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死憶の異世界傾国姫  作者: ぎむねま
6章 吸血鬼の悲恋
168/321

遺跡に張られた罠

タイトルを元に戻しました。進行に悩んで遅れています。

【木村視点】

 ――ピピピピ! ブブブブブ


 甲高い警告音と唸るような風切り音が重奏する。

 そこにパチパチと刺激的な放電音と鼻につくオゾン臭まで混じれば、サイコーにイカれたセッションの始まりだ。

 唯一の観客としちゃあド派手なモッシュでも決めたいところだが、ガッチリとスライムに足を固められちゃあそれも叶わない。

 突っ込んでくる球体ドローンは6。どうやっても躱せない。

 ライブは俺の盛大なシャウトの後にブラックアウトで幕か? いや、こんなんじゃ終われない。

 せめてスライムで足が封じられて無ければ……


 ――そうだ! スライム!


 俺はマントを手に取り、大きく広げる。気分はさながらマタドール。しかしヒラリと躱すワケじゃない。


「来いよ! お前らのダイブ、受け止めてやる」


 視界一杯に広げたマント目掛け、次々とドローンが突っ込んで来る。


「ウグッ」


 連続する衝撃は結構な勢いだが転げはしない、スライムで足がガッチリ固定されてるのが幸いした。

 ボスッボスッっと鈍い音の突進を次々と体で受け止める。痛ぇ! 鼻打った。だが……


「おらっ!」


 俺はマントを投げ捨てる。そこに包まれたドローンは6。全てがマントから抜け出せず、混乱した電子音と激しい風切り音を鳴らすだけ。

 特にヤバいのがバチバチと弾ける物騒な放電音。マトモに喰らえば一撃で昏倒する電圧だったに違いない。


「中々シビれたぜ」


 手をグーパーして感触をチェック、全くのノーダメージとはいかないが動く。

 器用さが命の俺にとって無視出来ないダメージなのだが、この程度は仕方が無い。

 なんせ、()()()()()()()のマントで受け止めなければ転がっていたのは俺の方に違いないからだ。

 俺は上層を駆け抜ける際にマントでスライムを防いできた。

 そこでべったりとこびり付いたスライムがドローンの放電を遮断した上、とりもちみたいに貼り付いて自由を奪ったのだ。こりゃ我ながらナイスな機転。


「つってもそうは保たないか」


 スライムお掃除マシンは当然、スライムの除去だって可能なハズだ。

 現に目の前でノズルから泡を吹き付け、マントとスライムで団子になった球体ドローンを救出しようとしていた。


「ふむ……」


 俺はブーツから足を引き抜き近づくと、吹き出す泡をインターセプト、そのままブーツにぶっかける。

 無事、スライムまみれになったブーツの救出に成功っと。

 靴無しで遺跡を歩き回るなんざ、修行僧だって御免な荒行。都会っ子の俺に耐えられる訳も無い。

 そうこうする内、スライムロボも洗剤がタネ切れになったらしく、球体ドローンを見捨ててどこかに引き上げて行った。


「流石にマントの回収は無理か?」


 下手を打てばドローンとの延長戦に突入だ。マントは諦めるしか無いだろう。

 そうするとこっから先、球体ドローン対策が無いって事になる。


「さっすがに難易度高過ぎ問題」


 ぼやきながらも時間が無い。俺はユマ姫を探して更に奥へと目指す事にしたのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

【ユマ姫視点】

 マーロゥ君を置き去りにした俺は悠々と遺跡探検を続けていた。


「んーコッチだな、っと! 邪魔!」


 俺は風魔法でスライムロボを両断する。ポーネリアの記憶ではログラムって言うんだってさ。

 ポーネリアだったら生体認証でスルーパスなんだろうが、記憶だけではどうにもならない。

 中央コンソールまで辿りつけたら生体登録も可能だろうが、ソレまでは地道に戦って行くしか無い。


「つっても余裕だけどな」


 ピッと指を立てる仕草を一つ。それだけで今度は忍び寄る黒い球体ドローンをノールックで撃破。こっちはザカートって名前で、放電しながら体当たりを敢行してくる危険なヤツだ。


