第十三話 『機工』
基本的に普通の喫茶店を経営している俺だが、ある客が来たときに限っては少し通常の営業から離れたことをしている。
「その長さのパーツを使うのか? それじゃあ負荷がかかって簡単に折れそうなんだが……」
「でもでもヒサメ、これ結構耐久性ありそう、見たことないものだよ」
「最近発見・開発された新素材でできた部品だそうです、硬さよりも弾力を持った特殊な鉱石らしいですよ」
「ほぅ……なるほど、それなら確かに使えそうだな」
カウンターに置かれたものは作りかけの機工槍とその部品たち、それを見ながら討論するのは俺とルノ、そしてシオンの三人である。
アサカの姿はここにはない、学園の課題が不十分だったので学園で教師の見張りつきのもと処罰を受けていることだろう。
いくら俺とルノが手伝っても量に関してまではどうにもならなかった……まあ、あれだ、課題はさっさと手をつけようってことだ。
とりあえず人の多い昼時を処理し終えた後、時間があいて暇になったあたりでいつもは注文と魔法具についての話くらいのシオンが珍しく今回の学園の課題として作っていた機工槍の構想の意見を聞きにやってきたという次第である。
俺も魔法具などを作っており、作ること自体が好きなので俺も、そして手伝っているルノもアサカやサナちゃんの課題の手伝いよりよっぽど積極的に手を貸している……というよりそもそも教えるという二人と違って、シオンの場合は意見を出し合う討論の形となっているので気合の入りようがまず違うのだが。
そんなわけで今もこうやってルノを加えた三人で意見を出し合っている次第である。
「マスター、コーヒー頼む」
「はい、ただいま……悪い、少し待っててくれ」
「ええ、というより、すみませんこんな風に押しかけてきて」
「別に良いさ……こっちも楽しくやってるから」
手早くコーヒーを淹れてクラインさんのもとへ運ぶ、手早くと言っても決して味に関しては手を抜いていない。
「御待たせしました」
「お、来た来た」
クラインさんは楽しげにコーヒーを受け取り、とても美味しそうに飲んでくれた。
そういう姿を見るのは、とても嬉しく思うのだが……クラインさんはカップを置いた後に若干渋い顔をする。
「あの、何か問題がありましたでしょうか?」
「ああいや、コーヒーはいつもどおり美味いよ、心配しなくてもいい」
ただ、とクラインさんは続けて、シオンとルノのほう……正確にはそのテーブルに広げられた機工槍の部品たちを見て言う。
「マスターはうまくやってるけど、さすがに店内のど真ん中でやるのはまずいと思うぞ」
「う……そうですね」
クラインさんに注意されて、あえて気づかないようにしていたことをようやく自覚して顔をしかめる。
確かにこんなことを片手間でやっているような光景を見せるのはさすがに心象が悪くなる……とはいえ、一応多少なりとも手伝っているわけで放り出すこともしたくない……となると、
「ルノ、シオンを奥の部屋に入れてあげて」
「わんっ!」
他から見えないところでやってもらうのが一番だろう、俺が呼びかけるとルノは手早く機工槍の部品を集めてシオンを連れて奥の部屋へと移動していく。
これならとりあえず大きな問題も出ないだろうと一安心する。
「はじめからこうしていればよかったですね……」
「まあ、マスターのことを知らない間柄ではないからね、俺みたいな常連なら普通に見てられるし、料理やコーヒーの味が落ちていないことはわかっているよ」
当然、初めて来たお客さんには通用しないのだからよく考えて行動をするように、と締めくくられた。
至極もっともな話であるため俺に返す言葉などあろうはずがない。
「……ご忠告ありがとうございます
礼と謝罪の意を含めて頭を下げ、それから仕事のほうへ戻る。
「注意もされたし……とりあえず時間までは頑張るとしますか」
もう閉店時間まではそこまで時間はないし、シオンには悪いがこちらが終わってから根をつめることにしよう。
気を取り直した俺は新しく入ってくるお客さんに挨拶をしながら、仕事を再開する。
「いらっしゃいませ!」
更に来たお客に……ってお姉さま方か、ルノに頼まないとな。
呼ぼうとしたところで足音で聞き分けたのか、奥の部屋にいたルノもすぐさまこちらへ出てきて対応に回り始める……ある意味調教済みと言った方が良いのか、これ?
