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2 集結のガダルカナル

 ガダルカナルを巡る攻防戦の最初の分水嶺ともいえる第二次ソロモン海戦。

 第一次ソロモン海戦で輸送船団に大打撃を与えた日本海軍ではあったが、それによってガダルカナル周辺の制海権・制空権を確保出来たわけではなかった。

 未だガダルカナル周辺の制海権・制空権は両軍共に曖昧な状態であり、それを完全に掌握することがこの南の島を巡る戦闘の勝敗を決することになると、日米双方は判断していた。

 だからこそ、この第二次ソロモン海戦によって日本海軍がアメリカ空母サラトガを撃沈して、一時的にせよソロモン海域の制海権・制空権を確保したことは大きかった。

 この海戦は空母翔鶴、瑞鶴、飛龍、龍驤を擁する日本海軍第三艦隊がミッドウェー海戦の雪辱を果たしたことで有名であるが、以後のガダルカナルを巡る戦況への影響の大きさという点の殊勲艦という意味では、また別であった。






 一九四二年八月二十四日。

 戦艦陸奥は、ガダルカナル島ルンガ岬沖を航行していた。すでに陽は没し、雲間からは南洋特有の眩いばかりの星空が垣間見えている。

 今が戦時中でなければ、非常に幻想的な光景であったろう。


「まったく、このままでは我々はソロモンまで物見遊山に来ただけだと、空母の連中に笑われてしまうところだったぞ」


 陸奥艦長・山澄貞次郎大佐は、計器板の蛍光塗料だけが光源となっている夜戦艦橋でそう軽口を叩いた。傍らの航海長や見張り員などが密かに苦笑する。

 実際、昼間の空母戦において、陸奥の出番は皆無だった。それどころか、最大速力二十五ノットという陸奥は米艦隊追撃に向かう第二艦隊から取り残されてしまったのだ。

 だが、逆にそれが陸奥に新たな任務を与えることになった。速やかにガダルカナル島ルンガ沖に突入し敵飛行場を砲撃すべし、というものであった。

 もともと、ガダルカナルのアメリカ軍飛行場は、昼間の内に第二航空戦隊(飛龍、龍驤)によって叩く計画であった。

 だが、貴重な空母戦力を分散することに、二航戦司令官・山口多聞少将は反対。

 ミッドウェー海戦で空母三隻を失うという苦すぎる経験をした第三艦隊司令長官・南雲忠一中将はこの進言を受け入れ、結果として日本海軍は航空戦力を集中することに成功、空母サラトガを撃沈するという大戦果を挙げた。

 そのため、手付かずになっていたガダルカナルの敵飛行場を破壊するのは、陸奥の役割となったのである。

 艦隊から取り残された陸奥の護衛は、第二駆逐隊の村雨、五月雨、春雨の三隻のみ。狭い水道に戦艦を突入させることに一抹の不安はあったが、昼間の空母戦で米艦隊が撤退したことは判っている。

 警戒すべきは魚雷艇程度であろうと、山澄艦長は考えていた。

 すでに八門の四十一センチ主砲には、滑走路破壊のために一式徹甲弾が装填されている。対空用の三式弾が使えないかという砲術長からの意見具申があったが、それはある程度飛行場に損害を与えてからということになった。

 何せ、前例のない砲撃である。

 陸奥に搭載された観測機も三機すべてが発進し、吊光弾投下の任務に当たっている。


「砲術より艦長。射撃用意良し」


 艦橋最上部の射撃指揮所から、報告が上がった。


「ガダルカナル上空の観測機に通信。吊光弾投下せよ」


「宜候。吊光弾投下せよ」


 即座に、陸奥から観測機への命令が飛ぶ。

 直後、薄ぼんやりと見える島の上空に眩いばかりの光が現れた。発進した観測機が、吊光弾を投下したのである。


「艦長より砲術、撃ち方始め」


「宜候、撃ち方始め」


 途端、陸奥の右舷が朱に染まる。四門の四十一センチ砲が火を噴いた瞬間であった。

 衝撃で、陸奥の船体がわずかに左舷に傾斜する。交互射撃とはいえ、その威力は相当なものであった。


「だんちゃーく!」


 二万メートルの距離を隔てた島の向こうに、夜目にも鮮やかな四本の火柱が立ち上る。


「ふむ、相手が敵戦艦でないのがちと不満だが、まあよかろう」


 陸奥は初めて実戦において主砲射撃を実施したのである。その興奮は、全乗員が共有していた。

 その後も陸奥は弾着観測機による修正を受けながら砲撃を繰り返し、アメリカ海兵隊によって奪取されてしまったガダルカナルの飛行場を完全に破壊してしまった。

 そしてアメリカ海軍空母部隊を撃退し、飛行場を破壊したことで、無事にガダルカナルへとたどり着いた川口清健少将率いる増援部隊は、九月の初めまでに飛行場の奪還に成功したのであった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 南太平洋ソロモン諸島にあるガダルカナル島を巡って日米の攻防が開始されたのは、一九四二年八月七日のことだった。東部ソロモン諸島の要衝であり、日本軍が飛行場を建設しているこの島に、アメリカ海軍海兵第一師団一万二千人が侵攻したのである。「ウォッチタワー(望楼)作戦」と名付けられたこの作戦は、ニューカレドニア、オーストラリア方面に対する日本軍の進出を阻止するために行われた。

