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第二十話 『条件』

 セリカちゃんと探索やそのための条件の話をしてから三日後、学園の休日に喫茶店『旅人』の全メンバーが先日シトネちゃんとアサカが戦った草原にやってきていた。


アサカとシトネちゃんの戦闘の時も思ったが、人目も少なくて割と広いなかなかの場所だな、ここ。


「さて……じゃあ、準備は良いのか?」


「ええ」


 準備運動がてら屈伸運動をしながらセリカちゃんに問いかければ、肯定の意が返ってくる。


それに反応するように他のメンバーからも肯定するような反応が起こり、俺はその中でサナちゃんとシトネちゃんへと話しかける。


「しかし、シトネちゃんやサナちゃんもよくこの条件をのんだな」


「私は概ねアサカさんと同じ意見なんですけど、やるからにはこの条件は達成して見せてほしいですし……それに、私たちを嘗めすぎですよマスター」


「そうですよ、あそこまで言われたらいくら私たちだって退けません」


 二人からすればセリカちゃんが唐突に話を持ってきたため少々面を食らったらしいが、四対一で無傷の条件を聞かされて戦士科であるシトネちゃんはおろかサナちゃんにまで火がついてしまったようだ。


俺に答えながら先日と同じように攻撃的な笑みを浮かべるシトネちゃんと精一杯不満の様相を見せるサナちゃん……確かに準備は完了しているようだ。


「ま、俺もヒサメとは一度やってみたかったんだ……今日は相手してもらうぞ?」


 そもそも、ほぼ探索を認めているアサカがこの戦闘に参加しているのはそういう理由であった。


これのせいでこちらとしても負担が上がったため、内心ではため息をつくしかない。


「じゃあそろそろ行くよぉ、ヒサメ準備準備!」


「あいよ」


 楽しそうにルノが俺たちに声をかける。


先日頼んだ通りルノは今回審判の役目をしてもらっている、最初は蚊帳の外で不満そうだったのだが、気を取り直してくれたようで何よりである。


とりあえず……ルノが見ているなら本気で毛ほどの傷だろうが見抜かれるため一切気は抜けない。


「さて……どういう展開にもって行けばいいか」


 そろそろ始まる戦闘を前に俺は自分の持ってきたものを頭の中で再確認する。


対物対魔強度に優れる剣、ポケットの多いジャケット、腰には中身の拡張されてあるポーチがつけられていて、それを隠すように若草色のマントを着込んでいる。


正直なところ勝つだけならどうとでもやれるだろう、だけど今回俺には無傷でという条件が課せられている。


ついでに言えばアイツらに深刻な怪我などを負わせる訳にもいかないため、強化魔法の出力も落としておかなければならないだろう。


「やっぱアサカがいるのが難しいな」


 遠近両対応できるアサカがいるのがこの条件の難度を上昇させている、さらに言えば高等部ならばほとんど実戦に近い探索を行えるため他の三人よりも経験の面でも一段は上であろう。


俺個人による素の身体能力ではおそらくアサカやシトネちゃんとそう大して変わりはない、ヤバい怪我をさせないレベルの強化魔法であれば、それだけで圧倒できるほどの力は出せないだろう。


さて、どうしたものか……


「準備できた? なら始めるよぉ!」


 呼びかけに反応して俺たちは互いに十歩程度の距離をとるように離れる。


視線の先にはアサカたち四人の姿があり、戦闘態勢を取り始めている……俺もまたそれに対するように肉体的、そして精神的に戦闘状態へと移行させていく。


「勝敗条件はアサカたちが全員やられる前に傷をつけられるかどうか、わうぅ」


 条件が述べられ、俺とアサカたちとの中間にいるルノがゆっくりと片手を挙げて……


「始め!」


 一気に振り下ろした。


瞬間、互いの十歩の距離を即座に詰めてシトネちゃんが刃を振るった。


「……相変わらず速いね」


 迷いなく跳び出してきたシトネちゃんに俺は正直な気持ちを吐露する。


向けられた刃を俺は受け止めて、シトネちゃんと視線がかち合った。


「そんな余裕で受け止めて……称賛されても嬉しくないですよ!」


 止められ、即座に次の攻撃へと移るシトネちゃんの攻撃はとても鋭い一撃。


刃引きされた刀を使用していることは確認を取っているが、その斬撃の鋭さはその刀でも十分斬れるのではないかと思わされてしまう。


「結構本心だぜ?」


 その連続攻撃を受け止め続けながら、周囲の警戒もまた忘れない。


敵は四人、一人に集中しているわけにはいかないのだ、特に意表を突くのが得意な奴がいるからな……なあ、アサカ?