「マスターも大変だねえ」
カウンター席に座る常連のおじさん、カーツさんが声をかけてくれる。
先ほどの様子のことを言っているのか、それともルノがお姉さま方についてこちらの負担が上がったことに対してっているのかは定かではないが……まあ、後者か。
「いえ、自分も結構楽しんでやれているので問題ないですよ……ルノのほうも結構笑ってますしね」
そう言って早速和気藹々としているルノとお姉さま方のほうを見る。
自分のことに関しては問題ないし、ルノも楽しんでいるのなら別段俺から言うことはない……ただ、楽しんでいるのはいいんだが最近はルノを変な道に目覚めさせないか少し不安です。
満月のパーティーの時は本気で着こなしていたし、お姉さま方にこれ以上誘導されないことを祈っておこう。
「楽しく、か……それができているのならいいことだな」
「ありがとうございます」
しみじみと言うカーツさんに軽く礼を言いながら、料理を仕上げる。
お姉さま方は、来た時の最初のメニューが固定だから来たのを確認した時点で取り掛かっていたため、そう待たせることなく完成させることができる。
「よし……ルノ、持っていってくれ」
「わぉん!」
完成したお姉さま方三人分の料理をルノに渡すと、すぐさまルノはお姉さま方のほうへ持っていく。
盆も使わずに器用に三枚の皿を運ぶその姿にお姉さま方の声援が一際大きくなっていたが、気にしたら負けである。
それから後、お姉さま方とルノが盛り上がっている光景を見てカーツさんの隣にいた同い年の常連の青年、ウェインが話しかけてくる。
「普通ありえないよな……従業員が客に食べさせてもらうって」
「はは……ルノが注文した料理を食べさせてあげることもあるみたいだぞ……はぁ」
その内容にため息をつきながら補足してウェインと一緒に思う、何かがいろいろと間違ってるよなぁ……と。
うん、楽しんでるのはいいんだけど……こちらから言うこともないんだけど……それでもまあ、思うことくらいはいいだろ。
「……なあマスター、美人の女性三人もはべらせているルノは男として美味しい奴なのではないだろうか?」
そのまましばらくした後、ウェインがおもむろにそんなことを言い出した。
それを聞いた俺は苦笑、まあ言葉の通りに聞けば男からすれば羨ましいというのも仕方がないだろう……とはいえ、
「言いたいことは理解できなくもないが、あれは完全にペット扱いだろ……一概にいいとは言えないって」
「なにを言うマスター、それがいいんじゃないか!」
「……とりあえず、そういうことを大声で言うな……隣が引いてるぞ……」
ウェインの発言に口元を引きつらせながらウェインに忠告、見ればいつの間にかウェインとカーツさんの席が一つ空いていた。
個人的には正しい判断だと思います……俺だって客じゃなかったらこういう手合いとは係わり合いになんぞなりたくない。
「いや、だがしかし……ここは譲れないぞ!」
「ウェイン……とりあえず落ち着け」
熱弁をふるうウェインを俺は必死で落ち着かせる。
その頭の片隅で思う……俺の店はなんでこういう濃い客ばっかなんだよ、と。
ため息がつきたくなるのをこらえてなんとかなだめて落ち着かせた頃にはおおよそ閉店時間間際になっていた。
落ち着いたウェインを含めて既に客は全員帰っており、俺は掃除や明日のための準備を済ませている。
「ルノ、そっちはどうだ?」
「終わったよー」
ルノに任せていた方を見れば、笑顔で終わったことを示すようにルノが手を振っていた、相変わらず仕事が速くて何よりである。
「よしオッケー、それじゃあシオン、そろそろ始めようか」
「はい」
清掃用具を片付け、シオンを待たせた居住スペースのほうへ移動する。
