第一話 セカイからの追放
2021/5/2 : 序章終了時に、プロローグの大幅な変更を予定しております。なお、これによって彼等の物語が変化することはありません
2021/5/4 : プロローグを変更しました。
Tips : 信念と信念が啀み合う
『Caulestroを倒しなさい』
誰かが言った。
誰かに? 僕に?
――違う。誰かにでも、僕にでもない。
その声を聞いたのは――。
◇◇◇
「……その小さな耳でよく聞くように――君は戦力外通達だ」
耳元で囁かれたその声の気持ち悪さに、全身に悪寒が走る。
僕の耳元で囁いた者の名は、宮本。
なぜこのような状況になっているのか――。
時はおそらく数時間程遡る。
教室から真っ赤な空を眺めていた時、突如として視界が歪んだ。
そして、次に目を覚ました時、瞳孔を通して見えるのは――無機質な病院の天井でも、少し飾り気のある自室の天井でも、蛍光灯が等間隔に並んだ教室の天井でもなく。
――無数の星々が輝く絢爛豪華な夜空が広がっていた。
そして、周囲を見渡すと、同じクラスにいた数十名の人物が何やらおかしなことをしていた。
右手から炎を出したり、人間離れした跳躍をしていたり。兎にも角にも、地球上の人間であれば、到底できない行為をしていた。
つまり、この場所が、地球の存在している世界とは別の世界であるということになる。
一緒に転移してきた幼馴染みの穂香から、他の人は魔法と言っているという旨の話を聞いた。
その後、最後に目を覚ましたであろう僕のもとに、宮本がやってきて、他の者と同じように魔法が使えるかどうかを確認してきた。
そして――今に至る。
宮本は、金色に染めた短めの髪を持ち、美少年という言葉がよく似合う容姿をしている。
しかし、性格はものの見事に腐っていた。
美少年は性格もいい人が多いと聞くこともあるが、彼に至っては一切そういった要素はない。
中学時代、彼からいじめを受けていた。――一度だけ、死に限りなく近い状態にもなった。
他の者もいじめを受けていたという話もあるが、宮本の両親による社会的制裁を恐れて、中学側はいじめをもみ消していたため、真相は定かではない。
しかし、高校に入学し、僕に対するいじめに関しては、随分とおさまることになる。
その理由というのが、幼馴染みの穂香の存在であった。
穂香はミディアムに揃えた綺麗な栗色の髪を持ち、同じく綺麗な澄んだ茶色い目をした少女。僅かに色褪せたゴールドヘアピンで、前髪の左を留めている。
彼女は、男女隔てなく――金髪の男子生徒を覗く――優しく、なにより明るく接するため、性別関係なく人気が高い。
――姉弟のように育ち、僕の両親が他界した後、ずっと寄り添ってくれていたとはいえ、今でも幼馴染みという事実が嘘なのではと思うときがある。
彼女に対し、好意を抱いている人間がいてもおかしくはない。――むしろ納得できる。
宮本も惚れていた――とでもいうのだろうか。
兎にも角にも、穂香のおかげで宮本からのいじめは大分落ち着いていた。
「未知の世界で一人になる。これほど恐ろしいことはないのではないか?」
などと目の前で発言しているが、中学時代を考えると、「嫌だ!」とか、「それだけは!」とか、追放をやめるように懇願する言葉を発する理由が一つもなかった。
それに――。
「いや、怖い以前に追い出されても構わないし。……宮本のおかげで高校の時間、退屈はしなかったよ」
最大限の皮肉を宮本に向けてぶっ放した後、僕は彼に背中を向けて、堂々とした――おそらく宮本に見せる中では一番――姿で歩き始めた。
歩き始めた直後。
「じゃあ、私も魔法が使えないから、宮本たちのところから離れるね」
後ろで何の衒いもなく、朗らかな声で告げる穂香の声に、歩く速度を遅くする。
彼女は、離れると告げた後、僕の右隣にまでやってきて、轡を並べるように歩き始めた。
「いや、ちょっ……! 別に新田さんは離れる必要なんて――」
宮本の言葉を遮るように、穂香は立ち止まり、そのまま首を右に回して、宮本を睥睨した。
「一つ言っておいてあげるわ。……いい加減――理解しなさい。天性のお馬鹿さん」
最後の言葉を聞いて、僕は吹き出しそうになるのを必死でこらえる。
吹き出しそうになった要因を作った彼女はというと、一歩前に出て振り返り、今も昔も変わらぬように、左手を差し伸べている。
「行こう! ――薫!」
分かっていた。未知なる世界でも彼女が手を伸ばしてくれることを。――だから僕は、彼女の手を取って、緩やかな草原の山を下っていく。
背後から、何者かが頽れて、地面から生えた雑草を潰す音が、小さな音で耳に入ってきた。
風が鳴る。星が鳴る。草が鳴る。
それは何を意味したものなのか。歓迎か、応援か、あるいは嘲笑か。今はそれを知ることはできない。
宮本たちの姿が見えなくなって数分経った後、僕達は走るのをやめる。
秋に吹いているようなひんやりとした風が、草原を吹き抜けた。
「穂香は魔法? が使えないの?」
少し気になっていた素朴な疑問を口にする。
星空を眺めていた彼女は、彼女は右手の平を広げて、顔を鼻まで隠し、そして、からかうような笑みを零した。
「さあ、どうなんでしょう? ……でも――」
彼女の手を握っていた右手から、何かが流れ込んでくるような感覚がした。
それが、彼女の魔法なのだとすぐに理解する。
「少なくとも、薫には使えるよ」
「他の人には?」
「――試すわけないじゃない! あんな馬鹿のもとに居たくないもん!」
