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第十二話 『魔神』

 満月は人にとって、その輝きから始まりと祝福を意味するであろう。


そして魔に属するものにとってもまた意味のあるものなのである。


満月の始まりの日から十日間、その間はどこの街でもその街から出ることが禁じられる。


月の影響からなのか満月からの数日間は街の外、そして『大迷宮』の魔物たちが凶暴化して異常な力を見せ始めるのだ。


あまりに危険であるが故、街は封鎖されてこの探索者の街でも人の出入りが停止することになる。


しかし、その満月の日に凶暴化しない魔物たちも存在する。


いや、彼らを魔物などと同列に扱うことが失礼でしかないか……


「良い月だな……強い輝きと力を感じる」


 声がして、入口の扉を開いた男が喫茶店の中に入ってくる。


空を見上げながらやって来た男は、一言で言えば漆黒。


髪、瞳、服装に至るまで全てが黒一色、手袋までが黒で覆われており、かろうじて顔だけが肌を露出する部分であった。


「良い月ですね、クラウさん」


 それに応えるように口を開いたのはルノ。


凶暴化を促す満月の影響は獣人たちもまた受ける。


酷い者になれば薬を服用せねば暴走してしまう者もいるほどだ。


だけど……その中でルノは満月の影響を受けてはいない。


いや、正しく言えば恩恵だけしか受けていないと言うべきか。


現在のルノの力は普段とは比べ物にならないほどに跳ね上がっているのがわかる。


特に精霊への感応力は異常とも言えるもので、詠唱の時間さえあれば単体でこの街を落とせることは想像に容易い。


そんなことになっているのは……


「月犬の仔か、こうして会うのは二度目だな」


 漆黒の男性、クラウが口にする月犬という言葉にある。


この世界に存在する伝説や神話の類に満月の日に金に輝く瞳を持った犬が存在したと言う。


その犬は満月の日に力を強め、弱き獣たちを凶暴になった魔物たちから護り、魔物たちを咆哮一つで従えたと伝えられている。 


クラウは俺の隣にいたルノを見たときにその犬の力を受け継いだ者だと断言した。


その時は影月であったため確認することはできなかったのだが、今日、満月が輝き始めて頃からルノに変化が現れていた。


パーティーに参加していた皆は気づかなかったが、ルノの黒い瞳の周りを沿うように円形の金の環がうっすらと現れていた。


そしてその金の環は、強い力を発揮させようと集中を高めると円の内側が金に染まり、やがて完全な金の瞳になることをクラウが来る前に確認した。


その時に感じた力の総量に正直顔が引きつったのは仕方のないことだと言わせてもらう。


まあ、それでルノの月犬の仔の力はわかったのだが……そんな満月の日のみに強くなる力なんて使いどころもないし、そもそも日常生活には何の問題もないのだからあってもなくても意味はないんだが……そんなこと考えているうちにクラウが俺の前のカウンター席に座り、店内を見回す。


