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死憶の異世界傾国姫  作者: ぎむねま
1章 エルフのお姫様
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生誕の儀

【エンディアンタイムス:生誕の儀特集欄よりグラント老】


 ――ピィィィィィィ


 甲高い笛の音が鳴る。

 青の広間の、青の劇場は、青のピューラ木で彩られた由緒正しい野外劇場であり、昔ながらの警笛を開演の合図に使用している。


 まだ落ち着かないと、グラント老人は席でそっと息を吐く。無理も無い。今回の公演のチケットを入手するにあたり、都でも指折りの魔道具商グラントでさえも多大な労力と資金を必要とした。


 何せ表向きは生誕の儀、チケットは関係者へ配るのがメインで、行政府へ声を掛けてもチケットは少なく「一般の方と同様に抽選に参加してください」ときたもんだ、結局知り合いのツテで買い取ったチケットは8グレメル、妻の分を入手したときは10グレメルまで高騰していた。


「あなた、いよいよ始まりましたわよ」


 妻も興奮気味だ、無理もない。この公演の目玉は何といっても普段病気を理由に表に出ないユマ姫である事は疑い様が無いが、それ以外にも見どころが多過ぎる。


 まず他の共演者達が凄い。なにせ王族と共演できるなど一生に一度有るか無いかの大チャンス。

 三日前に急に決まった公演だと言うのに、自分の劇を放り出し、国と悲劇の姫ユマ様に貢献したいと言うお題目の元、都のトップ演者たちが集まりも集まったりで大変な事になったと聞く。

 それでもメインとなる劇団は自分たちだけでやると頑張ろうとしたのだが、三日と言う無理なスケジュールがココで効いてきた。

 ベテランにやってもらって不測の事態の確率を減らし、万が一が起きても責任を分散させたい思惑も手伝って、アレやコレやと二度と集まる事が無いと思われるドリームチームが結成してしまった。

 ドリームチームなのは出演者だけではない。楽団や演出家。脚本だけは時間の関係で既存のものだが、グラントとしては自分が生きてる限りでは、このメンバーは絶対に集まらないと断言できる程だ。


 とは言え、どんなにドリームチームだとしても急ごしらえのメンバーで劇をやるとなれば完成度の低さが心配されるところだが、そこは演じるのが「エリプス王の恋と冒険の物語」であれば話は別だ。

 もう何度も何度も、それこそしつこいぐらいにここ数年公演されてきた物語。年端もいかぬ幼子とて、その物語をスラスラと語って見せる程に語られてきた物語は、公演回数もとんでもない事になっている。

 今や、この王道を演じずに劇団とは認められない程なのだから、どの演者もセリフの一つ一つが頭に染みついているのだ。


「ああ、ステフ様のお顔を早く拝見したいわぁ」


 そして、あまり演劇に興味が無い妻が急に公演に行くと頑張り出した原因がコレだ。

 第一王子にして、次期王の座が確実と言われるステフ王子。これがまた凄い人気で、妻などは公式行事にステフ王子が現れると聞けば、遠方まで竜籠をチャーターして出かけてしまうのだから堪らない。

 グラント老としても若い頃なら嫉妬の一つもしただろうが……いや、若い頃だろうがあそこまでの美形で、まして王子が相手となると嫉妬もしなかったに違いない。

 その王子がユマ姫の相手役として急遽登場すると報せが入ると、もうチケットの争奪戦は過酷を極めた。考えてみれば生誕の儀でユマ姫が愛を語るとなると、相手役にもいろいろと噂がたってしまうのは間違いない。


 今回、愛を語るシーン以外の共演個所では、天才子役との評判を欲しいままにしているマーロゥ少年がエリプス王を演じると聞いているが、さしもの少年も(いわ)れも無いゴシップに潰されたくは無いだろう。しかしあのステフ王子が愛を語るシーンとなれば死人が出てもおかしくない事になりそうだった。


