舞台の上で?
遅れました、どうしようか悩んでサムスピやったりしていた。
キャラ差が酷かった。
「シャ、シャリアちゃん?」
「……アナタにそう呼ばれても嬉しくないわ」
シャリアちゃんは拗ねた様子で巻き毛の先を弄んでいる。
何故ココに? そうだ、確か田中に呼びに行って貰ったんだった。
彼女は諜報と暗殺のスペシャリスト。陰謀渦巻く今のプラヴァスに必要な人材だったから。
それにしても、早い。
あれから十日かそこらだぞ? 本気でかっ飛ばせばバイクは五日程度で王国まで行けるワケか。
「ボーッとしてて良いの? この娘、死にかけてるケド」
「え?」
そうだ! カラミティちゃん! 中毒症状の青白い顔は危険な兆候だ。
俺は縋り付く様にベッドに這い寄ると、その様子を窺う。
「クソッ呼吸が弱い!」
呼吸麻痺を起こしている。コレでは長くない。ど、どうする? 人工呼吸!
俺が? カラミティちゃんと? だが、経験が無い!
「無様ね、見ていられないわ」
悩んでいる間に、シャルティアはカラミティちゃんに口付けた。
「えっ?」
当たり前に思うかも知れないが、その仕草に俺は密かに衝撃を受けた。
この世界に人工呼吸なんて概念は無いのだ。時として鞭を打つことで覚醒を促す事すらある。
そんな中、彼女のやり方は俺の知るモノと大差が無い。鼻を押さえて口から呼気を送り込んでいる。
そんな場合じゃないのだが、俺は美女と美少女の口付けに目を奪われる。目を引く程の美しさがソコにはあった。
「見ていないで手伝いなさい」
「な、なにを?」
何を? じゃない、胸を押すのだ。コレばっかりは力のある男の方が有利。
……そう思ったのだが。
「背中に腕を入れて、持ち上げるの。海老反りに」
「え? あ? こ、こう?」
「そう、そのまま持ち上げて」
シャルティア嬢の方法は俺の知ってるやり方とは違った。
海老反りにさせた時に呼気を送り込み、吐き出させる時には頭を上げる。
コレ、効果あるのか?
「呼吸は戻ったわ」
「本当か!」
「だけど、後遺症が残るかもしれない……完全な中毒症状ね」
麻薬の中毒症状を知っている。つまり麻薬をずっと前から知っていると言うこと。暗殺を生業にするだけあって、あらゆる薬物に通じている。或いは一般的な医者以上に。
「さっきの呼吸方法だけど、あまり言いふらさないでくれる? いちおう秘伝のワザなの」
「口付けで呼吸を促すのは知っていたが、背中に手を回すのは知らなかった……アレは?」
「仰け反ると自然と息を吸うでしょう? 俯くと逆に息が漏れる。アナタの世界ではどうするの?」
「……そりゃ」
ひたすらに胸骨をリズミカルに押しまくると伝えると、シャルティア嬢は微妙な顔をした。痛そうと思ったのかも知れない。実際、骨が折れる事もあると聞く。
「信じられないかもしれないが、ソレが一番効率的と言われているんだ」
「信じるわ、胸骨を押して呼吸を止める技があるのだけれど、止まっている相手に使うなんて想像もしてなかっただけよ」
……思ったよりも物騒な事を考えていた。
しかし、あるのか、胸骨を押し込んで無力化する方法が。恐いね、暗殺拳かな?
