婚約成立?
滅茶苦茶、風邪を引いてました。お正月に書きためしたかったのに……
「はしたないですよ、ユマ様」
シノニムさんは俺が吹いたお茶を拭いてくれるが、こっちはそれ所じゃない。
「なぜこのタイミングで婚約なのです?」
俺の鋭い視線にもヨルミはどこ吹く風だ。
「このタイミングだからだよー、暗殺者は兄ちゃんじゃなくてユマちゃんを狙ったんだよね?」
ヨルミの軽い調子に気が抜けてしまう。
「ヨルミさん?」
「ヨルミちゃんって呼んでよ」
うーん、この。
「では、ヨルミちゃん」
「はいはーい」
「なぜ、私が狙われていると婚約になるのです? いっそ距離を置くのが普通では?」
「ユマちゃんはお兄と距離を置きたいの?」
「そう言う話ではなく――」
「まずね」
ヨルミはピッっと人差し指を立てる。
「相手はお兄がピンピンしてるって思わないハズでしょ? それどころか死んでいないとおかしいぐらい、なのに婚約が発表されるって事はさ――」
「都合が良い事を、私が言わせてると思う訳ですね」
先程も言ったけど俺自身、全く考えなかった訳では無い。シノニムさんが見てる手前その選択は取れなかったが……
「もしくはガルダさんやフィダーソン爺ちゃんとかが、王の側近って夢が捨てきれずってね」
「え? 私はこの国の王族では無いのにですか?」
「普通ならそうでも、オルティナ姫の生まれ変わりって肩書きがあるからねー、お兄の嫁で、市井の人気を考えれば、少なくとも私よりかは全然可能性あるね」
「よ、嫁……」
「そうでなくても愛し合い、結婚を誓った王子が死んでしまうって展開は、悲劇のヒロインとして更に人気に拍車が掛かるだろうね」
確かに『悲劇の王女ユマ』のストーリーとしては面白いかも知れない。
ヨルミは更に続ける。
「でもね、やっぱり血が繋がってないのが問題だってなると、ほら? 王子はもう一人居るじゃ無い?」
「ゾッとしませんね」
つまり、第二王子が死んだなら、代わりに第一王子と結婚して貰おうって話だ。
あの性格の悪さがにじみ出てる王子とは同じ空気を吸うのも嫌だ、結婚など論外だ。
「で、そうなると困るのはカディナール王子の婚約者であるシャルティアちゃんって訳、そこまで行かなくても敵に塩を送ってしまう結果になるなら焦るよねぇ」
「つまり、婚約発表を餌にしてシャルティアを釣り上げると?」
「そーゆーコト♪」
なるほど、偽の婚約発表と言う事か? 俺は納得しかけたがシノニムさんから疑問の声が割って入った。
「ちょっと待って下さい、婚約の発表。それも王族の婚約発表など虚偽が許されるのですか? 信用問題となりませんか?」
痛い所を突かれたヨルミは手をモジモジと組む。
「まーそれが問題よね、発表した婚約が嘘だったって言われても。婚約を破棄された姫って汚名が付いちゃうかも」
「それは……ありがたく無いですね」
シノニムさんとしても、俺のイメージアップに長い事奔走してきただけに婚約破棄の汚名は看過できないだろう。
しかし、ヨルミちゃんは茶目っ気たっぷりに微笑んだ。
「でもさー、いっそ本当に婚約しちゃえば?」
「「「なっ?」」」
反応したのはガルダさん、シノニムさん、俺の三人。特に拒絶反応を示したのは当然だがガルダさんだった。
「ふざけるなっ! 今回の怪我だってユマ姫のとばっちりだろうが!」
「はぁーもう! そんなのお互い様でしょ? そもそもこの屋敷がガバガバだから狙われわれたんじゃないの! 責任を感じなさいよ責任を!」
「うっ!」
「それに、この暖炉に仕掛けをしてたってコトはね、相手は冬になる前にお兄だって狙ってたって事でしょ? お互い様よそんなの」
「うううっ!」
「それにね、万が一怪我をした時だって魔法で治せる訳でしょ? そんな人他に居る? もうね、コッチから頭を下げてお願いするのがフツウでしょーが」
ヨルミちゃんがガルダさんにビッっと人差し指を突きつけ、仁王立ちで宣言する。
いやー、他人の婚約をココまで勝手に宣言出来るのはある意味凄い。
当の本人の気持ちとかお構いなしだ。本人と言えば……と目をやれば当のボルドー王子と目が合ってしまった。
なんとも気まずいというか恥ずかしいというか。しかし王子の方はそうでも無かったのか、「ふぅ」っと一息吐くと話し始めた。
「ガルダ、お前の負けだ。それとヨルミ! お前も他人を便利な道具の様に扱うな。失礼だろうが!」
「すみません」
「ごめんなさい……」
殊勝にも謝る二人に頷くと、王子は続ける。
「それでな、ユマ姫よ。格好良く助けるどころか、助けられた身でこんな事を頼むのはどうかと思うが、どうか俺と婚約して貰えないだろうか」
「え゛っ?」
い、今、断る流れじゃなかった? マジで? マジか?
