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死憶の異世界傾国姫  作者: ぎむねま
6章 吸血鬼の悲恋
162/321

リボルバーと火薬の秘密

どうやっても木村が銃の解説をするだけの回になってしまう。

仕方無いので、設定解説回

 木村の商会を訪れて挨拶も早々に案内されたのは、地下に作られた秘密の射撃訓練場だった。


「淑女を招くには殺風景な場所で恐れ入ります」

「本当に殺風景ですね」


 気を使う相手でも無いので素直に言わせて貰う。なにせ簡素な的が並ぶだけで特に広くも無い、本当にただの地下室なのだ。


「コレは手厳しい、ですがコチラは少々頑張らせて頂きました」


 と言って、木村が手渡して来たのは拳銃だった。

 銀色に輝いていて、緻密な彫刻まで彫られている。植物のツタの中に俺をモチーフにした横顔がデザインされていたりと、異様に凝っている。


「美しいですね。ですが性能の方はどうなのです?」


 以前に木村が撃っていた拳銃だって6発も連射していた。この世界の銃は火縄銃が基本なのを考えると異常な性能に驚いたモノだ。

 だが、聞けば今回の銃は以前に木村が使って居たモノとは、全くレベルが違うと言うのだ。


「本当に凄いのは性能の方です。彫刻は彫金師が頑張った成果ですが、それ以外は私が手ずから行いましたから」

「それは……苦労を掛けましたね」


 木村はマジで忙しいらしく、本当に苦労を掛けている。


 木村は器用さに特化した体を神様から貰った訳で、同じ精度で作業が出来る人間はこの世のドコにも存在しないだろう。


 そもそも、神様からサービスでチート能力を貰うと言うのは小説ではまま見るが、一体どう言う理屈なのか?

 ソコん所も凝り性の木村は俺や田中と比べ、神から多くの事を聞き出していた。

 それによると、一見転移した様に見える木村の体だが、木村が違和感を抱かない様に神様が一から作成した体なのだそうだ。

 全く同じ体を作る事も可能だが、魔力に対して一切の抵抗が無い地球の体では、この世界で生きられない。どうせこの世界の向けの体を作るなら一つぐらいリクエストを受けつける。それが神様の特別サービスの全容だった。


 神の仕事とは言え、いや秩序を重んじる神だからこそ生物としてのルールには厳格。人間の限界までは超えさせてくれない。

 マラソンランナーとウェイトリフティングの選手では体の作りが全く違う様に、全てが最強と言うのは無理な話。


 そこで、田中が選んだのが『剣士として理想の肉体』と言うのは解りやすいだろう。

 一方で木村が望んだ『器用さ』と言うのは、俺ではちょっと考えつかない選択肢だ。


 荒事無しに地球の知識で食っていくには最適な能力と豪語する木村曰く、器用さ特化の体と言うのは単純に指先が精密に動くと言う話だけでは無く『頭の冴え』が良くなる効果まで有ったというのだ。

