して、剣を出していたことを正解だと内心で思う。
あのサイズの結晶で二行節……周りにいた雑魚ならともかくこのクラスの魔獣なら生き残る確率は高い、そう読んだ結果がこれだ。
わかっていたゆえに、炎の中より奇襲を仕掛けた魔獣に対してなんの驚きも無く迎撃するための行動に躍り出る。
「はあぁっ!」
刃が閃き、魔獣の前足の片方を切断した。
いくら腕が悪いとは言え、この程度のことができるくらいの技量はあるのだ。
「ッチ!」
しかし、片足だけしか持っていけなかったことは失敗だった。
前足を切断された魔物はしかし頓着せず、今度はその牙を持って俺に襲い掛かってきていたのだ。
俺は初撃を放ったままの体勢で避けることなど出来やしない……だけど、俺はそうであるにもかかわらず口元に笑みを浮かべる。
「わかってるよ、お前たちがその程度じゃやられないことくらい」
[青の盟友:氷牢を持ち:封じ込めよ]
俺の言葉に続いて響いた言葉により、魔獣の動きが止まった……文字通り凍りついて。
俺に襲い掛かろうとした体勢のまま、完全に氷像と成り果てていた。
「さて、と」
最初から予定調和だったように、俺は初撃の体勢から流れるようにその氷像に向かって剣を振るい、凍りついた魔獣の牙を斬り落とした。
換金、あるいは道具を作る材料として使えるであろう物を入手し、俺としては満足である。
そして氷像はといえば、斬られた衝撃に耐えられずに崩壊するのだった。
「ヒサメ、大丈夫?」
「ああ、問題ない」
地面に落ちた牙を拾い上げ、俺は応える。
「そっか……ならもう少し避けるそぶり見せてよ、少し焦ったんだよ!」
「悪い悪い」
ルノは安心した後に起こった表情を見せて俺を責めたてる。
まあ、傍から見て心臓に悪い光景であったことは否定しない、ルノが狙っていることがわかっていたため動かずにいたのだが、それがルノにはご立腹だったようだ。
「そんだけお前を信用してるんだよ」
ルノが相棒だったからこそ、今の流れで攻撃を行ったのだ。
この状況ならばルノはこうする、そしてそれが出来るだけの実力があるとわかっている、信頼しているからこその行動である。
例えば相棒がサナちゃんだったとしたら、少々失礼だがあの状況を止められない、だから最初の攻撃をもっと隙の小さいものにして回避を選択していただろう。
「むぅ……今度からは気をつけてよね」
「はは、了解」
信頼されているのはいいけど納得は出来ない、そんな風な表情でルノが俺に再度釘を刺す。
ルノを怒らせたくはないので状況が許す限りは安全策を取ろう、と考えて返事をして炎の消えた後の場所に目を向けた。
本当にそこには数十と魔獣の群れがあったのか、見ていた自分ですら疑うほどに痕跡一つ残さずに燃やし尽くしたようだ。
ただ、遺跡の石で出来た床や壁が黒く焦げているのに対して、中層への入口の周囲に関しては切り取られたかのように焼けていない部分があり、境界線のようになっていた。
「さすが……だな、この程度の威力では『大迷宮』の中枢に傷一つつけることも出来ないわけだ……」
さらに黒く焦げていた床や壁も何事もなかったかのように元の状態へと戻り始めている。
数分程度で何事もなかったかのように全て元通りとなっているだろう、その事実に少々落ち込みたくなる。
「弱いとはいえ古代魔法なのに……」
ルノもその光景に目を見開いて驚いている。
古代魔法を使ってここまで効果のない状況を見るのはルノにとってもほとんど初めてと言っていいだろう。
ファフニールが例に当てはまるかもしれないが、あれにしてもダメージ程度は与えられていたからな。
まあ、ここでそのことについて考えていても良いことは一つもないだろう、
「時間は大切だし、さっさと行くか」
「わん!」
考えることを打ち切り、俺たちは中層の門へと足を向ける。
そしてその門の先、次の階層へとたどり着く……その場所は、今までとその風景が大きく変わっていた。
