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死憶の異世界傾国姫  作者: ぎむねま
1章 エルフのお姫様
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エルフの姫

 深い、深い森の中。

 静謐(せいひつ)な空気に守られた大森林の奥、いや底と言うべきか。人間には辿り着けないと言われる天然の要塞。

 そこにエルフの宮殿は有った。


 宮殿と言っても石造りではない、でもそれを見て貧相と感じる者は絶無と言って良いだろう。木が自ら意志を持って要塞を形作ったかのような異様な建築物に圧倒されるに違いない。

 そんな宮殿の奥、切り取られたかのように光差す場所に、目見麗しい親子の姿が有った。


「ほらいい子ね、お腹にお耳を当ててごらんなさい、赤ちゃんの音が聞こえない?」

「んーわかんない!」


 穏やかに語り掛けるのはエルフの王宮が誇る、輝く金の髪も麗しき王妃パルメ・ガーシェント・エンディアンその人である。


 彼女には三つの不安な事が有った。

 一つはもちろん、これから生まれてくる赤ちゃんの事。

 二つ目は、可愛らしく返事をした、自分の血を引かない銀の髪を持つ娘の体の事だ。

 もうすぐ三つになる娘、ユマは健康とは言い難い子供であった。

 (家名のガーシェントは成人後、エンディアン王家の名は王自身と王妃にしか名乗れない)

 すぐに熱を出すし、足元も覚束ない事が多く、その所為か引っ込み思案になってしまって、知らない人が居ると途端に何も言わなくなる。


 最後の三つ目は、そのユマの頭の事。


「もうすぐユマちゃんはお姉ちゃんになるのよ? 楽しみ?」

「うん、たのしみー」

「そう、でもお姉ちゃんに成るのに自分の名前を言えないのは恥ずかしいわよ?」

「そうなのーー?」


 そうなのだ、ユマはまだ自分の名前を言えない。

 パルメはユマが頭が悪いとは思えない。それどころか大人の様な会話が成立してビックリする事も多い。

 なのに自分の名前が言えない。人間でも三歳で名前が言えないのはちょっと遅い。

 まして、成長が早いエルフのこと。我々こそが選ばれた民と思ってる長老たちにとってみれば。「やはり蛮族の血が混ざるとコレか……」と揶揄するに十分な根拠になった。

 そればかりか、ユマ姫が自分の血を引かない娘なだけに、ご機嫌伺いのつもりでユマ姫の悪口を言う者までも居るのがやりきれない。

 憂鬱な気持ちを悟られないように、パルメはじっとユマを見つめる。


「そうなのよー、じゃあユマちゃん。今日こそ自分の名前言ってみよっか?」

「うんー?」


 小首を傾げる様はなんとも可愛らしい。


「じゃあ、さんはい! あなたの名前はなんですかー?」

「えーとねー、わたしのなまえはー」

「名前はー?」


「私の名前は『高橋敬一』」


「エッ!?」


 意味が……解らない。

 『タカハシケイイチ』?

 そんな単語を王女は聞いたことが無かったし、答える前に覗いたあの子の瞳が別人みたいで怖かった。

 そう、目が合ったのだ。あの子が人の目をあんなにハッキリと見つめる事など有っただろうか?

 その目がぼんやりと焦点が合わなくなり、パチパチと瞬くとゆっくりとその場に崩れ落ちた。


「ユマ? どうしたの? ユマ?」


 王女が呼びかけるがユマは答えない、彼女は深い眠りについていた。

 そうとても深い眠りだ、ある意味でユマという少女はもう二度と目を覚ます事は無かったのだから。




「ふぁぁぁぁぁぁーーー」


 奇声が溢れる口を止められない。

 気が付くと俺は転生していた、エルフのお姫様みたいです。

「エルフのお姫様」もう響きがエロゲーのソレだ。


 いやー驚いたね。驚いたって次元じゃないね。

 驚き過ぎて死ぬかと思ったって言ったら本当に死にそうな身の上だから深呼吸。


 高橋敬一だった時の記憶を取り戻す条件、それは「自分を高橋敬一だと思うこと」

 神は簡単に言ってたが、確率が微妙とも言ってた。


 そもそも、俺の存在が無いどころか日本ですらなく、名前の形体も日本と全然違う異世界だ。いっくら俺の名前が日本でかなりのレベルで凡庸な名前でも、掠るような名前すら登場する余地もない世界なのだ。

