専属楽士
【ユマ姫視点】
白壁の大きな部屋に床は大理石、その上には赤い絨毯、天井には巨大なシャンデリア。そんな結婚式場もかくやと言う部屋で、俺が座る椅子も白を基調にゴテゴテと刺繍や彫刻が施され、ハッキリ言ってデザインがうるさい。
前の部屋の方が狭いながらも落ち着いた家具で印象が良かった。
それに使用人もワラワラと群がって来て気が抜けない。
それもコレも全て第一王子、カディナールが原因だ。
あろう事か奴が怪我をしたお詫びにと提案して来たのはもっと豪華な部屋への移動と身の回りを世話する大量の召使いだ。
曰く、「怪我をさせて申し訳無い、その足では不便でしょうから、もう少し広い部屋と幾人かの小間使いを用意させて頂きました」
との事だ。
明らかに俺への監視を強める為の施策だが、客観的に見たら厚遇なだけに、断ってしまうと意固地になっているとか狭量だとか言われてしまう。
勿論アレだけの怪我、一瞬にして魔法で治しちゃいましたーと言える訳もなく。今も俺は右足首にグルグルと包帯を巻き散らしたまま。
歩く事もままならず、スッカリ自由が無くなってしまった。完全に想定外である。
「ハァ、どうなる事かと思いましたが怪我の功名ですね」
向かいに座るシノニムさんは俺が大人しくせざるを得ない事に満足そうだ、雑用からも解放されて綺麗な服を着てニコニコ笑っている。
「わ、わたしはなんだか落ち着かないです」
ネルネもシノニムさんの隣に座り、もじもじと身をよじる。メイド服は脱ぎ捨て今はひらひらとした華やかなワンピースを身に纏っている。
数日だけとは言え、御側付きとしてはネルネの方が先輩。雑用は新入りに押し付け、二人は俺の話相手だったり、お洋服選びの仲間としてお供に付いている。
が、ここでは新入りとは言っても本来は王子付きの使用人達。言わばこの国最高の使用人な訳で、部屋の壁にピタリと張り付いたまま一切動かない。その洗練された佇まいを見せつけられれば只の女の子のネルネが恐縮しない訳も無く。
「うぅぅ、何でこんなことに」
今も、壁際のメイドさんをチラリと見ては目が合ったのかバッと下を向いてしまう。
本人は引き続き雑用をやりたかったらしいのだが、ネルネに洗濯や掃除をさせても恐らくはあの使用人達と比べれば手際が悪く、お荷物になるだけだ。ハーフエルフと言う解りやすい地位を使って、俺の友達としてドーンと構えていれば良いのにと思ってしまう。
逆に、そう言うアドバンテージも無しに堂々としているシノニムさんが凄い。この世界でも珍しいプラチナブロンドの美人で背筋を伸ばし、時として俺に小言を言って来るから、どう見ても俺より偉そうじゃないか?
「小間使いはこちらで雇おうと思っていたので助かりました、私はある程度自由に動きたく存じます」
「そんな事を言って、私が他の侍従を気に入ってしまうかも知れませんよ?」
「良いですが、ネルネ以外は皆、第一王子の紐付きですよ? それで良いのならご自由になされば良いのでは?」
そう言ってこちらを見る目は冷たい。いやー、シノニムさん怖いねー。この歳で特殊工作員みたいなモノらしいからそりゃあね。しっかし何をするつもりなんだろう?
「自由に動くとは?」
「誰が敵で、誰が味方か見極めたく」
「そうですか」
シノニムさんも俺も主戦派だ、ま、そこは幾ら取り繕っても仕方ない。帝国に国を追われた姫が平和を訴える訳無いしね。
しかし貴族の多くは戦争には慎重だ。俺への人気とスフィールの一件で対帝国への機運は高まっているらしいが、平和な世で十分な富と恩恵を預かる人間は戦乱の世を望まないのだろう。
そこをなんとか主戦派をまとめ上げるのが俺達の役目だが、それ以前に誰が主戦派で、反戦派で、穏健派で、と言った基本的な所を押さえなくては話にならない。
「それなら私は、お呼ばれしているお茶会にでも参加しておきます」
「大丈夫ですか? お茶会と言っても権謀術数渦巻く舞台ですよ?」
「私を誰だと思っているのです?」
俺はこう見えて二度のお姫様生活の記憶が有る。一応相手が求める事ぐらいは外さないつもりなのだが、シノニムさんは俺を空気の読めない野生児みたいに扱い過ぎじゃ無いだろうか?
