第三話 前触れ
Tips : 人はつながり合い、そして別れていく
「二人そろって怪我はないです。……あの、助けてくれてありがとうございます!」
「私からも……本当にありがとうございます!」
すっかり息切れも治まっていた穂香が、左隣で綺麗なお辞儀をする。
「気にすることはねえ。元々こいつらの討伐依頼を受けてただけだからな。……ただ、森の方にいるって聞いたんだけどな。どうして、草原まで」
ウルリラが、疑問の回答を探し出すために、目を閉じて考え込む。
暫くして、答えを導き出したのか、あるいは、諦めたのか――どちらにせよ、彼は目を開けて、街の方に向けて歩き始める。
僕達は、置いていかれないように、少し早歩きで、彼の右横に並ぶようにして歩いた。
「あの、さっきの魔物たちは、本来人を襲うことはないんですか?」
見上げるようにして、左にいるウルリラの顔に視線を向け、気になっていた疑問を口にする。
その質問彼は、考えることなく、無言で首を横に振った。
「普通じゃあり得ねえ。凶暴そうな見た目こそしているが、実際には森の中で群れを成して生活している、草食系の魔物。――ただ、人を襲っていた時代があったというのは確かだ」
「人を襲っていた時代……」
「ああ、そうだな。もうずいぶんと昔の話らしいが。確か……あの牙や見た目もその時の名残、という説があったはずだ。兎にも角にも、今この時代に、人を襲うことは絶対にないといえる」
「そんな魔物が人を……僕達を襲おうとした」
「討伐依頼が出てしまった理由が、あの魔物たちに異変が起きて凶暴化しているからだったんだ。昔を思い出しちまったのか、はたまた他に別の何かがあったのか。俺には分からねえ」
「そう、なんですね」
「――あと、依頼内容として、徹底的につぶしておくこと、っていうのがあったな。……最近、極稀に、生物としての身体が残った状態だと、地脈にある記憶が死体に流れ込んで、動き出してしまう事があるらしい」
地脈――本の内容を軽くかじった程度の知識しかないが、この世界の地下に存在する、生物や植物の記憶と、人が生活するうえで欠かせないエネルギーを持った管のようなものらしい。
地脈の太さや多さ、そして濃さは地域によって異なるものの、生物が生きる上で、決してなくてはならない要素――エネルギーを持っているらしい。
兎にも角にも、地脈に流れる記憶によって、魔物が復活する可能性があるというのは、この世界のことをあまり知らない僕からしても、不気味さを覚える。
「それは蘇生、みたいな感じですか?」
「表現的には間違っちゃあいないが、それよりかは質が悪い気がするな。……実際に目撃したことはないから、分からねえけど」
「……ただ単に、同一個体が生き返るってわけではないのかもしれませんね」
「まあ、俺は頭を使うのも、分からないことを考えるのも苦手なんだ。……あとは機関とやらに任せておけばいい」
「確かにそれもそうですね」
僕達がどれだけ考えようが、どれだけ仮説を立てようが、確める術はない。ならば、専門の者や場所に任せた方がいい。
そのような事を考えていると、ウルリラが横で、ぱちんと一回手を叩いた後、足を止めて、僕達の方に身体を向けた。
「そうだった! まだ二人の名前を聞いてなかったな」
他の事に気をとられていたせいで、彼に言われるまで、名前を教えていなかったことに気付けなかった。
申し訳なさと感謝と明るさを含んだ声で、僕はウルリラに対して、自己紹介をする。
「僕は薫って言います。それでこっちが――」
「穂香です! よろしくお願いします!」
「ホノカにカオル……この付近では珍しい名前だな。西国出身か?」
「…………ええ、まあそんなところです」
「道理でここら辺の知識が浅いわけだ」
腕を組みながら、何回か首を縦に振り、西国出身であることに納得したそぶりを見せる。
下手に本当の話をするべきではないとはいえ、ジーニアのみならず、ウルリラにまで嘘をついたことで、心がより一層痛んでしまう。
僕の心情など知る由もない彼は、はにかんだ笑顔を浮かべ、僕達に右手を差し出した。
「よろしくな! ホノカ、カオル」
「よろしくお願いします!!」
「……よろしくお願いします」
僕は差し出された手を握りしめ、強い握手を交わす。続けて、ホノカもウルリラと互いの手を握り合った。
相も変わらず穏やかな風が吹く草原を再び歩き出してから暫くして――。
「あ、服が血だらけだから、着替えた方がいいぞ。あと、出来れば身体も洗うべきだな。ジーニアに怒られるから」
「……どこかいいところあります?」
「というか、私達これ以外に服ないですね」
「…………なんか買え」
新しい服を買うことになった。
◇◇◇
「大変申し訳ありません!!」
