第十七話 『新人』
卒業試験の結果も出て、中等部の卒業式もつつがなく行われている。
サナちゃんたちもそこにいるし、何よりこれでも教師の一員である俺とルノは参加しないわけにもいかないので卒業式の行われている講堂の一番後ろのほうでその様子を観察していた。
「卒業試験の結果は聞いたね? 君たちが来てくれて本当によかったと思うよ」
気がつけば隣にキリアさんがいて話しかけられていた。
直接的にお礼を言われると、やはり少し照れが入ってしまうようで、頬をかきながらぶっきらぼうに言い返す。
「別に……あの子たちになにかあったら目覚めが悪い……それが嫌だったから手を貸しただけですよ、感謝をするなら俺の店の客だったあの子たちに言ってください」
「素直じゃないね……まあ、それなら縁があってよかった、程度に思わせてもらうよ」
「そこらへんは勝手にしておいてください」
本当に……あの場で切り捨てられなかったことは自分の甘さである。
だけど今は……あの子たちに感謝されるのが嬉しいし、楽しい。
結果論と自分の感情だけで言えばこれで良かったのだと、俺はそう思う。
「個人的にはこのまま本格的にやってもらえたらと思っているだけどね、君の話は本当にためになるから」
「そりゃ光栄な話だこと……」
評価してくれることに関しては素直に嬉しいと思うし、今考えたように教師の仕事も決して嫌いなわけではない。
「けど、遠慮させてもらいますよ」
「何故か聞いても?」
「簡単な話ですよ、俺があの場所……『旅人』が好きなんですよ、生徒からもようやくマスターとして認知されるようにもなりましたしね」
「そうか、残念だ」
俺がこう答えることを初めから予想していたのであろう、口ではそう言いつつもそこまで残念だという意は含まれていなかった。
まあ、うまく行けば……なんてことを一切考えてないと言えば嘘になるんだろうけど……小さく苦笑しながら、俺はそのまま言葉を続ける。
「それに、店をやめたりしたらサナちゃんたちが怒りそうですし」
「ん? ああ、彼女たちをバイトで雇うんだったね」
「ええ……まあ、そうなんですけど」
今日これからのことを思うと頭が痛い。
時間……止まんないだろうか。
「どうしたんだい?」
「先日、バイトに入ってからのことを話し合った時なんですが……制服が欲しいとごねられまして」
そこまで言うとキリアさんも納得をしたように頷く。
「ああ、彼女たちも女の子だからね、ヒサメ君やルノ君のように外見に対して無頓着な服装なのは許せないんだろうな」
「そういうわけなんで、その制服が問題なんですよ」
「何かあるのかい? もしかして、選んだそばからセンスが悪いとか駄目だしをを食らったとか?」
「貴女は……まあ、普段があれですから言い返せはしませんが……」
仕事着は黒のシャツに絵柄の無いエプロン、基本的にその姿ぐらいしか見ないキリアさんからならそう映っても仕方が無い。
「? ヒサメはセンスは悪くないと思うよ?」
ルノ、そう言ってくれるのはありがたいが、説得力はあんまり無いんだよ。
「その言い方からすると違うみたいだね……何があったんだい?」
「……アサカが妙にノリノリで、女子の制服は任せろと飛び出して行きまして、今日この後、初公開になるんです」
「………………なるほど、ヒサメ君の気持ちはわかったよ」
「……わう?」
俺の懸念を正確に理解して、キリアさんがなんともいえない表情で頷いた。
そういう懸念を一切理解していないで、俺たちの表情の理由がわからずに首をひねるルノがいろんな意味で微笑ましかった。
「まあ、アサカ君もそうそうおかしなモノは持ってこないだろうし、そう不安にならなくてもいいんじゃないかい?」
「それ、当事者であるなら言えますか?」
「ごめん……無理だね」
一部において信用の無いアサカであった。
そうこう言いながらも式は順調に進んでいく……ようやく最後の学園長の締めなんだが、随分話しているんじゃないか?
