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第十一話 『満月』

 この世界にも月が存在し、満ち欠けもあるが、その周期は遅く、四百もの日数がかかる。


それゆえなのか、この世界では月の周期がそのまま一年として使われているようだ。


一週間なども若干違い、一週間が十日で四週間を一ヶ月とした計十ヶ月が一年として扱われている。


完全な円を描く日、その一日だけに月は白く強く輝きこの世界を照らすのだ。


その美しさから満月の日が一年の始まりとされる日となり、世界各地で盛大に祝われている。


そして『旅人』でも、ささやかなパーティーが行われていた。


「それじゃあまあ、音頭はやっぱりマスターの俺からってことで……乾杯!」


「「「「「乾杯!」」」」」


 参加メンバーは従業員である俺、ルノ、アサカに初期からの常連であるレスカさん、サナちゃん、キリアさん、お姉さま方、他常連の方を数名。


ここに招待している常連は基本的に俺から何かしらの魔法具を渡した人たちで集まっている。


……あ、お姉さま方は別、あの人たちはもともと一般人だし半分以上ルノが目的だから。


まあ、そんな常連に加えてアサカの紹介でシオン、それにサナちゃんからの紹介でシトネちゃんとセリカちゃん、と合計するとそれなりの人数になっている。


各自楽しく会話をできるように、今日のために用意した料理や飲み物は各テーブルに置いて、自由に取れる立食の形にしている。


このあたりは思惑通りの機能を果たしているようで若干の安心を覚える。


「さて……ルノは、もうお姉さま方のところか」


 さすがお姉さま方……行動が早い、油断するとお持ち帰りされそうだから気をつけておこう。


小さく苦笑していると横から声をかけられた。


「今日は誘いをありがとう、マスター」


「いえ、こっちとしてもレスカさんには是非出席して欲しかったので、来てくれてありがとうございます」


 開店当初から来てくれているわけだし、常連で真っ先に出る名前はやっぱりレスカさんだし。


「……まあ、正直な話、予定が入ってると思ってダメもとで聞いたことではありますけどね」


「ふむ、なんで予定が入っていると?」


「探索者同士のパーティーなんかもあるだろうし、なによりレスカさん美人だからな」


 レスカさんはなるほどと小さく呟いて笑う。


かなり直接的に褒めているのに一つも頬を染めないあたりがさすがである。


「残念なことにお姉さんはまだ独り身でね、こういう日を過ごすような相手はいないのさ、それに探索者同士のパーティーとは秤にかけるまでもないさ」


「そりゃ、ありがたいこと……とはいえ、レスカさんなら望めばそういう人も見つかるでしょうに」


 レスカさんは言葉にした通りかなりの美人である。


顔の造詣に関してはもちろんスタイルも抜群と言っていい、実際に喫茶店内でナンパされてるのを目の前で見たこともあるほどだ。


「容姿だけ見て来るような輩に興味はないよ、そんな有象無象と一緒に過ごすなど論外だ……まったく」


 最後のほうはやや不機嫌な様子で言葉を放っていた。


どうやらここに来るまでにそういう有象無象に散々言い寄られたようだ。


「あと、言い寄る人の中にそれなりの割合で同性がいるのはどうなんだ、それもほぼ年下……私にその気はないと言うのに」


「それは……お疲れ様です」


 まあ、レスカさん背も……俺より高いし、姉御肌な部分があるからなぁ。


そりゃ女の子の人気も高いよなぁ……とりあえず、色々と複雑そうにしているレスカさんにコーヒーを淹れて渡してやる。


コーヒーに関しては一応テーブルに作ったものが置いてあるが、レスカさんのように淹れたてを飲みたい人用に常時注文を受け付けている。


「いい香りだ……やっぱりここのコーヒーはいいね」


 受け取ったレスカさんは嬉しそうにコーヒーを飲んでくれる。


俺もコーヒーを自分のカップに注いで一口、うん、問題なし……


「ああ、そうだ、マスターが私を口説いてくれるなら、私はオーケーしてあげるよ」


「ごふっ!?」


 レスカさんがさらりとそんなことを言ってくれて、思わずむせた。


丁度カップに口をつけていたところだったため被害はわりと大きく、返答に遅れる。


「……冗談はよしてくださいよ」


「そう冗談でもないんだがね、マスターならそれなりに私のことも知っているし……私自身マスターのことを嫌いじゃない……む、そう考えると本気で有りか?」


「う……あ~、いえ」


 まっすぐに俺を見てくるレスカさんに耐えられず、俺は顔を若干赤く染めて目を逸らした。


なにコレ……俺、口説かれてるの? マジで?