 ――が、問題ナシ! なぜかって? 相手は機械。健康値が無いからだ。

 銃や弓矢なんざ使う必要が無い。魔法を直接ぶち当てれば終了だ。


「つまり、俺達(エルフ)向けの警備じゃないって事だよな」


 記憶を探るとロボは中々頑丈に出来ている。

 人間がぶん殴った程度じゃ壊れない上、ドッグで修理も可能、定期的にターミナルで魔力供給を受けるだけで半永久的に動き続ける優秀なメカである。

 逆に言えば、メカが動いているのは施設が無事だと言う証拠。


「ツキが廻ってきたな」


 施設が生きている。その意義は大きい。

 俺はウキウキ気分で宇宙船みたいな建築物を歩む。今までだったら見慣れない施設にキョロキョロとしていただろう。

 だがポーネリアの記憶を受け継いだ俺にとっては庭を散歩するに等しい。警備ロボだって魔法の前に敵じゃ無いし、それだって殺しに来る程物騒なシロモノじゃない。

 となると下手に合流するより、マズは中央制御コンソールへのアクセスを試す方が得策だ。

 俺は最短ルートで中央制御室へと走る。

 魔法を駆使して駆け抜ければ、ドローンだって俺を捉えられない。驚くべき事に記憶の中のポーネリアの動きは魔法を使った俺の速度と遜色が無い。驚くべき身体能力を誇っていた。


「なんだ?」


 そんな俺の足が止まったのは更に十階層は下った先の最下層フロア。

 いよいよ中央制御室を目前にして、通路の隔壁がゆっくりと閉まり始めたのだ。


「嘘でしょ?」


 思わず悲鳴染みた声が漏れた。

 なんせ想定外も想定外。なにせコレは既に施設が何者かの制御下にあると言う証拠。

 村での聞き込みで帝国の影を感じてはいた。だが連中が古代遺跡を操作できるとは夢にも思っていなかった。

 状況は最悪に近い。このままでは通路に閉じ込められる。


 ――加速ッ!


 地面スレスレを滑る様に飛ぶ。場に満ちる濃厚な魔力を使っての最大出力。

 地面を蹴った瞬間、後悔に顔が引き攣る。それは想像を絶する恐怖だった。

 例えるならボブスレー? いやスケルトンってヤツがもっと近いか?

 魔法で制御しているとは言え、瞬間的な加速と地面スレスレの視点は実際以上の体感速度をもたらす。

 ギュンギュンと後方に流れていく景色の中、閉じゆく隔壁の隙間に次々と飛び込んで行く。

 一つ、二つ、三つ、隔壁をすり抜け、とうとう四つ目。最後の隔壁。

 視界に映った隙間は、既に大の男なら通れぬ程。歯を食いしばり、更に低く、速く、地面を掠る様に飛ぶ!


 ――間に合え!


