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第九話 『魔法』

 フィオーリア学園中等部の戦闘訓練用ホール。


その中にあるステージの上に俺とルノは座って自分用の教本を見直していた。


これからすぐに俺とルノによる初めての授業が始まるのだ。


「さて、そろそろかな、ルノ?」


「えとね……うん、たくさんの足音がこっちに来てるよ!」


 問いかければ耳を動かしてそう答えるルノ。


特別魔法学としてキリアさんが各先生及び責任者と交渉して勝ち取ったらしい。


僥倖だったのは、一番上である学園長がやはり魔法科に関して憂慮をしていたため予想以上にスムーズに行ったとのことである。


そういう場所と知られている以上、教師を入れ替えを行っても、新しく入る教師のほとんどが以前の教師と同じ目的の者ばかりというのが現状であったため、俺のようにそれを目的とせず生徒に教えることのできる者ならば是非ともということらしい。


ちなみにではあるが、実戦を主眼においた実技も予定しているため、危険性を考えて現段階では中等部の三回生のみを対象とするよう制限をはかけられている。


「さて……じゃあ、気合を入れますかね」


「わん!」


 俺の方でも生徒の気配を感じ始めたため立ち上がり、最初の授業で話すべきもののために詠を紡いだ。



――歓迎の歌を歌おう


  隠れる者よ姿を見せて


  皆を迎える歓迎の雨をここに――



 扉が開かれる瞬間に、俺は握っていた発光している石とでもいうべきものを天井へと投げ放った。


それは空中ではじけ、扉を開いた生徒たちの前で優しい光の雨として降り注いでいく。


光は赤や青、緑に黄というように様々な色が混在していた、そしてそれらは調和がとれているかのように互いの光を損なわず、輝き続けていた。


その幻想的な光景は、中に入ってくる生徒たち全てを魅了し、陶酔させていく。


だけどそれも永遠ではなくて、生徒たちが全て中に入る頃には光も弱くなり、消えていってしまう。


完全に消えたところで視線がこちらへと集まっていく。


「え……え、ええっ!? マスター、ルノ君!?」


 視線を向けたことで気づいたのだろう、馴染みのある声が驚愕の意をあげていた。


まあ、言うまでも無くサナちゃんのものだが。


その叫びに辺りの目が俺とサナちゃんに向けられるが、混乱しているサナちゃんは気づかず狼狽をし続ける。


それに隠れて数人、『旅人』で顔を合わせたことのある生徒が驚いた顔をしているのが見て取れた。


その反応を見ながら、俺は生徒たちに告げる。


「まあ、今のでなんとなくわかったと思うけど、俺たちのことを知っている子もいると思う」


 言いながら、俺は生徒たちに見えやすいようにルノを肩車する。


高い視点になって上機嫌なルノを見て、女子生徒の一部から歓声が上がったのに小さく苦笑し、自己紹介を始める。


「この街で喫茶店『旅人』を経営している水森氷雨と……」


「ルノ・ミンステアです!」


「今日から週に一回この時間に特別魔法学、その中でも実技として教えることになりました」


「よろしくお願いします」


 軽い自己紹介を終えると、生徒たちから拍手が起こった。


その中で、俺はルノの耳を見た生徒たちの反応を観察する……ゼロとは言わないが、獣人のことを毛嫌いしているような生徒は見えない。


それ以外の少数も、ほとんどがそこまで言うほど嫌悪をしているというわけではなさそうだ……だけど極一部、それこそ片手で数えられる程度の人数が鋭い目を向けていたのがわかった。