シオンの方も待っている間に色々構想を練っていたのであろう、構想から予想される設計図がいくつか散乱していた。
俺はシオンが手に持っていた設計図を受け取ってルノと内容を見る。
「……なるほど、おもしろいけど、用途が狭くなるな、それにこのままだと使用者も危ない」
「突きだけに攻撃を絞った形だね、う~ん、ヒサメの言うとおり余波で自分が傷ついちゃうね」
「一発でそこまでわかりますか……さすがですね」
カウンターにいた頃の話で、風の魔法具を用いた機工槍であることは聞いている。
設計図から見る限り、槍の穂先から槍を巻き込むように螺旋状に風を発生させることで攻撃力を上げる形であることがわかる。
これは貫くというよりは穿つっていう表現のほうが正しいな。
問題は螺旋状の風が、持ち手にまで傷つける危険性が高いこと。
高い効果を得るために結果として使い手を傷つける武器というのはあるものだけど……こういった課題では失点にしかならないだろう。
それにそういう武器自体、この場の誰も望んでなどいない。
「となると……ここをこうしたらどうだ?」
「ううんヒサメ、それをするならもっとこうした方がいいよ」
「ですけどそれでは出力の問題が……」
螺旋の風の余波を防ごうとすれば、魔法具の制限出力を越えることになり、結局うまくはいかない。
余波の威力を弱めようとすれば、売りである攻撃力も低下する。
「なかなかうまくはいかないか……」
「くぅ~ん、難しいよぉ」
「仕方ありませんね……この案は止めますか」
「いや……結構おもしろいからそれももったいないんだよな」
とはいえ……いい方法はあまり浮かばない。
これが自分個人のものなら、材料も洒落にならないものを使って、ハイスペックで安全なものを作れるんだが……さすがに学園の探索で手に入るレベルの物じゃないからマズイ。
「ですが……方法が見つかりませんよ?」
「わぅ~、出力不足が厳しいよぉ~」
「せめてもう少し強い魔法具入れられないのか?」
あと少し出力があればなんとかそれなりの威力と安全性が確保できるんだが。
「それが……魔法具は規定量いっぱいなので、これ以上は……」
「無理か……となれば、本当にどうしたものか」
これ以上の出力は望めない……その上でどうにかする必要がある……と。
「魔法具ではなく、槍自体に風を受ける部分を作りましょうか?」
「やめとけ……重量がさらに増える……取り回しも悪くなるから良くない」
「じゃあ……槍じゃなくて篭手みたいな別のものを作るのは?」
「それは……無理ですね、風の方向によっては腕以外の部分が当たりかねませんから」
「それに、持ちにくくなるから止めたほうがいいぞ」
「そうだなアサカの意見が正しい……って、え?」
「………………わう?」
「いつのまに?」
会話中に普通に入ってきたのでわからなかったが、いつの間にかアサカが部屋の中に入ってきていた。
割と集中していたから気づいていなかった……反省しよう。
「今さっきだ……今日これなかったから謝りに来たんだが……シオンの課題やってたのか」
シオンがここに来てこういう話をするのは初めてではないので、アサカも特に驚くことはない。
しかし……ちゃんと謝りに来てくれるのは嬉しいことだ、後は、
「反省して次からちゃんと済ませること……約束できる?」
「お……おう、まかせろ」
念を押したように言えば微妙に目を逸らされながら言われた。
これはまたやらかすだろうなぁ……けどまぁ、なんだかんだ言ってはぐらかしていた時よりは格段にマシだろう。
「それより……お前も知恵を貸してくれ、うまいこといかないんだ」
「あん? そりゃ俺が言えることでよけりゃいいけどよ、お前らの足しになることはいえないと思うぜ」