「わうぅ……」
ルノも退屈そうに前を見ながら俺にもたれかかっていた。
「こういうものの挨拶って何でこう長いんですかね?」
向こうの世界にいたときも話が長くて飽き飽きとしていた記憶がよみがえる。
世界を跨いでさえこういうものに変わりはないんだろうか……
「まあ必要なことだ、こればっかりは仕方ないものだよ」
そんな俺たちの様子にキリアさんは苦笑しながら俺とルノの肩を叩く。
「まあ、これからも期待しているよ?」
「はは……了解、週一教師、頑張ります」
「わん!」
中等部二回生、一回生にも俺の授業は大分噂になっているらしい。
まあ、今年の魔法科の実技の上昇値を考えれば話題に上らないほうがおかしいくらいだ。
期待……されているんだろうな、『旅人』を辞めるつもりなどないが当然こちらに関しても止める気などもう無い。
今の店の客にも二回生や一回生の子たちもいるからやっぱり見捨てられそうにはないしやはり、自分は甘いのだろう……まあ、そんな自分が嫌いではないのだが。
目をつけられることはわかっていても、それでも動かないという選択肢は存在していなかった。
一度そう決めてしまったら、後はもう頑張るとしか俺には言えないのであった。
「それでは卒業式も終えたいと思う……皆、高等部に入ってからも前進を忘れず、よりいっそう励むように!」
ようやくと言ったように学園長の言葉が終わり、式が終了する。
この後は各学科の教室に戻り、最後の連絡事項についてなどが話されるのであろう。
指示が館内に響いて、ゆっくりと生徒の集団が講堂から退出していく。
「さてと……行くかルノ」
「わん!」
それを見届けてから、俺もルノを連れて退出しようとする。
「どこに行く気だい?」
「サナちゃんたちとは入り口近くでって待ち合わせしてるから、そっちで待ってるつもりです」
ここで待っていてくださいね、と前日に釘を刺されたのである。
まあ、することもないから別に構わないんだけど……それにこの後どうせ一緒に店に行くわけではあるし。
「そうかい……なら私もついていくとしようか」
説明するとキリアさんは納得して俺の後につくように歩き出す。
俺は外部の人間だからある意味自由に動けるのだが……キリアさんは違うんじゃないのか?
「別にいいですけど、仕事ないんですか?」
「ああ、今日はもう特にないんだ、やるべきこと、言うべきことは今日より前に伝えているからね」
キリアさんはそう言って肩をすくめて小さく笑う。
やっぱり自分のやるべきことはそつなくこなしているみたいだな、さすが。
「お披露目される制服にも興味があるし、ね?」
「関係者以外立ち入り禁止です」
「そこでそう返すのかい……まあ、確かに関係者ではないけどね」
がっくりと肩を落とすキリアさんに俺は苦笑する。
「はは、冗談ですよ」
「そうだろうね」
キリアさんも苦笑しながら俺と話を続ける。
しばらく話を続けてるとルノの耳がピクンと動いて、学園校舎のある方を向いて俺たちに話しかけてくる。
「ヒサメ、サナ姉ちゃんたちが来たよ!」
「お、そうか」
俺とキリアさんもルノの向いた方を見れば、確かにサナちゃんたちの姿が見えたので向こうにわかるように手を振ってやる。
サナちゃんたちもそれに気づいて駆け足でこちらへとやってくる。
「お待たせ、マスター!」
「おう、卒業おめでとう」
「おめでとう、サナ姉ちゃん!」
「あは、ありがとうマスター、ルノ君」
駆け寄ってきたサナちゃんに俺とルノは祝いの言葉をかけてやると、サナちゃんも嬉しそうに微笑んでお礼を返してくれた。
「とはいえ、校舎が高等部に移るくらいのものなんだけどね」
「そうね、ありていに言ってしまえば進級するのと変わらないわ」
サナちゃんとは対照的にシトネちゃんとセリカちゃんは祝いの言葉に対して軽く苦笑した感じでそう言った。
「はは……ぶっちゃけてしまえばそうかもな、とはいえ、肩書きも変わる、ある程度意識も切り替わる、全てが同じなわけじゃないさ」
「ああ、校舎も変わるし、一部を残して先生も新しい人だ、ある程度の新鮮さはあるだろうな」
そんな二人の言葉に特に否定することなく、だけど、確かに存在する変化を口にする。
「マスターも高等部の教師をすればいいのに……」