 体を正確に動かすには、指の性能よりも脳の性能が重要で、ソコにチートを貰っていると言う感じらしい。

 脳の改造と聞くと、ちょっと恐く感じてしまうが、肉体が全く違う俺に比べれば今更か。


 だから、今や偉くなったアイツは直接に器用さを生かした物作りより、その頭脳を生かした商会運営がメイン。

 そんな中で限られた時間をやりくりして、自慢の器用さをフル活用で俺の銃を作ってくれたと言うのだから、その性能が気になるじゃないか。


「一番の違いは、コレになります」


 そう言って木村が簡素な机にコトリと置いたのは――

 ……至ってフツーの弾丸だった。後ろから覗き込むシノニムさんも首を傾げている。


「あの? それは、何なのでしょう?」


 あ、シノニムさんはソコからか。それぐらいなら俺にも解る。


「これは弾丸です。弾と火薬が一体化したモノ。そうですよね?」

「その通りです、もっと言うと着火用の雷管こそが肝だったりするのですが」

「……なるほど、でもコレの何が新しいんです?」


 そう尋ねると、木村は一瞬「え? マジで?」と言う顔をした。シノニムさんが居なかったら実際言ったに違いない。


「私は着火用に雷管の開発には成功していましたが、弾丸の形に出来たのは最近です」

「では、裁判の時に撃っていた銃はなんです?」

「アレは火縄銃の様に火薬をグイグイ押し込んで、後ろから雷管をセットする方式ですね。実演してみましょうか」


 そう言って、あの時撃っていた拳銃を取り出し、実際にリロードする様子を見せてくれた。

 火薬を入れて、弾丸の挿入。その後、グイグイと押し込む作業を6セット繰り返し、後ろから雷管をコレまた6回セット。

 たっぷり4分以上の時間を掛けてやっとこ発射が可能な状態になった。


「時間が掛かるのですね……」

「事実上、戦闘中のリロードは不可能です、その点コレなら」


 そう言いながら木村は俺のリボルバーに弾を込めていくが、確かに全然違った。

 シリンダーは横に外れるし、弾丸だから火薬をグイグイと押し込む動作など不要。僅か3秒でリロードは完了した。


「スイングアウト式のシリンダーですが、しっかりロックしてガタつきは無し。何より拘ったのはコレです」


 木村は自信満々に拳銃を構え、狙いを定めてトリガーを引いた。

 パーンと景気のいい音と硝煙が舞う。

 流石の腕前、弾丸は正確に壁に掛かった的の中心に命中していた。

 どや? とコッチを見てくるのだが……


「結局何が凄いのです?」


 いや、凄いのかも知れないが。地球の銃しか知らない俺にはもうね、普通の銃としか思えないのよ。

 またもや「嘘でしょ?」って顔をする木村。


「トリガーを引くだけで弾が出たでしょう? 撃鉄を起こしてからトリガーを引いて弾を出すのがシングルアクション。トリガーを引くだけで撃鉄が引かれて、更に引けば弾が出るのがダブルアクションです。当然ダブルアクションの方が仕組みが複雑となります」

「なるほど」


 なーんて言いつつ、全然解らん。

 俺はモデルガン一つ触った事が無い。ゲームでは撃鉄を引くなんてボタンは無いからな。

 だが、一応撃鉄を引く動作は映画で見た事があったので納得はいった。


「つまり、私の左腕に配慮してくれたのですね?」

「その通りです、連射したい場合、シングルアクションなら撃鉄を左手で起こしたりするのですが姫様の腕では難しい事も有るでしょう。ただしダブルアクションだとどうしてもトリガーが重くなってしまうので、撃鉄を引いてシングルアクションの様に使う事も可能です、それに――」


 よっぽどの自信作なのか木村の舌も滑らか。

 だが殆ど理解出来ないので、取り敢えず試射させて貰う事に。


 銃を構えて的に向かってトリガー。それだけで射撃訓練場にパァンと乾いた音を響かせる。


 うーん、トリガーが重いし。反動がキツい。狙いが定まらない。仕方無い、本気を出すか。


「すぅーふぅー」


 ゆっくりと息を吸い、そして吐く。ギリリと音が鳴るほどに奥歯を噛みしめる。

 瞳孔が思い切り開くのを感じる。一方で視界は極端に狭まり、銃口の先、狙い定める的だけの世界が現出する。


 ――パーン


 軽い音と共に打ち出された弾丸が、真っ直ぐに的の中心を打ち抜くのまでがハッキリ見えた。

 今度はトリガーも軽く感じたし、反動も制御が出来た。だが、その代償は大きい。

 感覚が鋭敏になる分、腕や肩の筋繊維がブチブチと断裂する感覚までハッキリと味わってしまった。正直クソ痛い。


「腕が痛いですね、シノニム、魔導衣をお願いします」

「はい」


 俺はシノニムさんに命じて魔導衣、例の青い貫頭衣を上から羽織ると、簡単な回復魔法で腕の痛みを取り除く。

 手汗はビッチョリだし、額にも珠のような汗が浮かんでいるだろう。割とマジで痛い。外れ易くなった肩の関節が保ってくれたのが不思議なぐらい。

 そんな俺の様子に木村は慌てる。


「今のは?」

「リミッターの解除、日本語で言うと『火事場の馬鹿力』。田中が死んだと勘違いした時から自由に使えるようになりました。見ての通り体への負担は大きいですが」

「無理をせず、両手で撃ったらいかがですか?」

「…………」


 そう言う事は早く言って! 拳銃だからと片手で撃つモノと思い込んでいた。

 結局、撃鉄を引いてから撃てばトリガーは軽いし。左手のフックで銃身を抑える様に撃てば反動も制御可能だった。

 左手がフックだから、普通は熱さで触れない銃身を抑えられるのは利点だろうか?


