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第一話 『旅人』

 異世界スフィーリア。


魔法が存在し、人を襲う魔物が存在する世界。


十二の時にこの世界へと呼ばれて、召喚者であるじいさんと辺境の地で過ごしてきた。


この世界に来て、もう五年以上になるだろうか。


じいさんは別に俺を呼び出したかったわけではないらしい、今は既に失伝してしまっていた古代魔法の実験のためだった。


異なる世界から命を迎え入れる、召喚魔法。


その魔法には、呼ばれる条件があった。


それは己の世界を捨てられること、その世界とのつながりを捨てることのできる者だということ。


家族が死んで、生きることさえどうでもよくなっていた俺はその魔法に迎えられてこの世界に呼ばれたのだった。


そしてじいさんは多くのことを説明して、育ててくれた……あのときの俺は、今思い返せば自分で思うほどに本当に面倒な奴で、かなりの迷惑をかけたのは間違いない。


世界が違えば言葉も違う……最初の頃は文字通り理解不能な言葉で叫んでいたこともある。


それでもじいさんは笑いながら世話をしてくれた……孫ができたようで楽しい、とは口癖のようにじいさんが言っていたことだ。


呼ばれて、一年も経った時だろうか……この世界の言葉も問題なく使えるようになっていた俺にじいさんは自分の知識を俺に受け継がせるように教えてくれた。


召喚魔法を使い、存在を呼んだことも、実験であることの他に己の知識を継がせる者を呼び出すことが目的だったらしい。


そのじいさんをして俺みたいな子供が呼ばれたのはさすがに予想外だったみたいだが、まあ楽しんでいたみたいなので結果オーライというところだろう。


じいさんの教えはかなり厳しいものであったが、そのおかげか知識や技術は次々に習得することができた。


辺境だったが故にそれ以外に何もすることがなかったこともその一因だろうけど……


それはともかく知識を全て受け継ぐことのできたのが一年前、それを契機としてじいさんは全てを出し尽くしたように衰え、逝ってしまった。


もうやり残したことなどないというようにとても安らかな顔でじいさんは傍らで泣いていた俺の頭に手をのせて……


「好きなように生きなさい、氷雨」


 そう言い残して……眠るように逝ってしまったのだった。


二度目となる家族との別れに俺は沈み、泣き叫んだ。


それでも、俺はじいさんの後を追うようなことも無く、立ち上がった。


じいさんを手厚く葬り、遺されたものを受け継いだ俺は辺境の地を離れ、様々な場所を渡り歩いた。


好きなように生きなさい、最後の言葉の通りに自分の赴くままに旅をして、そしてつい一ヶ月程前にこの世界でもかなり大きな街『エスティア』に辿り着き……




「いらっしゃいませ、ようこそ『旅人』へ!」


 扉の開閉をしらせるベルの音と同時に、小さな男の子が元気よく来店者に呼びかける。


中に入ってきたのは金髪ショートの女性、その女性は俺の方を見て口を開く。


「マスター、いつものをお願いするよ」


「かしこまりました」


 まだこれを始めて一ヶ月だというのに、既にそれが当たり前のように注文する彼女に思わず苦笑が浮かんでしまう。


俺は料理中短めの黒い髪が混じらないようにつけられた白のバンダナと絵柄の無い簡素なエプロンで身を包み、慣れた手つきで彼女の言う『いつもの』を作ることに取り掛かるのだった。


街の大通りから少し離れた、静かな一角にある喫茶店『旅人』。


そこで俺、水森氷雨(みなもりひさめ)はその店のマスターをやっていた。




 この街は『探索者の街』と呼ばれている


『探索者』とは『大迷宮』から価値のあるものを探し出す人たちのことであり、そして『大迷宮』は、この世界各地に存在する魔物の巣窟のことを指す。


その入り口は常識から外れた空間の裂け目とも言えるもの、その中はまさに生きた迷宮とでも呼ぶべき場所である。


『森』や『雪山』、『遺跡』など迷宮の種類は多種多様に存在し、一定の周期でその中の構造が変わっていくという危険な場所、しかし構造が変わるという性質ゆえにその迷宮内に存在する価値のある鉱石や薬草なども尽きることなく生み出され、手に入れることができる。