「……わぅ、夕焼け」
「序層が朝、上層が昼を表していたってところか」
内装が変わったわけではない、しかし空が今までと様変わりしていた。
夕暮れの空、その光を浴びて遺跡の建物も橙色に染められている、ここが安全な場所であれば是非とも時間をかけてじっくりと見物したいくらいだ。
まあ、当然ながらそんなことをしている場合ではない名残惜しいが先に行こうとしたところで……あるものが目についた。
「おいおい、マジか?」
「わぅ……これ」
入口からほどなくの場所、探索者の残した休息の跡地がそこに存在していた。
前回の構造変化に巻き込まれた、などという状態でなければ基本的にはここにいる探索者は俺たちと同じ日か、それに一日前後している人間が一番早い探索者たちと言える。
序層で罠を仕掛けていた連中にしても俺たちより半日から一日早い程度のものだろう。
基本的に内部情報のない状態で序層から中層まで到達する平均は十五日ほどだそうだ、それを考えれば探索をほとんど行わずに先を進み続けた俺たちは格段に早い方なのは間違いない。
そのはずなのに、ここにあるのは俺たちよりも早く中層にたどり着いた探索者が存在していると言う何よりの証拠である。
「団体って感じではないし、俺たちと同じか……それとも単純に運がいいのか」
残された痕跡からまず単独からよくて四、五人程度のグループ。
探索効率は俺たちとそう変わらないだろうことから、俺たちと同じように中層あるいは下層だけに用があるのか、それともたまたま入口を見つけただけなのか。
「……ま、ここで考えていても仕方がないか」
答えなんぞ絶対に出ないのだから正直に言って無駄なことだろう。
それに、あまり悠長にはしていられないようであるし……
「ヒサメ!」
「ああ、お客さんらしい」
先に進み始めた俺たちに狙いをつけたようだ。
それに対抗するために俺は機工剣を構えて、力を込める。
「先手……必勝!」
敵の姿がほぼ見えると同時に俺は手に持った機工剣を水平に振るった。
それを引き金として機工剣の刃が幾つもの刃片に分解されて現れた魔獣たちへと飛んでいく。
その武器を言葉にするなら連結剣という名が正しいだろうか、鞭のようにしなるワイヤーで繋がれた刃片の剣は眼前を薙ぎ払い、そして遺跡の曲がり角を引っ掛かりながらさらに角の先にいる魔獣までもを撃退していく。
「これ以上は操りきれないな……っと!」
使いこなすことのできる者であればもっと複雑で、まるで生きているような動きを見せられるんだろうが……俺はそんなことが出来ない。
制御できるうちに刃を引いて元の剣の形に戻す……これで大部分は倒しただろうが、まだ安心はできない。
「生き残り、来たよ!」
「ああ、わかってる!」
曲がり角から現れるのは今まで生息していた四足の魔獣とは違う、人型の姿をした魔物が数体。
魔獣たちよりも知性があることはその手に持たれた弓や剣、盾といったものから疑いようがない。
盾を持った奴を前面に押し出して弓を持った奴がこちらを狙って矢を放ってくる……ああ、厄介と言っていいだろう。
「チッ……ルノッ!」
「わん!」
矢をかわし、前衛の魔物と剣を打ち合わしながらルノに指示。
詳しいことを言わなくても、ルノもどうすればいいのかなど十分すぎる程に理解している。
遺跡の壁を非常に身軽な様相をみせながら登り、上からルノが魔法を連射……当然その時点で俺は後ろに下がり避難。
ほんの数秒の魔法の連射により氷像と化し、そして砕かれた魔物たちを確認して一息をつく。
「……とりあえず、終了だな」
「やったね!」
高所から着地したルノが満面の笑顔でこちらに近づいてくる。
そんなルノをほとんど無意識に撫でながら褒めていたらどうやらご満悦のようで目を細めている……続けてやりたいけど、長く留まるのはよろしくないためその場所を後にする。
