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死憶の異世界傾国姫  作者: ぎむねま
7章 砂漠の歌姫の涙
207/321

フォッガ

【ユマ姫視点】


 靴も無い、服も無い。

 磔に晒されていた俺はそんな有様で、いざ脱出と言われても自分で歩く事すらままならなかった。


「肩は……大丈夫ですか?」

「何とも無いですよ、銃と言えどもこんなモノですか」


 したがって、俺はリヨンさんにお姫様抱っこで運ばれる事になる。

 リヨンさんも本当は痛いに違いない。その証拠に顔には珠の汗を浮かべている。それでも筋肉が厚い肩で銃弾を受けたので、軽傷と言えるのもまた事実。

 俺はと言えば足が痛いだけなら我慢すればどうにでもなるが、その我慢すら効かない状態なのだから仕方が無い。

 寝てる間に何を嗅がされたのか解らないが、恐らくは睡眠薬かアヘン、魔力が抜けている事から霧もだろう。そうなると体は殆ど動かない。

 強烈な痛みが刺激となって、今までなんとか動いていたに過ぎないのだ。つまりリヨンさんに打ち捨てられたら詰みである。気遣う姿勢の一つも見せねばなるまい。


「無理はしないで下さいね」

「無理のしどころですよ、アナタの為ならばこの腕が二度と動かなくても構いません」

「まぁ!」


 照れるね、どうも。こんなコトを言われれば、女の子はみんなイチコロだろうよ。しかも相手は砂漠の国の王子サマ。これ以上は無いシチュエーションだ。

 コレには俺も正統派お姫様ムーブでご返礼。感激に口を押さえ、涙ぐむ。正に今、お姫様としての本懐を全う中。

 リヨンさんもまんざらではないのか、照れくさそうに頬を紅潮させる。まるで物語の一節……なのだが。


「…………」

「…………」


 うん、そうなんだ、何もこの場に二人きりと言う訳じゃ無い。

 カラミティちゃんとシャリアちゃんは二人してジットリとした目をこちらに向けてくる。そんな目で見られても、君達に俺を担ぐ力は無いのだから致し方なし。

 いいじゃん、いいじゃん! こちとら押しも押されぬお姫様だよ?


「魔法での洗脳なんて必要ないって言うの……」


 ブツブツと呟くカラミティちゃんは、どう見てもまだ俺のコトを疑ってるし……


「いつか刺しますよ?」


 シャリアちゃんに至っては意味が解らない。ソレを言うならいつか刺されますよ? じゃないの? その点、彼女はホントに刺してくるから凄い。


 更に言うと、俺達を見てるのは二人だけでも無い。


「なんだ? ユマ姫?」

「は、裸じゃ無いか!」

「美しい……」


 そう、敵が銃を持っているのだから人混みに紛れるのが一番と、俺達は人が溢れる校庭の炊き出しスペースに飛び込んだのだ。

 なんだけど、砂漠の人々の前に出るには俺の格好は刺激的に過ぎた。白いマイクロビキニなど遠目には裸に見えるに違いない。

 そのせいか俺を見て声を出せたのはむしろ少数。大半の男は真っ赤になって恥ずかしそうに目を逸らすばかり。

 その初心で紳士な態度が、却ってコッチには恥ずかしい。


「うぅ……」

「もう少し辛抱下さい。おい、ラクダを貸せ!」


 リヨンさんは兵士からラクダを奪い、背に跨がる。すぐさま撃たれた方とは逆の腕で俺を引き上げると、そのまま前に座らせた。俺の体はリヨンさんの腕にスッポリと収まる格好だ。