……暗殺拳だな。
とにかく、カラミティちゃんは一命を取り留めた。
どうなることやら……後遺症が無いと良いのだが。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あの後、ブラッド邸に連絡を入れ、カラミティちゃんを運び出し、パノッサさんに事情を説明すれば、俺の体力は限界を迎え、倒れるように眠ってしまった。
そして翌日、起きると同時に俺はリヨン氏に呼び出されていた。
「ポンザル家に討ち入りを掛けます」
深刻な顔で、リヨン氏は俺達に打ち明けた。
いつものリヨン氏の私室で、戻って来たばかりの田中を交え、久しぶりに三人が揃った。だが今日はドンチャン騒ぎを出来る雰囲気では無い。
可愛い姪御さんがあんな目に遭えば当然。
カラミティちゃんは今をもって目を覚まさない。目を覚ましても後遺症に苦しむ可能性は高く、ベッドに縛り付けておくしかないのだ。
「俺も協力するぜ」
「おおっ! 本当ですか! タナカさん!」
暴力沙汰とくれば黙ってられないと、田中はやる気満々。
リヨン氏は手を取って喜ぶが、俺には幾つか気になって仕方が無い事が。
「リヨンさん、ちょっと待っては貰えませんか?」
「なにをです? 奴らは水の独占を企み、カラミティを傷物にしました」
「ボイザンはポンザル家から麻薬を持ち逃げしたのです、誘拐はポンザル家ぐるみの犯行ではありません」
「だから許せと? ボイザンはポンザル家の四男。そんな言い訳はききません」
「気になるのは麻薬を持ち逃げする程に、ボイザンが追い詰められていたと言う事実です」
「それは?」
「恐らく、中毒者は我々が想像しているより多く、麻薬の需要は高まっている」
「何が言いたいのです?」
「下手をすれば、軍や警察が敵に回りますよ、部下すらも危うい」
「言うに事欠いて!」
リヨン氏はあり得ないと激昂するが、それ程恐ろしいのが麻薬だ。
完全なジャンキーで無くとも、麻薬がチラつけば少しだけ判断をポンザル家に寄せる程度は十分にあり得る。
今回はボイザンの暴走。そのボイザンも死んでいる以上、過激な反撃に理解が得られるとは限らない……
それは勿論、ポンザル家の出方次第ではあるのだが……
と言う事を話をしている最中、来客の報せが入った。
ポンザル家から謝罪を伝えたいと使者が来たそうだが……
叩っ切ってやる、とシャムシール片手に玄関に走り込んだリヨン氏。
出迎えたのは深々と頭を下げる男。なんと、ポンザル家の長男らしい。
「ボイザンの不始末、申し訳無い」
名は確かバイロン、だが、その男、下げる頭はひとつでは無かった。
その手に抱えるは……生首!
「ガーラッシュ!」
「ああ、ボイザンの馬鹿に持ち逃げなんて出来るハズがねぇ、調べ上げたらコイツが絵図を描いてやがった」
生首の正体はポンザル家の三男。物品の管理をしていた男で、水の販売を計画したのもこの男と言う。
長男、次男は奪われた麻薬捜しに躍起になっていて気が付かなかったとか……
全面的に信用するわけでは無いが、あり得ない話じゃ無い。
通常であれば麻薬を吸っていれば他の欲求は引っ込み、食うモノも食わずにガリガリになるまで部屋で麻薬を摂取し続ける。
足取りを掴むのは難しかったのだろう。
そうして全部の罪をボイザンに被せて、裏で麻薬を捌く。生首くんにしてみれば一世一代のチャンスだったに違いない。麻薬は金銭面でも人を狂わせる。
誤算だったのはボイザンが麻薬に飽き足らずカラミティちゃんまで誘拐したこと。底抜けの馬鹿は存在が災害みないなモノ。ある意味で麻薬よりも恐ろしい。
なんにせよ、ケジメとして三男の首まで持参されてはポンザル家をこれ以上責めるのは難しくなる。
加えてバイロンは驚く程の金額も賠償金として提示してきた。
「代わりといっちゃ何だが、ボイザンが持っていた麻薬は引き取らせちゃくれないか? 元々はコチラのモノだ」
「断る! 金も受け取らん!」
「ウチの商売品だ、文句は付けさせん」
リヨン氏とバイロン、睨み合う二人に俺は一つの提案を出した。
「境界地の権利と交換ならば、良いのではないですか?」
「……境界地の、それなら確かに」
リヨン氏も頷くが、今度はバイロンが黙っちゃ居ない。
「馬鹿言っちゃならん、アレは我々の生命線だ、全く金額が釣り合わん!」
「差額は私が出すと言っても?」
「なんだと!?」
「キィムラさん?」
驚く二人を余所に、俺は田中に持ってこさせた小箱を持参する。
「コレは?」
二人が覗き込む箱の中には、赤い宝石がゴロゴロと転がっている。
「ルビーです」
「まさか! こんな巨大な!」
「帝国にも売れると思いますよ、高値で」
プラヴァスでは赤いルビーが最も人気と聞いて、田中に買って来るようにお願いしていた。
エルフの国が滅亡して以来、宝石は一時的に暴落している。投資の対象としても筋が良い。
今回はあろう事か、自慢の劇場を担保にしてしまった。返せなければ大変な事になる。
つまり、見せ金だ。本当に売るのは勘弁したい。
なぜ、ソコまでするのか?
