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3 前衛の死闘

 水平線の彼方へと、陽が沈みつつあった。

 真っ赤に染まった太陽が、最後の光でソロモンの海を照らし出している。

 紅に染まった海上に、戦艦インディアナは無残な姿を晒していた。

 右舷に大きく傾いた船体、沈み込んだ艦首、艦上構造物も瓦礫のように破壊されていた。両舷に備えられた両用砲は砲塔ごと破壊され、砲身があらぬ方向を向いている。機銃座も飴細工のように捻じ曲がり、血や肉片が銃座に張り付いていた。

 一式陸攻による最初の空襲以来、フーバー大佐に率いられた損傷艦艇群は、この時刻までに五次にわたる空襲を受けていた。

 午後からは陸上機だけでなく艦載機による空襲も加わり、そのほとんどは速力が低下し回避運動が困難となっていたインディアナに集中した。

 昨夜の海戦から数えて、彼女はすでに十一本の魚雷をその身に受けていた。

 特に、驚異的な精度で爆弾を命中させてきた敵艦爆隊による被害が、実質的にインディアナの死命を決した。

 ジャップの使用する二五〇キログラム爆弾は、強靭なサウスダコタ級の装甲を貫くことは出来なかったが、艦上構造物を次々と破壊していったのである。

 そのため、対空火器の大幅に減少したインディアナは、接近する一式陸攻(ベティ)九七艦攻(ケイト)を撃退することが出来なくなってしまった。

 現在、インディアナはわずか四ノットの低速でエスピリットゥサントへと向かっている。

 とはいえ、エスピリットゥサントまで持ちこたえられそうにないことは、誰の目にも明らかであった。アメリカ海軍の優れたダメージコントロール技術を以てしても、もはやインディアナを救うことは出来なかった。

 サウスダコタ級は凌波性に欠陥を抱える戦艦であり、艦首の沈下はインディアナの復旧に致命的な影響を与えた。

 一時は後進をかけることで艦首の沈下を抑えようとしたが、さらなる被雷による浸水の増大はその努力すら無意味にしてしまった。

 現在、インディアナはいつ転覆沈没してもおかしくない状況であった。

 軽巡ヘレナ艦上からインディアナの様子を見ていたフーバー大佐は、敗北の屈辱と自身の無力感に唇を噛んでいた。

 南太平洋方面軍司令部からは、インディアナの復旧に全力を尽くすように命令されていたが、それも果たせそうにない。

 出来るならば、陽のある内にインディアナ乗員の救助を行ってしまいたい。もし夜間に救助を行うとすれば探照灯を点けることになり、敵潜水艦を呼び寄せてしまうだろう。

 この海域は、日本軍潜水艦の活動範囲なのである。九月には空母ワスプがそれに引っ掛かって撃沈されている。

 救えぬ船の復旧に固執して、他の艦艇の乗員を危険に晒すことは出来ない。

 すでにフーバーは轟沈したジュノーの乗員を、断腸の思いと共に見捨てているのだ。瞬時に沈没したために生存者はいないと判断されたのと、一刻も早くラバウルの空襲圏外へ退避することを優先しての決断だったが、探せば何名かの乗員は救えたかもしれないと彼は思っている。

 実際、ジュノー乗員は沈没時に百名余りが生存しており、彼らを見捨てたことで後にフーバーは査問委員会にかけられることになる。


「艦長」


 通信兵が、紙を持って艦橋へとやってきた。


「南太平洋方面軍司令部より入電です。インディアナノ放棄ヲ許可ス。乗員ノ救助ニ全力ヲ尽クサレ度シ。以上です」


「……判った。ご苦労」


 フーバーは痛みを堪えるかのような低い声で応じた。

 日が沈む前に、ハルゼー中将がインディアナ放棄の決断をしてくれたことはありがたい。だが、これで彼女の喪失は確定してしまったのだ。

 いくら沈没が確実な状況とはいえ、すべての可能性が閉ざされたことへの衝撃は大きい。今までは南太平洋方面軍司令部からのインディアナ復旧命令に一縷の希望をかけていたが、その縋るべき命令すら今はなくなってしまったのだ。

 奇襲であった真珠湾攻撃を別にすれば、インディアナは戦闘行動中に失われた初めての合衆国戦艦ということになる。それも、ジャップの戦艦を打ちのめすことを目的に建造されながら、一度も敵艦にその主砲の威力を発揮することもなく、である。

 だが、ここで悲嘆に暮れているわけにもいかない。

 フーバーは意を決して、麾下の艦艇にインディアナ乗員の救助を命じた。

 総員退艦命令が発せられてから沈没までに時間があったことで、インディアナ乗員のほとんどが救助されたことは、不幸中の幸いともいえた。

 インディアナの沈没は、アメリカ軍側の記録によれば現地時間一九三七時といわれている。






 このインディアナの撃沈について、後世の歴史家たちは日本海軍の判断に賛否両論を下す。

 第二次攻撃を行わなかった真珠湾攻撃に比べ、損傷艦艇に対する徹底的な追撃を行い米新鋭戦艦撃沈の殊勲を成し遂げた第十一航空艦隊司令部と山口多聞第二航空戦隊司令官の判断を支持する者がいる一方、目標の選定を誤ったとする歴史家もいる。

 日本海軍航空部隊は、真珠湾からガダルカナルへと接近していた米輸送船団を撃滅すべきであったというのが、彼らの主張である。

 輸送船団はハルゼーからの命令によって一時退避行動をとっていたとはいえ、この船団に上空直掩はなく、撃滅は容易であったと推測されたためである。

 とはいえ、この船団は最終的に日本海軍の索敵網にかからなかったので、日本海軍が見逃してしまったことは不可抗力の面が強い。

 日本海軍の索敵能力に疑問を残す結果ではあったものの、当時の日本海軍は戦艦撃沈という結果に満足し、輸送船団を取り逃がしてしまったことをあまり重大視していなかった。

 特に連合艦隊司令部はこの時、刻々と迫る米戦艦との艦隊決戦に意識を集中しており、二航戦に敵輸送船団の捜索と撃滅を命ずるだけの余裕を持っていなかったのである。

 とはいえ、ガダルカナル周辺の制海権・制空権を確保すれば勝敗が着くことは事実であり、その意味では連合艦隊司令部の判断に重大な過誤があったとは言い切れない面があった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 ガダルカナル島ルンガ沖へと先に艦隊を展開させたのは、当然ながら迎撃側である日本海軍であった。

 連合艦隊司令長官・山本五十六直率の大和以下挺身攻撃隊は、十一月十三日一八〇〇時頃にはルンガ沖への進出を果たしていた。

 途中、一四二九時に敵潜水艦からの雷撃を受けたものの、損害はなかった。しかし、敵潜から発せられたと思しき電波を受信しており、この時点で連合艦隊司令部は米軍側に捕捉されたと判断していた。

 とはいえ、大和は第二航空戦隊宛に多数の電波を発信しており、敵に捕捉されたことをさほど重要視している者はいなかった。すでに艦隊の誰もが、米戦艦部隊のガダルカナル来寇を覚悟していたのである。


「各部隊の展開、完了いたしました」


 灯火管制の敷かれた戦艦大和夜戦艦橋で、宇垣纏参謀長が報告した。


「うむ」


 それに、長官席に座っている山本が頷く。

 現在、戦艦部隊である大和、長門、陸奥の第一戦隊はガダルカナル島-フロリダ島間のシーラーク水道(鉄底海峡)を封鎖するように単縦陣で航行している。上手くいけば、敵戦艦部隊に対して丁字を描くことが出来るだろう。

