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死憶の異世界傾国姫  作者: ぎむねま
4章 盲目の姫の残滓
135/321

巨大墳墓2

【ユマ姫視点】


「間に合ったか」


 通路から俺が放った矢は扉の奥、木村の後ろの光点を射貫いた。運命光がひとつ消える。

 アレが至近距離から木村を守る護衛なら俺はとんだ間抜けだが、恐らくは違う。シャルティアが近くに居たのがその証拠。

 恐らくは捕まっていたか、もしくは殺される瞬間だった、それを寸での所で助けられた。

 連日の無茶に目が霞む、魔法を使って走ってきたが足への負担も相当な物。魔力欠乏なのか頭だってボーッとする。

 それでも木村を守れたと、達成感に浸る……その余韻も許されそうに無い。


解放(はなち)なさい!」


 聞こえたのはシャルティアの大声。どう言う意味だ? 何故自分から位置を知らせる様な真似を? その狙いは不気味で計り知れない。

 出来ればアイツは初撃で仕留めたかった、しかし木村を救うのを優先した、そこに後悔は無い。

 どうせこの狭い空間、なにをしようと逃げ場など与えない! 俺は悲鳴を上げる体に鞭打ち、二撃目の弓を引き絞る。


 と、そこへ遠くからキーキーと鳴く無数の声と、ザーザーと鳴る波音の様なうねりが聞こえた。

 なんだ? と思って目を瞑れば、木村達が居る部屋の奥から、目を焼かんばかりの光が溢れ出していた。


 ……なんだ? 何が起こっている?


 よく見れば、ひとつひとつは微細な運命光。だが桁違いの数が光の奔流とも言える光景を生み出していた。


 ――キーキー


 通路まで溢れ出した光の奔流は、俺の答えを待たず足元に迫った。


 ネズミだ! 地面を埋め尽くす程のネズミの群れ! 俺が大量に放った照明魔法があっという間にネズミの波に飲まれ消えていく。

 シャルティアの狙いはコレだ! 完全に俺の魔法封じ! たとえ微細な健康値でも細かい魔法の制御は阻害される。そこら中にネズミが這い回る状況では減衰だって激しくなる。


「チッ、やってくれる!」


 悪態と舌打ちが漏れる、だがそんな場合では無かった、俺の体を無数のネズミが這い回る。


「痛ッ」


 噛まれた! 微細なダメージでも重なればマズいか? ……いや、どんな病原菌を持ってるか知れないんだぞ? まして俺の『偶然』は的確に俺を殺す病を用意するハズだ。

 ペストでも流行って人類全てを巻き添えに死ねるなら本望だが、だったら死にゆく人類を見届けないと満足なんか出来っこない!


「のけ! 邪魔ッ」


 振り払うが、後から後から湧いてきやがる!

 苛立つ俺だが、すぐにそんな余裕も無くなる。部屋から俺が陣取る通路へと飛び出して来たのは、紅く不気味な運命光。そこから甘ったるい声が掛けられた。


「お久しぶりね、と言っても婚約発表の時以来かしら? どう? 私のプレゼントは? 可愛いでしょう?」

「シャルティアァァァァァ!」


 目に浮かぶのはボルドー王子の死に様。消えてしまった運命光と、広がる出血が止めようも無く、レンガの隙間に染みこんでいく悪夢の光景。


 ――俺も、お前に、会いたかったぞ! 全員、残らず、殺してやる!!


 俺の中の『高橋敬一』が暴走する。人格の使い分けが可能になってから、俺は人体のより深い部分にアクセス出来る様になった。

 体を守るリミッターを意識的に外し、成人男性さながらの膂力で弓を引く。

 まさかネズミを放ち魔法を封じれば、俺が無力だとでも思ったか!


「死ねっ!」

「!? グッ、カハッ」


 胸元を狙った矢は、しかしシャルティアの剣に弾かれ、それでも腹に突き刺さった。

 軽く打ち落とそうとして失敗したと見え、少女の力と甘く見ていたのは明らか。不用意に近づいた所を至近からお見舞いした一矢は、十分な致命傷に見えた。


 ……だが。


「フフッ、面白いわぁ、それも魔法なの? あなたの体格ではあり得ない力だけど」


 平然と、いや血走った目でシャルティアは走り込んでくる。

 ダメージはある、よく見れば腹に矢が刺さったまま。ノーダメージなどあり得ない。だが痛みを遮断する術でもあるのか、しっかりとした足取りで迫ってくる。

 逃げる? どうやって? 出口までは距離がある、だったら?