「しかし……何をやっているかと思えば喫茶店とはな……酒はないのか?」


「この日のために用意はしましたよ」


 来るのがわかっているのだから、それ相応の準備は済ましている。


普段相手にするのが学生ばかりであるから全く必要のないそれを、この日のためだけに色々と探して用意してきた。


苦労の末に手に入れたソレは間違いなくこの界隈でも最高級に値する赤ワインであり、俺はソレを手際よく準備していく。


そうしてグラスに注がれたワインをクラウの方へと渡す。


「……ほぅ」


 クラウはそれに感心した声を上げ、一口。


「…………なかなか探すのは大変だっただろう、ここまで美味いのは久しぶりだ」


「ありがとうございます」


 彼から言われた賛辞であるなら用意した甲斐があったと内心で安堵のため息をつきながら礼を言う。


クラウは更に一口飲んでから、こちらに顔を上げる。


「さて、半年ぶりだな、異界の詠歌い」


「そうですね」


 クラウはそう言って彼にしては珍しく微笑を見せ、それに俺は驚きながらも返す。


クラウ・グランバード……人が彼につけた名前としては『夜剣皇帝』、彼につけられた称号であり彼の不敗の証である。


もっとも……不敗ゆえに、その名はほとんど知られていることはないのだが。


この世界に存在する魔物や魔獣の中で、人と同じ姿を持ち、そして人以上の知性と感情や理性を持つ存在たちがいる。


その者たちは強く、人は恐怖をこめて彼らのことを魔王、もしくは魔神と呼ぶ。


クラウもまた、そんな魔神と呼ばれる存在の一人である。


俺がこの世界に呼ばれる前からのじいさんの知り合いで満月と、俺の世界で新月である影月の晩にのみ訪れていた。


だから年二度しか会えず、俺も数えるほどしか会っていない。


ルノも二度目と言われたとおり、半年前の影月の晩にクラウと初めて会ったことになる程だ。


一年前の満月は既にじいさんの家から旅立った後であり、会えないと思っていたのだが、夜泊まっていた宿に現れたときはさすがに驚きを隠せなかった。


なんでこの場所が、とか突っ込みたかったけどクラウの場合なんでもありで済ませられるあたりが不思議である。


そんなことがあったので、今回も必ず来ると確信して喫茶店を開けて待っていたのである。


「……けど、クラウもわざわざどうして会いにきてくれるんだ?」


 圧倒的な力、そして永劫を生きるクラウにとって一人一人の人間などに差異など感じないだろう。


特に化け物と罵られながら襲われ、その全てを逆に殺し尽くしてきた人間に興味などあるはずもない。


俺との接触はそんな中で何かしらの縁を持っていたじいさんがいたから発生したものであり、俺に興味を持ったのはこの世界の人間ではないからだ。


その興味自体は、二度三度会ううちにこの世界の人間と変わらないという結論に至っているので特に意味はないだろう。


だからこそ、じいさんではなく俺に会いに来る理由がわからない……その理由が聞きたかった。


「……こちらとしては瞭然の理由なのだがな、自覚していないのか……いや、自分で気づけるはずもなし、か」


「へ……?」


「教えてやるのもやぶさかではないが、少し待て……まだ機が来ていない」


「む……よくわかんねえが、わかった」


 もったいぶるように言うクラウに珍しさを感じながらも俺は頷いた。


ただ、ほんの少しだけ感じた違和感を俺は小さく問いかける。


「クラウ……少し変わった?」 


「…………そうだな、変わっていない、とはいえないかも知れんな」


 遠まわしながらも肯定の意を返されて、少なからず俺は驚いた顔をする。


そんな俺の顔を見てクラウは苦笑したように表情を変えた。


「……なんだろうな、クラウ、少し人間っぽくなった」


「……そうか」


 強い力や雰囲気には特に変わりはない……だけど時折見せる表情などが少し人間らしいと感じられた。


それがどういう変化で起こったのかはわからないが、俺個人で言えば好ましい変化であると思った。


一方のクラウはその俺の言葉に正解とも間違いとも答えない、ただ一言つぶやいてワインに口をつける。


「クラウさんクラウさん、旅のお話聞かせてください!」


 そんな中でずっと機会を待っていたのだろう、話が切れたのを見てルノがクラウに話をせがみ始める。


クラウは世界各地、それも人間では行けないようなところも含めて歩き回っているためその旅の中の話はとても新鮮なものなのだ。


初めて会ったときにクラウが旅の話を少し聞かせた時からルノは話を聞きたがってうずうずしていたのだ。


我慢できなくて催促するのも無理ないだろう……実際に俺も少々興味があるのは否定できないし。


「少しは落ち着いたらどうだ、月犬の仔……そうだな、では竜の谷を巡ったときのことだが……」


「竜の谷? 凄い!?」


「マジかよ……」


 じいさんが住んでいた場所とはまた違う辺境の地の場所で竜の群れの住む谷があると言う。


神山を守護するファフニールほどのものはいないだろうが竜は竜、人の中では既に御伽噺の存在となる立派な聖なる獣なのだ、その場所は基本的に踏み入れることが禁止されている。