 一九四二年十一月十三日一八〇〇時を以って、日本海軍がガダルカナル島沖へ展開させた戦力は、次の通りである。


射撃隊 司令官:山本五十六大将(連合艦隊司令長官)

第一戦隊【戦艦】〈大和〉〈長門〉〈陸奥〉

第九戦隊【重雷装艦】〈大井〉〈北上〉


直衛隊 司令官:橋本信太郎少将(第三水雷戦隊司令官)

第三水雷戦隊【軽巡】〈川内〉

 第六駆逐隊【駆逐艦】〈暁〉〈雷〉〈電〉

 第十九駆逐隊【駆逐艦】〈磯波〉〈浦波〉〈敷波〉〈綾波〉

 第二十駆逐隊【駆逐艦】〈天霧〉〈朝霧〉〈夕霧〉〈白雲〉


掃討隊 司令官:阿部弘毅中将(第十一戦隊司令官)

第八戦隊【重巡】〈利根〉〈筑摩〉

第十戦隊【軽巡】〈長良〉

 第十六駆逐隊【駆逐艦】〈初風〉〈雪風〉〈天津風〉〈時津風〉

 第六十一駆逐隊【駆逐艦】〈照月〉

第十一戦隊【戦艦】〈比叡〉〈霧島〉


 第十一戦隊は、昨夜の海戦と同じく、急遽艦隊に組み込まれた部隊である。敵戦艦を迎撃する以上、戦力の集中は戦術の鉄則である。例え昨夜以上に残弾に不安があろうとも、射撃隊にとって脅威となる敵水雷戦隊の攻撃を吸引させる程度には役に立つだろう。

 第十一戦隊はもともと第三艦隊所属の部隊であり、同じく第三艦隊所属である掃討隊の各艦との連携に不安はない。

 第十一戦隊を除く掃討隊の各艦は母艦支援隊として出撃したが、現在、空母飛龍、瑞鶴の護衛は第十駆逐隊に任せていた。

 ルンガ沖に布陣した艦隊は、現状で日本海軍が投入出来る最強の水上砲戦部隊である。

 ガダルカナルへと戦力を集中させようとする山本五十六の努力が垣間見える編成であった。

 これら三部隊はルンガ沖から東へと、射撃隊、直衛隊、掃討隊の順で展開していた。

 射撃隊は前述の通り、ガダルカナル島-フロリダ島間を単縦陣で遊弋し、南北方向への往復を繰り返してルンガ沖へと続く海峡を封鎖している。

 直衛隊はその東側を守るように、やはり南北方向への往復を繰り返していた。射撃隊の西側面ががら空きとなってしまうが、敵艦隊はガダルカナル島東方からの突入を図ると考えられていたので、特に問題はないと判断されている。

 掃討隊は直衛隊のさらに東方、ガダルカナル島-マライタ島間のインディスペンサブル海峡方面での警戒に当たっていた。

 戦力の配置としては、昨夜の海戦で第二艦隊司令部が採ったものと大差はない。これは、日本海軍が戦前から温めてきた漸減邀撃作戦を応用したものだからである。

 ただ、昨夜との違いは前衛を務める掃討隊に高速戦艦が配備されていることであった。元来、日本海軍の漸減邀撃作戦では、高速戦艦は水雷戦隊と共に行動することが想定されていた。その役割は、戦艦の主砲火力と高い機動力によって、敵巡洋艦を撃破することである。

 そうした意味では、この夜の日本海軍の布陣の方が、昨夜の海戦時に比べて本来の漸減邀撃作戦で想定された戦力配置に近いことになる。

 山本としても、自身が否定したはずの戦術を、自分自身が用いることに、一種皮肉めいた感情を抱いていた。とはいえ、日本海軍が長年研究を重ねてきた漸減邀撃作戦を応用する以外に、現状で選べる戦術はなかった。漸減邀撃作戦に変わる戦術として山本が考えたのが空母機動部隊を利用した航空戦術であり、彼は水上戦闘において漸減邀撃作戦に代わる新たな戦術構想を抱いていたわけではないのだ。


「航空部隊が敵戦艦を撃沈したと聞き、艦隊将兵の士気は上がっております」


 砲術屋である宇垣参謀長が、傲然と胸を反らして言った。


「今度は我々が敵戦艦撃沈の殊勲を打ち立てるのだと、皆が腕を撫して敵艦隊の出現に備えております」


 彼の目は、興奮に輝いているようだった。宇垣のような砲術屋が、そして日本海軍が、長年待ち望んだ米戦艦との決戦の時が迫っているのである。彼のような人物にとって、興奮するなという方が無理であろう。

 山本は、普段は冷徹で傲岸不遜なこの参謀長が示したこうした態度に、意外ともいうべき思いを抱いていた。お気に入りの玩具で遊ぶことを親からようやく許されたような、どこか稚気めいたものを感じさせる宇垣の態度が上司である山本には意外に見えたのだ。

 あるいは、それだけ山本という人物がこれまで宇垣の人間像を把握することを疎かにしていた証左でもあるのかもしれない。


「今夜は天候も回復し、R方面航空部隊からも支援は可能との報告を受けております」


 三輪義勇作戦参謀が、宇垣の説明を引き継いだ。


「すでにレカタ基地より水偵が発進し、ガダルカナル東方海面にて索敵を開始しております。また、本艦を初め、各艦では弾着観測用の水偵の発進準備も完了し、敵艦隊の出現と共に発進する手筈となっております」


「昨夜のような混戦にはならんだろうね?」


 山本は、一つの懸念材料を示した。

 昨夜は敵艦隊を撃退出来たとはいえ、一歩間違えれば敵のルンガ沖突入を許していた。再びそのような事態に陥れば、ガダルカナル島の保持はおろか、山本の企図している米戦艦の撃滅という作戦目的も達成出来なくなってしまう。


「水偵による索敵が可能なため、その可能性は低いかと思います」


 三輪が答える。


「ならば、よかろう」山本は頷いた。「では、敵艦隊の出現前に、各艦に戦闘配食をなすように伝えてくれたまえ」


 しばらくして大和以下各艦の乗員に、戦闘配食として握り飯と沢庵が配られた。

 それは、決戦を前にしてのほんの一時の静寂であったのかもしれない。彼ら艦隊将兵の内、何人かは再び戦闘配食にありつくことが出来なかったのである。

 R方面航空隊の水偵がルンガ沖への突入を図るアメリカ艦隊を発見したのは、一九三〇時。

 日本艦隊がルンガ沖に展開してから、一時間半後のことであった。


  ◇◇◇


 ウィリス・A・リー少将率いる第六四任務部隊は、十三日二二〇〇時の飛行場砲撃を期して、ガダルカナルへの突入を図ろうとしていた。日本側の予想通り、インディスペンサブル海峡を経由してのルンガ沖突入を目指している。