命の危険と一攫千金、ただの一般人であれば大きすぎるほどのデメリットであるが、メリットが存在することもまた事実。


そしてそのメリットをとデメリットを天秤にかけ、迷宮に挑む者たちを探索者と呼ぶのだ。


この街には、そんな『大迷宮』が近くに数箇所存在するため、探索者たちが集まり、日夜『大迷宮』に挑む者たちで賑わっているのだ。


『大迷宮』を目指しこの街に来る者、『大迷宮』へと向かいこの街を出る者、そんな探索者を相手に商売を行おうとする商人、はたまた『大迷宮』の挑戦を諦め街を去る者。


目的は多々あれど、この街には様々な人が、そして多くの人が入り、また出ていく。


人の出入りが多いということは出入りする物もまた数多く存在している。


じいさんの知識の道具の中には珍しい材料を必要とする物も多く、そういった材料を入手する機会が多いのがこの街であり、だからこそ拠点となる店をこの街に構えたのだった。


普通ならば、じいさんの知識を活かして魔法具を作る、あるいは既に作っているものを売る魔法具店が一番良いのだろうが……一つ問題があった。


効果が強すぎるのである、それこそモノによっては冗談みたいな性能差のものもあるのだ。


ある程度揃えば、それこそ国相手にも喧嘩を売ることが可能かもしれないレベルである……事実、自分でも軍隊一つ二つ程度ならどうにでも出来る自信がある。


そういうわけで不特定多数に売るような魔法具店のような形では物騒なことになりかねないのである。


だったら封印でもしておけという話ではあるが、それをするには少々俺の悪癖というか主義がそうすることを躊躇わせるのである。


現時点で、俺とじいさんが作成した魔法具はかなりの数存在しており、現在も保管され、そして死蔵されている。


そう、死蔵なのだ。


俺もじいさんも作ることは好きだったし、熱心だったと思う。


俺とじいさんの違いは作った後のこと……じいさんは作ることそのものが目的であり、出来た物に関しては放置といったことが少なくない。


それに対して俺は、知識や道具は使ってこそ価値があるものだという想いが強いのである。


無論、自分で使うこともあるが適性のないものを使いこなすことはできない、だからこそ誰か使える者の手に渡ることが望ましいと思う。


だけど、先に述べたように不特定に売るという行為は、危険であるしそれを本当に使いこなせる保証がどこにもない。


そのために、扱うことのできる程に腕がたち、信頼できる人柄の者にのみ売る、あるいは譲ることのできる方法を考えたのだ。


結果として開店したのがこの喫茶店『旅人』である。


店員である俺と客の距離が近く、会話が出来る喫茶店。


穏やかで、そして落ち着ける場所であるこれならば、その人の本質を見ることができると思ったのだ。


幸いにも料理は嫌いじゃないし、十分な腕であると自信を持っている。


「ご注文の品です、どうぞ」


 俺は作業を終えて、彼女にとってのいつもの注文を渡す。


その内容はコーヒーとサンドイッチ……とはいえ、自分の世界のコーヒーというものを缶コーヒーで一度か二度程度しか飲んだことが無い俺には、それをコーヒーと呼んでいいのかは疑問なのだが。


これ自体、じいさんが色々と多方面の研究に手を伸ばしていた時に偶然に出来た産物であるらしく、俺が飲んだ時の苦さの覚えと見た目からこれをコーヒーかと聞き、じいさんがそのままその名前を気に入ってしまったとかいう話である。


この味にじいさんがはまり、偶然の産物であったそれに異様に力を注いで、淹れるための器具やらを全力で作った結果、淹れ方や材料の豆次第でどこまでも深くなるこだわりの一品となってしまった。