もっとも、とてもじゃないが人間が踏み込んで生きていられる場所ではないので、別の意味で立ち入り禁止でもあるのだが。


そんな場所を悠々と歩き、その場所から見える情景や視線一つで竜たちを傅かせるという荒業を起こした話にルノは目を輝かせるが……俺は呆れしか出てこない。


魔神が聖獣を従える……存在自体が理不尽とはいえ実際にやっている以上冗談にもならない。


「竜といえば……この場にも微かに竜の気配がするな……何かあったのか?」


 クラウは店の奥の居住区域の方を見ながら問う。


そういえばファフニールの鱗を置いていたんだっけ……たぶんそれだろうな。


「ああ……ファフニール……神山の守護竜が人の姿で会いに来た時にちょっとな」


「なんとまあ……神山の守護を放置して来たのか……まあ、奴なら一切問題はないのだろうが」


 驚きと同時に多分に呆れを含んだ口調でクラウはため息をつく、言葉の内容からしてどうも知り合いではあるらしい。


「それで……以前彼の鱗を砕いたんで、それを気まぐれに届けに来てくれたらしいです」


「ほぅ……奴の鱗を」


 その話に感心したように俺たちを見る。


確かに彼の力を知っているのならそれが人間にとってどれほど困難なことなのか簡単に想像がつくだろう。


それをしたと言うのならばクラウの感心もある意味当然だろう……まあ、こちらとしてはそこまで誇れる話ではないので過大評価を受けないようそのときの状況を話す。


「なるほどな……その状況なら確かにお前たちの力で鱗を砕くことはできるだろうな」


 妥当、と言った感じでクラウは言ってそれから口元に浮かべている笑みを深くする。


「しかし、お前たちの限界はまだそこではないのだろう?」


 その言葉に俺とルノは軽く今の自分の戦力分析をする。


確かにクラウの言っていることは正しいだろう、ファフニールと初遭遇した時に比べれば、力を上げているとはっきりと言える。


今の俺とルノならば、そのとき以上の魔法を放つこともできるだろう。


詠唱の邪魔をされない、攻撃を防御しない、などといった夢のような条件を足せば、倒すことも可能かもしれない。


もちろんその条件が不可能であるだろうから意味はないのだが。


「誇れよ、人間たちの括りであればお前たちは間違いなく最高位と言っても過言ではないだろう……無論、我らを相手にするにはまだまだ足りないがな」


 ワインに口をつけるクラウはどことなく上機嫌そうである。


とはいえ言葉にされた内容は無茶振りもいいところである……俺は頭痛でもあるかのように頭を抑える。


「当たり前だ……この野郎」


「クラウさんでたらめ過ぎるんだもん」


 前回の影月の晩の時に戯れと評した戦闘を思い出す。


色々と用意していた隠し玉を全て使って傷一つつけられず、イフリートを剣で真っ二つにするとか言う曲芸じみたことをされたのは未だにトラウマになっている。


まともな手段では攻撃を当てることすら出来ない相手だ……勝てるなんぞ思っていない。


「そう言いながらも、戦闘時にどうするか……そんな算段は立てているのであろう?」


「そりゃあな……だが、それも運がよければ目くらまし程度にはなるって程度だ……倒す策なんて見つかってないって」


「戦闘になったら逃げることしか考えてないよ」


 その逃走率も実際のところ一割いけば御の字といったところだろう。


無論、初期の段階でクラウが一切本気を出していないことが絶対条件である。


始めから本気で行かれれば攻撃の知覚すらできるか怪しい、小細工する間もなく斬り倒されるだろう。


「最善策はそもそも喧嘩を売らないこと……だろ、どう考えても」


 こうやって会話は通じるのだ、戦闘を回避できるのなら回避したほうがいい。


疲れたように呟く俺にクラウも同意するように頷いた。


「道理だな」


「過剰なまでの魔物、魔獣の撲滅、無謀としか言えない魔神の討伐……そんなもの、北の神聖帝国の騎士どもにでもやってもらっておくよ」