「ならば良いのですが……やり過ぎない様にお願いします」
やり過ぎとは? シノニムさんは一体何を心配しているのか、お茶会で無茶など出来る筈も無い。やけに念押しされてしまったが、取り敢えず俺は幾つかのお茶会に参加する事を決めるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【ネルネ視点】
今日はユマ様と一緒にお茶会に参加する日、森に棲む者と人間との『あいのこ』と言うだけでユマ姫様の小間使いを命じられ、それがいつの間にか御側付きみたいな立場に変わってしまい、遂にはお茶会にまで参加する事になってしまった。
それがユマ姫と出会ってたったの三日目の出来事なのだから悪い夢でも見ている様。
「落ち着いてネルネ、大丈夫よ」
「は、ハイィ」
そう言って励ましてくれるがそう言う姫様の顔も青褪め、冷や汗も見える。ユマ様だって緊張しているのだと思ったら、わたしがシッカリしなくちゃって気合を入れた。
だけど、お茶会は和やかに進んで行く。流石ユマ様はお話がお上手で、難しい話にもしっかりとした意見をぶつけて行く。凄い! やっぱりわたしなんかとは頭の出来が違うんだ!
意地悪な質問や難しい話も楽々捌いて行くユマ様、だけどピンチは意外な所から、純粋な心配な声からやって来てしまったのです!
「右足の怪我は酷いの? 良かったら診せて下さらない?」
来た! 来てしまった! 怪我の話になると第一王子を攻める事になってしまうと、これ見よがしに足を見せる姫に対して、不自然なまでに話を避けていた皆々様。
だけど、ついに其処に踏み込む御婦人が現れてしまった!
女医をしていると言うその方は本心から心配している様だが、この場合は余計なお世話。なぜならユマ様の怪我は魔法の力でとっくに治ってしまっているのだから。
わたしは慌ててユマ様の前に割り込んだ。
「あの、ユマ様のお怪我はその、空気に晒すと良くないと言われていて」
「あらぁ、そんな事無いはずよ、外傷では無く捻挫なのでしょう? むしろずっと包帯なんて巻いていたら皮膚が参ってしまうのよ、そんな事言うのは何処の医者かしら」
「え、あの、その」
言い淀むわたしを遮ってユマ様が声を掛けて下さった。
「良いのよ、実は先程包帯が解けてしまって、自分でまき直したのだけどあんまり調子が良く無くて困っていた所なの」
そう言って、おみ足を皆様の前に晒してゆっくりと包帯を取って行く。か細くて真っ白で美しい足。いつも見とれてしまうけど、今日はこれからの事が怖くてギュッと目を閉じた。
……でも。
「まぁ、まだ腫れてるのね、痛いの?」
「あっ、いっ、痛いです」
「包帯の巻き方が滅茶苦茶ね、これ位の腫れだと包帯の巻き方で大分違うのよ」
「ありがとうございます」
しかし、聞こえて来たのは想像と違うやり取り、思わず目を開けるとそこには赤く腫れた姫様の足が。
「えっ?」
声を上げるわたしにユマ様がウィンク。
あ、え? まさかこの時の為にご自分で足を捻って? そんな!? 信じられない!
それであんなに顔色が悪く、冷や汗を掻いていたんだと思い至って、わたしはもう本当に驚いてしまったのです。
なんて、なんて覚悟なのでしょう!
