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死憶の異世界傾国姫  作者: ぎむねま
9章 皇子の悲願と世界の終わり
269/321

ロンカ要塞 2

 俺達は粛々と山道を進んでいた。

 とは言っても、別に強行軍でも何でもない。のんきなモノだ。

 森の木々は真夏の日差しを木漏れ日に変え、べたつく湿気は涼風で洗い流す、深呼吸をすれば濃厚な緑の匂いが肺を満たし、鳥たちのさえずりが耳に心地よい。

 心地よい陽気だ、ハイキングならウキウキで歩いたに違いない。


 しかし、兵を率いての行軍中となれば話は別。イライラに足下の小石を蹴っ飛ばす。


「かったるいですね」


 ぼやきが口を衝いた。道幅が狭く、羽を広げて歩くと雑草やら木の枝がピシピシとぶち当たるのだ。


「なにも先頭を歩まずとも、後から来て頂ければ十分なのですが?」


 木村が肩を竦めてみせる。たしかに今回の行軍は下見のようなモノ。

 最低限、装甲車が通れる道幅を確保しなければ、帝都を攻めようにも攻城兵器が運べないからだ。今も後続が下草を狩りながら道を広げているらしい。地味に見えて、むしろそちらが作戦の肝。

 こちらは先行して偵察と安全確保をしてるだけなのだから、俺が先頭に立つ必要がないのは、その通り。

 だが、間尺に合わない。俺はよそ行きの笑顔で問いかけた。


「そう言うキィムラ子爵が先頭を歩んでいるのは、何かあると考えての事でしょう?」

「そうですね……」


 木村は素直に頷いた。俺は羽を畳んで聞きに回る。


「帝都の戦力は殆どがあのロンカ要塞に集められて居る訳です」

「それは聞きました」

「逆に言えば帝都の守りは薄いのです、我々が大砲で城門をぶち抜けば後は市街戦に雪崩れ込みます。帝国は鉄砲隊ばかりを育て、残った騎士も多くはこちらに下っています。十分に勝機があるでしょう」


 戦車が無い世界。騎馬隊は市街の制圧に最も効果的だと言う。


「なので、敵はこちらが森を通過するのを黙って見ている訳には行かないハズです」

「つまり、威力偵察で釣り出すと言う事ですね」

「そんなちょっかいを出さずとも、向こうからやって来ますよ」


 おいおい、物騒じゃないか。上機嫌になった俺は歯を剥き出しに笑った。


「――ッ!」


 すると、俺を見る木村は息を飲んで押し黙る。そんなに怖い顔してたかな?

 どうせ化け物なんだ、少し脅かしておくか。


『どうした? まるで担いだ天使が悪魔だったと、今さら気付いたみたいな顔して』

『いや、物騒な顔も可愛いなって』

『はぁ……』


 筋金入りの変態だな。負けるわ。

 俺はもう、無敵の化け物なんだよ。空から敵を殲滅する姿をお前も見ただろう? ちょっとはビビったらどうなんだ? 人間を挽き肉にして食べる女の子はお好き? だったら変態過ぎてむしろ俺がビビる。

 まぁ木村は鈍いから良いとして、戦いとなれば異様な鋭さを見せる男はどうだ?


