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死憶の異世界傾国姫  作者: ぎむねま
7章 砂漠の歌姫の涙
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砂漠の歌姫

 歌が好きだった。


 小さい頃は貧乏で、お金も無いから凧揚げだけが唯一の娯楽。

 果て無き空を飛ぶ凧を見つめて、喉が枯れるまで歌っていたっけ。

 誰にも聞かせるでも無かった歌。だけど、ラクダ使いの男の子が聴いていた。スゴイスゴイと褒めてくれて、いつの間にか大勢の大人の前で歌う事になっていた。


 ……それからはもう、目の回る様な日々だった。歌の評判はどんどん広がって、いつの間にか歌姫なんて呼ばれる様になっていたっけ。

 それまでは歌を褒められて嬉しい嬉しいって、ソレだけだったけど、歌姫になったらみんなの期待がのし掛かる。


「雨を呼ぶ歌?」


 自分でも聞いたことが無い、素っ頓狂な声が出た。ある日、私が歌う様に頼まれたのは雨乞いのための歌だった。

 日に日に悪化する日照りに困った人々は、神頼みでは飽き足らず、歌姫にまで祈りの句を詠ませようと思いついたらしいのだ。

 面白い冗談だと笑って引き受けたのだけど、冗談で済ませるには私の評判は大きくなり過ぎていたみたい。何故だか、私が歌えば雨が降るのでは? なんて期待が掛けられてしまっていた。

 作詞、作曲に名うての大人物が手を挙げて、バックダンサーや楽士達まで思いつく最高のメンバーが揃ってしまった。それどころか、私が歌う為のステージを作ろうと言う話まで。