 ギリギリで滑り込んだ背後、ドォンと鋼鉄の扉が落ちる低い音。

 それは間一髪も間一髪。

 丁度、小柄な少女が一人。薄い体を生かしてギリギリに通れるだけの隙間を見事すり抜けた。


「ふぅ-」


 危なかった。あのまま閉じ込められたら詰んでいたのは間違い無い。なにせ最下層のセキュリティは閉じ込めてからの睡眠ガスだ。さしもの魔法でもどうしようも無い。

 さて助かったのは良かったが、コレからどうするかってのが悩ましい。

 物語だったら落ちてくる隔壁を必死にすり抜けた先、すぐ目の前にゴールってのがお約束。

 だけど俺は敵が居ると解っていながら、一人で突っ込むほど蛮勇ではない。隔壁が閉まり始めた瞬間、俺は元来た道を引き返し、一つ上のフロアまで戻っている。

 なので目的地からは却って遠ざかってしまったのだ。


 ちなみに最下層フロア以外では睡眠ガスの危険は無い。最下層以外の隔壁は防火シャッターに過ぎないし、特別な工夫が無く換気口で全てのフロアが繋がっているからだ。

 となれば、ここらで後続を待つのも一つの手。

 さて、どうするか……


 などと、俺はスッカリ油断していたのだろう。オカシイと思った時には、既に視界が僅かに白く染まっていた。


 ――睡眠ガス! アイツら施設中にばらまく気か?


 見ればガスが漏れているのは通風口だ、どういうつもりだ? そんなことしたら自分達だってガスに巻かれるに違いない。

 ガスマスクでも持っているのか? いやいやココにはそんなモン無いって事は俺が一番良く知っている。

 何にせよ不気味だし、催涙効果もあるガスで転げ回る趣味も無い。俺はこの場を離脱するべく、魔法の力で思い切り踏み込んだ。


「がっ!」


 制御に失敗、俺は思いきりツンのめってコケた。

 何故? なんでこの程度の魔法を失敗した?


「ハッ、くぅぅ!」


 胸から押し出された空気を取り戻す為に、反射的に地面に漂う濃厚なガスを吸い込んでしまう。

 転げ回る様な痛みを覚悟したが何ともない、不可解に思っていると目の前に黒いボールが転がっている事に気が付いた。


 それは、飛行ドローンだった。

 球体ドローンのザカート。魔力で動くドローンが力なく転がっている。


霧の悪魔(ギュルドス)!」


 ヤバい! 濃厚な魔力に酔って、危険な霧に鈍感になっていた。

 さながら真夏日に、クーラーが効き過ぎたお店に入り込んだ時の様。体に害となるモノが、反動で心地よいと感じてしまう現象に似ている。

 体を蝕む程に強烈な魔力が霧で薄まり。違和感に気が付くのが遅れてしまった。

 そして睡眠ガスと違ってコイツは人間には害が無い。俺にしたって純エルフみたいに昏倒する程ではなくて、精々魔法が使えない程度。

 だがその精々が俺に取っては致命傷なのだ。すりむいた膝をおして俺は走った。……だが。


「ああっ!」


 上層への階段は隔壁で封じられていた。

 考えて見れば当たり前の事、霧の悪魔(ギュルドス)まで使って逃げられたくは無いだろう。あらかじめ隔壁を閉めていて当然だ。

 だがそんな当たり前に存外にショックを受けてしまった。

 最下層以外の隔壁は、言ってしまえば薄っぺらい防火シャッター、魔法なら切り裂けない訳は無い。

 しかし、か弱き少女の細腕では、手動操作で隔壁を巻き上げる事すら難しい。

 苛立ち紛れにドン! ドン! と隔壁を叩くが小揺るぎもしない。

 どうする? 体のリミッターを外して、馬鹿力で何とか隔壁を開けてみるか?

 いや、慌てるな。そんな事をしたらまた肩が外れて、何も出来ずに嬲り殺しになるだけ。

 良く考えれば霧がある限り、ドローンが使えないのは見たばかり。……だったら。


 俺はホルスターから銃を抜く。相手の武器は精々が火縄銃、コッチは六発装弾のリボルバー。更には打ち切った後のリロードも数秒で済むのは大きいアドバンテージだ。

 こんな施設に何百人も連れてくるハズが無い。十人や二十人が相手なら十分に勝ち目がある。


 俺はゆっくりと目を瞑る、迫り来る運命光は十二。それを見て俺はニヤリと口角を吊り上げる。


 ――イケる!


 彼らの運命光は驚く程に小さい。小動物と見紛う程、コレなら十分に勝機がある。

 俺の巨大な運命光とはソレこそ雲泥の差じゃ……


 ――ッ!