 彼の艦隊は、ハルゼー中将の命令によって周辺の艦隊の戦力をかき集めた結果、昨夜よりも強化されていた。その編成は次の通りである。


第六四任務部隊  司令官:ウィリス・A・リー少将

【戦艦】〈サウスダコタ〉〈ノースカロライナ〉〈ワシントン〉

【重巡】〈ウィチタ〉〈タスカルーザ〉〈ソルトレイクシティ〉

【軽巡】〈サン・ファン〉〈サンディエゴ〉〈セントルイス〉〈リッチモンド〉

【駆逐艦】〈ウォーク〉〈グウィン〉〈ベンハム〉〈プレストン〉〈マハン〉〈モーレー〉〈ショー〉〈カンニンガム〉


 重巡ウィチタとタスカルーザ、軽巡セントルイス、駆逐艦マハン、モーレー、ショー、カンニンガムは撃沈された空母レンジャーを護衛していた第十六任務部隊に所属していたもの、重巡ソルトレイクシティとリッチモンドは真珠湾を発してガダルカナルへと向かう輸送船団の護衛を担当していたものである。

 戦力的には日本艦隊と互角か、レーダーを装備していることを加味すれば勝っているともいえる兵力であった。

 山本と同じく、ハルゼーも出来る限りの戦力を第六四任務部隊に集中させたのである。

 第六四任務部隊は、昼間は敵空襲圏外に退避しつつ艦隊の再編を行い、日没近くになってガダルカナルへと針路を取った。

 リーもハルゼーも、そして太平洋艦隊司令長官のニミッツも、今回の作戦の成否が太平洋のみならず大西洋の戦局にまで影響を及ぼすものであると理解していた。

 すでにトーチ作戦は延期され、そこに投入するはずだった空母レンジャーは失われている。重巡ウィチタとタスカルーザもまた、トーチ作戦に投入されるはずであった戦力であり、彼女たちまで喪失した場合、今後の北アフリカ戦線に影響が出ることだろう。

 だが、それだけの覚悟を以ってアメリカはガダルカナル島を奪回しなければならなかった。オーストラリアが連合国から脱落するということは、連合国陣営そのものにとって打撃となってしまうからだ。


「潜水艦トラウト及びコーストウォッチャーからの報告では、南下中の日本艦隊は戦艦一、巡洋艦二を基幹とする艦隊であることが判明しております」


 旗艦ワシントンにて、リーの幕僚が報告した。

 コーストウォッチャーとは、ソロモン諸島に配置された連合国の沿岸監視員のことである。彼らによって、ガダルカナルへと向かう日本艦隊や航空部隊の動向はある程度掴むことが出来る。


「また、未確認の情報ではありますが、傍受した敵通信から、敵艦隊はグランド・フリート司令長官のヤマモトが率いている可能性が高いという南太平洋方面軍からの報告もあります」


「ヤマモトが?」リーは意外そうに聞き返した。「ツシマでのトーゴーの真似事でもしようというのかね?」


 だとしたら、自分は断じてロジェトヴェンスキー提督のようにはなるまいと思った。


「ここから、推定される敵戦力は、昨夜のコンゴウ・クラスも含めて戦艦三と巡洋艦、駆逐艦多数ということになります」


「コーストウォッチャーから、南下していたという敵戦艦の詳細情報は届いているかね?」


「いえ、敵戦艦の艦型までは判明していないようです」


「やむを得んか」


 リーはその学者的容貌をしかめた。

 とはいえ、彼は状況をそこまで悲観してはいなかった。この時点で、第六四任務部隊はインディアナに総員退艦命令が出されたことを知らない。だから、戦艦一隻を戦列から失ったことは確かに痛手ではあるが、致命的なものではないと感じている。

 相手は、巡洋戦艦改造のコンゴウ・クラスを中心とした艦隊である。正体不明の戦艦一隻が混じっていることがわずかな不安要素ではあるが、例え相手がジャップの新鋭戦艦であろうとも、こちらは新鋭戦艦を三隻も揃えているのである。レーダーという要素もあり、夜間砲戦において利は合衆国側にあると、リーは考えていた。

 彼は砲術の専門家であると共に、レーダーについても造詣の深い提督であり、レーダーさえあれば夜戦において日本艦隊に後れを取ることはないという信念の持ち主であった。

 唯一の懸念は昨夜のような混戦に陥って、麾下の戦艦部隊がその砲力を発揮出来ないことである。

 この問題に関しては、正直、リーとしても明確に防ぐ方法を思いついていない。ただ、TBS(艦隊内電話)の使用については、通信回線が飽和状態にならないよう、各艦長に使用制限を課している。基本的には、リーから各艦へ命令を下す際にのみ使用されることになっているのだ。もし旗艦ワシントンへの通信が必要となった場合は戦隊司令官のみがTBSの使用を許されている。各艦長が個別にワシントンに通信することは禁じられていた。

 これで、昨夜のような指揮統制を失って混戦に陥る事態は防げるはずであった。

 また、艦隊陣形も、昨夜の教訓から前衛を強化するものとなっている。

 具体的には、まず、第六四任務部隊を巡洋艦部隊と戦艦部隊の二つに分離した。

 一つは、ロバート・ギッフェン少将率いる、重巡ウィチタ、タスカルーザ、ソルトレイクシティ、軽巡セントルイス、リッチモンド、駆逐艦マハン、モーレー、ショー、カンニンガムからなる部隊。

 もう一つが、リーの直率する戦艦ワシントン、ノースカロライナ、サウスダコタ、軽巡サン・ファン、サンディエゴ、駆逐艦ウォーク、グウィン、ベンハム、プレストンかなる部隊である。

 ギッフェンの部隊は実質的にキンケードが率いていた第十六任務部隊のものであり、第六四任務部隊との指揮系統の混乱を防ぐために敢えて分離したという面もある。

 さらに、戦艦部隊、巡洋艦部隊にそれぞれ駆逐艦の前衛を付けるという徹底ぶりである。ギッフェンの巡洋艦部隊はマハンとモーレーを前衛として配置し、リーの戦艦部隊は四隻の駆逐艦すべてを前衛に配置した。サン・ファン、サンディエゴは戦艦部隊の後方に配置し、万が一、敵水雷戦隊が戦艦部隊の背後を扼そうとした際には対応することになっている。

 サン・ファン、サンディエゴはアトランタ級軽巡洋艦であり、五インチ砲十六門を装備した強力な火力を誇る。二隻合計三十二門の砲力で敵水雷戦隊を撃退することを期待したのである。

 これら二つの部隊について、リーは戦艦部隊を左翼、巡洋艦部隊を右翼に配置していた。戦艦部隊はガダルカナル飛行場を砲撃するため、左側面への航行の自由度を高めておきたかったのである。


「レーダー室より報告、北西方向より接近中の機影を探知。機数は一の模様」


 その報告がなされたのは、一九三〇時を回りかけた頃のことである。


「味方機の可能性は低いですな」


 ワシントン艦長グレン・デイビス艦長が言った。


「うむ、恐らくジャップの偵察機だろう。一機ということならば、夜間爆撃の可能性もなかろう」


 リーが応じた。


「対空戦闘用意を命じますか?」


「……」


 デイビス大佐の問いに、リーは悩む素振りを見せた。対空砲火を上げるということは、敵に自らの存在を暴露するようなものだ。何もしなければ敵機はこちらに気付かず、素通りする可能性もある。