 私は、慌てた。


 ちょっとした冗談。悪乗りみたいなモノだと思っていたからだ。だけど、皆はコレで水不足は解決ってぐらいに騒いでいる。

 お母さんは「皆、辛い現実を忘れたくて騒いでいるだけよ」って笑うんだけど、まだ幼かった私はそんなコト解らなくて、真に受けて、毎日本気で悩んでいた。

 そんな私に出来たのは、神様に祈るだけ。

 それだって高名な神官様が何人も祈りを捧げて、それでも無理なんだから、私なんかが祈ってもダメだよねって思えてしまって……辛くて辛くて仕方が無かった。


 だからね、私にしか出来ないやり方で祈ろうって、そう思ったんだ。

 でも、私に出来たのはなるべく神様に近い所に、私が大好きなモノを捧げる。それだけ。


 自分でも、どうにかなると思って無かった。肝心の歌だって、緊張で声が震えてちゃんと歌えなかったぐらいだもの。


 ……そしたら、本当に雨が降ってしまったの。


 街はお祭り騒ぎ。私はほっと一安心。

 それで全部おしまい。そのハズだった。


 だけど、それから状況は一変してしまったの。私の歌には神気が宿るとか言われて、人前で軽々に歌うなって。

 特に雨乞いの歌を歌うとご利益が落ちて、肝心な時に雨が降らないって……それで中々歌えない。

 大好きだった歌が歌えない。ソレはソレで辛かったけど、これでもう歌姫とあがめられるのはお終いかって、勝手に思っていたのだけれど、結果は真逆。

 私が人前に出なければ出ない程、私のコトは神聖視されて神様みたいにあがめられてしまったの。

 そうしたら、どんどん人前にも出られなくなって、年に数回歌うだけ。気が狂いそうな程退屈な日々だった。

 いつしか本当に神様みたいな扱いになっていて、私が登場しただけでおじいちゃんおばあちゃん達が泣き出す始末。


 こんなのオカシイって、きっと罰が当たるんだって、ずっとそんな予感がしてた。

 それで、いよいよ私が十五歳になったとき、恐ろしい事が起きたの。


 私を匿っていた人達が「歌姫こそがプラヴァスの最高指導者に相応しい」って言い出して、私を政治の世界に担ぎ出そうと動き出した。

 それだけじゃない、水不足だった帝国や王国からも遙々使者が来て、歌姫リネージュの歌を是非とも都でと言い出した。

 両国とも目が眩む様な宝石を取り出して迫るモノだから、益々私がプラヴァスの代表になるべきだって、形だけでもその方が良いんだって。

 太守のブラッド家には睨まれるし、王国も帝国もお互いを出し抜いて恥を掻かせるべく私の身柄を狙っている。


 もうどこにも、私の居場所は残っていなかった。


 そんな時に助けてくれたのが、あのラクダ使いの少年と、その父親だった。

 彼の家には特殊な井戸があって、水不足でも水が絶えない。

 だからこそ、雨を降らせる私とはずっと疎遠になっていたのだけれど、それが良かった。だれも彼の家を疑わなかったの。

 騙されてる、危ない、ってお母さんは止めたけど、彼のお陰で有名になったんだもん、彼に殺されるなら構わないって、そう思えた。

 それを少年に伝えたら、泣きながら「絶対に守るんだ」って。ああ、もう少年じゃないよね、立派な男の人になってたんだ……


 それでもね、最後には彼の家にもついに兵隊が踏み込んできて、それで私は彼と一緒に逃げ出したんだ。

 どこにって? それはドコの国でも無い所。あの凧の様に、どこまでも自由に……って逃げられたら良かったんだけど、私は人間。地面の中をモグラみたいに歩くのが精一杯。井戸の中の通路を必死に逃げた。


 それでね、境界地の外にまでたどり着いたの。


 ここならば、どこの国でも無い。ここの住人ならば誰も裁けないって彼は言うけれど……誰も居ないって事は、誰も食べ物を作ってないって事だよね。

 だからスグにお腹が減って。それでも大丈夫。

 地下には一杯、大好きなお芋が埋まっていたのだから……


 それで、私は……


 それから先の事は、覚えてないの。



 ……俺の口から、他人事みたいにポツポツと言葉が出る。

 それを皆、黙って聞いていた。シャリアちゃんなんて、今まで俺には見せたことが無い笑顔でうんうんと頷くと、言った。


「あなたは、死んだのよ」

「死んだ? なんで?」

「コレを食べたから」


 彼女が拾い上げたのは死苔茸(チリアム)だ。こんなモノを囓れば、大牙猪(ザルギルゴール)だってイチコロな分量。


「だ、だってフォッガだよ? 私の大好物だもん!」

「違うわ。フォッガじゃ無い、コレは死苔茸(チリアム)

「なにそれ!」


 二つの声が重なった、俺と……カラミティちゃんの声だった。


「コレは殺し屋が確実に相手を殺すときに使う毒よ。エルフの中では陳腐なモノで、子供だって解毒出来るぐらいのシロモノらしいけど、人間には解毒出来ない必殺の毒である事に変わりは無い」

「嘘だぁ! どう見てもフォッガだよ? ただのお芋!」

「いいえ、コレは……キノコよ!」


 シャリアちゃんがそう言うと、いよいよカラミティちゃんは棒でも飲み込んだ様な顔をした。


「え? だって、食べた事ないの? どう考えてもお芋だし!」

「食べたことなどある訳ないでしょう? 食べたら死ぬのだから、毒として少しでも体内に入っただけで即死なのよ」

「だ・か・ら! 全然別のモノって事じゃないの!」


 そうカラミティちゃんは言うけれど、シャリアちゃんがコト毒に掛けて、見間違うなんてことはあり得ないのだ。

 一方で、カラミティちゃんも毎日見てる芋と違いが無いと主張を曲げない。

 ソレは本当なのか? リヨンさんがフォッガを手にしげしげと見つめる。


「良く見ろ、我らが知っているフォッガと違って青みがかって無いか?」

「……そうかもだけど、それって明かりが青っぽいからじゃないの?」


 カラミティちゃんが言うとおり、魔力の明かりはそもそも青い。それを何とか白っぽい光に変換しているのだけれど、どうしても青みが残るのだ。太陽下での見え方とは大分異なる。特に全ての色を奪う様なプラヴァスの強烈な太陽とは比べようも無い。


