乙女ゲームの世界
私が前世の記憶を思い出して1ヶ月がたった。
漫画や小説みたいに何か突拍子のない事が起こるんじゃないかと身構えていたけれど、そんな事はなくただいつもの日常だけが過ぎていた。
午前中は母の手伝いをして、午後は近くに住むゲルドさんという、趣味で本を集めているお爺さんの家で本を読む。
これは前世の記憶が戻る前からの日課だ。
「ゲルドおじさん、こんにちは。」
「いらっしゃいクロエ。今日は早いな。」
「だって新しい本があるって言ってたから、家の手伝いを早く終わらせたの。」
ゲルドおじさんは私のことを本当の孫のように可愛がってくれていて、私の両親とも仲が良く家族ぐるみでいつもお世話になっている。
「はっはっは、そんなに慌てんでも本は逃げんよ。ほれ、コレが新しく手に入れた本だ。」
そう言って一冊の本を私に差し出す。
最近話題のファンタジー小説だ。
この世界にはスマホも漫画もゲームも、テレビもない。そんな中で読書は私の唯一の楽しみとなっていた。
「しかし、クロエにはその本難しくはないか?もっと簡単な本もあるぞ?」
「わからない言葉もあるけど、それでも面白いから大丈夫」
前世の記憶が戻ったおかげで難しい本でも読めるようになった。
おじさんも最初は驚いていたが、元々本好きで前世の記憶が戻る前も興味本位で難しい本にちょくちょく挑戦していたので特に怪しまれる事はなかった。
私は本を受け取ると、いつもの定位置である窓際の椅子へと腰掛ける。
「わしは2階にいるから、何かあれば声をかけとくれ。」
そういうとゲルドおじさんは2階へとを登って行く。たぶんもう1つの趣味である絵を描きにいくのだろう。
前に見せてもらったがおじさんはとても絵が上手い。写実的な絵で、それはもう見事だった。
今は私達家族の絵を描いてくれている。
完成する日が今から待ち遠しい。
「さてと……」
私は本を開きながら、昨晩また新たに思い出した前世の記憶について考えを巡らせる。
前世の私はこの世界を知っている。
私が住んでいるこのガルディア王国というのは、前世の私がプレイしていたあるゲームに出てくるのである。
乙女向け恋愛シミレーションゲーム
『マジックスクールデイズ』
通称マジスクは、庶民である主人公がある日突然魔法の力に目覚め、王都にある貴族たちが通う魔法学園に編入して色々な困難に立ち向かい、攻略対象である男の子たちとの仲を深め恋に落ちる、というよくありそうなストーリーのゲームである。
そして舞台となる学園がある国が、このガルディア王国なのだ。
前世の私はゲームが好きで色々なジャンルをプレイしていた。
しかしあまり恋愛シミレーション系のゲームには手を出してこなかったのだが、このマジスクに関しては親友にどうしてもやって欲しいとお願いされプレイした。
最初は攻略対象の誰か1人クリアしたらやめようと思ったが、つい収集癖がでて全エンディング、全スチル、全イベントを回収するくらいやり込んでしまった。
幼馴染も隣で攻略サイトを開きながら手伝ってくれた……というか手伝わせたのはいい思い出だ。
その事を昨日寝る前にふと思い出したのだ。つまり私は、ただの異世界転生ではなく乙女ゲームの世界へと転生したということだ。
しかし、作中にクロエ・オルコットというキャラクターは登場しない。
つまり私のこの世界の立ち位置はモブである。
しかも舞台は貴族が集まる王都の学園。
ちなみに私が住んでいる、アストレア領は学園がある王都の隣に位置している。ここを治めるアストレア公爵は、この国の3大公爵家の1つで、実は公爵の息子もゲームの攻略対象なのだが、一般庶民である私が関わることは万が一にもない。
つまり私はモブの中のモブ、背景にすらならないモブなのである。
思わず頬が緩む。
(これで毎日変なフラグが起きないかとビクビクして過ごす日々から解放されるっ!)
普通に生きるだけで、普通の生活を送れる。
何せ私はモブなのだから!
その清々しい気分からなのか今日はいつも以上に本を読むのが楽しい気がする。
その日私はものすごい集中力で本を何冊も読破した。
「クロエ、そろそろ帰らないとお母さんが心配するぞ。」
2階から降りてきたゲルドおじさんの一言で、すでに空が夕焼けに染まっていることに気づく。
「本当だ!すぐに帰らなきゃ!また明日ね、おじさん。今日の新しい本すごく面白かった!」
慌ただしく立ち上がり、本を元の場所に戻す。急いで帰り支度して、おじさんに別れの挨拶をしてから少し急足で帰路につく。
「ただいま」
「おかえりなさい、クロエ」
「おかえり、クロエ」
家の扉を開けると、笑顔の両親が出迎えてくれた。
キッチンの方からはすでにいい匂いが漂ってきている。
急いで手を洗い、母の手伝いをする。今日は私の好きなシチューだ。
晩御飯の準備が整い、家族3人で仲良く手を合わせる。
「「「いただきます」」」
スプーンでシチューを掬いフーっと息をかけて適度に冷まし、口に運ぶ。美味しさが口いっぱいに広がって幸せな気分。
やっぱり母の作った料理はとても美味しい。
シチューを頬張る私に、母がニコニコしながら問いかけてくる。
「今日は、どんな本を読んだの?」
「今日はね、ドラゴンや妖精が出てくるお話の本。とても面白かったの。」
「それはよかったな。お父さんも今度読んでみようかな。」
「お父さんも気にいると思うわ。あ、あとね男の子が世界中を冒険するお話も読んでね。それからーー」
私が今日は何をしたとかどんな本を読んだとかを両親に聞かせるのが晩御飯の定番である。
ニコニコと聞いてくれる2人に、いつも嬉しくなってたくさん喋ってしまう。
食べた後はお風呂に入り、3人一緒にベッドに入って母の寝物語を聞いて眠りにおちる。
そんな平凡で幸せな毎日が続くのだと、そして前世ではできなかった親孝行なんかできたらいな〜なんて、この時の私は思っていた。
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