おそらくは獣人差別主義の地方の人間なのだろう、あちらの生徒にはルノを行かせず自分で見ることの出来るように顔をチェックをしていく。


「授業の前に……みんな聞きたいことあるだろうから、いくつか質問を受け付けようか?」


 目的を達成したのでルノを降ろしてそう言うと、すぐさま数人から手が上がった。


その中にはサナちゃんもおり、質問の内容は分かりきっているためサナちゃんへ返答のつもりで当てる。


「えぇと……どうしてここにいるんですか?」


 質問は予想通りというか、まあ間違いなくするべきことであり、当然の反応でもある。


自分を知る他の生徒たちも頷くようにして俺の回答を待っていた。


「どうしてと言われれば、原因はキリア先生だろうな」


 俺はそう答えて、後ろのほうに待機していたキリアさんを見る。


余計な見物人が来ないように入口近くで見張っていたキリアさんは俺の言葉に適当に手を振って応えていた。


「キリア先生も俺の喫茶店の客でね、先日誘われたためにこうしているってわけだ」


 そこで新たに手を挙げた男子生徒がいたので、そちらに視線を向け、当てる。


「失礼ですが、喫茶店などをやっている方が教えることができるのですか?」


「ああ、それはもっともな質問だと思う……今回の特別魔法学なんだが、正規の魔法以外のことを教えることになる」


「正規じゃない?」


「俺やこの子がそうなんだけど、旅の途中で必要に応じて魔法の使い方を自己流にしてみたり、一般的に広まっている魔法を手に取らずに我流で理論を組み立てて、別のアプローチで魔法を使おうという考えを持つ人はたまにいる……この人物たちの多くは、一般的な魔法の学問に一切触れずにいる場合が多いんだ」


 たまにいる我流の魔法の使い手、そういう設定で今回教えるようにキリアさんと辻褄を合わせた。


当然だが、今言ったことは嘘ではなく実際に存在している例であり、その結果が学園などに残っている書籍に当たる。


また、一般的な学問から、別の論理を構築する者もいるにはいるが、基本的には予備知識も無くゼロ構築したものの方が多いのが事実である。


こういう者たちが異端であったり鬼才、天才と呼ばれる者たちであり……一般的な法則から外れるせいで日の目を見ない者たちである。


「学園だと、一般的なもの以外のものに触れる機会にあまり恵まれないから、今回、時間を取って教えることになりました」


 教師陣には一般的な魔法との違いを認識させ多角的な視野を持たせること、及び実技による実力の上昇といった形で説明している。


まあ嘘ではないし授業を行う目的といった題目としては十分だろう。


「さて、問題となる俺とルノだが……見せたほうが早いな……ルノ!」


「わん!」


 俺が指示すると、ルノはステージの上に飛び乗って詠唱を始めた。


それは当然ながら古代言語ではなく魔法言語であるが。


[焔火の小鳥:護りし者]


 短い詠唱の終了と共に、ルノの周りを小さな火の鳥が飛び回り始めた。


ルノの周囲を旋回し続けた火の鳥は最終的にルノの肩に着地してゆっくりと消えていった。


時間にして数秒、言葉にすれば火の鳥を一羽飛ばしただけの魔法であるが、それだけでも生徒たちにとっては驚愕に値するものとなる。


生徒たちにとってまず驚くのはその造形力、魔法というのは、使用者のイメージを魔法言語として詠唱することで現象を起こすものである。


故に、イメージの難しい生物を模した魔法現象はかなりの難易度となる。


しかしルノは鳥という生物を模し、その鳥の動きはどこにも不自然な動きのない完璧なものであった……それはつまりそれだけの難易度を完璧にこなすことができる実力があるということ。


そして、気づく者にはもう一つの驚嘆するべきことがある……それが現象力。


炎は燃えるものであり、炎の魔法とは、文字通り対象を燃やす魔法である。


にもかかわらず、ルノの周りを回った火の鳥はルノの衣服や肩に触れても燃やさなかった。


つまり、燃え移らない炎という通常ありえない現象を起こしたのであり、そうすることが出来るのが魔法という力、そして魔法の真髄でもある。


無論それを習得するのは困難であり、少なくとも今この場の生徒たちの中に今の魔法を越える力を持っているものはいない、それに関してはキリアさんがまあ複雑な顔を見せながら肯定していた。