「喰らいやがれ!」


 シトネちゃんの連撃の合間、ここしかないタイミングでアサカが突撃してくる。


シオンの手によって刃引きされた機工剣で振り下ろすアサカの一撃は……お前の力で振られたのなら正直刃引きは意味はないんではないかとも思ってしまう。


当然そんなものを受ける気はない、紙一重でその一撃を回避してすぐさま地面にたたきつけられた機工剣を踏みつける。


「チッ!」


 そのままではバランスを崩す、とアサカはすぐさま機工剣から手を放して拳による一撃を放ってくる。


その一撃はシトネちゃんの斬撃と合わせるタイミングで放たれており、ほとんど一瞬でその行動に移せるアサカは本気で凄いと内心で思う。


だけど、そう簡単には決着をつけさせるわけにはいかない。


アサカの拳を逸らし、腕を引く……身体ごと引かれたそ先にはシトネちゃんの斬撃のライン。


「「っ!?」」


 二人からすれば完全に決まるタイミングであった、よしんばうまく行かなくても距離を取ることでの仕切り直しになるのだと考えていただろう。


だけどそれは甘い、アサカに攻撃するわけにはいかないシトネちゃんはその斬撃の速度が緩み、そしてそれを機に俺はアサカをシトネちゃんへと蹴り飛ばす。


飛ばされたアサカはもちろん攻撃に移っていたシトネちゃんにもお互いをかわすことは出来ない……もつれ合うように二人は地面へと倒れこみ、ほんの少しの間ではあるが前衛二人が行動不能に陥ることになる。


