第十五話 『激闘』
銀色の剣閃、気を抜けば見逃しそうなほどに速いそれが俺目がけて放たれた。
「っ!」
速いだけでなく重い、初撃を受け止めた俺はすぐさま予想していた実力を上方修正する。
これは、俺一人だったら速攻で負けていたかもしれないな……だけど、この場において俺は一人じゃない。
「わう!」
「見えているさ!」
即座にディナの背後に回ったルノの放つ一撃を、しかしディナは当然のごとくかわす。
それぐらいは予想していたことであり、俺もまたすぐさま追撃の一閃を放つが……やはりというか防がれる。
斬撃、回避、防御……たった三回の攻防だが、それだけでも向こうの実力が非常に高いことを感じて俺は小さく舌打ちする。
「さすが……ってところか」
使徒狩りの三勇士……いや、クラウからの生存者と考えるべきか、やはりそれだけの実力は持っている。
その剣技の冴えは俺やルノの何倍も上を行く、身体能力にしても強化魔法をかけている俺の能力が素のディナの身体能力とほとんど同じなのである。
今の状態でルノはそれより高い速度域に存在してはいるものの、絶対的なアドバンテージであるとは決して言えない。
人間のまま使徒の肉体を鍛え上げていると言うのはやはり大きい、予想はしていたがそれでもふざけたスペックの差である。
「その程度か、店主!」
「チッ!」
再び閃くのは俺を狙う銀色の軌跡、受ければ致命傷確実のソレを俺は全力のバックステップを行うことで距離を取ったのだが……失敗だった。
「おいおい……」
バックステップを行い、着地までの短い間……空中で身動きの取れない、しかし普段であればつけるはずのない絶対の隙。
そんなものは知らぬとばかりに後ろに下がる俺に追いつくほどの速度で放たれる追撃。
「はあぁっ!」
「っ……!」
それは突き。
未だ足を着けていない俺の動きでは絶対にかわせない必殺の一撃。
下がる俺と近づく刃、相対的にはゆっくりと迫る刃に俺の取れる手段は多くない。
すなわち、受け止めること。
決して幅広とは言えない自分の剣で、斬撃ではなく点での一撃を受け止めなければならない。
さらにこの鋭さを感じる一撃……仮に防御できたとして、それさえ貫通するのではないだろうか……そう思わせるだけの気迫がそこにはあった。
とはいえ躊躇をしている場合ではない、開始早々博打に近い行動を起こさねばならない身を嘆きながら、剣を使い防御の構えを見せる。
次の一瞬には激突しているだろう二人の横から、風が流れた。
[神速の風:斬り裂け]
横合いから放たれた真空の刃がディナに向かって飛ぶ。
ハッキリ言って普通の相手なら何も出来ずに命中するほどの速さだ……だけど既にわかっている通り、相手は普通じゃない。
必中の一撃のはずのそれを、ディナは当たり前のようにかわして距離を取った……結果として、先の一撃を受けずに済んだ俺は内心で安堵する。
「ヒサメ、大丈夫!?」
「ああ、ありがとよルノ……しかし、想像以上だな」
「こちらとしては拍子抜けだ……その程度の腕で彼ら相手に何ができると言うんだ?」
投げかけられた言葉はある意味で当然だろう……クラウに認められているほどの者が、あの一瞬ルノの助けがなければ負けていたかもしれないのだ。
まだ向こうが全力を出していないにもかかわらず、だ。
まあ、戦闘で認められているわけではないからこの結果もこちらとしては特に問題はないんだが……この場においては不味いか。
厄介なのは口ではそう言いながらもこちらのことを侮らず、油断せず、一切の隙もなく刃を構えていること。
油断してくれればこっちはやりやすいんだが……内心で舌打ちしつつも俺は背のほうへに手を回し、ルノに合図をする。
「悪いが俺たちは武人じゃねえんだ、道具だろうが小細工だろうが使えるものは何でも使わせてもらうぜ!」
叫びながらナイフを三本取り出しディナに投擲、飾りの部分に風の魔法具のついた三本のナイフは物理法則を無視した不規則な動きでディナへと襲い掛かる。
剣の範囲外に対してどう対処するかの意を含めた牽制……それ単体が通じないことなどとうに理解している。
それに応えるように間髪を入れずに銀閃が三度放たれた、それは迫るナイフを全て正確に叩き落とし、落とすと同時に俺に向かって距離をつめてくる。
その動きは先ほどまでよりなお速く、込められた力も先ほど以上であろう。
だけど……いつまでも先手を取らせ続けるほどこちらも甘くないぞ。
「わふ!」
駆けるディナにルノが横合いから攻撃を仕掛ける。
俺もまたそれにタイミングを合わせるように接近しての同時攻撃。
「小賢しい!」
その対処に行われたのはたった一閃。
大振りの軌跡を描いたその一撃は、二方向から迫る俺とルノの攻撃をまとめて弾き返したのだ。
呆れた力と速さ、そして正確さ……一撃目を受けて軌跡がずれれば、それだけでも危険になると言うのに彼女はそれが当たり前だと言うように今の芸当を為した。
だが、そこまでは予想通り、反撃はここからだ!
