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死憶の異世界傾国姫  作者: ぎむねま
7章 砂漠の歌姫の涙
189/321

境界地

ファンタジーで変わった場所に辿り着いた時の話が好き

でも、設定語りが多過ぎたかもしれん。

 ケシの粉末。早い話がアヘンである。

 ケシの実はお菓子などにも使われる無害なモノ。アヘンの原料となるのはケシ坊主と言われる果実に傷を付け、染み出した樹液を乾燥させたものだ。

 帝国の商人はアヘンを手に堂々と商売をしているらしい。小麦を運ぶには非効率だが少量のアヘンを運ぶぐらいなら何でもない。


 戦争と言えば偽金と麻薬。どちらも厳しく取り締まっているモノの、より深刻なのが麻薬の被害だ。

 帝国に放ったスパイによると、麻薬の質が良くなり、生産量も桁違いに増えていると言うのだ。

 その原因は、植物学者のドネルホーンと言うエルフが帝国側についたからに他ならない。

 植物の扱いに長けたエルフの中でも、最も植物に精通した狂人。恐らくはケシの品種改良などお手のものだろう、火薬だけに留まらずドコまでも危険な男を敵に回してしまったモノだ。

 そして、アヘンとクロミーネの洗脳術の組み合わせが何より恐い。意思が強い近衛兵達ですら洗脳が可能とあっては、今後誰も信用出来なくなる。

 黒峰さんも厄介なチート能力を貰ったモノだ。完全に世界を滅ぼす気でいる。


「なーに辛気くせぇ顔してんだ」

「そうですよ、頼んでおいて何ですがアイデア一つで解決する問題とは思っていません」


 田中もリヨンも既にご機嫌。本日は、ラクダに乗ったリヨンに案内されて、三人で視察に来たのはプラヴァスの更に南。境界地という場所だ。

 ラクダとバイクと言う違いがあれど、男三人。気軽なツーリングと言う風情である。


 正直、俺はまだ頭が痛い。昨夜は遅くまで酒盛りをして、露出の激しい女の子まで呼んで、朝方までひたすらにどんちゃん騒ぎ。冗談半分でアヘンまでキメそうになっていたから洒落にならない。


 あ、もちろんアヘンはちゃーんと始末しましたよ。


 ズキズキと痛む頭を抱えて砂漠をひた走る。田中の背中に張り付くのもスッカリ慣れてきた頃だ。


「なんだよ、アレ!」


 思わず叫んじまった。砂漠のただ中に一直線に並ぶ木々。帯状にオアシスが広がっているのだ。


「コレは一体?」

「アレこそが境界地、帯状に広がる魔の及ばぬ土地です」

「魔の……及ばぬ?」


 リヨンによれば、あの木が生えている場所では魔道具が一切使用不可能と言う。


「あの中では、他では育つことの無い特殊な植物も多く見られます、王国に輸出しているスパイスの幾つかはあそこでしか取れません」

「お陰でココじゃ聖地扱いよ」


 なるほど、しかし魔道具が使えないってソレじゃまるで……


霧の悪魔(ギュルドス)みてぇだよな?」

「ああ……」


 田中に言われるまでも無い、魔力を掻き消す霧と全く同じ特徴だ。


「実際に入ってみようぜ。ゴタゴタしていて実は俺も入ったことがネーんだ」

「ゴタゴタ?」

「ソレについては私から説明しますよ」


 そう言うと同時、リヨンがラクダを思い切り走らせる。ラクダとは言っても、地球のラクダとは隔絶する大きさだ、そのスピードもかなりのもの。


「競争ですよ、タナカさん。ソチラは二人乗り。今日こそ勝たせて貰います」

「言うじゃネーか。吠え面かくなよ!」


 叫ぶと同時、田中はフルスロットルで……ってオイ! ふざけんな!