調査の結果、ユマ姫の求める記憶がソコにある可能性が極めて高いからだ。更に言うと、アイツの厄介事体質を考慮すれば、一番面倒臭い場所にあるに違いない。
だから、俺が提示する金額はスパイスの利権を考えても常識外れのモノ。
コレだけあれば麻薬を帝国から買い付ける事も出来るだろう。流石のバイロンも考え込む素振りを見せた。
「少し考えさせてくれないか? 私の一存では決められない」
「構いませんよ」
俺がそう言うと、バイロンは帰って行った。
生首を置いて。
「さて、コレはどうします?」
「捨てておけ」
リヨン氏は苛立ちも露わに言い放つ。そりゃ太守である自分を差し置いて、勝手に話を決められてはね。
「悪いが、境界地の利用に関してはヨソ者に自由にさせる訳には行きません、アナタの金で買ったとしても、一定の制限を設けます」
「構いませんよ、むしろ管理も丸投げしたい。私としては立ち入りの自由と、収穫物の融通さえしてくれれば十分です」
「……そうか」
割合にも依るが、これは破格の条件であろう。しかし、リヨン氏は喜ばなかった。
「カラミティの事、大切に思ってくれていると思ったのだが、所詮は商人か」
不機嫌に言い捨てて立ち去ってしまった。
……俺がカラミティちゃんの事を怒っていない様に見えるのが不満か。
確かに淡白な態度に見えるだろうが、怒ったって仕方が無いのだから怒らないだけだ、俺だって腸が煮えくり返っている。
それに、ポンザル家だって俺に言わせれば被害者。怒りは帝国に向け、取っておかなくては。
「それで、どうするよ?」
「そうだな……」
様子を窺っていた田中に問われ、俺はニヤリと笑い返した。
「美人なネーチャンが居る店を予約しようぜ?」
「なに?」
ポカンとする田中に、してやったりと笑うのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
プラヴァスの酒場で最も有名なお店と言えば、誰もがリーリッドと答える。
あれから三日後。それ程の名店を、俺は貸し切りにしていた。
「交渉にオネーチャンの居る店ってのは、悪い大人になったって気がするな」
田中が黒い笑いを浮かべるが、リーリッドはなにも怪しげな風俗店では無い。歴史がある名店で、当代の歌姫も在籍しているので、俺は前から気になっていたのだ。
「ステージでも見ながら和やかに商談と行きたいんだけどな」
酒場には巨大なステージが用意されている。歌だけで無く、際どい格好をしたオネーチャンのエッチなダンスも楽しめるとか。
歴史ある名店ながらに、かなりのエロス。むしろ大っぴらに風俗店が無いプラヴァスだからこそ、こう言うお店が大きくなりがちみたい。
こんな所で取引とは、我ながら良いご身分だわ。
「マトモに取引する気もねぇくせによ」
「オイ!」
誰に聞かれているかも解らないのだ、俺は田中を黙らせる。
確かに、みすみすルビーを渡す気は無い。それで、ユマ姫の記憶やら境界地が手に入るならそれ自体は悪い取引では無いのだが、問題はその資金が麻薬となって帝国の利益になることだ。
もし取引成立したならば、ルビーをシャリアちゃんに奪い返して貰いたい。もっと言えば権利書そのものを盗んで欲しかった。
「そう上手く行くワケねぇだろ?」
「そうなんだよな」
場所のアタリはついたと言うが、重厚な鍵付きの金属ケースに収まっている上に、しかも相手は石版。重量を考えると盗み出すのは難しいと言われてしまった。
盗むとすれば、今、交渉の席しか無い。
「ンな事、余計に無理じゃねぇか?」
「ソレがそうでも無い」
秘策は手にはめた自在金腕。か細いワイヤーを自在に動かせる俺は、この世界の鍵ならばフリーパスも同然。いや、現代の鍵だってイケるんじゃないか? なにせ究極のピッキングツール。
交渉の途中で、全員の気を逸らす事が出来るならば、その間に鍵を開け、石版をすり替える事も容易い。
「それで駄目そうなら?」
「ルビーを売って、売ったルビーをシャリアちゃんに盗んでもらう」
「あくどいねぇ」
と話していれば、ポンザル家のバイロンが来た。隣に居るのは?
「次男のドネイルです、お見知り置きを」
「私はキィムラ、そしてコイツが護衛のタナカです」
「今日はお二人で?」
護衛が一人しか居ない事に、ドネイルは驚いていてみせた。たしかに先方は護衛を五人も連れている。権利書以上に、奪われればおしまいのルビーを抱えるにしては、護衛が少なく見えるだろうな。
「大抵の相手なら、タナカ一人で十分ですよ」
俺が五人の護衛をチラリと見て笑えば、後ろに控える彼らは露骨に不機嫌になった。
勿論ドネイル氏もだが、それを諫めたのがバイロン氏だった。
「止めておけ、タナカ氏の伝説はプラヴァスまで聞こえている」
「そりゃどうも、感激だね」
ちっとも嬉しくなさそうに田中がおどければ、流石のバイロン氏も眉をひそめた。
交渉前にコレはマズイ。
「オイ、失礼だろ」
「ハイハイ」
「いや、良いのだ、腕に自信がある剣士とはそう言うモノ」
言い聞かせる様子のバイロン氏だが、ソレよりも気になるのが護衛の一人が持つ武器。
――銃だ。
しかも火縄銃ではなく、火打ち石を使ったフリントロック式。てっきり旧式になった火縄銃を払い下げているのかと思えば、帝国は新しい銃まで輸出しているのか?
