第4章 再会の縁に
第四章 再会の縁に
初めての『一座』の任務から一ヶ月以上が過ぎた四月の中頃、司は姫之森学園の女子トイレの個室で一人思案に暮れていた。
学園に配置された八坂を管理する様々な機材や施設の管理と調整などを行う名目で、女生徒として司は学園に潜入している。
女生徒としての司は、名前を姫森津香紗といい、ちゃんとした戸籍も所有し、姫之森学園中等部の一年に在籍している。
津香紗は入学式から無遅刻無欠席の真面目な生徒で、授業にも欠かさず出席をしている。
もともと高校生であった司にとって、いかに名門女子校といえども、授業内容などは苦も無く理解できる程度の学力はあるし、持ち前の読み解く力は、教師の解説に対しても発揮され、結果として姫森津香紗は学年でも他の追随を許さないレベルの才媛として認知されていた。
さらに華菜のお嬢様教育は、告白の一件以降、加速度的に度を増して、書や日舞、社交ダンスなど、おおよそ『キワミ』と関係あるとは思いにくい内容も大量に加えられ、即席とは思えないほどの完成度をもって四月の入学式を向かえることになった。
お陰でクラスメートの人となりを知る頃には、それらは完全に板について、まさに無意識でこなせるレベルになってしまっていた。
当然優雅な振る舞いは、知性の高さと相まって、司が学年の憧れの的に上り詰めるまで、大して時間を必要としなかった。
さらには、そんな知性とお嬢様スキルだけではなく、学園の名前に似た姫森の名前が学園の創始者一族であるという噂を呼び、学園に隣接する九葉の屋敷から通う姿を見られるに至っては、家柄においても揺ぎ無いものを得て、姫森津香紗は名実ともに完璧なお嬢様として周囲に認知されてしまっていた。
多少グレードが高いとはいえ、少女モードの中には姫君のような立ち振る舞いをする演技パターンを持っている司だけに、その程度のことは大して難問ではなかったが、トイレの個室にこもってまで悩むことになったのは、クラスメートたちに羨望の眼差しで、お宅拝見をお願いされたためであった。
九葉の屋敷に住んで約二ヶ月、屋敷の間取りや九葉と華菜以外の使用人も、完全に頭に入っているのだが、問題は屋敷の主である九葉と華菜である。
初めての任務以来、急激に距離を詰めてきた華菜が、華菜、九葉、津香紗で三姉妹にしようと言い出し、九葉があっさりと幸造の承諾を取りつけ、それに従って学校で家族構成を尋ねられれば、一緒に暮らしているのは二人の姉と答えるようにさせられていたのだが、お宅拝見となっては、ほぼ常に屋敷にいる二人を紹介しないわけにはいかない。
しかし、話の中で二人を姉妹というのと、実際に見聞されるのではわけが違う。
自分ひとりが演じ切る自信ならあるが、あの二人を交えて、問題を残さないようにこの難関を乗り越えるのは、司には恐ろしく難解なミッションに思えた。
だが、それでもどこか楽しい気がして、自分の楽天家ぶりに少々呆れた。
そうして、一人でしばらく悩んでいた司だったが、どうしようもないとあきらめると、華菜に持たされている携帯電話で友人を連れて帰る旨をメールして教室へと戻った。
放課後、司の前には、姫森邸探検隊である二人の少女、喜多嶋唯と鈴本奈緒子の姿があった。
「姫ちゃん、いろいろ悩んだんだけど、お姉さまたちに会うなら、やっぱり、津香紗ちゃんて呼んだほうがいいのかな?」
首をかしげながら問いかける唯は、少し明るめの茶色い髪を頭の後ろで左右にわけて、それぞれをお団子に結び上げて、性格は勝気といわんばかりに眉が細くてつりあがっている。
ブラウスとジャンパースカートの上から、クリーム色のカーディガンを着ていて、ブレザーとベレー帽は肩から提げたカバンに掛けられ、着る様子は見られない。
「ああ、確かにぃ、みぃんな、姫ちゃんだもんねぇ」
その横から口を挟む奈緒子は肩までかかる程度のセミロングの黒髪に、うなじからおでこの上に通した真っ赤なリボンが印象的なおっとりとした雰囲気の少女で、ブラウスの袖口に手のほとんどが埋没してしまっていて、頭に載せられたベレー帽もリボンに掛からないほど後ろにずり下がってしまっている。
ブレザーは着てはいるものの、三つあるボタンの一つしかとめられていないし、ハイソックスも片方が丸まってしまっているので、全体的にルーズな印象は拭えない。
特にブラウスに通した左右対称に結ばれた臙脂色の紐リボン、くるぶしで可愛く折り返された靴下、そのまま学校案内にでも載せられそうなほど綺麗に制服を着こなしている司の横に立つと、より際立って見えてしまう。