「はは、マスターは初心だね、なかなか貴重な顔が見れたよ」


「……やっぱりからかってるんじゃないですか」


 ようやく戻せた表情を今度は少し恨みがましい表情に変えてレスカさんを見る。


それから辺りを見渡せばどうやら今の顔はレスカさん以外には見られていないようで心中で安堵のため息をつく。


正直よかった……こういうものを見られていたら碌なことが無いと相場は決まっているから。


「一応本当なんだがね、しかしマスターの反応は意外だったよ」


「む……少年時代は人との接触が皆無で、そういうことに関してはことさら疎いんですよ」


 なにせ、そういうことに興味が持てるような精神状態じゃなかったし……異性と会うことなんてまずなかったからな。


自分から何かする分にはともかく、される側になると正常に羞恥心が働いてしまう。


「ほう、そういえばマスターの過去の話は聞いたことがないな、店を開く前はいったいどんな生活をしていたんだい?」


「それは……ノーコメントですね」


 ある程度信頼しているとはいえ、さすがに言えるような内容ではない。


一年の旅くらいは話してもいいかもしれないが、それはそれで話すと不味いのがいくつかあるし。


「それは残念」


「そうだね、ヒサメ君の過去は私も聞きたいところだよ」


 そんな言葉を発しながら入ってきたのはキリアさんだった。


「やあ、キリア、調子はどうだい?」


「上々かな、こんな明るい新年は久しぶりだよ、誘ってくれてありがとうヒサメ君」


「どうも、こちらこそ来てくれてありがとうございます」


 微笑を浮かべるキリアさんに俺は頭を下げる。


「しかし意外だったよ、私は嫌われていると思ってたんだが」


「ああ、お姉さんも最初のあの険悪さには驚いたし、閉口したよ」


 レスカさんの誘いで来たときは速攻で殺気をぶつけたからな……それを必死にとりなしたレスカさんには本気で敬礼を送りたくなったのは秘密である。


だって原因俺だし。


「まあ、あの件に関しては一応の解決を見せましたからね、そのことを除けばキリアさんは別に嫌いな人ではありませんから」


「そうかい、それならこちらも嬉しいよ」


 キリアさんはそう言って、空のカップを俺に差し出してきたので俺はそのカップにコーヒーを注いで返す。


「ふむ、まあ話は聞いているわけだがキリア、マスターの授業はどんな感じなんだ?」


「そうだね、実戦主義……かな、教科書理論などより実体験をもとにした話をして、そういう場合に必要な行動や技術を解説、あとはひたすら実習……魔法科で今まで足りなかった授業、と言えばいいかな」


 勿論、初日のような我流と称した理論に関しても教えているが、それ以上に今の手札で生き残るための方法というものを重視して教えている。


例えばキリアさんとの切欠となった魔獣リオネル、こういった魔法の通用しない敵に出会ったときの対処法などがそれに当たる。


ルノが途中で行ったり俺が止めを刺したような相手の耐久以上の魔法攻撃のような頭の悪い方法ではなく、風を使った砂煙や閃光による目くらまし、あるいは強化魔法を使った物理攻撃と、勿論撤退法などである。


「そういえば……他の先生が騒いだそうですね」


「ああ、授業が決まったときは別にどうでもいい、そんなスタンスだったくせに、いざやってみれば飛躍的に能力の上がった生徒たち……焦っただろうね、生徒の質を向上させる授業プログラム、学園と言う立場から言えば有益な研究成果と言えなくもない」