いや、特別な一丁である可能性が高い。帝国内で旧式の火縄銃がだぶついている事は、諜報の結果ハッキリしているからだ。
「なにか?」
「いえ、銃をお持ちなようで」
「ああ、帝国から頂いたモノだ。使い慣れたとは言えないが、逃げる相手を撃つには良い」
「ええ、おっしゃる通りです」
持ち逃げなどしようものなら後ろからズドン。
銃を持っているのはお前だけじゃ無いぞと言うアピールか……コッチは連射が可能だが、火薬の量的にもキメてるジャンキーに無力と言うのは痛い程身に染みた。
コレを使うのは最後の手段としたい。
いよいよ交渉開始。と、思いきやバイロンは再び頭を下げた。
「いきなりで申し訳無いが、この話は無かったモノとして頂きたい」
「それは?」
直前まで色よい返事を貰っていたのだ。だからこそ交渉の場に現れた。なのに何故?
「帝国から商人が来てな、この交渉を伝えれば、彼らも境界地を欲していたのだ」
「帝国が?」
国境や井戸はリヨン氏が抑えているハズだが? ああ、地下水脈から直接ポンザル家へ入れるのか。
地下道は危険で、封鎖は不可能だった。田中でも連れて行けば別だがそうも行かない。
「と言うわけで、倍の量のルビーでも提示されない限り、土地を売るわけには行かなくなった。交渉はココまでとさせて頂きたい」
「気のある返事をして悪かった。我々が直接来たのも誠意の表れだと思って欲しい」
バイロンとドネイルはそう言うが……帝国がそれ程の宝石を提示したのか?
違う! 奴らが提示したのは麻薬の供給だ、麻薬ドッサリ一年分とかか? 途中で死ぬ奴も出るだろうし、言ったモノ勝ちだ。
ソレを理解した田中も苦々しい顔をする。
「テメェら、あんな薬に頼って情けなくねぇのか?」
「どうとでも言え、我らにはあの薬が必要なのだ」
バイロン氏の顔色は悪い。思えば最初から良くなかった。そして、当主である爺さんはコレだけの交渉だと言うのに、今をもって顔を出さない。
……噂は本当なのか。コイツらは、病魔に侵されている!
忍び込んだシャリアちゃん曰く、皆が不調を訴えている。それをリヨン氏の部下であるパノッサ氏にさりげなく訊ねたら、当主は以前から関節痛に悩んでいると有名だった。
ひょっとして……重金属中毒か?
ポイザン家へ至る水路を狙って、帝国が水銀や鉛を流すのは難しく無いだろう。
イタイイタイ病はカドミウムだったか? 病名から解ると思うが、重金属中毒の痛みは想像を絶すると聞く。麻薬だけがソレを忘れさせてくれるとすれば、縋るのも無理は無い。
……ドコまで外道なんだ! 帝国は!
当然、麻薬が死への片道切符だと言う事は奴らも薄々気が付いている。しかし、ソレを拒否する事が出来ないのだ。
水路の封鎖を急がなくては。
いや、今は交渉の話。そそくさと帰ろうとするバイロン氏を引き留める。
「お待ち下さい、ルビーは十日もあれば倍の量が用意出来ます」
「本当か? プラヴァスの年間予算の十倍の金額になるぞ」
本当だ! 金など商会ごと売り払えば良いだけの話。だが、それ程の宝石を用意するのは権利書がホンモノで、確実に買えるのが大前提。
「宜しければ、権利書を見せて貰えますか?」
「兄貴……」
「ああ」
二人は護衛が持っていた金属ケースを机の上に上げさせた。
俺の言葉を信じた訳ではないだろうが、少なくとも値段をつり上げる材料にはなる。無下には出来ないと言う訳だ。
バイロンは金属ケースを開くと、俺に中身を検める様に促してくる。
俺もここ数日で権利書の鑑定は覚えた。身を乗り出して確認すると、困惑した様子で質問が飛んだ。
「しかし、あの土地には一体何があるのです?」
「それは……言えません」
言える訳が無い、知らないのだから。俺らが欲する理由はユマ姫の記憶だ(スパイスの調達にはもはやコストが見合わない)だが、帝国の目的はなんだ?
帝国がそれ程の手間を掛けてあの土地を欲する理由は?
まさか? あるのか? 古代遺跡が。
――カマを掛けてみるか。
「本物の様ですね」
「無論だ」
「ソレにしても羨ましい、先祖伝来の土地にアレだけの遺産があるのですから」
「遺産?」
バイロン氏は首を傾げる。違うのか?