「つかっち、つかっちゃん、つっかー、つーちゃん・・・」
顎に人指し指を置いて矢継ぎ早に名前を並べていく唯が小首をかしげて司に問う。
「どれがいい?」
司は苦笑交じりに「任せます」と答えると、時間が遅くなるからと二人を促した。
三人は司の新しいあだ名や姫森家のことに触れながら教室を後にして昇降口へと向かう。
奈緒子が靴を履きかえるのにもたもたと時間をとられながらも、三人は揃って九葉の屋敷にたどり着いた。
玄関で靴を脱ぐまでにすれ違った使用人達や屋敷の立派さに、唯はどんどんテンションをあげて騒ぎ始める。
奈緒子も同じように張り切るのだが、どうしてもおろおろしているように映ってしまう。
そんな二人の様子を微笑ましく見つめる司の視界に、近づいてくる華菜の姿が映った。
唯と奈緒子もその姿に気がついたらしく、珍しく緊張した様子で背筋を正す。
「いつも津香紗がお世話になっています。妹は同い年の女の子と過ごした経験が少ないので浮いてしまってはいないか心配だったのですが、ちゃんと君たちのような素敵なお友達に恵まれたようで安心しました。是非、ゆっくりしていってください」
ふっと柔らかい笑みを浮かべて華菜はそう囁くと、優雅にお辞儀をしてその場を後にした。
玄関に残された唯は黄色い声を上げてはしゃぎ、奈緒子はボーっと見惚れ、司は不意打ちに驚いて立ち尽くしていた。
華菜との遭遇から自分を取り戻した三人は、綺麗に靴を揃えて、津香紗の部屋へと移動を始めたところで、今度は十六歳くらいの着物姿の少女が姿を現した。
司も見たことは無い少女だったが、なぜか初めて会った気がしない。
彼女は『一座』の人間だろうかと司が考えを巡らし始めたところで、少女はにんまりと笑みを浮かべて三人に向かって話しかけた。
「お帰り、津香紗ちゃん。可愛いお友達だねぇ、九葉お姉ちゃんにも紹介してくれるかな?」
目の前の着物姿の少女が発した言葉に目を丸くして司は問い返す。
「九葉・・・ちゃん?」
「なあに? 津香紗ちゃん」
悪戯じみた笑顔で答える九葉の姿に、司は驚きの声を無理やり押し殺し、その横では唯も奈緒子も九葉の美しさに目を潤ませて羨望の眼差しを向けている。
「お姉ちゃんに、九葉ちゃんは、よくなくはないかしら?」
驚きで固まったままの司の胸をふにふにと押しながら、普段の幼い姿のときと変わらないにんまりとした笑顔を浮かべて、九葉は平然と言い放った。
「ご、ごめん・・・なさい・・・九葉・・・おねえちゃん・・・」
どうにも整理できないままだったが、言われるがまま謝る司に、九葉は満足そうに大きく頷いてみせると、足取りも軽くその場を後にした。
九葉の姿に我を忘れて呆然としていた司を、背中に叩き込まれた唯の力任せの一撃が現実へと引き戻した。
「ずるいよ、姫ちゃん! 姫ちゃんだけでも完璧の癖に、あんなに素敵なおねえちゃんまでもって、ずーるーいーーーー」
バシバシ背中を叩いて騒ぐ唯をみて、奈緒子も嬉しそうに司に抱きつく。
「ずぅるぅいぃ」
二人にじゃれ付かれながら、羨ましがられたことが嬉しくて誇らしくて、司は「えへへ」と微笑んで見せた。
その笑顔が唯と奈緒子のじゃれ付きに拍車をかけて、三人でもつれながら司の部屋の転がり込むと、ふかふかの絨毯の上に、惜しげもなく真っ白な足をさらけ出して倒れこんだ。
倒れこんだ三人は、一瞬の間をおいてから、弾かれた様にお腹を抱えて笑いあった。
三人で寝転がりながら華菜と九葉のことを話して、司の部屋の少女趣味ぶりを馬鹿にしたり、クローゼットに収められた数々の服で着せ替えをして遊んだり、お菓子を持ってきた華菜と九葉からスーパーお嬢様の失敗談を聞き出したりと大いに楽しんで時間を過ごした。
楽しいひと時はあっという間に過ぎ去り、日も暮れかけてきたので司は、華菜とともに二人を駅まで送ることになった。
華菜が身支度を整えている間に、玄関で唯が言った「三人だけかもしれないけど、暖かくて楽しくて素敵だね」という一言が司の胸を熱くさせた。
不覚にも涙をこぼしてしまった自分を優しく抱き締めて頭を撫でてくれた奈緒子の優しさも嬉しかった。
思えば自分はこんな風に人に優しくしてきただろうかと、昔抱いた自分への疑問を再認識して、司は落ち込みそうになったが、にっこり笑って待ってくれている唯と奈緒子のお陰で、これから優しくなればいいのだと、驚くほどあっさり気持ちを改めることができた。
