幸福を呼ぶフクロウ4
ノームとクリスは示した場所まで行くと、ロウの遺体と一緒に沈められていた猟銃を引き上げた。
遺体を調べると口蓋、咽頭部から後頭部にかけて火傷と貫通した跡が見られる。
口の中から貫通した先の景色が見えているのがとても痛々しく、かなりショッキングな映像に思わず自分の口を押さえてしまう。
ノームは遺体の状態を見てロウの死因を分析している。
「この男は口の中に猟銃を突っ込まれて、撃たれたようだな。そしてそのまま絶命した」
つまりは、犯人はロウとミアの二人を猟銃で脅し、ロウの口に猟銃を突っ込んで撃ち殺した。
ミアは隙をみて逃げ出したが、そのあまりに残忍な男を見て思わず『魔物が、父さんを殺した』と言った。
そういうことだろうか。
「見ろ、どうもロウを撃ち抜いたのは、ロウ自身の猟銃みたいだぜ。銃身の銃口近くに噛み跡がある」
ということは犯人はミアを人質にとり、ロウに自殺を強要させた? そんな考えが頭をめぐるが何か腑に落ちない。
「……とりあえずアリー。俺は見張っておくからボッシュさんにこのことを報告して連れてきてくれ。可能ならミアって子も一緒にな」
少し急ぎめに村へと向かい、酒屋で倉庫整理をしていたボッシュを見つけてその報告を行った。
彼は『そうか、感謝する。直ぐに準備するから待っててくれ』と言い、仕事着から着替えて店を閉めた。
ミアも可能なら連れていけないか、と相談すると彼も同じ考えだったようで、彼女の家へと向かった。
彼女はクリスと同い年くらいの、すらりとしてどこか影のある雰囲気をまとっていた。
家でただ1人だけ時が止まったかのように椅子に座ったまま静止しており、その表情からは何も感情が読み取れない。
「ミア、ロウの遺体が見つかった。一緒に来てくれ」
ボッシュがそう言うとミアは少しだけ瞳が動き、ゆっくりと顔をこちらへ向けた。
少し目を伏せて、そう、と言うと立ち上がり、準備するから外で待ってて、と言い残して家の奥へと姿を消した。
時間がかかるかもと思って外で待っていたのだが、彼女は5分もしないうちに出てきた。
「父さんに合わせて」
未だに彼女の表情からは、何も感情が読み取れない。
ボッシュとミアを、ロウの遺体のところまで連れて行くと、遺体にはいつの間にか布が被せてあった。
ノームが布を少しめくって2人にも確認させる。
ミアはロウの遺体を見た瞬間、膝から崩れ落ち、『……父さん』と言って涙を流し始めた。
ボッシュは遺体の状態をノームから聞き、眉間にしわを寄せながら目を伏せていたかと思うと、何か決意めいた顔をしてミアに体を向けた。
「ミア。ロウを殺したのは君か?」
「ボッシュさん!!」
「クリス、黙って話を聞け」
声を荒げたクリスをボッシュは黙らせ、ロウから聞いていたと言う話を語り始めた。
彼はロウとは古くからの友人であり、なんでも相談し合う中だったらしい。
その中でも、ほぼ毎回話題に上がるのがミアのことだった。
「ロウはよく話していた。ミアは異常なまでに愛に飢えていると」
ミアはロウに依存しすぎて、ロウに無視されることや時間を共有できないことを、徹底的に嫌っていたという。
ロウが一度約束を破ってしまった時は、制止が効かぬほど激怒し、我を忘れて周りのものを破壊してしまうほどにパニックを起こしていたと。
それを聞いた時のボッシュは意外だな、と思ったくらいでそれほど重大には受け止めていなかった。
だが今回の事件が起きたことで、事の重要性に気がついてしまった。
「ミア、お前はあの日、ロウに何かしたんじゃないのか?その結果ロウに突き放されたことで、我を忘れて殺してしまったんじゃないのか?」
ボッシュの話を聞いていたクリスは、信じられないといった顔で、ボッシュを睨みつけていた。
ミアは何も言わず、ただロウの遺体を見て寂しそうな目をするだけだ。
ボッシュは話を続けた。
「あの日の君は明らかにいつもと違っていた」
どうやらミアは自分から狩猟に行きたいなんて、過去一度も言い出したことはなかったらしい。
だがその日に限って突然ロウを誘いだした。しかも泊まりがけの狩猟にである。
さらには、いつもはロウにくっついて行くだけなのに、自分に任せてくれと言ったそうだ。
当のロウはそんな娘の自主性を見て、喜んでいたと言う。
「何か狙いがあったんだろ? それはなんだ!」
ボッシュの追及に対して、ミアは何も反応を示さない。
だが、ずっと黙って聞いていたクリスが、我慢ならないとばかりにボッシュの前に出た。
「ボッシュさん、あなたはミアさんを疑っているようだが、遺体を運んだ人間に関してはどう説明する?」
クリスはあれは男物の靴跡だったと。まさかミアが男物の靴を履いて、ロウの体を川まで運んだと思っているのか? と怒りをあらわにしている。
だがボッシュは何てことはないと、クリスに侮蔑の視線を向ける。
「ロウを川まで運んだのはお前だろ?クリス」
クリスの抗議に対して、ボッシュはそんなことわかり切っている、と言わんばかりに、言葉を返す。
クリスはミアに気があり、いつもミアを付け回していると。偶然を装い、狩猟に同行することもあったと話す。
クリスは驚きを隠せないと言った表情で、何も言い返せずに視線を泳がしている。
「どうせお前はあの日もミアを付けてたんだろ?そして何かを見たはずだ。言え。クリス。お前の神に誓って嘘偽りなく。あの日、何を見たか言え!」
ミアから一転して自身へ向いたボッシュの追求に対して、クリスはただ苦々しい表情で俯いたまま、黙秘を続けた。
すると不意に、『ねぇ』と一瞬、直接脳に響いたのかと錯覚するほど、冷たく透き通った声が耳を刺した。
声の主はミアだった。
「愛を求めることは、そんなにおかしいこと?」
そう言ってミアはすっと立ち上がり、冷たい視線をボッシュに向けた。