「どけ! どくんだ!」


 人混みを掻き分け門を抜け、ポンザル家へと走らせる。

 だけど、門を抜けても人が少ない訳じゃない。むしろ学園に入りきらなかった人々で、学園前通りはお祭りみたいな騒ぎになっていた。

 らくだ上に晒される俺の半裸に皆の視線が突き刺さる。ただでさえ目立つリヨンさんの腕の中だ。

 撃たれる可能性を考えたらこの方が安全だし、俺にはもうしがみつく力も無いからコレしか無い……んだけど、

 リヨンさんの腕の中で真っ赤に茹で上がった俺の姿が更に多くの衆目に晒される事になるのだった。


「おおっユマ姫だ!」

「裸じゃないか!」

「なんと破廉恥な!」

「天使だ!」


 ……正直、メチャクチャ恥ずかしい。


 寿司詰めの講堂でSMショーを披露したヤツが何を気にしてるんだ、と言われればそうなんだけど。熱狂状態の構内と開放的な屋外じゃ恥ずかしさの質が違う。


 ……ともかく、俺達はらくだを走らせ、ポンザル家。今はルードフ家だっけ? に辿り付いた。

 カラミティちゃんとシャリアちゃんも、どっからか調達したラクダに乗って追いついた。

 ココは敵地のど真ん中。混乱に乗じてやって来てしまったが、急に心配になってきた。


「でも良かったんですか?」

「何がですか?」

「こんな所にリヨンさんが来てしまって」

「ああ……なるほど」


 そんな事ですか、とリヨンさんは戯けた様子で笑う。


「学園は敵の手の内、一刻も早く脱出したい所ですが、私一人がどこかに逃げ出したとあっては沽券に関わります。その点、囚われの姫を奪還して逃げるのを大勢の市民が見ている訳ですから、私の株は寧ろ上がったことでしょう。大助かりですよ」

「……いえ、そう言う意味ではなく――」

「市民の安全ですか? 信頼出来る者に指揮は任せて来ました。市民から義勇兵を募って帝国に立ち向かえば、帝国が幾ら武装に優れていても多勢に無勢です。心配は要りません」

「だからって……」


 露悪的な言い訳で誤魔化される俺じゃ無い。なんだかんだ俺を心配して付いて来てくれているに違いないのだ。

 だけどリヨンさんはプラヴァスの太守。こんな所まで来るのは自殺行為だ。俺はもう、敵のど真ん中で踊り狂うのが仕事みたいなモノだが、このままではリヨンさんまで『偶然』に巻き込んで殺してしまう。


「大丈夫ですわ、ユマ様。もうココには傷病者しか居ません」

「シャルティア……」

「あのままあそこに居たら、ドサクサに紛れて殺される可能性は高かった。死ぬに構わず殺しに来るヤク中が混じってる中、守り切るのは不可能です。それぐらいなら敵陣に乗り込んだ方がマシだと思いますわ」

「だからってココに来なくても」

「地下には濃厚な魔力が溜まっていました、魔法で体調を整え、リヨン様の肩も治して差し上げないと行けない。違いますか?」

「そうですね……」


 肩の怪我もこっちに責任がある。……と、そう言う意味では居る必要が無い人物がひとり混じっているではないか。


「……あの」

「なんです? 叔父様に変な事をしたら承知しませんよ」


 カラミティちゃんだ。いや、もう変な事は公然としてしまっているのだが、彼女はまだ俺を疑っているみたい。

 と、リヨンさんもカラミティちゃんの存在をようやく思い出したって顔をして、命じた。


「そうだ、丁度良いカラミティ。お前、服を脱げ!」

「叔父様!?」

「どうした? 早くするんだ」

「叔父様、やっぱり!」

「やっぱりとはどう言う意味だ!」


 苛立ちも露わに、リヨンさんはカラミティちゃんを強引に脱がしに掛かる。

 エロいんだけど? 近親相姦じゃん。見てて良いのかな?