 これに対し、現地の日本軍は直ちに反撃に出た。

 翌八日深夜、三川軍一中将率いる日本海軍第八艦隊が米上陸地点に突入し、米豪の艦隊及び輸送船団に大打撃を与えたのである。

 寄せ集めの艦隊であったために、当初、三川中将は敵泊地への攻撃は一航過とし、翌朝には敵空襲圏外に離脱すべく作戦を立てていたが、トラックからガダルカナルに急行していた山口多聞少将率いる空母飛龍からの電文を受け取ってその意思を変えた。翌日には上空支援を提供できるという主旨の電文によって、第八艦隊は泊地に二度目の突入を行い、一度目の突入の際に撃ち漏らしていた輸送船団を撃滅した。これが、第一次ソロモン海戦である。

 以後、ガダルカナル島を巡る戦闘は、補給の滞る上陸部隊を維持するためにガダルカナル島周辺の制海権・制空権を確保しようとするアメリカ軍と、それを阻止しようとする日本海軍との間に、数度にわたる海戦を引き起こした。

 特に趨勢に大きな影響を与えたのは、八月二十四日の第二次ソロモン海戦と十月二十六日の南太平洋海戦であった。

 日米空母決戦となった二つの海戦で、アメリカ海軍はサラトガ、エンタープライズ、ホーネットを相次いで喪失し、ついに太平洋上で稼働可能な空母は一隻も存在しないという事態に陥っていた。

 まず、第二次ソロモン海戦ではサラトガを喪失した結果、日本軍の増援部隊輸送を阻止出来ず、奪取をしたガダルカナル飛行場を奪還される事態となった。そして南太平洋海戦で二隻の空母を撃沈された結果、ガダルカナル周辺の制海権・制空権を日本側が握ることとなったのである。

 だが、アメリカ軍としてはガダルカナルの攻略を簡単に断念することは出来なかった。

 ミッドウェー海戦で日本海軍は赤城、加賀、蒼龍を失ったとはいえ、未だ空母の数では日本海軍が有利であり、日本軍のオーストラリア方面への攻勢を放置していては米豪間の関係が悪化してしまう。

 さらにアメリカ軍がガダルカナル攻略作戦を開始する直前、日本海軍はインド洋に水上艦隊を投入しての通商破壊作戦を行い始めていた。

 つまり、オーストラリアは東西両面から孤立しつつあったのである。

 また、日本海軍のインド洋での通商破壊作戦は、この海域経由で北アフリカの軍を維持しているイギリス軍、そしてペルシャ湾経由でアメリカからの援助物資を受け取っているソ連軍にも悪影響を与えていた。

 その結果、十月には北アフリカ戦線でアレキサンドリアが、東部戦線ではスターリングラードが、それぞれドイツ軍の猛攻の前に陥落している。

 連合軍に深刻な影響を与えているのはインド洋戦線であるが、この方面に十分な戦力を投入するだけの余裕は、現在の彼らにはなかった。

 地中海ではマルタ島を巡る攻防が続いており、また北アフリカ上陸作戦「トーチ作戦」の準備が進行中だったのである。


   ◇◇◇


「第六四・七任務部隊の損害は、巡洋艦サンフランシスコ、ポートランド、ノーザンプトン、ペンサコラ、アトランタが沈没、駆逐艦もカッシング、ラフェイ、バートン、モンセンが沈みました」


 ニューカレドニアのヌーメアに置かれた南太平洋方面軍司令部で、ウィリアム・ハルゼー中将は参謀長のマイルズ・ブローニング大佐から報告を受けていた。

 まだ夜は明けきっておらず、窓の外は暗い。


「キャラハン少将、スコット少将は共に艦上で戦死。現在はリー少将の指揮の下、敵空襲圏外へと退避中です」


「そのリーの部隊はどうした?」


 苛立った口調で、ハルゼーは続きを促す。


「戦艦は、インディアナが魚雷二本を受け中破。現在は傾斜を復旧し、十二ノットにて退避中です。その他三隻はなお健在の模様」


「ジャップめ、やってくれる」


 ハルゼーは舌打ちと共に、机の上に広げられた南太平洋の地図に拳を打ち付けた。


「キンケードに伝達しろ。夜明けと共にガダルカナルのジャップの飛行場を空襲、また周辺海域に存在する奴らの船も沈めてしまえ、とな」


 水上部隊が飛行場砲撃に失敗した以上、残っているのは空母レンジャーに搭載された航空機しかない。

 いや、正確にはエスピリットゥサントのB17もガダルカナルを爆撃圏内に収めているのだが、現在は戦力を再編している最中であり、出撃出来る状態にはなかった。

 ガダルカナルへの輸送が途絶して以来、アメリカ軍は高速の駆逐艦やB17による物資輸送を敢行していた。その結果、やむを得ないこととはいえ、駆逐艦、B17双方に損害が続出したのである。

 そして、ガダルカナル飛行場から飛び立った一式陸攻が数日おきにエスピリットゥサントに対する夜間爆撃を実施して、アメリカ側の損害を蓄積させていたことも大きかった。

 少数機によるハラスメント爆撃であるとはいえ、いや、だからこそアメリカ側にとっては厄介であった。実態としては、十分な機体が揃えられない日本軍の苦肉の策であったとしても。


「それと、ガダルカナルへ向かっている輸送船団に、サンタクルーズ諸島方面まで退避しろと伝えろ」


 現在、ガダルカナル飛行場砲撃を企図した三個任務部隊の他に、ハワイから補給物資と増援を乗せた輸送船十二隻が島に近付いていた。

 重巡ソルトレイクシティ以下の護衛は、北太平洋戦線から引き抜いてきた戦力であり、南太平洋へ戦力を集中させようとするアメリカ海軍の努力の証の一つでもあった。

 しかし現状では、上空を守るもののない裸の船団であり、不用意にガダルカナルへ近付けるわけにはいかなかった。


「ったく、これだけの戦力を出撃させて手ぶらで帰ってくるとか、俺たちゃ今頃太平洋艦隊司令部でいい笑いものにされているぞ」


「それだけ、敵の防衛が熾烈であったということでしょう」


「だが、次は食い破ってみせる」ハルゼーは凄みのある笑みを浮かべた。「今夜の戦いで、ジャップの艦隊も相当傷付いたはずだ。そして俺たちは、奴らに戦力的な余裕がないことを知っている。連続攻勢をかければ、最終的に勝利するのは我々合衆国海軍だ」