 他に確認するべきは魔法との相性だが……余り大っぴらには見せたくないな。


「シノニムさん、席を外して貰えますか?」

「……かしこまりました」


 シノニムさんは渋々と言った様子で射撃部屋を後にする。木村の方もフィーゴ少年や使用人を下げさせたので二人っきりになった。


「さてと」


 俺は木村の膝の上にぽふりと座ると、背を反らせて木村を見上げる。

 照れた顔をしてるかと思ったら、ジトッっとした目で見られてしまった。


「おい、何のつもりだ?」

「いや、女の子を膝の上に乗せたく無いかなと思って」

「はぁー男の心を理解する少女ってのは最悪の兵器だにゃ」


 動揺はしている様だ。盛大なため息をつくが嫌いでは無いらしく、ここ三ヶ月の状況を説明してくれる。


「内政チートをするなら物流を押さえたいが線路の作成は数年掛かりになりそうだ。別の方法を考えた方が良いだろう」

「普通に魔導車で良いんじゃ無いか? 魔石が足りてたらだけど」

「ンなモンが有るのかよ早く言え!」

「きかれなふぁったひ!」


 思い切りほっぺたを抓まれる。イチャイチャしてる感じなのか? コレ。


「肝心の武器はどうなん?」

「火縄銃レベルならソコソコの数が作れると思う。だが肝心の火薬が無い」

「ふーん、戦国時代って火薬はどうしてたの? 輸入?」

「いや、ウンコ」

「うんこ?」

「ウンチ!」

「言い直しても同じだろうが! どんだけスカトロ好きなの?」


 どうして異世界は人の性癖を歪めてしまうのか? 恐ろしいね。

 世の無常を嘆いていたら木村に首を絞められた。


「解ってて言ってますよね? 硝石はウンコとか腐れたモノから出来るンだよ」


 木村の口調もやたら怪しい。だが、ウンコなら幾らでも用意出来るのでは?


「結局精製するのが難しい。水に溶けるから流出しやすいし結晶化するには数年掛かる、今使ってる火薬なんて何年も前に仕込んだモノだぞ!」

「ふぅん、するってーと帝国は相当大規模にやってるんだろうな」

「まぁそうだろうな、調べさせたんだが大規模な硝石の鉱山は無さそうだ、黒峰さんは歴女だったからな、知識があっても不思議じゃ無い」

「歴女?」


 コレは初耳だ、黒峰さんが腐女子的なアレだとは。


「ゆうても俺も彼女については詳しくは無いけどな、確か歴史好きで通ってたと思う」

「うーん、だとしたら火縄銃が出てくるのも納得かな?」

「そ。だからそれ以上、例えばこのリボルバーとかは彼女には作れない」

「そりゃ朗報だな」

「幾ら何でもウンコからの精製には限界があるからな、ガンガン爆弾を放り投げるみたいな使い方は出来ないだろう。コッチは手回し式のボウガンやバリスタで十分対抗出来ると思うぞ」


 木村はそう言って俺を机の上に座らせると、自信満々にボウガンを取り出す。

 両手で弦を引くボウガンは、片手で引く弓よりも強力なのは自明。だが手回し式のギアの力で弦を引く機構にすれば、より強い張力のボウガンが作れるとの事。

 実際に発射されたボルトは的を貫通した。銃と同等かそれ以上の威力があるかも知れない。


「おぉぉー」


 俺は机の上に座ったまま、パチパチと手を叩く。実際コレが配備されたら戦争は変わるだろう。

 木村も自慢げに慇懃な言葉遣いで解説してくれる。


「この世界の鎧は弓矢を防げれば良いと言うモノでした。ですが数年前から現れたボウガンはその常識を変えてしまった。この世界の騎士は全身鎧で武装した重騎士が多いのですが、今や殆ど役には立たない集団に成り果てています」

