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第二十一話 『迷宮』

 あの街で喫茶店を始めてもう半年くらいになるのだろうか……少々挑戦までの間が長過ぎる気がしなくもないが、それなりに喫茶店の生活を楽しんでいたので問題ないとしておこう。


ともかく俺とルノはついに『遺跡』の入り口に立っていた。


通常空間に存在するはずのない空間の裂け目、その裂け目の先には形容しがたい歪曲した空間が広がっている。


正直そういうものだとわかっていなかったら明らかな厄ネタなので近づきたいとも思わない……こんなところに一番最初に飛び込んだ奴はどんな神経をしていたのだろうか?


まあ、どうやら他に人もいないようだし、さっさと中に入ることにしよう。


「んじゃ、行くとするか、ルノ!」


「わん!」


 俺とルノは笑みを浮かべ、空間の裂け目へ飛び込む。


一瞬の暗闇が俺たちを覆い、飛び出した足が再び地面についた時には既に周りの景色が一変していた。


荒廃した石造りの壁に、そこについた緑色の苔……なるほど、確かに『遺跡』だ。


辺りを見回してみればところどころ崩れている様子が見えるが、しっかりとした造りになっているのがうかがえる。


さらに上の方を見上げてみれば、複数の建物の上にそのまま別の建物、あるいは柱といった置物などが建っているなどといった普通ではありえない混沌とした外観が見える辺り、ここが常軌を逸している空間であることがわかる。


とりあえず建物などが積み重なり結果的に高い建物に囲まれている状態であるので、これ以上じっとしていても情報は集まらないだろう……となれば探索を始めるとしようか。


「ルノ、どんな感じだ?」


「ん……危険な匂いはしない、弱い魔物はいるけど、それくらい問題ないよ」


「そうか、ならこのまま進むぞ?」


「わん!」


 ルノの獣としての感知能力は俺よりもよっぽど優れている。


そこからの情報であるなら信用度は問題ない、ここが序層であることも加味すれば情報の間違いが起こるとは考えにくい。


俺が前を歩きながらこの迷宮の奥へと進んでいく、まずはある程度開けた場所へ出たいところである……少しでもよく見える場所にいた方が地図も作りやすい。


しばらく魔物の気配に注意しながら歩いていた俺はあるものを見つけて後ろについて来ていたルノに制止をかける。


「ストップだルノ、トラップがある」


 前方に隠されるように仕掛けられたトラップ。


それを動作させないように近づき、状態を確かめる。


「どんな感じ?」


「探索者だな、捕縛用、魔物に対しての罠だ……少し進路を変更しよう」


 仕掛けられているのならそれより先にも似たようなトラップがあると考えられる……罠のあった場所をメモに取り、俺たちは引き返して違う道を進む。


どうせ次への道がわかっていないのだ、先の罠を警戒して進むよりは別の道を選択して進んだ方が気を楽にして進めるだろう……そう考えていたのだが、


「しかし……限度ってもんがあるだろ……」


「わう……悪質」


 そう考えていた俺たちをあざ笑うように行く道の先々に罠が仕掛けられている。


そして全ての罠が仕掛けられた際の痕跡から同一人物の仕業であることは間違いないだろう。


これはつまり、俺たちのように考えて移動している探索者に対する足止めを目的としたものだろう……ルノの言うとおり悪質なものである。


「仕方ない、この罠の先を進むぞ?」


「わん!」


 罠を解除してその先の道を進んでいく。


それからしばらく進んでもそれ以降特に罠が見当たらないことを考えると、とりあえず近くの分岐点に一つずつ設置して他の探索者たちの足止めをすることにより序層にある宝箱などを独占しようとしていたのだろう。


「まあ、序層の宝箱や資源にそこまでいいものはないと思うけど」


「わう……これが同じように上層や中層にあったら面倒だよ」


「上層はともかくとして、こんなことしてる奴が中層まで行ってるとは思えないけどな」


 仮に序層の宝箱や資源を五日がかりでかき集めたとして、その純利などを考えると、中層を一日探索したほうがよほど率がいいと言える。


だからこそ、中層にまで行く実力があるのならこのようなところで時間などかけずに中層を目指したほうが効率的なのである。


ここで小細工をする探索者というのは同時にこの辺りを徘徊するくらいがやっとの探索者であると言うことだ。


「む……」


「ヒサメ、魔獣!」


 三叉路に差し掛かったところで、片方の道から四足系の魔獣が数体姿を現していた、どうやらこちらの気配を感じて近づいてきたようで、こちらを襲う気満々といったところであるか。