ともかくここで示した事実は一つ、生徒の誰よりもルノの技術は高い……その一点だけを目に見える形で表したのである。


魔法を使い終え戻ってきたルノの頭を撫でながら、俺は生徒たちへと向き直る。


「魔法科の生徒なら、今のがどういうことかわかったと思う……んで、あえて言うけどこの子に魔法を教えたのは俺……さて、この場で教えることに納得してもらえたかな?」


 俺が男子生徒に問えば、その生徒は驚きながらも頷いてくれた。


最低限教える人材として認められたようだ……心中を読ませないようにしながら安堵し、次の質問を求めるように口を開く。


「他に疑問はあるかな?」


「じゃあ先生の得意な魔法ってなんですか?」


「俺の?」


 その質問自体は想定していたものではあるが、あまり来て欲しくない質問でもあった。


実のところ俺は魔法言語を用いた一般的な魔法というものが何故か使えない。


古代言語の魔法なら使えるのだが、さすがに素直にそれを言うわけにもいかないし、使えないことを言って生徒に不信感を与えるわけにもいかない。


となると、一般的なものの中で唯一俺が使えるものを言うしかない。


「身体強化魔法だな」


「身体強化ですか?」


 意外という驚きと、あるいはそんなものがという落胆の混じった言葉が生徒の口から溢れた。


まあ、強化魔法が得意なんていうのは魔法科というよりも戦士科のノリであろうから、そう思われるのも無理はない。


「結構な期間この子と旅をしているんだけど、二人なら前衛と後衛に役割が分かれるのは普通のことだし、それならこの子が後衛になるのは当然だろう?」


 ルノを盾にして後ろから攻撃するなんて俺が出来るはずもない。


それはもちろん本心なのではあるが……悲しいことに単純な能力面で見れば身体能力も魔法能力もどちらも現段階でルノに劣っているという事実も存在している。


ルノの才能は本物である、今ならばまだ戦闘時の小細工を考える頭の分勝つことはできるだろうが、真正面からのぶつかり合いだと厳しいというしかない。


まあそんな泣ける事実はともかくとして、現実のルノの容姿も作用してか理由を不審に思われることはなかった。


そのまま次の質問へと状況は流れていき。


「先生、好きな女性のタイプは?」


「授業に関係ないからノーコメント」


 投げかけられた質問に反射的に答えていた。


「ノリ悪いですよ~」


「まったく……勘弁してくれ」


 答えると大抵碌な目には遭わないんだよ、その手の質問は……若干頭を抱えると、周りの空気も弛緩してところどころ笑いが漏れていた。


まあ、緊張感で包まれた授業をするのもあまり好みではないためあるいはちょうど良かったのかもしれない。


俺は両手を打ち鳴らし全員の注目を集めて話を進めていく。


「はいはい、それじゃあ、授業を始めようか、俺個人への質問ならやってる喫茶店で受け付けるから……喫茶店でもさっきの質問は答えないぞ」


 好きなタイプを聞いてきた女子生徒がやや笑みを浮かべていたのを見て、最後に付け加えるとイタズラがばれた時のようなバツの悪い顔を見せていた。


ああ、釘を刺しておいて正解だった……そんなことを思いながらも、思考を切り替えて俺は授業を始める。


「さて……じゃあ一回目の授業なんだが……みんなは精霊がいると信じているか?」


 最初の授業はこれを話そうと、教師を受けた時点で決めていた。


俺が一番大事だと思っている精霊たちについての話を……


「え……いるんじゃないんですか、精霊の力で魔法を使うんだし」


 俺の質問に生徒の一人が戸惑いながら答えた。


それに俺は軽く頷き、言葉を紡ぐ。


「もちろんそうなんだけど、今聞いてるのはもっと根本的なところかな……なあ君は、目に見えない存在である精霊がここにいると、そう断言できるか?」


「えっ……と」


 続けられる質問に生徒は答えを窮した。


そう、精霊は当たり前のように存在する、見えなくてもそこに存在して俺たちに魔法という力を貸してくれているのだ。


だけど見えないのだ、見えないものがあると言われて納得することができるだろうか?


どう失伝したのか、あるいは最初からなのかはわからないが、現在の魔法学では精霊の存在は認められてはいるものの、実際にそれを確かめる術が存在していない。


あるいは精霊は存在することが常識であり、なぜ存在するのか、本当に存在しているのかといった常識を疑うことが難しいことが原因だろうか?