「……各艦に、対空戦闘用意を下命しろ」逡巡の末、リーは命じた。「ただし、旗艦からの許可があるまで発砲は禁じる」


 素通りするならばそれでよし、もし発見されたことが確実ならば撃墜する。そう考えた末の命令であった。


「アイ・サー」


 リーの命令はTBSによって第六四任務部隊の全艦に伝達された。

 しばらくは、静寂の時間が続く。この日の晩は、月の光が美しい熱帯の夜であった。その中を、黒々とした海を引き裂いてワシントン以下の艨艟が進んでいく。

 やがて、艦橋にいる者たちの耳にも航空機の発動機が出す低い音が届き始めた。


「……」


「……」


「……」


 リーやデイビスだけでなく、見張り員に至るまですべての艦橋要員が固唾を呑んで敵機の動向を見守っている。低い轟音が徐々に大きくなり、それが艦隊上空に達した時、彼らの緊張感は最高潮に達した。

 誰もが敵偵察機がそのまま通過することを祈っていた。

 しかし、その祈りは神へと届けられる前に、偵察機搭乗員によって遮られてしまった。


「敵機、艦隊上空で旋回を開始した模様!」


 見張り員からの報告がなくとも、轟音を聞いている人間は誰もが自分たちがジャップに捕捉されたことを知っただろう。


「対空戦闘開始!」


 デイビス艦長の号令一下、ワシントンの両舷に装備された五インチ連装両用砲が一斉に火を噴いた。それは、他の艦でも同じだった。一気に米艦隊はソロモン海の活火山へと変貌した。


「敵機、逃走を開始しました」


 だが、レーダー室からの報告は無情だった。


「……我々は、ジャップに捕捉されたようですな」


 無念さを滲ませた声で、デイビスが呟く。


「もとより、楽な戦いは期待しておらんさ」だが、リーは部下たちを鼓舞するために強気な態度を取った。「いずれ敵には発見される。それが遅いか早いかの違いでしかない。ジャップに我らの威容を示せたとでも思っておこうではないか」


 そう言って、彼はその知的な風貌に似合わぬ獰猛な笑みを見せた。


「我々は、ジャップの艦隊を撃破して、ガダルカナル飛行場を砲撃する。その作戦目標に変更はない。諸君の力を以ってすれば、敵艦隊を撃滅は可能であると信じている」


 リーは眼鏡の奥の瞳に闘魂を宿して、艦橋の将兵を見回した。

 誰もが緊張と不安と興奮の混ざった表情をしている。


「諸君の上に、主のご加護があらんことを!」


 リーは力強く言葉を発した。

 これより先、第六四任務部隊は戦闘態勢を整えたまま、ルンガ沖への突入を開始することとなる。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 米艦隊が航行している海域と異なり、ガダルカナル島沖の天候は、日本側の予測に反して悪化を始めていた。時間が経過するにつれ、それまで晴れていた上空に雲がかかりはじめたのである。

 だが、水偵による敵艦隊への接触は継続しており、大和以下の艦艇は米艦隊の動向をある程度掴むことに成功していた。

 しかし、二〇五七時、スコールの来襲によって水偵は米艦隊を一時的に見失ってしまう。再び接触を回復したのは、二一一九時であった。


「戦艦三、巡洋艦二、駆逐艦四ヲ見ユ。位置、ガ島ヨリノ方位一一〇度。距離二〇浬。速力二十ノット」


 水偵からの緊急通信は、全艦で受信された。そして、さらに続報がもたらされる。


「其ノ北西ニ巡洋艦四、駆逐艦五ヲ見ユ。速力二十ノット」


 ガダルカナルの東方二〇浬というのは、アメリカ艦隊がガダルカナルへかなり接近していることを示していた。


「敵艦隊が二隊に分かれているというのは、一九三〇時の報告と変わりありませんな」


 大和艦橋で、黒島亀人先任参謀が呟いた。


「敵も、我々と同じく戦艦部隊と水雷戦隊を分けているということだろう」その言葉に、宇垣が応じる。「敵速力が二十ノットで、二〇浬の地点にいるということは、我が射撃隊との接敵は一時間後ということだ。我々より五浬ほど東方で警戒を続けている掃討隊との接触は、それよりも早まるだろう」


「うむ。掃討隊も水偵の電文を受信していると思うが、改めて警告を発したまえ」


 長官席に腰掛ける山本が命じた。混戦となる可能性を出来るだけ低減するための措置は、取れるだけとっておきたいという彼の意思が見える命令だった。


「参謀長、現状、視界はどの程度かね?」


「雲の具合にもよりますが、おおむね一〇(キロメートル)から十五粁です」


「かなりの近接戦闘になりそうだね」


「はい」


 日本海軍が戦艦の砲戦距離として想定していたのは、自艦の測距儀で十分な観測・射撃精度が出せる二十五キロ前後である。現状の視界は、それよりも十キロほど短いことになる。戦艦にとってはかなりの至近距離であった。大和であっても、垂直防御装甲を貫通される危険性がある。


「なるべく速やかに決着を付けなければならないということだね?」


「はい、その通りです」


「では、この艦の性能に期待させて貰うとしよう」


 そう言った山本の顔を、宇垣は不思議なものを見るような目で見つめた。今まで頑なに航空主兵主義を唱えていたというのに、ミッドウェー海戦やガダルカナルを巡る攻防戦によって、多少の思想的変化があったのかもしれないと思っている。

 実際、このソロモンにおける攻防戦は、日米両海軍のその後の戦術に大きな影響を与えることになったのである。






 ガダルカナル沖に展開する日本艦隊の内、最初にアメリカ艦隊を視認したのは阿部弘毅中将率いる掃討隊であった。時刻は二一五三時。

 比叡以下掃討隊は主隊である射撃隊よりも十キロほど東方に配置されており、そのために敵艦隊の発見も早かったのだ。

 敵艦隊発見の報をもたらしたのは、第十戦隊旗艦の長良であった。

 この時、掃討隊は長良と第十六駆逐隊の四隻を前衛として、その後方に第十一戦隊、第八戦隊、駆逐艦照月という順で単純陣を組んでいた。

 長良からもたらされた報告により、各艦は直ちに弾着観測用の水偵を発進させた。空は雲に覆われていて視界が悪いが、スコールは降っていなかったので航空機の使用は可能であった。

 比叡、霧島、長良からは九五式水偵が、利根、筑摩からは零式水偵がそれぞれカタパルトから発艦した。


「艦長、現在の本艦の残弾は?」


 第十一戦隊司令官・阿部弘毅中将が問う。


「本艦及び霧島の残弾は、一式徹甲弾四八発、零式弾十二発、三式弾十八発です」


 比叡艦長・西田正雄大佐が答えた。第十一戦隊は、ガダルカナル島のアメリカ軍陣地への艦砲射撃に昨夜の海戦などで弾薬を消耗していた。特に昨夜は、第二水雷戦隊の雷撃によって航行不能となった敵巡洋艦群を屠るために、それまで比較的残弾に余裕のあった徹甲弾まで消費してしまっていた。

 西田の報告した残弾数は、この艦がわずか十一回の斉射しか出来ないことを示している。


「まあ、出来るだけのことをやるしかあるまい」


 覚悟とも諦観とも取れぬ声で、阿部が言った。

 その直後、掃討隊の頭上で眩い光が炸裂する。


「敵の星弾と思われます!」


 比叡の夜戦艦橋に、見張り員の報告が響く。


「敵もこちらを捕捉したか」


 阿部が呟いた。


「敵艦隊上空の水偵より報告。敵針路二九〇度。ルンガ沖へ向け、北西方向に針路を取っています!」


 現在、掃討隊はインディスペンサブル海峡を南東方向に進んでいる。このまま進めば、敵艦隊の針路を塞ぐ形で丁字を描くことが出来るだろう。

 だが、敵もそうした可能性を懸念したのだろう。やがて、水偵から別の報告が入る。


「敵、針路三四〇度に変針」


 つまり、艦首を北側に向けつつあるということだ。このまま両艦隊が進めば、反航戦になる。つまり、敵とすれ違う形での戦闘になるのだ。


「艦隊針路を変更されますか?」


 西田艦長が問う。すれ違うということは、敵に突破されてしまうということでもあるのだ。だからこそ、彼は敵艦隊の針路を塞ぐべく、こちらも変針すべきではないかと考えたのである。