 何の脈絡もなく「アレ? 俺、実はエルフのお姫様じゃなく日本の高橋敬一では?」

 とか疑問を挟む余地は一ミリたりとも無いと言えよう。


 だから、夜な夜な夢枕に神の爺ちゃんが「お主の名前は高橋敬一じゃよ」って囁くだけであんな自己紹介に至ったのは奇跡と言える。


 もし、もしもだ。早々に「私の名前はユマです!」って言ってしまっていたら、気持ち悪い爺さんが囁く意味不明な睡眠学習の効果も虚しく俺は目を覚ます事は無かった訳だ。

 そして母親とキモ爺のどちらを信じるかで、キッチリ神を選び抜いた彼女は賢かったのだろう。


 そしてその賢さが彼女を殺したのだ。


 そう、殺した。もうユマちゃん(三歳)と言う幼女はどこにも居ない。

 かと言って高橋敬一だってもう居ない。彼女の脳に急に高橋敬一のデータが居候を始めただけだ。だけどまだ三歳にもなってない幼女のおうちに十五の俺が無理やり侵入した様なもんで、彼女のおうちを事実上乗っ取った様な物だろう。


 だけど、高橋敬一だけではいられない。この胸いっぱいに広がる、パルメの事を母と思いその胸に飛び込みたいと言う思いは、思春期な少年のエロ心ではない。


 幼女が大切にした思い、それが解るからこそ辛い。


 なぜなら母を思う気持ち、その大切な思いを、ゆっくりと思春期の少年のエロ心が、「エルフなのにけっこー胸大きいのな! おっぱーいオッパーイ」と言う掛け声と共に穢していくのだ。

 事案だとか犯罪なんて生易しいもんじゃない、なんとも居た堪れない。


 でも、今更後悔しても遅いのだ。俺はもう殺してしまった、殺したからこそ俺が居る。

 そもそもバッドエンドは確定してる様な物なのだ。


 ……神様よぅ、死ににくい癖に滅茶苦茶不幸な運命を選んだんだろ?


 で、そこに死亡確定の魂が入っちまった、こいつは俺の責任も大きいよな?

 その時点でもう手遅れだ、この子が俺の事を思い出さなかったとしても、泣きながら殺される未来しかなかったんだろ?


 神様の睡眠学習は、お告げの様な状況次第のアドバイスを頂ける訳じゃない、まるっきり目覚まし時計だ、三歳までの間決められた言葉を夢で囁くだけ。

 この体に神の信託を受ける巫女として、秘められた力がある訳じゃないんだ。


 そもそもの所、そんなもんが有るかどうかも知らないけどな。魂やシステムの話は聞けたけど、神はこの世界の事は何一つ教えてくれなかった。神には神のルールが有るんだとよ。

 未来予知の精度を上げる為の実験なのに、俺が未来を知っていたら意味が無いってのは納得だよな。


 つまり、飛び切りの不幸の前にご都合主義の面白チート能力も無しに、幼女が一人だ。


 だったら苦しむのは高橋敬一の方が良い、君はそこで俺が頑張る所を見ててくれよ、頼りないかも知れないけれど、俺頑張るからよ。


 ギュッと胸の前で手を握り締めてから、パンと自分の頬を叩いて気合を一閃。グッと立ち上がると同時にバタッと倒れた。


「あ、俺、体弱かったんだった」


 思わず日本語で呟けたかどうかのタイミングで俺は気を失った。

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