真実はどうであれここで言いたいのは精霊の存在を確信できるのかという一点である。


そしてその答えは沈黙、つまりは否定であることは明らかであった。


「そもそも見えないものがそこにあるということを信じろというほうが無茶があるんだ、その辺りの疑念は仕方がない」


 その辺に関しては十分に予想された範囲であるため、特に咎を言い渡すこともなく俺は話を続ける。


他の生徒の表情を見渡せばみんな今の質問によりそれぞれ考察を行なっているようで、真剣な表情で考え込んでいる。


うん、真面目な子ばかりでこちらとしては一安心である。


「見る限りみんなもはっきりと断言できることはなさそうだね……だから、俺の授業はまず最低限そこにあると信じてもらうところから始めることになる」


 我流……というかじいさんからの教えから、俺やルノはそこから始めている。


目に見えない存在である精霊、それがどんな存在であるのかを理解するところから。


「みんなの知る魔法とは、自分の魔力を餌として精霊を集めて魔法言語を唱えることでその精霊を使役して魔法を発動させている……そういう認識だよね?」


 俺の質問に生徒たちの数人が肯定の反応を返してくる。


魔力を集中し、魔法言語を唱えた時に感じる自分のものではない力の感覚……その力が正体を精霊であり、一般的にもそう認識されている。


ここまでは問題がない、問題は魔法を使う際の認識である。


「俺やルノの考えは少し違っていまして、詠唱という願いに対して、魔力を代価に精霊に現象を起こしてもらっている……そういう考え方をしています」


 それはほんの小さな認識の違いだろう……差などあってないようなもので、生徒たちも若干の困惑が見て取れる。


案の定そこに疑問を覚えた生徒が質問のために口を開く。


「先生、それに違いはあるんですか?」


「結果的にはそう変わりないかもしれないな」


 あっさりとそんなことをのたまう俺の言葉に生徒たちは若干の呆れを見せる。


まあ、これで終われば何のためにそんなことを言っているのかわからなくなるのですぐに言葉を繋げた。


「けど、決定的に違う部分もまた存在しているんだぞ?」


 どちらの考え方にせよ、火を出したいと思うときに魔法を唱えれば火を出すことは出来る。


それは今までこの世界で行われていた魔法が証明してきている……しかし、その過程において介在する精霊のことをどう感じているかを表している。


「教科書通りであるなら、精霊の扱いは隷属、あるいは消費物といったところか?」


 そこに精霊の意思というものを考えているのか、そういう違いである。


「精霊側から見れば、魔力を無理やり押し付けてこれをやって来いって強制しているようなもんだろうな」


 魔力の押し売り、そんな感じだろうか?


聞いていた生徒も想像をしたのか何人かああ、と納得するような気配を見せる。


「それに対すれば、俺たちのほうは友好、あるいは依頼や契約っていう側面が強いかもしれないな」


 無論、友好であるのが一番いい、友人のためであるなら精霊の貸してくれる力も通常とは変わってくると……俺はそう信じている。


しかし、存在が不明瞭で意思の疎通さえままならないような状態で友好関係になるのは難しいだろう。


「まあ、言葉だけじゃわかりづらいだろうしな……生徒の中で誰か、手伝ってくれ」


「じゃあ、私が」


 そう言って、生徒たちの中から出てきたのはサナちゃん。


考えてみればサナちゃんの魔法を見るのはこれが初めてになるな……どうなることやら。


「わかった、じゃあステージに上がってくれ、ルノも」


「わん!」


 俺は二人に指示しながら、一緒にステージの近くまで歩いて行く。


そんな中でサナちゃんが俺に近づいて言葉を投げかけてきた。


「酷いです、教えてくれてもいいじゃないですか」


「はは、ドッキリ大成功、ってか?」


「もう!」


 他の生徒には聞こえないくらいの会話をしつつ俺はステージの前で止まり、ルノとサナちゃんはステージの上に乗った。


そのままサナちゃんとルノが向き合う形で立ち尽くす。


「それじゃあ、なんでもいいから魔法を唱えてくれるかな?」


「わかりました」


 俺の言葉に頷いて、サナちゃんは精神を集中させて言葉を紡ぎだす。


そこから集まり、感じる力は氷の精霊の力。


[青氷:凍結:破砕]


[蒼き友:契約を捨て:氷像を為せ]