そして、それは九葉に華菜や係わってくれた人達のお陰だと司は確信できた。
司は玄関に合流してきた華菜の手をとると、強く握り締めて手を引いて歩き始めた。
優しく受け入れて微笑む華菜が司の手を握り返して歩き出すと、唯と奈緒子が「ずるい」と不平を言いながらその後を追いかけた。
学園から駅までは歩くと三十分くらいの距離があるので、唯も奈緒子も通学には八坂駅から学園行きのバスを利用している。
そのためバス定期は持っているのだが、二人が華菜ともう少し話したいと訴えたので、華菜の車でもバスでもなく、四人で駅まで歩くことになった。
駅までは細い川に沿うように整備された遊歩道を歩くことになった。
遊歩道には桜並木が整備されていて、時期はやや過ぎてしまったために、花の数はそんなに多くはないが、時折吹き抜ける風が花びらを舞わせる程度には残っている。
暮れ始めた日の光で薄紅色の花びらが赤く染まり始める姿はとても美しい。
桜を見上げながら歩いていると、不意に背後から声がかけられた。
「つかさ?」
疑問符交じりに呼ばれて、無意識に振り返った司の視線と声の主の視線がぶつかる。
視線を交し合った二人はそのまま一拍置いて、司が驚きの表情をうかべ、声の主は瞬きを繰り返しながら、四人に近づいてくる。
少女たちのグループの中で最初に動いたのは唯だった。
真っ先に司の前に踏み出して、庇う様に両手を広げて声の主を睨みつける。
「姫森さんの知り合いですか?」
目の前に居る声の主はジャージ姿の二十歳ぐらいの大男で、普通に考えれば司との接点はありそうに無い。
むしろ、関係などあってほしくないと思いながら司を守ろうと、勇気を奮い起こした唯と立ち止まった大男の間に妙な沈黙が流れる。
五人の間に漂った妙な空気を吹き飛ばしたのは、底抜けに明るい女の声だった。
「おーい、明雄、司がどこにいるって?」
そういって、大男明雄の首に背後から腕を絡みつかせたのは、春先にしてはやや薄手の服に身を包んだ美紀だった。
「こ、こら、やめろ、美紀!」
バランスを崩しながらもがく明雄の首をぐいぐいと絞めながら、視線を巡らせた美紀は司の姿を見止めて、あっさりと昭雄を投げ出すとあっという間に目前まで踏み込んで、にっこりと微笑みながら司のか細い手を自らの手で包み込むように握り締めた。
「よし、君、私の嫁にならないか?」
「へ・・・」
真剣な眼差しで不真面目なことをいう美紀の行動についていけずに、その場の全員が驚きの声を漏らす。
「異議が無いなら行こう! 大丈夫だ、可愛がるから」
言うなり踵を返した美紀は司の手を引いて引っ張っていく、あまりの状況に引きずられる司もまともに抵抗できずに、唯も奈緒子も固まってしまっていた。
華菜は口元を隠しながら笑っているのか小刻みに肩を震わしている。
そんな中で向く利と起き上がった明雄が、むんずと美紀の襟首を掴んだ。
「な、離せよ、明雄、私と姫の逃避行を邪魔するな!」
真剣に不満をぶつけてくる美紀だったが、明雄は大きく横に頭を振ってみせた。
「美紀、未成年者誘拐は重罪だ」
明雄は言いながら目を細めると、美紀に背後の油井と奈緒子を見るように促す。
「それに、お前のノリに誰もついてきていない」
「あれ?」
美紀は間の抜けた顔で、固まる唯と奈緒子と司の顔を見渡すと、予想外の反応に驚きの声を漏らした。
一同は簡単な自己紹介をしたところで、ぐったりとうなだれる司を、唯と奈緒子は二人で介抱し、美紀は華菜に擦り寄っていた。
「ですから、私が絶対に幸せにしますから、妹さんをください」
美紀の大声に唯と奈緒子が反応して視線を向け、司と明雄は頭を抱える。
華菜は悠然と構えながら、思案顔を浮かべて美紀を焦らしている。
「とはいっても、津香紗の意志も尊重しないといけないし・・・」
そういって華菜に微笑みかけられた司は、逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
「津香紗を嫁にしたいのは、美紀さんだけではないようだし」
華菜がニコニコと微笑みながら言った瞬間、唯が話しに食いついた。
「そうです、姫ちゃんは私のものです」
真剣な表情で訴える唯は完全に火をつけられてしまっていた。
こうなってくると、奈緒子もおたおたしながらも参戦してくる。
「私のですぅ」