「意外と他人から見ればわかることがあるから、だから意見は多いほうがいいんだよ」
シオンが言えば、アサカは納得したように頷いた。
それから今回の機工槍の構想案をアサカに伝えていく。
「ふぅん、なるほど……少しいいか?」
全部を聞き終えて頭の中で整理しているのだろう、アサカが目を閉じる。
それから目を開いて質問をしていく。
「槍が短いな……もう少し長くすれば余波も消えるんじゃないか?」
「む……いや、余波の予想は大きめだからな、たぶんある程度長くしたところで余波を完全に弱めるのは難しい」
槍が短いか……この辺りは実際に武器で持って戦う人間だからこそ出る意見だな。
問題解決には至らないけど、おもしろい意見だ。
「やはり先に案として出したように風の向きを逆にしたほうがいいですかね? それなら余波も出ませんし」
「いや、それはダメだ……それだと刺す方向と逆に風が起きるから槍自体の刺す力が弱くなる」
続いてシオンが出した意見をアサカが否定する。
その後もかなりの討論が続き、様々な改良点、変更点が話し合われるが、それでも一番の問題である余波の解決だけは未だ済んでいない。
「……やっぱ出力がなぁ」
「駄目ですね……どうしても攻撃力を削減するしかなさそうです」
「けどそれじゃあやっぱり有用性がなくなるんだよ」
「わぅ……」
俺たち四人は顔をつき合わせながらああでもないこうでもないと言い続ける。
「くそ……なら、ぶっ刺したあと余波から逃げるってのは」
「無理だろ……結局欠陥製品のままだ」
「それに、刺してる途中の時点で余波が来ますからかわせないでしょう」
「よっぽど離れて使わないと駄目だよ……わぅ?」
ルノが言葉の途中で何かを思いついたように止まる。
それはルノの言葉を聞いた俺たちも同じことであった。
「離れた……」
「ところで……」
「使う?」
「「「「………………それだ!!」」」」
全員一斉に解決案が浮かんだのか大声を出し、互いの意見を話し合う。
それぞれが同じ案で細部の構想が違い、今度はそれをまとめる作業へと移る。
シオンが追加意見を上げ、俺がそれを吟味し、ルノがさらに修正し、アサカが使い手としての意見を述べ、さらに全員で修正案を上げる。
通常形態ではかなり頑丈な槍としての機能、そして簡易的な風の防護壁を作り出す力を込めたある意味風の機工槍の基本形。
そして、投擲するような振りから、槍の穂先を射出し、螺旋の風を纏って敵を貫く形態を作り上げた。
原案とは若干離れた構想になりはしたがこうすることで余波の防止に使っていた出力分をそのまま推進力としても使え、原案以上の威力を叩きだせる仕様となった。
射出した穂先も握りの部分と高強度のワイヤーで繋がれて高速回収ができるほか、巻取りを完全にはせずフレイルのように扱うことすらもできるトリッキーな仕上がりである。
機能を詰め込んだせいで基本形態以外を扱いこなすには少々の慣れが必要になってしまったが、かなり自分たちの満足できるものにはなったと考えている。
後に聞いた話では、シオンの課題であるそれはかなりの高評価をもらったとシオンが嬉しそうに報告してくれ、仕事中にもかかわらず四人で喜び合ったのだが、それは余談である。
そしてそんなものを作り上げた現在の俺たちといえば、
「終わった……」
「……アサカ、学園行くよ」
「無理、絶対無理」
「わふぅ」
完成するまで全力集中のまま徹夜であったため完全に燃え尽きた状態で倒れていた。
なお、アサカに関してはシオンが気合で引っ張っていくことで遅刻せずに到達することが出来たとか。
授業中寝ていたらしいのであまり意味があったとは言えないことが悲しいことか……
喫茶店『旅人』、本日の開店時間が大幅に遅れますことをお詫びします。