 最初の契約で生徒とキリアさん以外への情報の流出は出来る限り抑えている。


生徒にもそれとなく口止めを行っているが、完全に出来ているなんてことは思っていない。


とはいえ、実戦での生き残り方に関する話は話してもいいとそちらの話をさせるよう誘導しているため我流理論に関してまではあまり把握されていないだろう。


そもそも生徒たちから嫌われているだろうマニュアル教師たちでは実戦理論の方を聞き出すのも一苦労だろうと考えている。


そうなると当然内容を共に聞いているキリアさんのほうへ照準を向けられるのは避けられないことだろう。


「まあ、学園長がこちらにいるのだから、黙らせるのは簡単だけどね」


「黒っ……」


「まあ、反発を避けるために話しているよ……実戦理論を」


「うわ……徹底してるな」


 おそらく、出し惜しみしながら話していたのではないだろうか。


それもまるで、実戦理論についてしか講義を行っていないかのような言い方で。


成長過程にいる子供たちが実戦的な授業をやれば伸びるのは当然であり、そこに異論を挟むことなど出来ない。


教師たちが知りたいのは生徒たちの伸びた理由であるから、納得してしまえばそれ以上の追及は難しくなる。


また、結局は我流であり他人の研究の足しにはならないと吹聴したのも効いているらしい。


「さすがの手際……ってところですか」


「ま……無理を言ってきてもらっているんだ、これくらいはしておかなければね」


「なにやら黒い会話だがそちらはおいておいて……なかなか面白そうな授業ではあるな」


 学園の内情にはあまり興味が無いのだろう、レスカさんは俺のやっていた内容のほうに興味を持っているようだ。


「言ってることは単純ですよ、無駄遣いするなとか、ヤバイと思ったら一目散に逃げろとか」


「いやしかし真理だ、出来れば直で聞いてみたいものだよ」


 さすがにレスカさんほどの探索者相手にためになるような話をしているつもりは無いんだが……そこで以前ふと思いついた案を話してみる。


「だったら、今度講義の手伝いをしてもらえますか?」


「手伝い?」


「ええ、実戦の話は有るに越したことはありませんから、レスカさんの実体験なんかを話していただけるとこっちとしても助かるんです」


「ふむ……」


 レスカさんは数瞬考えるような素振りを見せ、それから薄く笑みを見せた。


「なかなか楽しそうだ、出来るのなら是非頼む」


「私は構わないよ、それが生徒たちの成長につながるのならね、レスカだったら私も手伝えるだろうし」


 レスカさんが答え、キリアさんが賛同する。


それに俺はありがとうございますと答えてそれからさっきからかわれた分の仕返しと言ったように爆弾を投下した。


「期待していますよ、学園で伝説化したフィオーリア・アダルティーズのお二人さん?」


「「ぶ!!」」


 お、むせた……思った以上の効果だな、これ。


「ちょっと待て……何故だ、何故その名前をマスターが知っている?」


「ごふ……ごふ……表に出ないように尽力したはずなんだけど……?」


 動揺を隠せていない二人が珍しく、若干笑みを浮かべたのだが……どうやらそれがいけなかったようだ。


「何がおかしいのかな、マスター」


「話を聞かせて貰ってもいいかな?」


 ……怖っ!?


今の二人には無条件で降伏をしたくなるようなそんなオーラが漂い始めていた。


即座に自分の境地を悟った俺は二人を落ち着けるように手振りを加えながら話しかける。


「ちょ、落ち着きましょうか二人とも、剣の柄に手を当てない、右手に魔力込めない、オーケー?」


 やっべ、本気で斬撃とか魔法とか飛んできそうだ……冷や汗を流しながら二人をなだめ続ける。


からかうには絶好のネタだが……危険もデケェ。


とりあえず暴れる気はなくなったのか、二人も落ち着いたように話を始める。


「それで、誰に聞いたんだ?」


「名前は知らない、一見さんだよ……あとは学園内の噂とかを話の種に集めていた時にそういった情報が」


 簡単に言えば戦士科と魔法科で成績優秀で美人な生徒がいて、その二人がペアを組めば学園内で勝てるような生徒はいなかったそうだ。


纏う雰囲気も同年代とは思えないほど大人っぽく、それでいて人当たりの良い性格をしていたため、相当な人気を博していたと呼ばれている。


そのせいか裏ではそのあだ名が定着しており、二人が気づいた時には相当な範囲に広まっていたらしい。


なお、あまり関係のない話ではあるが、二人とも面倒見の良い姉体質であったせいかこの頃から同性からの告白が発生していたらしいと言う未確認の噂もある。


「おそらくは同期……いや、一つ下かな、同期でそう呼んでいた人は粗方対処したはず……」


 対処ってなんですか対処って……


「まあ、知ってしまったのは仕方が無いとして……マスター」


 ため息をつくようにレスカさんはそう言って俺を呼びかけ、


「その話をさらに広めていたりはしないだろうな?」


 非常に鋭い眼光で俺に問い詰めてきた。


……いやいやいや、どれだけ真剣なんですか、マジで……ってさらに眼光が強く!?