いや、バイロン氏は無反応でも、弟のドネイルは僅かに反応した。
やはりあの土地には何かある。
「兄貴、やっぱり調べ直した方が」
「馬鹿が!」
調べ直す、遺跡で間違い無い!
不安そうに小声で語るが筒抜けだ! エルフ謹製の集音機。魔法ほどの精度は無いが、目の前で囁く声ぐらいは拾える。
こりゃ、益々帝国には渡せない。一体、何がある? 古代兵器か? 健康値で守られた境界地の下。何があっても不思議じゃ無い。
……違うな、以前は境界地の外だった場所。なぜそんな場所に? 古代人とはいったい?
ユマ姫も多くを語らないんだよな……一体古代に何があったのか?
とにかく交渉だ。
「本物なのは確認しました。ですが商会を畳む覚悟で財産を売り払い、やはり土地は売れませんでは話になりません。倍のルビーを積めば権利書を渡すと確約して頂けなければ」
これはもっともな提案だろう。嫌とは言わせない。
「……それは帝国の態度次第ですな、そちらの上限は?」
「この倍の量のルビー。それ以上はどうやっても出せません」
「ふむ」
金額はどうでも良い、時間稼ぎが肝要なのだ。
「では、帝国側が倍以上の金額を提示したならば諦めると言う事で宜しいか?」
「……仕方ありません」
心底悔しそうに俯く。
「では、この度はこれ以上の交渉は無用でしょうな。次の機会に帝国の商人に尋ねておきます」
「……お願いします」
歯ぎしりをしながら、絞り出す様に声を出す。我ながら名演だろう?
コイツらだって時間は欲しいのだ。相手が自分の持つ財産に破格の値を付けるなら、何かあると疑心暗鬼に陥ると言うモノ。
誰だって『金のガチョウを売り払うマヌケ』にはなりたくない。
タネが遺跡ならば、徹底的に発掘、いや破壊をしてから受け渡す事だって視野に入るだろう。
破壊されても俺は困らない。必要なのは記憶の残滓なのだから。
――さて、コレで帝国はどう出る? 倍の金額が出せないならば強硬手段に出る可能性もある。
いや、やはり理想はその前にこの場で石版を奪うこと。
俺は和やかに会食を促す。
「交渉はココまで、今日は特別な夕食を用意しました。皆さんで楽しんで頂ければ」
「いや、結構だ」
確かに、お宝を抱いた危険な状況。相手が出す飯を食べるのは不安だろう。
――しかし、この暴力的な香りを前に我慢が出来るかな?
「見るだけでも、プラヴァス産の香辛料をふんだんに使った料理です」
「コレは?」
大鍋にたっぷり作られたコイツ、知ってるか?
「これは、カレーです!」
薬として扱われる香辛料。原産地のプラヴァスとは言え、ここまで贅沢な使い方は絶対にしない。
「コレが? 噂では王族が食べるために、我らの香辛料を大量に欲していると聞くが?」
「よくご存知で」
「兄貴……スゲェ匂いだぜ?」
「あ、ああ……」
動揺する二人、何せ大鍋料理だ。相手の分だけ毒を盛るのは不可能。
だったら皿に、と思うだろうが、貴族って奴は自分用の食器ぐらいは持ち運ばせている。
「オイ、カトラリーと皿を用意させろ」
食いついた!
……だが、護衛の男達は金属ケースから目を離さない。
「コレに付けて食べて下さい」
「コレは?」
「小麦を焼いたモノです」
発酵が足りないのでナンと言うよりチャパティか? 一応ヨーグルトと混ぜたけど百点満点のナンは作れなかった。でもコレはコレでアリな感じ。
「コレは旨いな! 香辛料がコレ程の味になるのか!」
「我らでも商売に出来るのでは?」
「馬鹿言え、元が取れない」
「帝国へ対する接待や、特別な祭りで供すると言う手もあるだろう?」
「確かに……それに、薬として売るから希少性を維持しているんだ。食品ならば作れば作るだけ売れる。境界地以外で育てる方法を探っても良いな」
色めき立つ二人にレシピの提供を申し出れば、笑えるぐらいに食いついた。
香辛料をガンガン作ってくれるなら是非も無い。
しかし、護衛の人は警戒してカレーに手を付けないし、石版から目も離さない。
コレは想定内だ、出た料理をバクバク食ったら護衛の意味が無い。
デザートにはアイスを用意したかったが、流石に無理。だったらと用意したのはラッシー。ヨーグルトはプラヴァスにもあったので提供してみた所、コレも好評だった。
食後にはチャイ。王国原産のシナモン風のスパイスやバニラも使い、独特の風味に仕上げれば絶賛された。
と、ココで第二の策。
「オイ! アレ?」
慌てる田中をドツいて黙らせる。
表れたのはド派手な美人ウェイトレス。
「カップをお下げしますね」
「そ、そなたは?」
「シャリアです、王国の生まれですわ」
……シャリアちゃんだった。
この辺では見慣れない白い肌と金髪の美しすぎる女性。目を奪われたドネイルが名前を尋ねるのも当然と言えた。
ニッコリと笑う、その笑顔が眩しい。流石の演技力。そして仄かに漏れる『危険性』を本能が感じとり、目を離すことも難しい。
それは魔性の魅力と言えた。
しかも、今回、男の目を引く格好と言うリクエストをしたら、どうやって居るのか五割程胸を盛っている。男の視線は釘付けだ。
彼女にはトレイに隠して、密かにダミーの石版を俺の元へ運んで貰う役目も担って貰った。
準備は整った。護衛もチラチラとシャリアちゃんの胸を見ている、一気にカタをつける!