やがて始まった美紀、唯、奈緒子の取り合いでもみくちゃにされながら、司は華菜に助けを求めるが、状況を楽しんでいるようで手を貸してくれそうに無い。
仕方なく視線を向けた明雄は、軽く息を吐くと三人に向かって止めに入ってくれた。
「愛を主張するのはいいが、あんまり無茶をすると嫌われるのではないか?」
きゃいきゃいと騒がしい声の中で、明雄の低い声はよく通った。
明雄の言葉にそれぞれが反応を示し、互いを警戒、牽制しながら距離を取る。
その中で司がゆっくりと立ち上がり明雄に微笑んで見せた。
「ありがとう、明雄、助かりました」
疲れた表情で微笑む司は、明雄を無意識に以前と変わらぬ調子で呼んでいた。
言葉が終わった瞬間、自分に向く注目の視線で、司は自分のミスに気がついた。
「ご、ごめんなさい、気が動転して呼び捨てなんて・・・」
慌てて謝罪する司を、一同がフォローする中で、明雄だけが妙な表情を浮かべていた。
「なんだよ、明雄、可愛い女の子が謝っているんだから、許してあげなさい」
美紀は度量が小さいと明雄をなじる様に言って見せる。
特に反応を返さずに、明雄は感慨深げに呟いた。
「うん、やっぱり司に似ているな、君は」
明雄の言葉に、司は心臓を高鳴らせるが、悟られまいと無理に平静を装う。
司の態度の変化に気づかずに、明雄は自分の感じたことを口にしていた。
「名前が同じだとどこか似るのかもしれない。そうじゃなければ、君みたいな可愛い子とあの馬鹿を間違えないし、こんなに気楽に話せな・・・」
明雄がそこまで言ったところで、後頭部に炸裂した美紀のかかと落としで沈黙した。
司を含んだ中学生三人娘が、引き気味の表情を浮かべて美紀を伺っている。
「この美紀様を差し置いて、津香紗ちゃんをナンパするなんてゆるせん」
美紀は眉をひそめてかかと落としを食らわした明雄を見下ろしながら言い捨てた。
「ちょ、ちょっと、美紀・・・さん。やめてあげてください」
あまりに悲惨な明雄の姿に、美紀の体に抱きつきながら津香紗はせがむ。
司に抱きつかれた美紀は、あっさりと明雄から足を離し、司の頭を撫で始めた。
「まあ、君が言うなら仕方ないね」
ニコニコと上機嫌になる美紀はしっかりと司を抱き締めていて、あの鋭い蹴りを目にした唯も奈緒子も手を出せそうに無かった。
そこで懸命に唯は頭を働かせて、司から気を逸らそうと質問を口にした。
「あの、姫ちゃんに似ているっていうその司って人、どんな人なんですか?」
唯の質問に美紀の手が止まり、司を捕まえていた手を離しながら美紀は唯へと振り向く。
「んー、聞きたい?」
そう言って唯に意志を確認する美紀の表情は心なしか曇っていた。
唯は若干罪悪感にとらわれながらも、司を引き戻してからゆっくりと頷いて見せた。
「そうねぇ、簡単に言うと馬鹿な奴、かな・・・」
先程までの調子とは打って変わって、美紀はどこか寂しそうに語り始めた。
馬鹿といわれた司も別段反応することなく、美紀の言葉に耳を傾ける。
「何でも分かっているような態度のくせに、なんにも分かってない奴だ」
ゆっくりと顔を上げた明雄が、美紀の言葉に続いた。
二人がかりで否定されて、司は多少気持ちが滅入ったが、感情を殺して二人の言葉を待つ。
「それじゃあ、姫ちゃんとは違うわ、だって、姫ちゃんは天才だもん」
自慢げに言う唯が嬉しそうに胸を反らしたので、司はひどく恥ずかしくなった。
明雄は唯の言葉に軽く首を振ってみせてから言葉を付け加える。
「司も頭は悪いやつじゃないよ・・・むしろ良過ぎて一人で抱え込むんだ。その上、他人には甘い癖に自分に厳しい面倒な性格の奴でな」
「でも、一番許せないのは友達を頼りにしないとこだよね! なんでも一人で背負い込んで、絶対に弱みを見せないように隠してさ!」
明雄に続いた美紀が言いながら自分を見たような気がして司は心臓を高鳴らせる。
そんな司の横で、奈緒子が間延びした声で意外なことを口にした。
「姫ちゃんもぉ、そうかもぉ」
奈緒子に同意するように、そういえばと唯も津香紗にそういうところがあると同意する。
「そ、そんなこと、ありませんよ」
両手を交差させて必死に否定する司を余所に明雄は真剣な眼差しで訴える。
「本当に司に似ているんなら、喜多嶋さんも鈴本さんも、無理にでも津香紗ちゃんにかまわないと・・・・・・じゃないと、いなくなってしまうかもしれないから」
感情の込められたその言葉は、その場にいた全員の心をゆすぶった。
特に『いなくなってしまう』という言葉が、司の心に深く突き刺さった。