「広めてません……ハイ」


 ああ、今まで話さないでよかったと本気で思う。


この話題は双方ともに地雷原だ。


「ならよし……いや、わるかったね……マスターとはまた違った意味で知られたくない過去と言う奴だ」


「まあ、でしょうね」


 まあ、これで自称をしていたならさすがに救いようがないのだが、さすがにその心配は必要ないだろう。


というより、そんなレスカさんとキリアさんは俺が嫌だ。


「さて……微妙な空気になっちゃったし、私は別の知り合いと話しでもしてくるよ」


「それがいい、マスターも少しは会話をしにいったらどうだ?」


「んぅ、そうですね、少し見回ってきますか」


 見た感じ、コーヒーを欲している人もいないみたいだし、出れるときに出るか。


「一応言っておくが……さっきのことはくれぐれも内密に……な?」


 恥ずかしいのだろう、若干言い辛そうにしながらこちらに話しかけてくるレスカさんに若干笑いがでる。


「ええ、わかってますよ」


 俺は軽く了承して、カウンターから外のほうへと出歩きを始める。


雰囲気は上々、招待した全員が大なり小なり楽しんでくれているようだ。


「なあ、マスター」


「……なんですか、クラインさん」


 そんな中で声をかけられた。


どことなく疲れたような声を少し疑問に思いながら常連の男性であるクラインさんを見れば、その視線は俺ではない別の何かを見ていた。


俺もまたその視線の先を追ってみれば……ああ、なるほど……呼ばれた理由が分かった。


「……うわぁ、見なかったことにしてぇ……」


「そう言わずに頼むよ、そろそろなんとかしてくれ……色々と限界だ」


 疲れきったように言うクラインさんの様子もよく理解できる。


俺もできることなら関わりたくは無い……が、あれは俺の管轄だろう。


「ルノ君、次はコレを着てみてくれる?」


「わう? 今度はコレ?」


「そうそう、今着ている分は持っていてあげるから」


「ありがとう!」


 お姉さま方がルノを着せ替え人形扱いしていた……しかし、そこまでなら俺も許容しよう。


見られてる中で普通に着替えるルノも、子供だから羞恥心が薄いと理解は出来る、ここまではいい。


だけど……なあ、何で着ている物も用意している物も全部女の子用なんだ?


そこはさすがに俺も許容できない。


「つか……うん、似合うんだよ……似合うけど……なんで似合うんだよ?」


 着る服着る服全てがルノのサイズピッタリなのも末恐ろしいがそれを完全に着こなしているルノが一番恐ろしい。


今性別を聞かれたら九割近くが女の子と答えるだろうルノの姿……クラインさんが疲れた様子になるのももっともである。


色々と常識的なものが崩れかねない。


「……じゃあ、ちょっと行ってきます」


「ああ……頑張ってくれ」


 非常に力なくそう言うと、クラインさんも死地にいく兵士にかけるような声で見送ってくれた。


重い足取りのままルノたちのほうへと近づき、


「さて、お姉さま方、そろそろ終わりにしていただけますか」


 鼻血を流して悶えているお姉さま方に声をかけると若干うつろな瞳でこちらを見てくる…………やばくないか?


もう何もかも投げ出して逃げたくなってくるんだけど……


「はぁ……はぁ……」


「マスター……ルノ君を」


「下さい」


「却下です」


 息のあった発言には称賛を送りたくはあるがそれはそれ、ノータイムで却下してルノをかばうようにお姉さまたちの前に立つ。


ルノは話についていけていないのか疑問符を浮かべながら俺にかばわれている。


「マスターは……マスターはあの格好を見てなんとも思わないの!?」


 突然お姉さまの一人が立ち上がり、俺に激情をぶつけてくる。


「ええ、似合う、似合うと思いますよ、でもルノは男だ!」


「似合うや可愛いの前に性別は関係ないわ! いえ、むしろそこがいいんじゃないの!」


「関係あるだろ!? ていうより、後半が本音だよな!?」


「ええ、そうよ!」


「ぶっちゃけた!?」


 何故か俺までヒートアップして叫んでいると、もう一人お姉さまが立ち上がり開き直られた。


さらには幽鬼のような雰囲気を漂わして三人目のお姉さままで立ち上がり……


「もう……襲っちゃっていいよね?」


「待て」


「「待ちなさい」」


 完全にアウトな発言に思わずお姉さま方と揃って待ったをかける。


よかった、他の二人はまだ……


「「やるなら三人でよ!」」


「って待たんかいあんたら!!?」


 訂正、結局同類だった。


その後、少しの間無駄に熱い舌戦が繰り広げられた結果どうにかお姉さま方を落ち着けるのに成功した。


ただし、ルノがこのパーティー中お姉さま方に独占と、メイド服着用は外せなかったため最初の目的からすると実質上負けに近い。


まあ、着せ替え人形のごとく次々女の子の服を着こなされるシーンを見るよりはよっぽどマシであると自分に言い聞かせる。


クラインさんからもお前は頑張った的な同情の視線をもらえたし、もう諦めることにしよう。


なお、何故か舌戦が終了された後、周りから拍手やら野次があったのだが、精神衛生上気にしないことにした。


だって明らかにお姉さまの同類の怨嗟の声とかあったし……中には男のも、とりあえずそいつら、表に出るか?