俺たちが通ってきたのが長い直線路であったことも災いして、隠れる暇もなく遭遇してしまった……もっとも、この程度の魔獣であるならいくらなんでも脅威に値しないのだが。


「ルノ!」


[炎の矢:敵を討て]


 俺の呼びかけとほぼ同時、俺のすぐ横を通って炎の矢が魔獣の一体に直撃した、そして燃える炎は獣に近しいものほど恐怖や警戒を煽りやすい。


炎に他の魔獣たちが怯んだ隙を見て俺もナイフを数本投擲することにより残りの魔獣を倒していく、全部片付くまで十秒とかかっていない、序層程度であるのならこのくらいが妥当なところであろう。


「さて、急ぐぞルノ」


「わん!」


 魔物、魔獣を倒した際には、探索者は行動を迅速に行うことが必須である。


換金できるものとして、倒した魔物、魔獣の一部を剥ぎ取るにせよ、もしくはそのままその場を離れるにせよこの行動は早いほどいい。


奇襲でもない限り無音で戦闘を終えることは難しい、戦闘の音や気配を同じく『大迷宮』にいる魔物や魔獣は引き寄せられてくる……倒すことは簡単であれ、無駄に体力を消耗してしまうことは間違いない。


それがわかっているので、俺たちはすぐに三叉路を魔獣たちが出てきたほうと反対に曲がり、その場を離れるのだった。


道を曲がり、直進し、あるいは壁を乗り越え、上方にある建物の間をすり抜ける……全容を見るには高いところへ行くほうがいいのは当然ではあるが、それは勿論誰もがわかっていることであるため探索者の罠が仕掛けられていたり、上空を飛ぶ鳥型の魔獣に襲われることもある。


細心の注意を払いながら、そして見つからないようにゆっくりと時間をかけて、遺跡の上方へと登っていく。


それなりの時間が経ち、ある程度の高さまで登ったところで、辺りを見回して適当な建物に侵入し、その中にある窓から迷宮を見下ろす。


「さて、予想以上に広そうだな……」


「わうぅ……メモメモ」


 今いる場所より高いところに存在する建物がある以上、完全とは言えないが、高い場所から見下ろすことで視界が広がり、ルノもその景色を元に地図の修正と補足を入れていく。


「端までの距離は……結構あるな、もう少し探し回ることになりそうだ」


 窓から遠く、うっすらと見える透明ながらも区切るように波打つ壁、そこが四方を囲むように造られた迷宮の外壁の一辺である。


無論通り抜けることはできず、壁の頑強さも相当なものだと言う、聞けばクラウの一撃さえも防ぎきるらしいのだ、人間の手ではまず無理だろう。


そのクラウからのつながりで夜の王の一人で魔法技術に強いラガルドから聞いた話では、穴を開けることもできるようだが、仮に壁になにかあれば迷宮自体が壁の破壊者を巻き込んで自壊するような術式があるらしい。