「ぐッ!」


 イチかバチか、俺はシャルティアに向かって前転する。さっきの一矢で外れた肩の関節を嵌めるため、体を地面に叩きつける様にして。

 激痛に声が漏れるが、何とか肩は嵌まってくれた。こんな動きばかりが上手くなってる気がして嫌になる。リミッターを外すと言えば聞こえは良いが、体に無理をさせてるだけ、脆い体はすぐ関節が外れてしまうのだから仕方が無い。マズいことに段々と癖になって外れやすくなっている。

 ウジャウジャとネズミにたかられながら、転がりながらシャルティアの横を抜ける。


 ……?


 一見して間抜けな動きだ、てっきりネズミごと斬られる物と思っていた。腕の一本で済めば良いとすら。

 しかし、俺は無傷でシャルティアの横を転がり抜けた。慌てて立ち上がりトタトタと無様な足取りで木村の居る部屋へと駆け込む。


 ……なんだ? なぜ? 俺の姿を見失っていた? そんなヌルい相手じゃ無かったハズだ。


「なっ!?」


 だがそんな事を考えていられたのも、部屋の中を覗き込むまでだった。俺はてっきり部屋の中はランプの明かりで照らされている物と思っていた。

 だが、実際はどうだ? ネズミから逃れた僅かな照明魔法。その光すら届かない完全な暗闇。これは? まさか煙幕?

 深く考える暇はない、身を隠すにはうってつけと、闇の中へと飛び込む。

 部屋の中、木村の運命光が全く動かないのは、大怪我でもしているモノと心配していた。

 だが暗闇で身動きが取れなかったのが原因と思えば、コレは悪いニュースじゃない。

 それどころか、この中ではシャルティアと言えども俺の位置が解らないんじゃないか? 誰が撒いた煙幕か知らないが、運命光が見える俺には断然有利……


 いや違う! コレはシャルティアが撒いたんだ。そうだ、奴は魔力が『視える』言わば歩く非常識!

 だからこそ、さっきは()()()()()()んだ! 魔力視に頼っていたからネズミの健康値に消され、俺の魔力を見失った。

 なら! と振り返れば部屋に紅い運命光が入ってくる所だった。そうだ! 奴が魔力を封じるためのネズミを逆手にとってや……?

 その瞬間、ギャリっと金属音がして足が滑った。 ズッコケてネズミにたかられながらも転倒の原因となったモノを掴む、それは一本のサーベルだった。


 ――コレなら!


 昨日からの無茶が祟って、俺は限界を超えていた。先ほどの一矢が止め。指の皮はズルりと剥け血だらけ、さっき嵌めた肩も無茶をすればすぐ外れてしまうだろう。そもそも手は痺れて震えが止まらない。

 それでも、それでもサーベルを構えて体ごと突っ込む位は出来る! 思い出せ! 帝国が攻めてきた日に剣を振るって何人もの兵士を殺した事を!


 転んだのを幸いと、俺はネズミに紛れて息を潜める。


 ――キーキー


 好きなだけ噛んでろ、喜べ! 俺の体をそんな風に噛んだのはお前らが初めてだぞ!

 そう考えた時、なぜかボルドー王子を思い出し、悔しさで涙が滲む。

 俺はもっとボルドー王子に触れて欲しかったのだろうか? それこそ舐めたり噛んだりされたかったのか? いや、考えるのはよそう。


 俺は伏せたまま、目を閉じて機を窺う。ネズミに(まみ)れようとシャルティアの特徴的な運命光は見間違う事は無い。

 今の俺は魔力がスッカラカン、だがそれで良い。相手が用意した魔法対策を逆手に取ってシャルティアを殺す!


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 部屋に入ったユマ姫がネズミと共に地に伏せて待ち伏せる。

 対して腹に矢を受けながらも、それを感じさせぬ軽い足取りで部屋に戻ったシャルティアは、確かにユマ姫の姿を見失っていた。

 それでもシャルティアに焦りは無い、それどころか上機嫌ですらあった。

 魔法を封じる策としてネズミはこの日の為に用意したモノ、ユマ姫をこの場所へどうおびき出すかが難題だったが、木村を利用する策が思いの外上手くいったのだ。


 一方で絶望的な気持ちで息を潜めるしか無かったのが木村だ。

 守りたかったユマ姫を却って危険に晒してしまった。そして自分は関節を外され、腕は使い物にならない。更に言えばユマ姫が現れたと言うことは自分の人質としての価値は激減。リアルに迫った命の危機に震えていた。


 ――なぜ、ユマ姫は来てしまったんだ!