「まあ……そんなわけで、悪いルノ」


「ううん、別に嫌じゃないし大丈夫!」


「それはそれであれだな、おい……」


 ため息一つ、ルノが変な世界に目覚めないことを祈りつつ俺は他の客たちとの会話のために店内を歩き始めるのだった。


若干その足取りには疲れが混じっていたことは否定しない。


「あ、マスター」


「見てましたよ、さっきの熱弁」


 と、そこで声をかけてきたのはサナちゃん、それからセリカちゃんだった。


「ああ、まあ、見られてるよなこんな場所であれだけやれば」


「お疲れ様です」


 若干落ち込んだように呟くと、労うように二人の傍にいたシトネちゃんから声がかかる。


「それから……本日はお招きいただきありがとうございます」


 シトネちゃんはそう言って丁寧にお辞儀をする、二人もまたそれに習ってお礼を言ってくれた。


「はは、別にお礼なんていらないさ、それより楽しんでくれてるか?」


「はい!」


「料理も美味しいですしね!」


「十分に楽しませてもらっています」


 気になっていたことを問えば三人からは好意的な返答、それに安心をしながら俺はサナちゃんたちと話を続ける。


「ミナモリさんは、これからも教師を続ける気なんですか?」


「ああ、教えるべきことはたくさんあるし、中途半端には終わらせないよ」


 シトネちゃんの疑問に、俺は正直な気持ちを返した。


与えられた役割はきっちりと果たすべきであるし、それに自分自身それなりに楽しんでいる節がある。


自分の教えたことで他人が成長する、ルノにも同じことが言えるがそれを見守ることが好きなんだと自分で思った。


「というより、セリカちゃんにも言えるけど、本当によく来るね二人とも」


 最初の授業、それからその次の授業のあとセリカちゃんとシトネちゃんはサナちゃんから聞いたのか、授業に強い興味を持ったそうだ。


そこで後日、行動力にあふれた二人はキリアさんに嘆願書を提出してこの授業への参加を願い出たのだ。


キリアさんもそれを承諾し、三回目の授業に参加、それ以降願い出る生徒が複数現れ若干の増員が行われながら授業が続いている。


まあ、他の科から意見が出ることで実戦理論に関して予想以上にうまく進めることができるようになったのは僥倖である。


「正直に言って、すごく勉強になります」


「そうね、複数人数での連携の話とかすごいよかったわ」


「そう言ってくれるのはありがたいけど、元々その時間にある授業はどうしているの?」


 一応魔法科の授業な訳で、別の場所では戦士科や技能科では授業があっているはずなのである。


そうなれば、その授業をどうしているのかは一応聞いておかなければならないだろう。


「私はその授業の先生から代わりの課題を与えられていますので、それを提出しています」


「元々諦めてる授業だから問題はないわ」


「はい、シトネちゃんはともかくセリカちゃんは待とうね?」


 気持ちはわかる、わかるが……今の俺の立場からすれば見逃すわけにはいかない言動だな、それは。


俺はおもむろにセリカちゃんの頭に手のひらを置き、ゆっくりと力を込めていく。


「ああああああっ、痛い、痛いですミナモリさん!」


「まあ、そうなるようにしているから当然だな」


「反省します、反省しますから! ごめんなさいぃぃぃぃ!」


 若干瞳が滲んできたところで俺はセリカちゃんを解放してあげる。


こういうものは、引き際が大事……らしい。


「信じられないわ……なにこの痛さ……」


「わかる、わかるよセリカちゃん」


 頭を押さえながらぶつぶつと喋るセリカちゃんと、喰らった者同士通じるものがあったのだろうサナちゃんが深く頷いていた。


「まあ、もう喰らいたくなかったら真面目に受けること、いいね?」


「「はい!」」


「軽いトラウマ状態ですね……」


 何故かサナちゃんまで揃って返事をして、それを見たシトネちゃんの一言に思わず納得してしまった……うん、次からはもう少し手加減してあげよう。


と、そこで誰かが近づいてくる気配。


「よっす、ヒサメ」


「アサカ……それにシオンもか」


