きっかけ
「ここが蓮の部屋」
1回の説明で覚えられるわけないだろ、と思うくらい広い屋敷を一通り案内されて、最後に連れて来られたのは、私の自室になる部屋。
シンプルだけど高級感漂う無駄に広い部屋だ。
「……慣れるまで時間がかかりそう。」
「俺も最初慣れなかった。まぁ、隣が俺の部屋だから困ったことがあったら言って。さて、と……」
レイスは部屋に入ると、内鍵を閉める。
人払いをしてあるから今ここには私とレイスしかいない。屋敷内を歩いてた時はメイドさんやら使用人さんやらがいて気軽にレイスに話しかけられなかったのだ。
緊張していた体から力が抜ける。
「これで色々と気兼ねなく話せるな」
「はぁ、疲れた……」
思わず置いてあったソファに倒れ込み、柔らかいクッションを抱きしめる。
「さっきめっちゃ顔引き攣ってたな」
「しょうがないでしょ、いきなり公爵家の養子なんてマジあり得ないし、拒否権なんてないようなもんだし。ああ、私の平凡な生活が……」
「何かあれば俺がどうにかする」
レイスは私の隣へと腰掛け、落ち込んで見せる私の頭を撫でる。それが思いのほか気持ちよくて忘れかけたが、「ああ、そうだ!」、と聞きたかった事を思い出し、体を持ち上げソファに座り直した。
「ところでさ、何で私が前世の記憶持ってるってわかったの?」
「ああ、それ。教会でピアノ弾いてるところを見たんだ。蓮の母さんが作った曲。あの曲ですぐわかった、蓮だって。」
「そっか、秋斗もよく聞いてたもんね」
まさか、ピアノを弾いてるところを見られていたとは思わなかった。確かに何度も一緒に聞いていた秋斗なら、すぐにわかるはずだ。
その後も自然と話が弾む。
前世では当たり前だった彼とのこういう時間を、この世界でも味わうことが出来るとは思ってもみなかった。
自然と呼び方もレイスではなく秋斗と呼んでしまう。
しばらく他愛もない話に花を咲かせた後、私たちは、この世界の事について話し合う事にした。
何せここはゲームの世界。今はゲームのストーリーよりも前の時間軸だが、時間が進めばゲームのシナリオ通りになるはずだ。
そこで1つの疑問が出てくる。
「そういえばマジスクのレイスにクロエって言う妹がいる設定なんてなかったよね?つまりゲームの設定自体が変わることになるけど……勝手に変えちゃっていいの?変なこと起きたりしない?」
「たぶんな。今のところ結構自由に過ごしてきたけど特になにも起きないし。」
「ええ……前科ある感じ?」
あまりにもあっさり言う彼に恐る恐る尋ねる。
「あのメインキャラのアルバートと友達になったとか?あ、あとレイスの家族仲良好。」
「完全に設定変わってるじゃん!」
アルバートというのはマジスクのメイン攻略対象の1人で、この国の第一王子。レイスとは物凄く仲が良いわけでもなく、悪いわけでもない、王家と公爵家、主従関係のようなそれだけの関係だったはずだ。
「アルバートと友達って何したの?」
「いや、何かした覚えはないけどなんか懐かれた。」
「懐かれたって……。まあ、その話は後でじっくり聞くとして。それよりも、家族仲良好ってどう言う事?確かにさっき仲良さそうだったな……。いや、悪くないに越した事はないんだけど。」
ゲームを進めていくと回想シーンで、レイスの両親は彼に全く関わろうとせずレイスは孤独な幼少期を過ごす、ということが語られる。
「ゲーム内でのレイスが『自分の家族は自分に興味が無い』って言ってたけど、あれ誤解なんだよ」
「誤解?」
「そう。母親のクラリスは精神的に病んで、体調を崩しがちであまり部屋の外に出られず俺に会いに来れなかっただけで、父親の公爵は仕事が忙しくて家族との時間を取れなかっただけ。」
彼の話によるとレイスを産んだ後、クラリスの元へ親しかった友人の訃報が届き、彼女は精神的に落ち込み体調も崩しがちになり自室からほとんど出られなくなってしまった。
一方父親であるクレイド公爵は、ここ数年仕事が忙しく家族との時間もなかなか取れなかったらしい。
そのためレイスの相手をしていたのはいつも使用人たちだった。
その使用人達もレイスに変に気を遣ってか両親のことを詳しくは教えてくれなかったらしい。
幼いレイスが誤解するのも頷ける。
私達がプレイしてきたゲーム内のレイスは心身ともに5歳児、自分は愛されていないと勘違いしたまま成長したのだろう。