「する気はないし、したらしたでお前たちのバイトが消えるぞ?」
俺がサナちゃんたちの教師ではないからバイトを許しているわけで、そうでないならバイトをさせる気はない。
サナちゃんだってわかっているだろうに……まあ、忘れていたのであろう。
「あう~」
やはり忘れていたのか思い出したようにサナちゃんはガクリと肩を落として唸ってしまった。
「サナ……それくらい覚えておきなさいよね」
「ふふ、サナちゃんったら」
そんなサナちゃんの様子に呆れたような顔で見るセリカちゃんと笑顔を絶やさないシトネちゃん。
二人の視線を受けてさらに縮こまるサナちゃん……復活まで時間がかかりそうだな。
それまではキリアさんと一緒に、話しかけてくる卒業生たちの相手をすることにした。
言われてる言葉は俺にはありがとうございましたで、キリアさんにはこれからもよろしくお願いしますという言葉が多かった。
何故……と考えたが、思い出してみればキリアさんは高等部の授業にも出ているって言ってたな、アサカも授業を受けているみたいだし。
そういえばルノの姿が見えない……ああ、向こうで生徒たちに囲まれてあたふたしているようだ。
キリアさんも、少したじろぐほどに生徒たちに詰め寄られているな……ホント押しの強い子たちだよ。
それにしても……話しかけてくれる生徒が多いな、魔法科以外の生徒からも結構声をかけられている。
そういう生徒のほとんどは喫茶店に来てくれていて、休み時間などに質問に来た生徒たちのようだ。
そんな子たちの相手をしていて十分以上は経っただろうか、一人話し終われば二人新しく声をかけてくるような人の波もようやく収まったようである。
見れば、ルノやキリアさんも疲れた表情でこちらに集まってきていた。
「悪いな、待たせて」
「ごめん、サナ姉ちゃんたち」
「思った以上に声をかけてくれる生徒たちが多かったよ」
校門のほうでこちらをずっと待っていた三人に俺たちは謝罪を入れながら近づいていく。
「ううん、全然問題ないよ」
「あれは仕方ないわよ、マスターたちやキリア先生の人気はかなり高いんだから」
「ええ、あと十分くらいはかかると予想してたぐらいですよ」
その謝罪に首を横に振って三人がそう言ってくれる。
「それはどうも……んじゃ、そろそろ行くか」
「わん!」
「「「は~い」」」
「行くなら急ごうか、ゆっくりしていると生徒たちにまた捕まるよ」
俺の言葉にルノたちは声を上げてついて行き、キリアさんはげんなりするようなことを言ってくれた。
それを聞いたからか、全体の移動速度が若干速くなったのは気のせいではないだろう。
俺たちは雑談をしながら喫茶店の前まで、たどり着き、それから中へと入れば、
「お、おかえり」
店内の一席に座り、俺たちの帰りを待っていたのであろうアサカが迎えてくれた。
「ただいまアサカ!」
「おう、ただいま」
そんなアサカにルノが真っ先に応え、アサカに飛びついていく。
飛んできたを受け止めながら、アサカは俺の後ろから入ってきた面々を確認する。
「って、キリア教官?」
「やあ、アサカ君、キミのセンスを確かめに来たよ」
「はぁ……?」
何故か一緒にいるキリアさんに疑問符を浮かべるアサカ。
それに対して、キリアさんがそんなことを言い、意味をよく取れなかったアサカは生返事のまま、ますます疑問符を浮かべていく。
「つまり、お前が今日用意したものがどんなものか興味があったみたいだからついて来てるんだよ」
「ああ、なるほど」
俺の言葉で理解したのか納得したように頷くアサカ。
「じゃあ、お披露目と行きますか、サナちゃんたち、奥の部屋に置いてるから着てきてくれ」
アサカが声をかければサナちゃんたちが店の奥へと入っていく。
「はーい」
「ふふ、少し楽しみ、かな」
「ちゃんとまともな物用意したんでしょうね?」
「当たり前だろ、なかなか本気でデザインを選んで来たっての」
セリカちゃんの茶化すような言葉にアサカは自信を持って答えている。
「相当自信あるみたいだね」
「……そうみたいですね」
俺とキリアさんがそんなことを呟いていると、部屋のほうから悲鳴が聞こえてきた。
とはいえ、嫌悪だとか文句という感じではない、むしろこれはかなり好意的な声の上がり方じゃないか?