「あぁーなるほどね」


 思えば俺が穀物倉庫でハメ殺したグラム騎士団だかは重騎士だった。一方、スフィールで戦った破戒騎士団やボルドー王子傘下の近衛騎士が騎士と言うには身軽な装備で驚いた記憶がある。

 その違いの正体が時代の変化をキャッチアップ出来ていたかどうかだとすれば納得が行く。


「すると、戦争はどうなるのです?」

「大盾を構えて前進、騎兵隊が突っ込んで来たらボウガンの斉射でしょうね。例え相手に火縄銃が揃っていても連射力が無い以上、威力を増したコチラのボウガンと戦略上は変わらないでしょう」

「そうなのですね」


 俺も真面目な会話になると女の子口調になったりして全然一定しない。もう日本語で話そうかな。


『そーなると、火薬を気にせず撃てるボウガンの方がむしろ有利ってワケだ』

『そゆこと、不安なのがエルフの技術で帝国が何を作るかワカンネーの! その辺どうなの? 魔導車とかどんなのよ? カボチャから作る訳?』

『はぁー魔法って言っても科学なんだが? 虚空から何かを発生させたりは出来ないし、カボチャを馬車にしたりネズミを馬にしたりは出来ませんがな』

『言うて、魔法の矢とか完全にファンタジーじゃん?』

『結構厳しいルールがあんのよ』


 俺は銃を構えて発射、同時に俺は弾丸を使って魔法の矢を発動する。


『やっぱな、魔法の矢は銃には使えない』


 銃弾は加速するどころか失速して落下する。


「コレは? 一体?」


 木村に聞かれるが、魔法の解説はコッチの言葉じゃ無いと逆に無理。


「魔法の矢は物体を制御、加速させる魔法ですが、その辺の石を投げて加速させる事は出来ません」


 もし出来るなら、わざわざ弓なんて担がない。


「魔法の矢は厳密には結界魔法なのです、結界を貫いた矢が結界を巻き込んでソレが推進力となり制御の要にもなるのです」

「なるほど、それは解りましたが銃弾は問題なく結界を貫通したのでは?」

「銃弾は小さすぎて結界を巻き込めないのです、蜘蛛の巣を想像して下さい」


 もしも小枝を蜘蛛の巣に突っ込んだら、枝は蜘蛛の巣を巻き込んでネバネバになる。

 だが蜘蛛の巣にポップコーンを投げたら、ポップコーンは蜘蛛の巣で止まってしまうだろう。

 コレが魔法の矢にある程度の初速が必要な理由だ。魔法の矢を強力にしようと思ったらその分結界も分厚くするしか無いので、貫く為の初速もより必要になる。

 グリフォンを撃退したラザルードさんの弓矢と魔法の矢の組み合わせは強力だった。大分昔の事に感じるが、つい数ヶ月前の事件である。


 と、なればより強力な弾丸は、より強い結界を貫けて、強力な魔法の矢になりそうなもの。

 だが、もし蜘蛛の巣に銃弾を撃ち込んだらどうなるか?

 いや、やった事無いから解らないけどね? 多分、巣を巻き込む事もなく小さな穴を開けて貫通しちゃうんじゃ無いかな? 魔力を巻き込むには弾丸は小さすぎるのだ。


「つまり、銃は魔法で威力を上げる事は出来ないのか?」

『ん~、ソコは色々工夫すれば何とかなるかも』


 俺は色々と試しながら銃を撃ってみるが、上手くはいかない。


『頼むぜ! 銃弾を作るのは難しいし火薬も貴重なんだっての、あんまり無駄には出来ないぜ? なんならエルフの魔法で量産できない?』


 木村から泣きが入ってしまった。前々から聞かれているが、そう言われてもエルフの国には火薬自体が無かったのだからどうしようも無い。


「ま、色々考えて試すしかないでしょう」


 細々と色々な事を報告し合ったが中々スグには解決しそうに無い話ばかり。結局、魔導車を一台回せないか使者に相談してみようと言う話になった。実際に使ってみないと、魔石の燃費がどのぐらいかも良く解らないからね。