「いや、我々をすり抜けたいのであれば、そうさせてやろう」だが、阿部は否定した。「上手くいけば、射撃隊と我々で敵をルンガ沖で包囲することが出来るかもしれない」


「はっ。司令官がそうお考えであれば」


「とはいえ、素通りさせるわけにもいかんだろう。当初の予定通り、長良と第十六駆逐隊は敵艦隊への雷撃を敢行、我が戦隊と原くんの第八戦隊は砲撃による敵艦隊への牽制、照月はそのまま後方警戒だ」


「はっ」


 阿倍の命令に従い、比叡の連装三十六センチ砲四基が敵艦隊に向けて旋回を始めた。

 揚弾機に装填されていたのは、零式通常弾であった。初弾で命中する確率は低いため、対艦攻撃能力の高い徹甲弾は、有効打が出るまで温存するつもりである。

 西田は残弾を気にしつつ砲戦を指揮することの難しさを実感しつつ、司令官が射撃開始命令を下すのを待った。






 この時、長良に発見されたアメリカ艦隊はギッフェン少将率いるウィチタ以下巡洋艦部隊であった。

 この部隊は主隊であるリー少将の戦艦部隊の右翼側前方十キロほどを先行しており、敵の早期発見と日本側水雷戦隊の排除を命令されていた。

 レーダーを装備するギッフェンの巡洋艦部隊も、日本艦隊を捕捉していた。ただし、それが敵の戦艦部隊であるのか、単なる護衛部隊であるのかの判断はつきかねた。とはいえ、無視することも出来ない。

 ギッフェンは敵艦隊への星弾発射を命じて敵の艦種の確認と、麾下の艦艇への射撃用意を命令した。

 重巡三、軽巡二という兵力は、かなりのものである。水雷戦隊であれば容易に撃退が可能であろうし、万が一敵戦艦と遭遇しても即座に壊滅することはない。


「レーダー室より報告。敵部隊が突撃を開始しました! なお、その後方になお複数の艦艇が確認出来ます!」


「敵水雷戦隊を近付けさせるな! 全艦、砲撃開始!」


 レーダー室からの報告が上がるや、ギッフェン少将は即座に命令を下した。彼は大西洋戦線において、ドイツのUボートや航空部隊との死闘を何度も繰り広げた指揮官である。ドイツ軍による熾烈な攻撃で壊滅的被害を被ったPQ17船団の護衛にもウィチタと共に加わっていた。

 そうした実戦経験故に、判断は速かった。

 三隻の重巡、二隻の軽巡が一斉に砲門を開く。

 それとほぼ同時に、ギッフェン部隊の上空に白い光球が出現した。


「敵偵察機の投下した照明弾です!」


「やはり、敵もこちらを捕捉していたか」


 照明弾に照らされた艦橋で、ギッフェンは冷静に呟いた。

 やがて、見張り員が星弾のもたらす光に目が慣れてきたのだろう、一つの報告が彼の下に届いた。


「遭遇せる敵艦隊は、コンゴウ・クラス二隻を含む模様!」


「当たりを引いたと言うべきか、外れを引いたと言うべきか……」


 ギッフェンは皮肉に唇を歪めた。

 彼は事前情報によってジャップの艦隊に金剛型戦艦二隻が含まれていることを知っている。そのため、遭遇の可能性を考えていなかったわけではない。しかし、出来ればリー少将の戦艦部隊の方に行って欲しかったというのが本音である。

 だが、遭遇してしまった以上は、これを作戦達成のための好機にしなければならない。


「ワシントンに通信。我、コンゴウ・クラスと遭遇せり。貴部隊は我を顧みず突入を継続され度」


 ギッフェンは、ルンガ沖突入に際して障害となるであろう金剛型戦艦を、自身の部隊で引きつけるつもりなのだ。そうすれば、飛行場砲撃を目指すリー少将の部隊の負担は軽くなる。


「艦長、すまんが付き合ってもらうぞ」


「アイ・サー」


 大西洋以来の付き合いである艦長が、臆することなく快活に応じた。

 直後、彼らの目をくらませる光が艦橋に突入してきた。照明弾の光とは比較にならぬ、暴力的な光量の光線。


「本艦、コンゴウ・クラスからの探照灯の照射を受けております!」


「司令、射撃目標を変更しますか?」


 艦長が問う。いかに金剛型が旧式とはいえ、十四インチ砲は重巡にとって脅威となる。だからこそ、早めに撃破すべきだと主張しているのだ。


「うむ、本艦とタスカルーザは目標を探照灯を照射するコンゴウ・クラスに変更。ソルトレイクシティ以下は敵水雷戦隊の撃退に努めよ」






 この時、探照灯を照射したのは比叡であった。

 阿部は突撃を開始した長良以下の艦艇に敵の砲火が集中するのを見て、その突撃を援護するために比叡に敵の攻撃を集中させようと考えたのだ。


「どうせ本艦は残弾の少ない置物だ。ならば、少しでも友軍のためになることをしようではないか」


 そう言った阿倍の顔に、悲壮感はなかった。むしろ、木村進少将率いる長良以下の雷撃の成果を期待するような明るい口調であった。

 そして、司令官の言葉に西田艦長も同意した。


「砲撃も開始して宜しくありますか?」


「構わん。ただし、残弾には気を付けろ」


「はっ! 砲術長、目標、敵巡洋艦一番艦。主砲交互撃ち方始め!」


 右舷に指向した八門の三十六センチ砲、その内の四門が一斉に火を噴く。

 衝撃が完全体を揺さぶり、黒い砲煙が一時、艦の姿を敵から隠す。

 彼我の距離は一万二〇〇〇メートル前後であり、反航戦のため相対距離は急速に縮まりつつあった。






「最大戦速! 長良に続け!」


 長良らと共にギッフェン少将の巡洋艦部隊に突撃する駆逐艦天津風艦長・原為一少佐は快活に怒鳴った。


「長良より信号。距離五〇にて雷撃開始!」


「距離五〇か」


 敵艦隊に対し、五〇〇〇メートルの距離で雷撃を開始するということである。肉薄雷撃であるが、スラバヤ沖海戦のように超遠距離雷撃では命中は期待出来ない。


「敵の砲火、長良に集中しています!」


 見張り員の悲鳴のような報告が原の耳に届く。だが、どうにも出来ない。自分たちの投雷が先か、長良の被弾が先か、突撃を開始した以上、もはや運を天に任せるしかないのである。


「比叡、探照灯を照射した模様!」


「ありがたい」


 原は、阿部第十一戦隊司令官の意図を正確に読み取っていた。これで、少しは長良に向かう敵弾が減るだろう。


「距離、八〇!」


「まだだ、まだ当たるなよ」


 祈るように、原は呟いた。

 インディスペンサブル海峡は、日本側水偵の投下する照明弾、アメリカ艦艇の打ち上げる星弾、そして比叡の探照灯という、様々な光が交差する海域となっていた。昼間のように明るい空間もあれば、墨汁を流したような闇に包まれた空間もある。

