11:家族の姿
フォーレスタ国にきた当初、ユーリは『申し出があれば散歩も認められる』と言っていた。
事実、クレアが少し外の空気をと希望すれば、彼はすぐに外出の届けを持ってきてくれていた。
最初は離れの周辺の散策だったが、しばらくすると許可を求めずとも出られるようになり、その頃には許可を取れば王宮の敷地内を歩けるようになっていた。ユーリが少しでもクレアが自由に過ごせるようにと働きかけてくれているのだ。
おかげで、三ヵ月が経つ頃には市街地にまで足を運べるようになっていた。
といってもさすがに市街地に出る時は要申請のうえ監視付きだ。
フォーレスタ国においていまだクレアは『異国の王女』でしかなく、警戒している者は少なくないという。
もっとも監視役は常にユーリが買って出てくれるため、二人で出掛けるか、もしくはヴィンスとフリーデルを加えて四人で行動するだけである。
この日も、海を見てみたいと言い出したクレアのためにユーリは馬車を出してくれた。
コーチの中にはクレアとユーリのみ。御者をフリーデルが勤め、ヴィンスは興味があるからと彼と共に御者台に乗っている。
「離れに来てくれるメイドが高台に登ると海が見えると教えてくれたんです。私、海を見たことがなくて」
「そうか、リズベール国は森に囲まれているからな」
「はい。国民にも海を見た者は殆ど居ないと思います。なので、どうしても……。ユーリ様のお手を煩わせてしまい申し訳ありません」
「いや、俺も執務が詰まってて気晴らしを求めてたところだ。むしろどこに行こうにも俺が付きまとって申し訳ない。息苦しいだろう」
出来れば一人で、それは叶わなくても気心知れたヴィンスと出掛けさせてやりたい。だが王宮内にはいまだクレアを疑う者が居り、自由に出歩かせることが出来ない。
現状、クレアが許可も関係無しに出られるのは離れの周辺だけだ。これを不便と言わずに何と言う。
そう詫びるユーリにクレアは慌てて彼を宥めた。
「そんな、ユーリ様が謝ることではありません。むしろここまで良くして頂いて感謝しております」
「そうか……。気を遣わせてすまない」
「いえ、気を遣ってなんて……。それにユーリ様と出掛けるのは楽しいです」
「俺と出掛けることが?」
「はい。ユーリ様は私にこの国の事を教えてくださるでしょう? 用意されていた書物や資料はもちろん目を通しておりますが、そういったものには書かれていない、今この国で生きる者の話こそなにより国への理解に繋がります」
彼なりの気遣いなのか、外出時にユーリは道案内役もこなしてくれる。
右も左も分からぬクレアには彼の案内は有り難く、そしてユーリは道案内だけではなく様々な話をしてくれる。
建物を見ればフォーレスタ国の建築技術の説明を、美術館を通りがかった際には著名な画家や流行の絵画についてを。そういった知識面での情報もあれば、時には若者の間で人気の店や、彼が贔屓にしているカフェに連れて行ってくれることもある。
花屋の店先でクレアが珍しい花を眺めていた時は、その花の名前と花言葉を教えてくれた。さらには翌日メイドが「ユーリ様からです」とその花を離れに持ってきてくれたのだ。
そういった小さな話を積み重ね、知識を思い出とすることで国への理解を深めていく。
歴史や情勢とは違う。数字や文字を頭に詰め込んだ理解とも違う。今この瞬間、この土地で生きる者としての理解だ。
そうクレアが話すと、ユーリはしばし呆然としたようにクレアのことを見つめてきた。
「ユーリ様、どうなさいました?」
「……え、あ、いや。なんでもない。そんな風に思って貰えて嬉しいよ……。あ、えっとあの高台に上がると海が見えるんだ」
ユーリが照れ臭そうに頬を掻きつつ、窓の外へと視線をやった。
窓の外の景色はいつの間にか自然溢れるものに変わっていた。
遠目に高台が見える。元は山だったのだろうか。頂きを目指すように一本の道が続き、それに沿うように点々と家屋や施設が立っている。その先には一際大きな建物。
遮るものもなく青空の下にそびえ建つ様は、どういった施設なのか聞かずとも神聖なものだと分かる。
聞けばかつては神殿として祭事に使っていたらしい。だが今は殆どを王宮で済ませるようになり、ただ景観のために残しているのだという。
「美しい場所なんだ。ステンドグラスが天井を覆っていて、晴れた日には建物内すべてが鮮やかに光る。テラスは建物を一周できるようになっていて、遠目に海が見えて……、もしかしたらリズベール国も見えるかもしれないな」
「リズベール国が?」
「あぁ、だが見えたとしても森に覆われていて判別はつきにくいだろうけど。でも建物内には望遠鏡もあったはずだ。小さい頃は望遠鏡を借りてよく海を見ていたんだ」
幼い頃、ユーリは頻繁に神殿を訪れていた。
当時すでに建物本来の役割は失っていたが、それでもステンドグラスとテラスからの景色を気に入り、時間があると訪れてはその美しさに見入っていたのだという。
「日中に訪れればステンドグラスが輝いて、夕方に訪れるとゆっくりと日が海に沈んでいき星が輝くのがテラスから見える。小さい頃はずっと見ていたよ。誰も来ないから静かに過ごせるんだ。……フリーデルはよく寝てたけど」
王子がステンドグラスを見上げ望遠鏡を覗いて景色の美しさに見入っている傍らで、側仕えの騎士は長椅子に引っ繰り返って眠っていたという。
麗しい少年二人が並んで景色を眺めれば様になっただろうに。どうにもフリーデルは見た目の麗しさに反して精神的には粗暴な一面があるようだ。騎士らしいとも言えるかもしれないが。