 それは声を失う程の衝撃だった。


「なん……で?」


 無かった、俺の運命光が欠片も! まるで死にかけの病人の様。

 リボルバーを握る俺の手が、カタカタと震えていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「侵入者はどうなった?」


 銀髪の青年が中央制御室の主となった相棒に進捗を尋ねる。


「出来る事は殆ど無いかな、ドローンはオートモードしか無いからね」


 問われた青年がヘッドマウントディスプレイを跳ね上げると、尋ねた青年と寸分違わぬ面容が現れる。


「じれってぇな」

「仕方無いよ、どうしても殺したいなら最下層まで誘い込んで刺すしか無い」


 しかし二人は表情や仕草こそ全く違った。一方は底意地の悪さを隠そうともせず顔を歪め、もう一方は澄ました様子で酷薄な笑みを浮かべた。

 共通するのは彼らが自分達の勝利を微塵も疑っていないと言う事。他のドコでも無い、遺跡の中でなら自分達は無敵と信じていた。


「どうせなら一カ所にドローンを集める事は出来ねぇのか?」

「僕の腕と言うよりはシステムの問題だね、巡回警備から外れる命令を受け付けない」

「使えねーな、ロクな武器もねぇし」

「箱船だからね、兵器は無いよ。それにしたって自衛用の武器すら持ち出されていたのは予想外だけど」


 彼らはハッキングによって施設の大半をモノにしていた。

 ハッキングはおろか、コンピュータと言う概念すら無いこの世界でだ。

 二人はノエルとソルン。田中がエルフの王宮で取り逃した、帝国軍を裏で操る銀髪の怪人達だ。


「ま、拘束するだけならドローンでシビれさせてスライム(まみ)れにして終わりだよ。すぐ済む」


 ソルンはディスプレイをかけ直すや、虚空に指を走らせた。ただそれだけで全てのドローンがアクティブ化され、一斉に侵入者へと群がっていく。

 斥候の報告で王国軍が来た事は知っていた為、侵入者の存在に焦りや驚きは無い。遺跡を掌握している以上、人間の兵士に恐れる事は無いからだ。

 コレがエルフの戦士達ならマズイ事態になっただろうが。彼らは荒れ果てた王都の再建にかかり切りで身動きが取れない事も調査済みだった。

 だとすれば濃い魔力への対策も無く、ふらつく彼らを一方的に追い詰めるだけ。

 その様子を終始つまらなそうに見つめていたノエルだが、浮かぶ大型ホログラムディスプレイの端に光点を見つけるや目を見張った。


「オイ、21階になんか現れたぞ?」

「ホントだ、大穴から侵入したんだね。あそこは崩れていて監視下に無いから」

「上からは陽動だったんじゃねーか?」

「だとしたら人間にしちゃ随分と手際が良いね、でもまだ十層以上は余裕がある」


 ソルンが指を振ると、その動きに連動してドローンが光点の行く手を塞いでしまう。


「チェックメイト、かな?」

「どうかな? コレがアイツならこんなのはモノの数じゃ無いぜ」

「解ってる、コレはお試しさ、下層で閉じ込めて睡眠ガスが本命だよ」


 お手並み拝見と見つめる二人を余所に、ディスプレイの光点は全く歩みを止めようとしない。

 散歩するかのように、ゆったりとした速度でぶらりと歩を進めていく。オカシイ、もうとっくにドローンの音や光は伝わっている距離。

 二人の視線の先、遂にドローンと光点が重なる。だが光点の速度は何事も無かったかの如く、ドローンの隙間をすり抜けていく。


「オイ? どうなった?」

「ダメだ、全滅。各機のステータスを見る限り、スッパリ斬られてる」


 ソルンの報告に、ヒューとノエルの口笛。ふざけた態度だが目は少しも笑ってはおらず、歯を剥いた表情は戦意に溢れている。


「決まりだな、アイツだ」

「ああ、最下層までおびき寄せて睡眠ガスで無力化しよう」


 二人の脳裏には、ここ数ヶ月、散々に追い回された厄介な男の姿が浮かぶ。


「今度こそタナカの脳天にコイツをぶち込んでやる」


 ノエルがポンと叩くのは腰に吊り下げた自慢のショットガン。獲物を追い回すのは好きでも逃げ回るのは彼の性分ではない、最近は非常にストレスが溜まる日々だった。

 彼は獰猛な笑みを浮かべ光点を睨み付ける。一方で腹に据えかねているのはソルンも同じ、ペロリと舌舐めずりをひとつ、追加でドローンをけしかけたのだが……

 今度はドローンでの包囲にすら失敗した。なぜなら光点が信じがたい速度で移動したからだ。


「ンだコレ? 速ぇぞ!」

「驚いたな、人間離れしている」


 光点の速度は秒速12メートル程、驚異的な速度で移動していた。対人用に低速での安定性を重視したドローンでは追い切れない速度である。


 取り囲んでいたドローンは大半が置き去りにされ、瞬く間に光点は最下層まで迫っていた、驚くべき事にその進路に一切の無駄が無い。超高速でありながら一切の躊躇も無く最短ルートを突き進んでくる。