 何もかも上手くいかない現状に、そんな苛立ちすら抱いてしまう。

 だが、あのまま人質とされていれば余計に危機的状況に陥っていた事が解らない程、木村は愚かな男では無い。

 本当に苛立っていたのは肝心な時に全く役に立たない自分だ。冷静な頭でそれが解るだけ上出来と、歯を食いしばり沈んでいきそうな心を踏み止める。


 木村は生来の器用さで何事も上手くこなせた。それ故に、何かひとつでも上手くいかない事が有ると原因を他に求め、全てを諦めてしまう事が多かった。


 ――だが、諦められない。 あの女性(ひと)に変わりは居ない。居るハズが無い!


 木村が物事をすぐ諦めてしまう原因は、もう一度同じ様にやったらもっと上手く出来るという自信があるから、……と言うのは半分だけ正解だ。


 もう半分は、大局を見れば大体の事はどうでも良いと、俯瞰的に物事を見てしまうからだった。

 何でも器用にこなせるが、何でも一番と言う訳じゃ無い。むしろ器用貧乏で一番にはなれない事が多い。

 それで頑張って一番を目指すでも無く、ナンバー2である事に満足していた。

 それは今でも変わらない。どちらかと言えば脇役である自分が好きだったから。

 だからこそ、憧れのユマ姫がボルドー王子と結婚すると聞いてもショックは少なかった。あんないかにもメインヒロインと結婚出来る器では無いと諦めていたからだ。

 そんな風に、自分の人生すらも俯瞰して見てしまうだけに、何事も冷静に損切り出来てしまう。

 だが、あの姫の命だけは損切りなんて出来っこない。彼女は物語の主人公だ。直感的にそう思った。

 彼女の足を引っ張っては『悪い脇役』になってしまう。脇役でも良いと思ってはいるが、目指したのはミステリアスで主人公を導き助けるオイシイ役回りだ。

 だからこそ、木村は親友だった田中の死に様に嫉妬した。


 ――俺が死んだら、ユマちゃんはあんな風に泣いてくれるだろうか?


 泣いて欲しいと思う自分はサディストなのか、彼女の為に苦しみたいと思う自分はマゾヒストなのか?

 そんな馬鹿な事を考える自分を笑いながら、動かぬ腕をぶら下げたまま木村は見通せぬ暗闇の中、取り落とした銃を探し始めた。

 恐怖からくる震えは、いつの間にか止まっていた。



 シャルティアはユマ姫を見失っても木村を人質にすれば引きずり出せると思っていた。

 だから、木村が暗闇の中動き出したのは誤算だった。人間は暗闇の中では体が動けなくなる。それは、本能の根源的な呼びかけ故に、特殊な訓練をした訳でも無い木村が動けるとは思っていなかった。

