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祐筆の青蘭

祐筆として皇太后に仕えることになった青蘭だが、皇太后の監視は依然として厳しかった。

   ★ 皇太后に仕えて ★


 祐筆は、皇太后の秘書であり消息を代筆したり、懿旨の原案を起草したり、清書を行うことを主な職務としている。ゆえに祐筆は側仕えの侍女のように、皇太后の傍にいつも侍っていなければならないというわけではない。

 しかし、皇太后は二人が陰で密会ができないように青蘭を片時も放さなかった。長恭の朝の挨拶が終わり、皇宮に出掛けると、青蘭は侍女と一緒に傍らに侍ることになる。手簡の返信を代筆したり、寄せられた文を読み上げたりするのであるが、ほとんどの時間は、ただ傍で侍っているだけである。

 食事以外は日がな隣に侍っていることは、書写をしていた頃より徒労感がある。


婁氏の夜は早い。夕餉がすむと『文選』などを読み聞かせたり、南朝の文物について話したりすると、やがて就寝になる。

 寝ずの番を側仕えの侍女達に任せると、初めて青蘭は居所に戻れるのだ。紫雲閣に戻ると初めて夕食になった。小玉が準備してくれた夕食を食べ終わると、長恭から借りた『史記』を開いた。

 以前のように監視が付くわけではないが、側仕えのいない今は閣内のことは自分で行わなければならない。緊張から来る疲労感が、全身を支配する。


「青蘭、・・・青蘭」

扉を叩く音に青蘭が扉を開けると、長恭が官服姿で立っている。

「やっと、仕事が終わったよ」

「ここへ来てはだめ」

青蘭は素早く扉を閉めた。

「こんな、近くにいて話もできないのか?」

悲痛な声が、扉の向こうから聞こえる。扉をはさんでの官服での諍いは、後苑でもあまりにも目立つ。

 青蘭は仕方なく扉を開けると、長恭を中に入れた。

「こんな格好で、・・・目立ち過ぎるわ」

 気にする青蘭を無視して、長恭は官服のまま抱きしめた。

「ごめん、今度からは着替えて・・・」

 青蘭の身体が、温かい。

「そうじゃないの・・・ここに来ては・・」

持仏堂から解放されたはずなのに、顔を合わせるのは、朝の挨拶の時だけなのだ。

「君に、会いたいだけだ」

長恭は青蘭の額に唇をつけた。こんなに近くにいても、青蘭を守ることができない。


紫雲閣に入った長恭は、人目がなくなるまでは外に出せない。

「師兄、榻に掛けて」

 青蘭は、茶杯を卓に置いた。

「明日、皇太后様から楽安公主へ文を代筆をすることになったの。でも、・・・どう書いたらいいか・・・楽安公主について聞かせてくれない?」

楽安公主は、長恭の異母妹である。正室の馮翊公主の所生であるため、高慢で我が儘であた。しかし、今上帝の命により十月に重臣の子息である崔拏逹と婚儀を挙げたのだ。

「兄の私が言うのも何だが、楽安は、甘やかされて育ったために、我が儘だ。君も嫌みを言われただろう?夫の崔拏逹とも上手くいっていないらしい。しかし、多くの孫の中でも御祖母様は、可愛がっている」

長恭は、茶杯を取った。

楽安公主は、婁皇太后の愛孫の一人だったのか。青蘭が楽安公主に会ったのは、観菊会の時だ。楽安公主は、長恭の前で青蘭を美童と罵ったのだ。全てを与えられて、怖いもの知らずに育てられたために違いない。

