おとなりは、どうやら、飲み会に行きたくないオジサンらしい
飲み会に行きなくない若者ばかりか、行きたくないオジサンもいっぱいいる数字を見つけました。そこからお話を膨らませて土曜の夜のシュールなマッサージ店の風景を書いてみました。
明日の月曜の朝から引き算する日曜の夜の憂鬱に、一服の清涼剤として読んでいただけたら幸いです。
土曜の夜は9時を過ぎると、バスが間引かれる。
飲んだあとの脚のだるさも気だるさも酔い心地の延長と味わっているのに、何方の駅からも真ん中の、この飲み屋街でタクシーを拾わずに帰ろうとすればバスだけだ。そのバスが、土曜の夜の酔っ払いのことなど気にもとめない時刻表で構成されている。
土曜日だってちゃーんと15分刻みにしてるだろうと言うが、甘い。市街地に新しい交通機能でも付加したみたいな謳い文句にするために、今まで一本だったのが乗り換え方式に変わって、いま騙されて乗ったら、着いた先の乗り換えに30分待たなきゃいけない。それが嫌なら、アリバイ作りにバス会社が残した11時前の直通に乗るのが賢明だ。
と、なると暫くはこの飲み屋街で居続けとなる。ビール2杯にウイスキーをハイボール2杯とロックで1杯。こんなふうに飲んだ種類と杯数を記憶して、すらすら出てくるなんてオレも酒が弱くなったもんだ。足し算でなく、あとこれくらいなら大丈夫と引き算してるから、数えてる、記憶している。
バーにしては早めの時間帯にひとり入って、マスター相手に、似たような常連相手に腹の足しにならない話と一緒に飲んできたのだ。もう1軒という気は起こらない。
胃袋ばかりか、椅子に座りグラスを持つのは飽きてしまった。
それでも、帰らない、帰れない。どこか籠るところはと足を進める。あんまり歩くと、ほうら駅までだって歩いて帰れるじゃない、の距離になる。それが出来ないから、嫌だからと言っているのに。
自分に噓をつくのは、やっぱり気持ち良くない。
マッサージ店を見つける。外に出したスタンド看板の料金と女性モデルの写真だけで、その手の店か本当に女性客も往来する店なのかは判別できない。二階とはいえ、老舗商店もある大通り沿いに面している安心感から登ってみる。
オープンキッチンのダイニングバーみたいだな。
ドアを開けた最初の印象だ。細長い造りに合わせるように施術台が横一列に並び、隣の客とはプライバシー保護のためカーテンで仕切っているが、足元の方は店内の動線なので、開けっ放しだ。これでは、スタンド看板にあるモデルさんみたな女性客はこないだろうが、怪しいサービスが付きまとう心配もない。
「前金でお願いします。30分2500円ね」
3千円払い、500円玉を受け取る。こうした店で、硬貨を受け取るのは新鮮だ。施術台の上にプラのかごが乗っているだけ。説明もなければ注意書きもはってない。エアコンの効きもいまいちなので、パンツだけ履いていればいいだろうと、ほかはすべてプラのかごに放っておネーさんを待つ。
「おニーさん、肩、腰、どこがイタイ」
さっきお金のやりとりした黒いカーディガン姿のおばさんよりも幾分か若くて痩せ気味のおネーさんがニコニコしながら入ってきた。特にどこという所はないが、全体に固くなっているんで、くっついてるお肉をみんなほぐしてもらいたい。
「くっついてるおニク ヲ ホグス。なんだかお料理みたいネ。おニーさん面白いヒトね」
そんなつもりの軽口でなかったが、酒の入った口が普段よりもやわやかな口当たりの口調に変わっているのかもしれない。肩甲骨を左右順番に剝がしているのをみて
「うー、肩の軟骨がゴリゴリいうのが聞こえる。鳥の唐揚げ食ってるときの、最後まで意地汚くしゃぶってるみたいだ」
ー ハハハハ ははは ハハ
細かいニュアンスの日本語は、うけないらしい。こちらが期待する以上の愛想笑いで応えてくれた。