 サナちゃんの詠唱に後発したはずのルノの詠唱はサナちゃんのものより長く、しかし追い抜く。


その高速詠唱もまた驚くべき技術であろうが、真に驚愕するのはその現象。


「……嘘」


 サナちゃんは呆然と呟いた……見ていた他の生徒たちもまた同様である。


授業の打ち合わせの日、全く同じ目にあったキリアさんは若干苦い顔をしていた。


その現象は魔法の無効化……いや、正確に言えば発動はしているし、実際に起こっていることはさらに不条理であると言ってよい。


呆然としたサナちゃんの前方、ルノの手元にルノを模した氷の像が存在している。


そしてその氷の像は、サナちゃんの魔力で集めていたはずの精霊の力で生成されていたのだった。


サナちゃんの集めていたはずの精霊の力、それがルノの詠唱によって根こそぎ奪われ、ルノの魔法を実行していた。


さらに言えばルノは自ら精霊を集めず、完全にサナちゃんの力のみを利用した。


他人に自分の魔力を扱われる……魔法を使う者にとってあり得てはいけない光景がそこにはあった。


「精霊にも意思はある、さっきも言ったように押し売りまがいの考えで、しかも詠唱は早さを求めた必要最低限の言葉のみ……だったら、よりよい条件で力を貸してほしいと乞われたら、精霊も答えようとする……まあ今のは少ない魔力だったし、ルノに少々本気を出させた極端な例だけどな」


 使用する魔力が高ければもう少し強制力が働いて、根こそぎ取られるというようなことはなかっただろう。


魔力の規模が大きくなればなるほど全体の一部だけ奪う程度にしかならないことは予測できた。


「まあ全部俺たちの勝手な考えであって、今まで話したことが正しいとは限らないけどな」


 間違っていないと確信はしているが、ソースを明かすわけにはいかないためそう言って軽く笑う。


まあ、いきなり全部受け入れられるとは思っていないし今は少しでもそういう考え方があると呑み込んでくれればそれでいい。


「けど、精霊にも意思はあると……少なくともそうかもしれないと思って欲しい、存在しているかわからないと思っているかもしれないけど、信じれば向こうもまた返してくれるから」


 それに、と俺は続けて、


「ここにいる全員、精霊をしっかり見ているんだぞ?」


 今回最大級の爆弾をここで投下した。


え、と体育館にいる俺とルノ以外の全員が驚いたようにこちらを見る。


それから、あ、と背後から声が聞こえ、サナちゃんが俺に問う。


「もしかして……入るときに見たあの光の雨ですか?」


「ほう……なんでそう思った?」


「いえ……なんとなくなんですけど……今思い返すとあの光の一つ一つから、魔法を使う時と同じ力を感じた気がするんです……とても小さな感覚でしたけど」


 俺は内心でサナちゃんのことを絶賛する。


本来精霊の力というのはとても低いものであり、魔法を使う際に感じる力というものは精霊が使用者の魔力を精霊の力に変換して使用されているからである。


だからこそ、魔法を使わない状態では精霊を感じることは出来ない……力が弱過ぎて、心底いると信じ、感じようとしなければわからないのである。


「あれは、精霊がいると信じ続けた一人の魔法使いが、必死に作り上げた精霊を一時的に可視化する魔法だよ、そういう記述を見つけて、俺も使えるように練習したんだ」


 ほぼ真実である……じいさんの調べ、纏めた資料のなかにその男の記述、そして魔法が残されていた。


ただその魔法が古代魔法であるというのは秘密であるが。


「先生、それじゃあもう一回見せてもらえませんか?」


「駄目」


 そう言うと、あちこちから不満の声が上がる……まあ、当然か。


だけど見せるわけにもいかない、古代言語がどうという問題もあるにはあるが……それよりも優先すべき事がある。


「最初のアレは何も知らないからこそ感じられる憧憬だから見せることが出来たものだよ、その正体を知った二度目からはその行為は観察になる……それは駄目だ、精霊は実験動物なんかじゃない」