「ちょっと楽しみだな」


 木村がワクワクしてるが、魔獣を引き寄せるのであんまり使い所が無かったんだよな。


「カボチャの馬車じゃ無い事は保証します。あ、そう言えば田中はまだ裏切った学者を探し回っているそうです」

「ふーん、よっぽどヤバい奴なのかね?」

「ソレに関してですが、エルフの秘密なんですが、一つだけファンタジーな魔法が有りまして、カボチャの馬車じゃ無いですけど、ソレこそ虚空から魔力で精製出来るモノが一つだけあるんですよ」

「ひょっとして魔石か?」


 木村が当てに来る。確かに魔石は理論上、空気中の魔力を圧縮したら出来るらしいが、自然に圧縮された鉱石として産出するか、生物の体内から取り出すのがメインだ。


「違います、肥料ですよ。裏切った学者は肥料の研究をしていたらしいです、植物を操るエルフのイメージ通り、植物の研究は非常に進んでいました。その知識が帝国に渡るのを田中は危険視しているみたいです」


 お澄ましお姫様モードに戻った俺は極力冷静に語るが、内心イライラしていた。ぶっちゃけ早く合流した方がよっぽどマシな気がするんだが?

 しかし俺の話を聞いた木村は顔面を蒼白に染めていた。


「嘘だろ?」

「? 何がです?」

「肥料を! 空気から作るって話だよ! 何で黙ってた!」


 木村が俺の肩をガクガクと揺すり、目は血走っている。明らかにマトモじゃ無い。


「ど、どうしたのです?」

「お姫様してンじゃねーよ! ガチでヤベェ!」

『だから何だってーの!』

『あ、いや大丈夫か? そんなに化石燃料が豊富なハズは……炭が無限に手に入るか?』


 木村は挙動不審に過ぎる様子でグルグルと狭い地下室を歩き回る。


『なぁ、お前はその魔法使えるのか?』

『使えねーよ、なぜか禁術だし。王族の管理下で肥料の精製をしてたからさ。利権だろ? 知らない方が安全かと思ってさ』


 俺は殆どの魔法はマスターしていたが禁術とされるモノとはなるべく距離を開けていた。知りすぎた所為で殺されるのはゴメンだからな。

 しかし俺の返答を聞いた木村のショックは尋常では無かった。


「クソッ!」


 ドンッと机を叩く。深呼吸する、爪を囓る。その様子がちょっと恐い。


「多分大丈夫だ、占領されたままならヤバかったが、森から撤退したなら燃料はそう手に入らない、仮に手に入っても……」


 ぶつくさと呟くが……なんだってんだ?


「そんなにヤバい魔法なのか?」

「いや、そうでも無いかも知れない、その魔法について知ってる事を何でも良いから教えてくれ」


 血走った目で懇願してくる木村。付き合いは結構長いつもりだが、こんな木村を見るのは初めてかも知れん。

 俺は『参照権』を駆使して肥料の禁術について知っている事を話していく。


「確か、伝説の植物学者ラクトンが植物が肥料を作る過程を解明し――」

「ファァァァァ!!!」


 話そうとしたらいきなり開幕から絶叫する木村。

 マジで五月蠅いんだが? コイツ壊れおった。

 悲鳴を挙げながら腰を抜かし、ひっくり返って一回転。デンデンでんぐり返しでまた来世。死ぬんじゃ無いかコイツ?


「プギャー」


 変な鳴き声で鳴いてるけど。どうしよう?





【木村視点】


「ヤベェよ! ヤベェよ!」


 俺は焦っていた。とんでもねーぞコレ! ヤバすぎワロチ!


「マジで壊れた?」


 心配そうに覗き込んでくるユマたん可愛いなー、俺がプレゼントした海賊衣装がいやー似合ってる。今時アニメのキャラだってここまで属性過多にしないよ?

 さっき無自覚に振り回すフックでドツかれてマジで痛かったからね? ご褒美にしてはハード過ぎやしないか?