「こんばんは」


 二人ともジュースの入ったグラスを片手にこちらに挨拶をしてくる。


「ああ、こんばんは、二人とも楽しめているか?」


「まあな」


「招待ありがとうございます」


「なに、二人は友人だからな……正直なところ、二人とも、特にアサカは他に呼ばれていると思ってたんだがな」


 学園生によるパーティーもいくらか行われていることは聞いているから、正直なところそっちに行くと思っていた。


二人とも、交友関係はそれなりに広いと聞いていたし。


「俺の集まりだと賭博パーティーだ、ぶっちゃけ通常と変わらないだろうからコッチヘ来た」


「魔法具科だと技能についての会話ばかりになるから、楽しむのならこっちかなって」


「確かに、今日は俺も魔法具に関しての談義ができるほどの暇はなさそうだしな、純粋に楽しんでくれればこっちも嬉しいよ」


 シオンが優秀なために、一度議論すると相当な時間が経っていることがある。


こんな形で小さく話すくらいなら出来るけど、さすがに深く話し込んでいると問題がありそうだ。


個人的には残念ではあるが、仕方がないことだろう。


「ま、とりあえずあれかな……今年もよろしく頼む」


 俺はアサカに手を差し出しながら言えば、アサカも軽く笑ってその手を握ってくれた。


「ああ、今年もよろしく」


 互いに笑い、手を放す。


「ま、お前となら退屈しない日々が送れそうだ」


「どういう意味だっての……ていうか同じ言葉を返すぞ」


「む……」


「仲がいいね、二人とも」


「むぅ……いいなぁ」


 俺たちの言い合いにシオンが笑って言う。


そして、さらにその様子を見ていたサナちゃんが羨ましそうにアサカを見ていた。


「仲が良さそうで妬いてるの?」


「サナにしてみれば、自分は断られたバイト員だしね」


 まあ、サナちゃんが羨ましそうに見ているのはそういう理由。


ついでにアサカの正式採用が決まった後に一悶着があったりしている。


アサカが加入したことで個人的にはサナちゃんのことも雇っていいと思ってはいるんだけど……ここで少々立場の変わった俺の状況が問題になる。


俺は今仮にも魔法科の教師をしていて、サナちゃんは俺の生徒となっているわけだ。


そんな状態でバイトをさせれば贔屓にも取られかねないため、自分もというサナちゃんの願いを断っている。


そのせいで、最近はたまに恨み言を吐かれていたりするが……コレばっかりは仕方がない。


「恨むんだったら俺講師に誘ったキリアさんを恨むことだな」


 半分くらいは自分で納得していているわけだけど、まあ、それは一時置いておく。


何気なく恨みの対象をキリアさんにスイッチさせておきながらどうしたものかと考えていると、アサカが肩を回して俺にだけ聞こえるように耳打ちを行なってくる。


「おい、なんとかならないのか?」


「なんだ……サナちゃんの肩を持つ気か?」


「そりゃお前、こういう場所には華があったほうがいいだろうが」


「お前は……」


 呆れたようにアサカにため息をつこうとしたところで、さらにアサカから説得の声が上がる。


「お前言ってたじゃないか、俺がいて楽しいからって……あの子も加えたら絶対にもっと楽しくなるっての」


「そりゃ……否定はしないぞ、立場がなければ許可していいとは思ってるんだから」


「やっぱり立場が問題かな」


 結局のところ、問題はその一点……それが解決できればこの話は簡単に終わるのだ。


それが出来ないからこそ悩んでおり、具体的な法案がなければ意味がない……そんな風に話しているとアサカが疲れたような表情を見せる。


「本当にどうにかして頼む……俺もあの子からの視線を浴びせられ続けたくないんだ」


「……ああ、なるほど」


「あはは……そういう落ちをつける辺りはアサカらしいね」


 途中から何気なく話に加わったシオンは苦笑いでアサカをそう評する。


まあ、気持ちは分からないでもないんだが……しかし、何とかする方法ねぇ……


「ないわけじゃ……ないんだけどな」


「なに!? 本当か!?」


「どういう手段なの?」