 ソレはまるで、『何度もこの道を通った』とで言いたげな程。


「オイオイオイ大丈夫か?」

「予定は早まるが計画通りさ、もうすぐ下層に入る。モニター出来るよ」


 映像素子は魔力で劣化しやすい部品の代表だし、広帯域無線通信は濃厚な魔力にジャミングされ使い物にならない。

 そうなれば中央コンソールをもってしても、音波と赤外線センサーでのあいまいな情報で、なんとか状況をモニタリングするのが精一杯だったのだ。

 しかし最下層には保護されたワイヤードネットワークと軍事クオリティの監視カメラが稼働している。

 侵入者の姿を確認した上で隔壁を落とし、通路の真ん中に閉じ込めるのは容易い事と思われた。

 だが、最下層に現れた侵入者の姿は彼らの予想を大きく裏切った。


「女の子?」

「幽霊か? ゾッとしねぇな」


 ノエルは大袈裟に身をすくめ震える、それはあくまで空気を読まないジョークの一種で、そんな悪癖を苦々しく思うソルンは舌打ち。


「チッ、冗談じゃ無い! 非科学的な! 見ろ彼女はエルフだ」


 苛立ちながらヘッドマウントディスプレイを剥ぎ取ると、大映しのディスプレイの一点、少女の耳を指差した。

 確かにソコにはエルフ特有の長耳、だがノエルは納得が行かない。


「じゃあなんだ? エルフの女の子が人間と一緒に遺跡見学に来たって言うのか? ドローンを破壊しながら高速で? ソレこそオカルトだろうが」

「だから、彼女こそがあのユマ姫なのさ」

「ンだと?」


 眉を寄せるノエルに対し、ソルンはバックパックを引き寄せると書類の束から一枚の絵を取り出してみせる。

 それは数多く出回ったユマ姫の姿絵で、生誕の儀での幼い姿ではあったが、モニター上の少女にはその面影が強く残っていた。

 角度を変えた次のセクションの監視映像では、いよいよその特徴は見間違えようも無い。眼帯を掛け、失った左手代わりにフックをぶら下げた異容が映される。


「決まりだな。王族ならば高度な魔法が使えるのも不思議じゃ無い。彼女を生け捕ればそれで戦争は決着だ」

「おいおい、嘘だろぉ?」


 敵のお姫様がたった一人で乗り込んでくるか? あり得ない。とノエルは首を捻るが、コッチにも一人で一騎当千の活躍を見せる女傑が居る事を思えば、苦笑するしか無い。


「トンだお転婆だな、生け捕りにして、俺達がしつけてやるか」

「嫌らしい男だな、君は」


 下卑た笑いを上げるノエルに呆れながらも、ソルンは通路のただ中、逃げ場も無いユマ姫に一斉に隔壁を降ろす。そのタイミングは完璧、そのはずだった。


「何だ?」


 メインモニタの中から少女の姿が掻き消える。実はサブウィンドウの端には、弾ける様な速度で隔壁の下をすり抜ける様がチラリと映ったのだが、二人の目には止まらなかった。