酒場にいる受付嬢の謝罪の声が響き渡る。食事時ではないため、人も少なく、閑散としている。
彼女が頭を下げると、ハーフアップで編みこまれた、肩下まである金色の髪が、ゆらゆらと揺れる。
「この一件に関しましては、完全にこちらの落ち度です。情報不足のまま、依頼を通してしまった我々の責任です」
「あの、僕達自体は怪我をしてませんので、そこまで謝られると、えっと……だから、ジーニアさん顔をあげてください!」
「いえ、そういうわけにはまいりません! 我々の不手際によって、お二方の命を危険にさらしてしまいました。更にはウルリラ様に対しても大きなご迷惑をおかけしました。ウルリラ様、カオル様 、ホノカ様には、後日、我々『世界魔法統括機関』からお詫び金をお支払いさせていただきますので――」
「様? あ、そこじゃない。……お金なんていりません! 少なくとも僕は――」
「私も……って言いたいところだけれど、会社? がかかわってくるとそういうわけにもいかないよね」
「まあ、貰えるもんは貰っとけばいいんじゃねえのか? 金が入るんだし、困ることはねえしな」
「そういうもの、ですか……」
「そういうもんだな」
「分かりました。……あと、この依頼を受けたいのですが、構いませんか?」
「はい、かしこまりました。……この度は本当に申し訳ありませんでした! 」
僕達は次の依頼――屋敷掃除の依頼――の受領許可をジーニアからもらい、僕達は酒場を後にしようとする。
「あ、そうだカオルさん! 先程、私にお聞きになった、カウリストロについてなのですが……」
「何か思い出したんですか?」
「……思い出しはしたのですが、あまり参考にはならなそうです。ただ、一応情報共有を兼ねてお話しておきますと、私がその名前を聞いた――いや違いますね。その名前を見たのは一冊の本です。この世界の歴史について語られた参考書、みたいなものです」
「参考書、ですか……」
「はい、そうですね。確か、千五百年前に居たとされる人物です。そして、本当に存在したという確かな証拠がない事から、迷信として語られているとかいないとか。……記憶が曖昧なので、一部誤りがあるかもしれませんが、そこは許していただけると――」
「いえ、とても貴重な情報です。教えてくれてありがとうございます……!」
「少しでもお役に立てたのなら、嬉しい限りです」
今度こそ酒場を後にした僕達は、<リベル・ボルム>の中で、最も人通りの多いとされる大通りを、徐々に橙色に変わりつつある陽の光に当てられながら、ゆっくりと歩く。
ジーニアが謝罪した方の一件が、どうにも腑に落ちず、歩く速度はゆっくりだった。きっとそれは表情にも表れていることだろう。
「……別にあそこまでしなくていいと思うんですけど」
「俺もそう思うが、こればっかりはな。ホノカもいっていたが、相手は仕事なわけだしな」
「それはそうですけど、ジーニアさんがあそこまで謝る必要はないのにって」
「あいつはそういうところしっかりしてっからな、昔から。性格ってやつだ。それに一応機関とやらの側だしな」
アホ毛があったならば、かなり大きく揺れていそうな程、穂香が機関という言葉に敏感に反応した。
「あの……私気になってたんですけど、機関って世界の何処まで管理しているんですか?」
「――何処まで……か。俺も詳しいことはあまり知らねえな。こういうのはジーニアに聞いた方が話が早い」
「そうなんですねっ……わかりましたっ! 明日にでも聞いてみます!」
「……でもまあ、一応俺が知っている範囲でいうと、魔法とか個人の情報を管理したり、依頼を基準に応じて階級分けしたり、根脈に魔法陣の情報を流し込んでいたりする……はずだ」
その後も、軽い会話を重ねていると、いつの間にか<リベル・ボルム>の中心に位置する噴水広場にまでやってきていた。
「じゃあ、俺はここで。また機会があったらよろしく頼むな」
「はい! 本当に助けてくださりありがとうございました!」
「困った時はお互い様だ。気にすんな! 」
そう言葉を残し、彼はその場を後にした。
僕は彼が人混みで見えなくなるまで、頭を下げ続けた。
ウルリラが完全に見えなくなったのを確認した後、ゆっくりと頭をあげて、人混みをまっすぐ見つめる。
「いつか恩返ししないと」
「そうだね!」
穂香は気持ちを切り替えるように、手提げのような鞄から、依頼の紙を取り出す。
「この依頼で最後にしよう。お金も十分稼いだから、暫くは生活できそうだし」
彼女の「分かった」という声が、大きく響いて空に消える。
街に広がる明るい喧噪に耳を傾けつつ、僕達は目的の屋敷へと足を進めた。
Tips : 誰かが理想を叶えるということは、誰かが現実を見るということである
言う機会がないかもしれないので一つ。魔物の死体等は放置していて大丈夫です。機関が処理してくれます。