「ソレにしたって青いだろう。いや、良く見るとうっすら光ってないか?」


 リヨンさんが言うとおり、それはうっすらと光っていた。死苔茸(チリアム)の中でも毒性が強い者は蛍光色を発している場合がある。それは魔力が濃い場所で良く見られる現象なのだが……


「シャリアさん。魔力が薄い所で育った死苔茸(チリアム)を見たことはありますか?」

「……死苔茸(チリアム)は大森林の中でしか自生しないって聞いてるわ。実際、色々な毒キノコを扱っているけれど、大森林でしか採れない死苔茸(チリアム)は抜群に貴重なの。私達の切り札よ」

「……そうなのですね」


 魔力が少ない場所で育てれば無毒な死苔茸(チリアム)が出来るのかと思ったが違うのか? ひょっとしたらよく似た亜種なのかもしれない。

 ただ、亜種なのだとしたら、どこから死苔茸(チリアム)が入り込んだのかが謎になる。

 俺が悩んでいると、なぜかリヨンさんが頷いた。


「……なるほど、これが費用対効果が合わないと言う事か」

「費用対効果?」

「キィムラさんが言っていました。魔力がある土地に育つモノは、何らかの形で魔力を使用していると、だけど魔力が余りに薄いと使用するうま味が少なく、ただの毒になる。魔力が全く無い境界地に豊かな植生がある事をそう説明して貰いました。」


 ……それは、知っている。ポーネリアの記憶にある魔力と体の関係。

 彼女が絶望したのは、濃厚になった魔力を体力に変える器官を備えた新しい人類が、既にこの星に蔓延していたこと。

 それでは、カプセルの中で保存された命の数々は、全て不要なモノになってしまう。

 それが何より彼女にとって怖かったのだ。魔力を食べて取り込まなくてはいけない改造人間である自分と違って、とても自然で健康的な生き物の形がそこにはあった。


 それぞれの生き物には、生存可能な魔力濃度が決まっている。逆に言えば、一定の魔力濃度の範囲だけ生きられない。そんな生き物が存在しても不思議じゃ無い。

 魔力が濃い場所では魔力を変換する器官を備え、魔力が薄い場所ではその器官を停止して普通のキノコとして繁殖する。

 ソレが死苔茸(チリアム)だとしたら?


「亜種でもなんでもなく、魔力が極端に薄い場所で育てれば毒が無いのかも知れませんね」

死苔茸(チリアム)なんて知っているのは、私達殺し屋か、エルフぐらい。プラヴァスに来た人が知らないのも当然よね」

「実は、死苔茸(チリアム)を食べた人間が死ぬ理由は、自分の魔力と自分の健康値が打ち消し合う様に変質してしまうからなのです。」


 死苔茸(チリアム)は魔力を取り込んで、死苔茸(チリアム)にとってだけ無害な性質に変えてしまう。その変換物質こそが人間に毒なのだ。

 無限に健康値が削られて、あっという間に死ぬ。


「じゃ、じゃあこのフォッガを食べたら?」

「死にます、すぐにでも」

「ヒッ!」


 カラミティちゃんが落としたフォッガ、いや死苔茸(チリアム)がコロコロと転がって、壁の穴へと吸い込まれた。


「光ってる……不気味」


 そう、穴の中ではっきり死苔茸(チリアム)は光っていた。コレこそ、コイツが毒である証。

 ああ、ボルドー王子(あの人)を思い出さず、躊躇なく齧り付いていたならば。俺はきっと死んでいた。

 彼に守られた。ソレがなんだか嬉しくて、目先のイケメンに流されていた最近の失態を少し反省。


「それにしても、どうしてココの魔力はここまで濃いのでしょう?」


 リネージュの記憶が確かならば、ここは境界地の真っ只中。普通に考えたら魔力が薄くて当たり前。

 ソレがどうして?