しかし、容貌も出自も優れた女子が、気に染まぬ婚姻を押しつけられて黙っているはずがない。諍いは、公主のせめてもの抵抗なのだ。

「皇族に生まれた公主は、何不自由ない生活を保障される代わりに、国のための婚姻を義務づけられる。それが定めだ」

 皇族には、皇族としての責務がある。

「でも、公主もお気の毒だわ。男子は、正妻が気に入らなければ、何人でも側女を娶れる。でも、女子はそれは許されないわ」

公平に考えると、公主の怒りには共感できるところがある。同じ皇族でも、忍従を強いられるのはいつも女子だ。

「皇族は、多くの女子を娶るのが、自分の権勢の証だと思っているのだわ」

「ちょっと待った。・・・どこの誰の話をしている?私は違うぞ」

長恭はいきなり立ち上がると、真面目な眼差しで青蘭を見た。

「私は違うぞ。私は・・・君以外を娶らない。婚儀を挙げたら、側女も置かない」

長恭は秀麗な鼻梁に筋を立てて、宣言した。

鄴中の女子の視線を集める長恭が、生涯ただ一人の妻を守るというのか。あまりにも現実離れしている。

「無理ね、・・・もっとも、婚儀を挙げるなんて話になっていたかしら」

 それこそ、長恭をそそのかしたと言われかねない。

「何が無理だって?」

「師兄がただ一人の妻を守っていたら、私は鄴中の女子から嫉妬深いと恨まれるわ」

長恭は青蘭の手を取ると、胸に持っていった。

「つまり、君は婚儀をしてもいいと言うことだな」

 長恭は言質を取ったというように無邪気な笑顔になった。

「君一人を守る・・・信じてくれ」

この人は、婚姻をあまりに単純に考えすぎている。青蘭は笑顔で長恭の胸をたたいた。



青蘭は幼い頃の楽安との逸話聞きながら、

長恭の苦難を思った。

「高家は、私にとって居心地のいいところではなかった。母上が身罷って、私は独りぼっちになった。・・・宣訓宮に来ても同じだったよ」

「でも、師兄は皇太后の寵愛を受けていたはず・・」

長恭が婁皇太后の一番の愛孫であることは、誰もが知ることである。

「御祖母様は、完璧な孫しか許さない。そのためにどれほど努力したか。・・・そなたがここに来て、初めて屋敷に帰るのを心待ちにするようになったのだ」

長恭が清輝閣に戻ったのは、亥の刻であった。


  ★ 国宝寺の施粥 ★


 十二月も下旬になると、後苑の睡蓮池は、厚い氷が張り、葉を落とした樹木が、寒々しい姿を見せるようになった。


 朝の長恭は官服を着て、冠を付けている。官服の深紅が長恭の頬に映ってほのかに桃色に染める。

長恭は、祖母に挨拶をしながら、左に控える青蘭の姿をちらっと盗み見た。

 登庁前の官服の長恭は、心なしか引き締まり大人っぽくなったような気がした。振り向くだけで、女子たちの心を虜にする姿だ。

「粛、侍中府の仕事はどうだ」

「御祖母様、知らない事ばかりで、散騎常侍に訊きながら励んでおります」

 長恭は、優雅にうなずいた。

「そうか、・・今度、宝国寺で施しを行う。そなたはどうする」

施粥会は、七月の盂蘭盆会と十二月の年の瀬に皇太后が主催となって、流民のために粥や焼餅を施す仏会である。

 長恭が参加するとなれば、多くの令嬢たちが手伝うに違いない。令嬢たちの働き具合を見て、その人柄を探りたいと考えたのだ。

「御祖母様、私にも手伝わせてください」

長恭は、青蘭をちらっと見て、清雅な笑顔を作るとうなずいた。一度紫雲閣に忍んでいったが、その後は青蘭が警戒して入れない。施粥会には、青蘭も動員されるはず。一緒に参加すれば、話し合う時間も取れるに違いない。


★ 琴音が響く夜 ★


 宣訓宮に降っていた雪が止んだ。

 青蘭が、紫雲閣からでると、月の光に照らされた一面の雪景色である。落葉した築山から透けて見える。

明月の夜に思い出すのは、阮籍の詩賦だ。

 