と、その前にルノが魔物の残した剣を拾い上げて一言。
「わ……結構いい物使ってた」
「……マジか?」
「うん、白鋼の剣」
白鋼はかなり優秀な金属であり加工技術を持っていない鍛冶師では扱えないもの。
当然性能は良くても出回る量は少ないため需要のある武器なのである、普通の鉄の剣となら打ち合うだけでもその鉄の剣を破壊することも出来るだろう。
当然魔物がそんなものを普通に手に入れられるとは思えないため『大迷宮』の宝箱か、もしくは……
「ここに探索に来た探索者のものってところか」
荷物すらおいて逃げ出したのか、この場所で果てたのか……それを特定することは不可能であるがどちらにせよ剣があった以上は何かしらの事態に陥ったのだろう。
俺たちや探索者も『大迷宮』にあるものを手に入れているのだ、魔物たちがそんな俺たちの所持品を奪って使用していてもおかしいことではないだろう。
「まあ、いいや……これはありがたく貰うとして、さっさとここを離れるぞ」
「わん!」
他の装備が特に大したものではないことを横目に確認しながら俺たちは今度こそその場を後にする。
魔物の気配に気をつけながら序層や上層でもそうしたように周囲を見渡せる高所への道を目指して走り続ける。
壁を乗り越え、屋根と言える部分を跳び移り、目的の場所へと駆け抜けていく。
そろそろ時刻は夜のはず……可能であれば高所を見つけてそこで休息の準備を始めたい。
夕暮れの日差しを浴びながら俺たちは静かに進んでいく、空に時折見える魔物の姿……見つかれば面倒になることは疑いようがない。
「気分は山登りかはたまたロッククライミングか……どっちにしても大変なことに変わりはないか」
「わう、ヒサメぼやかない」
「はいはい」
それなりに高所へと登ってきた俺たちはそろそろ休息に適した場所も含めて探し始める。
建物自体はそれなりにあるものの実際に休息の取れる場所はなかなか見つけられない。
入口が無かったり、異様に狭かったり、瓦礫ばかりで休息するのが難しいといった場所に、中がねじ曲がっていると言ったものまである。
出来れば周囲を見渡せるように窓がある建物がいいんだが……まあ、高望みはしないことにしよう。
しばらく上を目指しながら探していたのだが……ここでルノとほぼ同時にあることに気づいた。
「わう……これって」
「気づいたか……なるほど、入口近くの休息の跡はあの人のものだったのか」
少し先にある建物、そこから覚えのある気配を感じたのだった。
同時にそれが予想通りの人物であれば自分たちより先にここまで到着していることにもある程度納得がいく。
その建物の壁に張り付くようにして、本当にその人物であるかどうかを確かめるようにルノと共に気配を探る。
「別にそこまで警戒する必要はないだろう? 入ってくるといい、歓迎するよ」
こちらも出来る限り気配は消していたのだが、気づかれていたらしい。
聞き覚えのある声が俺たちに向けて投げかけられる。
俺とルノは顔を見合わせて、それから多少苦笑の表情を浮かべて誘われたとおり中へと入る。
「まさかこんなところで会うとは思ってもみませんでしたよ」
「わぅ」
「はは、どちらかと言うとそれはお姉さんのセリフじゃないかとも思うんだけどね……正直なところ驚いているよ」
そこにいたのは『旅人』の常連の姿、レスカさんその人であった。
言葉とは裏腹に全然変わらない微笑を浮かべる姿はまあさすがと言ったところだろうか。
「まあ、なにはともあれ……ちょっと今日は一緒にキャンプさせてもらってもいいですか?」
「ああ、かまわないよ、こちらからもお願いしたいくらいだ」
「ありがとう、レスカさん!」
俺の頼みに、一瞬の迷いもなくレスカさんは快諾してくれた。
こうしてある意味当然で、ある意味意外なところで俺たちは知り合いと再会することとなった。
大迷宮『遺跡』、経過日数八日、現在中層攻略中。