[炎の友よ:顕現せよ]
[檻となりて:包み込め]
一撃とは思わなかったが弾かれること自体は計算の内、ほとんど遅滞なく四行節となる詠唱を始める。
その詠唱は互いに二行節ずつ、同時に詠唱することで大幅に時間を短縮させていた。
「何!?」
ディナがこの戦闘で初めて表情が崩れる。
それも当然、二者同時詠唱……言葉にすれば簡単だが、その難易度はとんでもなく高い。
二人の術者と精霊、その三つの要素が高い次元で結びついていなければ決して出来ない芸当……特に、今の精霊を使役すると考える風潮の中ではまず存在しない詠唱。
俺たちの剣を弾くために若干ながらも大振りになった構え、それの立て直しは弾かれることを計算に入れていた俺たちよりもほんの数瞬だけ多くかかる。
そんな中であり得ない現象を聞いたと言わんばかりの驚愕は、ほんのわずかの瞬間だけ……そのわずかな数瞬だけで十分だった。
ディナの周りに発生した数条の炎は檻となって中のディナを包み込む、それはまずかわせない絶対の攻撃。
「獲った!」
「っ、なめるなぁっ!!」
思わずと言うように出た俺の言葉を否定するように、ディナが咆哮した。
その瞬間に出現したのは炎が幾つにも分断される現象、さらにどのような技を用いたのか斬り裂いた炎は螺旋を描きながら上方へと巻き上げられていく。
何が起こったのかは詳しくわからない、斬り裂かれた炎の軌跡から今までと比にならない剣速で振るわれたのはわかるが、それだけだ。
常人離れした力と速さ、そして技により起こした俄かには信じがたい現象だった。
「デタラメ過ぎるだろ今の!?」
思わず叫んだ俺はきっと悪くない……炎越しだったから剣の動きが見えたが、次も見切れるとは限らない。
反応できずに斬られる可能性も低くはない……しかし、それを恐れて動きを止めるわけにはいかない、それをすればすぐにでも負ける。
「っ、ルノ!」
「がうっ!」
すぐさまルノに呼びかけたのは保険のための第三手、彼女ほどの強さならあるいは防ぐ、耐えることも予想した上での行動。
正直な話見せられた対処法は人外技であったとはいえ、一応まだ想定の範囲内だ……保険のためすぐさま行動を開始していたルノは既に遥か高くまで跳躍していて、上空から剣を振るっていた。
上空で剣を振る、傍から見ればただの空振りにしか見えないだろう……だが無論、俺たちがそんな無意味な行動をするはずがない。
今ルノの持っている剣は火の精霊の加護を強く与えた魔法具の剣だ、その剣が内包している力は『熱量の増幅』。
人外技で消し去ったとはいえそれは炎だけだ、ディナによって巻き上げられて消えた炎の残した熱を増幅し、膨れ上がった熱量は極至近距離にいるディナを容赦なく焦がす。
「ぐっ!」
しかし向こうも判断が早い、理解の出来ていないであろう攻撃にすぐさま対応して、多少のダメージを受けながらも即座に危険区域から抜け出した。
その動きに衰えは感じられない……戦闘に支障は無し、その勘の良さも抜け出す速度もこちらとしては舌を巻くばかりである。
だが感心してばかりではいられない、俺は既にディナの逃げ込んだ先へ回り込んで次の攻撃へと移っている。
「忌々しいほどに的確だな!」
「響け、精霊!」
俺の言葉でその手に持つ剣が急速に黒に染まり始める、その剣は闇の精霊の加護をつけたもので、効果は『増幅放出』。
闇の精霊の力を集め、そしてその力をエネルギーの塊として放出する。
単純ではあるがそれ故にその力は揺らがない、振り上げた刃が纏う闇の力がディナへと放たれた。
今の時間が夜であることも関係して、さらに相乗されたそれは一つの巨大な刃として振るわれているようにも見える。
「く……このぉぉぉぉぉっ!」
対するディナもまたあわせるように剣を振り下ろすが、無駄だ。
剣自体は止められても、そこから放出される力を止めることはできない。
これだけの力を加えればいくらなんでも沈むだろう……そう考えて、それが甘いと思い知らされる。
ディナの持つ剣がディナの咆哮に呼応するかのように白く発光した、その様子は色こそ対照的であるが今俺が持つ剣と全く同じ様子で、
「チィッ!?」
黒と白の何かが混ざり合い、そして四散した。
性質の同じで力が対極であるその二つの力は互いに喰らい合いながら消滅していく。
しかしそれによって発生した衝撃は強く、俺とディナは同時に吹き飛ばされたのだった。
「く……」
「まさか……喰らいついてくるとは」
吹き飛んだ体勢から同時に立て直した俺とディナはここで一度手を休める。
互いに決められなかった者同士、次に攻撃を行う機を探るようににらみ合う。
「さぁて……どうするか?」
クラウ関連で使徒と使徒狩りに関しては情報をそれなりに集めていたことがある……その中にディナの情報もあった。
だけど、その時は遭遇することないだろうと気楽に考えて戦闘系の詳しい情報を手に入れなかった……というよりは、手に入れるまでの労力を惜しんだ結果だったのだが、失敗だったようだ。
持っている武器がここまで同質の、そして対極の物だとは想像していなかった。
