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死憶の異世界傾国姫  作者: ぎむねま
6章 吸血鬼の悲恋
181/321

アナタをゆるさない


「ソルン、一体何があったの?」

「それが……」


 巨大球体ドローン、ザルザカートに乗り込み遺跡から脱出を図る魔女クロミーネは、傷ついたソルンに事の顛末を尋ねずには居られなかった。

 しかし、ソルンも語るべき言葉を持たない。何もかも解らないのだ。


「ユマ姫の捕獲に失敗したのです」

「見れば解るわ」


 クロミーネが降り立った吹き抜けの底。そこからほど近い場所にピンク髪の少女が居た。エルフの都で聞いた通りの特徴的な風貌、ユマ姫で間違い無いだろう。

 だが、ソルンはそれこそが悪夢かの様に激しく首を振る。


「違う! 違うのです!」

「何が違うの?」

「ユマ姫の捕獲に失敗、それは『生け捕り』が出来なかったと言うことです」

「どう言う事?」


 ココに来て、クロミーネにも尋常では無いソルンの様子が気になった。


「ユマ姫は死んだのです。ノエルが言うには……頭を吹き飛ばした上、黒焦げに燃やしたと」

「頭を?」

「そう! そうなのです! その後、クロミーネ様の知り合いという、あのタナカとか言う剣士が黒焦げになった遺体を培養槽に入れ、肉体を復活させました。それがあのユマ姫です」

「そうなの? だとしたら何もおかしい所は無いんじゃない?」

「オカシイのです!」


 ソルンは悪夢に頭を抱える。


「頭を潰されているのですよ? ご存じ無いかも知れませんが、頭には人の記憶が保存されているのです! それが破壊されれば、その人格は永遠に失われる。そのハズなのです……」


 ソルンは力なくうなだれる。

 ユマ姫を殺してしまったのは誤算だが、忌々しい怨敵、タナカを睡眠ガスで眠らせる事に成功。トータルでは悪くない成果のハズだった。

 眠ってしまった男など、ノエル一人で対処が可能。そう思ったが嫌な予感に寝付けず、ノエルの様子をモニターしたソルンは凍り付いた。

 まさにユマ姫がノエルにショットガンをぶっ放す瞬間だったからだ。


 ソルンはログを漁る、頭を飛ばしたのはノエルの勘違いだったのか?

 いや、違った。正真正銘、培養槽は頭が無い死体を受け付け、度重なる警告を発信していた。

 そうして出来るのは人体実験用の人形だけ。だが、ユマ姫は楽しげに何事か話していた。 理解しがたい言語。なのに三人は通じ合っていた。

 あれは? ……ひょっとして?