「…………」

『オイ? 楽しいか?』


 気が付けば、黙々と俺の翼に引っ掛かった草とか、木くずを丁寧に除去している男が一人。


「モフッ!」


 田中である。

 しばらく見ない内に日本語が退化している。かなりウザイ。

 あと、たまに羽ごと毟るから痛い。丁寧に現地の言葉で語りかけよう。


「……止めて下さります?」

「モフッ! モフフ、モフモフ!」


 ダメだ、モフラーが進行している。つーか熱中している。

 大雑把な癖に、こう言う仕事はアホほど丁寧にやる男だったりする。一度始めると中々止めようとしない。良い迷惑だ。

 こんなの一人でもうんざりだと言うのに、何故か木村まで、もう片方の翼を毛繕いしはじめる。


「抜けた羽で羽毛布団とか作れないかな?」

「それは俺も欲しいな」


 なんでそっちとは普通に会話してんだ。キャラを徹底しろ。モフ語を捨てるな。


「羽毛としてはどうなん? すべすべで気持ち良いけど」

「真面目に言うと、ここまで大型だと布団はな。このサイズでここまで艶やかなのは貴重だ、飾りや装飾品に使うかな」

「だよな、綺麗だ、見とれるぜ……」

「…………」


 なんだこれ? 照れとか、気持ち悪いとか、無限に湧き上がるクソ感情。

 なんて言うかさ、木村と違って田中は俺の容姿をあんま褒めないからさ、綺麗って言わせたい気持ちがずっと有る。

 だけど、なんて言うかこう、違わない? 毛並みを褒められても……。

 むしろ、アレだよ? 他に言う事ない? しばらく見ないうちに羽が生えてるんやぞ? スールーンで再会してから時間も置いて、いよいよナニコレ? って聞いても良いタイミングじゃない? スルーするどころか、当たり前みたいに馴染まれてもね。


「モフモフッ! モフフッ!」


 とりあえず、モフ語で文句を言っておく。


「モフフ? モフフ、モフモフッ!」

「モフゥ」


 いや、二人して通じたフリするの止めろ。知能指数が下がる。

 困惑していると、田中は急に真面目な声を出した。


「俺に毛づくろいなんか、させてるけどさぁ」


 頼んでないんだが????


「侍女はどうしたん?」


 ……そうだよな、気になるよな。それだって、俺は説明してなかった。


「遠いところに居ます、今や私に必要ではないでしょうから」

「ふぅん」


 納得してないな……


「じゃあ、あのおっかないのは? 一度ぐらい連れて来ても良いんじゃないか?」


 シャリアちゃんか……。


「彼女も、置いてきました。あちらも物騒ですから守る人間が必要です」

「そうかよ」


 嘘をついた。

 俺はどうしても、コイツらに、味方ですら喰っちまう化け物だって、言いたくなかったから。


「まぁ何でも良いけどよ」

『いいのかよ』


 そこは気にしろよ。なにも俺だって、隠しきれるとは思ってないんだ。


「どうやら動いたみたいだぜ」

「それは?」


 聞き返す前に森が途切れ、展望のきく崖に出た。二十㎞先にロンカ要塞がすっかり見下ろせる距離。

 だが、異様なのは要塞の様子ではない。そこから溢れ出し、こちらに向かう兵士の数だ。

 見下ろすと蟻の行列の如く、余りにも数が多い。


「オイオイ、何人居ンだよ?」

「約三千、ロンカ要塞のほぼ全員だ」


 いつの間に田中の横に立つ木村が、オペラグラスを片手に答えた。


「こう言うのは数え方があるんだ、面積と密集具合で何となく解る」

「オイオイ、マジかよ」


 こちらユマ姫親衛隊(笑)は千人足らず、突っ込んで来られると分が悪い。

 だったらと田中は更に遠くに見える、俺達の本陣を指差した。


「んじゃよ、拠点に残して来た兵に号令して城を落としちまえば良いだろ?」

「いや、罠だろ? どうみても」

「罠でも良いだろ、他に使い所もないし」


 田中が言う拠点に残して着た兵と言うのは、王都から新たに派遣されてきた常備兵三千人である。

 ここが攻め所と、王都を守る兵士まで動員したワケだが。穏健派の抵抗勢力を根絶やしにしたにも関わらず兵站を考えると出せるのはこの程度が限界となった。

 三千と数字だけ聞いて、少ねぇなーとか思ったが、実際に見るととんでもない。

 今更これだけの兵が居てもって、ちょっと扱いに困っているまである。


 良く考えれば、俺達の中学の全校生徒が五百人足らず。アレが六校分となれば大概だ。


「敵も三千、味方も三千。城の有利はなくなったし、失敗しても追加で五千や六千動員できんだろ?」

「まぁそうだな……」


 田中の指摘に木村はバツが悪そうに答える。

 だけど事実だ。去年の決戦で捕虜にした兵士はゼスリード平原で農業にいそしんで貰っているが、夏の間なら動員する事も可能。

 すると、親衛隊が千、王都常備兵が三千、農兵が五千で、敵兵の三千を圧倒する。


 城と火薬の有利さえなければ、数字的に俺達に負けはない。


「ただ、アイツらぶっちゃけズブの素人だからさぁ、銃がなければ突っ込んで行くぐらいしか出来そうにないのよ、ここでソルダム軍団長率いる三千を無駄にしたくない。それにしたって実戦経験は皆無だし」