 その中を、長良、初風、雪風、天津風、時津風は単縦陣で進んでいく。

 比叡の探照灯照射のお陰か、長良の周囲に林立する水柱の数が少なくなっているようだった。


「距離、七〇!」


「あと少し、あと少しだ」


 現在、天津風は三十三ノットの高速を出している。二〇〇〇メートルを走破するのに、二分とかからない。だが、その二分は原や他の乗員たちにとって永遠にも等しい二分であった。

 やがて一分が経過しようとした、その時だった。

 天津風の前方に、巨大な火球が立ち上った。

 時間差で、耳を聾するようなおどろおどろしい爆発音が届く。


「長良、轟沈!」


 見張り員の泣き声混じりの絶叫を聞くまでもない。長良は敵弾から逃れることが出来なかったのだ。そして最悪なことに、命中した敵弾は装填中の魚雷を誘爆させたのだろう。

 一九二二年に竣工した五五〇〇トン軽巡は、爆炎と黒煙を残してその姿を消していた。木村進第十戦隊司令官以下、生存者はほとんどいないに違いない。


「初風、取り舵に転舵! 雪風も続きます!」


 沈没した長良の残骸を避けるためか、あるいは一時退避するためか、長良に続いていた初風が転舵、それに雪風が従ったのだ。


「本艦も取り舵だ。陣形を乱すな!」


 旗艦が瞬時に沈没する光景を見せられても、第十六駆逐隊の統制は揺るがなかった。

 長良を仕留めた米艦隊は、残った四隻の駆逐艦に照準を変えたらしい。天津風の周囲にも、敵弾が落下して水柱を立てる。


「初風より信号! 『魚雷発射始め』」


「魚雷発射始め!」


 原の号令一下、天津風に備えられた二基八門の魚雷発射管から、圧搾空気の音と共に魚雷が躍り出る。


「初風回頭! 退避を開始した模様!」


「本艦も続け!」


 魚雷を発射した以上、長居は無用である。さっさと敵との距離を取るべきだろう。

 そして、日本海軍には魚雷の次発装填装置がある。一端、安全圏に退避して再度雷撃を敢行することも出来る。

 天津風が雪風に続いて回頭を始めた直後、船体に鈍い衝撃が走った。

 至近弾の衝撃かと思ったが、艦が不自然に取り舵をとり続けている。

 原為一少佐は、咄嗟に何が起こったのかを理解した。


「舵故障! 舵故障!」


 操舵員が悲鳴のような報告を繰り返す。


「機関停止! 煙幕展開!」


 原はわずかの逡巡もなくそう命じた。敵前でぐるぐる回るだけの艦など、恰好の標的である。だが、敵前で停止するのもまた、危険の伴う行為であった。

 しかし、二つの選択肢を天秤にかけ、彼はより生還の望みが高そうな方に賭けたのである。

 天津風は煙幕を展開しつつマライタ島沖合で機関を停止、応急人力操舵に切り替える作業を開始した。

 そして幸運なことに、彼女はこの海戦を生還することになる。被弾によって戦死者四十三名という損害を出したものの、原は賭けに勝ったのである。






 長良の爆沈は、ギッフェン少将の旗艦ウィチタでも確認していた。


「ソルトレイクシティたちがやってくれたようだな」


「敵水雷戦隊、撤退していく模様!」


 レーダー室でPPIスコープを覗いていたレーダー員からの報告が入る。

 その間にも、ウィチタとタスカルーザによる比叡への砲撃は続けられていた。


「艦長、次の斉射後に面舵に回頭だ」


「アイ・サー」


「後続艦にも、旗艦の回頭に従って一斉回頭するように伝達せよ」


 ギッフェンの命令に、艦長は疑問を挟まなかった。ギッフェンは大西洋でUボートと戦った指揮官である。魚雷の脅威は十分に熟知している。撤退を開始した敵水雷戦隊が、置き土産に魚雷を発射していないとも限らないのだ。

 ウィチタの八インチ砲に砲弾が装填され、何度目かの斉射が行われる。


「よし、全艦、一斉回頭!」


「面舵一杯!」


 操舵員が舵輪を回す。

 その間にも、ウィチタの周囲には金剛型が放ったと思われる十四インチ砲弾が降り注ぐ。だが、どうしたわけか敵戦艦の砲撃は散漫であり、未だウィチタにもタスカルーザにも命中弾はない。

 ギッフェンは、昨夜の海戦で敵は砲弾を消費してしまったのだろうと推測している。

 水柱に包まれるウィチタの艦首が、やがて右に降られていく。回頭の最中は照準を合わせることが出来ず、射撃も一時中止しなければならない。

 ギッフェンは手元の時計を見ていた。

 敵の水雷戦隊が撤退を開始してから、そろそろ三分が経過しようとしている。

 ウィチタ乗員の誰もが、息を潜めてその時間が過ぎるのを待っているようだった。彼らは皆、ギッフェンと同じくUボートと戦った戦士たちだ。太平洋で戦っている将兵たちが航空攻撃に敏感ならば、大西洋で戦っている将兵たちは魚雷攻撃に敏感なのだ。

 やがて、ウィチタ以下、各艦の回頭が終わり、反航戦から同航戦に移ろうとしたその時だった。

 鈍い爆発音と共に、ウィチタの舷側に高々と水柱が上がった。


「……?」


 だが、その衝撃の度合いにギッフェンは疑問を覚えた。


「……敵魚雷、本艦の手前で自爆した模様です」


 どこかほっとした声で、艦長が報告する。恐らく、魚雷の信管が過敏過ぎてウィチタの出す波に反応してしまったのだろう。

 実際、この時期の日本海軍の九三式酸素魚雷は、高速性能に由来する異常振動と波浪の影響で命中前に信管が作動してしまうという欠点を抱えていた。そうした日本側の失態に、ウィチタは救われたのである。


「どうやら、本艦には神の加護があったようだな」


 安堵の息を漏らして、ギッフェンは艦長に笑いかけた。直後に、艦後方で起こった爆発音が届く。


「セントルイス被雷! 落伍していきます!」


「……流石に全艦に幸運の女神は微笑まなかったか」


 だが、他に被害報告はない。三隻の重巡は未だ健在で、旧式ではあるものの軽巡リッチモンドもいる。敵の投雷を予測しての回頭が功を奏したようだ。


「回頭完了! これより同航戦に移ります!」


「本艦は目標をコンゴウ・クラス一番艦、タスカルーザは二番艦に変更。以下、彼我の艦隊の航行順序に従って各艦は目標を設定せよ」


 これの命令により、ソルトレイクシティは利根を、リッチモンドは筑摩を砲撃目標として設定することになる。


「さあ、ジャップ。第二ラウンドの開始だ」


 ギッフェンがそう宣言した直後、これまでとは比較にならない衝撃がウィチタを襲った。爆炎と爆風が艦橋を駆け抜け、あらゆるものが宙に舞う。

 ギッフェンは自身の体が宙に浮く感覚を味わいながら、その意識を急速に暗転させていった。






「敵巡洋艦一番艦に命中の模様!」


 見張り員からの喜々とした報告に、比叡艦橋ではようやく安堵の息が漏れた。

 すでに彼我の距離が一万メートルを切りつつあるので、阿部や西田からも艦橋を崩落させて炎上する敵ブルックリン級巡洋艦(これは日本側の誤認。ただし、ウィチタはブルックリン級軽巡洋艦に外見が似ている)の姿は確認出来た。


