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ダンジョンブレイクお爺ちゃんズ★  作者: 双葉鳴
一章 お爺ちゃん、ダンジョンに潜る
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閑話 今川巡査視点

 俺はその日、警視総監と懇意にしている大企業のお偉いさんと行動を共にすることになった。

 正直、あまりいい感情を抱けずにいる。


 無論、その人の人格に問題があると言うわけではない。

 世代の認識の違い、それに尽きる。


 我が家の祖父、今川義夫は何かにつけて口うるさい、小言の多い人だった。

 代々警察官を輩出している今川家で、祖父の父親もまた警官だ。

 祖父の頃までは叩き上げで、リアルでの生活の苦労も耳にタコが出るくらい聴かせられたものだ。


 しかし親父の世代では活動場所がVRに移行した。

 現場は会議室に移行し連絡の高速化に伴い、警察官の活動内容も大きく変わった。


 祖父の義夫はそれが気に食わなかったのだろう、その日を境に自分の若い頃の話だけを持ち上げた。

 それに伴って声の大きくなる「警察の在り方」が耳に煩わしく感じたのだ。

 俺にとって、第一世代というのはVR環境に適応できない時代遅れの化石。

 そういう認識だった。



「足元、気をつけてね。周囲の確認はできる? 最初は耳鳴りがひどいだろうけどすぐに良くなるよ」



 けれどダンジョンに入ってすぐ。

 こちらを伺う声かけは鬱陶しくも、有り難かった。

 正直、目の前が真っ暗で頼りになるのは身一つ。

 要警護対象が二人も居る。土地勘もなく、不安ばかりが込み上げた。


 事前情報で銃火器の類は扱えないと聞かされていた。

 ペンライトを持ち込むも、点灯する気配は見せない。

 ここでは俺が唯一の戦力。

 弱音を吐くことは許されなかった。



「そちらこそ、足元気をつけてくださいよ? もうお年なんですから」


「ご心配ありがとう。こう見えて健康には気をつけてるから平気だよ」



 何を呑気なことを、と思う。

 本当ならダンジョン入り口前の警戒任務だけで良かったのに、一緒に同行せざるを得なくなったのは誰のせいだと思ってる。

 喉元まで出かけた言葉を、なんとかして飲み込んだ。

 

 無碍に扱えば出世の見込みはなくなる。

 上司から言われて、出世レースに飛びついたのは己なのだ。

 慢心と油断が胸中で混ざり合った。


 初めて接敵した敵対生物はスライムだった。

 それは暗闇の中で唯一の光源。

 鮮やかに明滅するそれに、警棒を握る手に力が入る。



「どうしたの、ほら。攻撃しないと」



 付き添いの老人の声掛け。

 俺は一歩も動けずにいた。

 その間もスライムは距離を詰めて地を這ってくる。

 ゲームだったら、死んでも生き返ると言う安全がある。

 が、ここはリアル。

 もし自分が第一打を失敗したら、次に狙いを定めるのは後ろに控えている老人二人組。一人はよく知らないが、もう一人は上司の懇意にしている相手だ。

 怪我を負わせようものなら、エリートコースから脱落することを意味した。

 失敗は許されない。



「やぁ!」



 自分より背の低い相手への攻撃。

 マニュアルにはない為、腰が引けて威力が乗らなかった。

 スライムにもあまりダメージが通ってるようには見えず、手応えもない。

 そのスライムに、動きがあった。

 左右に飛散した肉体が泡立ち、後ろに控えていた老人Bに向かって飛び上がったのだ。



「!」



 俺はすぐに動き出せなかった。

 死んだ。自分の失態で死なせてしまった。

 生い先短い命といえど、失態は失態だ。

 しかし、その老人はスライムを一瞥するなり手にしていたパタークラブを縦に構えて振り下ろした。



「──コアクラッシュ」



 ヒュパッ

 空気を切り裂くような一撃がスライムに振り下ろされる。

 たったの一撃でスライムは絶命したのだろう。

 光源であったスライムはその肉体を維持できずに溶解し、再びあたりに暗闇が訪れた。

 そしてレベルアップの脳内アナウンスが響く。

 同行してる相手の誰かがモンスターを倒せば、レベルが上がる仕組みのようだ。



「お怪我はありませんでしたか?」



 ニコリ、と笑顔を向けられて羞恥心を覚えた。

 あれだけ自分本位に動いた結果、守られたのは自分の方で……



「ドロップアイテムを落としましたよ。ほら、これがスライムコアです」


「ゴミではなくて?」



 老人はまるでそれが何かわかってるような口ぶりで手渡してくる。

 意味がわからない。

 それよりも、なぜそんなことを知っているかの方が気になった。

 先ほどの技名だって、現実にはない。

 まるでゲーム的な要素だ。


 そこで質問をした結果、眼前の二人こそがダンジョン先駆者であることが判明する。

 本当はクリアするまで隠し通すつもりだったようだ。

 曰く、若い俺たちに花を持たせる為だと言う。

 だというのに俺ときたら、第一世代だからとどこか馬鹿にして見下していた。

 自分が恥ずかしくなり、それでも先駆者からの経験則に教えを乞う機会を得た。

 本人達も喋りたがっていたが、名前に関しては秘匿してほしいとお願いされた。



「どうしてです? 名を出せばダンジョンの立役者として功績を認められるじゃないですか」


「それを望んではいないからだね。私は現在養ってもらっている立場だ。娘夫婦がいて、孫娘だっている。変に持て囃されて家族に迷惑をかけたくないんだ。生い先短い人生だからね。そう言う手柄は君たちが役立てなさい」