 譲れない一線、精霊をいると信じさせ、同時に露骨な観察の視線を避けるためには知らせずの一回で使うしかなかった。


それ以降は使わないと、一番最初に決めていたことだ。


「俺の言っている意味がわからないと思う、だけど、この授業を聞くに当たって一つだけ約束して欲しいことなんだ、精霊を蔑ろにしないと」


 じいさんと交わした約束がある。


「精霊に感謝を忘れるな……ある人に言われた言葉で、俺が決して破らないことにしている言葉です」


 生徒たちが沈黙する……願わくば俺の言葉に何かしらの効果があればいいと思う。


「マス……いえ、先生」


 後ろから声が上がり、まだ生徒たちのほうに戻っていなかったサナちゃんが俺に声をかけてきた。


呼び間違えそうになったことは……まあ置いておこう、むしろマスターがいいと思ってしまう俺がいるが……さすがに今は教師役だ。


「どうした?」


「もう一回、魔法を使わせてもらってもいいですか? いえ……使わせてください」


 そう返すサナちゃんの瞳は、今までに見たこともないほど真剣で強い輝きを持っていた。


その輝きに俺は少しの期待と……言い知れない不安が一瞬浮かんで消えた。


前者はともかく後者を気にしながらも俺はサナちゃんに問いかける。


「何かを、見つけたのか?」


「そんな気がします」


「……わかった、やってみろ」


 ほんの少しだけ許可が遅れたのはやはりなぜか漠然とした不安を感じてしまっていたから。


まずないとは思いながらもルノへと視線を向けて、何が起こっても構わないように準備を行う。


誰にも気づかれないようにゆっくりと、しかし着実に……


そして……サナちゃんの挑戦が始まった瞬間、感じた不安の正体とその驚きが俺たちを襲った。



――償いの唄をここに歌う


  新たにここから始めよう――



 あまりにも小さな声で始められた言葉。


ギリギリ聞き取ることの出来た俺とルノだけが表情を激変させる……サナちゃんの方を向いていたから、生徒たちに顔を見られていないのが救いか。


しかし悠長にそんなことを考えている暇もない……万が一の準備はしていたものの、本当に万が一の現象を起こすなどさすがに思ってもみなかった。



[新たな友として:契約を結ぶ]



 その後に響いた言葉は通常の魔法言語、それに俺とルノは少し安心するが、しかし既に十分に不味い。



[蒼き友よ:小さな私に力を貸して]



 最初の古代言語の呼びかけが精霊たちにしっかりと届いてしまっている。


明らかに普通の域から脱した精霊の力がサナちゃんのもとに集中していく。


救いなのは全てが古代言語ではないということだろうか……それでもこのホール内全体に効果が及ぶのはほぼ間違いがない。


小さく舌打ちを行いながら、俺はその対処のため、気づかれないように詠を歌う。



――風が紡ぐ母なる護り


  歌おう我らは共にいる――



 俺はポケットの中に持っているものを強く握りこみ、それが起きるのを待つ。


隣ではルノもまた、通常の魔法言語で押さえ込みをかけようとしていた。



[風の盟友:その力を持って:騎士たる力を見せて:民を護るその力]