 あそこは魔物や魔獣を悪として他国から見ても異常なほどに魔獣たちの排斥を進めている。


他の国や街との魔物の関係が防衛戦であるとすれば、神聖帝国は殲滅戦……魔獣魔物を見れば自分たちを攻め立てるような物騒な国である。


それ自体は決して悪いこととは言えないのだが、あまりに殲滅に力を入れすぎているきらいがあり、少々国力に不安があるようにも思える。


当然彼らにとっては魔王魔神も悪であり発見したのならば討伐しようとする、俺から見れば無謀としか言えないのだがそのための部隊まで設立されてあるのだ。


「神聖帝国か……たしか今はエレンシアが相手をして遊んでいるそうだぞ」


「うわ……姉さんっすか……」


 聞き覚えのある名前に俺はげんなりとした表情を見せる。


本人は遊びのつもりだったんだろうが、子供だった俺を鍛えてくれた人である程度親しみを込めて姉さんと呼んでいる。


クラウと同格の魔神でありサド、その鍛錬内容は彼女の趣味全開であり死に掛けたことも数知れない……そんな人を相手にする神聖帝国の魔神対策部隊には冥福を祈ろう。


「人間にしては強いことは認めるが……あそこの騎士でエレンシアに勝てる者などおらんよ」


「そりゃそうだろ……とんでもない反則使わなけりゃ、姉さんに傷を与えることすらできないんじゃないか?」


 魔神と呼ばれる者の数は全体で言えばかなりの数が存在するが、俺はその中に六人、真に魔神と呼ぶべき存在がいることを知っている。


クラウと、当然同格である姉さんもその一人で、俺は彼らのことを『気高き夜の王』と呼んでいる。


彼らは俺の世界で言う吸血鬼と呼ばれるものに近しい存在であり、人間の血を吸い、力を奪うと同時に吸った人間を自分の意のままに動かせる操り人形である使徒へと転じることができる。


そして使徒と呼ばれる面々も血を吸い、相手を転じさせることができる。


転じるという行為は吸う者が自分の情報を相手へ複写すること、それはつまり相手の情報を自分そっくりに書き換えることになる。


しかし、いかに正確に自分に書き換えようとも別の者であるのだ、自分とは入っている器が違う……当然複写に無理は起こるのだ。


大抵の人間の場合、転じた際に身体に起こる衝撃に耐えられず死ぬ。


また、転じるまでには時間がかかるため、使徒を作る目的でなければ、使徒となった者が誕生したとしても、噛んだ本人がいないまま放置され、最終的に本能のまま無作為に暴れまわる怪物が誕生することがある。


そして、運のいい場合は人格もそのまま使徒となり、強大な力を得ることができたときだ。


だけど、それは同時に最も厄介なパターンとなる可能性が高いのである。


人間はあまりに大きな力が手に入れば人格が歪む、人間と言うのは唐突に得た力を使いたくなるものだ。


そして、その力を人間に振るうものがいて、その被害にあった者の中でまた使徒が増える……そうした者たちの中で強大な力をつけた者たちが魔神と呼ばれるようになるのだ。


笑えないのは、クラウ他気高き夜の王たちというのは文字通り王であり、祖なのだ……使徒に属する者全て、元を辿っていけば彼らに行き着くことになる。


故にこそ、最強の魔神……そして俺はじいさんとクラウ、それに異世界人という要素によってそんな気高き夜の王たち全員に会ったことがある。


「どういう人なの? そのエレンシアさんって?」


 それは当然ながら俺がじいさんと過ごしていた時のことだから、ルノは知らない。


だからとりあえず注意を込めてルノに彼女のことを教えておく。


「クラウと同じ規格外だよ……特に神聖帝国のような雪国なら無敵だろうな」


「そうだな、私も彼女と戦うならその場所だけは絶対に選ばん」


 彼女の能力は魔法寄りであり、特に水系統の魔法に関しては神技と言って過言がない。


ここの学生が使うような水の大砲や氷の槍といった単純なものとは比較にならない。


彼女が指を鳴らせば、視線を向ければ、あるいは心の中で念ずれば、それだけで相手の身体の中の血流を操ったり、空から降り続けるものを含めて相手の周囲雪を全て気化させることができる。