司の素直な疑問は、唯が代弁するように口にしていた。
「それって、どういうこと・・・ですか?」
不安そうな顔で問いかける唯に明雄は申し訳なさそうに頭を下げてみせる。
「すまん、不安を煽るつもりじゃなかったんだが、俺たちの知っている司、小林司は、実は行方不明なんだ」
その一言にはそれまで黙って成り行きを見守っていた華菜までが片眉を上げるほどの衝撃の言葉に、司をはじめ、唯も奈緒子も口を押さえて押し黙ってしまった。
沈黙する一同に、初めて合った瞬間のように美紀が無遠慮に割って入った。
「まあ、そんなわけでこうして明雄と二人で消息を探ってるんだな」
美紀の明るい声に唯と奈緒子の顔にわずかに笑みが戻る。
「このことは警察にも秘密だからな、絶対内緒だぞ、諸君?」
ふんぞり返って見下ろすような視線を向けながら言う美紀に向かって唯が手を上げた。
「ほい、喜多嶋唯君」
「あの私もお手伝いさせてください」
指差した美紀に向かって、真剣な表情で訴える唯に冗談の色は無い。
その申し出が本気だと分かった上で美紀は結の頭を撫でながら微笑んでみせた。
「唯君、君と奈緒子君には重要な任務があるじゃないか」
美紀の言葉の意味が分からずに、唯は奈緒子と顔を見合わせる。
「津香紗ちゃんの護衛。これは一番身近な君たちにしかできん。ですよね、華菜さん?」
明雄が不意に話を振っても、華菜は動じることも無く「ええ」と短く頷いて答える。
華菜の同意を得た唯と奈緒子は、そのまま与えられた任務で胸をいっぱいにしてはしゃぐ。
幼い少女たちの歓喜と気合の入る様を見ながら、明雄と美紀は頷き合った。
明雄と美紀の様子を遠巻きに見ながら、胸に去来するものを司は必死に押し殺して、はしゃぐ唯と奈緒子に困った表情を浮かべてみせた。
明雄や美紀と共に駅までやってきた一同はその場で解散することとなった。
小林司を音読みしてショウリンジと馬鹿にされたのを悔しがって、自分の通う拳法の道場にやってきた司が、一週間足らずでやめた話など、美紀は面白おかしく唯や奈緒子に聞かせる横で、止める事もできずにただひたすら聞かされるだけの拷問の時を過ごした司だったが、そのことを事細かに九葉に報告されて、再び恥ずかしい思いをしていた。
時刻は深夜、現場で『キワミ』の最新情報を待つ九葉には、明雄と美紀との出会いなど退屈しのぎにもってこいの話だった。
それに加えて、司の恥ずかしい話などは、目の前で余すことなく反応を示す玩具がいる状態では、楽しむなという方が無茶である。
お決まりのセーラー服姿で、必死に抗議をしたり身悶える様は、九葉でなくとも楽しいと感じたに違いない。
そんな和気藹々と司で楽しむ九葉たちの元に、幸造から『キワミ』の新情報がもたらされた。
九葉と華菜は寸前まで司をいじるなどして、リラックスしていても『キワミ』情報が入れば、瞬時に臨戦態勢へ切り替えてしまう。
司も切り替えは素早くできるようになったという多少の自覚はあるが、それでも二人の早さにはいまだに脱帽せざるを得ない。
司が術具の詰まった大きなトランクを持ち上げる頃には華菜の姿は無く、九葉も周囲の地図を広げて状況確認を始めている。
基本的に現場での迎撃を担当する華菜は直接攻撃や肉弾戦を、九葉は呪術知識を元に状況や『キワミ』の特性や目的を推論し後方支援を担当している。
姫護である司の務めは主人である九葉の護衛であるが、九葉に危険が及ぶことはまず無いため、最近では主に呪術による華菜のサポートを命じられている。
万象変化、不生不死の影響下にある司だが、筋力や体力的には中学生の女子と大差ない。
大量の呪術道具の納められたトランクを持ち上げることはできても、抱えて走るなど、今の司には無理な話で、自らの影の中から短い呪文でイヌを召喚すると、持ち手を咥えさせて華菜の後を追う様に走らせ、自らも全力でその後に続くのが、ここ最近の司のスタイルだった。
八坂に出現する『キワミ』たちは、様々な霊的施設の影響を受けて、雑霊や雑念がわずかなきっかけで拡大化したものが多い。
自然霊や未成仏霊、生霊など、様々な怨念が実体化した陰性のものと、精神的抑圧により生き物としてのたがが外れ暴走をした肉体を持つ陽性のものがあるが、現代においては、比較的封印や消滅がたやすい陰性に比べて、人間やペットなどが暴走した陽性は非常に性質が悪い。