「敵だって大して変わらねぇよ、ここから見たって練度が低いのが解る」


 木村としては罠を考え乗り気じゃないが、田中は面倒だからとっとと戦争を終わらせたがっていた。

 田中にしてみりゃ銃が主体になった集団戦に、興味が持てないだけだろう。

 因みに俺も田中と同じだ。『偶然』と言う時間制限もあるのだから、すぐにでも終わらせたい。

 じゃあ、どうするか? 俺がやる事は決まっている。


「では、上空から様子を見てきます」

「オイ馬鹿、止めろ!」


 田中が俺の首根っこをむんずと掴む。だけど、そんなんじゃ今の俺は止まらない。止められない。


「お前ッ!」


 田中の顔が驚愕に歪む。

 俺が田中の手首を掴み返し、引き剥がしたからだ。今の俺は、単純な膂力ですら田中を上回る。


「行きます」

「死ぬぞ!?」

「死にませんよ、もう誰も、私を殺せない」

「のぼせんな、馬鹿! 木村、お前も止めろ!」

「…………」


 しかし、木村は動かなかった。手を伸ばすが、言葉が見つからない様子だった。


 そうだ、ちょっと考えれば解る。今の俺を止める必要はない。止める事も出来ない。

 田中の言葉を無視して、俺は崖沿いの道から身を投げた。

 慌てた田中が俺を追って崖から身を乗り出すが、遅い。


「オイ! テメェ!」

「すぐに帰ります」


 落ちながら、笑い、応える。普通の人間ならダイナミック自殺だが、今の俺には翼がある。広げた翼に風を受け、魔力で作った気流にのって飛び上がる。

 夏の日差しは羽が溶けると錯覚するほど暑いし、湿度で肌がべたついて服に貼り付く。

 だけど、ソレすらも気持ちが良い。俺は戦いの予感に酔っていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

【山中:残された二人、そして親衛隊】


「行っちまった」


 崖の端に座り込み、田中は舌打つ。しかし慌てたのは彼だけではない。飛び去ったユマ姫を見て、今まで様子を見ていた周りの兵士達も堪らず集まりだしていた。


「今のは? 姫様はいずこに?」


 ……寄ってたかって問い詰められても、木村にだって答えられない。

 しかし、予想は立つ。


「敵は全軍をこちらに向けて進軍しています。要塞はもぬけの空でしょう。我々は徐々に後退し、敵を引きつける。その間に姫が空から要塞の残存兵力を確認した後、常備兵を率い、がら空きのロンカ要塞を落とす。そのつもりでしょう」