 俺の言葉にアサカとシオンが真偽を確かめるように聞いてくる。


「先に言っとくぞ……ぶっちゃけ屁理屈だ」


 前置きを一つ入れて、俺の何とかする方法に二人は耳を傾ける。


最初は真剣に聞いていた二人であったが、その顔はすぐに呆れと驚きの混ざったものに変わってしまう。


「なん……つーか、なぁ……」


「本当に……よくそんな言い訳が思いつくものだと」


「言っただろうが……屁理屈だって」


「まあ、とにかくそれで納得してもらえ……それ以上の妥協案はねぇんだろ?」


「根本的なところで転科か学園を辞めれば……」


「「それは待て」」


「だよな……」


 というか、それを提案して万が一にも本当にそうされた場合色々と申し訳ない。


ついでに言えば立場的な問題は何とかなるがもっと別の問題が出てきそうな気がする。


「あのー、マスターたち?」


 そうこうしているうちにセリカちゃんが痺れを切らしたのか俺たちに声をかけてくる。


あまり待たせるのも悪いし、俺たちはサナちゃんたち三人の方へと向き直る。


「悪いな、放置して」


「それは……まあ、いいんですけど」


「何の話をしていたんですか?」


「ああ、アサカからサナちゃんのバイト何とかしてやれないかと打診されていてな」


 シトネちゃんの質問に答えれば、サナちゃんが期待するような表情でこちらを見てくる。


その表情を見せているところ悪いんだけど……ごめん。


「少なくとも今の時点ではやっぱりダメだよ、今はね」


 その言葉にサナちゃんはがっくりと肩を落としてしまうい、セリカちゃんはわざわざ上げて落とすかのような言い方に怒りを見せる。


だけど、シトネちゃんだけはわざわざ強調して言った言葉に引っ掛かりを覚えたようだった。


「今は?」


「そ、今は」


 疑問符を浮かべるシトネちゃんに念を押すように俺は繰り返す。


そのやりとりに疑問を覚えたのかサナちゃんもセリカちゃんも怪訝そうな顔で俺たちの話を聞きに回る。


「つまり、後で……マスターの中では明確な雇ってもいいと言える時間があるんですね」


「お勧めはしないけどな……およそ一ヵ月半後ってところだったか」


「一ヵ月……」


「半?」


 セリカちゃんとサナちゃんが何のことだろうと首をひねるが、シトネちゃんはそれだけで十分だったらしい。


「……そういうことですか……屁理屈ですよ、それ」


「知ってるよ」


 おおよそを察したシトネちゃんの呆れた言葉に俺は苦笑をもって応える。


「まあそういうのは私も好きなんですけどね」


「……どうやら同じこと考えてはいたようだな」


「はい」


 悪戯がバレたというような表情で笑うシトネちゃんはそれは可愛らしいのだが、そういうことを思いつく辺りは抜け目ない。


対応するときは気を引き締めないといけない子だよな……


「あ……ああ!? そういうこと!?」


「え、わかったのサナ?」


 シトネちゃんと話しているうちにサナちゃんも一ヵ月半後の意味に気づいたようであった。


問題となっているのは俺とサナちゃんの立場であり、それさえなくなってしまえば一応解決するのである。


そして一ヵ月半後にある学園の行事とは……


「中等部の卒業式!」


「へ……ああ!? なるほど!」


 サナちゃんが中等部じゃなければ一応、本当に一応だが教師と教え子という括りからは脱することができ、問題は解決する。


ハッキリ言って屁理屈ではあるが……これがこちらから出せるギリギリの妥協点だった。


「先に言っておくがお勧めはしないぞ、サナちゃんと同世代は俺のことを知っているんだから、羨望とか冷やかしとか妬みとかここで働く場合デメリット大きいかもしれんぞ」


 一応、教師としての実力はそこそこの評価はもらえていると思う。


そんな俺の近くで働くとなると、さらに色々なことを教わっているんじゃないかと羨む……あるいは妬むこともあるのではないか。


教師の依頼をされたときに考えた個人的に教える場合の状況に近いもの……それでも俺がそういう存在だってサナちゃん及び周りが既に理解を示している分ずっとマシではあるけど。