「まさか……ニホンゴ?」

「どうしたの?」

「クロミーネ様が口にする言語、ユマ姫も似た様な言語で、タナカ達と会話していました」

「ふぅん……」


 ここまで聞けば、クロミーネには全てが察せられた。


「なるほどねー。記憶は頭に保存している。それが普通よね-」

「? どういう?」

「フツーじゃないのよ、きっと。……私の能力『更新権』は知ってる?」

「もちろんです! アレこそ、神の力かと!」


 ソルンは頷く、魔獣を操ってみせる不思議な力。アレが無ければ遺跡探索をこなす事など不可能だったに違いない。


「『更新権』と対になる力、ひょっとして『参照権』ってのもあるんじゃ無いかと思っていたけど……本当にあるのね……」

「どう言う事です?」

「単純よ。ユマ姫は記憶を脳以外に持っている。たぶん神の記憶領域にアクセスしているのね」

「そんな馬鹿な!」


 神の存在自体が信じがたいのに、そんなモノがあるなどとソルンには信じられない。


「本当よ。私はきっとソコに記憶を追記する事で生き物を操っている。けど、参照する事は自分の記憶ですら出来ないの。だったら『参照権』も別にあるんだと思っていたわ」

「そ……そんな!」

「でも、お陰でハッキリしたわ。ユマ姫、彼女こそが私の仇よ」

「……そう、でしたか」


 言われてソルンには腑に落ちたことがある。

 自分にしか扱えないと思っていた古代遺跡。シャットダウン処理をしたと言うのに、脱出途中でドローンに襲われたのだ。

 それもこれも、敬愛するクロミーネと同種の力だと言われれば納得せざるを得ない。


 一方でクロミーネはユマ姫の正体を確信していた。『高橋敬一』だ。


 クロミーネは前世の『高橋敬一』とは友達でも何でも無い。ただのクラスメートだ。

 神曰く、彼の『偶然』に巻き込まれ、平凡な人生を台無しにされ、危険が渦巻く異世界に放り込まれた事を思えば、恨んでも恨みきれない程であった。


「そうと決まれば、何としてでもユマ姫を殺しましょう。そうすれば下らない神の遊びは終わるわ」

「……神に逆らって大丈夫なのですか?」

「さぁ?」

「さぁって! そんな!」


 そう言われても、クロミーネには解らない。大体にして、神の怒りを買ったとしても構わない。

 彼女は唯々、苛立たしいのだ。


「全部! 全部、煩わしいのよ! この世の全てが! アナタもそうでしょう? ソルン」

「それは……そうですが」


 世界の全てを滅ぼしたいと願う。それは彼と彼女の共通した目標だった。


 ある日、ソルンは目を覚ました。遺伝子改良の果て、魔力に耐性を持った体を手に入れて。

 しかし、世界には既に別の種族が我が物顔で蔓延っていた。彼はあらゆる人間を、エルフを、憎んでいる。


「私達のやることは変わらない、いえ、もっとスッキリしたと言えるわ」

「ソレは?」

「言ってるでしょ? ユマ姫の抹殺。そうすれば下らないゲームは終わる」

「……それは、この世界がこんな風になったのも神の暗躍があるとでも?」

「あるんじゃ無い? こんな盤上みたいな世界。不自然だもの」


 クロミーネは投げやりに言い捨てる。本心を言うと、全てがどうでも良いのだ。全てを台無しに出来るなら。

 だが、その前に自分が殺されるのだけは嫌だった。

 クロミーネは世界の破滅を見届けたいのだ。


 ……それは、奇しくもユマ姫と全く同じ願望であるのだが。彼女たちはソレに気が付かない。



 ザルザカートはいよいよ遺跡を抜け、太陽の下へと浮上する。

 アレだけの戦闘があった地下とは異なり、地上は不気味な程に静まり返っていた。


 ――カシャンッ



 だから、その何気ない金属音が気になった。


 ザルザカートは複数のプロペラを内蔵した乗り物でありながら、その駆動音は驚く程静かである。

 クロミーネは前世でヘリコプターに乗ったことがあるのだが、回転するローターの騒音は凄まじく、近くでは会話など成立しないと言うのにだ。

 その理由は、複数のプロペラが発生させる風斬り音が、お互いの振動を逆位相で打ち消し合うためであるが、ソレを知る由は無かった。

 重要なのは、その金属音が不気味なまでに響いた事。一体、ドコから?


 疑ったのはザルザカートの不調。遺跡の深くに安置されていたが、年代物には違いない。どこに不良があってもおかしくないのだ。

 見渡して、そして見つけた。底部に引っ掛かる鉤爪、そして縄。


「敵よ!」


 叫んだが、遅い。ザルザカートの外見は公園の遊具、グローブジャングル(回転式ジャングルジム)に近い。外殻は衝突時の衝撃を和らげるフレームのみで、隙間は大きく空いている。

 だから、外殻に張り付いた侵入者からも中の様子は丸見えで、攻撃も容易であった。


「ゆるさない!」


 フレームに張り付くは美しい金髪の女性。しかし、その相貌には般若の如くの怒りが張り付いていた。


 その正体は帰還を命じられたシャルティアであった。


 彼女はユマ姫の前でこそ、しおらしくしていたが、内心では情けない自分にも、自分の手を一切汚さないクロミーネのやり口にも、煮えたぎる程に怒り狂っていた。

 それらは殺し屋としての彼女のプライドを著しく傷つけた。

 ましてそんな相手に、もう何度も良いようにやられている。看過出来ようハズが無い。


「死ね!」


 放ったのは彼女が持つ小型ボウガン。ボルトー王子を撃ったモノであり、小さいながらも威力は高い。


「ギャッ!」


 一方で狙われたクロミーネは荒事に関して、一切の興味も能力も無い。だから弓を構える相手に無様にも手を翳し、目を瞑るしか出来なかった。

 放たれた矢はその柔らかな手の平を貫通し、肉へと突き刺さる。


「いぎっ! 熱い! あついぃ」


 ……ドコに? よりによって、クロミーネの右目にだ!