勿論自分も自分が美味いと思えるこだわりの一杯としてこの喫茶店で出している。


ちなみに豆に関してはこの世界では一般的に広まっているが、普通に食用として使われるため、手間をかけて飲料として使われることはまず無かったりする。


そのため、コレを淹れられるのは現状ここだけであり、一ヶ月のうちに店内でも一番の人気商品として扱われているのだ。


「ああ、ありがとうマスター」


 返事をする彼女も、そんなコーヒーの魅力にとりつかれた一人で、初めての注文以降、ほぼ欠かさずにコーヒーだけは頼んでくる。


そんな彼女はこの街に住む『探索者』の一人であり、名前をレスカ・セルフィナという。


『旅人』の開店当日から来てくれた客で、この一ヶ月でも半分以上の日でやってくるほどの常連である。


人当たりのいい性格で、まだ短い付き合いではあるのだが、素直に信用できると思わせてくれる女性だ。


ちなみに身長が高い……俺より……五センチほど。


伸長を測るような器具がないから確かめたことはないが俺はたぶん百七十から百七十五くらいだと思っているから、少なくとも百七十後半の高さがあるのは間違いない。


「ああ……このコーヒーというのは本当に美味しいね」


「それはどうも」


 カウンター席で俺が出したコーヒーを飲みながら、レスカさんが至福の笑みを見せている。


地方によって食えば同じ味の同じ豆でもコーヒーにすると味が全く変わったりするため、豆に関してこの街で色々と聞いて、産地の違うものを買い集めている。


とりあえず自分の好みのブレンドで気に入ってもらえることはとても嬉しい……内心では、味の好みが違ったじいさんに勝ったとか思いながらその賛辞を受け取った。


「この後は探索に出かけるんですか、レスカさん?」


「ああ、『森』に行こうと思ってるよ」


「へぇ~、がんばってくださいね!」


 レスカさんの隣には小さな黒髪の男の子でウチの従業員のルノ・ミンステアが座っていた。


その子は俺の弟分のようなもので、レスカさんにはよくなついている。


あまり自分の仕事のない時などは今のように隣に座ってレスカさんに話しかけたり、あるいは話を聞かせてほしいと頼んだりといった光景がよく見られる。


この子は人の感情に敏感で、特に悪意や害意といったものに関する鼻は俺なんかよりもずっとすごい。


そのルノがこうやって無邪気にレスカさんに懐いているということは信用に値することだと俺は思う。


今はまあ、忙しくはないのでルノの様子を微笑ましく思いながら、レスカさんと同じ注文をルノにも渡す。


コーヒーは苦手だから、飲み物に関してはただの水なんだけど……



「ルノ、昼飯だよ……今のうちに食べといて」


「ありがとう、ヒサメ! いただきます!」


 ルノが目を輝かせながら両手を合わせて、それから食べ始める。


それと同時に俺と同じようにつけていたバンダナが形を変え、頭の上に布越しで動物の耳のような形のものがピンと立った。


その後ろで、布の袋で覆われた尻尾もまた、喜びを表すように強く振られていた。


「フフ、ルノくんはやっぱり可愛いな」


「わんっ!」


 耳と尻尾からわかるとおりルノは普通の人間ではない。


獣人という種で、犬系の血を色濃く持っているのだ。


とはいえ、見た目は耳と尻尾以外は人間にしか見えない。


この街へ来るまでの一年の旅の間に、捨てられていた当時十歳のルノを拾った縁で一緒に暮らしていて、従業員としては料理と勘定以外の仕事をやらせてるが……その容姿のせいか年上のお姉さま方に受けがよくて集客にも助かっていたりする立派な喫茶店『旅人』の従業員である。


衛生面を考えて、尻尾に布袋をつけ、耳を垂れさせた上でバンダナを巻いているのだが、喜ぶとさっきのように耳が立ち、バンダナが取れかけることがあるのが少々問題である。


ルノもそれがわかっており、バンダナが緩まないようことあるごとに締めるよう習慣づいている。


ちなみに耳と尻尾の色は髪の色と同じ黒である。


「はむっ、はむっ!」


「急いで食ってるのはいいが、のどに詰まらせるなよ」


「はは、微笑ましいことだね」


 幸せそうにサンドイッチにパクついてるルノをレスカさんと温かく見守りながら、時間を過ごしていた。


ところでサンドイッチであるが、この世界の食材は結構俺のいた世界と似通ったものが多い。


ニンジンやタマネギ、ジャガイモといったものも、名称こそ違うが見た目も味もそのものであった。


一部、見た目ダイコンのものを食って異様に甘いといった違いや、自分の世界とは全然違う食材も結構存在するが、そういうものも十分調理が出来るようになった。


米らしきものはあるが、味噌だとか醤油みたいなものはまだ見たことが無く、喫茶店にはあまり関係ないが和食が作れないな……じいさん、コーヒーよりもそういうものを偶然の産物で作ってくれ、などとたまに思ったりもする。


当時小学生の俺が、そんなものの作り方など知っているはずも無く、これに関しては現状諦めるしかない。


「ごちそうさま!」


 気がつけばルノが自分の分を食べ終わり、自分の使った皿を洗いにこっちへ来ていた。


「まったく、もっとよく噛んで食べろよな……」


「わう……ヒサメの料理が美味しすぎるのがいけないんだよ」


「そう言うのは嬉しいが、それとこれとは話が別だ」


「わうぅ」


「ふふ、大したお父さんだな」


 俺たちの様子を見て、レスカさんは笑う。


それから、客が来ないことをいいことに俺たちは雑談を交わしながらその日の昼を過ごすのだった。


その後、あんまりにもゆっくりしすぎてレスカさんが時間に余裕がなくなったと落ち込んでいたのは余談である。






 喫茶店『旅人』、今日も二人でゆったりと営業中です。

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