 追いすがろうと暗闇のなか足を運ぶ。シャルティアは暗闇でも自然に動けるし、音をたてずに行動出来る。

 だが、幾らシャルティアとは言えネズミが這い回る地面を歩く訓練はしていない。ネズミだって踏まれれば五月蠅く鳴くし。蹴飛ばして歩くのも同様だ。

 魔法を封じる策だったが、自分の強みも封じられていた。音をたてドタドタと歩く事に暗殺者としての矜恃を傷つけられる思いで、苛立ちながら木村の後を追いかけた。

 当然、後ろからの物音に気が付いた木村は慌てて足を動かす。それでも暗闇で動く事には木村とシャルティアでは場数が違う。

 あっという間に追いつかれ、襟首を捕まれる、その寸前。一際ネズミが団子の様に固まっていた場所からひとつの影が立ち上がる。

 ユマ姫だ。ユマ姫は少女とは思えぬ力強い足取りで、ネズミをモノともせずに一直線にシャルティアに迫る。


 ――キンッ


 固い音が響いて、一瞬火花が散った。

 シャルティアの懐剣はユマ姫の決死の一撃も受け止めて見せたのだ。

 そもそも、近接戦闘はシャルティアの十八番。リミッター解除に依る少々の踏み込みの鋭さと、ネズミに紛れる程度の策でどうにかなる相手ではなかった。

 シャルティアにとって、返す刀でその喉元を一閃し、ユマ姫の息の根を止める事は容易かった。

 だが、敢えて袖を取り投げ落とすと、関節を極め、外した。

 正に木村にやったのと同じ手順であったが、余りに軽く外れてしまうので失敗かと疑ったほど。

 だが、同時に納得もした。先ほどからの体格、年齢からあり得ぬ力は体に無理をさせていたのだと正しく理解が及んだからだ。


「ああっ! やっぱり貴女は『私と同じ』なのね!」


 シャルティアの心は歓喜に震える。シャルティアもまた、同様に自分の意思で脳の忠告を振り切っての無茶が可能だった。腹に貰った一矢を無視して動ける事がその証拠。

 この世にたった一人。羊として生まれてしまった狼が初めて出会った同種。

 だからこそ殺したい。だけれども殺したく無い。

 その狭間で、シャルティアは思う。


 『食べたい』と。



 一方で木村は待望の銃を手にしていた。

 ユマ姫とシャルティアの剣戟で散った火花は、散り始めた煙幕の残滓を瞬間切り裂き、木村へ銃の場所を指し示す事に成功していたのだ。

 木村は背後に追いすがるシャルティアに突撃した人間を自分が連れてきた騎士の一人と思い、余り気に掛けなかった。この暗闇の中、肝の据わったのが居るなとしか。

 だが、銃を手にした瞬間。安心と共に戻った冷静な思考で思う。


 ――そんな奴が居るか? まして団長は死んでいるんだぞ?


 ゾクリと背筋が冷え、肌が粟立つ。


 ――まさか? ユマ姫なのか? 俺はまた救われた?


 半ばパニックになった頭は、痛みも打算も捨て去り、無理矢理地面に叩きつける様に関節を嵌めさせる。


 ――ッ!!


 人生で初めて味わう激痛に目の前が真っ白になる。これまた初めての冷たい汗が体中から湧き出る感覚。

 口から漏れそうになる悲鳴を血が出るまで唇を噛みしめ、堪える。

 深呼吸をひとつ、音がする方向に銃を構える。未だにもみ合う音がネズミの鳴き声に混じって聞こえてくるのだ。

 だが、嵌めたばかりの腕は激痛としびれをもたらし、ガクガクと揺れ狙いは定まらない。そうで無くても目の前に有るのは視界を塗りつぶす暗闇だけ。

 だが、あのシャルティアの剣術を見た以上、ユマ姫が敵う相手とは思えない。イチかバチかの賭けに出るべきだと、冷静な思考は訴えてくる。


 ――撃てッ! 撃つんだ!


 カチャリと撃鉄を引く音が妙に耳に響いた。

 呼吸も五月蠅く、嫌な汗は目に掛かる。

 見えない! 音を頼りに撃つしか無い! だが、ユマ姫に当たったら? コレがナニかの作戦だったら?

 良かれと思った行動で主人公の足を引っ張るキャラは、木村が最も嫌う物だった。

 いや、そんな理屈は抜きに、愛した女性を殺してしまう可能性に木村はトリガーを引けなかった。


「やめっ!」


 暗闇の中、ユマ姫の悲鳴が響く。木村の中で騎士と言う一縷の望みが消えた瞬間だった。

 シャルティアがユマ姫を押し倒し、馬乗りとなって短剣をユマ姫の左目に突きつけた瞬間でもあった。


「うっ、イヤッ! ア゛アァァァァーー」


 短剣は無情にもユマ姫の片目をえぐり出した。血が噴き出し、体の一部が失われる恐ろしさに震えるユマだったが、恐怖はそれに止まらなかった。シャルティアはえぐり出した眼球に口づけると、チュルンと吸い込み、口に含んだ。


 ――あ、あああぁぁあぁ♥ 堪らないわ! 貴女の悲鳴、苦しむ様


 同種の存在と、初めて認めた相手を屈服させ、恐怖と苦痛の表情を引き出す事はシャルティアに無上の喜びを与えた。

 シャルティアは生まれながらのハンターとして、狩りは好きでも相手を嬲る様な真似は決してしないと今まで思っていた。

 だが、それは相手が弱かったからだった。同種、いや魔法も含めれば格上とすら思った相手を屈服させる事はシャルティアに未知の快感をもたらした。

 実は先ほど、ユマがシャルティアの横を転がり抜けた際もシャルティアはユマ姫の姿を捉えていた。しかしユマ姫の苦痛に満ちた声を聞いた瞬間、息が詰まる程の快感に震え、動けなかっただけだったのだ。