本来なら二人に追撃して無力化を行いたいところではあるのだが……


「右にサナちゃん、左にセリカちゃんか……」


 こちらの攻撃の隙を突こうと二人が左右からこちらに照準を合わせていることを感じて追撃を断念する。


二人があっさりと対処されたことに驚きがなかったわけではないだろう、それでも遅滞なくこちらを狙ってきている判断力は見事と言える。


風の矢と投げナイフの攻撃をかわして俺は、四人から十分な距離を取る。


それにセリカちゃんが追撃のためにナイフを投擲してくるが、それを防刃耐性のあるマントを使って打ち払い、さらにそのナイフを拾ってアサカたちへ向かい投擲する。


「な……めんな!」


 そのナイフに対して既に体勢を整えていたアサカが機工剣を巨大な戦斧へと変形させて、盾のように使うことでそのナイフを防ぐ。


そういう風にも使えるのかと機工剣の使い方に関心を覚えながらも周囲の状況の把握に努める。


そこで見えた異常、斧を盾にしているアサカ、支援のため若干後方に移動したサナちゃんとセリカちゃん……どこにもシトネちゃんの姿が見えなかった。


そして気配でとらえて俺は舌を巻く。


「ありがとうございます、アサカさん」


「なに、ぶちかましてこいよ」


 盾として地面に立てられたアサカの斧、その裏の小さな死角……そこにシトネちゃんがいた。


たった一歩のために凝縮されているように力を感じる脚、そこから踏みしめられたその力は先ほどの速度とは比べ物にならないことはすぐにわかる。


ああ、やべ……条件を達成するのが予想以上に難しいな。


「さあ、さあ、さあ、次はどうするんですか!」


 テンションの上がってきているシトネちゃんのその力、その速度、年齢を加味すれば最上と言ってもいいだろうその攻撃。


その才を羨ましく思うけど……それを考えている暇もないか、放たれたシトネちゃんの突きを受けて俺は自分から吹き飛んだ。


「よ……っと!」


 空中で一回転しつつ着地、しかしそんな俺を待つことなど当然せずに追撃を狙うシトネちゃん。


その後ろから第二撃を狙うアサカと、さらに後方からこちらを狙うサナちゃんとセリカちゃんも見て取れる。


「せぇぇぇぇぇぇぇい!」


「ちっ!」


 シトネちゃんの全力の振り下ろしに自分の持っていた剣が砕け散った。


どうやら先ほどの突きでヒビが入っていたのだろう、結構頑丈に作っているのによくもまあ……けど呆けていることも出来ないか。


アサカの機工剣による連携攻撃、それを根元に少しだけ残った剣の部分で受け止め、弾くように逸らしながら一気に距離を取った。


「ったく、洒落にならん……」


 シトネちゃんの三撃目を紙一重でかわした俺は冷や汗を流しながら折れた剣に視線を向け、仕方なくポーチの中に収納する。


修復出来るかな……出来たらいいなあ、などと考えながらも剣を失い今こそ勝機だとこちらに向かってくるシトネちゃんに集中する。


「これで……終わりですか!?」


「いや、まだ終わらないさ」


 シトネちゃんの一撃を俺は新しくポーチから取り出した剣で受け止めた。


「な……どこから!?」


 俺の見た目からはもう一本剣を持っているようには見えなかっただろう。


だからこそ、突然現れたその剣に受け止められたシトネちゃんはただただ目を見開く。


「答えは後ほど……ってな!」


 勝機と見て跳び出したシトネちゃん、四人の中で最も速いシトネちゃんが最も早く追撃に移ったことで、アサカたち後続との間が開いていた。


そして驚愕していたシトネちゃんは完全に隙となった姿を曝していて……


「しま……くぅっ!?」


 俺の放った掌底にシトネちゃんが、ギリギリのところで腕を差し出して、腹部を守る。


しかし当然ながらそれで止めることは出来なくて、衝撃でシトネちゃんは吹き飛んでいく。


どうにか体勢を整えて着地したシトネちゃんであったが、防御した腕が痺れているのだろう、刀を握ることをせずだらりと腕を揺らしていた。


「これは…………やってくれましたねぇ」


「ま、ちょっと余裕を見せるのは止めたってことで」


 出来ればこれを機にシトネちゃんを脱落させたいところだけど……まあ、フォローに回るよなアサカ。


仕方なく次にどうするかを考えようとしたところで、嫌な予感と魔力の気配を感じて俺はその場を跳び退いた……そして次の瞬間、俺のいた場所に横から雷が迸った。


「っぶな、サナちゃんか!?」


「嘘、避けられた!?」


 威力は極小、しかし発生の早いその魔法はこの条件では有用な魔法だろう。


ていうか反則じゃないか、それは……って、次が来た!?


「チッ、この、ちょ、待てよ!?」


 連射される雷撃に割と本気で逃げる俺、予想していなかったわけではないけど容赦なさすぎねえか!?


即座に俺はポーチから小さなガラス玉をいくらかばら撒くように空中に投げつける、そのガラス玉から発生するのは魔法を防ぐ半透明の壁、あまり強いものは防げないが、今程度のものであれば十分な代物である。


これでとりあえず少しの間あの雷撃は来ないだろう……と考えたところでフッと頭上に影が差した。


「っ、アサカか!?」


「正解……だ!」


 結構な高さから落下してくるアサカの姿。


そこから繰り出される一撃は今持っている剣を粉砕することも可能だろう。


回避しようにも背面と片側側面には自分の張った魔法壁、通り抜けることは可能だがそれならばまた雷撃がこちらを狙ってくるだろう。


そして前面からシトネちゃんが詰めてきている、未だ片手でしか刀を振れそうにはなさそうだがそれでも俺に一撃を放つことは可能だろう、そしてそれに対処する時間でアサカが一撃を加える。


残る側面からはセリカちゃんが連続してナイフが放たれている、二方を自分で潰し、頭上を含めた残りを埋めるように三人が襲い掛かる……厄介な布陣であることは疑いようがない。


