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【完結】囚われ王女のあずかり知らぬ最強な日々  作者: さき


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12/34

12:道が通れないのなら……

 


 馬車は進み、坂をのぼり……、だがその途中で止まってしまった。


「通行止め?」

「はい。今朝、建物が崩れて道が塞がってしまったそうです」

「建物が? 怪我人はいるのか?」


 ユーリが慌てた様子で尋ねれば、フリーデルが「無人の建物で大事はないようです」とそれを宥めた。

 フリーデルの隣には一人の男性が立っている。どうやら道の先で行われている工事の責任者のようで、まさか王子が来るとは思っていなかったのだろう申し訳なさそうに頭を下げた。

 曰く、道の先に古びた建物が一つ残されており、今朝方それが崩れていまだ道を塞いでいるという。坂の途中という不便な場所ゆえ撤去や整備に時間が掛かっているらしい。


「そうか、怪我人が居ないなら何よりだ」

「申し訳ありません……、まさか王子が来られるとは思っておらず」

「いや、前もって確認しなかった俺の責任だ。工事の方、引き続き怪我人のないよう励んでくれ」


 ユーリが告げれば、工事の責任者が恭しく頭を下げた。


 そんな彼等のやりとりをクレアは少し離れた場所で聞き、道の先を眺めた。

 坂道が続いている。頂を見上げれば先程遠目にあった神殿。

 実際の距離はそう遠くは無いが、なにせ高さがある。

 道が真っすぐ上を目指さず時折迂回しているのは、きっと坂の急勾配に馬車が耐えられないからだろう。その道も狭く、なるほどこれでは予期せず建物が崩れれば通行止めにするしかない。


「他に上に登る道は無いのかしら?」


 景色を眺めながらクレアが呟けば、御者台を眺めていたヴィンスがそれを聞きつけたのか近付いてきた。


「ヴィンス、ご苦労様。御者台はどう?」

「面白いです。設備はもろんですが、馬もリズベール国の馬とは違いますね。フリーデル殿の話では、騎士隊の中には騎乗し戦うことを得意とする隊もあるそうです。市街地の広場には馬が店を運ぶ移動型のキャラバンというのも来るそうで、馬の躾方もそれぞれ違うと話していました」

「そうなのね。今度それも見させてもらえると良いわね」


 よほど興味深かったのか、ヴィンスはいつもより饒舌だ。

 クレアは彼の話を微笑ましいと聞き、次いで話が道のことになると「他の道は?」と尋ねた。


「馬車が通れる道はここのみ。人が通る道は地元の者と工事関係者が優先的に使っているそうです」

「ここに住む人達にも生活があるんだし、私達が使ったら邪魔になってしまうわね。それなら裏手はどうなのかしら」


 今いる側とは反対側。ぐるりと回るため時間は掛かるが、別のルートがあるのではないか。

 そうクレアが問えば、話が聞こえたのか工事責任者の男が「それは無理ですよ」と声を掛けてきた。


「裏手は崖なんです。崖崩れが起きないよう必要最低限の整備はされておりますが、馬車どころか人が登る道もありません」

「崖?」

「それもまさに断崖絶壁と言えるほどです。その下には何も無く、訪れる人も滅多に居りません。面白みのない殺風景な土地の先に森があるだけです」


 彼の話す『森』とはリズベール国がある森だろうか。だとすると確かに国境の草原と合わせて何もない広い土地だ。

 行っても無駄足になるだけだと男が暗に告げてくる。

 彼の話を聞きながらクレアは「崖……」と呟き、次いで道の先、高台の頂きを見上げた。

 白い建物。青空の下で見るそれはまるで純白の雲から創り上げられたかのようだ。フォーレスタ国の国民は信仰に重きを置かないと聞くが、それでもあの神殿が今日まで美しく健在なのはそこに神秘性と神々しさを見出しているからだろう。


