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死憶の異世界傾国姫  作者: ぎむねま
7章 砂漠の歌姫の涙
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カタパルト

 『魔法の矢』は弓で撃ち出した矢を加速する魔法である。


 わざわざ弓で撃ち出してから加速させるのは何故か? 実は『魔法の矢』の正体は結界魔法。結界に飛び込んで来た物体に魔力を巻き付けて加速する魔法なのだ。

 結界の性質は蜘蛛の巣に近い。なので強力過ぎる魔力で結界を作れば、矢は囚われた蝶の様に結界に阻まれて停止してしまうし、逆に結界の魔力が弱すぎると矢は結界を破ってしまい、穴が空くだけに終わってしまう。

 要はバランスが大事と言う事で、成功すれば矢に絡みついた魔力で元の速度の五倍、ベストバランスならば十倍前後まで加速させる事が出来る。

 なるべく強い弓を引きながらも、繊細な魔法制御を行い、矢の威力を底上げする。それがエルフの戦士の腕の見せ所となる訳だ。


 しかし、実はもっと簡単に、圧倒的な加速を得る方法が存在する。


 結界を二重にすれば良いのだ。

 一つでは五倍速程度の加速でも、二重にすれば二十五倍。どんな魔法使いでも不可能な速度が得られる事になる。

 ……ただし、魔法を複数同時に使える魔法使いなど例が無いし、二人で協力して使おうにも健康値が干渉する。


 だから、そんな事が可能だとすれば機械だけなのだ。


 戦車型機動要塞ラーガインには超巨大な砲身が取り付けられている。砲身内には何重にも『魔法の矢』と同様の結界が張られており、最初は低速で打ち出された物体が、最後には音速を遙かに超えた速度へと到達する。

 但し、今回発射するのは砲弾ではなく、人が乗ったロケットなので砲身と言うよりカタパルトと呼んだ方が多分正しい。



 ――グゴゴゴゴゴ!


 先程から耳が痛い程の地鳴りが続いている。地面はグラグラと揺れ続け、魔法を使わなければ立っている事すら不可能だった。

 装備は父の形見の王剣。そしてポンザル家で盗ってきたサンダルに、ミイラみたいな姿に見かねた木村が貸してくれた緑色のマントだけ。

 徐々に濃くなる魔力の中心地。何度も扉を越えた先にソレはあった。

 運命光に導かれ、辿り付いた場所は呆れる程に巨大な格納庫の中。そして目の前には遠近感が壊れる位に巨大な砲身が伸びていた。


 この中にソルンが! だけど、もう止める術が無い!


 地鳴りと振動の原因は、発射態勢に入った要塞全体が動いているからに違いない。現に格納庫はまともに立てない程に大きく傾いている。発射態勢に入ったのだ。

 ゴゥンと音がした先を見上げると、外へのハッチが開き、太陽の光が差し込んでくる所だった。巨大な砲身が地鳴りを上げて外へと飛び出していく。


「もう、撃つと言うの?」


 独り言のつもりだった。だけど、思いがけず返事がある。


『そんなにカタパルトの近くに居て良いのかい? 言っておくけど魔力の漏洩防止作業は省略しているんだ』


 格納庫のスピーカーからソルンの声。マイクと、恐らくはカメラもある。


「あら? まだ私が残ってるのに。指差し確認が足りないんじゃない?」

『それは申し訳ない……でも無断で入ってきた君の責任さ』


 砲身へ魔力が満ちて根元から順番に青く燐光を放ち始める。そして、凶化した俺にして尚、目がチカチカする程の高濃度の魔力が満ちて来る。

 電気で動く機械が静電気に弱い様に、魔力で動く機械も魔力で誤動作を起こすモノなのだが……そんな常識はロケット発射装置には通用しないらしい。


 むしろ、敢えて魔力を放出する事で俺達の接近を阻んでいる。


 だが……甘く見たなソルン! 凶化した俺は魔力が濃い程に力を増す!


「『我、望む、足運ぶ先に風の祝福を』」


 俺は風を制御して飛ぶ様に移動した。


「はぁぁぁぁぁ!」


 父の王剣を構えたまま飛び上がり、馬鹿げた大きさの砲身へと斬りつける。……だが。


 ――ギィィィィン!


 固い! 鉄よりも遙かに! それだけじゃない、砲身の中に結界を張る機械だけあって、装置自身も熱や摩耗を防止する結界に満ちていた。とてもバターの様には斬り裂けない。

 時間を掛ければ切れるだろうが、巨大なロケットがスッポリ収まるサイズの砲身に多少傷が入ったところでどうだというのか?

 どうする? どうすれば? 何も……思いつかない。


 ソルンはあれから何もしゃべり掛けてこない。きっともう加速が始まったのだ。

 何せカタパルトの中で音速に近い速度まで到達するのだ。Gを軽減する装置があっても体への負担はかなりのモノ。


 ――ブォォォン


 腹に響く重低音。同時にシャレにならない程の魔力が場を満たす。いよいよ結界が展開され始めたのだ。

 スピーカーが異音を発し、破裂した魔力のバッテリー缶が目の前に転がった。


 マズイ、もう時間が!