「ヤメロォォォォ!」


 俺は涙目で田中の背中に縋り付くのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「今回は私の勝ちですね」

「クッソー、ケツに重しが張り付いて無きゃーよ-」

「オロロロロロー」


 コイツなんて運転しやがる! 文句を言いたいのに朝飲んだココナッツミルクがせり上がって来て何も言えねーと来た。


「しかし、ちっちぇ『ジャングル』だな」

「『じゃんぐる』とは?」

「あー、植物が生え茂っている事を表す方言ですよ」


 俺は田中の日本語をリヨンにフォローする。俺達は同郷だと伝えているので大丈夫だろう。

 田中の迂闊な発言には苛立つが、内容には同意だ。南米のジャングルの様な雑多な雰囲気がある。何より砂漠と異なるのは湿度の高さ。


「暑いなぁ」

「俺なんざプロテクターを着てるからもっとだぜ」


 砂漠を想定したターバンと長衣が暑苦しいのなんのって、日差しと砂の侵入を防ぐには良いが、湿度が高いと地獄である。


「ターバンの巻き方で調整出来るんですよ」

「マジスカ!?」


 ソレは知らなんだ。リヨンさんにターバンを巻き直して貰うと、なるほど大分涼しくなった。


「俺はヤベーんだけど?」


 しかし、田中はグロッキー。実は田中が着ているプロテクターには空調機能が付いていて、外気を取り込める機能が付いているのだが……


「作動しねぇ……魔道具が起動しないってのはガチみてぇだな」


 だとすれば、この中では当然魔法が使えないだろう。まして、魔力が必要なエルフにとっては地獄の場所だ。


「さっさと出ようぜ? 楽しい場所じゃねーよ」

「まぁ待てよ」


 プロテクターを脱ぎ捨て、手に持って歩く田中がグズり出すが俺はココを視察したい。気になる事が幾つもあるのだ。


「植物が緑色だな……」

「それが……当たり前では?」


 リヨンさんに聞かれてしまう。そりゃ、俺だって地球に居た頃は植物が緑って当たり前だと思っていた。

 だが、この世界の植物はほんのりと青みがかって居るのが普通。しかし、境界地に生える植物にはソレが無い。


「魔力、か」


 日光を吸収する葉緑素が緑色、そして、恐らくは魔力を取り込む魔素が青色なのだ。

 そして、この場所に植物が生い茂る理由もまた魔力。


「魔力が多ければ植物が生える。それは俺の思い違いだったみたいだな」

「どーいうこった?」

「お聞かせ願えますか?」

「それはな……」


 俺はあくまで仮説としながらも田中とリヨンに魔力と健康値、いや、生命力について説明していく。


「魔力ってのは上手く使えれば途轍もないエネルギーだ、エルフみたいにバンバン魔法を使えるし、魔獣は巨大だろ?」

「まーそうだな……」

「この辺りに魔獣と恐れられる存在は居ないのですが……」


 魔獣を知らないリヨン氏が残念そうにぼやく、きっと巨大生物が見たいのだろう、心は男の子ってタイプと見たね。俺としては二度と見たいモノじゃ無い。

 話が逸れた、リヨン氏が言うように砂漠地帯には魔獣が居ない。食糧事情が厳しい砂漠に人類がしがみついている理由の一つだ。

 もう一つの理由がこの境界地の豊かな植生。だが、魔力が無いこんな場所になぜジャングルが発生するのか?


「きっと、植物にとっても魔力は毒なんだ」

「そうか、魔力を使ってエネルギーにしてるが、魔力に抵抗する為に生命力も犠牲にしてるって訳か」

「…………そう、なのですね」


 流石に田中は理解が早い。リヨン氏はついて行けない様だが、取り敢えず口を挟むつもりは無いらしい。

 俺は話を続ける。


「太陽光を取り込む葉緑素、魔力を取り込む魔素、魔力に抵抗する健康値、大森林の植物はコレだけの機能を必要としてる訳だ、それでも魔力が濃くて費用対効果が高いからアレだけ繁殖している訳だが……」