 一足先にルノの風の魔法が発動し、生徒たちを包む風が吹き始める。


ほぼ同時に、後ろに控えていたキリアさんも風の魔法を発動させ、ルノと二重の盾を作っていた。


その様子に生徒たちも異常を感じ始めたようだ、若干ざわつき始めるが、すでに終わりを迎えている。



――蒼氷の詠――



――白風の盾――



 極寒の冷気がホール内を氷点下の世界へと変えていく。


床が、壁が凍結し、天井に凍結した氷が重力に従い落下する。


当然このホール内にいる俺たちにもそれは襲い掛かるのだが、それを防ぐように柔らかな風が俺たちを包んでいた。


俺とルノとレスカさんによる三重の風の防壁は人間を軽く氷像に変えるほどの冷気の一切を遮断していた。


そして、恐ろしいほどの冷気の奔流も止まり、俺はサナちゃんのいる場所に向かって走り出す。


「こっちは任せて、ヒサメ!」


「ああ、あの馬鹿……無事だろうな!?」


 本来なら止めるべきだった……だけど、あれを中断させたとき精霊たちがどういう動きを行うか読めなかった。


下手をすれば暴発して今以上の規模の力を放出した可能性もある。


ならば、精霊たちも行使者に悪いようにはしないだろうと考えて生徒たちの護ることを選択した。


おそらくは大丈夫だろうが、さすがに心配である……というか、ここでもしもがあると俺が教師になった目的の八割近くがなくなるんだけど。


そしてたどり着いたサナちゃんのいる場所で、


「これ……私が?」


 想定通り発動者であったサナちゃんの周りだけが何事もなかったかのように凍り付いていなくて、その床にサナちゃんはペタンと座り込んでいた。


呟くサナちゃんの様子は呆然という言葉が最も相応しいだろう。


「ああ、正直な話驚いている」


 明らかな古代言語を使う人間など、今の世界でそういないはずである……少なくとも今までサナちゃんがそうだと感じたことはなかった。


この場で聞いた精霊のこと、それから極度の精神集中の結果がこれである。


「本当に……嘘みたいな話だ……」


 そういうことが起こる可能性を俺は知っている。


極々稀にいるのだ、知らないはずの古代言語さえ言葉を放つことのできる……そんな存在が。


過去に一度だけそれに遭遇したことがあるからわかる。


それでも……とりあえず言えることは、


「恐ろしい才能だな……」


 そういう存在であることを差し引いても、これは凄まじいという他なく、純然たる才能なのだろう。


色々と聞きたいことがあるにはあるが……とりあえず確信に必要なことを聞く。


「詠唱中のことは覚えているか?」


 サナちゃんは首を振る。


それに俺は内心やはりと思いながらも、軽くサナちゃんの頭を撫でながら口を開く。


「まあ……なんだ、凄かったよ」


「そっか……ありがと、マスター……」


 安堵するように言葉をこぼしたサナちゃんに小さく微笑み、撫でていた手を止め、若干の力を込め始める。


「あれ……マスター?」


 その違和感にサナちゃんが不安げな顔で俺のほうを見る。


俺は、さっきとは違うイイ笑顔でサナちゃんに告げた。


「でも……手加減ってものを知ろうね?」


「ひ……いいいいたたたたたたたっ、マスター、やめてぇぇぇぇぇぇぇ!」


 握りつぶすようにサナちゃんの頭を掴んで、力を込め続ける……当然ながら手加減はしている。


しばらくそうした後で放せば、サナちゃんは力尽きたように首が下がるのだった。


「まったく……」


「はぁ……はぁ……うぅ、酷い」


「一歩間違えば取り返しのつかない事態だったんだ、これくらいの罰は受けとけ」


「……はぁい」


 シュンとするサナちゃんを連れて生徒たちのほうへと戻ってみると、ルノがどうやら風の結界を張ったらしい。


凍えるような外の気温から戻ってきた俺たちは、さっきまでの室温がとてもやさしく感じてしまった。


「さて、説明……いるよな?」


「まあ、そうしてくれたほうがありがたいな」


 キリアさんの言葉に、俺は頷き、説明を始める。


「精霊が喜んでいた、端的に言えばそういうことです」


「喜んで?」


「さっきも言ったとおり、精霊にも意思はあるけど人はそれに気づかない……だからさっきサナちゃんが真剣に精霊にコンタクトをとろうとした結果、周りにいた全ての精霊が全力で力を貸してしまった……その結果が」