それは水蒸気爆発となり、それだけでほとんどの相手を蹴散らせるだろう。


仮にそれで生き残ったとして、発生した水蒸気を今度は一瞬で凝結させることで相手を閉じ込め、その後完全に粉砕するという連続攻撃にすぐさま移行できるのだ。


およそ人間が、特に初見において彼女に勝てるような奴はいないだろう。


神聖帝国の奴らも例外ではない、身体の中から血の槍が心臓を突き破り、あるいは騎士団の足元全体の雪で水蒸気爆発、最後は氷の棺を砕かれて終了だ。


そこが雪国である以上、騎士の数が増えたところで意味がない、むしろ巻き込む範囲が増え水蒸気爆発の威力が上がるあたり逆効果でしかないだろう。


……おそらく戦った場所には騎士たちは残らず氷の破片となって消えていくだろう情景が目に浮かぶ。


「わう……反則」


 そこまで聞いてルノはげんなりしたように呟く。


そうなるのも仕方がない……そんな力、こちらの理解を超えている。


身体的な能力、魔力、生きてきた経験、その全てが圧倒的に足りない、全てが人外の理だ。


人の身で彼らには勝てない……それでも、勝とうとするならば……理を超えたいと願うのならば、よほどの反則をしなければならないだろう。


例えば……


「太陽、月、空気、命、万物の力は全て無数の小さな流れで世界を廻る、ならばその小さな流れ一つ一つを己へと集めることができれば、常に力は己へ流れ、使えば元の流れへと戻る、そして使われた力はまた世界を廻り己の力となる」


 廻る流れは、この星、この世界の命といっても過言ではない……コレは、一時的に己が世界となる法。


この辺りの話はまだしていないので横にいるルノにはあまり意味が分からないだろう。


「お前の養父の残した理論の一つ、無限循環(インフィニティループ)か、確かにそれなら我らにも対抗できるだろうが、完成したのか?」


「理論自体は完成しているが……できるわけがないだろ、人の身で世界となるなんて耐えられるわけがない」


 流れを集めることならばできるだろう……だが流入する力が巨大すぎる、流れた力に耐え切れずに体が爆散するのがオチだ。


少なくとも俺は間違いなくそうなるだろうし、ルノでもまず無理であろう。


「だろうな……それこそ我ら向きの理論だ」


 彼らを越えるための理論が彼らにしか使えないとは皮肉なものである。 


俺はまあ対抗する気などさらさらないので関係ないのだが。


その後はまたルノがクラウに話をせがんでクラウもまたそれに了承するように話をしていたのだが、その最中に来訪を告げるベルの音が鳴り響いた。


突然の来訪者に俺は怪訝な顔をする、およそこの時間にこんなところに訪ねてくるような人物を生憎知らなかった。


「クラウ、やっと追いつきましたよ」


 声が響き、入り口からやはりと言うか見たことのない女の子が中に入って来た。


どうやらクラウの知り合いであり、彼に同行しているようだが……少なくとも前回の時には会わなかった。


それはこの半年以内でクラウが知り合ったであろう人物であり、俺はある可能性に思い至り内心嫌な予感を抱いて首筋に冷や汗を流した。


クラウを黒と表現するならば、彼女は青だろうか……髪や瞳、服装もクラウほど徹底してはいないが、青の色調で統一されている。


「存外遅かったな、外の有象無象にどれだけてこずっている?」


「有象無象って……一匹洒落にならないのがいましたよ!? ていうか、一人だけなんで優雅に過ごしているんですか!?」


 クラウはワイングラスを片手に女の子の方へ顔を向ければ、その姿に腹が立ったのだろう、女の子は怒ったように長いストレートの髪を揺らしてクラウに近づきながら文句を言う。


クラウに対してこんな文句を言える奴は極めて少ない……知っている中では俺やルノ、じいさん、でなければ他の五人の魔神ぐらいのものだろう。


無論彼女がその五人じゃないのは面識のある俺は知っている……そうなるといよいよその可能性が高いとしか言えない。


とりあえずクラウに怒りをぶつけている少女に俺は声をかける。


「いらっしゃいませ、ご注文は?」


「え……あぅ……あ、あの、おかまいなく」


 女の子にはとりあえずクラウに文句を言うことしか頭になかったのだろう。


俺に声をかけられてようやく自分たち以外の人の存在を認識し、ここがどういう場所なのかを理解して顔を赤く染めながら近くの椅子に座った。


俺はそんな女の子の姿を見ながら思考を続ける……見た目から判断できる限りでは、おそらく俺と同じほどの年だろう。


纏う雰囲気からしてもサナちゃんたちのような普通の女の子にしか見えない、可愛らしい服を着ているがその服はところどころ破れているのが気になるが……さっきの会話から満月の魔物相手に戦っていたのだろうか?


