10年前のお話
クロエのお母さん、アリス視点の物語です。
これは、クロエ達が生まれる少し前のお話。
「まったく、お父様もお母様も本当に過保護よね。疲れて体がだるいだけって言ってるのに、わざわざ保養地に行って療養してこいだなんて。」
保養地があるミラー伯爵領からの帰り道、私は馬車に揺られながらため息を吐く。
そんな私に目の前に座っている侍女のニナが、ふふふ、と笑いながら答える。
「旦那様も奥様も、アリスお嬢様のことがとても大切なんですよ。それに、保養地も良いところだったではありませんか。」
「確かにそうなんだけどね。でも、クロイツ領から遠いんだもの。行きも帰りも退屈で……。」
そう言いながら、座席の背もたれに体を預ける。
「……今どの辺りかしら。」
「もうすぐ伯爵領を抜けて、アストレア公爵領に入ると思いますよ。」
「アストレア領……ねえ!帰る前にクラリスとクラウドの所に寄るのはどう?」
「お嬢様、突然の訪問はいくら仲の良いご友人でも迷惑かと思いますよ?」
真面目なニナの、真面目な返答に思わず笑ってしまう。
「ふふふ、冗談よ。そんな礼儀知らずじゃないわ。………クラリスとクラウド、元気かしら。前に会ったのは2人の結婚式だから……もう3ヶ月も前ね。」
私は車窓の外を眺めながら、最近会えていない親友2人に思いを馳せる。
突然、ガタンッと馬車が大きく揺れる。
「きゃあ‼︎」
「大丈夫ですか⁉︎お嬢様!っ、何かあったのですか⁉︎」
バランスを崩した私の体を支えながら、ニナは御者へと声をかける。
「馬が突然、暴れ出して……っ!言うこと、聞かねぇ‼︎」
外から御者の焦った声が聞こえてくる。
馬車は速度を上げ森の中を駆け抜けていく。もう、コントロールはできていない。
「危ねぇ‼︎」
御者の叫び声が聞こえた瞬間、馬車が大きく傾く。
「お嬢様!」
咄嗟にニナが私を庇うように抱きしめる。直後、私達の体は馬車の壁に叩きつけられる。強烈な痛みを感じながら私は意識を失った。
「うっ……」
鈍い痛みで、私は目を覚ます。ゆっくりと体を起こして、霞む視界で何とか今の状況を把握する。
どうやら私達は結構な高さの崖から落下したらしい。馬車は大破して、見る影もない。その周りには御者と馬が倒れている。……どちらもピクリとも動かない。
私はどうやら落下する途中で外へと放り出されたらしい。お陰で馬車の下敷きになるのは免れた。
「……ニナは?」
私を庇ってくれたニナが心配だ。
辺りを見回すと、私から少し離れた所にニナは倒れていた。痛む体を少し起こして這うように、何とかニナの元まで辿り着く。
「ニナ!ニナ‼︎」
呼びかけても反応がない。よく見ると体中傷だらけで出血が酷い。たぶん骨も何本か折れている。
「ニナ!しっかりして!」
微かに呼吸はしているが、時間の問題だ。
「私が、治癒魔法を使えれば助けられるのに……!」
……いや、今は無い物ねだりをしている場合じゃない。
「……助け、呼びに行かなきゃ。」
ぐっと足に力を入れて立ち上がる。幸い足は動く。一歩踏み出すと、体中に激痛が走る。
「……ははは、たぶんどっか骨折れてるなぁ、これ。」
けれど今はそんな事、どうでもいい。
私は歯を食いしばり、歩き出した。
どれくらい歩いただろう、体中が痛い。気を抜いたら、痛みで意識を失いそうだ。
……ああ、目の前が霞む。
「!しまっーー!」
ふらついた瞬間、足を踏み外した。
ああ……体が落ちていく。
「ついてないなぁ……」
自嘲気味に呟き瞳を閉じる。直後、頭に激しい衝撃があり私は意識を手放した。
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