「生まれた時からずっと共に居るが、どうにもあれとは趣味が合わないんだ」
「そうでしょうか、仲がよろしいように見えますが……」
「まぁ、王宮内で気兼ねなく話が出来るのはあいつぐらいだから、そういう意味では気が合うのかもしれないけど」
「……フリーデルだけですか? ご両親やご兄弟とは?」
ユーリの両親も兄達も健在だ。彼が自ら第七王子と名乗っているように、上に六人兄がいる。更に姉は二人と、弟と妹も数人。聞けばユーリの父である現王には複数の妻が居り、それにゆえに兄弟が多いのだという。
疑われて離れで暮らしているクレアはいまだ彼等とは挨拶出来ていないが、いずれ正式に認められれば顔を合わせることになるだろう。
彼等とは話はしないのか? そうクレアが問えば、ユーリは何とも言い難い表情で肩を竦めた。
「一応、謁見や報告の際には家族らしくはするが、そこまで親しいわけじゃないな」
「謁見? 家族なのに?」
「父上や母上は忙しい方だし、兄達もやるべきことがある。もちろん執務や政策には支障がないよう連携は取れているし、俺は比較的こまかに報告をするから、家族とは顔を合わせている方なんじゃないかな」
ユーリの口調は淡々としている。……淡々とし過ぎている。
『執務や政策に支障』だの『報告』だの。本来家族とはそういったものとは別に顔を合わせて共に過ごすものではないのか。
クレアの両親も国を統べる身として多忙だったが、クレアのために時間を取ってくれていた。共に食事をし、他愛もない会話をし、散歩をしては移り行く自然の景色を共に眺めていた。
王族ではなく、国を統べる一族としてでもない。ただ家族として過ごす時間。そんな時間がユーリには無かったのか……。
そのうえ彼は『どちらかと言えば乳母の方が母に近い』だの『兄弟よりフリーデルと共に過ごしてきた』とまで言うでは無いか。
これにはクレアも胸を痛め、そして痛めると同時に、密かに胸の内で決意を宿した。
「ユーリ様……」
「ん? あぁ、しまった、また君に気を遣わせてしまったな。別に寂しいとかそういうのは無いんだ。俺にとっては普通の事だから、そう悲しそうな顔をしないでくれ」
「かしこまりました。……では、改めて」
悲しそうな顔をしないでくれ、と頼まれ、ならばとクレアは一度深く呼吸をし、今度はキリリと表情を改めてユーリを見上げた。
この表情の変化に気付きユーリが身構える。そのうえクレアが先程より強めに「ユーリ様!」と彼を呼べば、気圧されたのか「はい!」と返事をしてきた。
「私、嫁いできた身ではありますが、子供はリズベール国の方針に従い育てさせて頂きます!」
「……リズベール国の方針?」
「はい。食事は共に、夜は子供が寝付くまでベッドの横で見守ります。もちろんおやすみのキスも忘れてはいけません。多忙で共に過ごせない日が続くことは致し方ありませんが、その後には共に過ごせなかった時間の分、抱きしめるんです」
「……それがリズベール国の子育てか?」
「そうです。もしも乳母に全てを丸投げさせろと仰るのなら、その時は……」
こちらにも覚悟がある、と言いたげにクレアがユーリをじっと見つめた。
その瞳から決意を察したのか、ユーリがぎょっとした表情を浮かべ、慌てた様子で「従う、もちろん従うよ!」と同意を示してきた。
彼の理解が得られたとクレアがほっと安堵する。……まさかユーリの脳裏で、己が片手で赤ん坊を抱え、もう片手で馬車を持ち上げているとは思いもせず。
次いでクレアははっと息を呑むと慌てて頬を押さえた。自分の頬が熱をもっていくのが分かる。
なにせ……、
「私ってば、結婚もまだなのに子供だなんて気が早い話を……!」
ただでさえ自国のしきたりを守り結婚を待ってもらっている身なのに、子作りどころか子育てを語ってしまった。
気が早いと思われただろうか。もしかしたら待たせている身でと不敬に取られるか、勝手に決めるなと怒られるか。それとも早々に子供の話なんてはしたない女だと思われるだろうか。
だが案じるクレアを他所に、ユーリはしばし呆然とし……、そして笑い出した。
楽しそうに、声をあげ、腹を押さえて。
クレアがきょとんとしている事に気付くとさすがに笑みを噛み殺そうと口を手で覆うが、それでも呼吸を詰まらせて肩を震わせている。挙げ句、よほど面白かったのか指先で己の目尻を拭った。
「笑ってすまない。だが突然子育てについて語ったかと思えば、今度は恥じらって……」
「落ち着きの無い女だと思われましたか?」
「まさか。見ていて楽しいと思ったよ。……実を言うと、そういう家庭に憧れてはいたんだ」
「憧れですか?」
「あぁ、家族で一つのテーブルに着いて食事をする。他愛もない話をして、子供は親に見守られ彼等の声を聞きながら眠りにつく……。知識としては知っていたけど、俺にとっては別世界の、それこそおとぎ話の中の『家族』だと思っていた」
話しながら、ユーリがふと他所へと視線を向けた。
窓の外、既に景色は自然溢れるものに変わっており、一組の親子が手を繋いで歩いている。
近くに住んでいる親子が散歩でもしているのか。その姿は周囲の自然と合わさって絵になっており、なんとも微笑ましい。
「そんな家庭に憧れるのも『夢見がちな王子様』だからと思っていたけど、魔法だってあるんだ、俺がそういう家庭を築いてもおかしな話じゃないんだな」
ユーリの口調はクレアに話しかけるというより、自分に落とし込んでいるような色合いがある。
そんな彼を見つめ、クレアは柔らかく微笑んだ。