 俺の言葉に合点が言ったと田中が続く。


「この辺りじゃ、魔力が薄くて取り込むメリットが少なく、魔力に抵抗するので手一杯、お前が言うところの費用対効果が合わないからココらは砂漠が広がってるワケか」

「その通り、でもよ、ココ境界地には魔力が全く無い。魔力のことを考えず、丁度南米ぐらいの気候で植物には最適だ」

「そう考えるとよ、魔力ってヤツが俺等の体にどれだけ毒かってのがコエーよな」

「……そうだな」


 エルフはともかく、人間にはそれなりに魔力は毒なのだろう。その証拠に魔力に相殺されない健康値はプラヴァスではかなり高くなっている。

 ちなみに、健康値を計る魔道具と言えばユマ姫の秘宝を思い出すが、なんと健康値を計る機械は体重計レベルで普及しているらしい。

 つまり、秘宝はティアラの宝石的な価値をもって秘宝であり、健康値計は健康管理の為にリヨンに献上する程には一杯あるのだ。

 ちなみに俺の家にも一台ある。

 だから、プラヴァスでの健康値が高いのは確実なのだが、田中はそれに納得が行かないらしい。


「でもよ、俺は全然体調が良くないぜ? 健康値は100を超える数字だが、大森林で50以下の数字の時のが遙かに快調だった」

「それはな……」


 俺は更にもう一つの仮説を披露する。


「人間はエルフと違って魔法は使えない、でもな、魔力を全く使ってないワケじゃないと思うんだわ、俺達も費用対効果が釣り合ってる場所で生活しているワケ」

「じゃあ、俺達もエルフほどじゃないにしろ魔力を必要としているって事か?」

「そうだな、現にお前、霧の中で過ごしている帝国兵が弱かったって言ってただろ?」

「……そうだな」

「逆に、お前のバケモノ染みた膂力は神の奇跡ってだけじゃ説明がつかねぇ、そのタネは魔力による補助じゃねーかと思ってる」

「確かに大森林や遺跡の中で、俺の剣はかえって冴えてた」

「そう言うこった」


 と、そこまで話しているといよいよ目的の場所まで到着したらしい。

 リヨンが足を止め、先の様子を見る様に促した。


「着きました、ここが『世界の果て』です」


 そう言われて先では、森がパッツリと切り取られた様に途切れていた。

 その先にあるのは果てしない荒野。


「コレが……世界の果て……」

「何故ココで世界が途切れているのか、我々には解らないのです、神に見捨てられた土地と言われているのですが……」


 呆然とする俺に、リヨンが誰とでも無く呟く。

 ……だが、コレにも俺には仮説があった。


「この先の荒野に出た人間はどうなります?」

「……それは」


 リヨンは言い淀む、余り言いたい事では無いらしい。


「体中が焼けただれ、数日と生きられないのでは?」

「ご存じでしたか」


 リヨンはそう言うが知って居た訳じゃ無い、聞けば境界地の外に出るのは砂漠の民にとって禁忌も禁忌だと言うのだ。来たばかりの俺が知るはずが無い。

 許されない罪を背負った人間を追放する流刑地。それが境界地の外、踏み入れた人間は決して戻る事を許されない。


「とは言え、黒いターバンを付けていれば数日は大丈夫なのです、黒いターバンこそ神を信じる者の証であるが故だと」

「なるほど……」

「我々は神の裁きと呼んでいます、追放された罪人は神の光に焼かれるのだと言われています」


 ……そんな訳は無い。それは神の光じゃ無い。


 その正体は、紫外線だ。


 魔力が毒だから、魔力が無い境界地には植物が生い茂る。

 だったら、もっと大森林から離れた場所ならば? もっと植物が生えるのか?

