第七話 魔法の叡智、そしてイヘン
「とりあえず、剣を振れ」
「馬鹿じゃないんですか!? 基本を教えないことには、使えるものも使えないでしょう!」
ウルリラに反駁するジーニアの大きな声が、森の中で反響しながら響き渡る。
あまり声は荒げない人だと思っていたが、昨日の四人での今後についてのやり取り以降、どんどんとその印象が消えていっている。
「……駄目なのか」
彼女はウルリラのしょげた声を無視して、ぱちんと一回手を叩き、僕の方に視線を向けた。
「あ、でもその前に、一度だけ創造の魔法を無詠唱で使ってみてくれませんか? 本当にいざというときのために、こちらも扱えるようになっておきましょう」
「……分かりました。やってみますね。……何に――。あ、今回は剣にしてみます」
「はい、わかりました。……お願いします」
ジーニア達は数歩後ろに下がり、安全を確保する。
心地よい涼し気な風が、森の中を流れ、草木を揺らす。
静かな時間が流れゆく中、目を閉じ、剣をそうぞうし――無言で呪文を紡ぎゆく。
そうぞうするは――鏡のような美しき刃と、誰もが掴める優しき握り。怪我せぬようにと刃と握りの中心に、細き簡易な鍔を備える。
――刃物は鋭利なものであれ。――重さは軽きものであれ。
全てのイメージを固め終え、創造せんと目を開く。
「創造せよ――」
右手を前に伸ばし、木々には聞こえぬ小さな声でつぶやいた――言う必要は全くない。
にもかかわらず、その言葉に意味があったか。言葉に反応し応えるように、右手から、油断すれば眩暈を起こし目を閉じてしまう程、白く眩しい光が溢れ出る。
眩い光はすぐに落ち着き、今度は無数の小さな丸い光が回るように伸び始め、剣を形成していく。
全ての光が世界から収束、消えた後――右手には、長さ約八十センチメートルの軽い剣が収まっていた。
「おお! 凄いね、薫!」
「……案外、出来るものですね」
背後から感嘆の声が聞こえてくる。
鏡までとはいかないが、刃が木漏れ日を綺麗に反射させ、森の中に新たな光を生み出している。刃は鋭利で、見る分には殺傷能力が十二分にありそうである。
個人的にも、ここまでうまくいくとは思っていなかった。何処かで失敗――鍔がない、刃が鋭利じゃない等――するだろうと。
いい意味で予想を裏切られる結果だった。
「一応確認するが、そこの木とか斬れたりするか?」
「……やってみます」
今でも消えることのない、切れ味のよさそうな剣を強く握り直し、それっぽく構える。
左足を前にして膝を軽く曲げる。逆に、右足は後ろに下げて殆どまっすぐに伸ばす。ザクッと土を踏む音が鳴り、身体は右に向く。
左手も前にして肘を軽く曲げ、右手を右肩辺りまで上げて、剣を背中に回す。
それは映画の見様見真似で稚拙な構え。
間違っても他の誰かに刃が当たらぬように、細心の注意を払いつつ一閃。
その一閃は木を切り倒す!
「はうっ!」
――ことはなかった。
樹皮すら削らず剣は止まり、天を劈かんばかりの衝突音が鼓膜と葉々を震わせる。
その音に驚いたこの世界の鳥たちが、悲鳴まがいの鳴き声を上げ、空へと飛び去っていた。
痺れが刃を伝播し右腕へと伝わってくる。
僕は素っ頓狂な声を上げ、反射的に右手首を抑えて頽れ、その拍子に剣は右手から離れ、僕の膝よりも先に地面へと落ちて、低音を響かせた。
「あ、結構痛い。待ってほんとに痛――」
「ちょっ、大丈夫!?」
穂香が慌てて、僕の方へ駆け寄ってくるその横で、ウルリラが口を僅かに開いて空気を漏らす。
「まあ、流石にそこまでうまくはいかねえか」
穂香が差し出してくれた右手を掴み、痛みを我慢しながら、立ち上がる。
ウルリラの横でジーニアが、地面を見て右手拳を口元に当てつつ、綺麗な姿勢のまま同じ場所を行ったり来たりして、何かを考えていた。
僕の全身からある程度痛みが引いたころ、考え事が終わったらしく、ジーニアは徐々に足を止める。
「木を切り倒し、魔物を討伐できるくらいにはなっていたいです。しかし、創造は詠唱が長い以外にも、物質が生成されている時間が短いとか、エネルギー消費が多いとか、色々欠点があるので、無詠唱ができるからと言って、使いどころは間違ってはいけないんですよね」
「結局は能力を過大評価しすぎないことが重要だな。というか無詠唱で使うなら、誤魔化せるようにしねえと」
「……他の人に見られるだけならともかく、機関にだけは気付かれたくないですからね。はあ……なんであんな――」