とはいえ、まったく効果がなかったわけではないのだが。
「……やられたな」
今が夜であることが幸いした。
闇の精霊の力は強まり、逆に光の精霊の力は弱まる……それによって放出された闇の力は相殺され、力の大半は削られながらもディナへと届いたのだ。
声に混じっていた余裕というものが感じられなくなった、致命的な怪我は無いようだが決して無傷ではないようだ。
「侮ったことは謝罪しよう」
しかし、差し引きとしてはマイナスだろうか……向こうを完全に本気にさせた。
今まででさえ隙のなかった構えは、今では近づいただけでも身の危険を感じるほどに気迫が込められている。
近づいたら斬られる……そんな恐怖を前に俺は覚悟を決めて闇を纏わせた剣で前へと踏み込んだ。
「っ!」
ディナもまたその手に持つ剣に白光を纏わせて俺を待ち構える。
離れた場所で力を放出しても牽制にすらならないだろう、ならば力を放出するのは向こうが攻勢に回るか守勢に回るか迷うギリギリのラインを狙うしかない。
それを狙うために先ほどまでの戦闘で掴んだ彼女の間合い、その一歩直前で俺は力を放出しようとして…………読み違えた。
「狙いは悪くない……だが、迂闊だな」
「っ!」
声が聞こえた……確かに間合いの外であったはずの場所は、既に彼女の射程範囲内。
おそらくは本気になったことで、間合いが広がっていたのだろう……一歩直前どころか完全に向こうの領域であった。
そして俺の狙いを正確に看破して、誘い込んだ……攻撃による絶対の隙を狙うために。
この一撃はかわせない、それを一瞬で直感した俺は剣の軌跡を無理やりディナの剣へと合わせる。
「おおぉぉぉぉぉっ!」
力の込められた剣同士が再度ぶつかり合い、その衝撃が俺の身体にぶつけられる。
だけど体勢を崩すわけにはいかない、ディナは続けざまに第二撃を放っていたからだ。
「っ!」
衝撃がないわけではないだろう、それでも彼女が自分に有利な状況を見逃すはずがない。
わかっているからこそこちらもそれに対抗するために動いている。
二撃目を打ち合い、不快な音が鳴り響く……当然それによってさらに衝撃が発生するが、構ってはいられない。
三回、四回、五回、何度も襲い来る斬撃にこちらも対抗するように斬撃を重ね、その度に衝撃が身体に叩きつけられる。
打ち合いは続いているが、これが長く続かないのは目に見えていた。
自分が彼女よりも剣の腕で劣っているのは先ほどまでの戦闘で分かっていること、同じ土俵に立っている限り勝てる可能性は低い。
だけど、打ち合いの中でディナは少しずつダメージを喰らっていた。
それは打ち合いの余波であり、夜であるというアドバンテージにより出力差で勝っている剣の性質の差である。
打ち合う度に、向こうにだけダメージを与えている現状……多少の有利にはなるかと思っていたところで、それを見てしまった。
「おい……マジかよ」
今の瞬間まで失念していたが、彼女は使徒の能力を持った人間。
つまりは使徒の力を使える人間であるのだが、固有の能力とは別に使徒全体が大なり小なり身に着けている能力がある。
それは……自己治癒能力。
与えていたはずの余波は、しかし打ち合いを続けている内にその途中でそれが当然だと言うように修復されていく。
ああそうだな、それが使徒っていうものだ……だけど、これは本格的に不味い……今のまま戦っていても絶対に勝てない。
「ッチ、仕方ないか」
通じるかどうかはわからないが早速隠している札の一つを見せなければならないようだ。
卑怯な手段は好きではないが、必要な場合は躊躇はしない……やれ、ルノ。
「……っ!?」
背後から迫ったルノが振るう一撃を本当に紙一重といったタイミングで回避するディナだが、その表情は驚きに満ちていた。
ここまでの戦闘で彼女が自分たちよりも格上であることは疑いようがない、背後からの攻撃であれ余裕で反応できたはずだろう……さっきまでならば。
だけど、反応が遅れた……回避こそされたものの、本当にギリギリのタイミング、他に気を配る余裕もない完全な隙、そこに俺は全力をもって一撃を叩きこんだ。
「ぐぅぅぅっ!?」
手加減のない、本当に殺す気の一撃を腹部に叩き込んだが……ダメージこそあるものの致命傷には程遠い。
傷の修復を見る限り斬撃の効果は薄い、かといって打撃系の武器を出す時間もなく素手による一撃しか放てなかったのが失敗だった。
こちらを睨みつけるディナは、視線を俺から横にずらしてルノのいる場所を見る。
「……犬の仔、その存在感の無さはなんだ……?」
ディナの見開いた眼の先、そこにいるルノは不自然なほどに気配が薄かった。
視界に捉えているはずなのに気を抜けばそこにはいないと思ってしまう不自然な感覚、近くにいる俺でもそうなのだからディナはさらに戸惑っているのではないだろうか。
「さて……自分から答えを言う気はないよ、一目瞭然ではあることですしね」
ルノは先ほどまでと違い、黒いマントを身に着けている。
戦い始めた時と違うのはそれだけであり、ならば当然その原因はその黒いマントしかない。