「あの、折角のお申し入れなのですが、と、突然で私……」
「君もそんな風に動揺するのだな、それが演技で無いとすれば初めて驚かせる事が出来て嬉しく思う」
いや、驚いたよ。驚いたけど、良いの? 当然ガルダさんも大慌てだ。
「王子!? 正気ですか?」
「もちろん。助けられた事とは関係無しに、こう言うのは男の方からお願いするのが当たり前だろう?」
「い、いや……」
「俺はな、ずっと女性と付き合うのが怖かった。また守れず殺してしまうんじゃ無いかとな」
「…………」
それは散々聞いている、そのお陰で同盟も組めたので、俺としてはオイシイ話では有ったのだが。
「ユマ姫についても同じ心配があった、ある程度距離を保たなければ殺してしまうかもと不安だった。だがゼクトールが強さを、フィダーソン老が賢さを賞賛し、実際に逆に命を助けられた。しかしそれでも俺は乗り気じゃ無かった」
「それは、王国が乗っ取られると言う心配からですか?」
シノニムさんの問いに王子は首を振る。
「いや、ユマ姫がこの国にどんな影響を与えるか俺には解らない。だが、このままアイツに、兄であるカディナールが王権を握ったら碌な事にならないのは確実だ。ユマ姫が権力を握ったら悪魔の様に豹変するなんて、そんな仮定だらけの心配をする余裕は俺には無いさ」
「では?」
「ああ、俺は結局、どんなに能力があろうと、まだ子供にしか見えないユマ姫を歪んだ政争に巻き込みたくなかったんだ。だが、君は見た目通りの子供じゃ無い、そうだろう?」
「ええ、何年分もの記憶が私にはあります、ですが」
俺はボルドー王子を見つめ返す。
「逆に王子はそれで良いのですか? 私は見た目通りの子供でも無ければ、人間でも無い。こんな正体不明の存在、恐ろしく思わないのですか?」
「怖くないと言えば嘘になる。だがな、少々嫁さんを恐ろしく思っている位の方が、夫婦関係が上手くいくらしいぞ?」
「そう言う問題ですか?」
「何よりな、君に抱きついて、背中に傷を受けた時。コイツと一緒に戦い、生きていきたいと思ったんだ。魔法で傷を癒やされた時、それが確信に変わった」
「そ、そうですか……」
照れるぅ! なんだか俺も抱きつかれてドキドキしてしまった事を思い出してしまった。
赤くなる俺を微笑ましげに見つめる王子。イケメンでは無いが、誠実そうな顔にはその人柄が表れていた。
そして、あろう事か王子は俺へ手を差し伸べ告白してきた。
「ユマ姫、君の事が好きだ。俺と婚約してくれないか?」
「ええっ? あの……ハイ」
俺は真っ赤になって王子の手を取った、元より願ってもない話だ。
俺の目的は帝国と戦い、そして復讐する事。
目的の為に王国の力を借りる必要があるし、その為にはエルフの王族で唯一の生き残りである俺がビルダールの王子と結婚するのが一番早い。
だから、答えはイエスしかあり得ないのだが。それにしたって躊躇してしまうのは、俺の男の部分を、『高橋敬一』の部分が男と結婚すると言う事に激しい違和感を訴えて、逆に女の子の部分が王子様との結婚と言う物に、憧れを抱いている。
二つの真逆のドキドキに俺の感情は制御が利かなくなり、顔は赤く、目は泳いでいたが俺は何とか両手で王子の手を握り返した。
これでプロポーズはOKと言うサインとなる。王子はホッとした様子だ。
「良かったよ受けてくれて、君にとって俺なんてオジサンだろうからね」
「いえ、そんな事は……あの私、そろそろお暇しても宜しいですか?」
こ、このままでは自分でも意味不明な行動をとってしまう! その前に一度落ち着きたい。一回家に帰って考えを纏めなくては。
「そうか、送ると言いたい所だが、俺は瀕死の重傷のフリをしなくてはいけないんだったな?」
「そだね、お兄はしばらく表に出ないでね」