詠唱魔法で発動したときも確実に使えるようにと、今後も詠唱、無詠唱ともに練習することにはなった。
◇◇◇
森の中にあった小さな家の中は、教室のようになっていた。黒板に近い何かの前に、机と椅子三つ――そして、教卓を模したのか少し大きめの机も置かれていた。
「この家は、ウルリラが保有していた倉庫みたいなものを改造しました」
「え、そうなんですか?」
「まあ、もう使ってなかったしな。――壊してもらおうかとも考えてたし、ちょうどよかったんだ」
「そうなんですね! ――昨日の間にここまでやったんですか?」
「まあ、魔法を使えばちょちょいのちょいってやつですので」
ジーニアに自由に座ってくださいと言われたので、指示に従い椅子に腰かけた。
一番左にあった机にはウルリラが腰かけ、真ん中に穂香、一番右に僕が座る形となった。
ジーニアは、大きめの机の上に、教材(?)を置いた後、収納ケースから眼鏡を取り出し、右手でかける。
「あれ? 目が悪いんですか?」
「……イメージです。ほら言うじゃないですか? まず形からって。私誰かに対してものを教えたことがあまりないので、 取りあえず、形から入ってみようと」
「なるほど……私も眼鏡かけようかな」
「おしゃれな伊達眼鏡、一緒に選んであげましょうか?」 とジーニアが穂香に提案すると、嬉しそうに「ぜひ!」と言いながら、首を縦に激しめに振った。
僕達も準備――紙とペンをだすくらいだが――を一頻り終えた後今のは授業を始める前の雑談だったというように、眼鏡をクイッと上げる。
「では早速、やっていきましょう!」
「「よろしくお願いします!!」」
「本当は歴史のお話をしたいのですが、時間がなさすぎるので、歴史の勉強はなしにして、基礎も簡潔に参りましょうか」
こほんと、彼女は咳払いし、「まずは」と言いながら、黒板にこの世界の文字で「地脈」と書き始める。
「では問題です! 地脈とは一体どんなものでしょうか? ……カオルさんは少し勉強なされたと伺っていますので、知っている範囲で構いませんのでぜひお答えください!」
「……地脈には、魔法を使うために必要なエネルギーと、あと生物の生きた記憶が流れている、でしたよね」
「そうですね、大正解です! ――解説をしておきますと、この世界で最も重要なものの一つです。もう一つは後で説明しますが『根脈』ですね」
「両方地下に埋まっているもの、でしたよね。薫から少し聞きました」
「はい、それもまた大正解です。それでは、その名前の通り、地下に埋まっている脈である、地脈について深く説明していきましょう」
「「お願いします!」」
「……地脈、には、先程カオルさんが答えてくださった内容の他にも、一つ重要なことがございます。……それがエネルギーの放出――もとい、生物のエネルギー吸収です」
「エネルギーの吸収……あ、私がこの世界に来たばかりに息切れを起こした理由がエネルギーかもって薫が言ってた」
「まさしくそのとおりです。我々人間、生物――魔物までもがエネルギーを必要としています。もし、エネルギーが体内から完全に枯渇してしまったら、死んでしまうのです」
「死――!? ……でも、魔力変換してたら、そんなこと考えてられませんよね」
「そこはご安心を。生物というのは時代の流れとともに進化し、現在では必要最低エネルギー量を常時保持するようにできています」
「……すごいです」
「…………でも、それが二人に反映されているとは考えられないですよね。エネルギーによる疲労は「世界の理」で、エネルギーの最低保持は「遺伝子」でしかない。――二人はもしかしたら、エネルギーを完全に枯渇させてしまうかもしれません。死ぬことは絶対ないと思いますが、注意に越したことはないでしょう。今後、考慮に入れて魔法を使っていきましょう」
「「分かりました!」」
僕達が明るめに返事をすると、ジーニアが口元に手を当て、楚々として笑いだした。
「ふふっ、こういうのもいいですね。――こほん。ごめんなさい。他にも、地脈は地域によって、エネルギー保有の多さが異なるなどがあります。場所によっては蓄積しにくくなる恐れがありますので、こちらも注意しましょう。……地脈についてはこんなものでしょうか」
「あの、一つ質問いいですか?」
「どうぞ、ホノカさん 」
「あの、地脈には人々の記憶が宿ってると言っていましたが、エネルギーを吸収する際に、人の中に入ってしまうということはないのですか?」