映像機器や限られた人間にしかその姿を捉えられることのない陰性のものと違い、まずその目撃者が問題で、先日の刃物男の場合の様に被害者まで発生すると、刑事事件に発展する恐れや、確保後の対処なども徹底する必要があり難度が格段に違うのである。
そもそも『キワミ』の探知は『一座』所属の占術師や予知能力者が大枠の発生予測を立て、それに基づいて八坂内に施設された探知機で絞込みをかけるという粗いものであるため、対応が後手に回り、厄介ごとに発展することが陽性事件の場合には多いのである。
その為、確認後の対処をより早くより確実に執り行うことをそれぞれが心がけていた。
態度の切り替えの早さも、事件に対する思考の柔軟性の維持と即対処という姿勢が強く現れたものといえる。
イヌとともに駆けつけた司の目の前には、華菜の移動用のバイクが止められていて、その奥では、すでに華菜が一人の男を蹴り飛ばしていた。
顎を蹴り上げられて手に持った鉄パイプを手から落としながら、アスファルトで舗装された暗い路地にバウンドしながら転がっていく。
蹴りを放った姿勢から警戒を解くことなく構えを取る華菜の横で、陽性用の封印道具を取り出そうと慌てたせいで、司はトランクの中身をばら撒いてしまう。
間抜けな司の行動に視線を向けることも無く、華菜は身構えたまま身動き一つしない。
散らばった道具の中から手の平大の透明な玉を拾い上げると、ぐったりとしている男の口に入れて、素早く手で様々な印を組み、気合とともに腹部に両の手の平を叩きつける。
すると司に腹を叩かれた男の全身が跳ね上がり、次の瞬間、透明だった玉が水に墨汁をたらしたようにジワリと広がった闇で満たされ黒く変わってしまった。
司は全ての変化を見届けると、口の中から玉を取り出して、セーラー服のスカーフを抜き取り、その中に厳重に包み込んだ。
華菜は一通りの司の動きを確認して構えを解くと、九葉や『一座』に状況の終了と陽性『キワミ』を宿していた男の回収を依頼する。
そうして、華菜が一息ついたところで、その足元へと突然何かが転がってきた。
不意を突かれた華菜だったが、それでもなんとか後ろに飛んで身構えたところで、転がってきたものが司であることに気がついた。
腹部を押さえて転がる司に気を取られながらも、周囲に警戒を向ける華菜の視界の隅で、司に駆け寄るイヌの姿を捕らえる。
華菜は現状を正確に把握できない状況の中で、司はイヌに任せて意識から切り離すと、懐の銀刀に手をかけ、いつでも投げつけられるように身構える。
そして、華菜は司が封印したばかりの男が立ち上がっていることにようやく気がついた。
電灯の届かない陰の中へ移動していたことも大きかったが、何より暴走の根幹である『キワミ』の封印処理後に動くというありえない事態が、決定的に華菜の認知を遅らせていた。
陽性の『キワミ』にはその肉体を支配する際に、元々の精神を深く眠らせる特性がある。
それ故に肉体の持ち主が、自らの暴走に気づかない事がほとんどで、『キワミ』に支配された状態から『キワミ』だけを封印してしまうと、適正な治療を施しても覚醒までに数日を要するのが通常であった。
司の手で行われた封印を見届けた華菜が気を緩めたことからも、封印に問題はなかったし、華菜の状況の認識が遅れた事からも、目の前で起こっている状況が、異常である事に間違いは無かった。
しかし、現実として目の前に存在している以上、華菜はこれまでの常識を頭から消し去った。
すでに男が正常では無く、『キワミ』であると仮定して最大の警戒を向けている。
男の動作に遅れを取らないように注意を払う華菜の後ろから、人の気配が漂い始めた。
華菜は内心で舌打ちをして、ゆっくりと司に近づきながら、その横に高くそびえ立つコンクリート塀に背中をつける。
背中を塀につけた状態で、華菜は顔を男に向けたまま、司と人の気配がした方へと素早く視線を巡らす。
腹部を押さえて転がったままの司に意識があるのを確認して、背後の気配へ目線を向けると、そこには焦点の定まっていない瞳で華菜に近づいてくる主婦らしき三人の女性の姿があった。
「操られている?」
表情を曇らせながら思案を巡らせる華菜に、ホラー映画のゾンビのような動きで近づいてくる主婦達の気配は徐々に濃くなっていく。
打ち倒すしかないと、銀刀から手を放して拳を握る華菜の耳に、突然、イヤホン越しに九葉の呻き声が響いた。
突然の九葉の呻き声に、冷静に勤めていた華菜も動きを止めてしまう。
その瞬間、拳を握り混んでいた右手首を思いっきり引かれて、華菜は自分のミスを痛感した。
