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10年前のお話 2

クロエのお父さん、ルーカス視点のお話です。

「しまったな……」


すっかり暗くなってしまった森の中をランプで照らしながら、急足で進んでいく。


今日は自分が作ったアクセサリーや小物などを売るために、アストレア公爵領の隣にあるミラー伯爵領のとある街まで出向いた。今はその帰り道だ。

本当はもう少し早く帰るつもりだったが、知り合いと話し込んでこんな時間になってしまった。


もうすぐ森を抜けるというところで、目の端に光る物が見えた。何だろうと、立ち止まりその光る何かへとランプを向ける。しかし、暗くてよく見えない。少し近づいてみると、女性が倒れているのが見えた。


「おい!大丈夫か⁉︎」


慌てて駆け寄り、その女性を抱き起こす。服はボロボロで、体中傷だらけだ。幸い息はしている。


「よかった……!生きてる!」


しかしホッとしたのも束の間、よく見ると彼女の頭からは血が流れている。

俺は慌てて自分の服を破り、その傷へ押し当てる。しばらく止血を試みるが、なかなか止まらない。


「くそっ!」


俺は彼女を背負い走り出した。




「先生!いるか⁉︎」


俺は自分の住んでいる街、ポーラまで戻ってくると街唯一の医者であるルイ先生の元へと駆け込む。


「どうした、ルーカス!こんな時間に。」


驚いている先生に事情を話し、彼女を診て欲しいと頼む。先生は一瞬目を丸くしたが、すぐに医者の顔になり、素早く彼女を治療していく。


「……これでいいだろ。傷の手当ては大体終わった。頭の傷も幸い命に関わるものじゃなかったから、安心しろ。」


先生のその言葉にホッと胸を撫で下ろす。


「それで、彼女どうするつもりだ?どこの誰かもわからないんだろ?」

「……そうだけど、放っては置けない。とりあえず、目が覚めるまでは俺の家で様子見るよ。……本当にありがとう、先生。」

「気にするな、これが俺の仕事だ。」


俺はもう一度先生にお礼を言って、まだ意識のない彼女を抱きかかえて家へと急いだ。



家へと戻り、彼女をそっとベッドへと寝かせて一息つく。

とりあえず何かあってもすぐ対処できるように、ベッドの脇に椅子を持ってきてそこに座って彼女を見守る。


彼女のことをぼんやりと眺めていると、彼女の首元で小さくキラリと光る。

どうやら、青い綺麗な石がついたシンプルなネックレスが、ランプの灯りに反射して輝いたらしい。


「なるほど、森で見たのはこの光か。……お陰で、この子を救えたよ。」


まるで俺の言葉に応えるように、ネックレスはもう一度キラリと輝いた。




翌日、彼女は目を覚ました。


目を覚ましてくれた事は本当に良かったのだが……。


「……名前がわからない?」


彼女はこくりと頷く。


俺は目を覚ました彼女に、無理のない程度に彼女自身の事を尋ねた。しかし、彼女は自分が何者でどこに住んでいるのか、家族や親しいかった人の名前も、どうしてあの森で倒れていたのかも、何もかも覚えていなかった。

……これでは彼女を家へと帰せない。


どうしたものかと、頭を抱える。


「ごめん、なさい……。迷惑かけて。」


そんな俺に、彼女は謝る。ギュッとシーツを握っている手は震えていて、今にも泣き出しそうな表情だ。


(ああ、そうだ……今1番辛くて不安なのは記憶をなくし、自分の事すらわからない彼女自身じゃないか。)


そんな彼女を見て、俺は覚悟を決める。


「……記憶が戻るまでここにいると良い。」


俺の問いかけに彼女は、綺麗な薄紫色の目をまん丸にして驚く。


「……いいの?」

「ああ。」

「………記憶、戻らないかもしれないよ?」

「……それなら、ずっといれば良い。」


震えている彼女の手を、上からそっと自分の手で包み込んでそう言えば、彼女の瞳から涙が溢れる。けれど僅かに微笑んで「ありがとう」と呟いた。


「とりあえず、キミは傷を治す事を最優先で考えて……今思ったけど、ずっと「キミ」って呼ぶわけにはいかないよな。」


彼女の涙をそっと拭いながら、ふと気づく。

これから一緒に暮らすのだ、名前がないのはたぶん不便だろう。


「……そうだな、君のことエリーって呼んでもいいか?」

「……エリー?」

「そう、光って意味らしい。……君の未来に光があるようにって願いを込めて。どう?」

「エリー……ええ、とても気に入った。ありがとう。」


俺の考えた名前を気にいってくれたのか、彼女……エリーは、嬉しそうに頷く。

それに俺も笑顔で返す。


「それじゃあ改めて、これからよろしく。エリー。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。ルーカス。」


こうして、彼女との生活が始まった。





そして、エリーを森で助けてから半年以上が経った。


怪我もすっかり良くなった彼女は、家の事を手伝ってくれるようになった。

最初は料理も洗濯も上手くできなかったが、今では彼女1人に全て任せられるまでに上達した。


しかし、未だに彼女の記憶は戻らない。


最初こそは記憶がない事を悲観していた彼女だが、たぶんもともと明るい性格だったのだろう、今では記憶がない事など関係ないというように毎日を楽しそうに過ごし、よく笑うようになった。

そんな彼女と過ごす日々は俺にとっても楽しく、心地良い。


いつしか俺は彼女のことを好きになっていた。




ある日の夕食後。俺は用意していた指輪を差し出しながら、覚悟を決めて口を開く。


「……好きだ。俺と、結婚してくれないか?」


ムードも何もなく、飾りっ気のない俺の告白に彼女は一瞬驚くが、すぐに笑顔で頷き俺に抱きつく。


「私も、好きよ。ルーカス。……私でよければ、喜んで。」


その言葉を聞いた瞬間、嬉しさが込み上げてくる。俺は彼女を力一杯抱きしめた。



そして月日は流れ。俺とエリーの間に子供が生まれた。

名前はクロエ。

髪の色は俺譲りで、瞳の色はエリー譲りの可愛らしい女の子だ。


クロエを腕に抱きながら嬉しそうに微笑む彼女を見て、俺は願う。

いつまでもこの幸せがつづくように、と。

読んでいただいき、ありがとうございました。

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