「馬鹿なっ! 罠です」

「誰だって解らぁ! 何故止めなかった」


 兵士は勿論、田中も非難囂々だ。そうだよな、と木村は思う。

 しかし、止められなかった。ここまで敵は、恐らく皇帝は、黒峰から聞きかじった生兵法に徹していたからだ。

 面白おかしく語るに値する有名な戦術は案外少ない。一つは焦土作戦、もう一つは……。


「『空城の計』の可能性があります」

「クウジョウノケイ……とは?」


 日本語の解らない兵士が木村に尋ねる。


「城を敢えて空にして、罠と誤認させる事で手控えさせる作戦です。我々の世界では、その隙に兵を逃がした将がいました」

「つまりアレか? あの兵士は俺等を蹴散らした後、攻めるに攻められなかった常備兵を小馬鹿にしながら、まんまと元の城に戻ろうとしてるって事だな?」

「その可能性はあるでしょう」


 割って入った田中に木村が頷くと、兵士達、それに田中も難しい顔をした。


「そんなのは、楽観が過ぎる。違いますか?」

「そうだぜ、それはそれとして、罠を仕掛けても罰はあたらねぇ」


 そう言われても、木村が行かせた訳ではない。その可能性が頭にチラついて、どうにも止められなかっただけなのだ。

 これがまともな戦略家が相手なら、木村とて確実に罠だと断言出来る。

 だが、皇帝は聞きかじった知識を試している。帝都まで目前に迫られたこの期に及んで空城の計など不合理な作戦を試すのも、あり得ぬと言い切れない。


 相手が幼稚だからこそ、木村には先の手が読めなくなっていた。


「罠か、罠でないか、姫様はそれを単身見極めるつもりなのです」


 ほぞを噛む思いで言葉を絞り出す木村に対し、兵達は感極まった様子で震えていた。


「つまり、我々の事を思って、無駄に兵を死なせないため、ユマ姫様は危険な偵察任務を引き受けたのですね?」


 そうとも言えるし、そうじゃないとも言えた。少なくとも木村はそんな事ひと言も頼んで居ないからだ。だが、兵士達はそうは思っていなかった。


「クウジョウノケイ、あり得るからこそ、この隙を見逃せなかったって事か」

「どうして俺達に相談してくれないんだ!」

「馬鹿言え、そんな事をしたら俺達が止めると知っているから、姫様は俺達に解らない神の言語で二人に相談したんだ」

「クソッ! 我ながら情けない。こんな時の為に、俺はタナカ殿からニホンゴを習って来たと言うのに! 俺にはただ、モフモフ言ってる様にしか聞こえなかった」


 ……ソレは本当にただモフモフ言っていただけである。木村は頭を抱える。


「皆さんの気持ち、姫様も嬉しく思うでしょう。しかし、こうなったらもう、ユマ姫様の為にあの三千の兵をなるべく遠くまで引き寄せるしかありません、皆さん覚悟は良いですか?」