だが、それは男でも主婦達でもなく、腹部を押さえながらも立ち上がった司の手であった。
「司ちゃん!」
驚きの声を上げる華菜の手を引いて、司は動きの遅い主婦たちの脇をすり抜ける。
すり抜け様、後ろを振り向いた華菜は、男へ飛び掛るイヌの姿を捉える。
「九葉様を!」
イヌの姿を見とめた瞬間、司の手を振り解いてそう言い放つと、素早く体を沈めて主婦達の足を払って転ばせる。
華菜の手が離れたのを感じ取って振り返った司は、短く「はい」と返事をして、そのまま全速力で走りだした。
スカートを翻しながら駆けていく司を視界の端で確認しながら、華菜は反動をつけて起き上がり、そのまま男へと駆け寄っていく。
必死に九葉の元に駆ける司は呼吸も乱れ、胸も腹も痛かったが、それでも懸命に走った。
九葉と華菜に誓った『九葉を守る』という自分の言葉が、何度も頭の中で繰り返されて、すぐに駆けつけられない司の心をずたずたに傷つける。
「九葉さまぁ!」
泣き出しそうな顔で、自分の不甲斐無さを痛感しながら、無我夢中で叫んだ瞬間、司の体は宙に舞っていた。
司の思いに答えるように背中で力強く空気を叩く純白の翼が羽ばたき、司の体を足で駆けるよりも早く前へ前へと押し出していく。
ただただ『早く九葉の元へと駆けつけたい』というその思いが生み出した翼に、司は驚くことなく、九葉のことを思ってひたすらに羽ばたかせていく。
全身で風を受け、飛び去っていく景色に自分の速さを感じながらひたすらに飛び続ける司の視界にようやく地図の上に転がる九葉の姿を見つけた。
羽根を大きく広げてブレーキを掛けると、九葉の傍らに舞い降りた司は、純白の翼を折りたたみ九葉の小さな体を抱き上げた。
全身をくまなく調べて出血が無いことは確認できたが、身動き一つしない九葉に、逆に原因を推測できない司は、不安だけをどんどんと募らせていく。
「九葉ちゃん・・・」
悲痛な表情を浮かべて、九葉の体を抱き締める司は今にも泣き出しそうだった。
その司の頬を九葉の小さな手が優しい手つきで撫でる。
頬に触れた少し冷たい九葉の手の感触に顔を上げた司は、薄っすらと目を明けて微笑む九葉を泣きながら力強く抱き締めた。
司に抱き締められた九葉はじたばたともがきながら司の肩をたたいてタップする。
「だ、大丈夫じゃ・・・大丈夫じゃから」
困ったような表情を浮かべてしばらく肩をたたき続けると、司はようやく力を緩めた。
司の力任せの抱擁から開放された九葉の目には、涙や鼻水でぐちゃぐちゃになった司の顔と純白に輝く大きな翼が映った。
「まったく、無茶をしおって・・・嬉しくてもらい泣きしそうじゃ」
九葉はそういって顔を崩すと、司の頭を優しく抱き締めた。
「昔馴染みの気配のせいで、体が異常な反応を示しただけじゃ、心配を掛けたのう」
司の頭を抱き締めたままの腕に、九葉はぎゅっと力を込めた。
その瞬間、耳に伝わる規則正しく刻まれていた九葉の鼓動が一瞬跳ね上がったような気がして、司はゆっくりと顔を上げる。
九葉は司の頭が離れたのを感じると、ぷいっと横を向いて立ち上がった。
正座のような姿勢で九葉を抱きかかえていた司は自然と九葉を見上げる格好になる。
一瞬の間を置いて、わずかに司のほうに顔を向けた九葉は見下ろすような視線で告げる。
「不細工じゃぞ」
九葉が何を言ったのかわからず間抜けな顔をしてみせた司は慌てて顔を拭って立ち上がる。
目元に残る涙を拳で払いながら、真剣な表情で司は返す。
「大事な・・・大事な人に何かあったら、このくらい普通です」
拗ねた様な表情で顔を背けた司に、九葉は背を向けたままで声をかける。
「と、ともかくじゃ、あれが相手では華菜といえども危険じゃ」
上擦った九葉の声に、吹き出しそうになった司は、大きく息を吸って気持ちを立て直すと、真剣な表情を浮かべて、九葉を後ろから抱き締め、羽音を立てて翼を広げる。
「姫護津香紗、参ります」
イヌと華菜の攻撃は確実に男へヒットしているが、つい先刻打ち倒したときとはまるで違いまったく揺るがない。
打撃を打ち込み続けてもダメージが無いとすれば、状況が長引くほど体力を消耗し、状況が不利になるのは華菜達であることは間違い無い。
「これは厄介ですね」
一歩引いて間合いを開けながら華菜は一人ごちる。
華菜が抜けても、なお飛び掛る手を緩めないイヌの動きを見ながら周囲に目をやる。
