58 線引き
◯ 58 線引き
痴漢女を訴えた僕は、痴漢呼ばわりされて傷ついたと星深零にて真偽中だ。ちなみに名前はまだ語ろうとしないので、うちのメンバーでは痴女で通している。
「このような破廉恥な方に痴漢と呼ばれる筋合いはありません。慎みを持った舞桜にこのような暴言を吐く等許しがたいことです」
映像には問題のシーンが映っていて何度も流れている。お互いが審判の前で話し合うというこの方法は僕には不利だ。なので、チャーリーに付き添ってもらった。
「こんな所でこんな映像を流さないでよっ!! ちょっと、見るんじゃないわ!」
周りの真偽官に注目を浴びて焦っているが、見ないと真偽は出来ない。
「罪を認めるのですね?」
「そんなの言って無いじゃないのっ!!」
「下着に隠すならブラの中の方が良いのでは?」
「っ!! 嫌みなの!?」
サッと相手の顔色が変わった。チャーリー、それは不味いよ。平らな胸の女性じゃ、胸の谷間から取り出すというお色気作戦は不可能だから。
「嫌みとはどういう事でしょう。そんな事よりも、このような持ち手の棒の様な物が股間にあっては、あらぬ誤解を相手に与えるのは必至。それを公共の場である中庭で、堂々と誇示して取り出すなんてっ!! 恐怖に怯えさせているではありませんかっ!!」
映像を手で指し示してしっかりと反論している。
「う、うるさいわねっ!! あたしの勝手でしょ?! 人の趣味に文句付けないでよっ」
チャーリーの指摘で何が問題かが分かったらしい。相手も真っ赤になってその下品で卑猥な想像をうやむやにしたがっている。
「ゴホン!! あー、被害者の言葉を聞きましょうか……」
真偽官がばからしそうなこの裁判で、同情的な顔を見せてきた。
「股間に収納された物で拘束されたと思いました。すごく気持ち悪かった……」
「何よ、そんなくらい。純粋ぶってんじゃないわよ、全く。男のくせに」
悪ぶっているのか追及されたくないだけなのか分からないけど、強がっているのは分かる。顔は真っ赤なままだから。
「舞桜はれっきとした女性です!」
チャーリーはまたしてもお怒りだ。
「嘘付いてんじゃないわ! 詐称された経歴を暴けば、あんたなんてただのスカート好きの変態じゃないのっ! そっちの方が犯罪として重いんだから!!」
「経歴に関しては詐称とは言わないでしょう。生まれ変わりに関しての規定に反する事は何もしていないと、異世界間管理組合からの正式な証明が来ています。それよりも、彼女の生活を脅かす組織に操られていた貴方の行動の方が問題です。ですが、それはこの場で争う事ではありません。どう見ても貴方の痴漢行為は明らかです。この問題に気が付きもしない貴方の常識が疑われます。罪はそこにあると見ていいでしょう」
真偽官に異例の注意をされている痴漢女は、恥ずかしさで項垂れていた。こうして僕の心の平穏は戻って来た。この真偽官はアストリュー神官を襲った事件の担当もやってくれているので、安心出来る。最もこの真偽が終ったら、舞桜として新たにスタートしていた全てはやり直しになる。その費用が彼女に科せられるという。
断罪の儀では、痴漢女に慎みある女性としての講習を受けるように真偽官が手配をしていた。美しい武器の取り出し方なんて講習が存在するなんて、そっちの方が驚きだ。
相手に精神的ダメージを与える彼女の方法が悪いのかというと良く分からない。男としてみてもかなり嫌だと思うし。視覚的暴力での痴漢をされたと思う嫌な展開だ。特殊な方々しか許容は出来ないと思う。ま、痴漢呼ばわりを撤回すると言ってもらえたので僕は満足だ。
心の平安は戻っても、僕の身柄の出所は結局はまたしても振り出しだ。しかし、ヨォシーの件だけは何処にも漏れていない。すなわちみかんの町の派遣業は健全だという事だ。
そしてオーディウス神の取り調べは難航している。手伝いに向かう事にした。
「あ、ジャクリーン教授」
「アイスちゃん来たわね。私の助手として実験も兼ねた尋問になるから」
「はい」