 多少無理をすることになるが他の方面から引き抜いた予備兵力がある合衆国海軍に対し、日本海軍には十分な予備戦力がない。消耗戦になれば、敗北するのは日本側なのである。


「リーの戦艦部隊の再編成を急ぐぞ。とにかく、かき集められるだけの戦力をかき集めて、奴に送ってやるんだ」


「退避中の損傷艦については如何されますか?」


「負け犬どもに用はない。さっさとヌーメアに退避させろ」


 ハルゼーは椅子から立ち上がった。窓の外の、ヌーメアの町並みの先に広がる海を見つめる。


「一度くらい勝ったからって、いい気になるなよ、ジャップ」


   ◇◇◇


 空母飛龍艦上では、二式艦上偵察機の暖機運転が始まっていた。

 併走する空母瑞鶴の艦上でも、払暁の空に索敵機を発進させられるよう、作業が続いているはずだ。

 夜明けを迎えつつある南半球の空。

 水平線の先にわずかに曙光が差し込んでいる。夜と朝の狭間の、空の闇が淡く払われていく時間。

 それを見据えつつ、二航戦司令官・山口多聞少将は飛龍艦橋に立っていた。


「索敵機が発艦次第、第一次攻撃隊の準備を完了させるのだ」


「はっ」


 二航戦参謀・伊藤清六中佐が山口の命令に応じる。

 現在、飛龍と瑞鶴は敵艦隊の追撃のための索敵機、攻撃隊の発艦準備を行っていた。

 第二艦隊司令部が連合艦隊司令部に宛てた通信を傍受(その後、連合艦隊旗艦大和からも同内容の電文が届いた)した飛龍は、夜明けと共に損傷した敵艦の掃討を行うことを決意。トラックから出撃した二空母を急速に南下させていた。

 それはまるで、ミッドウェー海戦での飛龍と彼の活躍を彷彿とさせる機敏な動きであった。

 あの海戦において、三空母が被弾炎上した後、飛龍は単艦でアメリカ軍空母部隊との戦闘を繰り広げた。何度か空襲に見舞われたものの、加来止男艦長は最後まで艦の被弾を許さず、薄暮攻撃まで行って敵空母三隻を撃破する戦果を挙げていたのである(空母三隻撃破は日本側の誤認であり、正確にはヨークタウンとホーネットの二隻が損害を受けた。後にヨークタウンは伊一六八潜の雷撃によって沈没)。

 その後の第二次ソロモン海戦、南太平洋海戦でも、飛龍は獅子奮迅の活躍を見せた。そして、瑞鶴と共にすべての海戦を被弾せずにくぐり抜けたことから、将兵の間からは「鶴龍コンビ」、「幸運艦コンビ」との名を奉られることとなった。

 さて、山口は護衛を担当する利根、筑摩の索敵機を合わせて、東方から南方にかけて索敵を行うこととしていた。

 敵艦隊が味方の航空部隊の援護を受けられる最短距離は南方であるが、そうであるが故に発見されやすい航路でもある。だからこそ山口は東方に迂回する航路を取っている可能性もあると考え、東から南にかけて約一二〇度ほどの索敵範囲を定めていた。なお、西方へ迂回する航路は逆にラバウルに接近する航路になるので可能性は低いと判断された。

 索敵に使用する二式艦偵は、ミッドウェー海戦時に十三試艦上爆撃機として蒼龍に搭載されていた機体と同様なものである。母艦はミッドウェー海戦で失われてしまったが、機体そのものは飛龍に収容されたために無事だった。