「おネーさん、どちらから」話を切り替えるのには重宝なあいさつだ。
「大連ね。さっきのひとはハルピン」中国人なのは前提で返してくる。
「どうりで二人とも美人ははずだ。どっちも美人の産地だよね」
「ネットでよく出てるね。でも一番は四川だよ。この辺りには四川のヒト、いないね」
こうテキパキ応えてくれると、次が続かない。まー続ける必要もないから、一通りのあいさつが済むと、ほぐされる方に身体を預けることにする。
唐揚げを食べてる感じから、大きなボウルに漬けられた下ごしらえの醬油まみれにイメージは変わってくる。乳白色の鳥皮と茶色い醤油色の混濁がズームで近づいたり離れたりするうち、眠りに落ちる。
ストーンと落ちていたたのがどれくれいなのか。ほぐしからのもみ治療も終盤となっているようだ。
「気持ちよく寝てたね、おニーさんいっぱい飲んできたね」
のごあいさつに照れ笑いで返し、起こされた原因のとなりのお客の話し声に耳をたてる。
多分、うつぶせのままなのだろう。施術しなが掛かってきた携帯に向かって、うんうん返事をしている様子だ。
「すぐいくから・・・・・・・本当に今度はすぐいくから・・・・・・2軒目からはちゅんと顔出すから、席作っておいてよ。うん、なんて店、うんうん分かった。そこ、多分オレのボトル入ってるから・・・さだんじ、その名前で入ってるから、えっ、何それって。しらねぇよ、ママが俺がその歌舞伎役者に似てるからって勝手にそう書いたんだよ。だから、さだんじさんの知り合いですっていったら、サービスしてくれるかも。でも忘れてるかな、1年以上いってないから。それじゃ、よろしく」
最後は一方的に喋り終わると、あーあぁと相手に聞かせるような大きなため息だして、延長を申し出てる。
「おニーさん、今度こそ延長本当にいいの。もう5回だよ。電話30分づつ3回もきたよ。相手のヒト本当に怒るよ」
えんちょうえんちょうで3時間も付き合わされているのか、相手のおネーさんのあきあきと疲れ切った声がする。身体の疲れよりもこんなどうしようもないグタグタに付き合わされての気持ちが全面に出てくる。
こちらが聞こえるのだから、隣の客だってずっしり響いているはずなのに、熱い電話を終えばかりに続けて畳みかけられても右から左に聞き流す気まんまんだ。
「いいからいいから、延長ね。ほらっさっきのお釣りそっくりここにあるから持ってってよ」
グタグタを振り切ったあとの爽やかな声だった。また30分したら電話が掛かってくるのんだろう。でも、そろそろ向こう側が根負けして掛けてくるのをやめるかも。でもやめちゃったら、その後、次の日のお昼頃にもっと上塗りしたグタグタが覆いかぶさってくるはずだ。
でも、おとなりさんの声は明るい。延々同じマッサージを繰り返すおネーさんの気分と真逆の新鮮な唸り声だ。30分後がどうなろうと、明日がもっと面倒くさくなろうと、いまは行きたくない飲み会をスルー出来たのだ。いまは心地いい。それ以上の選択がどこにある。
と、腹の声まで聞こえてくる。わたしも何かスカーと弾ける炭酸でも浴びたような爽快な気分をお裾分けされた気分に浸る。
「はいっ、おニーちゃん。ありがとう、時間になりました。延長するぅ」
「おネーさん、マッサージ上手ね。さっき寝ちゃってもったいなかったから延長お願いね。はいっ2千5百円丁度」
受け取ると、そのままレジ箱の中に持っていきすぐにとんぼ返りしてくれた。また、最初からの肩甲骨はがしが始まる。わたしは今度は揚げたてや下ごしらえの鳥でなく、少し軽くなった自分の身体で施術を受ける。
あと、何回延長しようか。ううん、数えるのはやめよう。バスがあるまでとか、家の鍵を掛けられる前だとか、そっちが先に出てきて引き算になってしまうから。