「ま……精々、悩んでくださいよっと!?」
話を切りながら、闇の一撃を放った。
向こうの射程範囲がどれほど広がったのかはわからないが、もはや単純な攻撃では何の意味も為さないだろう。
この攻撃は精々戦闘再開の合図程度にしかならないことは理解しており、俺もすぐさま次弾のために力を剣に纏わせる……先ほどまでとは比べ物にならないほど、過剰に。
「壊れないでくれよ……はぁっ!」
祈るように呟きながら、剣を水平に振るい力を放出する。
強い力を出そうとすれば代償が求められる……過剰に力を纏わせるということは剣にも過剰に負担がかかるということ、限界を見誤れば間違いなく刀身が壊れることになるだろう。
自分で作ったものである以上その限界についてはわかっているが、既に何度も打ち合いをしているのだから何かがあってもおかしくない。
放出した力は巨大な黒い斬撃になってディナへと向かい襲い掛かり、同時に剣にも違和感が入った……表面上は何事もないが次に力を放出すれば壊れかねない。
「クッ……」
全損にはならなかったもののもうこれ以上は無理だろう、呻きながら俺は武器をスイッチさせる。
一方でディナにしても俺の放った一撃は厄介であったようだ、水平に振るわれ範囲の広いそれはかわすには面倒で防御するには被害が大きい。
であれば当然、彼女の気性を考えてもやるのは迎え撃つこと、先ほどまでの状況である程度相殺できることはわかっているのだからなおさらである。
そして迎え撃つのだとしたら方法は一つ、単純な攻撃では相殺しきれないそれを一点集中させることで威力を補う刺突。
一択しか選択肢が与えられていないのならば、続けてとる俺たちの行動もまた一つ。
黒の斬撃が射抜かれる光景、それを見ながら俺とルノはディナの両サイドから挟み込むように攻撃を仕掛ける。
「わかっていても……対応するのは難しいか、なんと厄介な衣だ!」
俺の新しく取り出した剣の一撃を防ぎ、さらにすぐさま横に跳んでルノの攻撃さえかわす。
口ぶりからしてもこちらの行動は予測されていたのだろう……それでも、ディナは苦々しげな表情で、ルノのことを睨む。
「おいおい、たまにはこっちにも注意を払ってくれないかね」
「払ってるさ」
俺の放った足への攻撃を上に跳んでかわすディナは、こちらの軽口に付き合うように続ける。
「だけど私はステージに立つ主役よりもそれを支える端役の方が好きなんだ、許せ」
「そりゃまた、いい趣味で!」
跳んだディナは空中で逆さまの体勢になりながら、俺の首を目がけて剣を振るう。
それを防ぐが、空中にもかかわらずその力は強く、その鋭さに背筋に冷や汗が流れる。
「おいおい、殺したら情報は手に入らないんだぞ」
「なに、店主ならその程度でどうにかならないだろう?」
綺麗に着地した彼女は俺の文句にどうということはなと言うように告げる。
この程度で終わるはずがない、そんなある意味での歪んだ信頼がそこにはあった。
「しかし……本当に面倒なものを持っているな、君たちは!」
話の中で鳴り響いた金属音。
忍び寄っていたルノと、それに対応したディナの間で打ち合う剣の音。
「『隠匿』……ここまでのものとはな!」
ディナは視界からルノを外さない、外してしまえば簡単には見つけられないとわかっているから。
彼女の言う『隠匿』と言う言葉は、まさに今ルノの来ているマントの効果として相応しい名前である。
気配、音、匂いといったものを遮断するマント、それがルノの着ているものの正体であり、こちらの切り札の一つであった。
「シッ!」
「クッ!」
ルノの攻撃に対処する彼女の視界の外から俺は攻撃を繰り返す。
それは先ほどまでの戦い方と違いもっと大振りで、攻撃するという気配を前面に押し出した攻撃の仕方。
一対一なら、そうでなくても普通ならばデメリットばかりで何の意味もない行動ではあるのだが……多対一の多であるなら話は別だ。
経験や技量のあるものなら、視界以上に相手の気配を感じ取って戦うことを得手とするようになる。
だからこそ、視界の外からに対しても高い反応を見せる、それは気配の様子によって相手の攻撃の軌跡などを読んでいる場合が多く、ディナもそうなのだろう。
ここで感じる気配と、それに伴う攻撃の軌跡に差異が感じるとどうなるだろうか……その結果が今の状態だ。
特に……気配を消しているのはマントがやっていることであり、ルノは特に気配を消そうとしているわけではない。
だからこそ、感じる気配とは反面、行う動きはいっそ大胆なほどである。
気配自体は無視しても構わないほど小さいだろう、しかし実際に向けられているのは大ダメージ必至の一撃だ……感じているのは攻撃の気配ではなく、身に迫る危険、死の気配だと言える……故に察知は遅れ、紙一重での行動になる。
まあ、紙一重でも防ぎきっていることが既に驚嘆に値することなのだが。
「そこっ!」
「く……今度は!」
「わおぉぉぉぉぉん!」
あからさまに俺が攻撃を仕掛けて対処せざるを得ない状況を作り、その隙をルノがつく。
大きく出している俺の気配が、ただでさえ小さいルノの気配をさらに殺して彼女の意識をかく乱する。