しかし、この世界のレイスの中身は桐野秋斗という17歳の高校生。
すぐに状況は理解できたそうだ。
そして理解したから、彼は行動を起こした。
「何したの?」
「簡単だよ。両親が会いに来られないなら、自分から会いに行けばいい。
とりあえず、言葉がうまく喋れるようになって、体が結構自由に動かせるようになった時期から何度も母様の部屋に行って話したり、そこで一緒に食事したりとかしたな。」
「公爵の方は?」
「仕事が忙しい時は屋敷にもいなかったから手紙でやりとりして、ちょっとでも時間ができたなと思ったら、無理矢理にでも家族時間を作らせた。」
結構苦労した、と彼は苦笑いを浮かべる。
その苦労の甲斐があってか、クラリスは気持ちも前向きになり体調も良くなって、今では普通に生活を送れている。
公爵の方も忙しい合間に少しでも時間があれば、家族の時間を取る事が習慣になったそうだ。
「コレが家族仲良好になった経緯。というか、すれ違ってただけで、もともと仲は悪くなかったんだよな。」
「なるほど………だけどさ、ゲーム内の設定を変える事に躊躇はなかったの?」
「全然。ゲームの世界に転生したとはいえ俺の人生だ。自分のやりたいように生きて何も悪い事はないはずだろ?むしろ設定なんて知るかって感じ。」
こういう事をサラッと言ってのけるのが、なんとも秋斗らしい。
ふと、彼が部屋にあった時計へと目を向ける。
そしてソファから立ち上がり軽く体を伸ばす。
「さてと、そろそろ父様も帰ってくる頃だし、夕食の支度もできるだろうから俺は一旦部屋に戻る。」
「え、もうそんな時間?はあ、公爵様に会うとか……気が重い……」
「しょうがないだろ?今日から家族になるんだから。」
気落ちしている私に彼なりの励ましのつもりだろう、レイスは私の頭を少し乱暴に撫でる。
「ちょっとー、髪乱れるよ」
「悪い。後でメイドにセットしてもらって。」
軽く笑いながらそう言うと彼は扉の方へと歩いていく。
私は髪の毛を軽く治しながら見送ろうとした時。
「そうだ、一つ言い忘れてた」
と、彼がまた私の方へと戻ってくる。
何かな?と思っていると唐突に抱きしめられる。耳にかかる息がくすぐったい。
前世で秋斗は私に対してスキンシップが多く、抱きしめられたり戯れ合うのはいつものことで特に意識するものでもない。さっきはレイスの中身が秋斗だと思っていなかったから焦ったが、中身が秋斗だと分かったなら緊張も焦ることもない。またいつもスキンシップだと思い、私も軽く抱きしめ返す。
「なに?どうしたの?」
「前世で言いそびれたからさ、また言えなくなる前に言っておく。俺、蓮のこと昔から好きだ。今もその気持ちは変わらない。」
(………え?)
突然の告白に何も言葉が出てこない。
本日何度目だろうか、頭の中は真っ白だ。
そんな私に構わず彼は少し体を離し、正面から私を見つめながら言葉を続ける。
あまりに真剣な眼差しで目を逸らす事ができない。
「蓮が恋愛にあんまり興味がないのは知ってるし、俺のことそんな風に思ってないことも知ってる。けど、諦めないから。……これから、覚悟しとけよ?」
チュッ
と軽く私の頬にキスをすると、そのまま部屋を出ていく。
残された私はキスをされた頬に手を当てながらその場に力なく崩れ落ちる。
ドキドキと心臓の音がうるさい。
きっと私の顔は真っ赤になっているはずだ。
「……いや、え、なにそれ」
前世であんなにも長い時間一緒に過ごしてきたのに全然気づいていなかった。
確かに彼の言った通り私は恋愛にあまり興味がない、というより恋というものがわからないのだ。恋愛を題材にした小説や漫画を読んだり、ゲームをして恋をするとどんな感情になるのかは知識として知っている。けど、その感情を前世の私は経験した事がなかった。
(秋斗の事はもちろん好きだ。けどその好きが恋愛の好きかと聞かれれば違う……と思う。家族や幼馴染としての好きなはず………けど、今ドキドキしているのはなんで?いやいやいや、コレは突然キスされたからで、恋愛のドキドキとかではない、はず……)
頭の中でぐるぐると考えがまとまらない。
最後にとんでもない爆弾を投下された私はメイドさんが夕食の準備が出来たと呼びにくるまで、頭を抱えその場から動けなかった。
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