……ダメだ。一人だけ、興味が無いとばかりに視線を切らない。
ホモか? 田中でも見てろよ!
いやいや、そうと決まったわけじゃ無いよな。単に趣味じゃなかったのかも。
それに、皆が見とれたのはホンの一瞬、それでは俺だって盗むのは無理。
次だ!
「バイロン氏、この後はショーの準備もございます。何を隠そう、リーリッドにはプラヴァスが誇る歌姫、シェラハが居ると聞き予約したのです。プラヴァスのショーを見るのが楽しみで」
「シェヘラだ。キィムラ殿」
「いや、コレはお恥ずかしい」
ワザと無知を晒し、バイロン氏に解説を促す。男なら誰もがちょっとは語れる程に歌姫シェヘラは有名人。氏には解説役をお願いしようじゃないか。
「シェヘラは幼少から天才歌手としてプラヴァスでは名を馳せていてな、ここでは歌姫と言うのは特別な称号なのだ」
「それはそれは! 期待が高まりますなぁ」
揉み手でウンチクを促すが、思った以上に準備の時間が長かったりして困ってしまった。
たっぷり待たされた後、バイロン氏のウンチクもタネ切れと言う辺りでようやく幕が上がる。
表れたのは赤毛の美人。キツそうな容貌は化粧から来るモノか? プラヴァスの人はキツめな美人が好きなのかも知れない。シャリアちゃんも恐い系だし。
背後には目のやり場に困るバックダンサーがズラリ。華やかなステージを演出している。
舞台脇に揃った楽士達が、エキゾチックな音楽を奏でると、ダンサーは悩ましげに腰をくねらせる。
「エロいなオイ」
田中が身を乗り出す。オイ! お前への接待じゃ無いんだぞ!
とは言え、プラヴァスの文化を褒められ、バイロン氏も悪い気はしない様だ。
「どうです? プラヴァスの曲と踊りは?」
「いや、中々、刺激的ですな……」
俺はしどろもどろに初心な所を見せておく。いや、実際にクオリティは高いし、目のやり場に困る程にエロティックだ。
……これで、俺がルビーを盗られたら笑えないな。そんな考えが脳裏に過ぎる。
「目を離せるのも今だけですぞ?」
「おっ?」
前奏が終わり、いよいよ赤髪のシェヘラさんの歌が始まる。
――砂漠の太陽が月へと変わり、わたしの夜がはじまる。
乾いた大地を癒やすのは、わたしの歌だけ――
しっとりとした歌だ、流石に圧倒的な歌唱力。ココまでの歌を聞くのは今世で初めて。
「コレが、雨乞いの?」
「ええ、今一番求められている歌です」
歌姫リネージュが歌えば雨が降った。
その伝説の再現を誰もが期待している。しかし、歌で雨乞いと言うのは、俺に言わせれば神頼みでしかない。
それでも、プラヴァスの人にしてみれば、祈らずには居られないほど切実な問題だ。
と、全員がウットリと聴き入っているかと思えば、護衛達は常に箱から目を切らない。
なんとも、良く教育されてるじゃないの……
俺だってチラチラと箱の様子ばかりを気にしてはいられない。盗みますと言っている様なモノだからだ。鏡を使ったり小細工はしているが、限度はある。
仕方無く、シェヘラの歌に聴き入るフリをした。そんな中でも必死に考えを巡らせる。
……やはり最後の手段に出るしか無いな。
お店に演奏を頼んだのは三曲。俺が仕掛けたのは、その三曲目もそろそろ終わりと言う場面。
ハンドサインで指示を出す。
するとシャリアちゃんがカクテルを運んで来るのだが。
――パリンッ!
