ギャンブルクエストとミリヤ
長距離のクエストで必要なもの。
それは勇気と愛ではない。
それは食い物と飲み水だ。
野宿生活にある程度慣れているので、虫や汚れは気にしなくなるが、食べ物と飲み水がなくなれば人間五日も生きていられない。
ギルドから購入したマップには街道の水場とかも書かれている。しかしそれに安心してしまえば危機が訪れることだってある。当てにしていた水場が枯れていたり、変なモンスターがわさわさ居たりすると飲むのもためらわれる。
てことで、俺はミリヤを連れて(マリアは後ろをとぼとぼついてきている)商店街で顔なじみに挨拶をしまくっていた。
「お肉屋のお兄さん、いまからクエストにいってくるんです♪」
「ミリヤちゃん、気をつけるんだぞぉ! ほれ、たっぷり持って行きな!」
ミリヤがすさまじい笑顔をふりまいている。
自分のかわいさを極限にまで引き出し放つそれで、お肉屋さんのおじさんもメロメロになって塩漬け肉を大増量してくれる。老若男女問わず、彼女の笑顔はハートを射止め、お金がどんどん削減されていく。
恐るべしミリヤ。怖い子!
商店街をぐるりと回って、食料、調味料とモンスターよけの芳香剤、カンテラの油、各種消耗品を集めた。両手が荷物で一杯だ。マリアがおおかた持ってるけど。明らかに20キロぐらいありそうな荷物を軽々と持てるのはすごい。
「おう、おめらクエストにいくのかい?」
メインストリートを少し外れた場所に、露天商のおっちゃんが僕たちに声をかけてくる。
いわゆるギャンブルクエストという野良クエストを売る商人だ。たとえば、占いばあさんに突然「この先の森に住む魔女は若返りの薬をもっておっての・・・」みたいな感じで嘘か誠かもよくわからないような噂を、ギルドを通さずに娯楽小説みたいな形にして売っている。
今日も閑古鳥が鳴いているようで暇そうにゴザに商品を並べて、パタパタと扇子を仰いでいた。
「ザオリク森林保護地区方面でなにか面白そうなギャンブルクエストありますか?」
と、守銭奴のミリヤがじっとおっちゃんの顔を見ながら聞く。
ミリヤの性格的にギャンブルクエストなんて宝くじみたいなものは見向きもしない、と思いがちだがけっこう彼女はこういうのが好きだ。
ギャンブルはしないけどギャンブルクエストを読むのが好き、という感じもある。
「嬢ちゃんも、好きだねぇ。そうだなこれなんかどうだ?」
古ぼけた冊子みたいなぺらぺらの本を手にとっておっちゃんがミリヤに渡した。
【ヒョウラー族が隠す秘宝】
なんだか僕達が受けたクエストを知っているかのようなギャンブルクエストにちょっと息を飲んでしまった。
すかさずミリヤがそろばんを手に持った。彼女のそろばんは固い木でできており、鈍器のように殴っても壊れない優れものだ。いつも腰にぶら下げている。
「おいくらですか?」
「60コルだねぇ」
「高いですね。相場は20コルというところでしょうか」
パチパチとそろばんをはじく。
「嬢ちゃん、こっちも商売だ。いらないなら帰ってくんな」
ミリヤが買う気を見せているのでおっちゃんも強気だ。
冷徹なミリヤの青い瞳が光った。
きたきた。ここから僕が口を挟むと後で何を言われるかわかったもんじゃない。
だまって二人のやりとりを見守る。
「経年変化、本の材質、商品価値としては5コルが良いところです」
「はん、こりゃぁ一流の冒険者が命かながらもってかえってきたクエストだぜ? 60コルは下げられないぜ」
「なら、私もいりません。ノートにでもしてください」
ミリヤが帰る振りをすると、
「わかった! 負けたよ嬢ちゃん、50コルでどうだい?」
「馬鹿にしないでください。商人として売り上げがボウズがいいんですか? 出して30コルですね」
「たく・・・なら38コル」
えらく下がった・・・。まぁギャンブルクエストなんて相場があってないようなものだし。
「35コルで手を打ちましょう」
「つぁあ! わかったわかった! 儲けたら飲み代ぐらいおごってくれよ」
「いいでしょう。商談成立です」
ちゃらんとミリヤがおっちゃんに35コルを渡して決着。
満足そうにミリヤは微笑んで、きゅっと本を大事そうに抱える。
「まっその笑顔が見られただけで儲けもんだぁ」
おっちゃんもいい笑顔でそういった。
ミリヤはハッと気がつき、なんだか恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「ありがとうございます」
「いいってことよ! じゃあな、嬢ちゃん、気をつけねぇ」
手を振っておっちゃんの元から離れる。
「よかったね。ミリヤ」
「まあ、どうせ外れですけど。私は商人ギルドで転売商品を購入してきます。荷車を借りますのでマリアさんと一緒に行きます」
すでにいつもの無表情な顔で、マリアと一緒に商人ギルドの方へと歩いて行った。
うーん、ミリヤはやっぱりすごいな。きびきびしてるよ。