「ホノカさん、良い質問ですね! これは基本的にはないと言い切れます。……基本的に、とつけたのは、あまり詳しいことが分かっていないからです。ただ、今のところそういうことが発生したとは聞いたことがありませんね」
「ありがとうございます!」
「いえいえ、では、次に根脈です。根脈とはどういったものなのか…………そこで寝ているウルリラ。答えなさい」
「…………知ら――」
パンッ! というウルリラの後頭部とジーニアが持っていた薄めの丸めた教科書が、ぶつかり合う音が響き渡る。
「カハッ」
「「……痛そう」」
「でしょうね。あなたはアカデミー卒ではないので、知識あまりありませんものね? 寝てないで覚えなおしなさい。というか、まじめに学習している人の横で寝ないでくれませんか?」
「……すいませんした」
「まあ、今回はいいでしょう。次寝たら、逆立ちで<リベル・ボルム>を五十周くらい走らせますので。しかも、途中でへばったら最初から。……では、話を戻しまして――」
「「切り返はやっ」」
鬼の形相に近しかった顔が、聖母のような穏やかな表情になるのに、僅か一秒である。
「根脈というのは、何らかの情報を保存し、世界中に広めることができるものです。今日では魔法陣の情報を流し込み保存させています」
「――根脈が何らかの物質を生み出したりとかはしないんでしたよね?」
「はい、そのとおりです。勉強していて偉いですね。――根脈は我々生物が何もしない限り、無価値でしかありません。逆に言ってしまえば、我々が何らかの情報を流し込むことで、初めて価値が生まれます」
「じゃあ、今は何か情報を流し込んでいるということですか?」
「そのとおりです。現在、根脈に流し込んでいるのは、魔法陣とそれに連携する詠唱番号です。ホノカさんは、疑問に思ったことをすぐに質問してくださるので、とてもやりやすいですねっ。ありがとうございます」
「……褒められ慣れていないのでやめてください、そういうの。照れます」
「ふふ、ごめんなさい、慣れてください。――お二方は詠唱魔法を聞いたことがありますか? もっと細かく言うと詠唱を覚えていますか?」
「……詠唱番号を最初に言ってる」
「……! 確かに確かに!」
「ご名答です。魔法の詠唱には必ず詠唱番号が含まれています。これは、根脈にある魔法陣を呼び出すために必要なんです。余談ですが、詠唱番号を呼ばなくてもいいようになっている魔法もありますが、言っておく方が安定しますね」
「番号を言わないと別の魔法陣を呼び出して不発する! ……みたいなことが起こっちゃったりするのかな」
「そうなんです! 鋭いですね! 詠唱番号を言わないとそういうことが発生してしまいます。どんな時でも、例え、言わなくてもいい魔法だとしても、必ず言うようにはしておいてください」
「なるほど。難しいですね……」
穂香の言葉を受けて、ジーニアは説明する口を止める。穂香の中で、考えがまとまるのを待っているのだろう。彼女は、日本語で紙に内容を纏めていた。僕が以前書いた者より圧倒的に見やすい。
「ありがとうございます。なんとかわかりそう」
「それなら良かったです。根脈についての話を続けますね。――ここで、無詠唱の話をしておきますと、無詠唱には二種類あります。一つが、詠唱同様、魔法陣を呼び出して発動するもの。もう一つが、自己完結するものです。これはそうなんだ、程度で構いません」
僕は机においてある紙に、おまけと小さな文字で書いておく。
「因みに根脈は、これしか説明することがありません。『情報を記憶する』。たったこれだけです。ですが、単純でありながらこの世界で最も重要なものでもあります」
単純でありながら、世界に対する影響力が強い。――いや、単純だからこそ、影響力が強いのかもしれない。
「そして、今説明した『地脈』と『根脈』。二つを合わせて――」
ジーニアは黒板に、白いチョークで大きく文字を書いていく。
黒板を叩く音、チョークが擦れる音、横から聞こえる、見様見真似で黒板の文字を書いていくペンの音が、闃然たる空間に心地よく響き渡る。
そして、さいごに一回大きめの叩く音が響き渡る。
ジーニアはチョークを置いて、僕達の方に向きなおる。
「『世界の理』と表されることが多くあります」
「……世界の理」
「『地脈』が失われれば、生物はこの世から消えてしまいますし、『根脈』が失われれば、魔法は殆ど全て、使えなくなります。この世界で生きていくうえで、決して覚えていなければならないこと。二人ともゆっくりでいいので、覚えてくださいね」