 焦りに動転して缶を蹴飛ばすと同時、更に巨大な魔力反応が現れる。


「何……アレ?」


 それはハッチの外、空を覆い尽くす程に巨大な結界が展開されていた。


「まさか? そうか!」


 この巨大なカタパルトは『魔法の矢』で言う弓の代わりだ。結界を用いて圧倒的な初速を得た上で、本命はカタパルトの外に張った超巨大な結界。

 アレが無くなれば推進力は大きく弱まる!

 俺はハッチへと駆け出した。外へと飛び出せば、眼下にはプラヴァスが一望出来る。それ程の高さ。

 吹きすさぶ風にマントがバサバサとはためく。


「やれるか? やるしか無いよな!」


 深呼吸を一つ、覚悟を決める。あの結界をぶち破るしか無い。

 それには多少の威力じゃ不可能。ただ止められて終わるだろう。

 だが、俺ならやれる、俺なら出来る! 信じるしか無い。なぜならここから先は一発勝負、運否天賦(うんぷてんぷ)の博打に過ぎないからだ。

 俺は決して運が悪いんじゃない。俺を殺そうとする『偶然』があるだけだ。むしろ運良くやって来たからこそ、今も俺は生きている。


「『我、望む、放たれたる石に風の祝福を』」

「『我、望む、放たれたる石に風の祝福を』」


 呪文を唱える。それも、二重に! 俺は、俺だけは、魔法を二つ、同時に使える!


 さらに俺は破裂したバッテリー缶を掴み、高く放り投げる。同時に王剣を握り締め、バットみたいに振りかぶった。

 俺は魔法の制御にも自信が有るし、魔法だって二つ同時に展開出来る。

 だから唯一の不安はこのフルスイング! 昔、父様に見せて貰った小石を打ち飛ばして加速させる大道芸。


 ――ギィィン!


 当たった! ノックなんて未経験。まるで自信が無かったけれど、思いの外軽い王剣が、予想外に加速して見事に缶に命中した。


 ――シュゥゥゥ!


 缶がまず一つ目の結界に衝突する。だが、いつも弓でやってる感覚で強力な結界を張ってしまった。缶の衝撃は殆ど結界に受け止められ静止する直前……


 ――バシュ!


 ギリギリで抜けた! 次は絡みついた魔力を推進力にして、より強い結界にぶち当たる。


 ――ジュゥゥゥゥゥ!


 今度は灼ける様な強い音。俺だってこれ程分厚くて巨大な『魔法の矢』の結界を張ったことなど一度も無い。

 いや、張れない。異常な濃度魔力であるこの場所でしか再現不可能な結界。そもそも普段の矢に張ったところで結界はピクリとも動かないだろう。


 それだけの結界が、撃ちだした缶の威力とせめぎ合っている。


 ――バシュゥゥゥゥゥ!


 抜けた! もはや光の筋となった缶の軌跡が、カタパルトの先に張られた巨大な結界へと、今、ぶつかる!


 ――ピシィ


 遠くだったので実際に聞こえはしなかったが、音が鳴りそうな光景だった。

 俺がノックで飛ばした缶は百倍に加速され、結界にヒビを入れたのだ。


 ロケットを加速する結界だ、見ての通りバカでかいし、とんでもない質量を受け止められる。

 だけど極小さい一点を、常識外れの威力で撃ち抜けば貫通することは可能だった!

 ……だけど。


「駄目なの?」


 結界に空けた穴は余りにも小さい。これでは無効化させたとは言い難かった。


 ――パァン


 その時、結界の中心で何かが弾けた。

 アレは……缶の中に詰めた爆弾だ。木村のマントの中に入っていた。

 ちょっとした保険のつもり。殆ど冗談で缶の中に詰めて置いたヤツが上手いこと結界の中で破裂した。

 ……そして、缶に詰めていたのはもう一つ。


 ――パリィィィィン


 結界が破裂する。穴が空いた結界の中で火薬が爆発し、ばらまかれたのは一緒に詰め込んだ死苔茸(チリアム)だ。

 魔力をかき乱す死苔茸(チリアム)が結界の穴から入り込むと、結界を丸ごと機能不全に陥らせる。


「やってみるもんだなぁ」


 自分でも驚くぐらい出来過ぎている。呆然と呟いたと同時。辺りの魔力濃度が更に膨れ上がった。


 ――ゴオオオォォォン!


 衝撃と音が同時に来た。視界が魔力の燐光で真っ青に染まる。

 カタパルトからロケットが発射されたのだ。


「きゃっ!」


 ハッチから吹き飛ばされて、傾斜が付いた格納庫を転がり落ちる。危なく落下死の場面、床に王剣を突き刺して何とか踏み止まる。

 剣に縋りついて見上げれば、やはりロケットは最後の加速を失敗していた。

 ……とは言え、普通の飛行機ぐらいの速度は出ている。

 プラヴァスから王都まで、バイクで数日で行って帰ってこれる程度の距離だ。あっという間に着弾するに違いない。

 だけど……


「アレなら、追える!」


 俺はスゥっと空気を吸い込んだ。飽和した魔力が健康値を削るが、引き換えに大量の魔力を体内にもたらす。


「『我、望む、疾く我が身を風に運ばん、指差す先に風の奔流を』」


 かつてセレナは私を抱えて空を飛んだ。グライダーも持たず、その身一つで遙か高度をジェット機みたいに飛んで見せた。

 今だけだったら……これ程の魔力があれば、きっと出来る!


 俺は空へと飛び上がった。

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