幸福を呼ぶフクロウ6
理解の範疇を超えた話に、そんなこと信じられるわけがない、とボッシュの声が森にこだました。
「バカな!『本心を引き出す魔物』も、ロウが罵詈雑言を浴びせたなんてことも、あるわけない!」
「でも、本当のことよ。クリスも見ていたでしょう?」
ボッシュはクリスの方に振り返る。
クリスはミアの問いに頷き、神に誓って本当だ、と話した。
クリスはボッシュの言った通り、ミアに気があるらしく、よく狩猟に付いてきていた。
ミアが何度かフクロウに会いに行っていた時も、隠れて見ていたらしく、泊まりがけで狩猟に行くと言い出した時は、あのフクロウで何かしようとしている、そう考えた。
気になったため事件当日も偶然を装い合流する予定だったが、その前に、あの異常な光景を見せられてしまったのだ。
「ロウさんがミアさんを罵ったかと思えば、突然自殺を図りました。ミアさんも私も、最初、何が起きたのか理解できず、茫然自失と立ち尽くしていました」
だが、クリスはなんとか我を取り戻すと、現状の把握に努め、どうするべきかを考えた。
「村の人たちがミアさんを疑っても、私が証言すれば問題ないとは思いましたが、私には一つどうしても許容できないことがありました」
そう言いながらクリスは、自分の首にかけられた剣のネックレスを握りしめた。
それを見てノームはその理由をすぐに察した。
「信仰か」
「その通りです。私が信仰している教えでは、自殺は大罪であり、決して許されぬ行為です」
自殺したものは何人たりとも天国へは行けない。
彼は今まで、他人に自分の信仰を押し付けたことは無かったが、恩師であり、好いた女性の父親が大罪を背負うことを、どうしても認めることができなかった。
そしてクリスはロウの自殺を、魔物に殺されたことにしようと考えた。あのフクロウが操っていたと。
だがあのフクロウはすでに飛び去っている。証明できない。遺体を隠して時間を稼がなければ。
自失状態で固まっていたミアを『ロウさんは、あの魔物に殺されたんだ』と諭し、朝になったら村に帰らせ、遺体は背負って運び、川底に隠した。
「……どうしても自殺で終わらせたくなかった」
クリスは無意味なこととわかっていても、自殺を自殺としておくことができなかった。
それほどまでに、自殺という罪の重さを彼は重く受け止めていた。
「だから、……ああするしかなかった」
クリスは唇を噛み締め、涙を流し、無力感に打ちひしがれているようだった。
そんな彼にミアは、あなたは勘違いをしている、とまるで母が子の失敗を静謐な心でなだめるかのように、慈愛ある瞳と声で語りかけた。
「……ミアさん?」
「私分かったの。父さんの見せたあれは、自殺などでは無いわ。操られてもいない。父さんは私を絶望から救おうとしたの」
ミアは、ロウの自殺を娘を守るための行動だったと話す。
父が本心からの言葉を紡いでいたかどうかは関係ない。自身の言葉によって絶望する娘を守るために自殺した。
それが真実であり全てなのだと。そしてそれは、まさに愛ゆえの行為、自己犠牲なのだと。
「父さんは間違いなく私を愛していた。あの瞬間を見れば、誰も疑いようがないわ」
ミアは、まさに今が人生の絶頂であるかのように、恍惚とした表情でそれを思い出している。
「娘のために命を捨てること。それ以上に大きな愛なんてないわ。だからクリス。父さんの自己犠牲を、自殺なんて簡単な言葉で片付けないで。父さんはこの世で最も偉大なことをしたの」
ミアの言葉で、クリスはまるで救いを得たかのように、茫然とミアの顔を見上げながら涙を流していた。
対照的に、ボッシュは未だに信じられない、といった感じで拳を強く握りしめて立ち尽くしている。
「ボッシュさん。それが真相なの。私を愛してくれた父さんに誓うわ」
結局この件は、ロウが聖人化される形で幕を閉じることになる。
ロウの死体を遺棄したクリスも、ミアが許したことで罪に問われることはなかった。