「ああ、楽しみだな」


 せいぜい、妻の手を握って自分の存在を忘れないようにアピールするぐらいしかグラント老には出来そうになかったのである。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 幕が開いての第一章、もう開幕から凄かった。

 パメラとパルメの美人姉妹を演じるは都で一二を争う美人女優セラフィムとミューランだ。

 普段彼女たちが共演する事など絶対に無い。都の男たちはセラフィム派とミューラン派に分かれて論争を繰り広げる程の人気で、それぞれが別々の劇団の顔と言われる立場だから共演などありえないのだ。仲良く花束を作り、お互いの好きな人を当て合う微笑ましいシーンのハズが、劇団を背負っての戦いの舞台になってしまったのか、異様な緊張感が二人の間にある事を観劇のエキスパートであるグラント老は感じ取っていた。

 普通に考えてみれば大スター共演の弊害、舞台の失敗とも指をさされかねない状況だが、グラント老の考えは別だった。

 お互いが好きになった人が同じである事を感じ取り、今まで仲が良かった姉妹の間で恋の鞘当てが始まる。美しくも息が詰まる緊張感が感じられて当たり前ではないか! 新しい解釈が生まれた瞬間に立ち会えた瞬間に人知れず震えた。


 エリプス王子を演じる男優ゼスターの演技も素晴らしい。

 二人に挟まれオロオロとするところ、突然の王の死に悲しむところ()(ろた)えるところ、鉄人の様に王を美化するのではなく、一人の人間が、偉大な王となっていく様を等身大で演じていく様は心を打たれる。


 そして圧巻だったのは王とパメラが結ばれるシーンだ。

 祝福の言葉を投げかけて、無理やり笑顔を作ろうとするも上手くいかないパルメことミューランの演技が素晴らしい。

 それに答えるセラフィムの演技はどうか? 申し訳なく思いつつも笑顔が抑えきれず、エリプス王と腕を組む、だけど、妹の事が心配なのかチラリチラリと見つめる様はゾッとするほど真に迫っていた。


 そして討伐隊と森を進む王。全てを忘れたいと奇声をあげて怪物に挑む王の捨て鉢とも言える様子、そんなゼスターの見事な演技が観客を掴んで離さなかった。

 ここの段にくるともう観劇なんて本心では下らないと思っていた妻ですら、息を飲んでストーリーにのめり込んでいた。もう何度聞かされたか知れないような物語にだ。


 そして物語はいよいよユマ姫が演じる、冒険者ゼナの登場シーンに差し掛かる。


 本当に森を運んで来たかのような鬱蒼としたセットの中、傷ついた少年が木に寄りかかっている。

 なるほど、冒険者ゼナの登場するこのシーンを機に名優ゼスターは一時離脱、天才少年マーロゥにバトンを渡すのだが、それに合わせて微妙にセットが変わっている。

 木や花が小さいものに取り換えられて、演者が子供に代わる違和感をスケールの違いで誤魔化そうと言う狙いだ。いやはや考えるものだ。

 ユマ姫登場の直前に来て一度幕が閉まり、いよいよと言う所で大分待たせるものだから、随分と引っ張ってくれるとヤキモキしていたが、セットの総入れ替えを行っていたと有れば納得せざるを得ない。


「ああ神よ、この身の不甲斐なさをお許し下さい、そして願わくば愛しきパメラの元にいざなわん」


 マーロゥ少年の滔々(とうとう)とした語り、悪くない、少年の高い声でも違和感無く聞かせてくれる、流石は天才少年と言われるだけの事はあるだろう。

 そして小ぶりになった木々を掻き分けて、いよいよユマ姫が姿を現した。


 ………………


 そこには小さな銀髪の妖精が(たたず)んでいた。

 ――なんと、美しい。だがそれ以上に現実感を伴わない、夢幻の中に迷い込んだかの様に錯覚させられる。


 その瞳は観客席に向けられながら、ぼんやりとしていて決してこちらを見ていない。なんの感情も浮かばない顔にふっと笑顔が宿る。すると観客席を端からゆっくりと(へい)(げい)していった。