 そして、その高性能ぶりに着目した海軍は、七月、これを「二式艦上偵察機一一型」として制式兵器に採用した。艦爆としての開発はその後も続けられた。

 蒼龍に搭載されていた試作機が失われなかったことも、開発にとって追い風となった。昭和十七年度中、つまり昭和十八年三月までには艦爆型の量産体制に入れるという。

 山口としては、南太平洋海戦までに艦爆型の生産が間に合っていれば、と思わないこともなかったが、無い物ねだりをしても仕方がない。

 今は、飛龍と瑞鶴にそれぞれ二機ずつの二式艦偵が配備されているだけで良しとせねばならない。

 やがて、川口益飛行長が二式艦偵の暖機運転の完了と発艦準備の完了を報告してきた。


「艦長、始めてくれ」


「はっ! 各機発艦始め!」


 飛行甲板から響く液冷発動機の音が一段と大きくなった。

 それまでの日本海軍の機体とは一線を画す優美な機体が飛行甲板を蹴って飛び立っていく。

 後に艦上爆撃機「彗星」と呼ばれることになる偵察機は、やがて暁の空へと消えていった。


   ◇◇◇


「海戦における我が方の損害は、沈没は重巡古鷹、駆逐艦高波。重巡青葉が大破、中小破が重巡衣笠、神通、黒潮、親潮、陽炎、夕立、春雨となっております」


 戦艦大和艦橋で、戦務参謀・渡辺安次中佐がそう報告した。


「米艦隊は退却を開始し、飛行場の防衛には成功した模様です」


「前進部隊の戦果はどうなっているのかね?」


 長官席に腰をかけている山本五十六連合艦隊司令長官が尋ねる。


「はい。報告によりますと、巡洋艦六隻を撃沈、駆逐艦八隻撃沈とのことです」


「だいぶ混戦になったと聞いている。戦果の確認は慎重にせねばならんだろう」


「それに関しましては、第十一航空艦隊や航空部隊の索敵機が夜明けと共に米艦隊の捜索に当たることになっております。その際に、戦果も確認出来ることでしょう」


 今度は、三輪義勇作戦参謀が答えた。


「しかし、敵新鋭戦艦は取り逃がしてしまったようだね?」


 それが不満そうに、山本は言った。


「駆逐艦夕立が、敵新鋭戦艦の一隻に魚雷二本の命中を確認しております」


「しかし、撃沈したわけではなかろう」


 口を挟んできたのは、先任参謀・黒島亀人大佐だった。彼は山本長官の方に向き直る。


「上空援護のない戦艦など、航空部隊によって撃沈可能であることはマレー沖海戦によって証明されております。あえてこれ以上、第一艦隊を南下させる必要は薄いのではないでしょうか?」


「不満そうだね、黒島君」


「はい。いかに時代は航空機に移ったとはいえ、この大和は帝国海軍の象徴。その大和と長官の身に万が一があっては、全軍の士気に関わります」


「それについては、出撃前に議論したはずだ」参謀長の宇垣纏少将が反論した。「母艦航空隊は南太平洋海戦での打撃から十分に立ち直っておらん。今こそ第一艦隊を出撃させる時である、と」


 砲術科出身の宇垣らしい、大和以下第一艦隊の能力を信じ切っている口調だった。


「そして、私も最終的に第一艦隊の出撃を決意した。戦艦部隊が健在な米軍が、捲土重来を期さないとも限らない。いい加減、納得してくれんかね、黒島君?」


「はっ、長官がそうおっしゃるのであれば」


 黒島は一礼して引き下がった。

 参謀の内心は様々であるが、皆が感じているのは山本にある種の焦りが見えていることであった。

 現在、第一戦隊を基幹とする部隊がトラックを出撃し、ガダルカナル島へ向けて南下していた。

 その編成は、次の通りになっていた。


挺身攻撃隊 司令官:山本五十六大将(連合艦隊司令長官)

第一戦隊【戦艦】〈大和〉〈長門〉〈陸奥〉

第九戦隊【重雷装艦】〈大井〉〈北上〉

第三水雷戦隊【軽巡】〈川内〉

 第六駆逐隊【駆逐艦】〈暁〉〈雷〉〈電〉

 第十九駆逐隊【駆逐艦】〈磯波〉〈浦波〉〈敷波〉〈綾波〉

 第二十駆逐隊【駆逐艦】〈天霧〉〈朝霧〉〈夕霧〉〈白雲〉


航空部隊 司令官:山口多聞少将(第二航空戦隊司令官)

第二航空戦隊【空母】〈飛龍〉〈瑞鶴〉

 第十駆逐隊【駆逐艦】〈夕雲〉〈巻雲〉〈風雲〉〈秋雲〉


母艦支援隊 司令官:原忠一中将(第八戦隊司令官)

第八戦隊【重巡】〈利根〉〈筑摩〉

第十戦隊【軽巡】〈長良〉

 第十六駆逐隊【駆逐艦】〈初風〉〈雪風〉〈天津風〉〈時津風〉

 第六十一駆逐隊【駆逐艦】〈照月〉


註:本来であれば第三水雷戦隊に配属されている第十一駆逐隊(【駆逐艦】〈吹雪〉〈白雪〉〈初雪〉〈叢雲〉)は、第七戦隊(【重巡】〈最上〉〈三隈〉〈熊野〉〈鈴谷〉)、第十六戦隊(【軽巡】〈名取〉〈鬼怒〉)などと共にインド洋での通商破壊作戦に従事中。


 戦艦部隊の大規模な出撃は、敗北に終わったミッドウェー海戦以来のことであった。

 そしてミッドウェー海戦時と違い、大和以下水上砲戦部隊は空母部隊の遙か後方に隠れることなく、一路、ガダルカナルへと向かっている。

 ミッドウェー海戦では空母飛龍による薄暮攻撃を成功させつつも、新たに四隻の敵空母の存在が確認されたことから、艦隊保全主義に走った連合艦隊司令部は、その時点で作戦中止を決意、全艦隊に反転を命じていた(増援の空母四隻は日本側の完全な誤認)。

 今回の出撃に際しても、第一艦隊の保全を唱える黒島のような者がいたが、山本は出撃を決意していた。

 彼にとって、自身の短期決戦構想が崩れつつあることは戦争の先行きに対する不安要素となっていた。

 確かに、ミッドウェーとガダルカナルを巡る海戦で、敵空母はすべて撃沈した。だが、未だアメリカの世論は早期講和を求めるまでに戦意を喪失していない。

 それが、山本にとって誤算であった。

 だからこそ、山本はここで第一艦隊を出撃させてでも、米新鋭戦艦を叩いておきたかったのだ。空母だけでなく、戦艦も全滅させれば、少しは合衆国の世論に影響を与えられるのではないかと考えていたのである。

 また、大本営から次期作戦の構想に伝えられていることも、山本の焦りに繋がっていた。

 それは、現在実施中のインド洋での通商破壊作戦をさらに大規模にして、セイロン島の攻略やインド洋の制海権を完全に確保してスエズ運河経由での日独連絡航路を開こうとする作戦構想であった。