 だがそこに辿り着くまでの道は塞がっている。

 そして反対側は崖……。


「それなら、崖を登りましょう」


 あっさりとしたクレアの提案に、男が眉根を寄せた。


「崖を……?」

「えぇ、崖なんですよね。上まで登ればよろしいじゃありませんか」

「話の最中に失礼!!」


 クレアの話に割って入ってきたのはユーリだ。

 彼はぐいと強引に男の腕を掴むとそのまま連れていってしまった。去り際の「少し待っていてくれ」というユーリの言葉に、クレアはきょとんと目を丸くさせるだけだ。

 次いで隣に立つヴィンスを見上げた。彼も不思議そうにユーリ達が去っていった先を見ている。


「ねぇヴィンス、私、何かおかしなことを言ってしまったかしら?」

「いえ、俺は別に何も気付きませんでしたが。……フリーデル殿、何かおかしなことがあったでしょうか」


 ヴィンスがフリーデルに声を掛ける。

 彼は今の今まで無言で他所を向いていたが、ヴィンスに声を掛けられると小さく唸り声をあげた。それでも他所を向いている。首を痛めかねないほどだ。

 不審に思いヴィンスが彼に近付いて顔を覗き込もうとするも、フリーデルが更に首を捩じるように顔を背けた。そろそろ首回りを傷めかねないほどだ。


「フリーデル殿、どうしました」

「……」

「フリーデル殿、聞こえておりますか?」

「…………」

「……答えられない、という事でしょうか。それはつまり……。なるほど、今のうちに高台の裏手に回って崖を登ってこいということですね」

「どうしてそうなる!」


 フリーデルが声を荒らげ、次いで諦めたと言いたげにクレアに向き直った。

 随分と疲労を感じさせる表情だ。彼はここまで御者を務めていたが、それほど疲れてしまったのだろうか。


「フリーデル、どうしたの?」

「……いえ、なにも」

「ところで、先程の会話でなにか失言があったかしら。どうしてユーリ様は彼を連れていったの?」

「クレア王女が崖を登ると仰ったからです」

「崖を? それのどこがおかしいの?」


 わけが分からず、クレアは首を傾げるしかない。

 対してフリーデルは盛大に溜息を吐き、改めるように「クレア王女」と名前を呼んできた。


「本気で崖を登るおつもりですか?」

「えぇ、行って良いのなら今すぐに」

「どうやって」

「どう、って……。よいしょ、よいしょ、と登るのよ」


 クレアが説明すれば、フリーデルが数度瞬きをし……、そしてガクリと項垂れてしまった。

 彼から漂う疲労の気配がよりいっそう色濃くなったように思える。この反応にクレアは「あら?」とまたも首を傾げた。


 自分はそれほどまでにおかしな発言をしただろうか。

 ただ崖を登れば良いと言っただけだ。道が使えず崖しかないのだから、諦めるか登るかの二択のはず。

 なのになぜ……、


 そう考え、はっと息を呑んだ。


「そういう事だったのね……、いやだわ私ってば!」


 気付くや羞恥心が沸き上がり、クレアは慌てて頬を押さえた。そんなクレアをフリーデルが怪訝そうに顔を上げて見つめる。

 対してヴィンスはいまだわけが分からないと言いたげで、「どうなさいました、クレア様」と視線を向けると同時に尋ねてきた。


「崖を登るなんて、私、スカートなのに何てことを言ってしまったのかしら!」


 今日のクレアの装いは刺繍の入ったシャツと品の良いスカートだ。これは離れに用意されていたもので、離れのクローゼットには今着ているものの他にも華やかな衣類が何着も用意されていた。その中でも一番のお気に入りである。

 そしてスカートの下はもちろん下着だ。

 この服装で崖を登ればどうなるか……。下からは丸見えだ。いや、もし吹き上げるような風に煽られればスカートが大きく捲れ、下から丸見えどころか並んで登っている人にも見えてしまうかもしれない。


「下着を見られるのを厭わない、はしたない女だと思われたかしら。急いでユーリ様の誤解を解かなくちゃ!」


 クレアが慌ててユーリの元へと駆け寄れば、ヴィンスがなるほどと頷き、その隣ではフリーデルが何か言いたげにし……、そしてまたもガクリと肩を落とした。



 ◆◆◆



 そんなやりとりをする三人とは少し離れた場所で、ユーリは工事関係者の男に説明をしていた。

 もちろん先程のクレアの発言についての説明だ。そしてこれまたもちろん事実を話すわけがないのだが。


「彼女は異国の来賓だ。彼女の国は平地の森が広がっていて、崖と言っても少し岩が連なっている程度しかない。運動神経に自信のある者なら楽に昇れる高低だ。きっと今も、高めの岩が階段状になっている光景でも想像しているんだろう」

「ははぁ、なるほど。それで崖を登るなんて仰っているんですね」

「そういうことだ。だから不審に思わず仕事に戻ってくれ。怪我のないよう頼むぞ」


 よろしく、とユーリが告げれば、男が恭しく頭を下げて去っていく。

 その後ろ姿を見届けたユーリが深く息を吐き……、そのタイミングでクレアは彼へと駆け寄って声を掛けた。


「ユーリ様!」


 と、声を掛ければユーリの肩がびくりと大きく跳ねた。


「な、なんだっ!? 崖なら登らないぞ!」

「えぇ、もちろんです。私ってばとんでもない事を言ってしまい、申し訳ありません」

「……そうか、分かってくれたのか」

「はい。スカートで崖を登るなんてはしたない行為を口にしてしまいました。リズベール国に居た時は、高所に登ったり飛び降りる時はきちんとした服装をしておりましたのに、つい、ユーリ様とのお出かけが嬉しくて……」

「飛び降りたりもしてるのか……。え、でも俺と出かけることが嬉しい……?」


 ユーリの声が一瞬明るくなる。表情も嬉しそうな色を宿し、頬が少しばかり染まる。

 だが次の瞬間、クレアを追ってきたフリーデルの盛大な咳払いに我に返ると話を改めた。――フリーデルの咳払いはそれはそれは盛大で白々しいものだった。だが隣に立っていたヴィンスは彼が喉を傷めたと思い、案じて飴を差し出した――


「えぇっと、それで……。そうだ、崖の話だ」

「はい、崖を登る話です。私から言い出しておいて申し訳ないのですが、今日の装いでは崖を登れないので諦めて頂けませんか?」

「うん、そうだな。仕方ない。このまま戻ろうじゃないか」

「もしくは、私は馬車で待っておりますので、ユーリ様はフリーデルとヴィンスを連れて崖を登ってきて頂いても構いません」

「いいや! それは駄目だ! ほら、君を一人残しておくのは不安だ」

「あら、私一人で留守番くらいできますよ」

「……うん、出来るだろうな。何があっても大丈夫そうだ。だけどほら、工事の報告に気付かずに馬車を出してしまったのは俺の落ち度だ。それなのに君を置いていくなんて出来ない。それに今日はクレア王女に海を見せるために来たんだから、君が居ないと意味がない」

「ユーリ様……。ではまた連れてきてくださいますか?」

「あぁ、もちろんだ。次はちゃんと工事報告書をチェックしてから来よう」


「約束ですよ」「あぁ約束だ」と。言葉を交わす二人の声は、目的地を前に引き返すとは思えないほど穏やかで嬉しそうだ。

 見守っていたヴィンスは起伏の少ない顔付きでそれでも微笑まし気に、貰った飴を舐めていたフリーデルは肩を竦めつつ、彼等を見守っていた。




次話から12時・19時更新になります。

※12時・18時更新予定でしたが、12時・19時更新に変更しました。

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