 その答えはシャリアちゃんが持ってきた資料の中にありそうだった。

 書類は石灰を固めた石灰紙とでも言うべき超科学のシロモノで出来ていた。百年単位の保存が可能で、何年も前の書類が新品同然。

 言語は殆ど変わっていないが、それでも科学分野の専門用語が多い資料を理解出来るのは俺だけだろう。

 俺はペラペラと資料をめくる。


「ここには圧縮魔力を保管していたのね……でも、どうして?」


 古代人は、星から魔力を抽出する魔力炉を建造した。だけど、ここは魔力炉じゃない。どこからか魔力を持ってきたのだ。ボンベに圧縮して。

 古代人は魔力に弱いが、魔力をガンガン利用していた。地球人だって石油をガンガン利用しているけど、石油を飲める訳じゃないのと一緒だ。

 もし石油を飲んで魔法を使う新人類が出て来たら驚くだろう? 古代人が人間に抱く感情もソレに近かった。

 そして、ガソリンを長期間保存することが難しいのと同様に、魔力も長期保存は難しいハズ。コレ程の魔力が維持されている理由が思い当たらない。

 ポーネリアが作られた研究所は、遺伝子の保護を目的としたいわば箱船として作られ。何百年もの維持が可能な膨大な魔力が保存されていたが、それでも最後には足りなくなった。

 箱船として作られたからこそ、汚染された世界から魔力を取り込む仕掛けがあって、ソレで最小限の稼働をしていたのだが……圧縮魔力が必要な設備は殆ど死んでいた。


 人を生き返らせるようなマネはもう出来ない。


 そうだ、もしも圧縮魔力ボンベが残っているなら、ひょっとしてボルドー王子も復活させられるかも!


 ……いや、止めよう。感傷に浸って人形遊びをするのは惨めだ。


 そんなコトより、どうして魔力が無事なのか。それは資料を読み進めればスグに解った。異常な量の魔力ボンベが、保管庫には保存されている。

 魔力の保存が難しい理由は、どうしたって漏れて外へと散ってしまうから。

 でも、頑丈に施錠された地下。分厚い壁を何層も重ね、大量の魔力ボンベを保管したらどうなるか?

 経年劣化で徐々に目減りしても、幾らかは圧縮魔力がそのまま残る事になる。


「どうしてここまで大量の魔力ボンベが保管されているの?」


 詰まるところ、俺の疑問はソコだった。古代の都市についての歴史的な知識もあるが、ここは僻地。こんな場所に、これだけ厳重な魔力保管庫がある理由が解らない。


「軍事施設? ここが?」


 かつては古代人同士でも頻繁に戦争もあったとされる。ここはその国境だったと言う。


「まさか!」


 俺は慌てて部屋を飛び出し、駅員室まで戻る。恐らくは古代の輸送路。どこかに地図があるハズ!

 無い! あったのに無くなっている。リネージュの記憶ではここに大きな地図が貼ってあった。だけど、その秘密に気がついた誰かが持っていった。


「魔女! だけど俺には!」


 参照権がある。リネージュにとっては意味も解らず、チラリと視界に収めただけの地図、それでもハッキリと思い出せる。


 地上の地図と地下の地図。二つが脳内で重なっていく。

 ……そうか! あそこか!


 とその時、扉がバァンと大きな音と共に開け放たれた。


「シッ!」

「あぶねっ!」


 同時にシャリアちゃんが投げつけたナイフ。刃に毒が塗られたソレを、侵入者は平然と柄の部分を掴んで防いだ。

 そんなコトが可能なヤツは一人しか居ない。


「ユマえもーん。腕がイタイイタイなのぉ! 助けてぇ」


 木村(きみ)はじつに馬鹿だな。

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