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04:離れの王女と南京錠

 


 栄えた城下街を進み、その先にフォーレスタ国の王宮がある。

 目を見張るほどの立派な建物を中央に構え、引けの取らない豪華な建物が左右を挟む。敷地も広く、背後には木々が生い茂っている。

 その広さ、建物の壮大さ、目の前にするとこれが大陸一を誇る国の王宮なのだと気圧されてしまう。リズベール国にもクレア達が暮らす王宮があるにはあるが、規模で言うのなら城下街にあった豪華な屋敷程度でしかない。


 改めてその差を目の当たりにすれば、これほどの国と隣接していたのかと思い知らされる。

 もしも一度でもフォーレスタ国がリズベール国の領土を欲すれば、きっと一瞬にして片付いてしまっただろう。

 跡形もなくなった国、荒らされた畑、囚われていく国民達……。想像するだけでクレアは寒気を覚え、体が震えあがりそうになる。


「……クレア王女、どうした?」


 歩みを緩めたクレアを疑問に思ったのだろう、前を歩いていたユーリが足を止めて尋ねてきた。

 彼にとってはこの広大で威厳ある王宮の敷地も気にするような場ではなく、その歩みは堂々としている。もちろん周囲を見て圧倒される事も無い。

 そんなユーリに問われ、クレアは俯いていた顔を慌てて上げて「何でもありません」と返した。『フォーレスタ国との違いを実感し、リズベール国がいかに危機的状況にあったかを思い知らされていた』等と正直に言えるわけがない。


「ただ、その……、立派な建物だと見惚れていたんです。リズベール国にはこれほどの建物はありませんので」


 さすがに足元にも及ばないとは言えずに言葉を濁す。

 これならば『フォーレスタ国の王宮ほどの立派な建物は無いが、相応の建物はある』と捉えてくれるだろう。多少の見栄は張っておかないといけない。

 そんなクレアの話に、ユーリが「そうか」と一度返して建物を眺めた。


「せっかく褒めてくれたところ申し訳ないが、クレア王女は王宮や他の建物には立ち寄れないんだ。俺と正式に結婚するまでは眺めるだけで我慢してほしい」


 申し訳なさそうに告げ、「着いてきてくれ」と再びユーリが歩き出す。この話題を長く続けていたくないのか。

 クレアは絢爛豪華な建物がまるで自分を覆い尽くさんと佇んでいるように感じながら、彼を追って足を動かした。




 クレアとヴィンスが案内されたのは敷地の隅。木々が生い茂り、草木が生えた自然溢れる場所だ。

 さすがに王宮の敷地内ゆえに森とまでは言わないが、それでも絢爛豪華な建物が並ぶ場所とは別世界のようだ。といっても道はきちんと整備されているし、よく見れば人の手が常に入っていることが分かる。

 景観のためそれっぽく残した自然とでも言うべきか。もちろんクレアとヴィンスが朝から歩き続けた森とは別物である。小さく手頃な森、川も無いだろうし獣も居ないだろう。


「ここに離れがある。クレア王女には正式な婚姻を結ぶまで離れで暮らして貰いたい」

「離れで、ですか?」

「あぁ、あっちに見えるだろう」


 ユーリが指さす方向、木々の合間に確かに建物が見える。

 屋敷とまでは言わないが一般家庭ならば十分に暮らせる家屋。聞けばユーリの兄にあたる第三王子が幼い頃に建てさせたものだという。

 自然を感じられる中で過ごしたいという理由だったが、ユーリ曰く「三日で飽きていた」とのことで、それ以降は誰も住むことなく手入れのために庭師やメイドが行き来しているだけらしい。


「立派な家屋なのに勿体ない。あの家に住んでよろしいんですか?」

「その言葉が皮肉じゃないことを祈るばかりだ」


 肩を竦めて話すユーリに、クレアは「皮肉?」と首を傾げた。

 木々の合間に建つ離れ。確かに王宮やそれに並ぶ絢爛豪華な建物とは比べるでもなく劣るが、それでも手入れが行き届いている事が外から見ても分かる。聞けば屋内の設備もきちんと整えられているらしい。

 僅か三日で役目を終えたが、それでも第三王子の希望により建てたものだ。幼少時とはいえ王子が希望したものならば相応の家屋なのだろう。敷地内とはいえ言ってしまえば別荘のようなものだ。


 近付いて全貌を見ればより立派な家屋だと分かる。

 ……が、しっかりとした作りの玄関扉には、これまた立派な南京錠が着いており、クレアはそれを手に取ると「鍵?」と首を傾げた。銅製の南京錠。持てばずしりとした重みが伝わってくる。

 これは何かとクレアがユーリを振り返るように見れば、彼は気まずいと言いたげな表情を浮かべた。


「申し訳ない。しばらくの間、扉は施錠するように言われているんだ」

「扉を?」

「今回の婚約を快く思ってない者もいるんだ。彼等はクレア王女が大人しく俺との婚約を結んだのは、我が国の機密情報を盗むためじゃないかと考えている。中には国内に内通者が居て、クレア王女と密かに情報のやりとりをするのではと疑ってる者さえいる」

「そんな、私は情報を盗もうなんて考えておりません」

「俺もそんな風には考えていない。だが元々この婚約は互いの国のため。そもそもが思惑あっての事だ」

「それは……」


 はっきりと言い切るユーリの言葉にクレアは言葉を詰まらせた。

 確かにユーリとの婚約は互いの国の未来を考えてのことだ。『思惑』この言葉も否定できない。

 ならば国の未来以上の何かを、口には出来ないような更なる裏を含んでいてもおかしくない……。そう考える者がいるのだという。


 その対策として、クレアは王宮から距離のある離れで生活する事になった。それも軟禁状態で。

 離れの裏手には二回りほど小さな小屋が隣接されているらしく、ユーリがヴィンスに対しそこで寝泊まりをしてくれと告げた。さすがに乳兄弟とはいえ王子の婚約者が異性と寝泊まりは許されないのだろう。