 それを聞いて、自分の浅慮さを恥じた。

 エリートコースに憧れ、出世することだけを目的としてきた俺。

 けれど俺たちの背を後押ししようと気遣う先達の気持ちを受け取り、目頭が熱くなる。



「思えば、俺の祖父もそう言う気持ちだったんですかね」



 俺はいつの間にか祖父との思い出を語っていた。

 大手企業の社長はうんうんと頷き、もう一方は流石に押しつけが酷すぎると全く違う顔を見せていた。

 そこで俺は初めて二人の名前すら知らないんだと非礼を詫びた。

 事前に名前を聞いてはいるが、頭に入れるほどではないと言う認識だった。

 大手企業の社長は寺井さん。もう一人は笹井さんと言った。



「今川君のお爺さんの気持ちもわかるな。僕も孫には少し甘い顔をしてしまうが、基本は放任だね。こう言うのは手探りで手繰り寄せるのが基本だから。マニュアルがあって当然の世代だと、前のめりに執り行うことがなくてダメだ。ね、笹井さん?」


「そんなことないと思うけどね。今川君、こうやって理想を押し付ける大人になってはいけないよ? この人、自分が有能だからって他の人にも自分と同じことをしろって言って引かれてるんだ。私は彼の息子さんの苦労を知っているからね。真に受けてはいけないよ?」


「は、はぁ」



 ただ、つるんでるから仲良しなのかと思ったら腐れ縁みたいに隙あれば詰り合いをしているのが目についた。

 ご本人達はそんなことはないと否定してたけど、どっちの言葉を信じたものかと本気で悩んだのを覚えてる。


 実際、入手した情報はどれも有用なのだ。

 これが第一世代なのか、と思い知らされる気持ちだった。




 そんな話を祖父に話すと、



「桜町の笹井さん? お前、あの人に会ったのかい?」



 いつになく上機嫌な祖父。

 例の御仁は祖父の恩人なのだそうだ。

 まだ駆け出しだった祖父が、張り込み先で親身になって相談に乗ってくれたのがその笹井さんだそうで、笹井さんの話をする時の祖父はいつもの頑固ジジイではなくなっていた。

 当時を思い出したかのように、若かりし時代に気持ちが蘇っていく雰囲気を滲ませる。



「なぁ、国広」


「なんだいじいちゃん」


「俺もそのダンジョンていうところに行けばあの人みたいにできるのかねぇ?」



 いったいどれほどの有名人なのかと詳しく聞けば、色んな意味で話題の渦中にいる存在だったそうだ。

 社会人になった後、進む道は違えどいつでも手を貸してくれる憧れの先輩だったそうだ。

 そんな人と一緒に探索した。

 祖父にとっての憧れの人。

 そう言われて俺は、初めてすごい人とご一緒したのではないかと自覚する。



「今はまだ待って欲しい。まだ法整備も整ってないんだ。でも、第一世代だからって拒否は出来ないのも事実かな? 俺は寺井さんや笹井さんを見ちゃってるからなぁ。きっと爺ちゃんだって前に立てると思うよ」


「まぁ、その時が来たら教えてくれ。俺はそれまで鍛え直してくらぁ」



 あの祖父が、過去の栄光に囚われていた祖父が。

 笹井さんに当てられてやる気を漲らせていた。

 これはうかうかしてたら第一世代に全ての功績を掻っ攫われるのは時間の問題かもしれないぞ、と謎の危機感を覚えるほどだった。





「よ、昨日は災難だったな」



 翌日、同僚の後座候に日誌を渡されながら挨拶をされた。

 災難という心当たりはないが、それはきっとあの人たちをよく知らないから出てくる言葉だろうと思う。



「後座候も付いてくれば良かったのに」


「そうやって人を巻き添えにしようとすんな。まぁ、お偉いさんと顔繋ぎできて良かったじゃねぇか。エリートコースも安泰か?」


「茶化すなよ。俺たちの世代は現場を体験してないんだ。現場を知って、それどころじゃないと考えさせられたよ」


「お、どんな情報を仕入れてきた?」


「そうだなぁ」



 俺はVRでは体験できない臨場感を語った。

 同僚には吹かしてると信じてもらえなかったが、世代の差でこうも探索に影響が出るとは思わないというのが俺の認識だ。


 VRゲームにだったらついてて当たり前の補助機能がついてこない。

 そんな当たり前のことに、直面するまで気づかなかったのだ。

 序盤にそこに気づけたのは大きい。


 実際、警察官だけでダンジョンアタックした際。

 俺以外の誰もが最初の暗闇で脱落した。

 声を掛け合って励まし合うこともせず、勝手に前に出て油断して戦況を見誤る奴らが続出した。


 ゲーム慣れしてるからと、リアル慣れしていない差が如実に出たのだ。



「結局お前がトップか、今川」


「先達から良い経験を積ませてもらいましたので」


「そうか、これからも期待してるぞ?」


「ハッ」



 直属の上司である蜂楽さんも、父親同様現場を知らない。

 現場の判断がものをいうリアルが今、現実に面してる状況で。

 俺たちに取れる手段は効率でも、目に見える功績でもなく。


 もしかしたら最も泥臭い試行錯誤なのかもしれない。

 柄にもなく、そう思った。

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