普段気配を読んで戦っている者ほどこの戦い方には対応できなくなる。
俺の致命傷必至の一撃を彼女は受け止めて、代わりにルノが放った蹴りを喰らって吹き飛んだ。
「ぐぅぅっ!」
ディナは呻きながら吹き飛び、さらに俺たちから距離を取るようにさらに跳躍。
瞬間的には埋められないほどの間が空いて、俺たちは再度お互いに武器を構える。
「押されている私が言うのもなんではあるが……店主、君に武の才はあまり感じられないな」
「ほっとけ!」
「だが、使う武具にそれを利用する方法、戦略眼……それ以外の部分では随分と優秀だ、ああ、私以上と認める」
話す彼女は片手で持っていた剣を両手に持ち変える。
それはまるで、そうすることが正しいと言うような程に自然に。
「犬の仔もだ、単純な闘いの才で言えば店主以上……そして店主の戦い方に合わせる柔軟性も持ち合わせている」
その姿に少しの不安を覚える。
まるで、触れてはいけないものに触れてしまったかのような感覚、冗談抜きの警鐘。
「本気は本気でも、人間相手のスタイルではこちらも厳しいようだな」
彼女から感じる魔力に、気づく。
ああ、そうだ……彼女はまだ身体強化を行っていない、それであの力だったのだ。
「ここからは……使徒と戦うつもりでいかせてもらう」
じゃあ、本当の意味で全力の彼女であれば?
その答えが今ここに現れる。
「目覚めろ、夜斬り、夜明け」
言葉と共に、彼女の持っていた剣が左右一対の二本の剣に変化していた。
本来であれば使い勝手の悪い同じ長さの剣での二刀流、そんな理屈など知らないとばかりの武威がここに顕現した。
「さあ…………これでも抗えるか?」
「「っっつ!?」」
驚愕は俺とルノの両方から。
一瞬で詰めるのは無理であったはずの距離、それをなかったものとでも言うかのように接近したディナの姿。
「ぉ……ぉぉぉぉおおおおっ!?」
反射的にでも後ろへと跳躍しながら剣を盾に出来た自分を褒めたいと思う。
そうでなければ、今頃俺は斬り伏せられていてもおかしくない……だが。
「甘い!」
その斬撃は重く、持っていた剣は空高く弾かれてしまう。
そして、今の彼女は一撃だけでは済まない……逆の手に持つ剣が俺へと突き入れられる。
「させない!」
そこに割って入ったのがルノ、ディナの突きを横から弾いて身体ごとぶつかる。
軽く吹き飛んだディナではあるが、そこにダメージは一切見られない。
「ああ、その衣は邪魔だな……剥がさせてもらうぞ」
告げる彼女の持つ二つの剣が光を放つ。
「クソッ、やっぱりバレてたか!」
ルノの着るマントは闇の精霊の力を使ったもの、であれば光の精霊の力にはその隠匿の力も減衰してしまう。
最初の闇の剣で精霊の力を強めてはいたが、今のソレを使われればそれもなくなってしまうだろう。
「セイッ!」
二本の剣が振るわれ、光が弾ける。
俺もルノもその攻撃の範囲からは抜け出したものの、闇の精霊は散らされ、ルノのマントも効果を失ったのか克明に気配を感じ取ることができるようになっている。
「これでもう隠れることは出来ない」
「ッチ!」
いつの間にこちらに来たのかわからない。
しかし接近していたディナに、俺は新たに取り出した剣で応戦する……が。
「脆いな」
「っづお!?」
彼女の蹴りを防いだ剣の盾越しでも貫いてきた衝撃に俺は吹き飛ばされた。
まともに喰らえば間違いなく骨が砕けるその威力、冷や汗を流しながら体勢を整え、彼女に向かって駆け出す。
「この状況で諦めないのは称賛に値する……が、遅いな」
言い終わる頃には駆け出したはずの俺の眼前に彼女がいて、両の手の剣を振り下ろされている。
「あぐぅぅぅぅっ!」
二本の剣による振り下ろしを受け止めることになった俺はその圧力に潰され、膝を折る。
こちらの攻撃に対して、発動前に潰される……明らかなほどの戦闘速度域の差。
「普段は対人で強化魔法なんて使わない、身体能力の差は圧倒的だからな」
「そりゃ……そうだろうな」
現在進行形でその力を受け止めている俺は必死になってその力に耐える……ああ、本当に重い。
「誇っていい、私にその制限を捨てさせるだけの価値が君たちにはある」
「ッハ、どうもありがとう……ってなぁ!」
それでも気合と共に二本の剣を押し返し、そのまま攻撃に転じる。
だけどそれでは間に合わない、既に彼女は次の攻撃に移っている……確実に彼女の攻撃の方が早い。
だからこそ、ここで狙うことができるのは……機を待っていたルノに他ならない。
「ハァッ!」
マントの効果なしではあるが完全に気配を殺して襲い掛かった一撃、避けられるはずのない攻撃は……
「それでは駄目だよ」
「「!?」」
いつの間にかルノの横に回っていたディナによって潰される。
ルノが子供ゆえか剣を仕舞い掌底での一撃ではあったが、真横から喰らったルノはどうすることも出来ずに吹き飛ばされる。
「ルノ! ……っざけてるな……これ」
心配ではあるが……目を離すことが出来ない、あまりにもディナの速度が上がりすぎている。