さて……どこに逃げるべきだろうか……一瞬の逡巡の後に俺は頭上に向かって跳んだ。


「俺の方か!」


 空中戦、上のアサカと下の俺……この状況であれば現状の俺にアサカに打ち勝つことは出来ない。


だけどそれならばまともに打ち合わなければよいだけである。



――風に揺れる踊り――



 誰にも聞こえないほど小さく呟いたその言葉。


しかしそれはしっかりと効果を見せて、四人にとってあり得ない光景を起こす。


「「「「な……」」」」


 足場のない空中で方向転換などすることは出来ない。


それは当然のことであるはずなのに、俺はまるでそこに足場があるかのように空を蹴り、アサカの振り下した一撃をかわした。


その理由は俺の呟いた古代魔法、本来の古代魔法から一部を抜き出したその魔法は数秒間だけ、自由に空中を蹴ることが出来る、それだけの魔法。


あらかじめいくつもあるポケットに仕込んでいた結晶が反応しているのを感じながら、俺は攻撃を外して死に体となったアサカの背後に回る。


「げ……」


 その状態でアサカが現状どうあってもかわせないと言うことを悟る。


背後を見ようとアサカがこちらに若干顔を向けてきて呟く。


「……優しく頼む」


「ああ……無理だ」


 アサカに向かってなかなかイイ笑顔を向けられたのではないだろうか。


思いっ切りアサカは引きつった顔をしていたけどな……とにもかくにも、空中で蹴り飛ばされたアサカは地面に叩きつけられる。


いくらなんでもこれでしばらくは動けないはずだ……これで一人脱落。


そして、そんな俺の周りに十数個の魔法具が投げ入れられてきた、その魔法具が全て爆発系の魔法具であることに気づき、俺はさらに上方に向かって跳び上がった。


そして遅れて響くのはそれらが一斉に起爆した音、そして爆発の余波でさらに上へと押し上げられた俺。


「本当に抜け目がないな……」


 首筋に冷や汗を流しながら、地上を見る……しかし、今の爆発によって生じた爆煙により下を見通すことが出来ない。


それは同時に向こうからもこちらが見えないと言うことであり、お返しにとポーチから似たタイプの魔法具を地面に向かって投下した。


さすがに爆発系は危険だから衝撃と閃光の制圧用の魔法具になるのだが……ともかくそれが起動して、衝撃の音と誰かの悲鳴が響いた……声からしてセリカちゃんか。


これでさらに一人無力化が出来たかと思った瞬間……爆炎を縫うように銀の光が見えた気がした。


「っ、うおっ!?」


 反射的に身を捩ってかわしたそれはシトネちゃんの刀……空中と言うこともあり気づかなければ完全に射抜かれていただろう。


そのシトネちゃんはと言えば衝撃弾は普通に効いていたらしく、倒れていた……最後の力を振り絞って投擲したようだが、本気で危なかった……本当に凄い。


しかし、とにもかくにも残りは一人……その一人は、俺と同じ高さにまで跳び上がってきていた。


「本当に……傷一つつけられないまま負けそうです……凄いですね、マスター」


「だったらどうする、降参するか?」


「冗談でしょう、驚かせて見せます……この場であれば問題ないですよね?」



――蒼霊の子らよ力を貸して――



 もう十分に驚いているよ、そう内心思いながら……背筋が震えた。


いや、俺かルノがいるとき以外に本気で詠うなって言ったよ……そりゃ条件は満たしてるけどさ、それはないだろ……しかも以前より完成度が上がってないか?