 夢物語のような大本営の構想であるが、実際にインド洋での通商破壊作戦を開始してみると予想以上の効果を上げていたことが、山本に反論すべき材料をなくさせていた。

 そもそも、ガダルカナル攻防戦はオーストラリアの戦争からの脱落を狙った日本側の作戦が発端である。

 インド洋を制圧することでイギリス最大の植民地インドを宗主国から引き剥がし、大英帝国に大打撃を与える。米豪分断作戦ならぬ、米英分断作戦ともいえる意味をインド洋作戦が持っていることを、山本も否定出来なかったのだ。

 空母、戦艦を全滅させてアメリカ国民の戦意を喪失させるのと、同盟国を脱落させてアメリカ国民の戦意を喪失させることは、本質的には同じことである。だからこそ、山本も最終的にインド洋作戦を受け入れることにしていた。

 だがそのためには、太平洋側でアメリカ軍の反攻の芽を摘むことが大前提である。

 インド洋作戦は、一九四三年四月を以って発動されることが決まっていた。空母だけでも、翔鶴、瑞鶴、飛龍、龍驤、隼鷹、飛鷹、龍鳳を参加させる大規模作戦である。

 それまでに艦隊の整備をせねばならず、ガダルカナル攻防戦は年内に決着を付けることが求められていた。そして山本は、これ以上ガダルカナルで消耗を続けることは、日本の国力が持たないということを自覚していた。

 だからこそ、米軍が最新鋭戦艦を繰り出して決戦を挑んでくるならば、こちらも第一艦隊を出撃させて対抗しようとしたのである。

 最新鋭戦艦を繰り出してきた米軍は本気である。巡洋艦部隊が撃退された程度で、ガダルカナル砲撃を諦めるとは考えられない。

 だから山本は、敵艦隊の撤退を知らされていても艦隊をトラックに戻すつもりはなかった。

 そして、この機会を逃せば、もう二度とこのような好機は訪れない。すでにトラックの備蓄燃料は底を尽きかけており、この規模の艦隊をソロモン海に展開出来るのはこれが最後でもあったのだ。

 トラックには未だ戦艦金剛、榛名、商船改造空母隼鷹、軽空母龍驤といった戦力が存在しており、これらを集中すれば米艦隊の戦力を凌駕出来るのだが、日本海軍の燃料事情がそれを許さなかった。

 この出撃で、何としても米艦隊を撃滅する必要がある。

 そうした思いもまた、山本の焦燥に繋がっていた。


「失礼いたします!」


 その時、一人の通信兵が艦橋に飛び込んできた。その顔を見て、艦橋の誰もが凶報だと感じていた。

 特にミッドウェー海戦の悪夢が蘇ったのか、連合艦隊司令部の参謀たちは誰よりも顔を青くしていた。


「第十一航空艦隊より緊急入電。ガ島飛行場、空襲サル。襲来セル敵機ハ艦載機ノ模様。〇六一五。続いて、第四水雷戦隊からも緊急入電。我、空襲ヲ受ク。由良、夏雲沈没。第四水雷戦隊司令部ハ朝雲ニ移乗ス。〇六二〇」


「馬鹿な!」声を上げたのは、黒島先任参謀だった。「米艦隊の空母は全滅させはずではなかったのか!?」


「……大西洋から回航したか、英軍から貸与してもらったのかもしれません」


 航空出身の三輪参謀が推測を述べた。


「何故米空母が存在しているのか、そんなことはこの際重要ではない」


 宇垣参謀長が参謀たちをたしなめるように言った。普段、山本からは疎んじられている彼であったが、ミッドウェーで空母三隻が大損害を受けて混乱する司令部をまとめ上げたのは彼なのだ。

 今回も、傲岸不遜とも取れる無表情で、突然の艦載機襲来に冷静に対応していた。


「我々にとって重要なのは、敵空母が存在していることそのものだ。第十一航空艦隊と四水戦司令部に、敵機の来襲方向、及び去っていた方角を問い合わせろ。また、二航戦司令部にも敵空母出現の公算大との通報を入れろ。……よろしいですね、長官」


「うむ」


 宇垣の矢継ぎ早の命令を、山本は鷹揚に頷くことで承認した。山本も山本で、ミッドウェー海戦の際と同様に落ち着きを保っていた。

 先ほどから大和は、重要と思われる情報はすべて飛龍に転送している。無線封止を行っているのは、実際には母艦航空隊とのその護衛だけである。

 これもまた、ミッドウェー海戦で大和は受信していながら、赤城が受信していなかった通信があったことに対する反省であった。


「諸君」


 山本は、参謀たちを見回して言った。


「これでいよいよ、米艦隊がガ島飛行場を破壊すべく捲土重来を図っていることが明らかとなった」


「……」


「……」


 参謀たちが、緊張の面持ちでその言葉を聞いている。


「我々、挺身攻撃隊は南下して米艦隊の撃滅を期す。この戦闘に、皇国の命運が掛かっていると肝に銘じてもらいたい」


「はっ!」


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「ヘンダーソン飛行場は炎上、沖合にいた巡洋艦、駆逐艦各一を撃沈、か……」


 空母レンジャー艦橋にて、第十六任務部隊司令官・トーマス・キンケード少将は呟いた。

 ヘンダーソン飛行場は、ガダルカナル飛行場のアメリカ側の呼称である。

 現在、空母レンジャーに搭載されている艦載機は合計九〇機のF4Fワイルドキャット、SBDドーントレス、TBFアヴェンジャーであった。

 レンジャーの航空部隊は夜明けと共にヘンダーソン飛行場を空襲し、さらに沖合にいた水雷戦隊にも打撃を与えることに成功したのだ。

 しかし、キンケードはこの成果に満足していなかった。

 空母一隻の艦載機の攻撃で飛行場を完全に破壊したとは考えにくいためである。アメリカ軍であれば、被害の程度にもよるだろうが、数時間で飛行場を復旧させてしまうだろう。日本軍でも、半日あれば十分なはずだ。