反応することすら難しい完全な速度差であり……対抗するには同じ速度域になるしかない。
「っ……はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
新たな剣の力を開放。
自分の周囲に風が巻き起こり、自分の身体が軽くなるように感じる。
戦闘速度を上昇させるその剣により、どうにか彼女と戦える速度域に到達させる。
「ほぅ……」
それに彼女は関心を寄せて……その姿が掻き消えた。
「っ、右か!」
おもむろに右から振るわれた剣を俺は防ぎ、距離を取る。
そんな俺に彼女は追うこともなく、その場で剣を構えなおした。
「驚いたな……人間の身でこの速度域に達するか、ああ、夜剣皇帝が君を推すわけだ」
「正直……身に余る評価だけどな、ソレ」
事ここに至って多少の距離はゼロに等しい……互いに一瞬で埋め、攻撃に移れるほどだ。
だからこそ、一瞬たりとも気は抜けない……追いついたのは物理的な速度だけであり、反応速度では負けている。
俺一人ではまずどうしようも出来ない……だから、なあ、
「さっさと起きろ、ルノ」
「わぅ……人使いが荒い」
同じように風の加護を受けながらルノが立ち上がる。
俺もルノも一人では彼女に勝てない……ならば、力を合わせる以外に道はない。
ルノの身体は心配ではあるが……すべては今この場を切り抜けることだけを考えなければならない。
「あれで動けるのか……本当に驚かせてくれる」
ルノが立ち上がったことにディナは驚きを見せ、それから愉快そうに笑みを見せる。
そしてそのまま俺に向かって疾走を開始する。
向かってきた斬撃を弾き、続けざまに放たれる二撃目を割って入ったルノが防ぎ、俺が攻撃へと回る。
四本の剣が打ち合い、鋼の歌が鳴り響く……明らかな人外の速度の中で音の鳴る回数だけが加速的に増えていく。
俺たちはディナに影響され、そしてディナは俺たちに影響されてその速度はさらに上昇を続けていた。
「ぐ……」
「ち……」
「わぅ……」
互いに剣が掠り、血の滴が飛ぶ。
それでは駄目なのだ、ディナの自己治癒能力の前では無意味になってしまう。
その上、この状態でさえこちらが守勢に回っている……このままでは負ける。
彼女を打倒するには……何か大きな一撃が必要であり、そして俺とルノにはその心当たりがある。
それは当然ながら古代魔法……だけど、そのためには何かとてつもない隙が必要になる。
「うおっ!?」
そんな考えをめぐらす中で、俺の防御が崩される。
その致命的な隙をディナが見逃すはずもなく、さらなる追撃の一撃が俺に向かって放たれる。
[大地の母よ:ここにあれ:鋼岩の堅牢:奴を捕らえろ]
それを救ったのは、大地の壁。
俺とディナの間、いや正しくはディナの周囲を囲むように急速に岩の壁がせり上がってきていた。
ほとんど無詠唱に近いほどの速度で作り上げたそれにルノ自身驚くように岩の檻を見つめている。
これが偶然であれ願ってもない隙、俺は古代魔法の詠唱を始めようとして……
「小癪な!」
剣が鳴らすような音とは思えないふざけた破壊音とともに、ディナは一撃でその檻を破壊した。
いや、待てよ……その檻下手な金属より確実に硬いんだぞ!?
使徒の身体能力とはわかっていたが、アレはもうそんなものじゃない……力だけで言えば若い聖獣といい勝負をするんじゃないか?
信じがたい光景ではあるがそんなことを考えている暇もない、既に脱出したディナは俺へ狙いを定めているのだ。
「……終わりだ!」
「ざ……けるなよ!」
檻の破壊から一切の遅滞なく二本の剣による連撃が放たれる。
本当に剣が二本しかないのかと疑うほどに次々に放たれてくる斬撃……それらを弾き、逸らしながら状況打開のために剣を振るい続ける。
そこにルノが加わるが、これでは先ほどまでと何も変わらない……状況を変える何かをしなければ、いつまでもこのままだ。
「っく、おおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!」
「むっ……店主!」
咆哮を上げ、剣を合わせながら力づくでディナを押し出す。
突然の行動に彼女もほんの一瞬だが驚き、押し出されるのを嫌って自ら距離を取った。
それに俺は待っていたと言わんばかりにこれ以上彼女を不用意に近づけさせないための牽制として戦闘初期にも使ったナイフを大量に投擲し続ける。
同時にルノも魔法の詠唱を開始、すぐさま石の弾丸が彼女に向かって射出され、ナイフと石弾による弾幕が形成された。
それは彼女をして簡単には接近できないほどのものであったのだが……
「なるほど……狙いはわかるが、今の私には逆効果だぞ?」
そんな言葉とともに次に見せられた光景は、こちらを唖然とさせるしかないもの。
弾幕をかわし、防ぐディナと、それを放つ俺とルノ……そんな俺とルノの頬を掠めるように……ナイフと石弾が飛んで行った。
「「え……」」
いや待て、こっちはナイフを放つ方だぞ……なんでこちらに飛んでくる。
ああ……わかってる、わかってるが……ふざけるな、なんだその曲芸は!?
