13:手紙への疑惑
高台に登ることは諦め、王宮の敷地に戻る。
クレアとヴィンスは離れに……と向かおうとしたところ、クレアはユーリに呼び止められた。
彼がなにかを差し出してくる。それは……、
「便箋?」
それが何かを判断し、それでもクレアは首を傾げた。
ユーリの手にあるのは便箋と封筒一式。便箋も封筒も白地に花の箔押しがされたデザインで揃えられている。シンプルでありながらも洒落ており、これに黒いインクで文字を綴ればさぞや映えるだろう。
他愛もない内容であっても、それどころか美味しいクッキーのレシピであっても趣のある手紙に感じられそうだ。
「前に家族に手紙を送りたいと言っていただろう。待たせてしまってすまなかった」
「わざわざユーリ様が用意してくださったんですか? ありがとうございます。こんなに素敵な便箋、リズベール国にはありませんでした。きっと家族も喜んでくれます」
家族に手紙を出せることも嬉しいが、それと同じくらい、他愛もない会話を覚えてわざわざ便箋を用意してくれたユーリの気遣いが嬉しい。
だが喜ぶクレアとは反対にユーリの表情は暗く、クレアが異変を感じてどうしたのかと彼を見上げれば、翡翠色の瞳をふいと他所に向けてしまった。今は視線を合わせるのも辛いと言いたげな表情だ。
だが説明しないわけにはいかないのか、随分と沈んだ声で「実は……」と話し出した。
「手紙は一度俺に読ませてほしい」
「ユーリ様にですか?」
「まだ王宮内にはクレア王女を怪しんでいる者がいる。中には、家族への手紙と見せかけ、フォーレスタ国の内情を伝えたり軍事的なやりとりをするのではという疑いすら上がっているんだ」
「そんな事いたしません。私とヴィンスが穏やかに過ごせていると伝えて、お父様やお母様、それに国民に安心してほしいだけです」
「それは俺も伝えたよ。クレア王女はそんな事をする女性じゃない。……だがどうにも頭が固くて、不穏な内容は書かれていないか確認するように言い渡されたんだ。申し訳ない」
ユーリが謝罪の言葉を口にし、それだけでは足りないと頭を下げた。銀色の髪がはらりと揺れる。
「ユーリ様が謝る必要はありません。どうかお顔を上げてください」
「クレア王女……」
「ご安心ください。手紙を確認して頂いて支障はありませんし、もし必要とあればリズベール国からの返事もお読みください。それで私は疚しいことなど一つも抱かず嫁いできたのだと信じて貰えるのなら、喜んで手紙をお渡しいたします」
それだけで信頼を得られるのなら安いものだ。
そうクレアが告げれば、ユーリが翡翠色の目を細めた。安堵と罪悪感を綯交ぜにしたような表情だ。
こんな表情はしてほしくない。そうクレアは考えてユーリの手に触れた。そっと優しく包み込めば不思議そうにクレアを呼んでくる。
「クレア王女、なにを……?」
「見てください、ほら」
彼を促しながらそっと手を放せば、小さな光の星がユーリの手の中に残され……、そしてふわりと浮き上がった。耳を澄ませば鈴の音のような高い音が微かに聞こえる。
「魔法だ」と彼が小さく呟いたのを聞いて、クレアは穏やかに微笑んだ。
光の星は彼の目の前までゆっくりと浮上すると数度色を変え、更にはくるりとユーリの周りを飛び、そして頭上まで浮かび上がると柔らかく解けるように周囲に散っていった。細かな光の粒が、まるで粉雪のようにユーリの頭上から降り注ぐ。
「今のは……、このあいだ見せてくれた魔法とは別の魔法か?」
「同じ光の魔法ですが、少し趣向を変えたものです。泣いている子供をあやす時によく使う魔法なんです」
クスと小さく笑ってクレアが告げれば、ユーリが「あやす?」と翡翠色の瞳を瞬かせた。
次いで「参ったな……」と呟いて頭を掻くのは、自分が子供扱いされたことを察し、そして実際に子供をあやす方法で気分が晴れてしまったからだろう。
現に、彼はクレアの魔法を見るや申し訳なさそうな表情から一転して瞳を輝かせたのだ。さながら、泣いていたのに目の前に玩具が現れるや途端に泣き止んで夢中になる子供のように。
「子供をあやす魔法か。そんなものもあるんだな」
「はい。他にも魔法で動物の姿を映しだしたり、音楽を奏でることもあります。あとは『高い高い』とか」
「あぁ、それならフォーレスタ国でもやるな。子供を高く掲げて楽しませるんだろう。俺も何度か乳母にやってもらっていたらしい」
「そうだったのですね」
共通点があると知りクレアの声が明るくなる。
『高い高い』とは、幼い子供を抱え上げてあやす行為だ。子供は普段とは違う高い視界や浮遊感を楽しむ。
「私も小さい頃はよく『高い高い』で遊んでもらいました。泣いていても『高い高い』で屋根を見下ろすと楽しそうに笑っていたそうです」
「そうか、クレア王女も幼い頃は……。……高いなぁ」
「『高い高い』ですから」
「高いなぁ……」
どういうわけか、先程まで楽しそうに話していたユーリが一瞬にして瞳を虚ろにさせた。
「ユーリ様、どうなさいました?」
「いや、なんでもない……。なんでもない。そ、それじゃぁクレア王女、また。手紙を書き終えたら教えてくれ」
「かしこまりました」
クレアが恭しく頭を下げ、ユーリを見送る。
主人が立ち去ろうとした事に気付き、近くに控えていたフリーデルが駆け寄った。
そうして彼等は二言三言となにかを交わし、クレアのもとへと去っていった。
その際に微かに聞こえてきた、
「……高いなぁ」
「……高いですねぇ」
という二人の声に、クレアはいったい何が高いのか首を傾げるしかなかった。
※前話あとがきで「次回から12時・18時更新」と書きましたが、「12時・19時更新」になります。