「叔父様やめて! 正気に戻って!」

「お前こそどう言うつもりだ! ユマ姫にいつまでこんな格好をさせるつもりだ!」


 あ、そう言う事ね。


「でも、私だって下には何も! 服なら叔父様ので良いじゃないですか!」

血塗(ちまみ)れだし、サイズも違う。その点お前は下にネイタルを着ているだろうが! 布だけの姿でも今のユマ様よりずっとマシだ」


 そう言って襟ぐりの広いワンピースを勢い良く捲り上げるのだが……


「キャッ!」

「お前……なぜ?」

「ううぅ、いざとなったら私の色仕掛けでユマ姫の呪いを解こうと思って……」


 なんと、カラミティちゃんはワンピースの下には何も着ていなかった。真っ裸である。

 褐色肌と、今まで誰にも晒さなかったのだろう白い素肌の境界線がハッキリ見えた。……ぶっちゃけ他にも色々見えてしまった。

 ネイタルと言うのは日焼け跡を作る儀式であり、体に巻く黒い布地と木村から聞いていたが、中々どうして破壊力十分な萌え属性である。


「馬鹿な事を!」

「だって、だって!」

「はぁ、仕方無いユマ姫。汚くて申し訳ないですがコレを」

「……はい」


 そうして渡されたのはリヨンさんのターバンだ。汚いなんてとんでもない、髪を巻いていたにしてはキレイなモノだし、良く見ると凝った刺繍が入っていて中々お洒落。

 だけど、そんな事よりも目を引いたのはリヨンさんの黒髪。ターバンを脱いだ後、少しウェーブ掛かった長髪がサラリと流れる様子は正統派の色男と言った風情で、本当にカッコイイ。


「そんなに叔父様をじろじろ見ないで!」


 カラミティちゃんが割り込んで来てしまった。うーん?


「だったら、アナタの体を見ても良いですか?」

「え? 私の? なんで!」

「うふふ、だってさっき見えたのが可愛かったのですもの」

「う、うう……」


 意地悪のつもりだったのだが、何故だろう? 俺が顔を突きつけて()()()すれば、彼女は真っ赤になりながらもワンピースを自ら捲り上げ、素肌の白い部分を見せてくれた。

 おおエロいエロい。なんだろう? 俺はもう男でも女でもイケルのかな?

 そんな事を考えていたら、背後から冷たい声が掛けられた。


「楽しそうな事をしていますね? 私は姫様の体にそのターバンを巻いても宜しいですか?」


 ヒエッ! シャリアちゃん! 怖い!

 俺はターバンを巻かれつつ、地下への入り口へと案内されるのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 露出気味のミイラみたいな、コレはコレでエロい格好になってしまった俺は、ポンザル家の玄関で小さめのサンダルをゲット! そのまま堂々と屋敷に入ると、中庭の井戸から地下へと侵入した。その間、人の気配は一切無し。


「一体どう言う事でしょう?」

「クーデターは失敗が前提、踏み込まれるのを考慮してココには傷病者しか残して居ないようですわ」


 シャリアちゃんが言うには、重金属中毒の重傷患者が数名残っているだけだとか。今では却ってプラヴァスで一番安全な場所かも知れないとまで。


「しかし、ポンザル家の地下にこんな場所があったとはな」


 リヨンさんが感心するのも解る。井戸を下りた先はちょっとしたスペースで、シャリアちゃんの魔道具が照らす範囲だけでも結構広い。


「どうやら、最近までは水没していたみたいなの」

「そうか! 最近の水不足で」

「そう言う事ね」

「待てよ、ひょっとしてこの日照り自体が帝国の策って事は……」

「考え過ぎよ、だとしたらもっと早くからプラヴァスにちょっかい掛けてたと思うわ」

「……そうか」


 すぅーはぁー。

 二人の会話を横目に、俺はゆっくりと深呼吸を繰り返していた。確かにココは魔力が濃い。しばらくすれば簡単な魔法ぐらいは使えそうだ。


「どうも空気が薄いのか目眩がするな……」

「私も……」


 一方でプラヴァス生まれのリヨンさん、カラミティちゃんの二人には、この魔力は毒だろう。そう説明しても、両人とも引く気は無さそうだ。


「外が安全とも限らぬからな」

「死ぬ様な事は無いんですよね? ……だったら」


 少し怠そうな二人に構わず、シャリアちゃんは俺だけしか視界に入らないとばかりさっさと先に進んでしまう。


「コチラに出入りした痕跡がありますわ」

「解りました、行きましょう」


 体力的に辛いのは俺も同じ、気力を振り絞って続くのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 浸水した地下道をジャブジャブ歩くのは想像以上に体力を奪われた。なんとか水が無い通路に出た後、ハシゴを登った先、目星を付けたらしい場所へと案内される。その根拠とは?