 何かを確認するかの様に、焦点の合わない瞳が観客の一人一人を品定めしている、顔や身なりではない、もっと深い所を見られている。そう思わざるを得ない眼差しだった。グラント老とて思わず背筋が伸びる。

 そして、これが、これこそが王の血なのかと戦慄せざるを得なかった。この幼き少女はこれだけの観客を前に、緊張も、恐れも、ひとかけらだって抱いていない。むしろ緊張するのはお前らだぞ、見られているのではなく、こちらが見ているのだ。と圧倒して見せた。


 その少女が口を開く。

「やぁ其処に居られるエルフの麗人よ、汝は我の助けが必要か」


 凄腕の女冒険者の役とは思えない。朗々と声を張り上げ(すい)()するシーンのハズが穏やかな美声が掛けられる。

 目の前に幻の蝶が飛び交うのがこの目にハッキリと見えるようだ、そう、彼女が演じているのは決して女冒険者ではない。森の女神、そしてマーロゥ少年演じるは、女神の御座す妖精郷に偶然落ち延びた哀れな王の姿だ。


 これこそ歴史の真実なのかと、王の怪我がたちどころに治る謎、女冒険者が大森林の深くに居たと言う謎、その全ての真実こそがこれなのだと見つめる国民全てが納得させられるだけの説得力。

 「妖精郷など幻」と言う輩もいる、だがそれは有ったのだと、他ならぬ王がその加護を受けたのだと感じ入らざるを得ないだけの光景だった。


「…………」


 しかし可哀想だったのはマーロゥ少年だ、これだけの神々しいまでの圧。固唾をのむ観客を前に、言葉が無いのは仕方がない。

 なにせ事、観劇に関してはうるさ型で知られるグラント老とて息をするのも忘れる程の有様だったのだ。


「ああ、なんと痛ましい、汝の助けとなるべく、その傷を癒す栄誉を与え給え」


 ユマ姫は消え入る様な儚げな美声を震わせて、少年の脇に降り立ちそっと片膝をつくとパァッと片手を振る。

 少女が一体何をしたのか、グラント老にしてそれを理解するのに一瞬とは言えない時間を要した。

 「脚本を切り替えただと?」おぼろげに理解した時、開けっ放しになった口の端からみすぼらしくも涎が垂れるのをぬぐう事すら忘れてしまった。


 今回はバードゥ氏が編纂した「エリプス王の恋と冒険の物語」だったハズだ。

 一日での公演に収める事、猶予無き準備期間、ユマ姫の健康を考えれば短めかつ、ゼナ様のセリフが少ない戯曲を選ぶのは当然の事、謎の冒険者ゼナの謎を謎のまま扱う、それ故に他の演者のセリフは多くなりがちだ。

 しかし今、ユマ姫が口にしたるは長編三部作ゼバニス著の「エリプス王物語」のセリフであった。これは一体? ミス? 新しい台本?

 いや、もしも、もしもだ、セリフが飛んでしまったマーロゥ少年の為に、とっさに脚本を切り替えたとしたらどうだ?

 「エリプス王物語」では気絶した王を、冒険者ゼナが手当てして夜を明かし、夜明けと共に目覚めた王と二人で都に帰るのだ。

 これが少年の為に姫の機転で行われたアドリブとすれば? 姫は演劇など初めて、それどころか「エリプス王物語」のセリフなど記憶に有るハズもない。それでも偶然とは思えない、何度も何度も読み返したのであろう、母親が登場する数多の書物、まだ見ぬ実の母への思いがこの奇跡を呼んだに違いが無いのだ。


 言葉を失った少年を甲斐甲斐しく介護する姫、本来の台本とは異なる、アクシデントで有る筈だ。

 だが説得力と言う意味ではどうだ? 大怪我を負った筈の王が滔々と気障なセリフを語る脚本と比較するのも馬鹿馬鹿しい。

 言葉も無い息も絶え絶えな王を回復させ、優しく眠りへ誘う女神。そして力を使い果たし寄り添うように眠りについた女神だけがライトに照らされ世界から浮き上がる。

 その微笑みをいつまでも見て居たいと思わせる程の幸せを感じる寝顔、しかしいけずにもここで幕が下りる。


 悔しいかな、まだ足りない、まだ見たいと言うタイミングこそが肝要なのだ、そして、そう思わせる事こそが劇など初めての筈のユマ姫が観客の心を鷲掴みにした事の証明に他ならない。