「「分かりました!」」
「いい返事ですね。――で? ウルリラは思い出しましたか?」
「……このくらいは元から――」
パンッ! というウルリラの後頭部とジーニアが持っていた厚めの丸めた教科書が、ぶつかり合う音が響き渡る。
「ゴハッ」
「「……本当に痛そう」」
「寝てましたよね?」
「…………寝てな――ああ、寝てた気がするな」
逆立ちで走らされないか不安でしかなかった。
その後もジーニアの授業は続いた。
ジーニアの授業の後、ウルリラが剣技を教えてくれるとなった時、「他に目的はねえか?」と聞かれた。
その場で答えることはできなかったが、今ならこう言える。
穂香を――そして、誰かを守れるようになりたい
と。
助けられてばかりの人生に慣れすぎていた。それに甘えていた。
彼にそう告げると、静かに「いい目的だ」というように、朗らかな笑みを浮かべた。
陽は半分以上が地平線に沈み、日本ならば烏が鳴いている頃だろう。
「今日はここで終わりにしましょうか。ホノカさんは明日から本格的にこの世界の文字をお教えしますので、明日までにこれの一枚目と二枚目をやってきてください」
「わっ。凄い! 作ってくれたんですね、ありがとうございます! 頑張ります!」
「分からないことがあったら、聞いてください。カオルさんもいますから。……協力してあげてください」
「……もちろんです」
「あ、そうそう。暫く私は座学がメインです。ですので、ウルリラの時に思いっきり身体を動かしてください。運動しないと身体が訛りますから」
「分かりました」
「――めっちゃ動かします!」
ジーニアは僕達の言葉に一瞬莞爾として笑うが、直ぐに真剣な表情になった。
「少し大事なお話ですが……先程機関から連絡がありまして、周辺で……身元不明の死体が発見されたそうです」
身元不明――ジーニアがその言葉を告げるとき、言葉がわずかに詰まっていた。
おそらく、何かを察していたのだろう。
そして――僕にも一人だけ思い当たる節があった。
それを代弁するように、穂香が会話を繋げる。
「それってもしかして……」
「私自身が確認はしたわけではありませんが、制服らしき衣類を着ていたとのこと。そして、その制服はここ周辺のアカデミーの制服ではなかったようです。……もしかして、お二人の知り合いでなのではないでしょうか?」
美鈴が言っていた行方不明の生徒であることは、まず間違いなかっただろう。
「……多分、僕達の知り合いです」
「それは……。――ご冥福をお祈りいたします」
ジーニアは誰か知らぬ者に対して黙禱する。僕と穂香そして、ウルリラも目を閉じて静かに――祈りを捧げた。
全員が目を開けなおした後、ジーニアはその殺人試験の詳細を説明していく。
「ご知り合いを殺した犯人についてなのですが、傷跡等からここ最近の連続殺人犯と同じであると考えられているようです。周辺には魔力痕等の痕跡が残されておらず、既に別の場所に行ってしまったのではないかと言われていますが、くれぐれもご注意ください。一応宿場は<リベル・ボルム>内ですので、安心だとは思いますが」
「わかりました……」
「あと、周辺にカウリストロ刻まれた木が残っていたそうですので……――もしかしたら、カウリストロがいるのかもしれません」
「それは……」
元の世界に戻れる可能性を見いだせた面だけ見れば、喜ばしい事なのだろうが――それ以外を踏まえると素直に喜ぶことはできなかった。
僕は三人と一緒に<リベル・ボルム>に戻るために、森の中の道を進んでいく。
――複雑な感情を抱きながら。
◇◇◇
修行、特訓、授業、なんというのが適切か――何れにせよ、そんな日々が、殆ど毎日のように続いた。
「すべての転移魔法は覚えるのに多くの時間を要します。また、エネルギー消費量も多いため、一部転移魔法だけを無詠唱で使えるように覚えておきましょう」
「剣はただ握るだけじゃあ使い物にはならねえ、己と剣は一心同体であることを自覚しておけ」
「魔法は時に大きな欠点となります。魔法を過信して、自己能力を低下させないようにしてください」
日が流れる。
知識が増えていく。
「もし、急に敵に襲われたとして、即座に剣を握れるようにはしておけ。無理なら魔法だ。カオルの場合は最悪、無詠唱で創造を使え。近くに魔法道具を付けとけば、場合によっては、ごまかせるだろ。――もちろん使わないのが一番だが」