 攻撃が飛行場と沖合の艦艇に分散してしまったことも大きい。

 そう考えると、やはり空母一隻では限度がある。レンジャーは飛行場攻撃の他にも、ガダルカナルに接近する輸送船団や水上砲戦部隊の上空援護も担当しなければならないのだ。空母一隻にかかる負担としては、大きすぎると言わざるを得ない。

 さらに、退避中の損傷艦艇がエスピリットゥサントの戦闘機隊の航続圏内に入るまでの援護も必要である。損傷艦多数のために速力の低下した彼女たちは、それだけエスピリットゥサントに到着するのが遅れ、その間日本軍による空襲の脅威に晒され続けるのだ。

 そして何よりキンケードが懸念していたのは、空襲中に日本の艦艇から放たれた平文の電文であった。「我、貴軍ノ溺者救助中。攻撃ハ差控エラレ度」との電文は、キンケードとその参謀たちを青くさせた。

 もちろん、日本海軍の謀略である可能性もある。ただし、昨夜、あの海域で撃沈されたアメリカ軍艦艇は多数に上る。当然、多くの乗員たちが海上を漂流しているはずであった。あながち、日本海軍が空襲を避けるために使った欺瞞工作とも言い切れないのだ。

 現在、この電文を受信したことに関しては厳重な箝口令が敷かれている。

 真実であろうと謀略であろうと、アメリカ海軍が自国の将兵を見殺しにしたという印象を兵士たちに与えてしまっては、士気に関わってくる。

 とはいえ、どこまで隠し通せるか、キンケードには疑問でもあった。

 彼のそうした懸念を他所に、戦況は新たな局面へと進んでいく。


「レーダー室より報告。北西より接近中の機影を確認」


「編隊の規模は?」


「いえ、どうも一機だけのようです」


 その報告に、キンケードは唇を引き締めた。

 ガダルカナル攻撃から帰還した航空部隊が帰還するには早すぎる。恐らく、日本軍の索敵網に引っかかってしまったのだ。

 ハルゼー中将の命令であったとはいえ、ガダルカナル攻撃は必然的に日本軍の勢力圏に接近することになる。そうなれば、発見される可能性も高かったのだ。

 合衆国海軍にただ一隻残された正規空母であるレンジャー。

 それが今、日本軍による空襲の危険性に晒されようとしているのだ。


「直掩隊に通信。接近する機影の敵味方識別を行い、敵であるならば通報を発される前に撃墜せよ」


「はっ!」


 キンケードはそう命じつつ、内心で神に祈りを捧げた。

 主よ、どうか我らをお救い下さい……


  ◇◇◇


 飛行甲板に並べられた航空機の発動機が、轟音と共に回転している。

 飛龍の飛行甲板に並ぶのは、零戦三二型十六機、九九艦爆十二機であった。併走する瑞鶴の飛行甲板には、零戦三二型十八機、九七艦攻十機が並んでいる。

 南太平洋海戦では、敵空母二隻を撃沈したとはいえ、日本も航空機と熟練搭乗員の多数を失っていた。

 その損害がまだ癒えていないため、二空母の攻撃隊の編成は万全とは言い難かった。


「とはいえ、無い物ねだりをしても致し方あるまい」


 山口多聞少将はそう呟いた。その目に、尾翼を真っ赤に染めた一機の九九艦爆が映る。

 今回の攻撃隊の隊長を務める、江草隆繁少佐の機体である。

 「艦爆の神様」と讃えられ、ミッドウェー海戦では母艦蒼龍の被弾により出撃出来ず無念の涙を呑んだ彼であったが、南太平洋海戦ではその手腕を遺憾なく発揮し、日本海軍の勝利に貢献している。