「この辺りは特に魔力が濃い様なので」

「確かにそのようですね」


 俺は体力も戻り絶好調。一方で二人は息も絶え絶えだった。


「す、少し休憩しましょうよ!」

「私はまだ、行ける」


 全然行けそうにないリヨンさんを見るに、二人はこの辺りが限界。

 魔力も戻ったし、怪我を治療したら来た道を戻って貰おう。腰を落ち着けるため、直感を信じてピンと来た場所へと足を踏み入れる。

 どうもこの辺りは地下鉄の駅っぽい雰囲気で、何となく馴染みがある。ここは駅員室みたいな場所じゃなかろうか?


「ここで魔法を使います。楽にして下さい」

「ああ……」


 肩を出させると、太い血管から外れていたのだろう。思ったよりも出血が少ない。鍛えられた背中にキュンキュンしちゃうね。

 その割に、なんだか不安そうなリヨンさん。魔法は初めてか? 力抜いてくれよー。無駄に健康値を削ってしまう。


「行きます。『我、望む、この手に引き寄せられる、肉に埋まりし鉄塊よ』」

「グッ!」


 まずは肩に埋まった鉄球を取り出す。肩の肉をミチミチと引き剥がしながら、俺の手にはスッポリと鉄球が収まった。

 魔法は成功。だけどリヨンさんは苦しげに呻く。


「ハァ、ハァ……」


 思ったよりも痛そうだ。それに魔力も無駄に消費した。コレだけ俺に心酔してるのだから抵抗などゼロに近いだろうと思ったのだけれど、甘い考えだったかも知れない。

 コレはアレだな、肉から弾丸を取り出すって普通は結構痛いって事だな。俺は最近、他人の痛みが解らない系女子になりかけている。


「うぅ痛そう……」

「だい、じょうぶだ」


 カラミティちゃんはリヨンさんの傷口に眉を(ひそ)めるし、リヨンさんも汗だくで一杯一杯なのだけど、俺としてはこの程度、死とは程遠い怪我だよなって感覚だったりする。


 アレだな、女の子の方が痛みに強いってヤツ。あれはマジかも知れないな。武器を取って戦う男の方が痛みに弱いなんて、嘘ばっかりだと思っていたけど違った。実際に生きるか死ぬかの戦いを何度かやってみたけど、戦闘中は痛いとか言ってる暇もないもんな。


 じゃあ、戦闘以外で男ならどう言う時なら痛みを忘れられるか? そんなの決まっている。

 女の子に抱きつかれた時だろう。

 俺は後ろから抱きついて、逞しい背中に控え目な胸を押しつけるばかりか、耳元で囁いて耳朶を震わせる。


「痛かった? でも、あなたなら大丈夫。落ち着いて、私のコトを受け入れて下さい」

「あ、いえ……」

「もー、またリヨン叔父様を困らせてる!」


 カラミティちゃんに邪魔されてしまったが、確かにリヨンさんは戸惑うばかりで反応は悪い。


 うーん。困ったな。


 いや、何をしたら良いかは解るんだよ? 解るんだけど、納得が行かないというか……俺は傷を治そうとしてるのに、真逆の事をしようとしているワケだ。


 ……まぁやるけど。


 俺はピッっと人差し指をおっ立てて、狙い澄まして研ぎ澄まし、結構な勢いで突っ込んだ。

 どこへって? そりゃ、銃弾を取り出したばかり、血が滲む傷口にだよ。


「ぐあっ!」

「え? なに? なんでそんな頭がオカシ――」


 たちまち悲鳴を上げるリヨンさん。そんでカラミティちゃんは無視!