「本艦か、霧島の砲弾が当たったようだな」


「はい」


 敵艦隊の陣形は、ブルックリン級巡洋艦の被弾直後に乱れ始めていた。

 この時、炎上するウィチタを避けようと、航続のタスカルーザが左に転舵。続くソルトレイクシティはさらにその両艦を避けようと右に転舵したのである。そのため、その後続艦が思い思いの方向に転舵してアメリカ巡洋艦部隊の陣形が乱れたのであった。

 タスカルーザが左に転舵した理由は単純で、右に転舵すれば炎上するウィチタに自艦が照らし出されてしまうと艦長が判断したからであった。しかし、その判断を後続艦が十分に察せなかったのは、この部隊が大西洋、北太平洋、南太平洋の部隊を寄せ集めた指揮系統に混乱が生じやすいものだったからである。


「本艦の被害状況は?」


 ただし、一方で日本側も楽な状況ではなかった。比叡は探照灯を照射したために、敵の巡洋艦二隻からの集中砲火を浴びせられ、各所に被弾していた。現在も艦内各所で火災が発生し、消火活動が続けられている。


「艦橋からの艦内通信が不通となったため、伝令を走らせて現在も被害状況の把握に努めております」西田は自艦の被害について淡々と答えた。「現状で判明したところによりますと、射撃指揮所からの電路が切断され主砲の統制射撃が不可能となっています。また、被弾により副砲と高角砲の一部が破壊されました」


「喫水線下に被害はないかね?」


「至近弾による若干の浸水が認められるということですが、航行に支障が出る程のものではありません」


「ならば、よろしい。本艦は浮いてさえいれば、敵水雷戦隊を引きつける囮の役目は果たせる。後は、山本長官の部隊に期待しようではないか」


 阿部が視線を向けた西方の海上では、すでに吊光弾の光と発砲の閃光が上がっており、射撃隊と米戦艦部隊が戦闘を開始したことを示していた。


   ◇◇◇


 五藤存知少将、木村進少将、ノーマン・スコット少将、ダニエル・キャラハン少将、そしてロバート・ギッフェン少将。

 第三次ソロモン海戦は、わずか二夜にして五人の将官が戦死するという激戦になったことは、後世によく知られていることである。

 そして、それ以上に後世が注目するのは、この海戦が日米初の戦艦同士の決戦、日本人にとっては大和が始めて実戦においてその威力を発揮した海戦であることであった。






 掃討隊が敵巡洋艦部隊と接触したとの情報を受けた直衛隊指揮官・橋本信太郎第三水雷戦隊司令官は、即座に麾下の全艦に見張りを厳にするよう命じた。さらに敵戦艦部隊の出現に備え、第十九駆逐隊の磯波、浦波、敷波、綾波を分派してガダルカナル島-フロリダ島間のシーラーク水道東端を警戒させた。

 掃討隊が敵巡洋艦部隊と接触してしまった以上、彼らに敵戦艦部隊に対する前衛役を果たしてもらうことが出来ない。だからこそ、橋本少将は第十九駆逐隊を分派したのである。

 だが、この措置は直衛隊の艦隊行動に若干の混乱をもたらした。

 二二〇一時、敷波が進行方向左舷側に敵影を発見したと旗艦川内へと報告した。だが、夕刻から敵艦隊への接触を続けていた水偵からの報告では、さらに南方(つまり、敷波から見て右舷側)に敵の一部隊があるという。

 事前の水偵の報告では、敵は巡洋艦部隊と戦艦部隊の二隊に分かれて航行しているという。

 掃討隊が接触した敵部隊も含めると、どういうわけか敵は三部隊存在することになってしまうのである。

 そのため橋本少将は、敷波の発見した敵影は掃討隊の発見した敵部隊と同一のものであると判断。やはり敵戦艦部隊は水偵の発見した南方の部隊であると、彼は考えたのである。

 だが、この時点で敷波の報告を受けた磯波、浦波が敷波に追随する動きを見せており、水道南方の警戒に当たっているのは綾波だけという状況になってしまった。

 橋本少将は三隻の駆逐艦に反転して直衛隊本隊に合流するよう司令を下したが、それよりも綾波が南方の敵艦隊と接触する方が早かった。


「敵らしきもの見ゆ! 距離一万、本艦からの方位三〇度! 数は六、内二隻は大型艦の模様!」


 綾波駆逐艦長・作間英邇少佐の耳に、見張り員の報告が届く。


「よし、よくやった!」


 日本海軍の夜間見張り員の能力の、面目躍如といったところである。電探を持たず、目視でこれだけの距離で敵を発見出来る兵士は、恐らく日本海軍にしかいないだろう。


「右砲雷戦用意! それと、三水戦司令部と大和に敵発見の報告だ!」


「宜候!」


 打てば響くような乗員たちの連携に満足しながら、作間は双眼鏡を覗き込んだ。

 未だ雲のかかるソロモンの海。だが……。


「天佑、まさしく我にあり、といったところかな」


 ある種の感嘆すら覚えて、作間は西の空に目を向けた。西の空に、月が現れ始めたのである。視界が、急速に開けていく。

 刹那、彼方に発砲の閃光が見えた。

 敵の方が、発見が早かったということだ。いわゆる電探というやつか、と作間は思う。


「総員、衝撃に備えよ!」


 まさか初弾から命中するとは思えないが、警戒するにこしたことはない。

 だが、彼の予測と違い、綾波の周囲に水柱は立たなかった。その代わり、敷波らが航行している辺りに、星弾の光が降り注ぐ。


「しめた! 奴らは俺たちに気付いていない! 航海長、最大戦速! このまま突っ込むぞ!」


「宜候! 機関、最大戦速!」


 綾波の機関音が、一気に倍増したように感じられた。彼女は、月明かりの助けを借りつつ突撃を開始したのだ。






 リー少将率いる戦艦部隊は、実は綾波を発見していなかった。

 これにはいくつかの要因が考えられるが、まず綾波が米艦隊に対してガダルカナル島を背にして航行していたということ。これにより、レーダーが島影と艦影を識別できず、電子的に綾波の姿を隠していたのだ。それは同時に、見張り員にとっても島影と艦影が重なって識別しづらいことを意味している。

 また、敷波を発見していたために、敵の警戒部隊がそちらの方面にいると思い込んでいたという意識的な問題もあった。

 こうした要因の結果、綾波は射撃を開始するその瞬間まで、アメリカ艦隊の意識の外にあったのだ。

 この時、戦艦部隊の前衛を務める四隻の駆逐艦を率いていたのは、駆逐艦ウォーク艦長のトーマス・E・フレイザー中佐であった。

 この駆逐隊、実は寄せ集めの部隊であり、フレイザーは単に四隻の艦長たちの先任であるという理由だけで隊の指揮を任されていたに過ぎない。


「ワシントン、サウスダコタ、ノースカロライナ、星弾による射撃を開始しました! 発見せる艦影は駆逐艦の模様!」


「敵の警戒部隊だな」


 フレイザーは、発見した敷波以下の艦影をそう判断していた。


「我々の役目はあくまで前衛だ。敵戦艦の出現に最大限の注意を払え」


 彼らはすでに、ギッフェン少将からの通信を受けていた。ギッフェン少将麾下の巡洋艦部隊は、金剛型との戦闘を開始し、敵の砲火を引きつけているという。その奮戦を無駄にしないためにも、是が非でもガダルカナル突入を成功させねばならないのだ。