 今回もまた、敵空母撃沈の殊勲を挙げてくれることだろう。


「攻撃隊、発進せよ!」


 号令一下、整備員が車止め(チョーク)を払い、最初の一機が滑走を始める。

 整備員たちが、帽振れで攻撃隊を送り出す。山口や加来らも、同じようにして攻撃隊の健闘を祈った。


「我、今ヨリ全機発進。敵空母ヲ撃滅セントス」


 空母飛龍から発せられた電文は、それを受信した多くの艦の将兵たちを奮い立たせたという。


  ◇◇◇


 第十六任務部隊が二航戦からの空襲を受けようとしている時、エスピリットゥサントに向けて退避中のアメリカ艦隊も、ラバウル方面からの空襲に晒されていた。

 ヘレナ艦長フーバー大佐に率いられ、エスピリットゥサントへと向かうアメリカ艦隊は、損傷艦ばかりで構成されていた。

 被雷によって速力の出ない戦艦インディアナと軽巡ジュノー、駆逐艦も大小の損傷を抱えている。

 艦隊速力は十二ノットであり、未だレンネル島の沖合を航行中であった。

 リー少将の第六四任務部隊は、日本軍による空襲を避けるためにさらに東方に退避していた。つまり、援護は期待出来ない。


一式陸攻(ベティ)、インディアナに向かいます!」


「援護しろ!」


 損傷艦を護衛するのは、軽巡ヘレナと駆逐艦フレッチャーのみ。この二隻だけが、昨夜の海戦をほぼ無傷で乗り切っていた。

 南溟の澄み切った空を、対空弾幕の炸裂による黒煙が汚していく。

 米艦隊の猛烈な対空砲火を前にしても、双発の日本軍雷撃機は怯まない。フーバーから見て、狂気ともいえる超低高度で侵入してくる。

 上空に、味方の戦闘機の姿はなかった。

 第十六任務部隊、そしてエスピリットゥサントの航空隊に支援を要請していたが、どちらからも戦闘機を派遣してくれる旨の返信はなかった。

 第十六任務部隊はジャップの偵察機に接触されたため、空母レンジャーに搭載された戦闘機は自艦隊の防空だけで手一杯だそうだ。

 エスピリットゥサントの航空隊は、単純に航続距離が足りない。

 現れたベティの数は、二十機前後といったところ。

 しかし、上空直掩もなく、速力も出ない状況では十分な脅威であった。

 狙われたインディアナは、火山の噴火の如き対空砲火を上げている。魚雷を受けただけの彼女は、艦上構造物はすべて無事であった。

 そのため、サウスダコタ級の誇る強力な対空火器が全門使用可能である。

 超低空でインディアナへの突進を続けるベティの一機が、炸裂した砲弾の断片を上から浴びせられて爆散した。次いで、片翼をもぎ取られた機体が海面に叩き付けられる。

 さらに接近を試みるベティには、四〇ミリ機関砲、二〇ミリ機関砲が浴びせられた。

 しかし、損害を無視するように突っ込んできたベティの何機からは投雷に成功。

インディアナは必死に回避運動を行おうとするが、すでに喫水線下に損傷を受けている艦である、艦長の操艦虚しく、左舷舷側に二本、右舷に一本の水柱が上がる。


「ガッデム!」


 その様子をヘレナから見ているしかなかったフーバーは罵声を上げた。


「ジュノーも被雷の模様!」


 見張り員が、さらに凶報をもたらす。その直後、巨大な爆発音がヘレナを襲った。


「ジュノー、轟沈!」


「……」


 一瞬、フーバーは呆けた顔を見せた。弾薬庫か搭載魚雷が誘爆を起こしたことは確実だ。

 実はこの攻撃は、陸攻隊のものではなかった。密かに艦隊に接近していた伊二六潜の雷撃による戦果であった。

 上空に気を取られている隙を突かれた形ではあるが、この時点ではアメリカ側の誰も潜水艦の接近に気付いていなかった。


「インディアナより信号。我、出し得る速力八ノット」


 これで、ラバウルの攻撃圏内から離脱するのはさらに先のことになるだろう。

 フーバーは暗澹たる思いを抱いていた。


  ◇◇◇


 第十六任務部隊司令官トーマス・キンケード少将は、自身の無力感に苛まれていた。

 彼の座乗する空母レンジャーは、日本機の熾烈な攻撃に、今まさにさらされているのだ。

 上空直掩のために緊急発進させた十二機のF4Fワイルドキャットは、多数の零戦隊(ジーク)の前にはまったくの無力だった。

 レンジャー自身も、そして彼女を護衛する艦艇も、空を黒く染めるほどの対空弾幕を張っているが、それでも日本軍の攻撃隊を防ぐことは出来なかった。

 これまで大西洋で戦ってきた乗員たちにとって、日本軍による空襲は初めての経験である。サンタクルーズ沖海戦(南太平洋海戦の、アメリカ側の呼称)で見せた猛烈な弾幕に比べると、キンケードはどこか拙い印象を受けてしまう。

 特に、あの時は強力な対空火器を備えるサウスダコタの奮戦が、多くの敵機を撃墜したのだ。今回は、その頼もしい戦艦はいない。

 任務部隊司令官であるキンケードは、空襲を受けてしまった時点で出来ることなど何もない。ただ艦長の操艦を信じ、敵の攻撃を回避してくれることを祈るだけだった。


「敵機、急降下!」


 見張り員が悲鳴のような叫び声を上げた。

 上空から逆落としに突っ込んできた九九艦爆(ヴァル)の機体から、黒い塊が投下される。サンタクルーズ沖海戦でも見たことのある固定脚の機体は、レンジャーにとって災厄そのものだった。

 最初の命中弾は艦橋構造物のすぐ後ろにある四連装機銃座を直撃した。基準排水量一万八〇〇〇ンの船体が大きく身震いする。炸裂した爆弾は機銃員たちをなぎ倒し、多くの者が四肢や上半身を吹き飛ばされ、機銃座は肉片と血で埋め尽くされた。

 衝撃はさらに続き、二発目、三発目とレンジャーを打ち据えていく。

 六発目の直撃弾があったところで、衝撃は収まった。


「艦尾ボイラー室に被弾! ボイラー四基使用不能!」


 その報告を受けが艦橋に届けられた時、キンケードを初めとする艦橋の者たちはは絶句した。徐々に速力を低下させていくレンジャーは、敵雷撃隊の格好の標的になってしまう。

 そもそも、彼女には十分な防御が施されていない。日本軍の数次にわたる空襲を粘り強く耐えた末に撃沈されたヨークタウン級に比べて、あまりに頼りない装甲しか持っていないのだ。

 艦長が火災の消火と機関の早期復旧を命じたが、それは無駄な命令であった。

 再び、見張り員の絶叫が響く。


「敵雷撃機、右舷!」


「左舷にも敵雷撃機!」


 見れば、少数ながら見事な編隊を組んだ九七艦攻(ケイト)がプロペラで海面を叩かんばかりの超低空で接近してくる。


「面舵一杯!」


 レンジャー艦長がそう命じた直後、対空砲によって一機の九七艦攻が火達磨になって海面に激突した。だが、他の機体は何事もなかったかのように突進を続けている。


「なんて奴らだ……」


 思わずキンケードは呻いた。サンタクルーズ沖海戦の時といい、ジャップの奴らは死を恐れないのか?