ナイフと石弾を放ちながら俺とルノは横へと跳んだ……そして元いた位置にナイフと石弾が通り抜けていく。
間違いない……偶然でこんなこと起こるはずがない。
俺にナイフを、ルノに石弾を……ディナは狙って打ち返してきていた。
それは最早神業や魔技とでも形容できるほどのもの、正直目の前でなければ信じられるかと叫びたい。
「それに、まだまだこういうものも残っているんだぞ!」
放たれたのは白い斬撃……ああそうだ、そういう方法でも抜けられるよな!
ナイフと石弾を吹き飛ばし俺に迫る二条の斬撃をかわすが……そこで俺は背筋を凍らせる。
「隙有りだ!」
「嘘……だろ!?」
白い斬撃のすぐ後ろから追いかけるようにして隠れていたディナの姿。
予想をしていなかったその姿に俺の防御は間に合わない。
肩に貫くように突き出された剣は俺の骨を砕き、吹き飛ばした。
「あがぁぁぁぁぁぁっ!?」
意味の分からない痛みに咆哮が漏れる。
吹き飛びながら、しかしそれでも追撃に移るディナの姿は見逃さない。
とはいえ……今の俺に追撃を防ぐ余裕はない。
ルノが割り込みをかけて、片方の剣を弾くがもう片方はどうしようもない……そのままその剣は俺へと迫り、
「な……!?」
「わ……う……」
「あがぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
未だ動かせた片手で掴むようにしてディナの剣を受け止めていた。
無論、強化魔法をかけた身であっても止められずにその手は肘近くにまで斬り裂かれてしまったが……それでも、止めた。
使徒ならばあるいはまだ理解できるだろう……だが人間がそれを行うというあり得ない事象にディナが完全に硬直する。
「今だぁぁぁ、ルノォォォォ!」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
俺の叫びに、ほとんど反射的にルノは動き出す。
こんな光景なのだ、ルノは涙を流しながらディナの無防備な懐へと飛び込んでいく。
「しまっ……!」
次いでディナも正気に戻るが……遅い。
衝撃。
骨の砕けるような音とともに、ディナが一気に吹き飛んだ……一切の容赦のない一撃だ、意識を保つことさえ難しいだろう。
しかし、吹き飛ばされる中、ディナが決して双剣を放さなかったのを見逃していない。
まだ来る、絶対に……それを直感しながら、俺はルノに指示してポーチから薬を取り出させて口へと流し込ませる。
瞬間、斬られた腕から焼けるような痛みが走るが、同時にものすごい早さで斬られ分断した腕がつなぎ合わさっていく。
治癒というレベルではない……それは言うなれば再生、一時的に高位使徒並みの再生力を実現させる薬だ。
その効果は凄まじいが、後に大きなダメージとなって回ってきてしまう。
しかし、今はそれでも構わない。
「終わらせるぞ、ルノ」
「わん!」
いくら再生力を上げても失った血は戻らない。
本来ならば使い物にならないはずの腕だったのだ、失った血の量もそれに準じる……これで決められなければ、勝ちの目はもう無いだろう。
吹き飛ばされたディナも、やはり双剣を構えてこちらと対峙しようとしている。
しかし向こうのダメージも甚大なはずだ、その動きも鈍くなるだろう。
ならばこそ、今が詠うべき時だ。
――全ての母となるべきもの
涙を持って命を為し
全ての命に育みを与えるもの――
それは清廉な詠として、夜の平原に響き渡った。
当然、それはディナの耳へも入り、
「古代言語だと……馬鹿な」
彼女の目が驚きに染まった。
彼女からしても完璧な古代言語の詠唱など初めてみるものであろう。
そして、それが自分へと向けられているものであり、放たれれば防ぎようもない一撃で勝敗が決するものであることもディナは遅れて気づく。
事ここに至り、それを防ぐ方法はただ一つ。
「詠唱など……させるものか!」
放たれる前に、発動者である俺を潰すことである。
ディナは本当に怪我があるのかと思わんばかりの速度で俺へと距離を詰めてくる。
このままでは間違いなく向こうの攻撃の方が早い……だけど、それで作戦通りだ。
「残念、俺はここまででいいんだ」
「なに!?」
斬撃の瞬間、詠唱を止めてニッと笑う俺にディナが驚く。
切り札だと思っていたのだろうそれを簡単に俺が詠唱を止めたことが信じられないのであろう。
だけど問題ない……俺が歌わなければならないのは最初だけなのだ。
――しかし母は時に命に牙を向く
その身の力は全ての命の恐怖となる――
「は……?」
俺のさらに後ろから響いた詠にディナは目を見開く。
その隙を見て、二本の斬撃を新たに取り出した剣で同じように二刀流で受け止めていた俺は力任せにディナを吹き飛ばす。
その俺の背後に存在するのは当然ルノ、そしてルノは青く輝く結晶をその手に持って詠っていた……
俺は魔法言語の詠唱はできても発動させることができない。
その理由がルノの持つ結晶である。
それは精霊の力の結晶。
俺が詠唱した魔法は内容によらず小さな結晶となって効果を終える。
その結晶は純粋な力の塊であり、いくらか加工して方向性を持たせると、強力な力を発揮することになり、それは俺の作る魔法具などにも使われている。
この世界で俺のみが使える力であり、そして俺はこれを古代言語の魔法を使うために必要な力の代価として用いている。
俺はこれ見よがしに歌って見せることでディナに危機感を与え、詠唱者である俺に注意を向けさせることで後半部を詠うルノへの注意を消すことが俺の役目であった。
――その身の力の一滴を我らの前に現せ
母にして災いの王
貴女の名は――
そして企みは成功。
吹き飛ばされたディナにこれに対応する術は残されていない。
さあ、これでこの戦いに幕を引こう!