後方に迫る主婦達を視界の端に確認しながら、先ほど司が使っていた透明の玉をトランクから散らばった道具の中から拾い上げる。
「さて」
ぽんぽんと右手で玉の感触を確かめるように、手の平の上で弄びながら、左手を素早く動かして印を結んでいく。
素早く動く指がぴたりぴたりと定められた形を作ってはとまり、変わってはとまりを定められた順番に従って続けていくと、右手に握った透明な玉が青白い光を放ち始める。
「前!」
短く華菜が言い放った瞬間、玉の放つ光は力を増し、自らの意思をもったかのように飛び上がると、男のみぞおちに吸い込まれる様に突き刺さる。
その一撃の威力に吹き飛ばされた男は、後方にごろごろとしばらく転がって止まった。
「九字『前』の印、文殊菩薩の力ですが・・・」
イヌも男の立っていた場所に着地すると、前傾姿勢のまま、唸り声を上げている。
その傍らまで近づき、懐から銀刀を取り出しながら華菜は深く溜息をついた。
「これで駄目なら、次は命をとらないといけませんね」
悲しげな表情を浮かべて、華菜はゆっくりと起き上がる男を睨む。
男の腹で光を放っていた玉には無数のひびが走り、光を放ったまま砕けて地面に散らばると、光を失ってしまった。
華菜は右手の人差し指から小指の指の間に一本ずつ、三本の銀刀を構え男と対峙する。
中腰のまま、焦点の合わない目で華菜とイヌを見つめながら、にたりと笑う男に向かって、イヌが再び飛び込んでいく。
イヌの動きに合わせて、華菜は重心を落とすとくるりと体を回して、後ろに迫っていた女性達を肩、ひじ、膝をそれぞれの腹部に順番に放ち吹き飛ばす。
そして、女性達のそれぞれの影に向かって右手に持った銀刀を放つ。
アスファルトに銀刀が刺さった瞬間、女性達はそのまま動きを止めてしまった。
「影縫いはききますか」
軽く頷きながら視線を戻すと、相変わらずイヌが男を攻め続けているものの、どうにも有効打になっている気配が無く、華菜は小さく溜息をついた。
「しかたありません」
華菜は踵を返してバイクに駆けよると、ボディーに縛りつけられた細長い布袋から一振りの日本刀を抜き放った。
街灯の明かりを受けて鈍い銀色を放つ刀身が、鋭く冷たい殺気を解き放つ。
華菜はイヌと男の下に駆け戻りながら、通信機のスイッチを入れて怒鳴るように言い捨てた。
「幸造さん、特例条項に基づき、『キワミ』素体の破壊を申請します」
日本刀を下段に構えながら、幸造の返答を待つ華菜の耳に『承認』の言葉が届く。
すっと瞳を閉じて八双に構えを変えながら、精神を集中する華菜の額がわずかに熱を帯びる。
華菜は集中を深めて、自分しかいない暗闇に男のイメージを描き出す。
イヌと格闘を続ける男の姿が完全に描き出された瞬間、完全に呼吸を止めると、華菜は瞳を見開き、一足で間合いに踏み込んで、渾身の一撃で男の胴を目掛けて振り下ろす。
刀の到達よりコンマ数秒はやく、華菜の頭は捉えたことを認識するが、男に刃が到達するよりも早く、甲高い金属同士がぶつかり合う音がして、刃は途中で受け止められてしまっていた。
深い集中が解かれる中で、華菜は自分の一撃を止めた人物の顔を認識する。
そうして、ずたずたになって宙に舞うセーラー服の袖と白い翼を目に留めた。
「司ちゃん・・・」
驚きの表情で華菜は自分の太刀を腕で受け止めた目の前の少女の名を呼んだ。
司は冷汗を浮かべて、受け止めた腕を擦りながら華菜に頷いて見せた。
「こ、九葉ちゃんがやるそうです」
声も足も震わせながら告げられた司の言葉に、華菜が視線を動かすと、司の後ろで右手を差し出して間合いを取る九葉の姿が目に入った。
「九葉様?」
九葉の仕種を見つめながら、華菜は刀を引いて打ち込んだ姿勢から体を起こした。
下がった切っ先に、息をついて九葉に向き直る司の足元にはイヌが控えている。
「すでに数百年の時が過ぎているのに、あなたはまだ私を手にしようというのですか?」
右手を差し出しながら、九葉は心底呆れた表情を浮かべながら、目前の男に言い放つ。
華菜にもイヌにも反応を示さなかった男が掠れた声で答えた。
『オ前ノ体ハ預ケテイルニ過ギナイ』
その言葉に九葉はあからさまに嫌な顔をして一歩踏み込むと、右手を男の胸に左手を腹に平手で当て何事か口にすると、力を込められた様子が無いのに、男は大きく弾かれて地面を数メートル転がるとそのまま動きを止めた。
目の前で何が起こったかわからずに固まる司と華菜に、振り返った九葉は悲しそうで怒っているような複雑な表情を浮かべていた。