元々古代言語を文とすることすら難しいのである。


一般的な意味のある単語ならばまだしも文と文を繋ぐ文節の単語などが失伝されているからである。


ところどころに魔法言語の混ざっている不完全なものとはいえ、ここまでの文となるとまず有り得ない。


さらにその詠は俺の知らない詠、その事実が意味することはあまりにも大きい。


おそらく以前に出会った、今では歌姫と呼ばれるアイツと能力は同じなのだろうが……才能あるいは素質ではサナちゃんのほうが上かもしれない。


本来なら色々考察したいところではあるが、今はこの魔法の対処を行わなければならない。


最も簡単なのは詠唱を潰すことだが、これができない……不完全であるが故に中途半端に止めると大惨事になる可能性があるのだ。


そうなると、発動した魔法を回避するか、同じように詠を使い相殺すること。


回避はどれほどヤバいものが来るか分かったものではないため、まだ真っ向から迎え撃った方が防げる可能性は高い。


こんな博打は本来ならやりたくねぇ、などと思いながらもこちらも対抗するための詠を紡ぐための準備を行う。



――友の前に立ちふさがる敵を閉じ込めよ――



 結晶は既に用意している……俺はサナちゃんの方へ手のひらを向け、詠い始める。


詠を聞く限り冷気の何かが来るだろう、ならばこちらが使うべき詠は……



――孤高の焔ここに呼ぶ


  刃向かいし魔性を薙ぎ払え――



 対するように焔の詠、結晶の反応を感じながら高まるサナちゃんの魔力へと目を向ける。


自分の古代魔法はサナちゃんのような不完全なものではない……大丈夫、防げるはずだ。


ほんの僅かな沈黙の後で、俺たちは互いの魔法を放った。



――銀氷の棺――


――焔火の腕――



 空間が凍り付いていると言っていいほどの冷気がサナちゃんの前方から俺を包み込むように放たれた。


そんなものをまともに喰らえば確実に死ぬのは間違いないだろう、それほどの脅威だ。


これに対するように俺もまた規格外の炎をその冷気に向かって解き放つ、空を焦がす炎と空間を凍結させる冷気がぶつかり合い……尋常じゃない衝撃がそこに発生した。


「ぐ……おっ!?」


 咄嗟に腕で顔を覆って衝撃に耐える。


非常に強力な衝撃にうめき声をあげかけるが……その視界の端で落下していくサナちゃんの姿を捉えた気がした。


「っ! マズイ!?」


 これほどの強烈な衝撃、まともに喰らったのであれば気絶してもおかしくないだろう。


落下しながら魔法を打ち合っていたとはいえ、まだそこそこの高度が残っている状態、気絶したまま落下すれば最悪の場合も考えられた。


頭でそんなことを考えていたときには、身体は、口は既に動き出していた。



――風に揺れる踊り


  白雲を突きぬけ


  青空を踏みしめ


  翼を持って駆けよ――



 風の古代魔法、それを改変した詠を一瞬で歌い上げて、その力を解放した。



――白翼の舞い――



 俺の背中に白い翼が幻視される。


実際には存在しない翼、それを羽ばたかせて未だ収まらぬ衝撃を無視して空を突き抜けた。


空を蹴るなどよりもずっと早く、ただ真っ直ぐに。


「サナァァァァッ!!」


「マス……ター……」


 一瞬でサナちゃんの下へたどり着き、その身体を抱き寄せる。


そのまま幻の翼を使って体勢を整え、地面に降り立った。


「ヒサメ!」


 地面に降り立つ頃にはルノが俺に近づいて来ていた。


どうやらルノはルノで行動を起こしていたようで、辺りに精霊の力が強く残っている……任せても大丈夫だったみたいだな。


「サナ姉ちゃん大丈夫?」


 最後に抱き寄せた時にはまだ眼を開いていたが……今は閉じている。


即座に安否の確認をして、一息つく。


「……問題ない、気絶しているだけだ……」


「そっか、よかったよ」


「……あとは」


 サナちゃんをルノに預け、俺は後ろを向く。


アサカとシトネちゃん、セリカちゃん……三人全員がどうにかといった様相で立ち上がり、こちらを見ていた。


「心配しなくていい、無事だよ」


 俺が三人に声をかけると、全員安心したような表情を浮かべる。


「じゃあ……続き、やるかい?」


 三人を見ながら、若干あくどい笑みを浮かべて問いかければ、


そんなことやるかと言わんばかりに、三人が地面に腰を落とした。


「やるかよ……本気で叩き落しやがって……」


「私なんてとりあえず刀を拾いに行かないといけませんし」


「まったく……反則よこんなの」


 口々に文句を言われながらも俺は小さく笑みを浮かべて、ルノを振り返る。


ルノも小さく頷いて、


「この勝負、ヒサメの勝ち!」


 勝利宣言が草原に響き渡るのであった。




「これで認めてもらえるかな?」


 戦闘後、投下した魔法具などの残骸を回収しながらセリカちゃんに問いかけてみた。


「認めないわけにはいかないじゃないの……もう」


 まだあまりダメージが抜けていないようで、地面に座ったままで渋面を浮かべて答えるセリカちゃん。


それをした犯人は俺なだけに何も言うことは出来ない。


「さすがにダメージくらいは……とも思ったんですけど」