 ……もっとも、王子の婚約者を離れに閉じ込めるのは許されているようだが。

 だがそんな異論を唱える気にはならず、クレアは聞かされた話と湧き上がりそうになる不安を無理に飲み込むと大きく息を吐いた。


「そうなんですね……」


 さすがに大歓迎とは思っていなかったし、ある程度の不便は覚悟していた。

 だがまさか疑われたうえに閉じ込められるなんて……。

 そんな気持ちが声色に出ていたのか、ユーリが眉尻を下げてクレアを呼んできた。


「鍵といっても周囲を納得させるための形だけのものだから、扉の施錠はしても窓は自由に開けてくれて構わない。数日でその鍵も無くす手筈だ。それに、申し出があれば遠出は叶わないが散歩も認められる」

「そうですか……」

「必要な物があれば直ぐに届けさせるし、不備があれば何でも言ってくれ。早く君が自由に過ごせるように俺も努めるつもりだ」


 ユーリの声色と瞳には申し訳なさそうな色が滲んでいる。

 彼をじっと見つめてそれを悟ると、クレアは恭しく頭を下げて「かしこまりました」と返した。先程よりもはっきりとした声だ。

 納得してくれたと考えたのかユーリの表情が僅かに和らいだのが見て取れた。


「この離れで暮らすことに異論はございません。施錠も、それで信頼を得られるのであれば」

「そう言ってもらえると助かるよ。メイド達には常に気にかけてもらうよう頼んであるし、日に一度は必ず俺かフリーデルが顔を出そう。何かあったら遠慮せず言ってくれ」

「それなら、南京錠だけでは物悲しいので、お花のリースを頂けますか? 一緒に飾ればきっと南京錠もお洒落に見えますから」


 クレアが冗談めかして告げれば、ここで冗談を言われるとは思っていなかったのかユーリが翡翠色の目を丸くさせた。

 次いで彼はふっと軽く笑みを浮かべ「用意させよう」と柔らかな声色で返してくる。

 その表情にクレアもまた笑みを強め、手元の南京錠へと視線を落とした。

 大人の掌ぐらいの大きさはあるだろう。仰々しい見た目をしており、いかにもといった見た目がより重さを感じさせる。

「リースと一緒に飾ればお洒落に見える」とは言ったが、並べたところでこの重苦しさは消えるまい。まるでこの重さこそがクレアに伸し掛かる疑いの深さのようではないか。


 そう考え、クレアはそっと南京錠の留め具に触れ……、その頑丈さを確かめるように軽く引いてみた。


 次の瞬間、


 ガキンッ!


 と、南京錠が外れた。


「……あら?」


 しっかりとはめ込まれていたはずの南京錠があっさりと開錠されてしまった。もちろん鍵を使用したわけではない。

 軽く引いたら留め具が取れてしまったのだ。試しに何度か試してみれば、ガキンッガキンッと高い音を立てて施錠と開錠が繰り返される。

 そうしていつしか施錠の手応えも無くなった。


「こちらの南京錠、古いものを使用していたのですね」

「古い?」

「えぇ、錆びてしまっていたのかもしれません」


 クレアの話にユーリ達が疑問を抱く。

 ヴィンスが試しにとクレアから南京錠を受け取ると、ぐっと留め具に力を入れ……、


 ガキンッ!!


 と高い音をあげて割った。


「ひっ……!!」


 悲鳴とも息を呑む音とも取れる声は、ユーリのものか、それとも彼の隣に立つフリーデルのものか。

 ヴィンスが南京錠を割った瞬間に二人はぎょっとした表情を浮かべ、揃えたように一歩後ずさった。


「ヴィンス殿……、どうやって南京錠を、わ、割ったんだ……」


 フリーデルが問うが、その声は震えていて動揺の色が濃い。

 だがそれに対してヴィンスは「どう、と言われても」と呟き、割れた一片を片手に持ってぎゅっと掴んだ。パキンッと高い音がヴィンスの手の中から数度聞こえ、手を開けば銅の欠片がより細かく割り砕かれていた。

「どうやって」と問われたから実践したのだ。試しにクレアも彼の手から破片を一つ手に取りぎゅっと握りしめれば、一つだった破片が高い音をあげて三つに分かれた。

 否、割れた。――その瞬間に再びユーリとフリーデルが小さな声をあげて身を寄せ合ったのだが、生憎と手の中を見つめていたクレアとヴィンスは気付かなかった―ー


「きっと古びて割れやすかったのね」

「そうですね。しかし、こうも簡単に壊れてしまっては施錠の意味がありません」

「私達が壊して離れから逃げたと思われてしまうかも。ユーリ様、別の南京錠を用意して頂けますか?」


 閉じ込められる身でありながら南京錠を求めるとはおかしな話ではないか。

 そうクレアが冗談めかしてコロコロと笑う。だが生憎とその冗談に付き合ってくれるのは、眉間に皺を寄せたままのヴィンスの「クレア王女がそれで笑えるのなら」と譲歩の言葉だけだった。


 ……なにせ、ユーリとフリーデルはと言えば、


「……あの南京錠は特注のはずだよな」

「今回の件のために技師が造ったもの。……のはずです」


 そう身を寄せ合って青ざめた顔でひそひそと話し合っているのだ。



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