「仕方ない……いい時間だし、今日はもう休もうか」


「わう、そうだね」


 俺は空から降り注ぐ日の光を見ながら、この場所の非常識な部分に頭を抱える。


店の常連から聞いた話により知ってはいたものの、体感するとまたうんざりするような話である。


本来迷宮の外であるならば夜になっていてしかるべき時間帯であるのに、太陽の位置が一切変わっていないのだ。


だからしっかりと時間間隔を養っていなければ、今の昼夜の区別がつかずに日が高いからと勘違いして知らずのうちに大きく疲労することがある。


そういうことにならないように、定期的に休む必要があるから、時刻が夜であることに加えて都合よく建物の中にいる以上は無理をせずに今日は休むことにしたのである。


一度決まれば準備は早い、ルノは自分のポーチから液体の入った容器を取り出し、家の隅に合わせて囲むようにその液体をたらしていく。


「使い過ぎるなよルノ」


「だいじょーぶ!」


 ルノが使っているのは魔物避けの聖水で、地面に撒くことで魔物に襲ってこられないようにするためのものだ。


それは『大迷宮』の中に限らず、街の外で安全に一夜を過ごしたい場合には必須の道具である。


俺とルノが使っているのはそれを改良したもので、効果時間がかなり延びている。


おそらく普通の探索者の半分以下くらいには聖水の消費が少ないだろう……もっとも、コストが普通の聖水の倍近いのでどっちもどっちではあるのだが。


「終わったよ、ヒサメ」


「よし、じゃあ飯にするか」


「わん!」


 待ってましたと言わんばかりに元気の良い声を上げ尻尾を振るルノに苦笑しながら、ポーチの中から調理道具や材料を取り出す。


容量を広げてあるポーチにはルノのポーチの中に入っている物も合わせておよそ五十日分の食料が入れられてある。


 その他にも調理道具やサバイバル用の道具に寝具などが色々と入っており、また、中身の重さもなく内容物の保存もされるようになっている。


事実を聞けば他の探索者たちはふざけるなと文句を言うこと間違いなしだ。


普通の探索者なら長期の探索において最も問題となる食料の確保を最初からクリアしているのだ、怒るなというのが無理がある。


なお、当然のことながら調理道具を使ってその場で料理するなど普通はありえないのである。


保存食ではなく作り立てを食べながら、非常識に迷宮の夜を過ごす俺たちであった。


「ごちそうさまでした!」


「はい、おそまつさまでした、と」


 幸せそうに両手を合わせるルノに俺は微笑む。


食べ終わった後を片付け、俺たちは明日からの探索についての話を始める。


「さてルノ、明日は、どの方角へ行く?」


「んぅ、西に進んだ方がいいと思う」


「なんでだ?」


「なんとなく!」


 自信満々に言うルノに俺はがっくりと肩を落とす。


「まあ、当てはないからいいんだけどよ……」


 この『遺跡』はつい先日構造変化が起こったばかりで概要はともかく上層への道など内部の情報が揃わなかった。


序層上層までは一気に突破したいと思っているが、想像以上に日数が取られそうだな……


『大迷宮』では、中層と下層が最も広いと言われていて、突破する前に構造変化が起きるため、じいさん以外にその先の深層へたどり着いたという話を聞いたことがない。


構造変化が起きようが奥へ突き進む俺たちみたいな存在でない限り、深層へは間に合わないのだ。


そんな俺たちでも、時間に制限はあるのだ、ゆっくりとはしていられない……とはいえ初日だ、少しは休んでもいいだろう。


窓と出入り口に布をかけて太陽の光を遮断すると、一気に建物の中が暗くなり、眠るにはちょうど良い感じだろう。


「わふぅ……こうやってると、喫茶店始める前に戻ったみたい」


「はは、確かにな」


 壁に寄りかかって座り込んでいるルノの一言に俺は感慨深げに応える。


エスティアに着くまでは色々な街を短い周期で回って、外でこういう風に休むこともそれなりにあった。


今では喫茶店の住居スペースで寝泊りをしているから、こういうことをするのも確かに久しぶりの感覚である。


ファフニールに会いに行った時も近くの村街で宿屋に泊まっていたからな……本当に半年振りくらいになるのか。


あの頃はいろんな場所を回って、こういう風に外で一夜を過ごすことも少なくなかったからな……時には同じように出会った探索者と一緒になって騒いだり、退屈はしなかったな。