ガラスが弾ける音。
「キャッ! ご、ごめんなさい」
シャリアちゃんは護衛にぶつかり、グラスを落としてしまう。
勿論ワザとだ! 甲高い破砕音に瞬間、視線が集まる!
今だ!
俺は机の下から自在金腕を伸ばす、だが。
隙が無い! 気を取られているのはバイロン氏やドネイル氏、それとカクテルをぶつけられた護衛の一人だけ。
「嫌だわ、落ちない」
シャリアちゃんの胸元はカクテルで濡れ、透けている。
ドネイル氏の視線は釘付けだし、護衛も二人ほど目が離せなくなったみたいだが、それだけだ。
いやはや、過激な衣装の踊り子さんから視線を奪うだけでも、シャリアちゃんの魅力が凄いのは間違い無い。だが流石にダンサー達のおっぱいに見慣れた後、ソレで目を奪うのは限界があった。
ひとつでは駄目、ならば畳みかける!
――プォーン
軽やかな音が間近で鳴った。
プラヴァス伝統のアコーディオンみたいな鍵盤楽器の音である。楽士の一人、陽気なおじさんが感極まって舞台袖から飛び出し、客席の間近で演奏を披露し始めたのだ。
なんと言うサプライズ! ……無論、仕込みだ。
いつの間に近づいたオジサンに護衛達は慌てる。
だが、それでも、二人ほど目を離さない。
トドメだ!
「あら、わたしの歌がお気に召さない?」
間奏の時、舞台から降りてきてしまったのはシェヘラさん。歌姫自身だ。
コチラを見ていない観客にご立腹で、客席まで降りてきてしまった!
「えっ? 近いっ!」
「アラ? やっとコッチを見てくれたのね」
歌姫はドネイル氏の視線をシャリアちゃんから強制的に引っぺがしただけでなく、間奏が終わった後も、俺達の席から離れなかった。
「さぁ一緒に! ――蜃気楼みたいねとアナタは言うけど、本当は傍に居たいの-」
「居たいノー」
ドネイル氏は調子っぱずれの合唱を重ねる。
はい、勿論コレも仕込み! 護衛対象の周りに不確定要素がうろちょろ。護衛は気が抜けないだろう。
その慌て振りを見て、俺は密かにニヤリと笑う。
チャンス……のハズだったのだが
「ホラ! アナタも! 熱いキスが欲しいのー」
え? 俺?
「熱いキスが-」
断ったら興ざめ。だけど、俺が歌っちゃったら意味ないじゃないですか! シェヘラさん!
そう言えば、注意を逸らしてくれ、としかオーダーしていない。
コレは失敗でしたね。
しかも歌が恥ずかしいんだけど?
……ぐぅ。
策に策を重ねたモノの、ネタ切れ。
間近で行われるコンサートは終わり、予定の三曲が終了する。
シェヘラさんはニコニコ顔で俺にお酌までしてくれるのだが、気分は全く上がらない。
「アラ? あたしにお酌までさせて、不景気な顔ね」
「コチラまで歌うのは聞いていませんよ」
「上手く行かなかった?」
「そりゃ……」
目線の先には護衛達。実は、シェヘラさんが悪いとは言えない。実はここまでやっても結局は護衛全員の視線は集められなかったので、どっちにしても作戦は失敗だったのだ。
全ては俺の八つ当たり。だけど、シェヘラさんは笑みを崩さない。
「大丈夫よ、とっておきがあるから」
「とっておき?」
プログラムはコレで終了のハズ。万策尽きたのだが?
「もう一曲歌うわ」
「いや、もう十分ですよ」
「違うの。新人ダンサーのデビューなのよ、わたしはおまけ」
そんな素人に毛が生えただけのモノ。今更見せられたって……
「不思議なコなのよ。綺麗で、可愛くて、品があって、初心なのに度胸があって」
「……だからって!」
「何より、
――誰も彼女から目を離せない。アレは、呪いよ」
「…………」
……嫌な、予感がする。
それ以上聞き出そうにも、シェヘラさんは舞台袖へ引っ込んでしまう。同時に幕が閉じ、辺りは一気に暗くなる。
「コレでお開きですかな?」
バイロン氏が言うとおり、通常は接待で曲を披露と言ってもこの位が相場だろう。
だが、もう一度幕は上がっていく。
「まだありますか。どれほどの金額を払えばココまでサービスを受けられるのか、興味がありますな」
「いや、その……」
いやいや、歌姫はあんなこと言ってたけど、俺はここまで頼んでないぞ? 実は田中の仕込みだったり?
と、何気なく窺った二人の様子に、背筋がゾッとした。
シャリアちゃんも、田中も、ポカンと幕の向こうから目を離さない。
その間抜けな表情は、凄腕の暗殺者とも、剣士とも見て取れない。
コイツらには、何が見えているんだ?
