雪降るビルの屋上から飛び降りる前に
「今日は、一段と冷えると思っていたけど、雪が降るなんてな」
「そうね、予報では雪なんて降らないと言ってたのに」
今年は暖冬だと言っていたが、とはいえ年に一度はこういった冷え込みもあるものだ。
はだしの私の足からは感覚が奪われ、寒さは痛さとなって襲い掛かっていた。
「しかし、なんで裸足なんだ?」
「そんなことは私も分かってないわ。でもよく人が自殺するときって靴を脱ぐものじゃないのかしら」
「……まあ、一生のうちの最期なんだからやりたいようにやればいいと思うよ」
落下防止柵の金網の外に立つ私と、柵の内側にいる彼との間には見えている景色の差があるようで、私は意味もなく気分が高揚しているのに対し、彼はいたって冷静になっているようだった。
「そういえば、なんで私がここにいるとわかったの?」
彼の方を振り向くこともなく問いかける。
私が苦しい思いをしている時に、最初に気が付いてくれるのは彼だった。学校では心無いいじめや、嫌がらせ……いや、傷害や暴行を受けてきたけれど、彼がいてくれるから辛いことも耐えてきたということも沢山あった。
「そんなこと、俺にもわからないな。気が付いたらお前が危なそうなことをしてるような気がしてここに来たっていう感じか」
「何それ、答えになってないじゃん」
答えになってない……のは私も一緒か。
「なんで飛び降りを選んだんだ?」
私は、彼の意図が私の自殺を止めるものだと思っていた。でも、無理に止めようとしたらきっと私は無理に飛び降りると思っているのか、妙な時間稼ぎをする。
「確実に死ねると思ったの」
私は答えを端的に纏めることにした。
長く話す必要はない。そんなことをしなくても、どうせ私が死んだ後に詳しいことは家の机の上に置いた遺書にすべて書いてある。
私は振り向かない。これ以上振り返ったら、もう先に進めない気がする。
「……なあ、答えたくなかったら答えなくていいんだけどさ」
早く堕ちてしまいたかったが、彼はなんとかして私の気持ちをつなぎとめようとする。
「なに?」
「自殺しようとしたきっかけは何だったんだ?ここまでするくらいだから、きっと相当な覚悟は持ってると思うんだけどさ、最後の一押しになった事件、みたいな?」
「えらく歯切れが悪いわね……」
「……」
寒さもあってか、お互いにあまり言葉数が増えない。うまく言葉が表現できない。お互いの存在がいることだけが伝わってくる。
「……あいさつ」
私はポツリとつぶやいた。
「……どういうことだ?」
「あなた、一昨日の朝に私がおはようって教室で言ったとき、返してくれなかったでしょ」
「あれ、そうだっけ」
「覚えてないよね。そりゃそうよ、一昨日だもん。小さいことよね。でも、私はそれですんごく傷ついたの。そりゃもう死んでしまいたいくらい」
覚えてないと思っていた。自分でも信じられないくらい病みきった。冷静に考えれば、ただちょっと声が聞こえてなかっただけなのかもしれない。彼もあいさつを返したけれど私に聞こえていなかっただけなのかもしれない。けれど、けれど……
「そんだけ俺のことが好きだったんだな」
「都合のいいところだけ、抜粋するのね」
「いや、そりゃだってうれしいよ。だって俺女の子に告白なんてされたことなかったもん。これ、人生で初めて告白されたってことでいいんだよな」
「そんなわけないじゃない。私、付き合ってほしいだなんて一言も言ってないわよ」
調子よく、彼は明るく話す。そんな明るい彼のことが好きだった。それに……
「それに、私はあなたと付き合えたとしても死ぬっていう選択にきっと変わりはなかったから」
「それもそうだろうな」
軽口で答える。何も考えてなさそうに。けれど、実はもっと奥深く考えていることも、私は知っている。
「……そろそろ、私、逝ってもいいかしら」
「まあ、好きにしなよ。でも、最期に何か言い残したことはないか?」
「逆に、私が言い残したことがあると思う?」
だんだん考えるのが面倒になってきて、質問を質問で返してしまった。半ば、早く解放してほしい苛立ちもあった。
「わざわざ自殺をする人って、なにか大きなメッセージを持って死んでいくっていうイメージがあったんだよな。俺は絶対、お前がもっと大きい自殺の理由があると思ってるんだよ。たくさん虐められて来たし、暴力も受けてきただろうけど、何がそんな自殺っていう行動にもっていったのかを知りたい」
私はその彼の言葉を聞いて、思わず振り向いてしまった。
彼は、マフラーで口を隠して、俯きながら話していた。
「残念。あなたが来てくれたから、少しでも死ぬ気持ちが薄れてきたところだったのに、その言葉を聞いて絶対死ぬことに決めたわ」
「そうか」
「まったく分かってない。私はどんなに苦しい思いをしても耐えられると思った。実際に、これまで親から虐待されてきたり、クラスメイトから殴られたり物を盗まれたりしても何も怖くなかった。全部耐えられると思った。それは貴方が居てくれたからだよ。貴方だけが私に優しくしてくれたから、私は全部忘れて、もう一度頑張ろうって思えたの。それが、打ち壊されただけ。生きる希望がなくなっただけ。また頑張ろうって思える力を失っただけ。わかる!?」
足の痛みも忘れて、叫んだ。こんなのとは比べ物にならない痛みから、私は解放される。
「……そうか、俺悪いことをしちゃったんだな」
いいえ、本当は、悪いのは貴方じゃない。むしろたくさん感謝している。ごめんなさい、ひどいことを言ったのは私の方なの。そんな言葉すら口から出てこない。
「……ごめんなさい」
「いいんだ。俺はお前のその叫びが聞けて満足だよ。ありがとう」
彼は私に向かって、微笑んだ。
その顔を見て、私は何か心が動いた気がした。
「さようなら。貴方に会えてよかった」
「ありがとう。俺のことを好きになってくれて」
「いやじゃなかったら、私が落ちるところ、見ててほしい」
「俺のことを彼氏にしてくれるなら、いいよ」
「……仕方がないな……」
好きだよ―――
私は、金網越しの彼の目を見ながら、そのまま後ろに体重をかけた。
皆様、2023年いかがお過ごしでしたでしょうか。
本年もまことにご愛読いただきありがとうございました。というにはあまりに投稿作品が少なくなってしまったこと、お詫びします。でもまあ、のんびりやりましょう()
赤崎月結としては来年もまた、少しずつもうひと踏ん張りやっていきたいと思います。
今とペースは同じになるか、はたまた、病んでどんどん創作意欲が湧くのかはわかりませんが、やりたいようにやっていきます。ともかく、年末年始の休暇も残り後半戦、ゆっくり過ごしていきましょう。
最後になりますが、来年も皆様ゆるく頑張っていきましょうね。
2023年12月31日 23:30
名物のように年の瀬に投稿します赤崎より、紅白歌合戦を視聴しながら