「構いません!」


 そんな懸念を振り払うようにサナちゃんがはっきりと口にする。


気持ちのいいぐらいしっかり聞こえたそれに感心や呆れがないまぜになった感情が俺に宿るが、顔には出さない。


まったく……何をそんなに食いついてくるのか……頭の痛くなる話ではあるが、ここまで強く意志を見せられたのならこちらも答えないわけにはいかない。


「……わかった、卒業式後にサナちゃんを雇おう」


 その言葉を口にした瞬間、サナちゃんの表情がみるみる明るくなって勢いのままに飛びついてきた。


「ちょ……おい!?」


「ありがとう、マスター!」


 驚きのせいか本当に自分の声なのか怪しいほどにテンパった声を上げながら、避けることも止めることも出来ずに抱き着かれる。


ああ……うん、わかっちゃいるけどサナちゃんも女の子ですよね……役得と言えば役得だけどそのままじゃ色々と不味そうなので無理にでも引っぺがす。


「うひゃ……あぅ」


 引っぺがされたことに不満げな顔をしたが、すぐに自分がどういう行動をしていたのか理解してサナちゃんは顔を真っ赤にする。


……アサカ、頼むから嫉妬の視線を向けないでくれ……そしてセリカちゃんとシトネちゃんも、ニヤニヤしない。


「顔、赤いですよ?」


「儲けものですねえ、マスター?」


「うるさいよ二人とも…………自覚させないでくれ」


 近づいてきたシトネちゃんたちの言葉に思わず顔に手を当てながら顔を逸らして言う。


後半は聞こえないほど小さな声でだったが……ああ、くそ、少し顔が熱い。


シオンも笑ってないで少しくらい助け舟を出してくれ。


そう思っていると、嫉妬の目から復活したアサカが唐突に話を切り出した。


「なあ、せっかくだからセリカちゃんとシトネちゃんもここで働かないか?」


「「え?」」


「おい……アサカお前」


 何を勝手にそんな話をしている、と意志を込めた視線を向ければアサカは俺の方へと近づいてきて話し始める。


「問題ないだろ別に……ヒサメだって考えていたはずの案だろう?」


「む……」


「ルノ含めても野郎しかいない場所にサナちゃん一人はキツイ……それは対応するお前にとってもだ、お前がそれを考えていないはずがない」


「……えらく評価してくれてるんだな」


「当たり前だろ、これでも足りないくらいだ」


「う……あんま真顔でそういうこと言うな、さすがに照れる」


 あまりにもはっきりと言われてさっきとは少し方向の違う顔の熱さを感じてしまう。


少々……いや、本気で驚いた……同時に少し嬉しかった。


「ん……まあ、それはそれとして……確かに考えなかったわけじゃない」


 そんな心の内を読まれないように気を付けながら俺はアサカの問いに答える。


「けど、さっき言ったように嫉妬とかが少しな、サナちゃんたちの仲がいいのは周知の事実だろうし」


「ああ、なるほど……けど、どっちもどっちじゃないか? 手助けできるだろうし全員まとめて世話した方がいいと思うぞ」


「………………そうだな、今回はお前の案に乗っておこう」


 元々考えていた案ではあるし、アサカから言われたのは意外ではあったが決して悪いわけではない。


万が一にも懸念しているようなことがあったとしても目端の利くシトネちゃんがいればかなり対策が取りやすい。


それらの要素を加味しながら俺はアサカの意見を受け入れた。


「話し合い終了ー、というわけで君たちがいいならここのバイト受けてくれないかな?」


 そう決めたところで改めてセリカちゃんとシトネちゃんに話を振ってみる。


セリカちゃんはどことなく驚いたような、シトネちゃんはやはり予想をしていたといった様子で互いに見合わせる。


「それでは、よろしくお願いしますねマスター?」


「あ、私もよろしくお願いします」


 シトネちゃんが頷き、セリカちゃんがそれに続く。


その後ろでサナちゃんが自分の時より簡単に話が決まっている二人を恨めしく思いながら、同時に一緒に働けることに嬉しさも覚えている複雑そうな顔で見ていた。


「よっしゃ美少女三人ゲット!」


「アサカ……お前」


「あはははは……落とさないと気が済まないのかな?」


 可愛い女の子たちが増えて嬉しい気持ちはわかるぞ、俺だってそこに関しては別に否定しない。


けど、さすがにそこまであからさまに表に出すのはどうなんだよ……まあコイツらしいと言えばコイツらしく、俺もシオンも軽い苦笑で済ませるのだが。


「ま……なんにせよ、今年は騒がしくて楽しい日々を送れそうだな」


 賑やかになっていく『旅人』の未来に、誰にも分からない程度に笑みを見せる。


そんな風に年の近いもの同士もう少し楽しい話をしていたいところだけど……そうも行かないようだ。


「マスター、コーヒーの所望が来ているよ」


「わかりました! ……じゃあ俺は仕事に戻るから、楽しんでくれ」


「「「はい」」」


「言われなくても楽しむさ」


「じゃあ、お仕事がんばってね」


 レスカさんに呼ばれ俺はアサカたちにそれだけ言い残し、その返答を聞きながらカウンター内に戻るのだった。


その後はアサカやシオンと会話をしていたり、こっそりと酒を持ち込んでいたキリアさんが自分の生徒に飲まそうとする暴挙を止めたり、あるいはルノをお持ち帰りしようとしたお姉さま方を必死の思いで押し留めたりとあれこれしているうちに大分遅い時刻になっていた。


一人一人と常連たちが帰っていき、酔ったキリアさんをレスカさんが送り、そのついでにサナちゃんたちも送られていった。


最後には洗い物を終わらせてアサカも、アサカを待っていたシオンと一緒に寮へと帰っていく。


そして俺とルノだけになった後に俺たちは風呂だけを済まして寝室に戻らず喫茶店で未だ準備をしていた。


この夜はまだ終わりではなくて、この満月の日にやって来る最後の一人を俺たちは待つ。


幾何かの時間が過ぎて……その最後の一人の来訪を知らせるベルの音が鳴り響いた。


「「いらっしゃいませ」」






 喫茶店『旅人』、一夜限りの深夜営業を開始します。

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