「敵機、魚雷投下!」


 レンジャーの船体が右舷に曲がり始めるが、それは非常に緩慢な動きであった。

 九七艦攻が飛行甲板すれすれを飛び抜けていく。

 キンケードは海面に伸びる雷跡を、諦観と共に見つめていた。


「ジーザス!」


 見張り員の誰かが罵り声を上げた。雷跡がレンジャーの航跡の中に吸い込まれるように消え、直後に蹴飛ばされるような激しい衝撃が襲ってきた。

 キンケードを含め、艦橋にいた者たちがよろけ、あるいは転倒した。

 そして、衝撃は一度では済まなかった。最初の衝撃が収まり切らない内に、レンジャーにはさらに右舷に一本、左舷一本の魚雷が命中した。被雷と同時に舷側に巨大な水柱が上がる。破孔から海水が奔流の如く流れ込み、機関は完全に停止、レンジャーの傾斜は急速に増大していった。発電室に浸水し、傾斜の復旧が絶望的となるに至り、艦長は自身の指揮する艦が最期を迎えつつある現実を受け入れざるを得なくなった。


「司令官」レンジャー艦長はキンケード少将に言った。「本艦はすでに戦闘力を喪失しました。沈没は時間の問題と判断します。旗艦を変更なさって下さい」


「判った」


 キンケードは努めて平静な口調と共に頷いた。

 彼は最も近くにいた重巡ウィチタに将旗を移したが、空母を失った彼に出来ることは限られていた。彼は麾下の駆逐艦にレンジャー乗員の救助を命じ、南太平洋方面軍と第六四任務部隊に第十六任務部隊の現状を伝えた。


「……手酷くやられたものだな」


 ウィチタ艦上から傾斜したレンジャーを見たキンケードは、嘆息するように言った。レンジャーは全艦が火災に包まれており、濛々とした黒煙を空に噴き上げている。その傾斜も、徐々に角度を増していた。

 珊瑚海海戦以降の空母決戦で、驚異的な粘りを見せたアメリカ海軍の空母と同じとは思えない。

 レンジャーの太平洋回航について、トーチ作戦に影響を与える点から反対意見が出たが、同時にその防御力の脆弱さからも反対意見が出されていた。

 結局、そうした反対意見が正しかったわけである。

 トーチ作戦は二ヶ月の延期がなされ、その間にガダルカナル攻防戦に決着をつけて再びレンジャーを大西洋に戻す計画であったが、それももう叶わない。

 レンジャーの喪失は、太平洋・大西洋両洋での戦局に重大な影響を及ぼすことになるだろう。これで、アメリカ海軍の保有する正規空母はすべて失ったのだ。残されたのは、航空機輸送や対潜警戒にしか使えない小型の護衛空母が大西洋に存在しているだけである。

 まさか海軍上層部も、太平洋に回航し、真珠湾入港後一週間と経たずにレンジャーが撃沈されるとは予想していなかったに違いない。


「リー少将に打電してくれ。貴艦隊の奮戦に期待す、とな」


 彼は望みのすべてを第六四任務部隊(TF64)に託すしかなかった。

 同時に、彼は真珠湾を出撃するに際して感じていた不安が、再び湧き上がってくるのを感じていた。

 ―――神よ、TF64を守りたまえ、そして合衆国に勝利を与えたまえ。






「我、敵空母ニ爆弾六、魚雷三ヲ命中。撃沈確実ト認ム。一〇三〇」


 江草隆繁少佐からの報告が入った飛龍の艦橋は、明るい雰囲気に包まれていた。


「これで、今度こそ米空母は全滅しました。後は、南方に発見された敵の損傷艦部隊を叩くのみです」


 伊藤清六参謀が、興奮気味に進言した。


「まあ待て」と、山口はたしなめる。「まだ、敵の空母が一隻と決まったわけではない。油断は禁物だ。そして、攻撃隊の損害も判明しておらん。不用意に、航空部隊をすり潰すわけにもいかん」


 山口は、これ以上の母艦航空隊の損害は許容出来ないと考えていた。

 南太平洋海戦では、「雷撃の神様」とまで讃えられる技量を持った村田重治少佐を失っている。ここで江草までもを失ってしまえば、母艦航空隊の再建に不可欠な熟練搭乗員がいなくなってしまう。

 とはいえ、彼の懸念は杞憂であった。

 ガダルカナル島沖で溺者救助に当たっていた第四水雷戦隊が、アメリカ海軍の捕虜を尋問した結果、出撃した戦艦、空母の数が判明したのである。

 これにより、日本海軍はアメリカ海軍に戦艦しか残されていないことを知る。

 敵損傷艦艇群の上空直掩を担当すべき空母が存在しないことを知った山口少将は、この部隊の追撃を決意。

 そして、空襲の危険性のなくなった挺身攻撃隊はさらに南下して、ガダルカナル島沖での決戦に備える姿勢をとった。

 一方のアメリカ海軍第六四任務部隊も、十四日夜間のガダルカナル砲撃を期して反転。

 日米初の戦艦同士の決戦の時は、刻々と迫りつつあった。

 作中における空母レンジャーの扱いは、史実の第二次ソロモン海戦における龍驤がモデルです。

 さて、一九四二年段階で日本がアメリカ相手に善戦しているならば、ヨーロッパ戦線にもかなりの影響を与えられるはずです。特に作中ではインド洋機動作戦が実施されておりますので、余計にその影響は大きくなるはずです。

 次回はいよいよ、大和と米新鋭戦艦の砲撃戦です。上手く書けるよう、努力いたします。

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