幸福を呼ぶフクロウ2
店主の指定した宿屋で二人部屋をとり、荷物を置いて湯を浴び、横になって夜を待つ。
ノームが合流したのは、夕暮れになってからだった。
「なぜか門番から『ガールフレンドには振られたのか?』って聞かれたよ。意味がわからないよな」
彼は未だに酒の匂いが抜けていなかったが、湯を浴びるとだいぶマシになっていた。どうせ晩酌するのだから、関係ないのだが。
明日からの予定を話し合う前に、ノームに酒屋での出来事を伝えた。
「人探しね。いいんじゃないか。どうせ俺たちも森で探すものがあるし。ついでさ」
そういって、ノームはアリーが調達した、酒の入った小ダルを開ける。
ノームがコップに酒を限界ギリギリまで注いでいると扉がノックされ、酒屋の店主ボッシュの声が聞こえてきた。
招かれたボッシュはノームを見て少し戸惑っていたが、すぐに気を取り直し、自己紹介を済ませてこちらに向き直った。
「アリーさん、強引に話を進めて悪かった。だが、どうしても、あんたに探してもらいたいものがあるんだ」
そういってボッシュは、ある事件の話を始める。
依頼内容としては予想通りであったが、思った以上に簡単な話ではなかった。
事件の内容はこうだ。
どうも2日前、猟師のロウという男が姿を消したらしい。
彼は、娘のミアと一緒に泊まりがけで猟に出かけたが、帰ってきたのは娘のミアだけだった。
「ミアは帰ってきたとき、心ここに在らずという感じで、服や顔は血だらけだった。だがその血は彼女のものではなく、ロウのものだという。そして彼女は言ったんだ。『魔物が、父さんを殺した』と」
ミアはその後、ずっと茫然自失として、まともに会話ができる状態じゃなかったそうだ。
武器の扱いに覚えがある店主ら村人は、総出でロウが殺されたという場所へ向かうことにした。
だが、そこにロウの遺体は無く、木にかかった大量の血痕があるだけだった。
血痕は森の奥に続いており、その血の跡を追ったが、川を境に消えていたらしい。
現場周辺や川下を中心に探したが、何も見つからなかったという。今でも、持ち回りで捜索を続けているが、見つかっていないとのこと。
「なるほど。それで私に、その魔物探しを手伝えっていうんですね。そして討伐したいと」
「いや、ロウの遺体を探して欲しいんだ」
私は魔物がどこかにロウの遺体を連れ去ったのなら、それは大方巣に間違いないと考えている。
そしてそれの意味するところは、すでに遺体が綺麗に食べられている可能性があるということ。
もし本当に遺体を見つけたいなら、遺体よりも魔物を探した方が効率がいい、そういう判断をしていた。
だが、
「いや、おそらく魔物はいない。元からな。そしてロウの遺体も必ずどこかに隠されている。だからその遺体に群がる虫や獣とか、そういうのを目印に探して欲しい」
そもそもボッシュの中では前提が違うらしい。もうちょっと詳しく説明してくれませんか、と彼に頼んだ。
ボッシュはなぜ魔物は存在せず、ロウの遺体は隠されている、と考えているのかを思いつめた様子で話してくれた。
「現場には、魔物のものと思われる足跡がなかったんだ。……これっぽっちも」
ロウを襲ったのが魔物なら、多少なりとも足跡が残るはずなのだ。
だが魔物の足跡は一つも発見されず、それを消した痕跡も一切なかったらしい。
とは言っても、もちろん魔物の中にも足跡を残す必要のないものもいる。
「飛翔する魔物、という線はないんですか」
「ロウが死んだ場所は木が密集している。大の男を飛びながら運べるような、強力な魔物が襲ったなら、周辺には絶対に痕跡が残る。だがそんな痕跡は全くなかった」
ボッシュの話を尻目に、ノームはいつの間にか用意していた干し肉をつまみにして、酒の入ったコップを傾けていた。
しかし、ボッシュの話には耳を傾けていたようだ。
「ボッシュ殿。もったいぶらないでくれ。あんたは何か気づいたことがあるんだろ?魔物の痕跡以外の、別の何か」
「……ああ、そのとおりだ。私は見つけたんだ。靴跡を。川に続く血の跡に沿ってできたそれを。この事件の犯人は、人間だ」
ボッシュは、犯人が魔物ではなく人間だと確信しているようだった。
ロウの遺体を運んだのが人間なら、なぜそんなことをする必要があったのか。そんなこと分かりきっている。殺したのが人間だからだ、と。
そして、それは『魔物が、お父さんを殺した』というミアの発言が、矛盾していることを示していた。
「ロウの遺体が見つかれば、誰が殺したのか、はっきりすると思っている。あの木にかかった大量の血痕。殴っただけでは、ああはならない」
ボッシュの頭の中には何か確信めいたものがあるようだが、特にそれを明言することはしなかった。
一介の旅人にそこまで言う必要はない。我々も深入りするつもりはなかったため、それ以上追求することはしなかった。
その夜は、ボッシュに『捜索を進めておく。見つけたら声を掛ける』と人探しを承諾し、お開きになった。