 俺がやるべきは相手を気遣う事じゃない。むしろ徹底的に相手の痛みを知らぬ幼女へとになりきること。


「えー? こんなちっちゃな穴が空いた位で泣いちゃいそうなのぉ? ざぁこ♪ ザコザコザーコ! こんじょーなしぃ!」


 今度は背中に胸を当てるどころか、首を絞めてしまう。後ろからなのでリヨンさんの顔色こそ見えないが、首筋や耳たぶは赤く染まって苦しそうである。


「カハッ! ゲッ」

「よわーい! ねぇ、ゴメンナサイ、負けましたって言えば許してあげるけど?」

「馬鹿馬鹿ッ! なにしてるの!」


 カラミティちゃんはそう言うけどさ、俺だって馬鹿な事だと思ってるんだよ? ソレに片手で大の男の首を絞める為に、リミッターを解除した力まで使ってるからね? コッチだって必死も必死。

 そうして余った右手で傷口を抉ってるんだから、治すとは真逆だよね。でもコレでリヨンさんは大満足なのだった。


「ゴメンナサイ! 許して下さい! 負けました」

「えー?? ブタの癖に言葉を話すなんて、生意気ぃー」

「ブヒー! ブヒブヒブヒー」

「キャハハ! 惨めぇ、でも、わたしブタの言葉わかんなーい!」

「…………」


 ついにはカラミティちゃんも黙った。こっちから見えないけれど、きっとリヨンさんは嬉しそうな顔をしてるに違いない。

 でも、あまり痛めつけては流石にリヨンさん体力が限界かも。魔力も濃いからね。情けない悲鳴を上げている。


「ゆる、ゆるしてぇ!」

「ザコすぎて可哀想だから許してあ・げ・る♪」


 とっておきのメスガキボイスで耳朶を打つ……どころか、俺は耳たぶへカプリと噛み付いた。瞬間、リヨンさんは体を震わせ、感極まって、鳴いた。


「ふわわわっっ!」


 おおっ! 抵抗がなくなった! やっぱりアレなんだよな、痛くない平気だぞと頑張ってる内は抵抗があるんだよ。プライドの高いリヨンさんなんて、健康値のガードが堅すぎて困る。

 回復魔法なんぞ相手にケツ毛まで見せる信頼関係が前提。いっそ、痛いです! 許して下さい! って臆面もなく泣けるぐらいじゃ無いと魔法が通らず却って健康を害してしまう。