無論喫茶店での生活がつまらないわけでは決して無い……ただ、俺自身がアウトドアな性質があるものだから、こういう場所で寝るって言うのは、


「なんだろう、少し楽しいよね、ワクワクする」


「ああ、そうだな」


 ルノと一緒で嫌いじゃないのだ。


確かに家での生活と比べれば多少の不便さや窮屈さはあるものの、それを苦とは思わないし、ルノの言うように若干の楽しさもある。


そんなことを考えているとルノが毛布を取り出しながらピッタリと俺にくっついてきた。


「わふ、明日からもがんばろ!」


「もちろん」


 ニコニコとするルノの頭を撫でながら、俺たちは明日からの探索に備える……はずだった。


「……ルノ」


「わう、わかってる」


 この建物の近くに探索者たちがいる……それも、一緒に騒ごうなどというお誘いではない。


明らかに俺たちに対して害意を持っているのが感じ取れる。


「ったく、人の安眠を妨害するなよ」


「わう、許せない」


 俺たちは一つため息、それから外側に気づかれないように寝具その他を一気に片付けて、出入り口に近い壁に張り付いて会話する。


「罠を仕掛けた人たちかな?」


「間違いないだろうな、おそらくは眠りについた来た俺たちに対して、拾得物と荷を奪いに来たって所か」


 この『大迷宮』は夜が来ない、そして中に入れる建物が無数に存在している。


それはつまり、休むための場所が多く存在しており、その中で日の光を遮るために俺たちのように窓や出入り口に布をかける探索者は多く存在するということである。


外側から見れば、布のかけてある建物には疲れた、あるいは眠っている探索者たちがいる可能性が高いと予想出来るのだ。


ならば、探索者たちの持つ拾得物や荷を狙って襲い掛かるような夜盗じみたことをする者たちが現れるのも必然であり、現にこうやって俺たちを狙ってやってきている。


とはいえ、こちらがすぐに気付いたこともあり、やはり序層上層が適正程度の探索者の集まりのようだ、気配も既に完全に察知して位置や数まで把握しているため、逆に奇襲をかける準備は済んでいる。


「まったく……せっかく聖水を撒いたってのに」


「無駄になっちゃったね」


 まだ様子見の段階なのか、ある程度距離を離れてこの建物の中の様子を窺っているようだ。


完全に寝静まったと確信するまでもう少しの間は動かないだろうから、やはりこちらから動いて終わらせるとしよう。


「ルノ、囲め」


「わん!」


 了解の旨を示してルノは両手を地面につけ、


[大地の鉄檻:六連:害為す者を捕らえろ]


 詠唱が終了した途端、建物の外で驚きの声が上がった。


「よし、成功したみたいだな、えらいぞ」


「わう!」


 ルノの頭を撫でて、俺は先に外を出てみれば、ある程度離れてドーム型の檻が六つ、中に人を入れて存在していた。


見事に全員引っ掛かってくれたようで、うまくいったと俺は中にいる探索者たちを挑発するように笑みを浮かべる。


「残念だったな、まあ、がんばって抜け出してくれ」


 ドームの中から俺に怒鳴りつける声や、檻に攻撃を加える音が聞こえるが一切無視。


罵声に関しては気にしないし、ルノの作った檻が簡単に崩れるとも思わない。


実際破壊出来ず、むしろその頑丈さに自分たちの手のほうがダメージを負っているような状況だ。


そんな奴らに眼を向ける必要はないので、後ろからルノがついてきているのを確認してこの場を去ろうとする。


檻は一時間ほど経てば、上から崩れ落ちてその破片で気絶ないしダメージを負わせるでように設定してあるので、まあ罰として適当なものだろう。


全員が気絶するとは思わないが、数人でもそうなれば当然足は鈍る、そうなれば俺たちに追いつくこともないだろう。


仮にそこを魔獣に襲われたところで因果応報、敵対した奴にそこまで気を回すほど優しくはないのだ。


最後に一瞥だけして、俺たちはその場を後にするのだった。


それからある程度探索者たちから離れたところでルノがため息をつく。


「聖水もったいなかったね」


 自分が撒いたせいかシュンとなった様子のルノに俺は頭をくしゃくしゃと撫でて、それから笑いかける。


「ルノのせいじゃないし気にするなっての、それに、余るほど持ってきてるんだ、一日分くらいは大丈夫さ」


「……そうだね、うん!」


 垂れていた耳がピンと立ち、元気を取り戻すルノ。


よし、立ち直りが早いのはいいことだ。


「そんじゃ、新しい寝床を探して……」


「しゅっぱーつ!」


 徹夜はあまりしたくないからさっさと次の寝床が見つかってくれよ、俺たちは内心そう祈りながら迷宮内を走り抜けるのであった。


それから一時間後ほどして、窓も無く出入り口から日の差さない建物を見つけたので、その中で一夜を過ごしたのだった。


その際、寝床探しで必死になり過ぎて、上層への入り口を見逃したのは余談である。


その事実が発覚したのは迷宮三日目だったのはさらに余談である。






 大迷宮『遺跡』、経過日数三日にて序層突破。

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