 だとしたら世界の外側に向けてひたすらにジャングルが広がっていなければオカシイ。


 だけど実際には、切り取られたかのように不毛の荒野が広がるのみ。

 その事実が俺の脳みそを刺激し、あらゆる可能性が渦巻いていく。


「ひょっとして、この世界には無いのか? 確かに方位磁石を見たことが無い!」

「オイ、俺にも解るように説明してくれよ」


 思考の海に沈む俺に、田中の不快な声が掛かる。


「そうだな、この世界は恐らく巨大なビニールハウスなんだ」

「『びにーるはうす』とはなんです?」


 うーん、リヨンさんには通じないか。どうする?


「つまり、この世界の大半はこう言った不毛の大地が連続している。境界地の内側だけが神に人間が生きることを許された領域なのです」

「ええ、聖書にもそうかいてありますね」


 ……そうだ、この世界の宗教に興味は無かったが基本ぐらいは押さえている。たしかに似たような事が……世界は神のゆりかごだと言う記述がある。


「だが、我々が生まれた場所、地球なら人間はドコでも生きて行けたのです」

「……そうなのですね」

「その理由は磁気シールドにあります」

「申し訳無いが『じきしぃるど』と言うモノが……」


 ココからはどうやったってリヨンさんには通じないだろう。申し訳無いと断って、田中に向けて説明する。


「方位磁石は知ってるな?」

「ああ、北を向くやつだろ?」

「この世界で見たことあるか?」

「あるぜ? 常に決まった方角を向く魔道具がな」

「ちげーよ、アレは大森林の中央部、魔力が吹き出す土地を指し示すんだ」

「じゃあ?」

「そう、ねーんだよ、磁石はあっても北を向かない」

「それがなんだってーんだよ? 回りくどいぜ」

「磁気が無い、つまり電磁波から星を守る壁が無いんだ」


 俺は地面に磁石と磁場の絵を描いていく。磁石の回りの砂鉄が磁場に沿って、バリアみたいに広がる図を田中だって見たことがあるだろう。


「地球はデッカイ磁石だ、そんでこの磁場ってのは見た目だけじゃなくてマジでバリアなんだよ、太陽の放射線や太陽風から地球を守ってる」

「それがこの世界に無いってか?」

「そうだ、コイツが無ければ大気が吹き飛んでしまって空気も無いのが普通なんだよ、現に火星とか大気が殆どねーだろ?」

「いや、火星の事は知らんが……」

「代わりにココには魔力がある、それが大気を支える役割をしてるんだ。そして魔力を狭い空間に押しとどめているのが境界地にある魔力を掻き消す膜だ」

「境界地はその膜の中にあるって事か?」

「そうだよ、膜の正体は、解るか?」


 意地悪な質問かと思ったが、田中はこう見えて馬鹿じゃ無い、自分で結論を出して見せた。


「健康値……そうだろ?」

「そうだ、健康値の膜が魔力を一カ所に押しとどめている、それだけじゃ無い。恐らくは放射線や紫外線といった、太陽からの有害物質を根こそぎブロックしてるに違いない」

「確かにな、あの太陽はクソデケぇ」


 田中が見上げる先、この世界の太陽は俺等が知ってる太陽の四倍程の大きさに見える。もしその膜が無ければ、どれだけの時間、俺達は生きられるのだろうか? 考えたくも無い。

 そうやって考えると、この境界地の有用性が途轍もなく高いことが解る。


「境界地は、太陽の害も魔力の毒からも守られた奇跡の場所だ。代わりは利かない。ココを大事に守らないと砂漠は立ちゆかないな」


 俺が出した結論。それに苦虫を噛み潰した様に反応したのがリヨンだ。


「おっしゃる通り、境界地は神聖な場所として代々プラヴァスの代表である我らブラッド家が管理し、皆に利益を分配しています。ですが、ポンザル家がその権利の一部を主張し始めたのです」


 また、ポンザル家……ケシだけじゃ無く、どうやらマジで帝国とやり合わなければいけないようだ。


「ハァ、つれーわ」


 俺はへなへなと倒れ込むのだった。

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