正直満月の魔物はとんでもなく強い、少なくとも一般人やなりたての探索者や騎士がまぐれでも勝てるような甘い存在ではない。


それに……話からして敵は複数、それも一匹は、その群れの統率をしていたのだろうと予想される上位固体もいたと考えられる、それを倒せたとすれば彼女の実力は相当なものであるだろう。


確かにクラウと一緒にいる以上強くないと話にはならないだろうが、見ている限りで彼女にはそういう戦いに慣れているとは感じられない。


つまり、戦い始めてそれほど時間は経っていないのだろう。


それで、クラウが一緒にいることを許すような存在……となると、やはり可能性は一つしかない。


半ば予想のついたその事実を確認であるようにクラウへと問いかける。


「クラウ……まさかとは思うが」


「ああ、私の使徒だ」


「やっぱりか……」


 クラウは澄ました顔で言うが、それを聞く俺は顔が引きつるのを止められない。


それしかないと予想がついていたとは言えさすがに驚かずにはいられなかった。


クラウは一人を好むタイプだ、少なくともクラウの今までの話で使徒を連れていたことがないのは聞いている。


彼が使徒を作ったとすれば、それは遥か昔……気まぐれか暇つぶしでしかないだろう。


だが、その使徒にしたってクラウは一度たりとも連れて歩いたことはないという。


戯れに人の血を吸い、使徒に転じた頃にはすでにクラウは立ち去った後なのだ……そんなクラウが己の使徒を連れていると言う。


さらにその使徒は自我が完全に残っているかなり珍しいケースで、そのことについても驚くべきことではあるのだ……だが、そんなことよりも重要で見逃せない事実がある。


この女の子は気高き夜の王直系の使徒であるということ……魔神と呼ばれる使徒たち、その全てが使徒から使徒へ伝染して生まれた者たちなのだが、新たに生まれた使徒は基本的に元になった使徒の劣化コピーとなる……当然力も劣化するため世代を重ねるごとに弱くなるのが普通である。


もちろん例外も存在するが大事なのはそこではない……ここで大事なのは、どの使徒であったとしてもその元を辿っていけば根源には気高き夜の王たちの誰かがいるということだ。


劣化コピーの連続、当然元を辿るほど力は強くなるということで……つまり使徒の強さというのは、いかに書き換えられた情報が彼らに近いかということになる。


先ほど出した例外というのは、書き換えられた劣化であるはずの情報が書き換え元よりも根源の情報に近くなった場合のことを言う。


そして今現在、王たちは使徒に転じさせるという行為をまったく行っていない……過去使徒となったものは遠い昔、別の王たちと戦い消え去ったという。


そのため、世界に今存在する使徒たちは彼らから遠く離れた世代であり、直系は既に存在しないはずだったのだが……


「それを破るのがクラウとは思わなかったよ」


「ああ、私自身驚いているさ」


 もう一つ、現状認識に重要なファクターが存在する。


クラウたちは悠久を生きる者、そこに老いというものが存在しないのだ。


それは、常に成長を続ける種族であると言うこと、そうであるならば当然過去の王を根源とする使徒より現在の使徒を根源としたほうがより強くなるということであり、そして……この女の子はクラウの使徒として存在している。


その事実は、この女の子が現存する使徒の中でもっとも王に近しい者、力を受け継いでいる者であるということの証明である……そんな女の子が俺の視線に気づいて、頭を下げてきた。


「申し遅れました、私、アーミアと言います」


「ご丁寧にどうも、この喫茶店のマスターで水森氷雨といいます」


「ルノです、はいこれ、お水です」


 女の子、アーミアが自己紹介をし、俺たちもそれに倣う。


ついでにルノがお冷を渡していた。


「ありがとう、ルノくん」


「わぉん!」


 アーミアがお冷を受け取ってルノを撫で、ルノはそれを目を細めて受け入れている。


果てしなく和んでしまうそんな光景を見て、俺はどうがんばっても彼女が普通の女の子にしか見えなかった。


とてもじゃないが、直系使徒……今の使徒の中で潜在能力で言えば準最強クラスの存在だとは思えない。


「直系……とはいえ、産まれたてだ、お前たち二人ならどうにか勝てるくらいの腕だろう」


 そんな俺の視線に気づいたのだろう、クラウが補足を入れてくるが、とても返答に困るものだった。


確かに半年以内の産まれたての使徒なら、俺たちにとってはそんなに苦労する相手ではない。


だと言うのに……それがどうにか勝てるレベルまで実力をつけているのは脅威としか思えない事実なんだが……直系というのが効いているのかアーミアの才能が凄いのか……おそらくその両方か。