 事前の情報では、敵戦艦は金剛型も含めて三隻。あと一隻は、恐らくルンガ沖で待ち構えているに違いない。

 フレイザーたちの役目は、その戦艦を見つけてリー少将に報告することだった。新鋭戦艦三隻の火力を以ってすれば、ジャップの戦艦一隻など簡単にひねり潰すことが出来るだろう。

 そうしたある種の楽観的な感情を抱いていたフレイザーだったが、直後にそれを後悔することになった。


「プレストン被弾、火災発生の模様!」


「なにぃ!?」


 突然の報告が信じられず、フレイザーは頓狂な声を上げた。

 この時、距離五〇〇〇メートルで放たれた綾波の十二・七センチ主砲は、初弾から命中弾を叩き出していた。


「新たな敵影捕捉! 駆逐艦一、右舷方向から突っ込んできます!」


「一隻!? クレイジーな!」


 こちらは戦艦三隻を含む部隊だぞ。敵の艦長は絶対に狂っている!

 フレイザーは思わず罵声を上げたが、それで事態が好転するはずもなかった。


「ええい! 右砲戦開始! 目標、ジャップの駆逐艦!」


 その命令が下された直後、さらなる悲報がもたらされた。


「さらにグウィンも被弾、炎上してします!」


「くそっ! 早く奴を仕留めろ!」






 敵駆逐艦二隻を瞬く間に撃破した綾波は、次いで魚雷発射態勢に入っていた。

 その時にはすでに彼女の周囲に水柱が立ち始め、彼女が敵に捕捉されたことを示していた。その中の数発が、綾波の船体を捉える。


「被害報告、急げ!」


 衝撃に揺さぶられる艦橋で、作間は素早く命じた。


「艦橋後方、兵員室に被弾! 煙突にも一発被弾しました! また、内火艇の燃料タンクが損傷、火災が発生しています!」


「拙いな……」


 火災が発生したことで敵の恰好の標的となってしまうこともそうだが、火災が発生している場所も問題だった。魚雷発射管が近いのである。

 炎がそこまで広がれば、熱に炙られた魚雷が誘爆を起こしてしまう。


「水雷長、火災が広がる前に魚雷を発射してしまおう。戦艦に魚雷をぶち込めないのは残念だが、代わりに連中の駆逐艦を全部喰っちまうぞ!」


「宜候!」


「よろしい! 航海長、右魚雷戦反航! 取り舵!」


「とぉーりかぁーじ!」


 綾波は魚雷を発射するため、敵艦隊に横腹を晒す体勢になった。周囲に林立する水柱を突き破って、彼女は疾駆する。

 火災を発生させながらも、作間たち乗員に怯みはない。彼らに応ずるかのように、綾波は最大戦速で距離を詰めていく。


「舵戻せ! 針路そのまま!」


 艦首を左に振っていた綾波が、直進を開始する。


「魚雷発射始め!」


「てぇー!」


 作間の命令と、水雷長の叫びが連続する。

 特型駆逐艦に装備された、三連装三基の魚雷発射管から九本の魚雷が海中に踊り出る。


「よし、このまま敵の後方に抜けるぞ!」


 まだ綾波の機関は無傷である。このまま敵艦隊の後方に抜けて、安全圏に退避してから艦を停止させて消火活動を行うつもりであった。






 綾波とフレイザーの前衛駆逐隊との戦闘は、凄まじい速度で展開していた。

 瞬く間にフレイザー麾下の駆逐艦二隻が炎上し、プレストンは搭載魚雷が誘爆したのか、被弾からわずかな時間で爆沈。グウィンも炎上したまま洋上に停止している。

 だが、敵駆逐艦も炎上している。

 何とか前衛の役目を果たせたとフレイザーが安心したその瞬間、ウォーク艦橋の床が跳ねた。

 艦橋の者たちが衝撃で床に叩き付けられ、悲鳴と怒号が交錯する。

 この時、綾波の雷撃は後世から見ても驚異的な命中率でフレイザーの駆逐隊の横腹を抉っていた。

 フレイザーのウォークは中央部に魚雷一本が命中し、その衝撃で搭載していた爆雷が誘爆、短時間で沈没した。後方のベンハムの右舷にも魚雷が命中し、即座に沈没しなかったものの、舵が損傷して右へと迷走しつつ、戦場海面から遠ざかっていった。後に、この艦も沈没している。

 綾波は、単艦にて敵駆逐艦四隻を屠り去るという大戦果を打ち立てたのである。

 しかし、彼女と乗員たちが打ち立てた殊勲は、これだけではなかった。

 リーの戦艦部隊の後方へ抜ける際、綾波はワシントン以下の戦艦にも砲撃を繰り返し、内何発かを命中させていた。その内、サウスダコタを捉えた砲弾はレーダーを破壊し、衝撃で艦内主要部に停電を引き起こしていた。

 しかし、その際に綾波も戦艦群から両用砲の射撃を受け、ついに航行不能となった。

 作間少佐は総員退艦命令を発し、彼を含めた多くの乗員がその後、友軍によって救助されている。

 戦死者四十二名。綾波の沈没は、翌十五日〇〇〇六時だったとされる。

 綾波は、リー少将の前衛隊と刺し違える形で駆逐艦としての役目を全うしたのである。

 本来の予定であれば前編・中編・後編の三部構成だったはずなのですが、前衛隊の戦闘を描いている内に字数が膨らみすぎ、三万字を過ぎた辺りでようやく大和が射撃を開始しましたので、諦めて区切ることにいたしました。


 さて、作中では第二夜戦の日程が史実よりも一日早まっています。史実では、第八艦隊の重巡によってヘンダーソン飛行場が砲撃された日です。

 この日の夜の天候は、曇り時々雨のち晴れで、史実でも水偵が射出されています。

 ただ、参考にしているのは史実の十四日から十五日の夜にかけて行われた第二夜戦ですので、天候の描写もそちらの寄ったものとなってしまいました。

 実は十四日から十五日にかけての天候、日米双方の書籍によって描写がまるで逆なのです。

 日本の書籍(その書籍に載っている当時の証言)では、当日の天候は昼間は快晴、夜になってから雲が出てきて視界が十キロ前後になったとあります。

 一方、アメリカ側の書籍では、当日の夜の天候は快晴であり、西の空に半月がかかっていて視界は良好であったと記述されています。

 本来であれば日米双方の原史料にあたるべきなのですが、そうした手間を省いてしまいました。申し訳ございません。

 現在、某歴史雑誌において第三次ソロモン海戦の特集をやっており、令和二年一月に発売の後編では第二夜戦について書かれるそうです。その雑誌が発売され、当日の天候がより明確になれば、書き直すことを考えております。


 大和が活躍する最終話に関しては、今しばらくお待ちいただければと思います。


 ご意見、ご感想等いただければ幸いに存じます。

 また、拙作をお気に召していただければ、評価、ブックマークもしていただけると励みになります。


 筆者の他の作品、「王女殿下の死神」、「東京テンペスト」ともども宜しくお願いいたします。

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