 つーか、ユマたんに罪は無いけど中身の高橋は死刑だろ! 机に座ったユマ姫の頭を思いっきりゴリゴリと締め上げる。


『痛ッ! 何? 痛ぇ!』

「あ、ああああ!」


 俺は狂った様に啼くしか無い。


「火薬! 火薬作れないって! さっき言ってたじゃないですか!」


 もうね、苦情しか無いよ? 俺の言葉が理解出来ないのか高橋は眉をひそめる。

 いや、やっぱ困り顔のユマたんは可愛いね。


「いや、肥料だって!」

「俺は火薬が作れる魔法を聞いた! お前は肥料を作れる魔法を知ってる! ソコに何の違いもありゃあしねぇだろうが!」

「そうなん?」

「そうだよ!!」


 結局は窒素化合物! 変わらねーよ!


「ハーバー・ボッシュ法って知らない? お前が好きだった異世界モノでもあったハズだぜ?」

「あー、聞いた事あるかも。火薬を作れるって奴だな。あーあったあった」


 記憶力がお粗末な高橋だが、『参照権』とか言うチートで何でも思い出す事が可能だ、俺の器用さと組み合わせれば色んなチートが可能と喜んだのだが、案外知っている地球の知識が少なかったのだ。

 それに、『○○知ってる?』と聞かないと答えられないので肥料を作る方法だとピンと来ないらしい。

 だが、ハーバー・ボッシュ法は火薬を作る方法であり、肥料を作る方法だ。

 つーか硝石ってそう言うモノよ。元がウンコって辺りで察して欲しかった。


『ハーバー・ボッシュ法には地球上のエネルギーの数%をつぎ込んでいたハズだ。それで作った肥料が近年の人口爆発から来る食糧事情を支えていたのは間違いない』

『マジで?』


 目をまん丸にして驚くユマたんは可愛いが、今回ばかりはそのキレイな顔に右ストレートを叩き込みたい欲求が募る。リョナラーに転向して良いか?


『ただ、かなりの設備が必要だし俺の知識もそんなに無い。何よりさっき言ったとおり異様に化石燃料を消費する。石炭は貴重だし石油は見つかっていない。この世界にはそれ程のエネルギーは無い。そう思っていた』


 俺がそう言うと、ユマたんはお澄まし顔で考える素振りを見せる。考えても無駄だから考えんな! と罵って泣かせたい欲求が渦巻くがジッと我慢。


『化石燃料の代わりに魔力って事? 確かに無限のエネルギーだけどそんなに便利でも無いぜ? 空気中の魔力を利用するシステムじゃ夜に電気を灯すぐらい。丁度ソーラーパネルに近いんだ。大規模に魔力を集めようとすれば大規模な設備が要るからさ』


 高橋はそう言うが、大気のエネルギー以外にも魔石がある。そう言うと高橋は笑って。


「オイオイ、ソレこそ魔石は高いし貴重だからそんなに使えないよ? 現にエルフだって炭を作ってるからな。熱を生み出すだけならコストがよっぽど安いぜ?」


 はぁーコイツはやっぱり解ってない。俺はユマたんのほっぺをグニグニと潰す。


「でも王族は肥料を作っていたんだろうが! 何故だと思う?」

「ふぇ、なんふぇ?」


 歪んでも可愛い顔とか卑怯だろ!


「それはな! 窒素を固定する方法がハーバー・ボッシュ法じゃないからだ!」

「ふぇ?」


 自然界でハーバー・ボッシュ法なんて非効率なエネルギー変換が行えるハズも無い。別の方法で空気中の窒素を固定している。


「ソレはどうやってるの?」


 素直で可愛い質問だが、俺には答えられない。それどころか地球の誰も知らない質問だ!


『ソレを発見したらノーベル賞なんてレベルじゃ無いぜ? 英雄になれる。量子コンピューターでも作らない限りは解明出来ないだろうな!』

『そーなん?』

『そう、だけどコッチじゃ違った。さっすがエルフの植物学者サマだ!』


 俺はユマ姫の目の前に簡素な地図を突きつける。


「よく見ろ! 魔力が濃い場所は? 木が生い茂る場所は? どっちもエルフが住む大森林だ。エルフが切っても切っても植物が生えてくる! 他にはスフィールの北、ゼスリード平原へ至る山道も木が茂っていたハズ。大森林以外で木が生い茂る場所は大体斜面だ、何故だと思う?」