 その点、木村なんて指先に豆が出来ただけで「ユマえもーん!」とか泣きついてくるから凄い。いや、全然凄くないな。


 と、下らないこと考えてる場合じゃ無いな。


「『我、望む、汝に眠る命の輝きと生の息吹よ、大いなる流れとなりて傷付く体を癒し給え』」


 得意の他者回復がリヨンさんの体に染みていくと、みるみる肩の傷は塞がった。


「凄い! まるで痛みがない!」


 肩の動きを確認するリヨンさんがあまりに素直に感嘆の声を上げるので、メスガキモードが抜けない俺は、つい意地悪を口にしてしまう。


「違うでしょ? ユマ様、ありがとうございます、は?」


 リヨンさんが地面に座っているのを良いことに、治ったばかりの肩に腰掛け、上から目線でお礼の言葉を要求する。

 メスガキを発揮して、平身低頭するリヨンさんを期待してしまったのだが……


「ブヒー! ブヒブヒブヒ」

「……もう、ブタ語は良いです」


 ……期待とはちょっと違ったが、まぁ良い。気を取り直して俺は二人に宣言する。


「怪我も治ったのですし、二人は元来た道を撤退して下さい」


 決定事項だとばかり断言したのに、ブタ語を喋るまでに屈服していたハズのリヨンさんが人間の言葉で反抗してきた。


「まさか! ココまで来てですか? 怪我まで治して貰ったと言うのに!」

「足手まといだと言っているのです、このまま魔力が濃い場所で戦闘となれば、庇うことは出来ません。碌な武器も持っていないのでしょう?」

「ですが……」


 尚も食い下がろうとするリヨンさんを止めたのはカラミティちゃんだった。正確にはカラミティちゃんのお腹だった。

 きゅぅー、と可愛い腹の虫。


「うぅ、お昼ご飯を食べていないからお腹が減ったよぉ!」

「お前は帰れ! 私はユマ姫を守らなくては……」

「リヨンさん、彼女を一人で帰すのですか?」


 俺がそう訊ねると、リヨンさんは苦虫を噛み潰した様にカラミティちゃんを睨む。


「睨んでもダメです、魔力が満ちている場所なら魔法戦になるかもしれません。そうなればあなたでは足手まといでしか無い」

「それは……タナカさん達なら足手まといでは無いと?」

「ええ、彼ならば」


 リヨンさんが弱いと言うより、アイツが異常なのだ。たとえ王国指折りの騎士であるゼクトールさんだって、寸毫(すんごう)も保たないだろう。

 でも俺が断言するものだから、今度こそリヨンさんは泣きそうな顔で拳を握る。


「……それは、悔しいですね」

「あんな危険人物と張り合うのはおよしなさい。リヨン様はリヨン様のするべき事をなさるべきです」

「では……姫様のなさるべき事とは?」

「勿論、魔女に操られている我が父、エリプス王を…………殺す事です」


 色々とボカした言い方は出来るが、覚悟が萎えそうなので敢えて殺すと言い切った。魔女がいたなら、父様もプラヴァスのどこかにいるに違いない。

 俺の壮絶な覚悟を目の当たりにしたリヨンさんは「そんな……」と俯き、歯噛みする。


 俺はもう、泣かない。コレが運命なのだ。


 ――きゅぅぅー!


 代わりに腹の虫が鳴いた。それも、盛大に。


 悲壮な覚悟を決めるお姫様。

 良いシーンが台無し。


「ちょっと! カラミティさん?」

「え゛? うそ! 違う! ズルい! 人の所為にして!」

「…………」


 なすりつけ、失敗であった。

 俺だよ! 俺だってお昼ご飯を食べていない。凶化してからの俺は食欲旺盛。魔力不足と麻薬過多の体調不良から解放され、いよいよお腹が減っていた。

 赤くなる俺を見かねたリヨンさんが、控え目に声を掛けてくる。


「あの、特に何も見つからない様なら、一度皆で戻るというのはどうでしょうか?」


 そんな提案に乗っかるのは、あろう事かここまで案内してきたシャリアちゃんだった。


「そうね……残念だけど、ここじゃ無かったのかも。頻繁に出入りしていたみたいだけど。ここまで、つい最近入ってきたみたいな痕跡は無かったわ。目的だった魔力の補充と回復は出来たのだから、引き際かもね」


 ……うぐぐぐ。ここまで来たのに無駄足とか!