しかし、クラウのその発言に驚いたのは何も俺たちだけではない。


「あの……失礼ですけど、人間の方、ですよね?」


「ええ、まあ、言いたいことはわかりますけど」


 自分が使徒になってどれだけ基本性能が上がったのかよくわかっているのだろう。


実際に素の力だけでも普通の人間なら鎧袖一触でぶっ飛ばせるほどに強いのだ、経験は足りないが基本スペックは十分過ぎる。


それがこんなあっさり俺たちが勝てると言われたのはアーミアにとって驚くに値することだろう……


「クラウ、人間の知り合い居たんですか!?」


「って、そっちなのか!?」


 いやそりゃアーミアからしたら人間や獣人である俺やルノがクラウと普通に話をしていると言うのは驚く光景であるだろうがな……話の内容的に違うだろ!?


俺何か間違ってるか!?


「いない……とは言っていない、人間という種に興味などない、と言ったんだ」


 クラウはクラウでそのままスルーしていくし……え、割と重要なんじゃないのこの話?


「詐欺です!」


 俺の苦悩に対してそんなことは知らぬと頬を膨らませ起こるアーミアにクラウは若干鬱陶しそうにあしらう。


その様子にアーミアはさらに文句を重ねていく。


そんな光景に苦悩から復帰した俺は少し驚いた。


「ク……クラウにあそこまで言えるとは……」


「そう言うヒサメも結構言ってるよね?」


 否定はしない、ついでにルノ……お前もだからな?


だが、それでもここまでクラウに言葉をぶつけられる存在と言うのは珍しい。


クラウが一度殺す気になれば待つのは死だけである。


それは俺たちやアーミアにしろ変わりはしない、ある程度の仲ではあるが普通は機嫌を損ねないよう態度を改めるのが正しいだろう。


そんな相手に普通に話している俺たちは人から見れば異常に映るだろうか?


「そういうお前たちだからこそ認めているのだ」


 俺とルノの話を受け継いだのはグラスを空にしたクラウだった。


「我らの力を知ってなお、我らの方へ手を伸ばす、それができるものなど我が生涯でも数えるほどだ」


 クラウは微笑を浮かべて俺とルノ、そしてアーミアを指差す。


「変わらず人間と言う種に興味はないが、お前たちのような個人は面白いと思っている」


「へぇ……」


 ワインを新しく注ぎながら、クラウの口から出た言葉に俺は感心する。


クラウが変わるきっかけになったのはやはり、隣にいるアーミアなのだろう。


「ヒサメ、そしてルノ、私はお前たちと言う個人を気に入っている、だからお前たちに会いにきている……それが先ほどの答えだ」


「あ……」


 先ほど後回しにされた答えに、クラウの本音が聞けて少し嬉しく思える。


「これからは少し、個人と言うものを見て回ろうと思っている、もしかしたら次の新月を待たずここを訪れるかもしれんな」


「そっか、楽しみにしていますよ」


 微笑を浮かべるクラウに俺も、小さく笑って返す。


その返しに満足したのだろうか、グラスを再度空にして言葉を続ける。


「日の出には発つ……それまでは付き合ってもらうぞ、三人とも」


「もちろん、ご注文をどうぞ」


「わぉんっ、じゃあ続き、旅の話を聞かせて!」


「あ、私も聞いてみたいです!」


 話をせがむ二人の視線に、苦笑を浮かべるクラウ。


人にとっては敵であろう魔神たちとこうやって会話している喫茶店などここ以外にはありえないだろうな。


そんなことを考えて、俺も苦笑する。


「ま……いいか」


 そもそも喫茶店は、客が安心してくつろぐための空間なのだから、その客が何だろうと俺には関係がない。


彼らとて人と同じく感情があるのだ、ただ種族や産まれの違い程度で文句を言うなど間違っている。


けれど、その正体を知って平静でいられる者は少ない、ことさらにアーミアはそんな問題にぶつかることもあるだろう。


どうか彼女らに幸運があるようにと俺は彼らを象徴する月に願い、俺は注文された料理の準備に取り掛かるのであった……






 喫茶店『旅人』、客となる全ての方を歓迎します。

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