「クロミーネ様!」


 狂乱するクロミーネとソルン。ザルザカートは制御を失い大きく揺らぐが、その程度じゃシャルティアは振り落とされはしない。

 打ち終わったボウガンを投げ捨て、追撃の投げナイフを手に取った。


「チィッ!」


 しかし追撃は叶わない。彼女を邪魔する影。エリプス王、いや洗脳されたエスプリだった。


 異様な気配を纏う男は大剣を構えたままに、風の魔法でザルザカートに張り付くシャルティアへと突っ込んだ。

 短剣で剣先を逸らそうとしたシャルティアだが、嫌な予感に身を任せ手を離し、宙へと逃れる。

 虚空へ残されたシャルティアの短剣が――ギィィンと奇妙な音を上げながら消滅した。


 ――なんて威力!


 落下しながらもソレを目にしたシャルティアは戦慄する。恐るべき魔剣の力であった。

 だが、それ以上に今は自分の心配をするべき場面でもあった、虚空に投げ出されたシャルティアは猫の様に体勢を整えるも、地上までは10メートル以上の距離がある。

 必死で衝撃を和らげる材料を探すが、周囲には木々も無い。上手く受け身を取ったとしても、下手をすれば骨折、良くても捻挫程度は避けられそうに無かった。


「チッ!」


 多少の怪我を覚悟したシャルティアは落下地点を確認する。そこに有ったのは田中のバイク。このままでは直撃。ドコまでも忌々しい男の顔を思い出す。

 良く考えれば大穴の横に停車したのだから、その可能性は大いにあった。

 せめて柔らかい土の上になら受け身も容易かったのに……そう思わざるを得ない。


 ――精々、派手にぶち壊してあげるわ!


 踏み潰す勢いでハンドル目掛けて足から着地。そのまま衝撃を殺す為、猫の如くしなやかに体を丸めると、シート部分に手をついた。


「ッ?」


 本来ならそのまま横に転がって受け身を取るのだが、ハンドルに着地した反動はサスペンションに吸収され、バネの様に反発した。

 その勢いでトランポリンの如く下半身を跳ね上げられたシャルティアは、シートについた手を起点にくるりと前転。体操選手の如く、キレイに大地へ着地する。

 大森林の中を走行する目的で調整されたバイクは、恐ろしい程に優秀なサスペンションを備えていた。

 前二輪型の三輪バイクなので、特に前面の安定性は極めて高かった。

 結果、シャルティアは一切無傷での着地に成功する。それが田中に助けられたようで、若干悔しかったのだが……


 そんな感傷も許さぬ程に、状況は予断を許さない。


「殺せ! 殺しなさい!」


 頭上からは片目を押さえるクロミーネのヒステリックな声。エスプリは進路を変え、地上へ落ちたシャルティアを追撃する。


 ――ッ! 速い!


「…………」


 田中に劣らぬ実力者相手では、真っ正面からの斬り合いでは勝ち目が無い。

 しかし、シャルティアには奥の手があった。


「喰らいなさい!」


 シャルティアが取り出したのは爆弾……いや、煙幕玉。火薬の含有量を増やしたソレは、叩きつけると同時、激しい爆発で瞬間的に煙をばらまく。


「『我、望む、指差す先に風の奔流を』」


 しかし、突風が全てを押し流してしまった。シャルティアはソレが魔法であると悟るが、打つ手は無い。

 秘密兵器も打ち止め、無防備な身が常識外れの大剣の前に晒される。


 ――死。


 ソレをシャルティアが明確に意識した時だった。


「放て!」


 男の声と同時、降り注いだのは弓矢の雨。幾つかはシャルティア目掛けて降り注いだが、落ちてくる矢を躱す程度、何の問題もない。

 問題なのは弓矢を放った相手の正体。


「コッチだ!」


 その声にシャルティアは聞き覚えがあった。

 一方のエスプリは何事かと距離を離す。

 そして出来たスペースに飛び込んだのが声の主だ。


「シャリアのお嬢ちゃん、生きていたか」

「アナタこそ、死んだモノと思っていたわ」


 声の主はゼクトール。近衛兵長であった。

 だが、彼はシャルティアの目の前で腹を刺されたハズ。暗殺を生業にするシャルティアから見ても、十分に致命傷の一撃に見えたのだが……


「スライムで傷口を塞いだのね」

「ああ、今でも死にかけてるけどね」


 言葉の通り、その顔色は白く、脂汗が浮かんでいる。それでも今すぐに死ぬ様な事はなさそうだ。その腹には見覚えのある粘着性のゲルが張り付いていた。


 元来、警備スライムの役目は暴徒鎮圧。人体に無害な弾性タンパク質で構成されている。傷口を塞ぐ効果は極めて高かった。

 現代の地球でも、似たような成分で医療用接着剤が開発されていて、丁度同じ様な効果を発揮したのだった。

 ゼクトールは靴にへばりついたスライムで傷口を塞ぐや、大穴を伝って一直線に脱出した。這々の体で陣地へ戻るや、死にかけの体でとって返し、ココまで部隊を率い戻って来た。