しかし、本当に驚くのはこれからでした、いよいよお話はユマ様の故郷、エルフの国エンディアンの話に、そして帝国の侵略、そして脱出へと。
「うぅぅ」
すすり泣く声がしたと思ったら、誰でも無い、わたしの泣く声でした。
他の皆様も涙目で目に涙を溜めて、可哀想にと口々に。
しんみりした所でお茶会は終了、みんな大満足の様子で、皆様の同情も集め、これは大成功なんじゃないでしょうか?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「大失敗ですね」
「ええ? なんでですか?」
しかし、その日の夜、ユマ様の湯浴みを手伝っている際に、お茶会の手応えを尋ねると、吐き捨てる様に言い放ったのが先程のお言葉です。
ここは私とユマ様の二人だけ、他の侍女達はお断りして二人きりの入浴です。
ここでは気を張る必要も無いと、お茶会の大成功を語り合おうと思ったのですが……
「あれでは可哀想な私のお涙頂戴の物語でしかありません」
「ええぇ? それではいけないんですか?」
「私自身の人気取りなら問題はありません、ですがあれでは戦争の悲惨さを訴えた様な物です、可哀想と同情した裏で、ああはなりたくないと皆の顔に書いて有りました」
「そ、それは穿ち過ぎではないですか?」
「そうでしょうか? ネルネも皆も皆悲しそうな顔をしていませんでしたか?」
「そ、それはそうですけど……」
「本当は、こんな小さな少女一人に戦わせてなるものかと歯を剥き出しに闘争心を煽りたいのです、これでは逆に反戦派を調子づかせる事になりかねません」
「うぅ……確かに、可哀想な女の子の物語に聞こえてしまいましたが、でも、全部事実なのでしょう? ユマ様のお話に問題があったとは思えません」
「ええ、自分でも話が上手くなったと思っていますが、今回は違う要因が有りました」
「な、何です? 何が悪かったんです?」
尋ねるわたしに、ユマ様の答えは意外な物でした。
「音楽です」
「えぇ? お茶会の楽士様の演奏ですか? すっごく上手だと思いましたけど」
「はい、確かに上手でした。ですが其れゆえに話のイメージを物悲しい方向に持って行かれてしまったのです」
「あっ」
確かに、弦楽器の奏者は本当に上手でしたがその悲しい音色に気持ちを引きずられてしまっていたかも……
「で、では?」
「はい、専属楽士を探しましょう、折角の話が思わぬ方向に誘導されない様に」
そうして、楽士様を探すオーディションの開催が決定したのでした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
部屋の中央で一人の楽士が奏でる弦楽器の音だけが鳴り、その音をわたしは真剣に聞いていた。
専用楽士を決める審査員はシノニムさん、ユマ様だけでなく、わたしまで駆り出され三人で必死に音を聞いているのですが、わたしには音楽の良し悪しはサッパリなのです。
「私には一番綺麗な音色に聞こえましたが」
「流麗過ぎるのでは? もっと力強い音が欲しいですね」
「えっと、素晴らしかったと……」
二人に比べてわたしの感想はなんともお粗末で、何と言うかそう、教養の差がハッキリ出てしまって恥ずかしいですね。
わたしにはどなたも素晴らしかったと思うのですがお二人は気に入らないらしく、とうとう用意した五人の内、最後の一人となってしまいました。
どなたも立派な経歴の持ち主だったのですが、逆に音が綺麗過ぎて場末の酒場や雑多な広場ではとてもじゃないが音が負けてしまうと言う事でした。
わたしとしては、一体どんな所で語り聞かせをするつもりなのか、本気で心配になるのですが……
そんな心配を他所に、シノニムさんが最後の一人のプロフィールを読み上げます。
「最後の一人ですが、厳密には楽士ではありませんし、どこの楽団にも所属していません」
「でも選ばれたと言う事はそれだけ腕が立つと考えても?」
意外なシノニムさんの言葉に、ユマ姫も眼を見開き驚きも露わです。
そうなのです、急な専属楽士募集の報せにも関わらず、市井でのユマ様の人気のお陰でたくさんの応募が有ったそうなのです、ですから貴族に仕えていないフリーの楽士の中ではトップレベルの人材が集まり、その中で五人に絞ったらしいので、わたしがどれも素晴らしいと思ってしまうのも無理はない話なのです。
「ええ、彼は全く新しい弦楽器を開発し、その奏者でもあります」
「……キムラか」
シノニムさんの言葉にユマ姫がポツリと漏らした。キムラ? キィムラ男爵の事でしょうか? ちょっと訛ってますね、発音し辛いのでしょうか。
にしてもあの方は楽器こそ持っていましたが、楽士ではありませんから違いますね。
「ご存知でしたか、彼は王都で新進気鋭の商人にして、最も有名な楽士でもあるのです」
え゛? 本当に? お貴族様は偉いついでに音楽も得意と言う方がいますが、彼は庶民どころか王都に紛れ込んだ浮浪者だったと聞いていたのですが、楽器も得意とは知りませんでした。
「あの背負っているギターですね」
「それも知っていましたか、アレがギターと言う楽器で今大変に市井の酒場などでは人気があるのです」
「そうなのですね……」
「ええ、風のスナフキンと言う名前で大変な人気だとか」
「「ええぇ!」」
わたしとユマ様の声が重なります、それはそうでしょう、あの噂の吟遊詩人、緑の異邦人と言われる風のスナフキンの正体があの大商会の主だったとは予想も付きません。
「ひでぇネーミングセンスだ」
いえ、ユマ様は違う所にショックを受けた様ですが、ユマ様は偶に言葉遣いが荒くなるのが玉に瑕ですね。
しかし舞踏会の日、あんなに失礼な事を言ったにも関わらずまだユマ姫様を応援してくれているなんて、これはひょっとしてその、愛って奴なんじゃ無いでしょうか。わたしドキドキです。
「今まで何人もの貴族が彼をお抱えにしようとしましたが、今や彼自身も貴族。多忙故に演奏会の依頼も断っていると聞いていただけに、応募してくれたのは意外でした」
「そ、そうですよ! あの方にしましょう! 絶対です」
シノニムさんの言葉にわたしは食い気味にユマ様に訴える。キィムラ様の様子やアレだけ言われても応募して来る事から間違いありません! ロマンスの香りです!