 夜中、寐ぬる 能わず

 起坐して 鳴琴を弾ず

 薄帷 明月に 鑑らされ

 清風 我が 衿を吹く


夜中に、なかなか眠れない。

起き出して 琴を弾く

薄い帳が、月の明かりに照らされ

 爽やかな風が、胸元を吹き抜ける


 今は冬だ。学堂で無邪気に詩賦を詠い合っていた頃が、懐かしい。一度、閣内の灯りを消して拒否してから、長恭は訪ねて来ない。

本当に会いたいなら、再度訪ねてくるべきでしょう。師兄は口では上手いこといいながら、いつも皇太后様の言いなりだ。

 その時、琴の音が流れてきた。最初は幻かと思った。しかし、咽び泣くような琴の音が、力を帯びて睡蓮池の向こうから漏れてくる。

 青蘭は外衣の襟を掻き合わせて、凍り付いた睡蓮池の辺まで出た。瞼を閉じると寒さも忘れて琴の音に聴き入った。人は訪ねて来られなくとも、琴の音は、何もかもを越えてくる。

 青蘭は、花のない百日紅の幹に身を寄せ、琴の音が絶えるまで去ることができなかった。


   ★ 施粥会での密会 ★


年の瀬も押し詰まった十二月二十五日。宝国寺で、皇太后が主催する施粥会が催された。

拝殿の前に幕を張り、卓の上には粥を炊いた鍋と焼餅が並べられている。それを、皇太后府の宮女や手伝いの令嬢たちが配るのである。


 幕舎の下の卓にも、白い雪が吹き込んでいる。青蘭は、悴む手で椀に粥をそそいだ。

 雪の中、施しを求める民の列は、どこまでも続いていた。施しに集まった民は、多くは粗末な単の衣で、目も虚ろである。荒れた手を差し出して焼餅と粥を受け取ると、離れた偏殿の軒下にしゃがみ込んで頬張るのである。

 流民は思いの外多く、底をすくっている杓子が音を立てるほど減ってしまった。

「粥が無くなるだろう?」

 聞き覚えのある声に振り向くと、長恭が笑顔で粥の鍋を持って立っていた。 

「やっと、会えたね」

 長恭は粥の鍋を置くと、耳元で囁いた。

 寒風が外衣をまとった青蘭の頬をなぶる。風にあおられた青蘭を支えるようにして、長恭が後ろからさり気なく寄り添ってくる。後ろから伝わってくる体温と沈香の香りが、青蘭をうっとりとさせる。