最近で一番楽しそうに笑う穂香に、僕は怪訝そうな顔を向ける。
それは単純に、この選択でよかったのか、という疑問から来るものだった。
「穂香……後悔しても知らないよ? あっちにいた方がよかったって思えるかもしれない」
手を伸ばしてくれることは分かっていた。
でもそれが、幼馴染みという単純な理由なら、何れ後悔することになってしまうかもしれない。――それだけはやめてほしい。切なる願いだった。
その願いを知ってか知らずか――少なくとも、その言葉を聞いた彼女は、露骨に不機嫌な表情を浮かべた。
しかし、その表情はすぐに消え去り、笑顔が戻る。
「ねえ、薫知ってる? ……後悔というのはね、文字通り先には決して来ないの。――だから!」
僕の手を握っていた左手を一気に持ち上げ――。
「その時の最善を選んで! 未来でその選択に、可能な限り悔いがないようにするべきじゃない?」
「――そう……だね」
それには反論も反駁もない。
僕は穂香に倣って、楽しげな笑い声をあげる。静謐な空間に、自らの笑い声を響かせるのは、随分と心地よかった。
調子に乗って大笑いしていたせいか、背後から誰か来ていることに気が付かなかった。
「あの……!」
風に飲まれて消えてしまいそうなその声を聞いて、笑うのをやめて咄嗟に穂香の手を払う。
「あれ? どうしたの美鈴ちゃん?」
声の主を知っていた穂香が、後ろを振り返って質問する。
そこにいたのは――癖っ気のないまっすぐで艶やかな黒髪が腰のあたりまで伸びており、大和撫子の言葉が似合う、寡黙そうな少女であった。身長は百五十センチメートル辺りと、僕や穂香よりも小さい。
寡黙そうな少女ではあるが、よく穂香と喋っている印象を持っていた人物だった。
「ほのちゃんと……暁君、は……今携帯、持ってる?」
「私は持ってるよ?」
「僕も一応」
「だったら、これ……! ――後で登録しておいて。……メ、メールアドレス……だから」
彼女から小さな折りたたまれた紙を渡された。
真っ白ではなく、端がピンク色で、花柄のついた、文通に用いられそうな紙だった。
「あの……それ、だけ」
僕たちの方を向きながら、後ろに二、三歩下がり、穏やかな笑顔を浮かべた。
「じゃあ、またね……!」
「うん、またね!」
僕は何と言えばいいのか迷ったが、数秒してから、穂香と同じように言葉を返した。
「またね」
穂香は美鈴が見えなくなるまで手を振っていた。
美鈴が見えなくなったのを確認した後、僕達はまた、静謐な空間に跫音を響かせ始める。
「ねえ、この世界、電波通るの?」
「え? さ、さあ……」
穂香の当然の疑問に沈黙が返事する。
彼女は話題を変えるように、大きく咳払い。
「コホン。――まあ、美鈴ちゃんはいい子だよ。とってもとってもいい子だよ」
「そう……なんだろうね」
宮本のことを踏まえると、ここに来るだけでも勇気のいる行動だろう。
「物静かな子だけど、明るい子なんだよ? 薫にもずっと紹介したかったんだけど、こんな形になっちゃったね。――この世界でもまた会いたいな!」
「だったら、今からでも――」
「それは嫌だし、分かってることを聞くな」
穂香のむすっとした顔を見て、僕はつい吹き出してしまう。
「笑わな!」と、右隣で異議を唱える少女の声を聞きながら、物思いに耽っていく。
小学校低学年の時、二人で小さな町を冒険した。森の中に入って、カブトムシを捕まえようと試みたり、怖いで有名なおじさんの家にお邪魔してみたり――なぜか歓迎された――、商店街のコロッケを買ったり。それは小さな小さな冒険譚だった。
そして今この時、また昔に戻ったかのように冒険を始めようとしている。少し違うのは、小さな町の冒険から、大きな世界の冒険にレベルアップしたこと。
歩いている間にも、穂香のおかげで、不安感よりも期待感の方がどんどんと上回っていく。
だから今はこう考えることにする。
地球からの追放に感謝! と。
◇◆◇
何故、こうなったのだろうか――。
どうして、こんな運命をたどったのだろうか――。
守られてばかりだった。
諦めて、受け入れて――そうすれば、すべてがうまく収まると思っていた。
でも、それは間違いだって気付いた。守られてばかりなのも、諦めることで丸く収まるということも。
だから、今度は守ろうと思った。少しでも――助けようと思った。
なのに――。
「僕は……僕は、どうすればよかったんですかね?」
右手に掴まれた直剣の先端から、汚れてしまった、黒く粘り気のある赤い液体が、重力に逆らえず、灰色の地面に落ちていく。
『――迷いに対して導く答えというのは、覚悟か諦念だろう。迷った時点で、どの選択をとっても後悔はするだろう』
女性の冷静で――しかし、心のこもった声が、魔法道具を介して伝わってくる。
「あはは……馬鹿みたい」
覚悟がないなら、人を助けるべきではなかった。
覚悟がないなら、青年と対立するべきではなかった。
覚悟がないなら、与えられた能力を使うかどうかで迷うべきではなかった。
目の前に広がる人であった存在が死屍累々としている光景と、この世界で行ってきた自らの行動から目をそらすように、――ゆっくりと瞼を落とした。
いつの日か。
――全ての選択が間違いではなかったといえる日が来てほしい。
◇◇◇
「さようなら」
Tips : クラスメートは計三十三人である。しかし、昼食時ということもあり、転移した人数は、薫と穂香含めて十八人となっている。……何故、薫のいた教室の人のみが転移したのか。何故、転移することになったのか。それは謎に包まれている