 それを助け起こすのは、おそらくはそれ以上のダメージがあるはずのシトネちゃん。


既に回復しているのかと俺は若干驚きを隠せない……もっとも、


「……ったく痛ぇ、もう少し加減しやがれヒサメ」


「個人的にはあれだけやってもう起きてるお前に驚きが隠せないんだがな……」


 一番ダメージを喰らったはずのアサカが起き上がっているので今更なのかもしれないけど。


というか、攻撃した俺が落ち込みたくなるんだけど……なんだよそのタフさは。


「戦士科舐めんな」


「いや、その域は超えてると思うぞ……」


 コイツよりも強いのがいるという学園高等部は本当に魔窟だな……普通に俺みたいな異常クラスじゃない限りは何も問題なさそうじゃないか。


ついでに言えばコイツの特性を十分に生かす機工剣を作成し、強化することの出来るシオンも含めていいだろう……本当に各分野の能力が高すぎるだろう。


まあ、高等部だけでなく中等部に関しても言えることであるが……


「ったく、化け物ばっかりか……」


 古代言語を使う魔法科に速度と鋭さなら上位になるであろう戦士科、そしてその戦闘についていきサポートできるほどの腕を持つ技能科。


頼むから中等部はこの三人くらいにしておいてくれ……これ以上の混沌は本当に要らない。


「ハッ、その筆頭に言われたくはねえよ!」


「失礼な、ルノに比べたら俺だってマシなほうだ」


「わうっ!?」


 アサカのツッコミにそう返せば驚いたようにルノがこちらを向いた。


そのまま怒ったような顔で俺に詰め寄ってくるルノ。


「ヒサメ酷い!」


「身体能力、魔法共に俺を軽く越える才能見せて何を言うか」


 才能の大きさで言えばルノは俺を軽く超えていることに疑問の余地がない。


今ならばまだ戦って負ける気はしないが……そう遠くない内に抜かれてしまうのではないだろうか。


ちなみに俺と同じ条件でルノが四人と戦うとすれば開始早々他が手を出せない高さまで飛び上がり高速詠唱で魔法を連射すればそれで終わる。


俺の場合は通常魔法が使えないので使う場合結晶を用いなければならず、威力が洒落にならないため自重した。


「とりあえずこれで条件は達成、あとは目標の日までに準備を終えるだけだ」


 身体を伸ばし、喫茶店に戻る支度を行う。


「とりあえず、ひとまず戻りましょうか、疲れました」


「そうね、マスター、適当に何かお願いね」


「そだな……がっつり食いたい、ヒサメ、頼んだぜ」


「お前らは……」


 俺だって多少なりとも疲れているんだが、遠慮しねえな……まあ、息も乱していないんじゃ説得力は皆無だが。


そんな俺の服をルノが引っ張って、ある方向を指差した。


「ヒサメヒサメ、サナ姉ちゃんがまだ起きないよ」


 その指が差す先にはルノが寝かせたままのサナちゃんの姿。


まあ、こんなところに置いて行くわけにもいかないので……


「む……じゃあル」


「お願いしますね、マスター?」


 ルノに頼もうとする前にシトネちゃんに先制された。


「一応俺も疲れているんだが……」


「冗談を……それに気絶した原因はマスターですし、当然ですよね?」


「うぐ……わかったよ、んじゃさっさと帰るぞ」


 言い返せるはずもなく撃沈、やっぱりシトネちゃんには敵わないのかもしれない。


大人しくサナちゃんを背負い、俺たちは帰り道を歩き始めるのだった。


しかし……予想以上に軽いな、サナちゃんの身体。


そのまましばらく歩いていると、ニヤニヤと笑った表情を浮かべているセリカちゃんが近づいてくる。


「時に……サナって意外とあるのよね、役得でしょ?」


「……何を言ってやがる」


 非常に返答に困る質問をいただいた……そっち方面には意識しないようにしてんだから勘弁してほしい。


ついでにアサカ、俺がやりゃあ良かったとか言って悶えんな、正直気色悪いぞ。


「そういえば、サナが落ちた時……マスター、サナのこと呼び捨ててましたね」


「あん? そうなのか?」


 あの時は助けることだけに頭を集中していたから何を言ったか記憶にはない、そんなこと口にしていたのか。


「いやぁ、あの時のマスターは格好良かったよ」


「そうですね、思わず惚れそうでした」


「はは……そりゃありがと」


 その時の記憶が曖昧だから、あまり言われても反応に困るんだが……アサカ、近づいてきてどうした?


「ヒサメ、まさか男の浪漫(ハーレム)を目指す気か?」


「……死ぬか?」


「ハイ、ゴメンナサイ」


 周りが引くほどのイイ笑顔を見せながらアサカに問いかけると、片言になりながら謝ってきた。


まあ、いつものことだしいいか……相変わらず締まらないなぁ。


そんなことを思って苦笑し、俺たちは見えてきた街並みに向かって歩を進めていった。


途中でサナちゃんが起きて一悶着あったのは余談だ……セリカちゃんたちにからかわれて真っ赤になったサナちゃんが印象的だったとだけ言っておく。






 喫茶店『旅人』、来月頭より一ヶ月休業します。『確定しました!』

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