「「――リヴァイアサン!――」」
完成を告げる名を呼ぶ。
瞬間、辺り一帯を覆い尽くさんほどの水が渦を巻いてディナの姿を呑み込んだ。
それは正しく災害と言っていいほどの力である。
詠の通り水は全ての命をつくり、そして牙をむけばその力は全ての命が脅かされるほどのものとなる。
それは人が対抗することなどできないほどの圧倒的な物量で竜巻となって空に昇り、やがて消え去った。
残ったのは地面に倒れて意識を失っているディナと、疲労から意識こそ失っていないが地面にへたり込む俺とルノだけであった。
ここに、この夜の戦いの終わりが告げられた……
そして、時間は進む。
「……ん、ここは」
「目が覚めたか?」
「っ!」
場所は変わり、ここは喫茶店『旅人』の居住スペース。
声をかけた途端にディナがその場から離れて俺と距離を取っていた。
おぉ……気持ちはわかるがよく動けるな、一応直撃だったんだぞ?
「? ……店主……そうか、私は負けたのか」
俺の姿を確認して状況を理解したのか暗くなりながら落ち着いた。
「まあ、そういうことだ……ちなみにクラウは同じ規模の攻撃を防ぎきっていますよ」
というより、ぶった斬っていたんだが……まあ、それはいいか。
「なっ!?」
その一撃を喰らったディナは信じられないといった表情を見せる。
「貴女が相手にしているのはそういう次元の者です……勝てるとか、考えられる存在じゃないんですよ」
「…………だが……それでも私は……諦めるわけにはいかんのだ」
顔を伏せ、長い沈黙を出しながらも……それでも出した言葉は、不屈の意思。
「……難儀な生き方ですね」
「そうかもしれないな……それでも、これが私なのだ」
そうやって迷いもなく言い切った。
ここまで来ると見事としか言いようがない。
「だけど……俺たちの勝ちです」
「…………そうだな」
沈黙の後にディナが悔しそうに頷いた。
可能性を前に諦めるしかない事実に震えているのであろう。
「まあ……またのご来店をお待ちしております」
「また……?」
震えが止まった。
「ええ、客としてはもちろん……あれを耐えられるほど成長したと思ったら、また来てください……それまでに、こちらも理論を完成させて見せますから」
もう一度同じ条件では確実に負けるので、条件を変えて俺は言う。
「あれを……か、はは……いいだろう、何度でも這い上がってやる、必ず手に入れさせてもらうぞ?」
「できるものなら……ね」
「……ちなみにその理論というのはあれを超える力なのだろうな?」
「正直わかりません……ですが、少なくとも同じ土俵に上がる程度は可能なはずです」
単純な力だけなら十分に超えられる自信がある。
であれば、後は技量や相性の問題……彼女ほどの技量であればあるいは……と。
それを聞いたディナは嬉しそうに笑う。
「くく……可能性が見えた……いいだろう、その条件必ずたち成してやる、だからそちらも約束を違えるなよ?」
「わかりました」
こうして、俺とディナの間で一つの契約が生まれた。
これが達成できるかどうかがわかるのはまだまだずっと先のことになるだろう。
だが……それでも、彼女は達成し、己の目的を終えるまで立ち止まることはないだろう……そう、彼女の姿を見ながら思ったのだった……
余談だが、戦闘中に驚愕したあれこれについて執念深く聞かれたのは言うまでもないことだった。
無論のらりくらりとかわして、明確な回答は何一つしなかったが。
更に余談だがこの会話があったときあの戦いから三日経っていたとディナが気づいたのは色々俺を問い詰めている間に朝になり、眠っていたルノが起きだしてからのことである。
依頼が、と言って喫茶店を飛び出していったのを見ながら、いろいろと忘れ物をしていっているのを確認して本当に大丈夫なのかと思ったのであった。
喫茶店『旅人』、実は疲労で臨時休業中です。