 命知らずの行動だが、無理も無い。彼にしてみれば自分の部隊が裏切って、他ならぬユマ姫を殺そうとしているのだ。命を賭けるに十分だった。


「…………」


 コレで数は揃った。だが、何でも無い様にエスプリは剣を構える。矢を躱しきったのはシャルティアだけでは無い。エスプリにだって全てを防ぎ、全くの無傷。


 ――マズいわ、それでも勝てない……


 ゼクトールがもたらした思いがけない援軍。なのにシャリアちゃんは喜べなかった。相手に取ってみれば獲物が増えただけに違いないからだ。

 10人以上の兵士は恐らく精鋭であるが、あの剣の前にはモノの数では無い。エスプリはそれ程の手練れに見えた。

 相討ち覚悟で戦いを挑むしか無いと、覚悟を決めた時だった。


 ――バシュッ!

「グッ……」


 突然、エスプリが片膝をついた。よく見れば足からは(おびただ)しい出血。その太ももには深々と矢が刺さっていた。


 ――超遠距離からの狙撃! 誰なの?


 シャルティアが目にしたのは、木々の間から呆然とコチラを見つめるネルネの姿だった。


「当たっちゃったみたい……」


 手にしているのは木村が作った特注のボウガン。歯車を回し矢を装填するクレインクイン式で非力なネルネでも扱う事が可能だった。

 そうは言っても普段はユマ姫の私室に設置されていて、ネルネは試しにと何度か撃ったことがあるだけ。

 だと言うのに、放たれた矢は見事に命中した。


「その様ですね……信じられません」


 それを望遠鏡で確認するのはシノニム。200メートル先の光景に息を飲んだ。


 二人とも、まさか当たるなど思ってもみなかったのだ。ただでさえ弓矢に比べて遠距離での命中率に劣るクロスボウ。

 牽制にでもなればと、当てずっぽうで弓なりに放った矢が、たまたま命中したに過ぎなかった。


「…………」

「来なさい! エスプリ!」


 再びのクロミーネの声を受けたエスプリは、呪文を唱え、飛んで逃げた。

 兵士達は逃さじと矢を射るが、それらが当たることは決して無かった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ソルン! 吸い出して!」


 難を逃れたシャルティアと異なり。クロミーネの方が脱出してからが問題だった。

 遺跡で確保した回復薬を使おうとしたソルンが固まる。


「吸い出す? 何をです? まさか!」

「毒よ! 早く! 吸い出して!」


 シャルティアは今回も矢に死苔茸(チリアム)を塗っていた。

 そのまま傷を塞いでは却って命を落とす事に成る。

 慌ててソルンはクロミーネの手の平に開いた穴に口づけると、血と共に毒を吸い出した。


 ――この匂いは? 死苔茸(チリアム)


 気が付いたが、魔法を使えるエスプリは戦闘中。そうしている間も毒は回って行ってしまう。事態は一刻を争うのだ。


「目を、抉ります!」

「ッ! ……や、やりなさい!」


 クロミーネも頭では解っていたのだが、面と向かって言われると覚悟が揺らいだ。

 麻酔も無しに目をえぐり出すなど、発狂しそうだった。


「ぐ、ぐあああああああぁぁぁ!」


 泣き叫び、暴れるクロミーネをソルンは必死に押さえつけた。

 幸いにも矢は眼球で止まっており、えぐり出した目と共に矢も除去する事が可能だった。


「許さない! 絶対に!」


 眼窩から血をたれ流しながら、地上を睨む。

 しかし、地上の形勢も悪い。引き時であった。


「来なさい! エスプリ」


 そうして、クロミーネはエスプリを呼びつけ、解毒魔法を使わせた。

 但し、魔法でもポーションでも、欠損を治すことは不可能。

 彼女は今後、眼帯での生活を余儀なくされる。

 それは丁度、ユマ姫と立場が入れ替わった様でもあった。


「見てなさい、次は目に物見せてくれるわ」


 ポッカリと空いた眼窩を大穴に向けて、クロミーネは呪詛を吐くのであった。 

ハーメルン向きに改稿してたけど、余りにも酷いからなろうの方も治すかも。

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