「これか……凄まじいものだな」


 嘘は一切ついていない。


他には聞こえていなかった古代言語が主な原因ではあるが、それを置いていてもかなりの威力になったのは間違いないだろう。


「精霊も自分がここにいるとアピールしたかったんだと思います、それも落ち着いたようですし、もうさっきのような馬鹿げた威力が出ることはないでしょう」


 その言葉に若干残念そうな声が漏れるが、


「こんなもん頻繁に出されてたまるか、防御する身にもなれっての」


 間違うことなき本音である。


ホールのほぼ九割を凍結させた惨状を指差しながら疲れたように言う俺にその声も止む。


「まあ、いいや……本当は口頭で説明する気だったんだけど、思いっきり実演されたわけだし」


 俺は凍り付いた周囲を見て、それから話し始める。


「この光景を見てわかると思うけど、精霊魔法はここまでの力を発揮できる……逆に言えば、これほどまでの力を発揮できてしまうわけだ」


 それは本当に危険なこと、下手を打っていればここにいる全員を殺して余りあるものであった。


それは体感したすべての生徒たちが理解をしている。


「だからこそ、魔法を使う者は厳しく自分の力を知り、律しなければならない、制御できなければああなるのみだ」


 全員が何も言わない、ここにいるのは仮にも魔法科の生徒であり、一つ間違えた時のことを想像できる人間であるから。


魔法を使おうとして、精霊たちの状態によっては消費した魔力と発生した力の量の齟齬により制御を失敗させて魔法が暴発するという事例は多い。


むしろ暴発をさせたことのない魔法使いなんていないと断じてもいいだろう。


ルノだって暴発させて危険な目にあったことは何度もあるし、じいさんも昔はよく失敗していたと笑って話していた。


そういう経験があるからこそ、この惨状の意味が正しく理解できている。


もっとも、サナちゃんの魔法自体は制御を成功していたのだが……サナちゃんの命令どおりに力を貸してその力を解き放った結果がこれであり、決して暴発したわけではない。


とはいえ異端は排斥されやすい、制御し解き放った結果よりも力が強過ぎて暴発してしまったと言う方が受け入れられるだろう。


そういう意味では、サナちゃんが詠唱中の記憶が無いことが助かったといえる。


「……とりあえず、言いたいことはこれで全部かな、本来は実習も考えていたけど、この状態じゃどうしようもないし……今日はこれで授業終了かな」


 俺がそう言うと、生徒たちからも弛緩した空気が漂い始める。


「次からは実習なども入れていくから、今日のことを忘れず、しっかりと意識をすること、以上!」


「「「ありがとうございました!」」」


 生徒たちが礼をし、ルノが風の結界を解いた。


 その瞬間、寒いといった叫びはあったが、そこはキリアさんがすぐに動いて全員をホールの外に連れ出していった。


ただし、一人を除いてだが。


「あの……マスター? なんで私は捕まったままなんでしょうか?」


 俺の手はしっかりとサナちゃんの頭をロックしていた。


「いや、やっぱり罰って言うのは必要じゃないか」


「え?」


「さ、後片付けをはじめようか」


「嘘ぉ!」


「本当だよ」


 サナちゃんの叫びにルノが応え、凍りついた床に白い粉をまいていく。


その粉がかかった場所は急速に氷が融けていくのが見て取れた。


「特製の解氷剤だ、水分も残らず消えるから」


 サナちゃんに白い粉の入った袋を渡し、俺も床に向かって撒きはじめる。


「あの……全部ですか?」


「無論、壁や天井も含めて全部だ」


「無理無理無理、無理ですよ!」


「無理でもやる!」


 叫ぶ暇があるのならさっさと撒け、と言い放ちながら仕事を続ける。


「ああ、そうだ、サナちゃん」


「え……はい?」


「俺かルノがいない時に本気で魔法を使おうとするなよ、万が一にもこれが起これば次はないぞ?」


「あ……わかりました……」


 最低限、俺かルノがいれば被害は最小限にとどめることが出来るだろう。


とりあえずはこれでいい。


古代言語についてなど聞きたいこと、言わなければならないことはあるが、そのためにはかなり深い話をしなければいけなくなる。


サナちゃんが行ったことの原因が自分の想像通りのものであれば、それは確実だろう。


だけど、俺にはまだ踏み込んで話そうという勇気は無くて、サナちゃんもまた覚えていないことをいいことに、俺は回答を保留した。


救いなのは、以前あったケースと違い、サナちゃんがそれを外に知られていないことだ。


今回の話が鍵になったことは間違いがなく、古代言語を聞き取ったのは俺とルノのみ。


だからこそ、今しばらくの時間はなんとかなるだろう……そこまで考え、俺は後片付けのために身体を動かすのだった。


なお、その作業は引率を終えて戻ってきたキリアさんを含めて、全てを終えるのに二時間近くまでかかったことをここに言っておく。


最終的には、サナちゃんが遅いことで迎えに来たセリカちゃんとシトネちゃんも巻き込んだことも加えておこうと思う。


余談ではあるが、後日喫茶店が賑やかになった際に懲りずに好きなタイプを聞いてきた女子生徒がいた。


当然ながらノーコメントで返したのだが、そこに居合わせたレスカさんが乗っかってきたことで一気に精神疲労が増大することになる。


答えようが答えまいがその手の質問は碌な目に遭わない、と俺は再認識するのだった。






 喫茶店『旅人』、客層に中等部生が大量に増えました。

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