そりゃちょっとは、いえ、かなり歳の差は離れていますが、あの方が味方になってくれるならこんなに頼もしい事はありません。
なのに、なぜかユマ様はキィムラ様が気に入らないご様子なのです、一体何が悪いのでしょうか?
「あの方は、その……ちょっと余りお近づきになりたくないと思っています」
「何故です? 楽士としてだけでなくその財力、影響力も見逃せません。確かに黒い噂も付き纏う方ですが、凄腕の商人とはそう言うものです」
「そうですよ、キィムラ商会の化粧品や嗜好品は発売されれば必ず話題を攫うんです。それが優先的に手に入ると言うだけで、値段以上の価値があります」
「えと、それは……」
シノニムさんとわたしの言葉に言い淀むユマ様。即断即決の人だけに、こんな姫様は非常に珍しいです。
「とにかく、規定の三曲を聞いてみましょう。姫様もそれで良いですね?」
「良いでしょう、聞きもせずに追い返すなど出来ませんし」
何をそんなに? と思う程に思い詰めた顔のユマ様の言葉、ひょっとして何としてでも追い返そうとしているのでしょうか?
シノニムさんもその様子に不思議そうに首を傾げます。そんな我々の前に、とうとう緑の異邦人と言われる風のスナフキン様が姿を現したのでした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「凄い! 凄いです!」
「ありがとう、お嬢さん」
思わず立ち上がって拍手をしてしまったわたしに、緑の異邦人、キィムラ様が声を掛けて下さいました。
凄いです! 感激です! 今までの四人の方々の演奏も素晴らしかったですが、みんな素晴らしくて何が違うかなんてわたしにはサッパリでした。
でも、キィムラ様の演奏は違います。なんていうか力強くて同じ曲とは思えない程にノリが良く、体が動き出しそうになりました。いえ、現に動いていたかも知れません。
「風のスナフキン、その噂通り! いえそれ以上の演奏でした!」
「ハハ、お恥ずかしい。この楽器のプロモーションのつもりが想像以上に評判になってしまいました」
「感動です! わたしもギターが弾きたくなりました!」
「良かったらお教えしますよ」
「本当ですか? ユマ様! 決まりですよ、確実にキィムラ様の音は世界を獲れます!」
「世界を獲るって……」
ユマ様は呆れた様子ですが、それぐらいわたしは感動してしまったのです。しかし、助け舟を出してくれたのはシノニムさんでした。
「私も良かったと思いますよ、戦意高揚にもこの音は良さそうですし、一方で郷愁を誘う音も出せていました、姫様の求める音楽に最も近いかと」
「う、で、ですが規定の三曲は終わっていませんよ、最後は自作の曲を披露する最も重要な演目です」
しかしユマ様も頑固ですね、対してシノニムさんはわたしと同じで「もう決まりでしょう」と言いたげです。
「そうですね、ただ器用なだけで作曲は苦手かも知れません、やがてはユマ様の活躍を曲にしたいと思っているので作曲能力も確かに重要です。ですが、ただの演奏家としても商人としても彼を手放す手は無いのでは?」
「で、ですが! とにかく聞きましょう! 三曲目です!」
「まぁ、良いでしょう、それではお願いします」
「承知いたしました」
そう言って緑のローブを翻し、待望の三曲目が始まったのです!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
うーん、これは……
わたしはユマ様を挟んで机の反対側のシノニムさんと目を合わせます。
シノニムさんはわたしに気が付くとゆっくりと首を振ります。ですよね? 激しいのは良いですが、これではちょっとうるさ過ぎます。
テンポが速すぎてとてもじゃないですがノレません、期待していただけにこれはガッカリですよ、噂の風のスナフキンとは言え、作曲はお得意では無い様です。これではただ無茶苦茶に掻き鳴らしているだけじゃないですか。