「瞬間移動? そんな魔法があるのか?」

「まさか……」


 そして気が付けば悠々と元来た階段から上層へと戻る後ろ姿だけが、大映しで表示される。

 慌てて映像をスワイプで巻き戻すソルンの指が、見失った直後の少女を指し示す。


「そんなモノは無い! 超高速移動だ、こんな速度で吹っ飛ぶなんて自殺行為、イカれてる」


 歯噛みするソルンだが、ノエルはコキコキと首を鳴らすと席を立つ。


「随分ヤンチャなお姫様みたいだな、俺が直接しつけてやるよ」


 そう言って、背を向けると部屋から出て行こうとする。


「待て!」

「ンだよ?」


 止めるソルンに振り返るノエル。だがその目から決意の固さが見て取れた。

 タナカを仕留める為の罠は空振りに終わったが、それでもユマ姫を確保出来るならお釣りが来る。多少の危険を冒す価値は確かに十二分にあるだろう。

 だが、あれだけの魔法の使い手にどうするというのか。


「手はあるのか?」

「あン? アレはエルフなんだろ? じゃあ決まってるじゃねーか」

霧の悪魔(ギュルドス)か……」


 ノエルの戦略はギュルドスによる霧の散布。これだけで生命を魔力で繋ぐエルフを昏倒させるには十分。

 それでも懸念は尽きない。


「ココは魔力が濃い。霧の効果が相殺されて完璧には発揮されない可能性は高い、それに霧をまけば魔力で稼働する全ての機器やセンサーが停止する」

「わーってるよ、ガキ一人、魔法を封じりゃ十分だろ」

「解ってないのはお前だ! その隙にタナカが来たら俺達に打つ手は無いんだぞ!」


 沈着を常とするソルンがその可能性に吠える。タナカの恐ろしい所はソコだった。エルフを封じる霧がタナカには効かない、それどころか霧を撒いてしまえば一切の魔道具が使用不可能な分、却ってタナカを止める手立てが一切無くなるのだ。


「じゃあ何か? 上層に人間を忍ばせ、それに気を取られた内に魔法使いの姫を大穴から下層深くまで侵入させる。餌に釣られた俺達がまんまと霧の悪魔(ギュルドス)を使った瞬間を見計らって、満を持してタナカが斬り込んでくる。そう言いたいのか?」


 なるほど完璧な戦略に見える、だがあまりに完璧ゆえ荒唐無稽に過ぎるとノエルは声を荒げる。

 その様な作戦、この遺跡を知り尽くして無ければ立てようも無い。

 もっと言えば、王族たるユマ姫を囮に使うなどあり得るハズも無いのだ。


「それでも頭の片隅に入れておけ、最悪アイツらを盾にする気で逃げろ」

「わーったよ」


 手をヒラヒラとさせながら中央制御室を抜け出したノエルが向かったのは、帝国兵が待機する一室。


 彼らはたった二人で遺跡に来た訳では無かった。木村や近衛兵が苦戦する道のりも、ギュルドスでドローンを停止させればピクニックに等しい、人間の兵士を引き連れるのに大した障害はなかった。

