3 変身
◯ 3 変身
メレディーナさんに花蜜をたっぷり含んだ花を口にいれてもらって満足の僕は、人間だった時と同じに嘴を綺麗にイーサさんに拭いてもらった。その様子を遠巻きにして見ている神官の皆さんがいるが、何のパフォーマンスなのかは教えてもらっていない。お母さん鳥に教えてもらった満足の動きと鳴き声を出して、美味しかった事を伝えれば周りからどよめきが聞こえた。
「人に慣れているわね」
「神官が生まれ変わったとか……ちゃんと意識があるのか」
「噂は聞いたが本物だ。そっちの鑑定は?」
「ちゃんと出ているぞ」
「お静かにお願いしますわ」
その一言で、一通りの騒ぎが収まって静かな見学が始まった。
その後は霊泉水で綺麗に水浴びした。温泉に浸かると羽根がびしょびしょになって重くてうっかりしてると溺れるけど、水の中でも息も出来るしちゃんとすくいあげてもらえるので安心だ。
「見物人は気にしなくて良いよ? ピアのおかげで美容関係の売り上げが伸びてるし、ボクとメレディーナのお守り事業も上手くいってるよ」
暫くしてからレイがそんな風に教えてくれた。成る程、愛の約束とか永遠の誓いだとかのキーワードで考えればそっちに結びつけるのは何となく分かる。
時々神殿内の専用の場所での水浴びを契約したが、これも何の意味があるのか分からない。水浴び後の水を丁寧に何処かに持って行くのもどういう意味があるのか知らないが、何か大事な理由があるのだろう。抜け落ちた羽だとかも手袋をした神官が、丁寧に布に包むか瓶に入れてどこかに持ち去って行くのをこないだばっちり見てしまった。
そう言えばホングは人の言う事を聞く聖魔獣がいたら監禁されるとか言ってたっけ……でも、レイは神様だし、メレディーナさんもそうだ。紫月は精霊だし何も問題は無い。ちゃんと信用は取れてる人達だしストレスも何もいつも通りだと思う。まあ、口に入ってるのが薬じゃなくて食べ物になっているだけだ。それに別に監禁はされてない。
ガリェンツリー世界の報告書を見ながら、別の資料に魔力を流して行けば家での仕事は完了だ。獣守達が家での移動を手伝ってくれる。鳥が飛ぶには狭いからね……いや、キリムは飛んでるけど僕にはちょっとハードルが高い。最近はキリムの姿に似せて擬態をする練習をしている。さすがにこの姿では外の世界には出しては貰えないらしい。危険なのはアキでも同じだった気はするけど。外に出るまでには警護の質をあげると皆にはいわれている。
「猫で良いんじゃないのか? あれは出来てたろう」
マシュさんが僕達の色を変える練習を見てそう言った。
「確かに出来てたね。ピア、やってみて?」
レイの言葉に従ってやってみる事にした。が、二人の顔を見て失敗したのが分かった。鏡を見て確かめれば微妙な姿が映った。
前足には肘の部分まで羽根が残っていて、毛の間からはみ出しているし、頭の飾り羽根はそのまま残っていて、後ろ足は鳥のかぎ爪が覗いている。かろうじて顔は猫になっているが、色も桜色の模様が出ている。久しぶりにやったのと、精霊の時とは違う体での変身に何かがついてこなかったのだと思う。しかも体は小鳥サイズだ。
「何処のキメラだ?」
マシュさんはツボに入ったのか大笑いしている。
「まあ、最初にしてはマシじゃないかな?」
レイも笑いながら、慰めてくれた。しかし、買物から帰ったばかりのマリーさんは、僕の姿に触発され、何か閃いたと言って部屋にこもって創作に入り出した。出来上がったのは羽根デザインが施された手袋だの靴だので、幻想的な要素満載の物だった。手袋や靴の先には爪が飛び出す魔術操作付きの武器が仕込まれていたが、興奮して話す内容は専門的過ぎて分からなかった。
「可愛さの中に爪を隠すのよ〜。ステキだわ〜」
大傑作だとマリーさんはしばらく悦に入っていたが、そっとしておいてあげた。そんな事をしている間に子猫の姿の擬態は随分上達した。毛並みもばっちりモフモフ密度の白猫だ。ちゃんとお出かけ用のマントを羽織って久しぶりに外にお出かけする。
猫族に擬態しているので、お話も出来るし二足歩行も可能だ。その内に猫人族か、鳥人族か翼人族かのどれかに擬態して神官の仕事を再会する予定だ。
外の世界は猫族にとっては厳しかった。人化するのは当たり前とされるこの世界では人化しないでいるのは難しい。宙翔を尊敬してしまいそうだ。しかし、大型の猫族は覚醒者か神格を持つというのは知れてよかった。僕はちび猫だけど、キヒロ鳥からこの大きさになるのだって大変なのだ。これ以上は今の所は無理である。
「やっぱり人化は大事なんだね」
マリーさんを見上げながら、スーパーの買物でさえ満足に出来ない現状に溜息を付いた。冷蔵されている商品が見える位置に無い。縁にすら手が届かないし、飛び乗って見る訳にもいかない。食品を扱うお店からしたらそれは汚染だし迷惑行為だ。
「そうね、アストリュー世界では大事ね〜。日本の神界もそうよね?」
「そう言えばそうだったね。規格が揃った方が無駄はなくなるけど、少数だからって大事にされない訳じゃないし、神域にずっといても良いんだしね」
「そうよ〜。そもそも木の実を食べたり花を食べる鳥が、スーパーの食材を吟味しようなんて、人の記憶があるの丸分かりだものね〜」
それもそうなのだ。あれだけ調理を頑張ったのに今ではちっとも美味しく感じず、実に納得いかないのだ。メレディーナさんのくれる花蜜は美味しくて満足だが、炊きたてのご飯が不味いだなんて誰が予測出来ただろう。それもこれも鳥の味覚になったからだ。仕方ない。生まれ変わりとはそんなものだと思う。
そんな発見を生態端末のレポートに纏めているが、そんな内容で出して良いのかちょっと心配だ。だけど他に書く事が無いのだ仕方ない。