「キィムラ様!」

「やりましょう、一人でも多くコチラに、城に戻れない距離までおびき出しましょう」


 兵達は盛り上がり、戦意も旺盛に、迫り来る敵軍を睨んだ。

 ホッと息を吐く木村であるが、田中は一人、ユマ姫が飛んで行った空を見続けていた。


「アイツ、本格的に一人で戦争する気かよ」


 愚痴りながらも田中は踵を返して、今来た道を戻ろうとする。

 木村には理由が解る。バイクを取ってこようとしているのだ。馬で進むのも躊躇われる山道、バイクで併走しても魔石がもったいないと、後続の装甲車に乗せていた。


「待てよ!」


 木村はソレを呼び止め、小声で尋ねる。


『今のユマ姫(アイツ)は強いじゃん? 罠とか有っても大丈夫じゃないの? 何が心配なのよ?』


 木村だって見たのだ、スールーンに迫る帝国軍を空から蹂躙するユマ姫を。彼女は空に浮かび、時折銃弾に撃たれながらも、何食わぬ顔で攻撃を続けていた。

 彼女はもう人間の武器では死なないのではないか? 心配する必要がないのではないか、そう思ったのだ。

 だが、田中が心配している。今まで、ユマ姫が炭化して下半身だけの姿になったときですら、ここまで心配していなかったのに。


「アイツは、もう自分が死なないと思ってやがる」

「そりゃ、不死身じゃないだろうが、銃弾ぐらいでは死にそうになくないか?」

「どうかな?」


 田中は肩を竦めてた。


「今のアイツなら、俺は斬り殺せる自信があるぜ。アイツは強くなった。でも、脆くなってる。……昔の方がよっぽどマシだ」

「オイオイ」


 物騒な言葉に、木村は嫌な汗が止まらなかった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

【上空:ユマ姫】


 俺は空高く飛び、大きく迂回してロンカ要塞を目指した。真っ直ぐ向かうと三千の敵軍と鉢合わせしてしまうから。

 それでも二人と別れてから二十分と経たず辿り付いた。圧倒的に早い。

 俺が空から戦況を見て指揮をするだけで、十分なチートになるだろう。自由に動く翼はグライダーで飛ぶよりずっと制御が楽だった。


 雲の上から見下ろすと、真夏の太陽を受けた石造りの要塞は真っ白に輝いて見えるし、周囲の草原は緑の絨毯で、土が剥き出しの中庭はクレヨンで塗ったみたいな茶色に見えた。

 空からだとまるでミニチュアだ。城壁が小さな四角形の枠で、角には大きな塔が立ち、真ん中には地面が覗いている。何も無さそうだ。


 外から見えない中庭に、巨大兵器でも並んでいるのかと警戒していたが、杞憂だったみたいだ。

 罠と見せかけて何も無い。こう言うのなんて言うんだったかな? まぁ良いや。



 飛び込んでみれば、解る事だ。



 大きく翼をはためかせ、弓なりに背を反らす。

 それだけで、くるりと世界が反転し、地面が頭上に、太陽が足下に。

 翼を畳むと、青い地面から追い出され、石と土で出来た空へと吸い込まれていく。


 天地が逆さまになった世界。俺は垂直に落下した。

 この世界、バリスタも、大砲も、真上を攻撃する方法など一つもない。


 瞬間、足下で分厚い雲が太陽を隠し、原色で彩られた世界が終わり告げた。

 まばゆい日差しに慣れた目に、色のない世界が訪れる。

 輝く白い城壁は、くすんだ灰色の檻となり、中庭の茶色い地面は、真っ黒な奈落へ変じてしまった。

 まるで俺を地獄へ飲み込もうと、待ち構えているようだった。


 錯覚だ。自信満々の気持ちとは裏腹に、どうやら俺は不安を抱いているらしい。


 鼓舞するように、俺は奈落のど真ん中に飛び込んだ。

 地面スレスレを待って翼を広げる。折りたたみ傘を開いた時の衝撃を何十倍も強くしたみたいな力を背に受けて、ふわりと体が浮き上がる。

 強烈な浮力に任せ、体を反転させれば、空は頭上に、地面は足下に。

 常軌を取り戻した世界を祝うように、太陽が雲を振り払い、原色で彩られた世界が再び現れる。


「静かですね」


 思わず呟いた。つま先から静かに着地したのは中庭のど真ん中。消え失せた奈落は茶色の地面へ戻っていた。見上げる白い城壁もだ。

 何がそんなに不安にさせたのか、その原因をようやく悟った。


 余りにも静かなのだ。


 人っ子一人現れない。人間が空から降ってきたのだ。誰か一人ぐらい気が付いても不思議じゃない。なにより、俺はスールーンで空から何人もの帝国兵を屠った。きっと空がトラウマになるほどに。

 なのに誰も空を見上げず、気が付かないなんて、あり得るだろうか?


『まぁ良いや』


 日本語で呟いて、目を閉じる。そっちが居留守を決め込むなら、勝手に調べさせて貰う。


 運命の光を覗くのだ。しかし、冷たい城壁は何の気配も映さない。


「本当に、誰も居ない?」


 いや、居た。たった一人。中庭の片隅に物置みたいな小屋。その中に一人。


「お邪魔します」


 可愛らしく宣言して、踏み込んだ。思った通りの物置小屋。石造りの小屋の中には、鞍や蹄鉄といった馬具に、煤けた箒、凹んだ盾などが雑然と置かれている。

 一見して、なにも陰謀めいた場所ではない。けれど俺は、二階へ上がる階段に運命の輝きを見た。階段状のタンスは見た事があるが、ここでは人が入れる隠し部屋にしているらしい。

 入り口は……見当たらない。まぁ良いか。俺は積まれた石垣を掴み、引き出すと、ぽっかりと小さな穴が開く。


「みーつけた」

「なっ? どうして?」


 小さな暗がりに、男が一人、隠れていた。

 その驚きようと来たら、中々のモノだった。考えてみれば無理もない。無人となった要塞で、たった一人隠し部屋に残って中庭の様子を窺っていた。そこに空から少女が舞い降りたのだ。この時点で非常識。

 それが真っ直ぐに自分の所にやってきたかと思うと、石垣を素手で引き抜き、中を覗き込んできたのだから、ホラー以外の何物でもないだろう。


「まさかッ! ユマ姫! お前一人か?」

「そうですよ? あなたは?」


 と、尋ねると、会話の最中男は不自然な仕草で壁を三回叩いた。何かの合図? でも他には誰も居ない。

 ああ、地下へ伝声管が伸びている。居るのか、地下に、仲間が。

 そこで、ソイツは何をやっている?