舞台に向き直れば、上がり行く幕の隙間、徐々に足先から見えてくるのは少女の姿。
何故か彼女はスパンコールがキラキラ光るド派手なロングコート姿で、その身の一切を隠していた。体型すらも解らない。
いよいよ幕が上がりきる。中央に立つダンサーの顔がようやく見えた。
小さい。
150センチ弱。柔らかな表情に、異常に大きい瞳、尖った耳。そしてなにより印象的なのは銀と朱のオッドアイ。
髪はピンクでキラキラと煌めき、仕草の一つ一つに至るまで、この世のモノとは思えないあどけなさと妖艶さを兼ね備えていた。
――ユマ姫じゃねーか!
知ってた! そんな気はした。だけど、俺達以外は彼女を知らない。お姫様だとは夢にも思っていないのだ。
ゴクリと誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。
この娘が踊るのか? そんな期待感が徐々に広がるのが解る。
だけどユマ姫は決して踊るような格好じゃ無い。ダボついたロングコート。
ソレをパサリと脱ぎ捨てた。
「エッッッ!」
ロまで言えよ、田中!
だけど、言葉を失ったのは俺も同じ。ドチャクソな露出度、露出狂か? マイクロビキニみたいじゃねーか!
そりゃ、さっきのダンサーだって露出は激しかったが、それ以上。
それを、まだあどけなさも残るユマ姫が着れば、犯罪に過ぎる背徳感がある。
あーでも、良く考えたらこの世界。児童ポルノもクソも無い。
スラムに行けば、素っ裸の幼女が走り回って客を取っている。むしろ成人女性よりよっぽどお安い。
こりゃ効果ナシかと横目に見れば、ポカンと見つめるのはポンザル家の二人も同じだった。
何故か? 良く考えれば体を売る少女などマトモな教育も受けていない。
逆に、良いところの少女の貞操観念は地球より固く、品があってキラキラと輝く様な少女が、あどけなさだけでなく妖艶さまで纏っているのは異様に過ぎる。
グダグダと言い過ぎたが。理屈じゃ無いな。コレはユマ姫の持つ魅力だ。
行き過ぎた魅力は殆ど暴力に近い。確かに呪いだ、誰も目を離せないのだから。
楽士達は勿論、同性のダンサーやシェヘラさんまでもが陶然とその姿を眺めているのだから恐ろしい。
俺だって、そんな彼女が身をくねらせて躍り始める瞬間、敢えて目を切るのは異様な集中力を必要とした。
なぜそんな事が可能だったかって? そりゃ俺は『揉んだ』事があるからな!
それが無けりゃ、絶対に目を逸らすなんて無理だった。
絡まった粘性の糸を引き千切るような思いで、無理矢理後ろを向く。金属ケースはどうした? 護衛はどうしている?
皆がポカンとユマ姫を見ていた、シャリアちゃんなど、よだれまで垂らしている。
しかし、あろう事か護衛の一人が箱に座り込んでいる。こりゃ駄目か?
その護衛は唯一、それまでシャリアちゃんにも歌姫にもノールックだった男。
一瞬、血の気が引いたが、それもソイツの顔を見るまでだった。表情筋をなくしたみたいに弛み切っている。
ホモかと思えば、ガチのロリコンだったに違いない。完全に魂が抜けた様子でユマ姫を見ていた。
その顔には書いてある「神はココに居た」と。
これなら! イケる!
鍵穴に自在金腕を差し込み、鍵を開ける。そのままそっと蓋を開けて行くが、護衛は浮き上がるケツに構わず舞台を見続ける。
むしろ、足の怪我で立ち上がる事が出来なかった男が、助けを借りてようやく立てた瞬間と言われた方がシックリ来る。
そのまま二歩三歩とステージへゾンビみたいに歩いて行くじゃないか。
そのまま俺は金属ケースを開け、そっと石版をすり替える。
緊張でゴソゴソと音がしてしまったが、それでも誰も見ていないっ!
左手の自在金腕で石版を回収。一番苦労するかと思ったが、何のことは無かった。
問題となったのは右手で鍵を閉めるとき。
どうしたってガチャリと高い音が鳴る。曲も後半、静かな調べは金属音を隠すのに向かない。
いよいよ曲が終わってしまった。
だが。
――パチパチパチパチ
一斉のスタンディングオベーション。ポンザル家の二人も護衛も田中もシャリアちゃんも楽士もダンサーも歌姫も。
俺はガチャリと鍵を閉めると、自在金腕を引っ込めた。
皆に習って手を叩く。
ああ、結局ユマ姫のダンスを全然見られなかった。
後で個人的に頼もう、そうしよう!