「まさか本当に気に入られたのか?」
「これは予想外だな……」
「あんたら少しは信用しろよな!」
「「無理」」
仕事中にナンパしているような奴が言ってもなぁ……正直ノリだけで普段着てもらえないようなものを着せようと奇抜なものを用意するものとばかり。
「右に同じく」
「ヒサメ、教官、一発殴らせてくれ」
割と本気で不満そうな顔をしたアサカが冗談なしの声で言うので、二人で軽く謝罪しておいた。
そんなことを話しているうちに着替えが済んだのであろう、奥の部屋のほうで物音がなくなり、サナちゃんたちが戻ってきた。
「じゃーん!」
「どう……でしょうか」
「似合いますか?」
現れたサナちゃんたちはその場で回転などをしながら俺たちにアサカが用意した制服を見せている。
水色を基調としたチェックのドレス、スカートの裾や袖は白のフリルのようなものがあつらえてあり、そのドレスの上から白いエプロンがかけられている。
デザイン的には申し分ない、正直アサカが用意できたとは思えない非常に可愛らしい制服だった。
「……へぇ」
「これは、いい意味で本当に予想外だね」
「うわぁ、すごく似合うよサナ姉ちゃんたち!」
「うんうん、三人とも素材がいいからなあ、ばっちりだ」
俺とキリアさんは純粋に驚いてルノは絶賛する、アサカはしたり顔で何度も頷いていた。
三人はそんなアサカの言葉に少し頬を朱に染めながら嬉しそうに笑っていた。
「アサカ、どこからこんなの用意したんだ?」
少なくともこの街の服屋では見かけない代物である、一体どこから持ってきたのか非常に気になった。
「ん、ああ……お姉さま方の一人がそういうの得意だったからあつらえてもらった」
「…………ああ、そうなのか」
そういえば満月の日のパーティーのときにルノにメイド服着せていたな……あれ手作りだったのか。
「ほい、お姉さま方からの請求書、主に材料費」
「ああ、はいはい……って、お前が払うんじゃないのかよ」
アサカから渡された用紙を受け取りながら思わず突っ込んだ。
「すまん……予想以上に値が張った……」
見れば確かにそこそこの金額がそこに記されている。
とはいえ、あの服の完成度から見ると、これでも安いくらいか。
「サナちゃんたち、気に入った?」
「はい!」
「まあ、合格ね」
「ええ、気に入りました」
俺が聞けば、三人とも笑顔で答えてくれた。
「「「ありがとうございます、アサカさん!」」」
「いやいや、お気に召したなら幸いだ」
お礼を言われたアサカは少しはにかみながらそう言って近くの席に座る。
「ま……今日は本当にアサカの手柄だな」
「そうだね、見事なまでに裏切られたよ」
「どうだ、見直しただろ?」
「ああ、そうだな」
「上方修正しておくよ」
俺たちがそう言うと、アサカはしてやったりと言わんばかりの顔をするので、調子に乗らないように釘だけ刺しておく。
「これでしっかり金まで払ってたら格好いいのに」
「がくっ」
しっかり急所を突いたところを言えば、アサカはそのまま机に崩れ落ちてしまった。
相変わらず三枚目状態、締まらないなあ……あるいは狙ってるんじゃないだろうかとも思う。
「ともあれ、制服も決まったことだし、これからよろしくね、三人とも」
「「「はい!」」」
「わうん! これでもっと賑やかになるね!」
「そうだな、もっと盛り上がっていくとしますか!」
「お前は自重しとけ」
「……鋭いツッコミで……」
そんな小さな漫才に店にいた全員が笑う。
これから先もこうやって俺たちは笑っているのだろう。
それは友達同士の笑いであり、家族のような笑いであり、どちらも温かいものであろう。
それは俺が昔失った温もりであり、この街で新しく得たものである。
悪くない……この街に来て良かったと、そう、心から思った。
喫茶店『旅人』、メンバーが増えてさらに賑やかになりました。