案内された場所には如何にも悪党という顔のもじゃ髭の大男がいた。濁った様な目の色が特徴でとても目を合わす気になれそうにない方だ。が、この大男が真偽の組合からの派遣された死神ならしい……。ジャクリーン教授の紹介で固まったのは仕方ないと思う。
「ふんっ。ダメ人間か」
見下す様な視線には侮蔑が含まれている。多分、挨拶も出来ないと思ったらしい。いや、貴方を取り調べるのかと思ってビビっていただけです……と、心の中でこそっと誤解を謝った。
「……よ、よろしくお願いします。アイスです」
何とか声を絞って挨拶した。鼻を鳴らしてやっと睨むのを止めてくれた。最初からそんな感じでお願いします。
「クワドだ。奴らには真偽は通らん。が、通る様にするとか……お手並みを拝見してやろう」
ジャクリーン教授の説明はそんな風に行われたのかと感心した。まあ、間違いではない。
「じゃあ、対象となる人は……」
「そっちの扉の向こうだ」
顔を扉の方に向けて教えてくれた。ジャクリーン教授を先頭に三人で扉をくぐった。
中には封印の印を体中に書かれた人達が八人程揃っていた。オーディウス神は体を無くしたのか幽体になっている。神眼のある人は目に頑丈な封印具を巻き付けているし、首に巻いている人もいる。両腕をガチガチに封じられてる人がいれば、髪を柱に括り付けられている人もいた。その上で全員が椅子に縛り付けられていた。
「始めてくれ」
「はい」
オーディウス神に言われてゆっくりと影の治療を始めた。五分後には対象全員がお休みした。
「……マジ?」
固く引き絞っていた口が開いたままになって、愕然としているクワドさんはジャクリーン教授に確かめていた。
「なかなか良いでしょう?」
にっこりと微笑んでいる教授はご機嫌だ。
「治療だからダメとは言えんが……凶悪じゃないか」
クワドさんはこれは不味いだろうと見解を出せないでいる。この状態の取り調べについての有効無効の是非を決めてもらうのが目的だ。
まあ、オーディウス神は既に一人一人何やら聞き出している。証拠の隠し場所やらもみ消した情報の中身を聞きつつ、部下に連絡を取っては証拠になりそうな事柄を集めまくっている。
「念のために解体の許可を取っておく」
作業の終ったオーディウス神が振り返った。なので反省の有無を確かめながら解体をしていいか聞いた。答えは決まっているけどね。
「おいおいおいっ。突っ込みどころしかねぇだろ!?」
「凝り固まった正悪の線引きも、長年の魂の垢と汗汚れとともに流れて、生まれたての様に無垢な気持ちになれるらしいわよ〜。体験してみる?」
「遠慮して良いか?」
ジャクリーン教授の言葉に、クワドさんはものすごく嫌そうに後ずさった。
「あら、確かめれば見解も出せるってものよ」
「……………」
ものすごい形相で睨まれた。お願いだからその顔では睨まないで下さい。
「脅しのネタに何か欲しいな」
既に体験をしているオーディウス神が不機嫌に僕を見ている。体を無くす程の戦いがあったのだ。何か嫌な事をされたに決まっている。邪気を纏いそうなくらいの恨みを抱えている。
僕は溜息を吐きつつ、全員にお着替えをお願いした。最近嵌っているフラダンスというか、ポリネシアン系の動きを入れて皆で踊る事にした。意外と皆上手だ。衣装は僕のベールで作った物を着ていて、ちゃんとイイ(ハンドタッセル)まで手に持っている。
ファイアーダンスは僕には無理なので、トーブドンモ博士にお願いしたい所だが、本人がいない。それは諦めた。
オーディウス神は不満そうだ。チッとか舌打ちまで聞こえる。お仕置きが気に入らないらしい。部屋の外に出されてしばし待つ事になった。ドアの向こうは地獄になったに違いない。暫く後に、戻った時には善良な八人の皆さんが泣いていたので、個人的なお仕置きは終ったらしい。もうやっちゃダメだよと、少しばかり慰めてから、術を解いた。
「俺は何も見なかった」
と、クワドさんは何度も自己暗示を掛けて、顔色も悪くどこかに戻って行った。きっとオーディウス神の怒りを間近で見て、自身の心を保つ為に必要な事だと判断したに違いない。たとえそれが自分の信念をほんの少し曲げることになっても……。そんな事を思いながら僕は死神の巣を後にした。