 一方のユマは暗闇の中でも、目前であるが故に、息づかいや感触で自分が何をされたか理解出来てしまった。

 気持ち悪さと、それ以上に得体の知れない相手への恐怖に震えが止まらない。


「うぅ、あ、あ、あ」


 生きたままに食われる、根源的な恐怖にユマ姫は恐怖し、涙した。それこそ普通のか弱い少女の様に。

 その様子はシャルティアを余計に喜ばせた。そして口に含んだ眼球を噛みつぶす様を見せつけようとして気が付く。煙幕は晴れてきたが、明かりが無い。

 仕方が無いので、耳元で噛みつぶし、咀嚼音でも聞かせようと顔を近づけた瞬間、それは起こった。

 暗闇の中、一瞬の閃光。そして炸裂音。


「ひっ!」


 ユマ姫は間近に浮かび上がったシャルティアの顔を見てしまう。ましてその口内に自分の目がある様を残った右目だけの視界に収めるや、軽いパニックに陥った。

 シャルティアもシャルティアで、気配で感じるユマ姫だけで感極まったのに、光の下で恐怖に引き攣る顔や、がらんどうになった左目、絶望に沈む様子を堪能して頭の中が真っ白になる思いだった。


 ――グチャリ


 歓喜のあまり、眼球を噛みつぶす。とろりとした苦い触感が口の中に溢れるも、それ以上に甘美な悲鳴が耳に届いた。

 ユマ姫の口から漏れたのは「キャァ」と言う可愛らしい悲鳴。噛み潰す瞬間こそ暗闇に戻って見えなかったが、寸前の光景からその音が何を意味するかは容易に想像が付いてしまった。

 見えないからこそ、想像力はより深い恐怖を掻き立て。ホラー映画の様な光景に、闘争心すら潰されてしまう。

 同様にシャルティアも、可愛らしい悲鳴によって想起した恐怖に涙するユマ姫の姿に、頭が茹だる程の快楽を得てしまった。


 それ故に、らしくないミスをした。


 二回目の閃光。そして乾いた破裂音。

 言うまでも無く、音の正体は木村が放った銃声、閃光はマズルフラッシュだ。

 マズルフラッシュで浮かび上がったマウントを取るシャルティアに、間髪入れず木村は二度目のトリガーを引いたのだ。


「うっ!」


 今度上がったのはシャルティアの悲鳴。弾丸は肩口に命中。鉄の丸玉なので過剰な威力で弾丸は貫通してしまうが、それでも大きなダメージとなった。

 木村は痺れる手での銃弾の連続発射に成功した。一発目の閃光で大まかな位置を確認し、二発目で仕留める策が見事に嵌まった格好だ。

 と言っても、器用さが自慢の木村と言えどこの様なコンディションで頭部に弾丸を当てるのは困難、肩でもむしろ上出来が過ぎる結果。

 そもそも連射が効くリボルバーとは言え、この様な連続発射は賭け。さらに冷静に考えれば、閃光の正体など自明であるが故。一発目のマズルフラッシュでシャルティアが逃げおおせる可能性は非常に高かった。

 しかし、木村は全ての賭けに勝って見せた。

 シャルティアは腹に受けた矢傷と合わせて、いよいよ出血に体が言う事を聞かなくなった。

 しかも感極まった感情の発露は、痛みをダイレクトに脳に届けた。覚悟を決めて、弓を構えるユマ姫の前に立ったときとはまるで違う。

 その隙をユマ姫は見逃さなかった。振り絞った背筋の力だけでのし掛かるシャルティアを押しのけると、上体を起こすと同時に右肩の関節を嵌めてみせる。

 今回は外れやすく、嵌まりやすくもなった関節が奏功した。嵌まった右腕で、乱暴に左腕の関節も嵌める。

 するとユマはリミッターを外した力を総動員し、逆にシャルティアを押し倒す。

 上下が入れ替わる格好、それこそ形勢逆転。

 しかし、木村にはそれが解らなかった。弾丸は当たった様だが致命傷は与えられなかった事が、もみ合う音から判断がついただけ。

 煙幕は僅かに晴れてきていたが、ネズミに塗れたランプの明かりは二人のシルエットをぼんやりと煙の中に浮かび上がらせるに止まっていた。

 つまり、木村の目に映ったのは地に伏せる女性と、それにのし掛かる女性のシルエット。

 木村は当然、直前に見たユマ姫にのし掛かるシャルティアを思い出す。六発の内、最後の弾丸をそのシルエットに放つ事に迷いは無かった。


 ……だが。


 闇を切り裂きマズルフラッシュに浮かび上がったのはシャルティアにのし掛かるユマの姿だった。

 そして『偶然』は弾丸を正確にユマの胸元へと運ぶ。

 その光景を目に、果てしない絶望が木村を震え上がらせた。

レビューありがとうございます。

投稿前に、ホームに赤文字があってビックリしました。

実はまだ読んで無くて、震えてます。

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