「地下にお仲間が? 何をやっていますか?」


 俺がそう問うと、ビクリと体が跳ねた。バレバレだ。


「何でもない、何にも無いさ」


 有ると言ってるようなモノ。トンだ素人だ。俺は穴に手を突っ込んで、男の首をむんずと掴んだ。逃げようにも、極狭い空間、逃げ場などドコにも無い。


「言いますか? 言いませんか?」


 そのまま壁に埋まるほど押し付ける。男は口から泡を吐き、抵抗を続けた。


「あっ」


 ゴキリっと折れる感触。首の骨をへし折ってしまった。力の加減に失敗した。

 まぁ、良い。まだもう一人居る。石垣を蹴飛ばし崩して、隠し部屋に飛び込んだ。思った以上に狭い。男が一人しゃがみ込むだけのスペースだ。アイツはこんな不自由なスペースで何を待っていた?

 直接聞いてみれば良い。


「こんにちは、ごきげんよう」


 俺は鈴が転がるような可愛い声で囁いた。伝声管の向こうから、息を飲む声が聞こえて来る。


「お、お前は、一人か?」


 上擦った声で、返事が返る。


「ええ、一人よ。あなたは? わたし会いたいわ」

「あ、うっ」

「私は、ユマ姫よ。二人っきりで会いたくない?」

「く、来るな! 来ると、死ぬぞ」


 殺すぞ、じゃなくて、死ぬぞ? なんだろう? 意味が解らない。


「ねぇ、どうやったらそっちに行けるの? わたし早く会いたい」

「来るな、止めろ。死ぬぞ!」


 意味が解らない。いや、死ぬぞ? 幼稚な印象の男の声。ひょっとして死のうとしている?


「わたしの事、知ってる? 最期にユマ姫に会ってみたいと思わない?」

「あ、ぐぅ……」


 案内してくれるかと勝負に出たが、黙ってしまった。もう、話し掛けても返事がない。


 さて、どうしよう。伝声管は地下へと伸びている、それも運命光が見通せぬ程の地下だ。どうにかして地下に行かねばならない。

 俺は物置小屋を飛び出すと、地下への階段を探した。この手の城の構造は大体予想がつく、地下に物資を保管しているなら、門から荷車で入って地下へと運び込む動線があるはずだ。

 あった、門から轍を追いかけると北の側防塔に入っている。門を叩き壊して入城すると、すぐ横に地下へと続くスロープがあった。

 時間が勿体ない、駆け下りるとそこには地下とは思えぬ巨大なスペースが広がっていた。


 物資の保管庫だ、雑然と弓や武器、馬具などが積み上がっている。コレが罠ならば、物資は当然持ち出されていると思っていた。火薬までしっかり残っている。

 しかし、食料は別の場所に保管しているのか、見当たらなかった。なんなんだ? コレは。

 おかしいのは、人の気配がまるで無い事だ。走り回って探すが、運命光も見えない。


 ドコだ? いや、もっと下か? ギュッと目を瞑って光を探す。


「居た!」


 更に下に微かな光がある。しかし、ドコにもこれ以上地下に続く通路は見つけられない。魔力を流して探知を図るも、隠し階段などありそうにない。空間が存在しないのだ。

 いっそ地面を破壊するか? そう考えただけで、首筋にチリリと痛みが走る。運命が削れた、要塞が崩れて、俺は生き埋めになってしまうのだろう。


 では、どうやって更に地下へと潜るのか? 考えても解らない。

 俺の探知を掻い潜る高度な建築など、この世界にあるのだろうか? いや、ひょっとして、初めから地下があったのではないか?


 木村が言っていた。この世界、人口規模の割に立派な建物が多い。一万人程度の兵しか動員出来ない国が、十メートルの城壁を築くのは不合理とさえ言っていた。

 ソレを可能にするのが基礎だ。あらかじめしっかりした基礎が築かれているから、工期を短縮出来るのではないかという。

 つまり、立派な建物の下を調べると、古代遺跡の残骸がある。その可能性は高いと言う。


 だとしたら、この地下にも古代の遺跡があってもおかしくない。そこへは、まっとうな階段で繋がっていないのではないか?


 俺は側防塔を飛び出して、再び中庭に。その隅に古ぼけた井戸がある。


「また、古井戸の中ですか」


 魔女が待つ場所に潜った事を思い出す。俺は翼を畳んで、井戸の中に飛び込んだ。

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