「魔法の種類はとても多いです。ですが、分野分けのおかげで、詠唱を含めてある程度規則性があります。しっかりと規則性を覚えていきましょう」
「詠唱魔法を覚える基準は知らねえが、無詠唱の優先順位は、自己強化、支援、回復――あと、出来れば攻撃か」
月日が流れる。
技倆が増すのを実感する。
「ホノカさんは支援を多くして、カオルさんの支援に徹するようにしていきましょう。当然、自分一人でも魔物と戦えるようにですが」
「剣の振る速度が遅いな。お前華奢過ぎるんだわ。剣を使うときは自己強化か、穂香から支援魔法を受けておけ」
「自分の能力を過信しすぎるのもいけません。常に謙虚に、常に研鑽を」
時間が流れる。
人と魔物と闘う術を覚える。
「魔物との実戦は十分だが、カウリストロと戦うなら、こうはいかねえからな。一度でも良い。俺の胸元に模造剣を当ててみろ」
「ホノカさんは、剣を振り回すより、遠距離型の攻撃魔法を覚えていく方がいいですね」
「何事にも恐れすぎるな。だが、恐れることを忘れるな」
時間は光のように流れる。誰も止めない。誰も阻まない。
クラスメートを殺したと思われる人物も姿を見せぬまま――あっという間に一年弱が経過していた。
しかし、何もなかったわけではなかった。
それが最近カウリストロという言葉をよく聞くようになったということである。
――一体何故なのだろうか。
「もうそろそろ、これができたら、完璧っていう判定を決めとかねえとな」
「ありがとうございます」
僕は呼吸を整えながら、ウルリラに今までの全てに対して感謝を伝える。
一年弱という長すぎる時間、ウルリラとジーニアは嫌な顔せず、懇切丁寧に多くのことを教えてくれた。
――<リベル・ボルム>の住人から、色々安くしてもらったり、色々頂き物を頂く機会もあったが。
それなりに魔物も倒せるようになっており、この世界に来た当初に比べれば――当然だが、大きく成長したといえる。
「案外あっという間だったな……教えたりてないとこがねえか確認しておかねえと」
現在、ジーニアは新しくやってきた受付の人に、一連の仕事内容を教えるために、席を外していた。
黄昏時に近づく中、森の中の教室――という小洒落た単語が根付いてきた家の前で、休憩時間に三人で他愛ない話をする。
「私、少し思ったんですけど、世界移動も転移魔法。別の場所に瞬間移動する魔法も転移魔法。区別がつきにくいですよね」
「……たしかに」
「だったら、世界移動の方を転世にしておけば良いんじゃね。安直だけどな」
「でも、分かりやすいです。僕達くらいしか使わないでしょうから、今度からそう言う事しますね」
今でもキチンと美鈴と連絡を取り合っているらしく、穂香はポケットの中から、本来の用途は完全に失ったスマートフォン――ジーニアとウルリラの前ではすでに抵抗がない――を取り出す。
「? 美鈴ちゃんから何か来てる」
スマートフォンには――、
「宮本君がアドーラっていう言葉? 名前? を口にしてた。何かわかる?」
と書かれていた。
その内容に、僕と穂香は期せずして、同じ速度で首を右に傾げた。
「……初めて聞いた」
「僕も……ウルリラさんは何か知ってます?」
「いや、全く聞いた事ねえな」
「そうですか……ジーニアさんなら何か知ってるかもですねっ」
噂をすれば影。ジーニアが走って僕達の方にやってくる。
しかし、その表情は焦燥しきっており、彼女の心中は決して穏やかな状況ではないと思われた。
「ジーニアさんどうしたんですか? そんなに慌てて」
彼女は極度な息切れを起こしながら、両膝に手を当てて呼吸を整える。
しかし、完全に呼吸を整え切れる前に、荒げた声で言葉を繋いだ。
「先ほど、機関から報告がありまして! 周辺の森から、大量の記憶魔物が発生して、現在<リベル・ボルム>に向かって襲って――! 」
「「「――――――――!!」 」」
数多の違えた咆哮が、一つの狂想曲を創り出し、記憶溢れる世界に奏で響いた。
Tips : 廻っていた二つの歯車の内、一つの歯車が壊れ、また新たな歯車と廻り始める
成長シーンは話数に余裕があれば書くと決めていたのですが、なかったので書きませんでした。何処かの機会で書けたらいいですね。
長くなりましたが、序章は残り五話ほどです。よろしくお願いいたします。
第八話は5/10もしくは5/11に投稿予定です
2021/5/9 : 諸般の事情により、投稿予定を5/15以降に変更します。ご迷惑をおかけして誠に申し訳ありません。