こんな無茶苦茶な演奏、元々キィムラ様が気に食わなかったユマ様はさぞやお怒りだろうと顔を覗き込んだのですが。
「えっ?」
思わず声が出ちゃいました、演奏中の声出しはご法度。曲がうるさいから助かりましたが、気が付かれたら叱られちゃうところです。
でも、それも無理ないと思うんです! なんせ、あのユマ様が泣いてらしたんですから。
ユマ様は食い入る様にキィムラ様を見つめ、手はギュッとテーブルの上で握り込んでいます。
演奏は更にテンポを上げ、いよいよわたしとシノニムさんは置いてきぼりになり、一方でユマ様は握った手を開き、指先でトントンとリズムを取り始めます。
キィムラ様の動きも激しくなり、頭をブンブンと振りながら演奏しています。
これは一体? 何かの儀式なのでしょうか? 正直ちっとも解らないのですよ。
――ジャーン
そうしてわたし達を置き去りにしたまま、最後にダメ押しの一鳴らしでその曲は終了しました。前の二曲と違って苦痛で苦痛で、すっごく長い時間聞かされていた様に感じますが、実際はほんの数刻でしょう。
――ガタン
次に響いたのは椅子を蹴る音でした、ユマ姫様です。
――パチパチパチ
なんと、涙を流しながらのスタンディングオベーション。
最後の一曲はわたし達を置き去りにした一方で姫様の心にしっかりと響いた様です。
「では、楽士はキィムラ様でよろしいですね?」
シノニムさんの答えにも姫様はコクコクと頷くだけでした。
「お気に召した様で光栄です」
そう言ってキィムラ様は頭を下げます。その後は茫然とする姫様を無視してシノニムさんがキィムラ様と話を通してアッサリとキィムラ様は部屋を辞去して行きました。
気の有る相手を前にガッツかない紳士な振る舞い。流石ですね、我々庶民の星と勝手に思っていましたがやっぱり上に行く方はモノが違います。
「それにしても、ユマ様はどうして最後の曲があんなに気に入ったのでしょう?」
「私には解りましたよ」
「え!?」
わたしのその疑問に意外な所から答えが返ってきました。シノニムさんです。
「エルフと我々とは文化が違う、だからきっと好む曲のテンポが違うのです」
「そうなのですか?」
「私は田舎に住んでいたのですが、都会の音楽はテンポが速くうるさく聞こえたモノです、それが都会の音楽に慣れるにつれてテンポが速い曲を好む様になり、田舎の曲は懐かしくもダサく感じてしまう様になりました」
「そうなのですか?」
「ええ、それに住んでいたスフィールは帝国や南方のプラヴァスとの交流も有りました、初めは変に思ったリズムが徐々に体に馴染んで行くのです」
「それでは!?」
「そう、キィムラ男爵はユマ姫様がいまいちノリ切れないのを見て、咄嗟にテンポの速い曲を用意したのです。聞く者の様子を見て曲を変える。彼は天才ですよ」
「そうなのですね……」
わたしはキィムラ様が辞去して行った扉をジッと見つめます。あの方なら知らない国の知らない音楽にも簡単に合わせてしまったとしても、不思議な事では無い様に思えて嬉しくも恐ろしくも思えました。
こんな感情はユマ姫様を見る時だけと思っていましたが、常軌を逸する天才がもう一人居た様です。
「ユマ様、そうですよね?」
「え、ええ、そうですね。その様な物です」
確認するシノニムさんに、ユマ姫様は憔悴した様子でそう言うのが精一杯。あんなに感動してしまった自分が信じられないと言った風でした。
でもシノニムさんも凄いですね、さっすが姫様と長くいるだけは御座います。なんでも解ってしまうんですね、凄い物知りですし、わたしとは違うんだなと思ってしまいます。
今日は取り敢えず、この後の予定もありませんしお風呂に入って夕食となります。
しかし、お風呂でユマ姫様が茫然と呟いた一言がどうにも引っかかるのです。
「ゲームの曲なんて反則だろ……」
ゲェムって何の事なんでしょう? わたしには解らないので今度シノニムさんに聞いてみようと思います。
木村「さーていっちょ獲ってきますか、世界を」