「皆に、怪しまれるわ」

 周りにいた令嬢たちは、寒さを避けて舎殿に非難したのか人影もない。

「焼餅が足らなくなる。取りに来てくれ」

 長恭は、交換した鍋を掴むと、青蘭を促して卓の側を離れた。



 暗い台盤所に入ると、中には人影もなく籠に入れた焼餅が並べてあるだけである。台盤所を見回した長恭は、柱の陰に青蘭を導いた。

「会いたかった」

 青蘭の身体を抱きしめると、寒気に包まれた身体が愛おしい。

「会いに行けなくて、すまない」

 侍中府から戻ると、監視を兼ねてなのか、李丘がよく来るようになった。

「楽安公主への手簡は、嬉しい返事が来たと聞いた」

楽安への文の代筆以来、筆法に関する様々な仕事を仰せつかるようになってきた。

「こんな所で会うなんて、危険すぎるわ。今日は、権門の令嬢方たくさん来ているのよ」

「令嬢方?」

 青蘭のこめかみに唇をつけた。

「師兄が参加するから、それを目当てに令嬢方が来ているの」

自分は、小鳥を集める撒き餌なのか。

「御祖母様は、何を考えているのか・・・」

この仏会は、師兄と令嬢との見合いだったのか。皇太后は、青蘭の存在を知ってから、盛んに婚姻の相手を探しているのだ。扉の外を、人が通る気配がした。

「静かに、・・・」

長恭は青蘭の唇に人差し指を当てると、顔を近づけた。


台盤所の扉が開いた。冷たい風が吹き込んできて、一人の宦官が入ってきた。

 長恭と青蘭は、慌てて離れると、柱の陰に隠れた。気が付かれたか?入ってきたのは、側仕えの吉良だ。二人はほっとして顔を見合わせた。

 吉良は二人に近寄ると、気まずげに下を向きながら拱手をした。すでに二人の関係は知っている。

「わ、若君、皇太后様が、お呼びです」

やっと話せたというのに、何の用だ。もしや二人の様子は監視されているのか。

「分かった。すぐ行く」

 長恭は吉良を帰すと、焼餅の篭を取った。

「青蘭、この篭を持って行ってくれ、できるだけ早く戻るから」

長恭は溜息をつくと、難しい顔で出て行った。


  ★ 解放への方策 ★


 この年の十月、陳が建国された。

 そしてこの十二月、詠嘉王簫莊の帰還が正式に決定し、王琳は、元帝の皇子簫莊を梁の皇帝に戴くことにより梁の再興を図っている。

 ここに、王琳率いる梁の遺臣と、北斉の同盟が成立したのだ。ほどなく、王琳は、北斉から何らかの爵位と官職を賜ることとなるだろう。


 年の瀬も迫り、鄴城に雪が降っていた。

 侍中府から見える中庭も前栽が雪を被っている。雪を眺めながら、長恭は筆架に筆を置いた。

長恭は、施粥会での出来事を思い出した。


施粥会の時に祖母に呼ばれて方丈に行くと、令嬢を紹介された。

「こちらは、太子中舎人源彪殿の令嬢源延児どのだ。多くの喜捨を届けてくれたのだ。そなたからも礼を・・・」

顔を見ると、先日の観菊会に来ていた顔だ。

「ご協力に礼を申します」

 長恭が頭を下げると、源延児は恥ずかしそうに顔を赤らめた。明らかに嫁候補に違いない。

「御祖母様、まだ施粥が残っていますので・・・」

 長恭は冷たく言い置くと、正殿の方に戻った。これは青蘭を娶らせないための、祖母の策略だ。御祖母様はいまだ青蘭を許してはいないのだ。


王青蘭が、祖母の怒りを買ってしまったのは、全ては自分が原因だ。祖母にとって、怒りを越えるぐらいの利とは何であろう。

王青蘭は、王琳将軍と鄭家の賈主鄭桂瑛の娘であり、決して何の取り柄もない庶民の娘ではない。

永嘉王が南朝に帰ることになった今、王琳と斉の絆を深めるものとなる。新興の陳を抑える勢力として王琳の立ち位置は重要なものとなっている。

 鄭家は、河北、河南を中心に手広く商賈を持つ豪商だ。薬種、茶、穀物、絹織物などの他に西域の香料や宝飾品など、後宮の妃嬪が要望する品物も納入している。

 それだけではない、両親は離縁しているとは言え、鄭家の商人(行商人)は、中原の情報を王琳にもたらしているという。簫荘を陰で支えていたのは鄭家であるらしい。

 斉の国益を第一に考える祖母には、交渉の余地があるのではないか。


最近は青蘭も宣訓宮で監視されることはなくなった。しかし、御祖母様の勘気はまだ解けていない。それは、いつ何時、再び自分の手の届かない所に追放されるか分からないということだ。

そうだ、鍵は鄭家にあるかもしれない。

長恭は筆硯を片付けると、鄭家の屋敷に向かった。


★ 許されぬ恋心 ★


「王祐筆、昨日の永嘉王府への遣いは、ご苦労だった」

「永嘉王は、贈り物を喜んでいらっしゃいました」

婁皇太后は、手に持った茶杯を卓の上に戻すと、傍に控えた青蘭を見遣った。

「昨日、そなたの母が来た。学問は家業を継ぐためであったとか。豪商の鄭家は、並の学問では商いを営めまい。・・・約束通り、年が明けたら鄭家に帰そう」

母が皇太后府を訪れ、鄭家の商いのために学問をさせていたと言ってきたのだ。親の命により学問をしていたとなれば、長恭を誘惑するために男装をしていたとの疑惑を解くことになる。

