23 料理人
◯ 23 料理人
日本神界からの留学生としての生活が始まった。アキの時と同じだけど、少し違うのは日本からの留学生が多く揃っているという事だ。
しかし、彼らとの待遇は全く違う。それは仕方ないというか、見習い神アキとしての優遇部分が大きいし、アストリューに永住が決定しているというのもある。何せ神域が既にアストリューにあるのだから。しかし、その事は周りにはバレてはならない。しばらくは別人として動く事を頭に入れておかないとならない。
「夢縁の卒業生としてここに来ました。よろしくお願いします」
そんな挨拶をして僕はアローネ神官にお辞儀をした。
「あら、そんな設定なの?」
どうやらアローネ神官は事情を知っているみたいだ。これはメレディーナさんの気遣いかも知れない。
「あ、はい。皓鳥 舞桜です。改めてお願いします」
日本人らしく頭を下げて挨拶した。前回決めた濃紺の髪と瞳の女の子だ。日本人設定なので日本名を考えた。というかピアの見たままの名だと思う。
「生まれ変わりをしたと聞いていました。随分綺麗になって、良かったわ」
ニッコリ笑って、早速解呪の練習をしましょうと言って案内してくれた。神官候補生は多くいるので、皆の前で新しい候補生だと紹介されればそれで終った。
何故か沖野さんと成田さんがいるけど、神官になる気なんだろうか? 見ていたら、アローネ神官が、あれは光の魔術の応用を駆使しての呪いを押さえる練習です、とこっそり教えてくれた。そういえばそんなのがあったと思い出した。沖野さんは霊気も扱えるから解呪までできそうだけど。でも一年で応用迄やっているなんてすごいかも。
神官候補なので手順を確かめながら、裏技は使わずに大人しく解呪を続けた。しばらくはここで神官の仕事を一通り手伝いながら、資格の取り直しをする予定だ。お昼に誘ってくれた神官候補生について、神殿内を歩き始めた。
「私は長瀬 叶、カナと呼んでね?」
くりっとした目の可愛らしい子だ。
「わたしは皓鳥 舞桜。マオでいいよ」
「マオも日本からなんだ? 何かハーフみたいね。夢縁では見ないけどもしかして神界とか?」
遠慮がちに聞かれたが答えれない質問だ。というか、この質問は禁じられてるはずだけど、おかしいな?
「え、と、夢縁の一般になるよ」
「あ、じゃあ先輩だ。そんな歳に見えないけど、二十歳超えてるんだ? おばさんに声かけちゃった」
最後にぼそりと呟かれた言葉は、ばっちりと僕の耳は拾った。なんだか急に態度がよそよそしくなり出した。
「えーと、カナは……」
名前を呼んだら思い切り嫌そうな顔をされた。これは呼び方を変えろという事だろうか?
「呼び方、変えた方が良い?」
「そんな事無いよ。全然名前で呼んで欲しいし」
「……」
微笑んでいるけど、内心は怒っていると言った感情が一瞬見えた。微表情という奴だ。多分、声を掛けた事を後悔しているのだろうけど、そんなに怒る事かな……。まあ人それぞれか。
「声を掛けてくれてありがとう。わたし、少し用が出来たから。誘ってくれたのにゴメンね?」
と、スマホを見せて謝った。気を使ってみたら、あからさまに嬉しそうに微笑んでじゃあ、と挨拶もそこそこに急いで離れて行ってしまった。
「ふう。難しいな」
僕は午後からの予定を見て少し時間を潰した。その間に他の神官候補生が歩いてくるのが見えた。食堂には直ぐに入った方が、混雑は避けれそうだと判断して食堂に向かった。
すると、入口近くの席で楽しくお喋りしている集団が見えた。その中にさっきのカナ……いや、長瀬さんがいた。僕が入ってきたのに気が付いてか、こそこそと話して僕の方に視線をやっては笑い合っている。何か噂話をしているみたいで気分は悪い。何となく偏見の強い人なのだと思う。周りの子達には長瀬さんの方に警戒を示した人もいた。
「今は混雑しているから、相席になります。よろしいでしょうか?」
と、食堂のスタッフに聞かれたので頷いて返事をした。
「ではこちらのお席に」
案内されたのは入口近くの席で、一人で食べている人の席だった。一緒になったのはコーサイスさんと言う人だった。
「君は翻訳機無しだね?」
挨拶の後、そんな事を聞かれた。イヤーカフス型の翻訳機が無い事に気が付いたらしい。
「はい。永住の権利を取るつもりなので」
もうあるけど、そういう設定だ。翻訳機無しでも言葉は既に分かる。見習い神、精霊の特権にどの言葉でも分かるというのがある。念話の意訳でのやり取りくらいならできるという奴だ。だけど、アストリューの言葉は既に、僕のなかでは日本語と変わらないくらい浸透している。普通に会話くらいは交わせる。
「そうか。ここは良い所だ。よろしく」
にっこりと彼女は笑った。かなりカッコイイ感じの女性だ。ちょっと体躯もがっしりしている。けど、女性だ。自立していてしっかりと自分のやりたい事をやっている。そんな芯のある人なのだと返ってくる声の調子からも感じ取れる。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
「やっぱり神官か?」
「あ、はい。それと管理組合の資格も同時です」
「お、優秀だな」
「そ、そうですか?」
「応援するぞ」
「ありがとうございます」
そこに注文したランチセットが届いた。グラタンの横に綺麗な緑色のスープにクリームが添えられているので、好みで混ぜるみたいだ。
「コーサイスさんは何処の部署ですか?」
今度はこっちから質問してみた。口に含んでいる物を飲み込みながらだからゆっくりの会話だ。
「ここの食堂だ」
「あ、新しい第二食堂のですか?」
「張り紙があれだけしてあれば気が付くか」
「はい。オープンは明後日ですね」
「菜園班が運んでくる材料も増えているし、聖域の物も使わせてもらえるならここで働く意義はある」
「他でやってたんですか?」
「親が経営している食堂を手伝ってたが、思い切ってみた」
やっぱりしっかりした人だ。店を継ぐだけでなくて繁盛させる気なのが分かる。
「気合いが入ってますね」
「その通りかな。気合いで受けた採用試験に受かったから料理長だ」
ちょっと照れ気味に言う内容は聞き方に寄っては自慢だけど、心底嬉しそうな顔で言われてはこっちもおめでたい気分になる。
「うわ、すごいですね。第二食堂のトップですか。おめでとうございます」
「いやあ。そんな照れるよ」
「食べに行きますね?」
「マオみたいに綺麗な娘に来て貰えたら嬉しいよ」
「お上手ですね」
「マオこそね」
僕達は満足に微笑んだ。時には誰かに褒めて欲しい時もある。新しい仕事の前に不安を払拭したいとか、そんな気分だったに違いない。彼女の情報の公開は多分そんな感じだと思う。裏表はなさそうに見えるので付き合い易そうだ。それに、先に褒められたし意図は直ぐに分かった。
また会う約束をしてから専用の休憩室で午後のお昼寝をして、仕事に向かった。古巣の菜園班だ。