 次のシーンからは少年に代わり、再び名優ゼスターがエリプス王を演じる事となった。それも無理からぬこと、いくら稀代の天才少年とは言えこれだけの舞台、演者の前では役者不足だったと言わざるを得ない。

 むしろ驚くべきはこれだけの共演者を前に全く怯む事の無いユマ姫の胆力だ、いやむしろあの名優ゼスターの方が言葉に詰まる場面など十年以上彼の演技を追いかけてきた身にとっても初めて見る光景だった、なにせ小さい幼子のユマ姫が全く小さく見えない、むしろゼスター氏が小さくなってしまったのかと錯覚するほどであった。


 そして、王蜘蛛蛇(バウギュリヴァル)を討伐し、いよいよ王子ステフの登場だ。


 普段、美形俳優が登場する段ともなると、妙齢の女性の黄色い声が飛ぶことは珍しくない。

 ステフ王子はそれが公式行事ですら起こってしまうのだからどれだけの声が上がるのかと苦々しくも覚悟をしていたのだが、実際の会場はハラハラドキドキの物語にのめり込み過ぎ疲れ果て、声のひとつも上げる事すら出来なかった。

 いや疲れだけではない、もう百を超えようかと言うグラント老ですら歳も性別も忘れて頬を染める程の美しさを舞台上のステフ王子は誇っていた、観客は息を飲むしか出来ない。


 そんな中でもユマ様だけは(おぼろ)()な雰囲気を保っていた。

 バルコニーで遥かを眺める少女、いや女神、そう女神は妖精郷に帰らなければならない。


「行ってしまうのかい?」


 寂しげに問うステフ様にコクリと頷くユマ姫。


「わたしはここには居られないから」

「ああ、どうして君は鳥の様に突然あらわれて、また鳥の様に飛び立ってしまうのか、もし僕に君を、閉じ込める檻と勇気が有るのなら、君を毎日愛し、君の声を毎朝聞く事が出来るのに」

「わたしは空にしか生きられない鳥、宿り木に止まっても、もしその木に巣を作ってしまったら、わたしはきっともう飛び立てない」

「それでもまた共に飛び共に生きる事は出来ないのかい? 僕には君を閉じ込める籠も、君を縛る鎖も持たない、なぜなら空を飛ぶ君の姿こそが僕が愛した君だから」


 ステフ王子も役者だ、本物の王子の演技がこれでは他の演者は今後立つ瀬がないではないか。


「それでも、私が飛ぶ空と、あなたの空は別だから、ここでサヨナラを言わせて」

「なら・・・ならせ、せめ、せめて……」


 王子が言葉に詰まる、戯曲としては過激なセリフを言うシーン、一国の王子として大観衆の目の前で語って見せるには緊張するに違いない、でも言え! 言うんだ! と観客のプレッシャーはもの凄い、他ならぬグラント老の手を握る夫人の力の込め様が痛い程だ。

 しかしそこでユマ姫が動いたのである。


「だからせめて、わたしの姿を、声を、匂いを、ぬくもりをあなたの心に刻ませて」


 王子のセリフを奪うかの様に過激とも言えるセリフを五歳の子供が言い切るとは、もはやグラント老はユマ姫を子供と思う事はやめていた、小さくてもこの子は既に誰よりも女性であり女優であり、王族たる姫なのだと。


 極め付け、最後に赤ん坊に見立てた人形を手に現れ、ミューラン嬢と本気の涙をボロボロと零しながら謝り許し合うシーンに至っては、観劇を初めて見た時のように滂沱のように流れる涙を止める事などできはしなかったのだった。

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