「魔力が溜まりやすい場所……」

「その通り! ユマたんも知っての通り、魔力は比重が重くて段差に引っ掛かる!」


 だからこそ谷間や山地に魔力溜まりが出来る。魔獣も天然で算出される魔石も山地に現れるのはソレが理由だ。

 逆に南方が砂漠地帯なのも、魔力が無い事で説明がついてしまう。


「つまり、この世界の植物は大気から吸収した魔力で肥料を自分で作っている。思い出してくれ、カレーの時に話しただろ?」

「スカトロ?」

「そっから離れて! 今真面目な話をしてる!」


 その控えめなおっぱい揉んでやろうか? 俺は丁寧に説明する。


「魔力が視えるシャルティア、いやシャリアちゃんが言ってたろ? 根っこには魔力が含まれてるからウコンとかに魔力が多いって! 魔力を根っこに送って恐らくは窒素固定菌に窒素化合物を作らせているんだ」

「窒素固定菌って?」

「地球でも大気の窒素を固定する菌は発見されてるんだよ。それが植物の根っこに居る訳」


 余りの知識の無さに俺はガリガリと頭を掻く。そんな俺にドン引きした様子で声を掛けるユマたん。誰の所為だと思っている?


『えーっと、つまり?』

『割と少ないエネルギーで肥料も火薬も作り放題です!』

『やっべぇーー』

『さっきからやべーって言ってるだろ!』


 もうね、内政チートで差を付けよう作戦がおじゃんだよ?

 今さらに状況が掴めたのか、ユマ姫が不安げに地図を眺める。


「コレは田中に殺ってもらうしか無いね」

「後は、馬鹿な帝国が肥料を作るだけに使うか……いや、期待出来ないな」


 解っていなければリスクを背負って裏切りを促さないハズだ。こうなりゃ学者を追っている田中はナイス判断だ。アイツは常に勘は良い。

 一方で勘の悪い高橋も事情に気が付いたらしい。


『じゃあ禁術になってる理由もソレ?』

『多分だけどヤベーって気が付いたんじゃ無いか? 植物学者のラクトン様は天才だったんだろ?』


 火薬なんてモンが広まれば、魔法が使えるエルフの有利が消えかねない。絶対に秘匿しなくてはいけない情報だ。


「クソッ! シャリアちゃんの話を聞いた時点で気が付きそうなモノなのに! 自分で自分が情けないぜ!」


 俺が机に突っ伏していると、その机に腰掛ける高橋が上から語りかけてくる。


「そうだぞ! そう言うのに気が付くのはお前の仕事だからなー!」


 脳天気にニヤニヤと笑っているが、コイツマジでこのままブチ犯して良いか?

 俺の剣呑な視線に気が付いたのか慌てた様子で。


『いや、俺も悪いとは思ってるよ? うん」

『じゃあ、今度俺が作ったパンツ履いて』

『は?』

『パンツ! 紐パン!』

『なんでだよ!』


 苦情を言ってくるが、そうでもしてくれないと辛い。銃を頑張って作ったのに報われない感じがする。


『つうか、履いたって見せないよ?』

『澄ました顔で、皆の前で振る舞っている時でも、紐パンを履いてると思うと頑張れる』

『キチガイか?』

『その通りで御座います』


 否定はしないよ! おかしくないとやり切れないよ!


 こうして紐パンの作成が決定された。

 流石にこれ以上は二人きりで部屋に籠もるには長すぎた。秘密会談とは言え変な噂が立ちかねないのでこの日の会談はお開きになった。


 数週間後、エルフの街から割と超科学な感じの魔導車が届いたが、同時に肥料作りの秘術に関する資料は持ち出され、専門家も既に居らず誰も詳細を知らないという最悪の報がもたらされてしまう。

 特殊な炉が必要で、そう簡単には作れそうに無いのが唯一の救いだが、魔道具ならば手順さえ解れば誰にでも作れてしまう危険性をも孕んでいた。

 結局、コレで完全に田中頼みになってしまった。ソレがダメなら後は火薬の量産を前に何とか片を付けるしか無い。


「これは是が非でも吸血鬼の謎を解き明かし、早く本調子に戻さなければいけませんね」


 そう言って物憂げな表情を浮かべるユマ姫が、ひょっとして紐パンかと思えば俺はギリギリで頑張れるのであった。

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