戦い終えて
大牙猪を倒した俺達は、村へ帰るのだった。
……しかし、
「どうした? おねむか?」
「……違います」
魔力も体力も使い果たした俺は、田中におんぶされていた。
おんぶと言えば、セレナをおんぶして険しい森の中歩き回った事を思い出す。頼りないお姉ちゃんの背中で、セレナは何を思っただろうか……
対して田中の背中は大きくて鋼の様に固く、同時に張りつめたゴムの様に力を蓄えているのを感じる。
父親の様だと思ってしまったが、前世だって今世だって、父はココまで逞しい肉体では無かった。いや、チートな肉体を授かったに違いないコイツと比べるのは酷か。
嫉妬はある。だが同時に安心している。これだけ逞しいなら、これだけ力強いなら、俺の『偶然』にだって簡単には負けないだろうと思える。
それに甘えちゃ駄目だと思いつつも、頼りたいと思う心を止められない。
いや、頼るどころか、利用しなくちゃならないんだ、俺は復讐の為に生きるのだから……
「……おい、お迎えみたいだぞ」
「ふぁ?」
……俺は結局眠ってしまっていたらしい。気が付けばもう日はすっかり落ちて、辺りは真っ暗だ。田中はこの暗闇を歩いて来たのか? 明かりも無しで?
恐らく夜目が利くのだ、それこそ何らかのチート能力の可能性もある。だがそんな事より問題は前方から迫る、幾つかの篝火だ。
「村から人が出たのでしょう」
「だろうな、暗くなっても戻らねぇもんだから心配してんだろ」
「では、降ろしてください」
「なんでだ? お疲れだろ?」
「成人の儀の後、自分の足で帰れない様では儀式の成功とは認められません」
「つまんねー事言うなよ、俺は見たぜ? 木の上から上へと所狭しと飛び回る姫さんの雄姿をよ。挙句、俺の肩から強烈な一撃を見舞って、止めにあの魔法だ。今日の殊勲賞は間違いなく姫様だ、堂々としてりゃー良い」
「ですが、難癖付けられる位なら」
「姫さんの活躍を疑う奴なんざいねーよ、アレを見たらな」
「アレ……と、は……?」
俺の疑問はまどろみの中に消えていった。
翌日、俺は村のベッドで目を覚ました。結局、田中の背でもう一度眠ってしまったらしい。
で、話を聞けば村の人々は田中の背中で眠る俺を見て、儀式は失敗。と思ったとの事。
ぐっすり眠る俺をおぶりながら、「姫様の儀式は成功だ」とだけ言って多くを語らなかった田中に、村の者は訝しく思っていたらしい。
いや、自分一人でガラス玉を持って帰って来るのがルールとするならば、当然儀式は失敗と言えるのだが、大牙猪なんて倒してしまったらそんなルールは最早どうでも良いだろう。
大牙猪を狩る者はエルフにとって憧れ、前世で言うとスポーツ選手の様な英雄的な扱いを受ける程なのだから。
目覚めた俺が、集まった村人へ簡単に事情を説明するも、大牙猪を倒したなど、全く信じて貰えなかった。
結局、朝から村の有志と共に大牙猪を埋めた場所に舞い戻る羽目になるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「まさか、コレを姫様が?」
「なんて巨大な! この穴は魔法で? いや、本当ですか? 伝説の魔法使い様のようでは無いですか!」
「噂には聞いていたが大牙猪とは何と言う大きさだ」
「ありがたやありがたや」
「エリプス王物語など、半ば作り話だと思っていたが……我らと同じ無能の血が混じってこれだけの魔法が使えるとは」
「ああ、話半分どころか、聞きしに勝るって奴だ、おっかねぇ」
大牙猪の死体を掘り返した一行は度肝を抜かれていた。
そりゃそうだ、こんな化け物、たった二人で倒すようなモンじゃ断じてない。
……田中が自慢げにしているのが、何となく腹立たしい。確かに頑張ったんだが。
そんな風に、活気付く一行の中で笑顔が無い男が一人。
「ちっくしょう! レーナをっ! レーナを返せェェェェ!」
叫びながら大牙猪の死体をスコップで殴りつけてるのが、俺と馬車に同乗したパラセル村の若者だ。
レーナと言うのは……参照権によると村長の娘らしい。その娘が好きだったのか付き合ってたのか、それは聞く気にもならないが……大切な人だったのだろう。
昔の俺はそんな光景を冷めた目で笑っていただろうが、今の俺には大切な人を失う気持ちが解ってしまう。
「クッ――」
そしてその若者が俺を睨む複雑な感情も……
俺は彼にとって大切な人を見殺しにした仇であり、大切な人を殺した魔獣の仇を討ってくれた恩人でも有る。
俺には釈明の言葉も無い、謝ったって、もし今、大牙猪が再び現れたら同じ事を繰り返す。
いや? コイツが居れば、コイツと一緒ならもう逃げずに済むか。
「なんだよ? もっと胸を張って良いんだぜ? おめぇは悪くねぇよ」
見上げれば、ニヤリと笑う田中と目が合った。
「誇る気にはなりませんね、あんなものを見てしまっては」
俺の目線の先では先程の若者がまだスコップを叩きつけている。
「あー俺も大分無茶言っちまったな、あれ程の化け物とはよ」
「そうですね、大口を叩いた割には頼りになりませんでした」
「厳しぃねぇ、ま、仕方ねぇか」
田中の方はサッパリしたものだが、やはり思う所が有る様だ。
「剣がよ、しっくり来ねぇんだよな、西洋剣ってのは反りも無いしよ」
「剣、ですか」
「ああ、刀さえあればよ、今の力が有れば何でも斬れそうな気がするんだが」
「カタナ……」
「いや、なんでもねぇよ、忘れてくれ」
そう言えば、黒尽くめの格好にハマってるから西洋剣に違和感は無かったが、そうか刀か、そんなもん無いからな。
「取りあえず、皮を剥いで魔石も取った。引き上げようぜ」
そもそも、村の者を連れて来たのは解体の為も有ったのだが、穴の中の大牙猪の死体を見るや恐慌に陥り、大して役に立たなかった。
結局、皮を剥ぐのも魔石を取るのも殆ど俺達で行った、その過程で内臓の中からレーナとか言う娘の遺品が出てきて、さっきの若者が泣き崩れたりとか色々有った。
そんなこんなで引き上げだ。未だに大牙猪の前から動こうとしない若者はもう、そっとして置くしか無いだろう。
魔獣の死体の側は危険だと、幾ら言っても聞く耳を持たないのだ。
気持ちは解る、俺だってセレナと一緒に焼かれて死のうとすら思ったのだ、そこに理屈なんてない。
その若者の事は胸にしこりの様に残ったが、俺達は村に帰ると打って変わって手厚い歓迎を受けたのだ。