「皇太后様、感謝します」

青蘭は、思わず礼をした。

「王祐筆、そなたは本当に商賈のために学問をしてきたのか?」

婁氏は、言い逃れを許さない鋭い眼差しを向けてきた。

「もちろん、商賈のために学問を始めました。しかし、顔氏に入門した私は、しだいに学問は目先の利のためではなく。生きる道を探すためであると分かったのです」

青蘭は何の疚しいところはないと、小さく胸を張った。

「それでは、長恭とは純粋なただの兄弟弟子だと言うのか?長恭は、そうは思っていないようだが・・」

婁氏は訝しげに眉を潜めた。

「それは、・・・長恭様を、兄弟子として尊敬しています。師兄からは、多くのことを学びました」

 これはある面、偽りではない。とにかく、何としても、ここを出なければ・・・。師兄を女子として、慕っているなどと決して言えない。

「学問を学ぶうちに、苦しんでいる民の役に立ちたいと思うようになりました。やがては、そのような道を探しとうございます」

婁氏はうなずくと、卓の上の茶杯を取った。


★ 止められない想い ★


『皇太后に、男女の情はないと言った以上、師兄には婚姻の申し出はしないように言わなければ』

青蘭は暗くなるのを待って、清輝閣に忍びこむことにした。

 しんしんと雪が降り積もる宣訓宮は、静かで月明かりに照らされたように明るい。青蘭は東側の蔀戸を開けると、中に滑り込んだ。

 中に入ると灯火が置かれ、火藘がたかれてほのかに温かい。長恭はまだ帰ってきていないようだ。

青蘭は書房に入ると、書架から『黄帝内経』の青い書冊を選んだ。長恭が写してくれたもう一冊は鄭家にあるが、まだ半分以上読んでいない。

青蘭は榻に座ると、書冊を開いた。灯りがともり火藘がたかれた臥内は、温かい空気に包まれている。燭台を近づけ、文字を追おうとするが、しだいに青蘭は眠気に負けてしまった。


長恭は侍中府から戻ると、清輝閣の扉を開けた。吉良が、長恭の帰りに合わせて閣内を温めてくれている。薄暗い臥内から、茉莉花の甘い香りがする。榻を見ると、薄紅色の外衣の袖が花のように開いている。青蘭が肘掛けにもたれて、寝息を立てているのだ。

 何という無防備だ。私を待っていて、眠り込んでしまったのか。うっかり眠り込むほど疲れ果てているのか。

 長恭は横に座ると、顔と手すりの間に手を差し入れ、青蘭の背中に腕を回して抱き起こした。

「・・・ん?師兄?」

青蘭が目を醒ますと、長恭は腕の中の青蘭の額に唇を押しつけた。

「青蘭、会いに来てくれたのか?」

青蘭は長恭の肩に頬を付けた。

「青蘭、・・・寂しかった」

 会っては危険だと分かっていながら、顔を見ると拒めない。

「紫雲閣に行っても、追い返されるから、嫌われたのかと思った」

「そんな・・・師兄ったら意地悪を言って・・・」

青蘭は顔を背けた。肩に掛かる黒髪が、滑らかに明かりを反射している。とがらせた桃花のような青蘭の唇が、愛らしい。

「朝の挨拶では、顔を見るだけ、同じ宮殿にいながら話すこともできないとは・・・」

長恭は青蘭の手を握って頬に持って行った。

「私だって・・・、宣訓宮では籠の鳥・・」

祐筆とは名ばかりで、宮女も同然の扱いである。

「御祖母様に、君との婚姻をできるだけ早くお願いして、許してもらうつもりだ」

 長恭が青蘭に好意を示せば示すほど、皇太后の憎悪が増幅されるのだ。

「だめ、・・・。皇太后様は、新年にば鄭家へ戻すと言ってくださっているの。婚儀などと言い出しては、怒りを買って、またどこぞに閉じ込められるわ」

 青蘭は祖母をそんなに恐れているのか。

「分かったよ。今は婚儀を申し出るのは控えよう」

長恭は、不服そうに唇を尖らせた。

「永嘉王と母の来訪は、師兄が仕組んだことなの?」

 そのお蔭で禁足を解かれ祐筆となったのだ。

「ああ、私がお願いした。私だけでは力不足で・・・」

長恭は、二人の将来のために東奔西走してくれているのだ。青蘭は、長恭の胸に頬を押しつけた。


年末の粥の炊き出しでは、多くの令嬢が参加し、それは皇太后による大規模な見合いだった。青蘭の母親が訪れて、皇太后は新年に青蘭を鄭家に返すと約束した。

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