 しかも連れてきたのは諜報部のエリート、帝国情報部第一特務部隊の面々だ。

 隊長として辣腕を振るってきたフェノムがタナカに斬られた後、宙に浮いていた部隊員十二人を引き連れての行軍は当初非常に士気が高かった。

 フェノム隊長への弔い合戦と聞いていたからだ。

 だが現在は濃厚な魔力で健康値を削られるのを嫌って、霧の満ちた部屋での待機が続き、流石に士気が落ちている。

 ここらで活躍して貰う方がお互いの為だろう。

 部屋に入れば既に部隊員は整列していた。部屋に籠もろうと異常を察知していたのは流石の特殊部隊か、単純に長引く待機に飽き飽きしていたのもあるだろう。


「お前ら、喜べ、仕事だ!」

「タナカが来たのですか?」


 敬礼する女性はトリネラ、フェノムが存命時に副長だったため、現在は臨時で隊長を務めている。敬愛するフェノムを殺された事で、タナカへの恨みは深い。


「違う、もっと大物だ」

「大物?」


 トリネラには思い当たる顔が無い。エルフ側のトップと言えばセーラだが、彼女は王都に溢れる魔獣の対処に手一杯の筈だった。


「ユマ姫だ、行くぞ、とっととギュルドスを配備しろ」

「は、ハイ」


 それ以上の説明も無く出て行ってしまうノエル、彼女は慌てて部隊員に命じ、小型のギュルドスを担がせる。

 意味が解らない、と思いながらも問い正したりはしない。長年続く訓練の賜物ではあったが、彼女の頭は混乱していた。

 一方でノエルも説明に足る材料は持ち合わせていない。


「安心しろ、俺だって訳がわかってねーの、コレを見ろ」

「こ、コレは?」


 先程の監視映像、ユマ姫が映ったタブレットが手渡される。彼女にとっては未知の超科学であるが、遺跡に入ってからは否が応でもこの手のモノは見慣れていた。


「お姫様が一人で乗り込んで来た、お前、信じるか?」

「信じ難いです、ですが……」

「ああ、だが事実だ。罠だとしても行くしかねーよな」

「……ハイ」


 部隊員にタブレットを廻すとその表情が変わる。困惑と期待が半々だ。


「どーだ? 可愛いんじゃネーの? 捕まえたら皆で楽しむか?」

「女性の私にそれを聞きますか?」


 トリネラはノエルのあんまりな発言に眉をひそめる。

 情報部であるトリネラでもノエルの事は良く知らない。ソルンと同じ顔で共に古代遺跡に通じる等、怪しい部分が満載な男である、それだけに深入りすべきで無いと自重していた。

 だが、それにしたってソルン氏とは違い、品の無い発言が多い。それでも情報部を下に見て、手を出そうとしてくる騎士たちよりはずっとマシ。

 だからセクハラに怒ったと言うより、第一特務部隊が人質を嬲る様な、規律無き一般兵と同じに見られた事に、むしろ腹が立ったと言うのが正解。

 何より相手は年端もいかない少女では無いか、そこまで言われてむしろ心配だったのは待機が続き、ノエルに関しても一体何様と内心面白く思っていない部隊員の士気。

 そう思って振り返れば、タブレットを覗き込みゴクリと唾を飲み込む年若い男性隊員達の姿に直面し、ギョッとした。


「何時まで見ているの、返しなさい!」

「ハ、ハイ、失礼しました」


 言いながらも、名残惜しそうにタブレットを見つめる男性隊員の姿に、トリネラは少なからず衝撃を覚えた。

 ノエルに返す前、改めてユマ姫の容姿を確認する。


 ――可愛い。そして、美しい。


 あどけなさと妖艶さ、儚さと力強さ、相反しがちな二つが両立し、危険で破滅的な魅力を放っている。

 諜報部員として鍛え上げた直感が危険を訴える。決して関わるなと。


「これは……罠では?」


 タブレットをノエルに返す際、わかりきった事を思わず尋ねる。


「だよな? だが強力な魔法を使い、この容姿だ、偽物ってのはねぇだろ」

「……そう、ですね」


 タブレットを返すが、その間も少女の映像が頭から離れない。

 トリネラには画面に映る少女が、死神の様に見えていた。

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