「解りました。皆で周囲を調べた後、何も無い様なら撤退しましょう」

「お任せ下さい」


 そう言って笑うリヨンさんのイケメンなこと。若干腹立たしいまであるのだった。



 ……と言う訳で、少し休憩した後。周囲の調査を始めたのだが、調べる所など殆ど無い。地下鉄の駅を想像して欲しいのだが、駅員室以外にドコを? と言う感じ。


 仕方無いので裏手を調べてみるが、あったのは宿直室。その奥にあるのは落とし物保管庫らしいが、大した物はないだろう。

 まぁ念のため、と扉を開けたら、そこは大昔に天井が崩落したらしく、土砂が部屋を覆っていた。

 見るなりシャリアちゃんはため息を残して回れ右。


「コレはダメね、私は向こうの金庫をなんとかしてみるわ」

「お願いします」


 施錠された扉を開けられそうなのはシャリアちゃんぐらいである。

 俺だって、魔法を使えば何とかなるが、中身も壊してしまう可能性は高い。


 碌なモノは無いだろうから照明の魔法も控え目に、土砂に何か埋まってないかをチラ見していく。何か掘り損ねた遺物でもあればめっけもの。


 ……と、そこで目当てとは違うけど、土砂の中から嬉しい物を発見した。


「フォッガですね」

「ほぅ、大きいですな。近年では早く採られてしまうので珍しいサイズです」

「そうなのですね」


 リヨンさんはそう言うが、どう見ても普通サイズに思える。フォッガは私の大好物。煮ても蒸しても美味しいが、特に焼いたフォッガが絶品なのだ。


「あ、フォッガ! でも生じゃ美味しくないよ……」

「大丈夫ですよ」


 カラミティちゃんの心配は杞憂だ。なにせ石だけはそこら中に落ちている。魔法で加熱した石の上で焼けば、すぐに食べられる。


「凄い温度、コレも魔法?」

「ええ」


 魔法ってヤツは、動物相手でなければトコトン便利。火が通りやすいのもフォッガの魅力。程なくして仄かに甘い香りが漂ってくる。

 ホクホクお芋の独特の食感を思い出し、生唾がこみ上げてくる。


 お芋。お芋かぁ……


 思い出すのは……そう()の婚約者だったボルドー王子の事。あの王子はリヨンさんみたいにイケメンでもないし、気の利いた所も無かった。

 それどころか服装は地味な上、お屋敷は要塞みたいだったし、極めつけとばかり庭園には芋を植えていたんだった。

 あの芋は、結局二人で食べることは叶わなかったが……


 そうだ、()は、こんな所で一人、芋を食べて良いんだろうか?


 串で刺したフォッガをジッと見つめる。


「食べないんです?」


 ……いつまでそうしていたのだろう? 私はカラミティちゃんに問われてようやく我に返った。

 そうだ、感傷に浸っても腹は膨れない。早く食べて元気になった方が何倍もマシだろう。

 そう思い直ったとき、彼女が部屋に戻ってきた。


「金庫が開きましたが、紙しか入っていませんでした。読みますか?」


 シャリアちゃんが紙の束を手に戻って来た。強烈な魔道具の明かりと共に。

 正に今、食べようとしていたフォッガが照らし出される。


「あ? えっ!」

「姫様?」


 俺は口元まで持っていったフォッガを取り落とした。


 いや、そもそも俺はフォッガなど知らない。名前だけはパノッサさんから聞いたけど、見たことなんて一度も無い。好物どころか、食べたことも無い。

 でも、俺はコレを知っている。コレは芋なんかじゃない。何度もコイツについて学んで来た。コレは……


死苔茸(チリアム)!」


 俺とシャリアちゃんの声が重なった。


「え? 勿体ない、どうしたの?」

「ユマ様? どうしてこんなモノを食べようと?」


 カラミティちゃんはまだコレをフォッガだと思っている。だけど、こんなモノは食べられるハズがない。食べたら30分以内に死ぬ。魔力を狂わされるので、食べた本人では治す事も難しい。

 躊躇無く食べていたら、俺はきっと死んでいた。


 それなのに、俺はまだ名残惜しいのか、落としたフォッガから目を離せない。


「姫様? ユマ姫様!?


 シャリアちゃんが必死に呼びかけるが、私には意味が解らない。それよりもフォッガが食べたくて……

 呆然とする私に、彼女は必死に話し掛けてくる。


「どうしたのです? ユマ姫さ……違う、()()()()()?」


 そうだ、皆さんに自己紹介しないと。私は舞台の上みたいに丁寧なお辞儀をひとつ。


「私の名前はリネージュ、プラヴァスの歌姫です」

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