「気が重いが仕方ない、ゼクトールを護衛に付けよう、逆に俺は死んだ人間だ。裏で動いて黒幕を釣り出す事に専念するさ」
ソレはありがたい。取り敢えずここ数日は護衛を厚くして貰いたい。
俺は辞去の挨拶を済ませると、そそくさと王子の私邸を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お前本気か?」
ユマ姫が去った部屋で真っ先に声を上げたのはガルダだった。
「もちろんだ、俺はユマ姫を愛してる。アイツを愛したのとはちょっと違うかも知れんが、ただ守りたいだけでなく一緒に戦っていきたいと思うんだ」
「全部、嘘で、騙されてるかも知れないんだぞ?」
「それ位おっかない相手だからこそ、その見た目とのギャップに惹かれちまったのかもな、それに今はまだ幼すぎるが、数年も経てば絶世の美女になるのは間違い無いだろ?」
「それは……」
王子に言われるまでも無く、多くの女性を見てきたガルダにとってもユマ姫の美しさは別格だった。まだ幼いながら、ただ美しいだけで無く、圧倒的な華と言うか、オーラがあった。
それが成長し、女性としての色香をも纏ったら、王国の全ての耳目を集める存在になる事は疑いようが無い。
……いや、今でも自分の無垢な見た目と愛らしさすら利用して、女性人気も集める手腕は年齢に見合わず、いっそ異様で恐ろしくもあった。
「抱きしめるとな、本当に小さくて可愛らしい、ただの女の子なんだよ。なのに中身は凶暴で野獣の様な人格が宿っている」
「兄ちゃんホントに入れ込んでるねー、ロリコンじゃないって言ってなかった?」
「ロリコンと言われようが構わんさ、俺はユマ姫が好きだ」
愛おしそうに語る兄をヨルミがからかうが、それでもボルドー王子は動じなかった。
「あーこりゃ本気だねー」とヨルミは犬も食わないと匙を投げる。
そう言うヨルミには、兄であるボルドーが本当はユマ姫のどこに惹かれたのか解っていたからだ。
「お兄はさ、ユマ姫の目に復讐の炎が燃えているから好きになったんでしょ」
「……気付いていたか」
「そりゃね、あのぐらいの子がさ、あの時のお兄ぐらいに、いやそれ以上にさ、復讐に狂っているのは可愛そうだと思うと同時に、何か力になってあげたくなるよねー」
「そうさ、そうなんだ、俺とあの子はどこか似ていると思っていた」
王子の意思は固かった。ガルダもフィダーソン老も結局は根負けしていった。
「解りましたよ、ではそのお姫様をどうやって守るか話合いましょう」
「ワシも協力するぞい」
こうして王子の陣営はユマ姫との婚約で結束していく事になった。
今後の戦略やシャルティア対策へと、次第に議論は過熱していく。
「しかし、この王国にはおっかない少女が多いもんじゃな」
そんな中、そうしみじみと呟いたのはフィダーソン老だった。
「それはシャルティアとユマ姫の事か?」
「それだけでなく、最近はトリアン男爵家の娘、えーとなんと言ったかのぅ? まぁその娘の占いが当たると評判でなぁ」
「へー、初めて聞いた-」
「はぁ、ヨルミ様はもっと社交界の情報を仕入れるべきですよ、ルージュって娘で信望者が大変多いんだとか、問題になっていますよ」
「そう、洗脳されてると親御さんからワシの所にまで相談が来たんじゃが、年頃の娘には良くある事じゃと言っておいたよ」
ガルダとフィダーソン老はそう言った流行にも詳しかった。しかし意外にもその名前は流行に疎いボルドー王子の耳にも入っていた。
「ルージュ? そう言えばそんな娘がカディナールの奴の屋敷に出入りしてると聞いたな。アイツも占いなんて信じているのか?」
「流行には乗る方ですからね、人気取りに囲い込む事を狙っているのかも知れません」
「そうか……」
このときは誰も気にせず、ルージュと言う少女を誰も本格的に調べようとしなかった事を後に彼らは後悔する事になるのだった。




